【祝祭】氷薔薇のルミネッセンス(柚烏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ショコランド中心部、三つの国が交わる辺りに広がるブランチ山脈。その頂上付近にそびえる、フラーム神殿で開かれる祝祭を前に、女神ジェンマは奇跡の欠片を地上へと降り注がせる。
 それは女神の力を分けた結晶で、口にすればほわりと甘く――ウィンクルムたちが手にすれば、互いの愛の力が増すと言う祝福の金平糖なのだ。
 現在神殿の周囲には、この金平糖が沢山散らばっているらしい。そんな訳で或るウィンクルムたちもまた、早速探索に乗り出したのだが――。

 ――さくさくと、山道に積もった雪を踏みしめる足音が、山脈に響いていく。此処では降る雪もまるで粉砂糖のようで、靴で踏めばふんわりと柔らかい感触がした。
「え、と……此処は……?」
 祝福の金平糖を探しに、気が付けば随分と山の奥まで分け入ってしまったが――ひと気の無い周囲は景色も幾分色褪せて見えて、空気も未だ冬の気配を纏っているようだ。
 と、生い茂る木々にひっそりと埋もれるようにして、山奥にちいさな屋敷が建っているのが見えた。よく見ればそれは、ショコランドに相応しい澄んだ蒼の氷菓子で出来ているようで――興味を惹かれたウィンクルムのふたりは頷き、飴細工の草花が生い茂る庭へと、そっと足を踏み入れてみることにした。
「……っ!?」
 庭にきらきらと散らばる祝福の金平糖を見つけた、と思ったのも一瞬――気付けばパートナーの精霊は、粉砂糖の雪を舞い散らせて迫る茨に囚われ、完全に動きを封じられていた。
「これ、薔薇……氷砂糖の?」
 水晶のように透き通る茨の先には、硝子細工のような薔薇の花が咲いている。まるで氷のようだと思ったのだが、恐れていた冷たさは無く――しかし仄かな甘さを漂わせた薔薇は、ぬくもりと愛を求めるように、ゆっくりと精霊に茨を巻きつかせていった。
「馬鹿、早く逃げろ!」
「馬鹿はどっちだ、お前を見捨ててなんていけないだろう!」
 囚われの精霊は必死に神人へ向かって叫ぶが、パートナーをこのままにしておける訳がない。彼はこの状況を何とかしないと、と必死に考えを巡らせる。
(そうだ、確か――……)
 そう言えば山へ入る前、何気なく耳にした言い伝えがあった筈だ。もう殆ど見なくなってしまったけれど、山の奥には『互いに想い合う心』を糧に花を咲かせる薔薇があるのだと。
 氷砂糖の薔薇はいのち尽きるその前に、生き物に茨を這わせて愛を乞う。彼が選んだその相手が、大切な誰かと想いを共有出来れば――愛で満たされた薔薇は、きらきらと光り輝きながら砕け散り、その破片は新たないのちを育む種になるのだと言う。
(それなら、あいつに……しっかり想いを伝えることが出来たのなら……)
 満たされた薔薇は新たな生をもたらす為に砕け、精霊は無事に解放されることだろう。――ならば迷っている暇などない。あいつを救う為にも、此処で自分の真っ直ぐな気持ちを、ぶつけるまでだ。
「……もう、春も近い。雪や氷は溶けるのが運命だ」
 ――砕け散る氷砂糖は、その瞬間に仄かな光を放つのだと言う。ならば、彼らがこの試練の果てに見る光は、一体どんな色をしているのだろうか――。

解説

●目的
氷砂糖の薔薇に囚われた精霊に想いを伝えることで、『互いに想い合う心』を糧として咲く薔薇から精霊を解放する。その後、辺りに散らばる祝福の金平糖を集める。

●氷砂糖の薔薇
既に個体数も少なくなった、ブランチ山脈の山奥に咲く氷砂糖で出来た薔薇です。生き物の『互いに想い合う心』を糧に花を咲かせ、いのち尽きる間際には茨で閉じ込めてまで心を得ようとする、ちょっぴり危険な植物です。充分な愛で満たされると散る間際に砕け散り、その破片は種となり大地で新たな花を咲かせるらしいです。

