【祝祭】気持ちだけどもさりげなく(桂木京介 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 そろそろ一年になるんだなぁ――そんなことを考えながら、あなたは右手首を返して、クロノグラフの文字盤に目を落とす。
 約束の時間まで、まだ間があった。
 まあ約束といっても、彼から一方的に「出てこい!」とメールが入っただけの話なのだが。
 にもかかわらずこうしていそいそと出てきた自分の律儀さ、いや、お人好しぶりに、あなたが内心、なんだか苦笑しているのも事実だ。
 寒の戻り、というにしてもどうにも冷えすぎな今日の日だ。
 予報によれば、季節外れの粉雪が舞う可能性もあるという。冬物のコートをまだ仕舞わなくてよかった。
 それにしても何の用件か、薄ぼんやりとそう考えていたあなたの前に彼がやってきた。
 ツンと尖ったツノ、焔のような赤毛、いつものことなのだが決して目を合わせようとしない……そんな彼が。
「これ」
 ぷいと横を向いたまま、ラッピングされリボンの巻かれた小箱を彼は片手で差し出してきた。
「え? あたしに?」
 どうしたんだろうと思ってあなたはこのとき、ようやく気付いた。
「もしかして……!」
「違う!」
 彼は即答した。何が違うんだか。
「これは、あれだ、先日の依頼で背後を守ってくれた分の……借りを返すという意味だ!」
 きっとこの台詞、前もって用意していたのだろう。説得力はゼロだけど。
「断じて、先月バレンタインでもらった菓子の返礼などではない!」
 しかも口、滑らせてるし。
「ありがとう」
 あなたは小箱を受け取り微笑んだ。彼がこちらの様子を横目でしっかりうかがっていることには、気が付いていないふりをする。
 彼とウィンクルムを組むようになってもうじき一年だ。最初は、つっけんどんな態度ばかり取られてうろたえることもあったものの、短くも波乱に富んだ付き合いであなたがだんだんわかってきたのは、彼が、ものすごく素直でない、ということだった。
 今日だって、言葉と行動は正反対だ。わざわざショコランドはブランチ山脈まで呼び出して、先日の借りを返すもなにも、あったものではなかろう。
「あとはあれだ……ちょうど暇だし、コンペイトウとかなんとかいうのを拾う気なら、つきあってやらないでもない」
「あらすごい偶然、ちょうどあたし、祝福の金平糖を拾いにいきたいと思ってたの!」
 あなたは大袈裟に喜んで、彼を安心させてやるのだ。
 やれやれ、天邪鬼にあわせてあげるのも楽ではない。
 けれど、楽しいのも事実だ。

 ……というのは一例だ。
 あなたと彼はこの日、ブランチ山脈を訪れた。
 彼が誘ったのか、あなたが誘ったのか、それとも偶然訪れたのか……ともかく、イヌティリ・ボッカを退けた戦勝一周年の祝祭ムードのただ中に足を踏み入れたというわけだ。
 フラーム神殿を訪れ、周辺に散らばる祝福の金平糖を集めてはどうだろう。
 近隣の村を歩いて、祝祭そのものを楽しむのもいい。きっと彼らは、屋台や観劇であなたたちをもてなしてくれるはずだ。
 一日に数度、神殿の屋根の上からお菓子を撒くイベントがあるらしい。これに参加するのも面白そうだ。
 もしかしたら、精霊からあなたに渡したいものがあるかもしれない。この祝祭は、日頃言えなかった感謝の気持ちを、さりげなく伝えるに適した機会だろうから。

解説

【概要】
 ブランチ山脈周辺でデートをするシナリオです。
 シンプルな話ですが、シンプルだけに、気持ちを伝え合うに適した話になるかと思います。ちょっと踏み込んだ心情を語る場合など、過去で参照してほしいエピソードがあれば3シナリオ程度までで遠慮なくご指定下さい。
 行動は基本自由ですが、バレンタインのお返しにプレゼントを渡す展開がある場合、がんばって盛り上げたいと思います。

【祝福の金平糖について】
 祝福の金平糖とは、女神ジェンマ様の愛の力が結晶化したものです。
 ウィンクルムが手にするとお互いの愛の力が上昇し、その他の人々や動物が食べると、とても甘く感じるとのこと……試してみます?

