トップイラスト

『吸血鬼ノ鎮魂歌』

プロローグ【『吸血鬼ノ鎮魂歌』】

●人類の戦い

 A.R.O.A.や各地域より与えられた、ウィンクルム達の『日常』を終えて翌日。
 
 開催された大神祭『フェスタ・ラ・ジェンマ』での、ウィンクルム達の活躍により、首都タブロスを中心とした大都市や地域では、オーガの姿が少なくなっていた。
 だが、今回はただただオーガが悪戯に跋扈しているわけではない。着々と増え続けていたオーガ達が、1つの意志に動かされているのだ。
 戦える存在がウィンクルムしか居ない以上、人類サイドが不利であることに変わりはない。
 多くの小さな町や村が、世界から削り取られ、オーガによって失われていった。

 A.R.O.A.もそれをただ傍観しているほど頭が足りない組織ではない。
 首都タブロス、6割程度の復興が完了した旧タブロス市外を中心に、人々の避難が進められていた。
 ノースガルドや、ショコランドのような大きな国や地域も、各国の代表が総力をあげて避難を行っている。
 避難を完了した人々は、オーガからの直接的な脅威からは離れたものの、旧タブロス市外での1件のように、いつオーガが攻め込んで来てもおかしくない。
 このまま精神が磨耗し続ける状況が続けば、不安は次第に増長されていき、暴動などに発展してもおかしくないだろう。
 
 ただ、そんな状況となることは、A.R.O.A.代表――『レイジ』には手に取るようにわかっていたこと。
 既に策を弄し、手筈は整っている。

 マントゥール教団と、グノーシス・ヤルダバオートが行ったと同じように、レイジは全世界のモニターを利用して、録画の映像を配信する。
『人類の諸君。今、世界はオーガの侵攻によって混乱の真っ只中にある。
 これまでのオーガはただただ悪戯に暴れるだけであったが、ギルティの姿が現れ出してから、少しずつ統率された動きを行っていた。
 今回の侵攻は、まさに統率された行動というにふさわしいものだ。
 人類が拠点としている小さな地域を少しずつ潰し、逃げ場を無くしたところで全員を滅ぼす。実に理に適った戦略だ』
『だが、こちらも戦略は既に練っている。諸君の避難も、オーガ側にやらされていたのではない。
 やる必要があったから、こちらが必要であるから行った行動だ』
 そこでレイジは一息をつき、鋭い眼光を正面に向ける。
『我々人類は、オーガと立ち向かう手段が皆無なわけではない。ウィンクルムの存在がある。
 彼等が絶対に勝てる保障があるのか、自分達をちゃんと護ってくれるのか、など不安がある者も居るだろう。
 私は、ただ信じろなどという、根拠も論拠もないことを言うことは嫌いだ。だから、実際の成果を持って話をさせていただく』
『彼等は、「ミラス・スティレートをマントゥール教団とギルティの手から奪い返し、マントゥール教団を壊滅」させた。
 「ダークニス・サンタクロースを討伐」し、「イヌティリ・ボッカに重症を与えた」成果もある。
 これでもまだ、彼等の実力を信じることができないだろうか?』
 人々が「そうだ……! 勝てるかもしれない……!」と沸き立つ中で、レイジは畳み掛けるように言葉を重ねる。
『そして我々A.R.O.A.はデミ・ギルティを討伐するに至った、「シンパシー・リバレイト」の開発に成功した。
 前回の数倍威力を誇り、ギルティでさえにもダメージを与えることができるだろう。
 ウィンクルムの力と合わせれば、オーガなど、簡単に倒せるのだ!』
 おおおおおおお! と観衆から雄たけびが上がり、不安が霧散していく。
 洗脳にも似た集団心理が、ウィンクルムであれば勝てる、と人々に刷り込まれていく。
 映像に映るレイジは、最後の止めとでも言うように、告げる。
『まず第一歩として、我々人類は、「ギルティ・ガルテン」へと侵攻し――、
 そこに囚われた人類の救出、そして「ハインリヒ・ツェペシュ」、「ヴェロニカ・カーミラ」2体の討伐を行う。
 諸君は、我々とウィンクルムという希望を信じ、祈りを捧げ、共に戦ってほしい』

『人類に勝利あれ!』

 レイジはそう締めくくり、映像はニュースや通常の番組に戻る。
 けれど、人々の胸中には「勝てる」という意思が強く強く燃え滾っていた。
 そして人々はウィンクルム達の勝利を信じ、女神ジェンマがその身を宿す大樹へと祈りを捧げる。