●現在の状況
祝福の金平糖集めをしていたウィンクルムの皆さんは、山奥のお屋敷の庭に散らばる金平糖を発見しますが、其処は『想い合う心』を求める氷砂糖の薔薇の住処でした。彼らに囚われた精霊さんを救う為、神人さんは精霊さんにはっきりと想いを伝えることになります。

●補足
互いの思いがすれ違っていたり、ただ一方的な感情をぶつけるだけだと、精霊さんは解放されません。現在のふたりの関係に相応しいアプローチを行う必要があります。もし解放できなかった場合、暫くした後に薔薇が枯れて何とかなりますが、精霊さんは酷く消耗して金平糖集めが出来なくなります。

●参加費
山へ入る準備などで、一組400ジェール消費します。

●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。女性PCさんサイドで、ちょっぴり野生に戻ってしまっていたので、此方では御伽噺のような雰囲気のエピソードを出してみようと思い立ちました。
 綺麗だけど少し残酷な薔薇の呪縛から、パートナーさんをその想いで以て解放してあげてください。氷砂糖は本当に壊れると光を放つそうですが、皆さんが見る光はどんな感じになるのでしょうか。それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  桐華さんと氷砂糖の茨って何か意外と絵になってるよ
命尽きる前の行為らしいし、その内枯れるんだろうね
僕は眺めていても、いいんだけど…
いいよ、何でも答えてあげる
それが君の望む答えかどうかは知らないけどね

そもそも桐華さんは僕らの現状をどう思ってるのさ
本音では、僕のことを殺したくはないんでしょう?
僕はそうするしか選択肢がなくなるように頑張ってるんだけどね

…桐華は、そうやって俺に任せてばっかり
君は、どうなのさ
一人で居たかった俺を追い詰めたのは君だよ
ちゃんと答えろよ

…へ?
…いや、君、そんなお伽話みたいなこと…
我儘って次元じゃないよ…無茶苦茶だ

(でも、でも嬉しい。泣きそう)
ねぇ桐華
愛した人が君で、良かった


エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
  氷砂糖で綺麗ですが…なにか面妖な──ディナス!
(手を伸ばすが届かない。服のあちこちに滲む血の色に眉を顰めて)
「今助けま──」
(相手の言葉を聞いて動きを止めて。
今まで彼に、こんな潔いまでの諦念を見た事は無く。日常ではつい忘れてしまうその明るい様子から、彼の過去を逡巡したのは任務での一度きりの違和感のみであったから)

「(伝承を耳にはしましたが……それ以上に伝えなければなりません)」
「ディナス、あなたに死なれては困ります
私は…あなたの事を何一つとして知りません…あなたにそんな表情をさせる原因一つ知りません。

代わりに私の知りたいことも、何でも教えます
ですから、どうか…終わる事を願わないでください…!」


李月(ゼノアス・グールン)
  心なしか衰弱していってる様に見えこのままでは死んでしまうのか?と恐怖
「学校卒業したら今までより色んな所行くぞって言ったじゃないか、今日だってそうだ

「そうだ、これからなんだぞ
自然に手が相棒に伸びて触れ
(もっと決定的な事を言わないと駄目なのか?
まだ定まり切らない想いの中の確かな物探し
意を決し
「今年進学をやめて僕の将来設計は白紙になった、でもきっとそれはお前が居れば埋められる…お前だから…そういう存在だって思う様になったんだ

息一つ
「お前はかけがえのない存在だよ、親友!