【参加費について】
 参加費は基本300jr、プレゼントをする場合はさらに200から500jrが必要です。

ゲームマスターより

 お久しぶりです、桂木京介です。

 ほんわかとデートしたり、互いの心に踏み込んでみたり、思い出を語り合ってみたり……と、色々と応用のきく【祝祭】シナリオを組んでみました。
 テーマは特にありませんが、強いて言えば『さりげなく』でしょうか。ストレートに気持ちを伝えるよりも、ときには、プレゼントや祝福の金平糖に託して、さりげなくメッセージを送るほうが効果的な場合もあることでしょう。といっても、『俺は直球ストレートだけで勝負する!』という熱い志のかたも歓迎です。
 あなたと彼らしいプランを、どうぞお寄せ下さい。

 それでは、次はリザルトノベルでお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

  チョコレートの葉に、パウダーシュガーの粉雪…この様な景色もあるのね
(興味深そうに目を細めて)

日頃とこれからの感謝──ケースの中には…腕時計?
何故?今まで、こちらのスケジュールの管理も時間も、全てエストが行っていたではないっ

(精霊の話を聞いて)
……それも…そうね。それまでエスト以外に押し付ける訳にはいかないわ。有難く頂戴するわねっ

…?
文字盤ごと横に反転する…裏蓋が……透けない深い青をしたアイオライト

(続いた精霊の言葉を聞いて、恥ずかしそうに沈黙
時計盤を見えない内側にした状態で、取り出す祝福の金平糖)

私が…渡せるものは今はこれしかないけれども…
もし対価の価値があるなら受け取ってもらえるかしら……?


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  神殿で金平糖集めをします
周囲に人がいないのを確認して話を切り出します

結構前の出来事なので
時効というか態々言うまでのものではないんですが
出来るだけ隠し事はしたくないから、言いますね

ブレーメンのオーガ討伐の前に、貴方に薬を盛った事があります
貴方の過去の失敗を忘れるようにと
そうしたら、昔の好きだった人の事を諦めてくれるかな、とか
私のことだけに集中してくれるかなって、狡い考えもありました
もっと言えば告白とキスのチャンスを作ったのもその時です

我ながら、その卑怯な手だとは思いましたが
それだけ振り向いてほしかった事、知っててください
バレンタインのお返しより、ずっと一緒にいてくれる約束をしてほしいです



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  お出かけしてはみたものの
いつもより少し距離があるような気がする
やっぱり振った手前気まずかったかな…
よし、ここは思い切って誘ってみよう

アスカ君、神殿でお菓子を撒くイベントがあるんだって
金平糖集めも大事だけど、他のも食べてみたいな
一緒に行こう?

イベント
甘いお菓子もいいけど、塩気のあるものが食べたい
塩キャラメル、お煎餅、ポテトチップス…
バーベキュー味に狙いを絞って手を伸ばしたら
足がもつれて転びそうになる

あ…ありがとうアスカ君
でもこの格好はちょっと恥ずかしいから、離れてほしいな…
それはそうだけど…今日のアスカ君、いつもと違う

さっきはツンツンしてたのに
ギャップの差で来られてうっかりドキッとしちゃった


リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  誘われた側

※気合を聞き
それ口に出さない方がいいぞ
(黙ってても顔に出るがな)
安心しなさい、慣れてる(くっくっく

祝祭そのものを楽しむか
出来れば観劇も見たいが、屋台は馴染みがない食べ物を食べたい
場所柄スイーツ関係が多めだろうが、こちらも研鑽を積んでいるからな
銀雪がトリップしても逸れないよう一応注意
が、逸れた場合は…またナンパされた方がいいのか※EP33

