『祝福を蝕みしオーガの徒』
*エピローグ*
フラーム神殿には、大量の色鮮やかな金平糖が運び込まれていました。
ウィンクルム達が回収した『祝福の金平糖』です。
ウィンクルム達は、神殿周囲に舞い降りた『祝福の金平糖』を次々と回収しました。
マントゥール教団は、『祝福の金平糖』を『怨嗟の金平糖』に変え神殿の周囲にばら撒く事で、
『女神ジェンマ様』の力を削ぐ事を狙っていましたが、その企みは悉くウィンクルム達に阻止されていました。
そして今、神殿内には、集まった『祝福の金平糖』の温かな光が満ち溢れています。
「女神ジェンマ様の力が高まっています。ウィンクルムは直ぐにフラーム神殿にお出で下さい」
フラーム神殿の祭司のA.R.O.A.を通じての呼び掛けに、ウィンクルム達は神殿を訪れました。
神殿に一歩足を踏み入れたウィンクルム達は、この場に不思議な力が満ちている事を感じます。
ウィンクルム達が立ち並ぶ中、『祝福の金平糖』は一層の輝きを放ちました。
そして、その輝きが弾けた瞬間、ウィンクルム達の脳裏にあるビジョンが浮かび上がったのです。
そこは、仄暗い空間でした。
目の前には、精霊が膝を付いて俯いています。
精霊は呆然と、もう一人の己の姿を見ていました。
俯いて顔は見えませんが、間違いなく、目の前にあるのは自分の身体です。
これは、本当に己なのか?──一体どういう事なんだ?
確かめようと動こうとするも、精霊の身体は微塵も動きません。
声を出そうとしても、一向に唇は言葉を紡ぐ事は出来ませんでした。
──どうしたの? 大丈夫?
一方、神人は目の前の己のパートナーに手を伸ばします。
しかし、どうした事か──やはり神人の身体も鉛のように重く、指先一つ動かせません。
やがて、目の前で蹲った精霊の身体が痙攣するように跳ねました。
グゥうううう。
苦しむ獣のような、低い低い声が響きます。
長いような、一瞬のような時間が過ぎ去った後、ウィンクルム達は目を見開きました。
目の前の精霊の身体が、どす黒い霧のようなものに包まれた瞬間、その頭に禍々しい角が生えて来たのです。
ディアボロの角とは異なる、おぞましい色彩を纏うそれは──……ウィンクルムならよく知っているものです。
「…………オーガ……?」
信じがたく呟いた神人の声が、大きく響きました。
黒い霧に包まれた精霊が、ゆっくりとゆっくりと顔を上げます。
その鈍く光る瞳には、神人が良く知る精霊の輝きは残っていませんでした。
血のように紅い涙が、つっと精霊の頬を伝わります。
それはまるで、最後の彼の理性が流れ落ちたような、そんな印象を受けました。
そして、彼は叫びました。
否。それは咆哮。
グォオオオオオオ!