解放できない場合
不甲斐なさに涙
「ゴメン…ゴメン…
トランス
サクリファイス使用
苦しみ分かち合う

解放できた場合
ただただ安堵
泣くかも
金平糖回収


終夜 望(イレイス)
  兄貴が薔薇の呪縛に囚われちまった!
こんな状況、当然放っておけな――って余裕たっぷりだなオイ!
……何にしても答えるしかない、正解を出さないと、兄貴が凍えちまう。

俺が兄貴に望み、想うものは……神人と精霊、だからじゃない。
兄弟、家族として、俺の傍に居てほしい、それだけなんだ。
それじゃ、駄目、だっていうのかよ、兄貴……。

それにしてもよ、助けてもらうのは兄貴の筈なのにそれどっから目線かなー?

『正解は……ボケとツッコミでお互い想いあう心ですよって言わせたいんだろッ!』

……解ってるよ、ホントは。俺が必要以上に自分を責めちまうから。
だから今回も、そうやって自分の身すらもネタにしてアホみたいに茶化すんだ。


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  茨…?
おい、イェルを離せっての※退けようとする

助けを呼びに行け?
その間てめぇどうする
大丈夫…

バカ言ってんじゃねぇッ!!
※大音量

独り残るつもりか?ふざけんな
仮に助かってもてめぇが痛いとか怖いとかそういうのは何も変わらねぇ
俺の手は癒える
けど、てめぇの心は俺の手程簡単に癒えねぇ
お断りだバカヤロウ
…って、何笑ってるんだよ

※言葉を聞き優しく笑って手を差し伸べ

Egal was kommt ich werde dich nie verlassen
遊んでねぇで帰って来い
未来の花婿は俺だろ

解放されたら抱き締める
安堵から腕の力強めで
俺好み、ね
金平糖拾い終わったらお姫様抱っこしてやる
可愛い未来の花嫁殿、宝物なんだから離れるなよ?