※ナンパされる場合→女性
(今回も女性か)※気にしてない
そしてやはり早かった
お約束過ぎる…(くくく

※デート最後
これ、高かっただろう
この店のものはいい品物だが、普段使いではない
仕方のない奴だ
帰ったらこれ使ってブイヤベース作ってやろう
ありがとうな(にっこり)


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  神殿の屋根の上からお菓子を撒くイベントに参加
沢山美味しそうなお菓子をげっとして、羽純くんと分け合いたいのです!

そんな訳で気合十分
持参した黒猫バスケットでお菓子を拾い捲りですよ!

上ばかり見ていたら足元がお留守に…
あれっ?滑っ…
羽純くん、有難う(恥
うう、子供みたいで恥ずかしい

拾ったお菓子と持参した飲み物で、神殿の近くでおやつの時間
レジャーシートを敷いて
羽純くん、緑茶と紅茶と珈琲、どれがいい?
どんなお菓子があるか分からなかったから、各種取り揃えてみたの

羽純くんと分け合いながら、お菓子を味わう
感想を交えながら…幸せ

羽純くんが野の花を摘んで…わぁ…器用だね
凄く綺麗…
え?私に?
頭に花冠を乗せて貰って
有難う



 片手を伸ばし、月成 羽純はチョコ菓子の袋をキャッチした。
 神殿の屋根から撒かれたものだ。透明の袋にラッピングされているが市販品ではない。星形と丸形の二粒で、いずれもいびつだがむしろそれが愛おしい。どこかノスタルジーを感じさせる手作りなのだ。
 ショコランドのお菓子はどれも興味深い――羽純はふっと口元をほころばせた。
 このチョコレートに限らない。彼と桜倉 歌菜の周囲には、次々とお菓子が降っている。本日は祝祭が、ブランチ山脈周辺のほうぼうで開かれているのだ。神殿まわりは人でにぎわっており、降り注ぐお菓子も残らず回収されているようである。
「チョコのげっと、頑張るよ!」
 歌菜は気合十分だ。特によく落ちてくる地点で待ち構えている。羽純に呼びかけてはいるものの、その両眼は空を見つめていた。わざわざ『チョコ』と言っているのは、彼がチョコレート好きなのを知っているからに違いない。
「その気持ちは嬉しいが、あまり上ばかり見ていると……」
 羽純は言いながら腕を伸ばし、はっしと歌菜の細い二の腕をとらえた。
「ほら、やっぱりだ」
 そうして、倒れそうになった彼女を支えたのである。
「あれっ、滑っ……」
 と、つまずきかけたところで、たくましい力を受けて歌菜は体勢を戻していた。助けてもらったのだと気付いて、恥ずかしさで頬がじわっと紅くなる。
「羽純くん、ありがとう」
 消え入りそうな声で言った。私って子どもみたい……歌菜はどうしても彼を見ることができない。
 気をつけろよ、と言う羽純は、言葉こそ笑ってはいるものの、真剣なまなざしだ。
 歌菜が転びそうになったとき、支えるのは自分であると羽純は決めている。いや、転びそうになったときに限らない。どんな危険であっても、身体に限らず心に傷を与えるような脅威であっても、あらゆるものから歌菜を守るのだと彼は決めている。
 ――貴方が守ってくれた子は、俺にとって大切な子になった。だから、俺が守る。
 亡き父親への誓いを、羽純は忘れたことはない。