 ――シンパシー・リバレイトの発射まで、残り数時間。



●希望の樹にて

『人々の鎮圧は、手筈通り完了しました』
「そうか。ご苦労だった。であれば避難誘導を引き続き進めてくれ。
 今回の一手で、勝てると思い込みすぎておかしな行動を取る者も出てくる。
 そういった者の処遇も、手筈どおり進めておくんだ」
『承知しました。失礼します』
 手短に通信を済ませ、レイジは通信機器をしまい込み、希望の樹へ向き直る。
 眼前に聳え立つのは、世界中どこからでも視認できるほどの大きさに育った大樹。
 元々はウィンクルム達が植林した木々であったが、女神ジェンマがその身を融合させ、巨大な樹となった。
 世界中の愛の力を吸収する存在になったこの大樹は、「シンパシー・リバレイト」にとって絶好のエネルギー源だ。
「女神ジェンマ。発射準備はオールクリアだ。私が指示を出せば、数分で発射が完了する。」
『ええ、前に申した通り、お好きに私の命を使っていただいて問題ありません。
 それで、オーガ達を倒して、私の罪を償えるのでしたら』
 女神ジェンマが口にする、「罪」という言葉。
 その言葉を口にする時の声色は、樹を融合し表情のうかがい知れないにも関わらず、悲痛な表情が目に浮かぶようだ。
「罪、というのは一体どういうことだ?」
『テソロの皆さん、ウィンクルムの皆さんに私がして来たこと。そして、オーガとの戦いそのものが私の罪です。
 すべては裏で糸を引くギルティ――彼が引き起こしたことなのですから』
「ギルティと愛の女神が知り合いとは」
『……彼との最後の戦いで、すべてを自ずとお話させていただくことになるでしょう。
 まずは、あなたの作戦を遂行することが、最善策だと思いますよ』
 これ以上は話さない。そんな意味合いが含まれるような声色で、女神ジェンマは言い放った。
 レイジも、現時点で進行している作戦の遂行が最優先であると判断したのだろう。それ以上、根掘り葉掘り聞くことはせず、
「シンパシー・リバレイト、発射準備を行え」
 レイジが命じると、A.R.O.A.職員達はシンパシー・リバレイトの発射最終準備を開始した。
 女神ジェンマの身体に、生気が奪われるような、形容しがたい脱力感が襲ってくる。
 くぐもった声を漏らす女神ジェンマを一瞥して、リヴェラ・アリアンヌはレイジを見やった。
 彼女は、ギルティ「イヌティリ・ボッカ」がギルティとなる前に恋仲であった女性で、死して後女神ジェンマに命を与えられ復活した存在だ。
 ボッカを童謡のウィンクルム2名と封印を行った後、ショコランドに封印されたまま年月を過ごし、つい最近解放された。
 ウィンクルムとジュリアーノ、レッドニス・サンタクロースが前線に出払っているため、リヴェラとセイント達がこちらの守護当たっている。
(まぁ、私は正直戦力外って感じだけど)
 リヴェラ自体に、特に戦闘能力は無く、戦闘になっても役には立たないだろう。
(けど、みんな戦ってるんだから、私も私ができることを全力でやらないとね)
 誰もが戦闘へ意気込み、勝利へと歩み続ける。

 ――――シンパシー・リバレイトの発射まで、残り1時間。



●ウィンクルム集結

 セナ・ユスティーナと、ミラス・スティレートは、集結したウィンクルム達と共に、ギルティ・ガルテンへの突入準備を進めていた。
 オーガとの戦いはいつも命がけであり、そこには緊張感が常に存在していた。だが、ここまでの緊迫した雰囲気は類を見ないだろう。
 最後となり得るかもしれない『日常』を過ごしたウィンクルム達は、皆一様にそれぞれの覚悟を持って戦いに望んでいるようだ。
「これまでいろんな戦いをしてきたけど、この戦争が終わったら、どうなるんだろうな」
 セナだけではなく、他のウィンクルムもオーガとの死線を潜り抜けてきたものばかりで、戦いのない日常というのが、イマイチ想像できない。
 仮にオーガを倒したとして、その後どうなるのか、それがどうも掴めないのだ。
「それはわからないけど、きっと寿退職ですごく人数が減ると思うよ」
「お前な……こっちは真剣に話をしてるんだぞ?」
 茶化すようなミラスに、セナは冷ややかな視線で応える。
 ミラスは1つ「ふふ」と笑って、
「オーガを倒した後の世界は、倒してから考えれば良いよ。どんな世界になったって、ここに居るみんななら乗り越えられるだろうしさ」
 調査団としてギルティ・ガルテンに向かったウィンクルム達は、当時デミ・ギルティとまともに戦うことができなかった。
 けれど、今はデミ・ギルティどころか、ギルティさえも倒せるレベルに成長している。
 そんな者達ばかりが仲間なのだ。確かに、どんな世界になろうとも、乗り越えていけてしまうかもしれない。
「確かに、そうかもしれないなぁ。ちょっと、難しく考えすぎたかもしれないな」
「それに、別に僕は茶化してないよ」
「は?」
 ミラスは、急に真剣な声色になって、セナに向き直る。
「セナもするでしょ、寿退社」
「…………」
 言葉の意味がわからず、数瞬固まった後、
「ばっ、ばばば、バカか?! いきなり何言ってんだよー!!」
 セナは顔を真っ赤にして、ミラスをぽかぽかと叩きつける。