●未来の花嫁と、未来の花婿
 ――粉砂糖の雪舞い散る、深い深い山の奥。未だ冬の気配を纏う、色褪せた木々の間にそびえるのは、澄んだ蒼の氷菓子の館。飴細工の草花が生い茂るその庭に、水晶のような茨を巡らせるのは――氷砂糖が形を成した、うつくしい薔薇だった。
(それは、綺麗で。それ故に、酷く残酷で)
 嗚呼、彼の花のいのちは、間もなく尽きようとしている。彼らが糧とするのは、生きとし生けるものの『互いを想い合う心』――友愛、家族愛、情愛など、様々な形はあるだろうが――故に彼らは、茨で捕らえてまでも愛を乞い、想いに包まれる中で種を次代へと残すのだ。
(……どうか、奪わないで。あのひとを)
 ――突如甘い呪縛に囚われたパートナー。その四肢が氷砂糖の茨によって力を失っていき、ふわりと蜜のような香りが辺りに漂う中、神人は震える手を伸ばして必死に想いを告げようとする。
(想いなら幾らでも……伝えるから)
 器を満たし、溢れるほどに想いを注いで――新たな生命を育むために、砕け散って大地に降り注げ。だってもう、春はすぐそこ。いのち巡るときは、間近に迫っているのだから――。
「茨……? おい、イェルを離せっての」
 ふたりを分かつように、茨を張り巡らせた氷薔薇――残酷な氷の檻に囚われた精霊のイェルク・グリューンを助けようと、カイン・モーントズィッヒェルは己の手が傷つくのも厭わずに茨を退かそうとする。
「カイン、助けを呼びに行って下さい」
 微塵の迷いも見せずに自分を助けようと動いてくれた、そのことにイェルクの心は甘く高鳴るけれど――それでもカインを想うならば、彼を遠ざけないと駄目だ。
「助けを呼びに行け? その間てめぇどうする」
 ――だって、何かあったら嫌だ。その手だって、本当は細工を作り出す、大切なものの筈なのに。
「私なら大丈……」
「大丈夫……って、バカ言ってんじゃねぇッ!!」
 気休めで口にした言葉は、やはりカインにはお見通しだったらしい。大音量で怒鳴って――そうして彼は初めて、イェルクに本気で怒りを露わにした。
「独り残るつもりか? ふざけんな。仮に助かっても、てめぇが痛いとか怖いとか、そういうのは何も変わらねぇ」
 苛立たしげに髪をくしゃくしゃと掻きあげながら、カインは何とかイェルクを――彼の心を守ろうとする。硝子のような棘が指先を朱に染めようとも、カインは必死でその手を伸ばし続けるのだ。
「俺の手は癒える。けど、てめぇの心は俺の手程簡単に癒えねぇ」
 ――お断りだバカヤロウ。一息で言い切った、カインの言葉が余りに彼らしかったから、イェルクはモノクル越しの瞳をそっと瞬きさせた。
(……貴方は本当に、自分を後回しにする)
 かつて大切な存在を喪ったのは同じだと言うのに、彼は自分よりも、イェルクが傷つくのを嫌がってくれるのだ。本当に――俺様な見た目に反して優しくて、何というか外見詐欺で意外性の産物なのだな、と思う。
「……って、何笑ってるんだよ」
 ――どうやら、嬉しい気持ちが顔に出ていたようだ。そっと口元を綻ばせているイェルクへ、ばつが悪そうな顔でカインは悪態を吐くけれど。
「カインが私の事好き過ぎるからです。ちゃんと、未来の花嫁の私を助けて下さいね」
 囚われの身ながらも、にっこりと微笑むイェルクへ向かって、カインは優しく笑って手を差し伸べた。
(――Egal was kommt ich werde dich nie verlassen.)
 密やかに囁かれたのは、愛を告げる異国の言葉。何があっても離さない――その告白通り黒と緑の瞳が交差し、確かな熱を帯びた手は、まるで呪いを解くように永遠の氷茨を塵へと変えていく。
「遊んでねぇで帰って来い。未来の花婿は俺だろ」
「はい……」
 微かに目元が潤んだのは、きっと氷薔薇の欠片が余りにも眩しかったから。固い契りを交わしたふたりの想いに満たされて、薔薇の花弁もまた、澄んだ空へと煌めきを零していった。
 ――氷砂糖が儚く砕け、その瞬間に辺りは緑の光に包まれる。それはまるで、ふたりが行うトランスのようで――きらきらと砕け散った破片は、新たな生命を宿す種となって大地へ降り注いでいった。
「……っと、カイン……」
 まるで幻のように消えていった氷薔薇の、残酷な抱擁から急に解放されたイェルクは、支えを失って倒れ込む。しかし其処でカインが、力強く両手を広げて彼を抱きしめた。
「囚われの愛しい人を助け出す最後は、お姫様抱っこですよね。あなた好みで」
 きっとカインも安堵しているのだろう――普段よりも強い腕の力にそっと身を委ね、イェルクは彼の耳元でそっと、恥ずかしさを隠して姫抱きをねだる。
「俺好み、ね」
 ぽん、とその背中を愛おしそうに撫でて、カインはにやりと不敵な笑みを浮かべた。お姫様抱っこは、金平糖を拾い終わってから――そう言ってイェルクの手を握りしめるカインと交わした想いは、確かに氷薔薇を溶かしたのだ。
「ほら、可愛い未来の花嫁殿、宝物なんだから離れるなよ?」
 ――ああ、愛しい私の未来の花婿殿。あなたの想いが、私には何よりも嬉しい。