 野原に歌菜はレジャーシートを広げ、座して黒猫のバスケットを開いた。
「羽純くん、緑茶と紅茶と珈琲、どれがいい?」
 ようやく恥ずかしさも失せて、彼女は左右の手に魔法瓶をひとつずつとった。
「どれが、って?」
「どんなお菓子があるか分からなかったから、各種取り揃えてみたの」
 選択肢があるだけでも驚きだが、さらに羽純を驚かせたのは、魔法瓶がふたつきりではなかったことだ。歌菜によれば、紅茶だけで銘柄別に四種、珈琲も二種用意したという。いずれも冷めないよう魔法瓶に詰めてきたというから、ひとつひとつは小さくとも総量はかなりになろう。
「荷物、重かったろう?」
 羽純は内心、我が身の察しの悪さを呪うのである。すべて液体だからかなりの荷だ。なのに歌菜は大変そうなところを少しも見せなかった。
 ――バスケット、俺が持てばよかった。本当、こういうところが俺は……。
 だったらせめて、と思い、彼は魔法瓶を手にした。
「サンキュ。全種類、飲ませてもらう」
「え? 全部?」
「飲み比べするのも楽しいだろ?」
 羽純はもちろん、帰路は荷物すべてを持つつもりだ。
 お菓子を味わい、茶も珈琲も楽しんで、そのまま野原でくつろいだ。このところ激務が続いただけに、こうした安らぎは貴重である。
「ちょっと待っててくれ」
 わずかにレジャーシートから離れ、戻ってきた羽純の手には、白詰草で作った花の冠があった。
「わぁ……器用だね」
「意外か? 親父がこういうの得意だった影響だ」
「すごく綺麗……」
 素直に歌菜が言うと、
「それはよかった」
 羽純はうなずき、歌菜の頭にそっと冠を乗せたのである。
「え? 私に?」
 光沢のある栗色の髪に、編み込まれた緑と白がよく映えた。大袈裟でなく、春の女神のようだと羽純は思った。
「よく似合う」
 それ以上の言葉はいらない。
 これは羽純からのささやかな礼だ。
 今日一日の、あるいは、歌菜が歌菜でいてくれることに対する感謝の気持ち。



 向こうはデートのつもりなんてないだろう――アスカ・ベルウィレッジは思う。
 単に出かけただけとか周遊とか、砂を噛むように味気ない表現をしてくるかもしれない。
 せっかく八神 伊万里とふたりきり、こうしてフラーム神殿くんだりまで来たというのに、それはいくらなんでもあんまりだ。ちょっと作戦を練らないと、そうアスカは考えた。
 デートのつもりがないというのなら、結果的にデートにしてしまえばいいだけだ。鳴かぬなら鳴かしてみしょうホトトギス。
 多少肌寒い本日だが、やる気の証明とばかりにアスカは腕まくりした。
「さーて、金平糖探そうぜ」
 と告げ神殿まわりの茂みや岩陰を探し出す。
「うん」
 伊万里も同意するが、彼女がいま、なんとなく違和感を感じているようにアスカには見えた。
 それもそのはず、アスカは意図的に彼女と距離をおいたのだ。見えなくなるほどのロング・ディスタンスではない。けれど「並んで作業」というのからは程遠いという絶妙の位置取り。
 伊万里が近づいてきても、
「俺はあっちの方見てくる」
 と離れてしまう。それでも、彼女の視界の隅には入る程度のポジションを保つ。
 ――押して駄目なら引いてみな、だ。
 近づかずされど離れず、心の揺さぶりには効果的な行動である。
 これで伊万里が「じゃあ頑張ってね」とか平板な声で告げてそれきり黙々と作業したらアスカもしょげてしまったところだが、実際は違った。それどころか彼を驚かせたのである。
 ここで伊万里側に脚光を当ててみよう。
 いつもより少し距離がある気がする――とは彼女も思った。やっぱり振った手前気まずかったかな――とも。
 だからといって彼を追おうとは考えない。むしろそれより大胆に言ったのである。はずむ声で、ただし、ややはにかみながら。
「アスカ君、神殿でお菓子を撒くイベントがあるんだって。金平糖集めも大事だけど他のも食べてみたいな。行かない?」
 伊万里が俺を……誘った!?――足元より緑が生い茂り、次々と花をつけたような気持ちになるアスカなのだ。頬が緩みそうだがここはクールにいこう。ツンと尖った感じで腕組みして、
「ま、まあ自分で食べる分も確保しとかないとな」
 法典を読み下す書記官みたいに応じたつもりだったがどうしても声が上ずる。
 この胸の高鳴り、伊万里には聞こえていないことを祈ろう。