「う~ん、やっぱり君達二人の愛って、素晴らしいものだよね」

 ふと、聞き覚えのある声が、二人の耳朶を打つ。
 白髪の長髪を揺らし、張り付いたような笑顔を浮かべた人間が、姿を現した。
 隣には、人相の悪いプレストガンナーも一緒に立っている。
「あ、あんた達どうしてここに?!」
 そこには、A.R.O.A.本部地下大監獄『無間』に収容されている筈の、ユウキ・ミツルギと、リーガルト・ベルドレットの姿があった。
「いやぁ、A.R.O.A.の代表は本当にどんな手でも使うんだね。正直自分も手段を選ばない方だと思うけど、アレは尊敬するレベルだよ」
「投獄されていたところに奴が現れ、ギルティ・ガルテンへ向かうようにと指示を受けたということだ」
 どうやら、今回の戦いの戦力になるとして、レイジが二人を一時的に釈放したところことだった。
 もちろん戦力が増えることがありがたいのだが、一度マントゥール教団へ入信し敵として戦っていたことを考えれば、背中を預けるには怖い存在だ。
「こっちとしては力強いけど、何と言うか、あの病気みたいな考え方は治ったのか?」
 歯に衣着せず言い放つセナに苦笑しつつも、ユウキは応える。
「正直、まだオーガが世界を滅ぼすのが正しいんじゃないか、とは考えることがあるよ」
「…………」
「けど、今はもう完全に、君達ウィンクルムがオーガを倒した先に、どんな未来を作るのか、それが楽しみなんだよね~」
「えー、あんまり気持ち悪いの変わってねぇじゃん」
「ははは。でも楽しみなんだから仕方ないでしょ。君の寿退社の時にはお祝いさせてよ」
「だから、しない……こともないかもしれないけど……。 っ! って茶化すなよなー!」
 未だ完全に思想が切り替わったわけではないが、ユウキもリーガルトもウィンクルム側の人間として生きていることを決意していた。
 今回の戦いで背中から刺されるようなことは無いだろう。
「話は変わるが、こちら二人以外にも、戦力が投入されているようだ」
 リーガルトがそう言って視線を向けた先に、セナとミラスも視線を移す。
 そこには、レッドニス・サンタクロースと、ジュリアーノの姿があった。
「こっちとしても、ヴェロニカには弟が世話になってるからな。今回は自分から志願して戦うことにしたんだ」
「私は、それほど戦力にはなれないかもしれませんが……ギルティ・ガルテンのご案内はお任せください」
 役者は全員、揃った。
 ギルティ・ガルテンへの突入は、シンパシー・リバレイトへの一撃が放たれたと同時に行われる手筈となっている。
 後は、そのときを待つだけだった。