●道化の難題
「兄貴が薔薇の呪縛に囚われちまった!」
 うねうねと不吉に蠢く茨に絡め取られたイレイスを前に、終夜 望は何とかしなければと必死に考えを巡らせる。それでもあれこれ悩むよりは、先ず動いた方が良いだろう――こんな状況を放っておけないと、望は駆けだそうとしたのだが。
「いやはや、面倒な物に捕まってしまったな。だがまあ、寒さで死にそうだが死ぬ事は無いだろう」
 普段通りのポーカーフェイスを発揮して、当のイレイスと言えば、淡々と己の現状を分析していたのだった。ふうむ、とさらりとした雪のような髪を揺らし、イレイスはしみじみと、遠くを見つめるような目で溜息を零す。
「こういう時こそ落ち着き、問題を愉快に解決に導かなければならないお兄ちゃんは大変だ」
「――って、余裕たっぷりだなオイ!」
 思わず立ち止まり、律儀にツッコミをしてしまう望であるが――彼のこんな反応も織り込み済みなのだろう。何、と茨に囚われたイレイスはゆっくりと顔を上げて、真面目なのか不真面目なのかよく分からない様子できっぱりと告げた。
「望をからかうのが楽しいとかそういう感情は、お玉一杯分しかないぞ」
「それってあるってことだろ! あああ、お玉一杯分って多いのか少ないのか……?」
 と、イレイスの言葉に、思わず真剣に考え込んでしまう望であるが――いつまでもふざけている訳ではなく、イレイスは現状を打破する術をちゃんと考えていたようだ。伝承に謳われる通り、氷薔薇が互いを想う心を求めているのならば、自分たちがやるべきことはひとつだ。
「望。始めようか――クイズ、『お前の想いが私の思考と合致するまで帰れません!』をな」
「何だよそれ……でも、何にしても答えるしかないか」
 さあ、お前に解けるかこの難題が――と言わんばかりに見つめてくるイレイスに、望は吐息をひとつ。正解を出さないと彼が凍えてしまう、その恐怖に微かに身震いしつつも、望は唇を震わせて何とか想いを形にしようとする。
(俺が兄貴に望み、想うものは……神人と精霊、だからじゃない。兄弟、家族として、俺の傍に居てほしい、それだけなんだ)
 ――ほら望、新しいお兄さんだぞ。双子の兄を喪って失意の底に居た望の元へ、唐突にイレイスは現れた。飄々とした態度で、いきなり兄の生まれ変わりだなんて言い放った彼を――そりゃあ胡散臭いとは思ったけれど。
 けれど慌ただしい日常が戻ってきて、彼に翻弄されつつも何だかんだ言って楽しくて。それが優しい嘘だったとしても自分は、この『兄貴』を恨んだりはしないだろう。
「それじゃ、駄目、だっていうのかよ、兄貴……」
 望が苦悩する間も、イレイスは悠然と――まるで反対に見守るようにして、彼の答えを待っていた。
(それにしてもよ、助けてもらうのは兄貴の筈なのに、それどっから目線かなー?)
 はあ、と溜息ひとつ吐きながら、それでも望は顔を上げる。そうして真っ直ぐに兄貴――イレイスを見て、ありったけの声で叫んだ。
「正解は……ボケとツッコミでお互い想いあう心ですよって言わせたいんだろッ!」
「くっくっく……甘いな望。その程度の返答でこの私をここから脱出させられると思うなよ!」
 ――ああ、こんな時でも自然と軽口が吐いて出て。しかし望の出した答えは、イレイスを蝕む茨を見る間に溶かしていく。望のツッコミ技術こそが、イレイスが彼の作る料理よりも愛してやまない尊いものであり――心の奥底から望んでいるものだったのだ。
「……解ってるよ、ホントは。俺が必要以上に自分を責めちまうから」
 実の兄が亡くなったことは、望の心に暗い影を落としている。だからイレイスが危機に陥ったのなら、彼はなりふり構わずに助けようとする――きっとそれを見越した上で、イレイスは動いているのだろう。
(だから今回も、そうやって自分の身すらもネタにしてアホみたいに茶化すんだ)
 そうだろ兄貴と、望は自分の身体で暖を取っているイレイスに、そっと呼びかけた。