 飴が雨のよう、と書けばダジャレとしても三級品だが、実際そうなのだから仕方がない。
 合図があるたび、キャンディー、マシュマロ、チョコレート、お菓子の数々が降ってくる。袋入りのプレッツェルやゼリービーンズもあった。まるでお菓子の見本市、箱入りのクラッカーやクッキーまで、出し惜しみなしとばかりに投じられる。
「見て見て! 塩キャラメルの箱、キャッチしたよ。あとこれ、お煎餅!」
 持参した籠を開けて伊万里は笑った。子猫のように無邪気に。
「甘いお菓子もいいけど、塩気のあるものが食べたいんだよね」
 と言いかけた彼女は、さっと顔を上げている。
「来た! ポテトチップス、バーベキュー味! ほらアスカ君も一緒に取ろう?」
 駆け出した伊万里の髪が躍る。ココアブラウンの髪、ほんの少しウェーブのかかったやわらかそうな髪……アスカは、胸の奥にキュッと甘い痛みを感じた。
 ――可愛い……じゃなくて!
 一瞬で冷静になる。気がついたときにはもう、彼は両腕で伊万里の体を抱きとめていた。
 伊万里が足をもつれさせ転びそうになったのだ。間一髪のところでそれを横抱きにしたのである。
「あ……ありがとうアスカ君」
 と言う彼女の手はポテチの袋を握ったままだ。
「でもこの格好はちょっと恥ずかしいから、離れてほしいな……」
「何だよ」
 にやりとアスカは笑った。
「『一緒に』って言ったのは伊万里だろ?」
 今日のアスカ君、いつもと違う――伊万里は彼から目をそらす。
 ついさっきまでツンツンしていたのに、一瞬にして優しくなって――。
 ――そのギャップがあまりに唐突で……うっかり、ドキッとしちゃった



