『祝福を蝕みしオーガの徒』
*プロローグ*
一年で一番寒さの厳しい時期がもうすぐ終わり、ショコランドでも春の便りの気配を感じ始める頃。
「ねーねー、もう直ぐだね」
華やいだ声で見上げてくる少女に、少年は小さく瞬きしました。
「もう直ぐって……もしかして、ホワイトデーの事、言ってる?」
少年の胸の中に、つい先日少女が顔を赤らめ渡してくれた手作りのチョコレートが浮かびます。
「もう! 違うわよー。勿論それも大事で、倍返しよろしく!だけどー」
少女は腰に手を当てて背中の羽を揺らし、ぷうと頬を膨らませました。
「一年前の事を思い出して」
「一年前?」
少年は天を見上げ、そしてポンと手を打ちます。
「ウィンクルムの皆さんが、三人の王子様達とバレンタイン城を奪還してくれた」
「そう! それよ! 銀髪のイケメン(自称)ボッカっていうこわーいオーガを追い払ってくれて、もう一年なのよね」
二人が並んで見上げる先には、バレンタイン城。
一度、ギルティである
『イヌティリ・ボッカ』によって無残に壊された二本の特徴的な門楼も、再度作り直され、美しい外観を彩っています。
「もう一年経ったんだな……」
「私ね、思うの。こうして平和に過ごしていると、あの怖かった時の記憶は薄れていく一方だけど……忘れちゃいけないんだって」
少女はそう言って微笑みました。
「今、私達がこうしている間にも、ウィンクルムの皆さんは日々オーガと戦ってくれてるのよね。だから、私達は平和に暮らしていられるの」
「……そうだな。改めて、この機会にウィンクルムの皆さんに感謝したいな……」
頷く少年に、少女は満足そうに笑います。
「
『フラーム神殿』でね、戦勝一周年の
『祝祭』が企画されてるんだって」
「え? そうなのか?」
「これは、私達も盛り上がらなきゃいけないわよねっ♪」
「そうだな!」
少年と少女は顔を見合わせてにっこりしたのでした。
ショコランドにある三つの国──キャンディニア王国、クッキーラント王国、マシュマロニア王国。
三つの国が交わる所に、
『ブランチ山脈』という山脈があります。
その頂上付近には、古くから
『女神ジェンマ様』を祀っている
『フラーム神殿』が居を構えていました。
『女神ジェンマ様』は、ミッドランドを守護する神様の一人で、慈愛に満ちた御心でウィンクルム達を護ってくれています。
現在、
『フラーム神殿』では、イヌティリ・ボッカを退けた戦勝一周年の
『祝祭』を行うべく、準備が進められています。
神殿からその事がショコランド全域に伝われば、人々は──勿論、ウィンクルム達も、祭りの準備に向けて動き始めました。
「女神ジェンマ様、日々のご加護に感謝申し上げます」
神殿では、今まさに女神への礼拝が行われています。
「
『祝祭』を執り行うべく、ご報告申し上げます」
深々と人々が一礼した瞬間でした。
神殿を、温かな何かが満たしたのです。
それは、柔らかな光のようであり、爽やかな風のようでした。
神殿の人々は顔を見合わせ、何が起きたのか首を傾げます。
その時でした。
「おい、外を見てみろ!」
そんな声に神殿の外に出た人々は驚きました。
そこには、表面に角状の突起を持つ光るものが沢山散らばっていたのです。
「これは──……?」
偶々その場に居合わせた一組のウィンクルムが、導かれるようにそれを一つ拾い上げました。
「金平糖?」
光ってはいますが、それは慣れ親しんだお菓子にとても良く似ています。
彼らは顔を見合わせ──それを同時に口に放り込みました。そうする事が正しいと何故か思えたのです。
「美味しい……」
やはり同じタイミングで感想を述べて、ウィンクルム達は不思議な気持ちで見つめ合いました。
心の奥が温かくて、パートナーがより愛おしく見えます。
「本当だ! これは、甘くて美味しい!」
神殿の人々も次々と金平糖のようなものを口に運んでみて、笑顔が広がっていました。
「きっとこれは──女神ジェンマ様からの贈り物です」
神殿の祭司がぽつりと呟きます。
「女神ジェンマ様の加護を受けた
『祝福の金平糖』……間違いありません」
気付けば、ショコランドに住む動物達も集まって夢中で金平糖を食べていました。
『祝福の金平糖』とは、女神ジェンマ様の愛の力が結晶化したものとして言い伝えられています。
ウィンクルムが手にするとお互いの愛の力が上昇し、ウィンクルム以外の人々や動物が食べても、とても甘く感じるそうです。
──これは、面白くない。
村人の中に紛れ込んだ一人の男が、苦々しく歯噛みしました。
(ウィンクルムの愛の力が上昇するだと? オーガ様への脅威となってしまう……我々
『マントゥール教団』としても見過ごせない事態だ……)
男は苦々しい思いで、サンプルとして回収する為、金平糖に触れます。
そして、目を見開きました。
男の触れた
『祝福の金平糖』は、たちまちドス黒い色へと姿を変えてしまったのです。