●死を前に願うこと
 ミスター、とても綺麗ですねとディナス・フォーシスは、庭に咲く氷砂糖の薔薇を眺めていた。まるで硝子か水晶を思わせる、精緻な細工の如き花だが――その儚さの裏に隠された渇望を感じたのか、エルド・Y・ルークはそっと、眼鏡の奥の柔和な瞳を細める。
「綺麗ですが……なにか面妖な……」
「氷砂糖ですか。ですが幸せそうなショコランドなのに珍しいです、この花には棘が――え……?」
 ディナスが何気なく薔薇に触れようとした瞬間、茨はまるで鞭のようにしなって彼を拘束した。ディナス、とエルドはパートナーの名前を呼ぶが――伸ばした手は届かずに、虚しく空を切る。
「あ……」
 ぽたり、白の大地を染めるのは、ディナスの肌に食い込んだ茨から滴る朱。気付けば服のあちこちに、その朱――血の色は滲んでおり、白を基調にしたディナスの衣は、無残にも不吉な色に染まっていった。
「今助けま――」
 自分を助けようとしてくれているエルドの声が、ひどく遠い。ディナスの澄んだ青の瞳に影が差して、彼の意識は瞬く間に過去へと飛んでいく。
(守られてばかりで……忘れていました)
 ――かつての故郷。それが或る存在によって一瞬で、血に染まった時のこと。むせ返るような血のにおいの中、その相手と自分の服だけが真っ白で――くれないに沈む景色の中、それが酷く異様だったことを覚えている。
(同様に殺されていれば、こんな取り残された感すら受けずに済んだのに)
 それでも多分、自分の心はあの時に死んでしまったのだろうか。空虚な感情――夥しい死を前にしても、何の感情も浮かんでこなかったのだから。けれど未だ、こうして血を流せるのであれば、自分はひととして終われるのかもしれない――。
「……ミスター。僕は、このまま枯れ死んでも構いません。赤い血を流せて死ねるのでしたら本望です」
 そう言って静かに微笑むディナスを見たエルドは、再度伸ばそうとした手を震わせ――やがてゆっくりと、深呼吸をした。
(今までディナスの、こんな表情を見た事は……)
 こんな風に、潔いまでの諦念を見せるなど思ってもみなかったと、エルドは思う。普段の彼は穏やかなようでいて、その本質は酷く好戦的で、それでも明るく振る舞うのが常だったから。ああ、日常ではつい忘れていたけれど、確か任務で一度、過去に何やら違和感を覚えたことはあった。
 ――ディナスに何があったのかは、分からない。氷薔薇の伝承を耳にして、彼を救わなければと思うけれど――それ以上に今、彼に伝えなければならないことがある。
「ディナス、あなたに死なれては困ります」
 ゆったりとして温厚なエルドの声には、有無を言わせぬ強い意志がこめられていた。それはかつて、部下を束ねる頭首であった頃の片鱗を窺わせるもので――彼の言葉にディナスは、弾かれたように顔を上げる。
「私は……あなたの事を何一つとして知りません……あなたにそんな表情をさせる原因一つ知りません」
 でも、と其処でエルドはかぶりを振って、やがて真剣な表情で真っ直ぐにディナスの瞳を覗き込んだ。
「代わりに私の知りたいことも、何でも教えます。ですから、どうか……終わる事を願わないでください……!」
 あ、とその言葉の意味が胸に染み渡ったのか、ディナスの虚ろな瞳に光が差し、彼ははっとした様子で目を見開く。今にもその両の目からは、涙が溢れそうだったけれど――ディナスは震える唇を懸命に開いて、湧き上がる想いを必死で言葉に変えていった。
「僕も……あ……なたの事を知りません……! 教えて下さるのならば……僕は……まだ」
 死にたくない――伸ばされた手と手を固く握りしめ、互いを受け入れたふたりの想いは、氷薔薇に新たな生命を吹き込んでいく。
 そうしてきらきらと茨は砕け散り、ふたりの行く先を照らすように、欠片は陽光を受けて地上へと降り注いでいったのだった。