 銀雪・レクアイアは声にならぬ心の叫びを上げる。
『リーヴェを誘って! 祝祭来たよ!!』
 リーヴェ・アレクシアとふたりきり! 滝も逆流するほどの喜びよ!
『このために俺は冬期試験頑張って!』
 辛い冬の日々だった。
『チョコをおねだりしてもらって!!』
 これはチョコをもらうという栄光と、自分のプライドとが相対したのち、プライド側が鎧袖一触の大敗北を喫した結果である。
『お返しも気合十分!!!』
 三日三晩悩んで選んだお返しだという。
『あとはさり気なく……』
 ここで、
「ところで銀雪」
 急にリーヴェに呼びかけられ銀雪は振り返った。
「それ口に出さないほうがいいぞ」
「口に出さな……えええっ!」
 そう、この章始まって『』表記していた銀雪の心の叫びは全部、その口からダダ漏れていたのであった!(もう一度直前の●部分から、『』を「」に変換して読み直していただきたい)
 漬け物石を落とされたようにのけぞる銀雪を見て、リーヴェは忍び笑いを漏らしている。
「安心しなさい、慣れてる」
 黙ってても顔に出るがな――という事実まで指摘するのは、気の毒だからやめておくとしよう。
 そんな彼らが歩いているのは、神殿につづく門前街だった。祝祭のため華やいでおり、多数の人が行き交っている。通りの左右には屋台が軒を連ねてもいた。
「できれば観劇もしたいが」
 リーヴェが言うと、
「いいね! 観劇!」
 銀雪が即応し、
「屋台はなじみがない食べ物を食べたい」
 リーヴェがまた言うと、
「いいね! 屋台!」
 銀雪はまたコンマ数秒で即応した。
「銀雪、私の言葉に脊髄反射していないか?」
「そんなことないよ! 脳も使ってちゃんと想像してるよ! リーヴェは自分のお店持つ夢があるから楽しそうだなぁって……お店を持つリーヴェ……」
 ほう、と銀雪は夢見るような表情になった。
 彼は想像する。三角巾とエプロン姿であんみつを作るリーヴェを……忙しさでわずかに汗ばんで、麦の穂色の後れ毛が白いうなじにかかっていて……想像が止まらない。
 ――銀雪、想像じゃなくてよからぬ妄想をしているだろう?
 ふわふわ雲の上を歩くような足取りになっている彼をどうしたものかと考えたとき、リーヴェは背後から声をかけられた。
「お一人ですかぁ?」
 いわゆるギャルっぽい少女二人連れである。
「一緒にお祭りまわりませんかー?」
 二人連れは「近くで見るともっとカッコイイ!」とかささやき交わしているが丸聞こえである。
 またか、リーヴェは首をすくめた。ナンパされるのはこれが初めてではなかった。
 ふと目を上げると、銀雪は再び心の声が漏れているのか、独言しながらなおもふわふわ歩きしていた。
「……かっこよくキスしてもらったりしたけど、契約精霊だからではなく一緒にいられるよう人間性をアピールせねば……」
 いっそのこと少女らと行ってしまうか、とリーヴェが半ば冗談で考えはじめたところ、やっと気がついたのか銀雪が、半泣きで猛然と駆け戻ってきた。
「リーヴェ! リーヴェェ!」
「すまんな、彼が私の連れだ」
 少女二人に軽く手を振ると、
「まったくお約束すぎるぞ」
 くくくと含み笑いしながら、リーヴェは銀雪を迎えるのだった。

 劇の鑑賞と食べ歩きを済ませ、神殿を巡って門前町の入り口まで戻った。
 そろそろ帰ろうというとき、急に銀雪が大きな声を上げた。
「これ!」
 だが声が大きいのはそこまで、もじもじと包みを取り出す。
「プレゼント……」
 バレンタインのお返しらしい。受け取ると、促されてリーヴェは包装を開けた。
「これ、高かっただろう」
 調味料のセットだった。
 いずれもいい品だが、決して普段使いのものではない。
「だ、だって、リーヴェに贈るプレゼントで妥協できないからって……」
 言いながら銀雪は上目遣いで彼女を見て、今度はケトルみたいにプシューと湯気を上げ赤面したのだった。
「ありがとうな」
 リーヴェが、眩しいほどの笑顔を見せてくれたから。
「仕方のないやつだ……帰ったらこれでブイヤベースを作ってやろう」