(……面白い)
唇に弧を描き、男はその金平糖をこっそりと持ち帰ったのです。
ショコランドの片隅に、彼らはひっそりと集まっていました。
『マントゥール教団』──オーガを崇拝する狂信者教団です。
彼らは、オーガの存在が人類より優れているとし、上級のオーガを神と崇めています。
オーガが世界を支配し、選ばれた人間だけが生存を認められる正しい時代がやってくる──それが彼らの教義でした。
「この
『怨嗟の金平糖』を、
『フラーム神殿』周囲にばら撒く」
彼らの前には、
『祝福の金平糖』がおぞましくその姿を変えたモノが積み上がっています。
教団員達は、研究の結果、
『祝福の金平糖』について、以下の法則を見つけ出していました。
すなわちそれは、オーガや悪しき心を持つものが触れると
『祝福の金平糖』は、
『怨嗟の金平糖』に姿を変えるという事。
『怨嗟の金平糖』を口にしたものは、怒りや憎しみを増幅させ、凶暴化する事。
そして、
『怨嗟の金平糖』が愛の力を遮断する力を持っているという事を──。
「
『怨嗟の金平糖』を使い、神殿を介して女神ジェンマに送られる地上の愛の力を遮断する」
彼らの背後で邪悪な影が笑いました。
「すべては、オーガ様の為に」
こうして、楽しい雰囲気に包まれる筈だった
『祝祭』に暗い影が落ちたのでした。
「これはどういう事なのです?」
突如、女神様の力が薄まるのを感じ、神殿の祭司達はどよめきます。
「た、大変だ……!」
神殿の屋根の上からお菓子を撒くイベントの用意をしていた神殿職員が、叫びました。
突如邪悪に染まった金平糖が神殿を囲むようにばら撒かれて、それを食べてしまった動物達が暴れていたのです。
すぐさま、近くに待機していたウィンクルム達が駆け付けます。
「このおぞましいものは、何だというんだ?」
神人の一人が、恐る恐る
『怨嗟の金平糖』に触れました。
すると、みるみる金平糖が輝きを取り戻し、元の
『祝福の金平糖』に戻ったではありませんか!
「ウィンクルムが触れると元に戻るのか?」
精霊も
『怨嗟の金平糖』を手に取ります。しかし、どうした事か精霊には一切反応を示しませんでした。
次々とその場にいた全ての精霊達が試してみますが、何故か神人達だけが
『怨嗟の金平糖』を
『祝福の金平糖』に戻す事が出来たのです。
── 一体どうして?
僅かな謎を残しながら、ウィンクルム達は
『怨嗟の金平糖』を
『祝福の金平糖』へと取り戻すべく、動き始めたのでした。
(プロローグ執筆:
雪花菜 凛GM)
*エピソード情報*
バレンタインデーの後に来るイベントと言えば、ホワイトデー!
今回は、2月イベントに引き続きショコランドでのお話です!
イヌティリ・ボッカを退けた戦勝一周年ということで、祝祭が企画されています。
女神ジェンマ様も協力してお祭りを盛り上げてくださるようです。
ショコランド中心付近に存在する、分裂している三つの国が交わるあたりに、
『ブランチ山脈』という山脈が存在しています。
そして、ブランチ山脈の頂上付近には、古くからジェンマ様を祀っている
『フラーム神殿』があります。
ここでは、イヌティリ・ボッカを退けた戦勝一周年ということで、祝祭が企画されています。
まずは、女神ジェンマ様に日々の加護のお礼や、お祭りの開催を報告する礼拝から始まり、
その後は神殿の屋根の上からお菓子を撒くイベントや、近隣の村でウィンクルムをもてなすイベントが開かれる予定です。
近隣の村の人々や、ウィンクルム達がお祭りの準備を進めていると、
お祭りの気配を感じ取った女神ジェンマ様が力を分けてくださりました。
その力は結晶として金平糖の形となって降り注ぎ、
その結果、神殿の周囲には女神ジェンマ様の加護を受けた
『祝福の金平糖』がたくさん散らばっています。
この祝福の金平糖は、ウィンクルム達が手にすればお互いの愛の力が増し、
ウィンクルムではない人々や動物達にとっては、とても甘く美味しく感じます。
暖かな雰囲気に包まれる祝祭の筈だったのですが、
なんと、祝祭に紛れ込んでいたマントゥール教団の幹部が、祝福の金平糖の悪用方法を見つけてしまいました。
それは、祝福の金平糖が、悪しき者の手に触れると黒く染まり、
『怨嗟の金平糖』へと変化するということ。
怨嗟の金平糖はそれを口にした者の怒りや憎しみを増幅させてしまいます。
野にばらまいて野生生物やオーガに与えれば、与えられた者達はたちどころに凶暴化することでしょう。
そしてなんと、神殿の周辺に怨嗟の金平糖を撒くことで、
神殿を介してジェンマ様に送られる地上の愛の力を遮断することも出来てしまうというではありませんか。
マントゥール教団、そしてオーガ勢力も影で何やら本格的に動き始めているようです。
彼等の企みを阻止するためには、祝福の金平糖を回収し、奪われた分は取り戻す必要があります。
悪者達を退け、祝祭を開催しましょう!