●最高の親友
 ――音も無く、氷砂糖の茨はゼノアス・グールンに絡み付いた。精緻な見た目にそぐわずに、その戒めは強固であり――砂糖の甘さを孕んだ棘は、優しくも残酷に、鈍い痛みをゼノアスにもたらしていく。
「ゼノアス……!」
 パートナーである李月まで囚われてはいけないと、咄嗟に彼を突き飛ばして。茨に覆われた指先を何とか動かしながら、ゼノアスは普段通りの余裕溢れる笑みを見せていた。
(何だか、心なしか衰弱していってる様にも見える)
 もしかして、このまま死んでしまうのではないか――そんな考えが過ぎった途端に李月の瞳がじわりと潤み、大切な存在を喪う恐怖が心を凍らせていく。
(……何、泣きそうな顔してんだよ)
 縋るように此方を見上げる李月を見て、ゼノアスは己の不甲斐なさに微かに苛立ったのだが――しかし、こんな顔をさせているのが自分なのだと思うと、支配欲が首をもたげて、嬉しさと愛おしさも湧き上がってきた。
「学校卒業したら、今までより色んな所行くぞって言ったじゃないか、今日だってそうだ」
「……おう、桜が咲くのを待ち焦がれてたぜ」
 茨の檻越しにふたりは顔を突き合わせて、明るい未来について言葉を交わす。しかし、氷薔薇の呪縛は予想以上に強いのか――ゼノアスの意識は、次第に朦朧としてきているようだ。
「どこでも行って、旨いもん食って面白いもん見て……オマエと」
「そうだ、これからなんだぞ」
 次第に舌がもつれ、力無く瞼が下がっていくゼノアスを何とか救おうと、李月の伸ばした手は自然と相棒の肌に触れた。
(もっと、決定的な事を言わないと駄目なのか?)
 けれどゼノアスへの想いは、未だ確固たる形を取れずにいて。それでも李月は、定まり切らない想いの中確かなものを探して、やがて意を決して唇を開く。
「実は……今年進学をやめて、僕の将来設計は白紙になった。でもきっとそれは、お前が居れば埋められる」
 ――お前だから、埋められる。そう言う存在だって思う様になったと李月は語り、その彼の告白をゼノアスはただ静かに聞いていた。李月の進学の話は、以前に手紙で知らされていたけれど――彼にとって結構重い決断だったのだと、ゼノアスは此処でようやく気付いたようだ。
(育った環境の違いもあるだろうが、オレは……リツキにとってそれがどれほどの事か、分かってなかったんだな)
 そして李月は息をひとつ、ゼノアスの心に届けとばかりに、思いっきり声を張り上げた。
「お前はかけがえのない存在だよ、親友!」
「……バカヤロ、今頃かよ」
 悪態を吐きつつも、ゼノアスの口元は笑みを湛えていて。今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られると同時、その身を戒める茨は想いを受けて砕け散って行く。
「オマエは初めっから、オレのかけがえのない存在だってのに」
 ――だけどきっと、李月は違う。彼の言葉は自分が思うよりも、もっと深いのだろう。もしも自分が解放されなかったとしたら、彼はきっとサクリファイスを使ってでも、苦しみを分かち合おうとした筈だから。
『親友』――その言葉の意味を、もっときっちり理解しなくてはとゼノアスは思った。
「って、オイ、泣くなって」
 光の粒となって消えた氷薔薇を見届けて、李月はただただ安堵したのだろう。静かに涙を流す愛しい神人を抱きしめて、ゼノアスはそっと彼の耳元で囁く。
「……オレで、埋め尽くしてやるよ」
 そんなふたりの掌には、溢れんばかりの祝福の金平糖が乗せられていた。