彼を中心として、強い力のうねりが広がっていきます。
激しい熱風に晒されながら、ウィンクルム達は悟ったのです。
今ここに誕生したのは、間違いなく『オーガ』なのだと──。
夢から覚めるように、ウィンクルム達は瞬きしました。
視界に映るのは、元のフラーム神殿です。
神人は直ぐに傍らの精霊を見ます。
精霊は、己を確かめるように握った拳を見下ろしました。
何も変わってはいない──ウィンクルム達は、震えながら顔を見合わせます。
乾いた唇を舐めて、精霊がぐっと拳を握ります。
「だから、俺達精霊が『怨嗟の金平糖』に触れても、『祝福の金平糖』に戻すことが出来なかったのか……」
呟きに反応する声はありませんでした。それは、俄かには信じがたい事です。
──ウィンクルム達よ。
不意に、直接心に訴えてくるような温かな声がして、ウィンクルム達は顔を上げます。
──これから、貴方達の前に、新たな脅威が現れるかもしれません。
響く女神ジェンマ様の声と共に、『祝福の金平糖』が再び輝き始めました。
──しかし、忘れないで下さい。ウィンクルムの『絆』、そして『愛』こそが、闇を払う唯一の力。
眩く輝いた全ての『祝福の金平糖』が溶けるように消えると同時、神人達は己の身の内に、不思議な力が宿るのを感じていました。
──貴方達の絆を、愛の力を信じて下さい。
女神の声は、それを最後に途切れたのでした。
※
オーガの襲撃により、廃墟となった町の一角。
あちこちに傷を残しながらも、その存在を残しているビルの中に、その一団は居ました。
「『怨嗟の金平糖』は、全て消えたか……忌々しいウィンクルム共め……何処までも邪魔しおって……!」
頬に大きな傷を持つ大男が、苛立ちを隠せず持っている杖で床を叩きます。カッと鈍い音が響きました。
「申し訳ありません……」
男の強い怒りを感じ取り、その前に跪いた数人の男達は深々と頭を下げました。
「まぁ良い……女神ジェンマの力を削ぐ事には失敗したが……『怨嗟の金平糖』は十分に役に立ってくれた」
男は深く息を吐き出すと、傍らの黒い影を見つめます。
男の隣には、深い闇が立っていました。
禍々しく深い闇を見つめ、男はうっとりと瞳を細めます。
「『怨嗟の金平糖』のお陰で、オーガ様は新たな力を得た……新たなオーガ様のお姿、素晴らしい……」
にたり。
闇の中、不気味な影が微笑んだように男には見えました。
「そして──この強化した『邪眼のオーブ』があれば、次こそウィンクルム達を葬る事が出来る」
男の手で、邪悪な光を宿した水晶が光ります。
『邪眼のオーブ』とは、持つ者がデミオーガを服従させることが出来る球体です。
嘗て、『ジャック・オー・パーク』にて、ギルティ『ヴェロニカ』がある実験を行いました。
それは即ち──『オーガを思うままに操る』実験。
特殊なジャックオーランタンの被り物を用いることで、オーガに『お菓子にして食べた人間の思考をコピーして、その人間の声で喋ることが出来る』力を与える等の効果が確認されました。
男が持つ『邪眼のオーブ』は、その実験結果を元に強化され、オーガを操る力を持つに至ったのです。
「『邪眼のオーブ』でオーガ様を使役し、ウィンクルムを打ち倒すのだ……!」
──本当に、上手く行くと思ってる? 役立たず。
耳朶を擽るように声が聞こえた気がして、男は瞬きしました。
「今、確かに──……」
男の声はそこで途切れました。
ひゅっと空気を裂くような音と共に、男の唇は地面に口付けていたから──。
「ひぃい!!」
「助けて……!!」
悲鳴、そして切り裂く音。
男達の断末魔の声が響いた後、ビルの中は静寂に包まれました。
ニタリ。
返り血を浴びた邪悪な影は、嗤いながらその場から消えます。
後には、惨殺されたマントゥール教団の幹部とその部下、そして『邪眼のオーブ』が残されたのでした。
※
「結局、マントゥール教団も……あの下僕と同じく役立たずだったわね。所詮は人間……」
ふわり、ふわり。
舞い落ちる薄紅色の花びらの中、黒と血のような赤色を基調としたゴシックロリータなドレスに身を包んだ狼女が、遠くを見つめ気だるげに呟きました。
脳裏を過ぎった、今はもう居ない部下の顔を即座に打ち消して、彼女は前を見据えます。
彼女の前にあるのは、紅く彩られた大きな月。
足元には、『ヨミツキ』という妖しくも美しい桜の花が咲き誇る城──『紅桜城』があります。
妖しい紅の色に輝く月光の中、妖艶に、狼女の唇が弧を描きました。
「次の舞台の用意は整っているわよ、ウィンクルム。……愉しみね」
狼女が両手を広げると同時、突風が吹いて、ヨミツキの木々が震えます。
ヨミツキの花びらが舞う夜の世界に、ギルティ『ヴェロニカ』の愉悦に満ちた声が響いたのでした。
(プロローグ執筆:
雪花菜 凛GM)