 粉雪が降る。ひらひらと舞って枯れ葉に積もる。
 雪? いや、それはパウダースノーだ。枯れ葉と見えたものもチョコレート製である。
 甘い雪が、甘い光景をさらに甘くする。
 薊の花のように長く美しい睫毛が、すっと上下の間隔を狭めた。アリシエンテがその黄金(きん)の眼を細めたのである。しばし彼女は魅入られたように、幻想的な雪景色を眺めていた。
 アリシエンテの背後に屹立するのはエストだ。彼は無言で主の言葉を待っている。ひとたび彼女にそうと命じられたならば、何時間でも何日でも、彼は微動だにせず立ち続けることだろう。
「……このような景色もあるのね」
 エストはうやうやしく返す。
「はい。戦いだけではない時間を過ごせたらと思い、ご訪問を提案しました」
「それだけ?」
 アリシエンテは振り返る。はっと戦慄すら覚えるような眼差しを、彼女は彼に向けていた。彼女は知っているのだろうか、この一年でますます磨きのかかった自身の美しさを。
「いえ、こちらを差し上げようと」
 手袋をはめた両手で、エストは小さな白い包みを差し出した。水色のリボンがかかっている。
「日頃の感謝に、それだけではない想いを込めて……」
 怪訝な顔をして、アリシエンテはこれを片手で受け取った。
「どうぞ、お開け下さい」
 アリシエンテは軽くうなずきリボンを解いた。
 中から出てきたのは小ぶりの腕時計だった。プラチナを編み込んだ白いベルト、アリシエンテの瞳と同じ色をした文字盤。自動巻タイプらしく、かすかな機械音が小気味いい音を刻んでいる。
「時計……?」
 ところがこれを目にして、アリシエンテの眉間にあらわれたのは苛立ちだった。
 時計に込められた『想い』を彼女なりに解釈したのだ。
「なぜ? 今まで、こちらのスケジュールの管理も時間も、すべてエストが行っていたじゃないっ」
 エストは動じず、ダークゴールドの双眸で、しっかりとアリシエンテの眼差しを受け止める。
「新たに契約した精霊にまで、今まで通り時間を尋ねるおつもりですか」
 アリシエンテは即答するかわりに、一度静かに息を吸い、吐いた。
 そしてようやく、その血筋にふさわしい気高き笑みを浮かべて告げる。
「……それもそうね。それまでエスト以外に押し付けるわけにはいかない。ありがたく頂戴するわねっ」
 言って時計を腕に巻く。ひやりとした質感が嬉しい。
「……?」
 このときふと、彼女は人差し指と親指で文字盤をつまんだのである。すると簡単に、文字盤は裏返って背を見せた。表に返すのも容易だ。
「……裏蓋が……アイオライト?」
 時計の背にはまっていたのは、透明度の低い深い青の宝石だった。
「はい、この文字盤は回転可能で、時計盤を伏せ返すだけでジュエリーブレスレットとして使えます」
「もしかして特注品とか?」
 エストは黙ってうなずいた。
 そして彼はこの日初めて、やや緊張した面持ちで告げたのである。
「可能であれば、時計であるよりも、長く……『ブレスレット』として使っては頂けませんか……?」
 私がいれば『時計』は不要ですから、言外にそう言っている。
 つまり――。
 アリシエンテは思わず目を伏せた。
 一瞬だがエストの眼に、情熱の赤を見た気がしたから。彼の言葉に、雪すら溶かすような熱を感じたから。
 それと同時に間違いなく、自分の鼓動が早まったのを感じたから。
 けれどアリシエンテは、いつまでもうつむいてはいない。
 時計盤を裏にした状態で固定し、左胸のポケットから星型の粒を取り出した。
「いま私が……渡せるものは、これしかないけれども……もし対価の価値があるなら受け取ってもらえるかしら……?」
 右手で握って差し出したもの、それは祝福の金平糖だった。
 エストは冷静だ。どんなに嬉しいことがあっても、飛び上がったりはしない。
「ありがとうございます」
 しかしいくら冷静に告げようと、幸福から生まれる微笑みばかりは隠しようがなかった。
 エストは両手で、アリシエンテの手ごと包むようにして金平糖を受け取った。