●死にたがりの王子と我儘な姫
「桐華さんと氷砂糖の茨って、何か意外と絵になってるよ」
 そう、まるで絵画のモチーフか悲劇の一場面かと思うほどに。そう言って何処か面白そうに笑う叶は、実際にこの状況を楽しんでいるのだろうか――本心を窺わせぬ紫の瞳を瞬きさせて、彼は茨に囚われた桐華をゆっくりと見下ろした。
「命尽きる前の行為らしいし、その内枯れるんだろうね。僕は眺めていても、いいんだけど……」
「おいこら。こら」
 状況を明確に把握しておきながらその態度かと、桐華は鋭い眼差しで抗議をする。互いを想う心――それこそがこの呪縛を解く力なのだが、やはりと言うか叶は奔放で、この状況も遊戯のように思っているようだ。
「いいよ、何でも答えてあげる。それが君の望む答えかどうかは知らないけどね」
 そう前置きをして、叶は先ず問う。そもそも桐華は、自分たちの現状をどう思っているのかと。
「ねぇ、本音では、僕のことを殺したくはないんでしょう?」
 ――本当は死にたがりで、いつか桐華が自分を殺してくれるまで、その優しさに甘えることにして。そうするしか選択肢がなくなるように頑張っているんだけどと、にこやかに微笑む叶の本心は一見して分からない。それでも――。
「……指先が震えてるのは、聞かれるのが怖いからか?」
 叶の動揺を、桐華は確りと見抜いていた。その上で彼は静かに、粗削りの想いをぽつりぽつりと、言葉に変えて吐き出していく。
「俺は……殺さずに済むなら、それでいいと思ってる。殺すしかないなら仕方ないとも、思ってる。お前が望む方を、ちゃんと選ぶさ」
「……桐華は、そうやって俺に任せてばっかり」
 君は、どうなのさと――続ける声は、微かに震えていた。目深に被った帽子で俯きがちのまま、叶はぎゅっと桐華の服を握りしめて苛烈な本性を露わにする。
「一人で居たかった俺を追い詰めたのは君だよ。ちゃんと答えろよ」
 ああ――剥き出しの想いでぶつかってくる叶へ、ただ桐華は己が胸に浮かんだ気持ちを、そのまま返した。
「……一緒に生きれたら俺が幸せだろうな。でもな、別にお前が死んでも、俺は構わないんだ。だって」
 ――どうせ生まれ変わって、また繰り返すんだから。真っ直ぐにそう告げた桐華を見た叶は、今迄の感情の昂りも忘れて、きょとんとした顔で黙り込んだのだが――。
「……へ? ……いや、君、そんなお伽話みたいなこと……」
「何で呆けた顔してんだよ。想い合って死ぬんだから、ありえるだろ」
 今生で終わりになんてさせない。お前の我儘に付き合ってやるんだから、俺の我儘にも付き合ってくれてもいいだろう――きっぱりと言い切った桐華の態度に、叶は頭を抱えて「ありえない」と首を振るのが精一杯だった。
「我儘って次元じゃないよ……無茶苦茶だ」
 ――でも、それでも嬉しい。泣きそうになるくらいに。こんなことを言われたらもう、ひとりでなど居られる筈がないじゃないか。
「逃がす気はないから、お前もちゃんと覚悟しろよ?」
 そうだねと頷き、彼の手をそっと握りしめた時――溢れる想いで薔薇は満たされ、茨の檻は砕け散って行く。
「ねぇ桐華。愛した人が君で、良かった」
 その言葉と同時に、呪いは解けて。そうして囚われていた精霊は、まるで眠り姫が目覚めるように――ちょっぴり泣き虫だけど愛おしい王子様へ、誓いのくちづけを願ったのだった。



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エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月10日
出発日 03月18日 00:00
予定納品日 03月28日

参加者

会議室


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