 長い指で、ハロルドは祝福の金平糖を挟んで持ち上げる。
 透き通るような色、うっすらと鈍い輝――なるほど確かに、神性を帯びたものに違いない。
 ディエゴ・ルナ・クィンテロはその傍らで、黙って金平糖集めに従事していた。
 人の気配がない。随分、神殿から遠いところに来たようだ。
 ハロルドは周囲を見回し、ディエゴ以外の姿がないことを確認するとおもむろに口を開いた。
「結構前の出来事なので、時効というかわざわざ、言うまでのものではないんですが」
 ディエゴは手を止めた。
 そして、黙ってハロルドに顔を向ける。口を挟むようなことはない。
「できるだけ隠しごとはしたくないから、言いますね」
 やはりディエゴは言葉を発しないが、促すように軽くうなずいた。
「ブレーメンのオーガ討伐の前に、貴方に薬を盛った事があります……貴方の過去の失敗を忘れるようにと」
 ディエゴの精悍な顔に、かすかに陰が差したように見えた。とはいえ彼は動いてはいない。急に日が翳ったわけでもない。おそらくはハロルドの心に生じた葛藤が、彼女自身の視界を暗くしたのだ。
 一度、ハロルドは唇を噛んだ。けれどここでやめるわけにはいかない、と自分を叱るようにして続けた。
「そうしたら、昔の好きだった人のことを諦めてくれるかな、とか、私のことだけに集中してくれるかなって、狡い考えもありました……もっと言えば告白とキスのチャンスを作ったのもそのときです」
 もうハロルドはディエゴを直視できない。いつしか、手のひらの金平糖に視線を注いでいた。
「我ながら、その……卑怯な手だとは思いましたが、それだけ振り向いてほしかったこと、知っててください」
 最後はやや乱暴に言い捨てると、覚悟を決めてハロルドは再び顔を上げたのである。
 ディエゴは、怒ってはいなかった。
 そればかりか、胸を痛めたように眉を曇らせていた。
 ディエゴはしばし口をきけなかった。目覚めたら何もない部屋に、独りで投げ出されていたかのように。
 闇の中で灯を探すがごとく視線をさまよわせ、ようやく彼は、正直に告げるべきだという考えに至った。
「驚いたというより呆然とした……キスの件はこの際置いておく」
 爪先で軽く地面を蹴って、ようやく彼は、探していた火を見つけた気分になったのである。
 怒りはない。自分を哀れむ気持ちもない。ただハロルドに、すまないと思った。
「そんなに前から俺のことを想っていたのか」
 やや間隔を取って、静かに、されどはっきりと彼は告げた。
「……辛い思いをさせて悪かった」
 ハロルドが今日このときまで、こんな忸怩たる思いを独りで抱え続けていたのだとしたら、責任は自分にあるとディエゴは思う。自分たちはもう、単なる神人と精霊の関係ではないのだから。
 ならば俺も胸を開こう――そう決意してディエゴは、一歩だけ彼女に歩み寄った。
「だが、お前も知らないことがある」
「知らないこと……?」
「そうだ。俺はお前に忘れられて、改めてお前が心の支えになっていたことを認識した。俺は自分の過去ばかり見ていたわけじゃない」
 そうして、思い切ってディエゴは告白したのだ。
「お前のことも見ていたし、意識もしていた……お前より時期は遅かったが」
「意識していた……ディエゴさんが、私を?」
「おかしいか?」
 ようやく楽になり、ディエゴの表情は和らいでいた。荷を降ろした気分だ。よく考えてみれば、こんな荷は必要なかったのだ。
「振り向いてほしいとお前は言ったが、俺はずっと前から、同じことを願っていた……と思う」
「だったら」
 ハロルドはくるりと彼に背を向けてしまう。両腕で自分を抱くようにして小声で告げた。
「バレンタインのお返しより、ずっと一緒にいてくれる約束をしてほしいです……」
 こんなこと、正面切って大きな声で言えるはずがないではないか。
 でもこれこそが、どうしても言いたかったことだ。

 ……彼は彼女に近づき、その耳に囁いたが、そのときなんと告げたかは、いまは秘密にしておこう。
 



依頼結果:大成功
MVP
名前:アリシエンテ
呼び名:アリシエンテ
  名前:エスト
呼び名:エスト

 

名前:リーヴェ・アレクシア
呼び名:リーヴェ
  名前:銀雪・レクアイア
呼び名:銀雪

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 桂木京介
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月14日
出発日 03月22日 00:00
予定納品日 04月01日

参加者

会議室


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