 ――――――シンパシー・リバレイトの発射まで、残り30分。



●ギルティ・ガルテンの統治者

 ウィンクルムによってかなりのダメージを与えられたイヌティリ・ボッカは、その身をギルティ・ガルテンへの隠していた。
 ショコランドから続く道ではあるが、入り組んだ道などもあり、正直どちらが正解の道かはまったくわからない。
 肌を撫でる風は、じわりとぬくもりを奪っていくかのように冷たく――得体の知れぬ怪物が吐き出した吐息のような、何処か不気味な余韻を残している。
 もちろん、ボッカにもどの道が正解かはわからない。特に目的もなく、薄暗く不気味な道をただ歩き続けているだけだった。
 恐らく、運が良かったのだろうか。ただ歩き続けていたボッカは、奇しくも「ルーチェ村」へと辿りつく。
 そこは、閑散とした場所にいくつかの世帯があるだけで、元々金持ちの出であるボッカとしては、犬小屋でももっと小奇麗だろう、という感想だ。
 常に夜に覆われているため、足を踏み入れたばかりのボッカにはわからなかったが、恐らくは彼等には昼と夜のような時間感覚があり、今は昼なのだろう。
 遊んでいた子ども達がボッカの姿を見るなり物陰に隠れ、息を殺してやり過ごそうとしているのが目にはいった。
 彼等にとってオーガの姿をしているものは自らを襲う捕食者で、畏怖するべき対象なのだ。
(別にガキをなぶる趣味は無いんだがな……)
 1つ嘆息し、そのまま村を立ち去ろうとすると、一人のデミ・ギルティがボッカの前に立ち塞がった。
「君、イヌティリ・ボッカでしょ? 流石に狼女よりは強そうだけど、ハインリヒ様ほどじゃないね」
 少年の姿をした、デミ・ギルティ。その顔には包帯が巻かれており、下には、漆黒にして虚ろな、無残ひび割れが刻まれている。
 ボッカには知る由がないが――かつてウィンクルムと対峙した存在「ネロ」だ。
「お前、何様? 俺様より強い存在が、世界にいる訳がないだろう」
「へぇ~、ウィンクルムにそんなにやられるような人が良く言うね~。僕達にも勝てないってこと、教えてあげようか?」
 あくまでも不遜な態度で接するネロに、ボッカは既にブチ切れそうだ。
「お前如きに、俺様を楽しませられるわけないだろうが」
「じゃあ、試してみよっかァ!」
 言うが早いか、ネロの姿が瞬く間に変わっていく。それは正に獣化――彼は、灰色の毛並を持つ獣へと姿を変えたのだ。
 鋭い爪がボッカへ強襲し、その喉元へ突き立てられると思われた。
 ドサリ。と、重たいものが地面に落ちる音が耳朶を打つ。ネロは、ボッカの首を落とした音だと考えたが、瞬間的に襲ってきた激痛にそうではないと気づく。
 地面に落ちたのは、攻撃を加えようと突き立てた、ネロの右腕であった。
 目にも止まらない速さで、ボッカに腕を切り落とされたのだ。
「なッ……!?」
「俺様的必殺技『ダークネス・スライス』を使うまでもない。今のお前は、俺様と戦ったウィンクルムにも届いてないな」
 風がボッカの周囲を舞う。『俺様を引き立てる罪な風』だ。
 かつてウィンクルムに相当な実力を見せたネロであったが、それは昔の話。ウィンクルムはボッカとすら対峙できるまでに成長している。
 そんなウィンクルムを何組も相手にして戦うことができるボッカと、そもそも勝負になる筈も無かった。
「くッ……!」
 ネロはすぐさま飛び退くと、近くで身を潜めていた少年と少女の内、少女の首を刎ね、その血をすすった。
 かなりの量の血を摂取したネロの傷が見る見るうちに快復し、切り落とされた腕が癒合する。
 その動作は、少年が悲鳴を上げるまでの時間よりも、早く行われた。
 少年は、少女の胴体と頭部を見て、放心したように佇んでいる。彼等は、奴隷であり家畜。生きるも死ぬも、すべてこのデミ・オーガ達次第というわけだ。
「イヌティリ、ボッカぁあああああ!」
 再び攻撃を加えようとするネロに、もう一度ボッカは『俺様を引き立てる罪な風』の準備を行う。
 しかし、その攻撃は第三者によって止められることになる。
 その者は、ネロの腕を掴んで攻撃を強制的に中断させ、ボッカへに向き合う形で眼前に立ち塞がった。
「今度は何だ?」
 飽きたように嘆息するボッカの前に立つのは、ネロと同じく通常とは一風変わった雰囲気のデミ・ギルティであった。
「んー、何ていうのかな。ああ、そうそうひとまず落ち着こうよ~」
 ラギウス。ルミナ村の支配者であり、吸血鬼のような生体を持つと言われ、催眠術で人を操ったり血を吸って下級の吸血鬼にしてしまう能力があると言われていた存在だ。
 ネロと同じく、ウィンクルムと一度対峙しており、その際には高い実力差を見せ付けた。
「ボッカのお兄さんさ、ウィンクルムと戦ったんでしょ? じゃあさ、僕を撃ったウィンクルムのこと知らないかな。
 今度会ったら死ぬまで血を吸ってやろうと思ってずっと待ってたんだよね」
 無邪気だが、何処か寒気を覚える表情で、ラギウスはボッカに尋ねる。
 だが、ボッカにとってはそんなことは知ったことではない。
「ちょっとちょっと、どこか行こうとしないでよ。っていうか、逃げられると思ってるの?」
 ボッカが踵を返そうとすると、周囲は既にCスケールオーガの配下と思われるもの達によって取り囲まれていた。
 ギルティ・ガルテンで苦しい生活を続ける人間達を虐げている存在の、その全てが集っていると言っても過言ではないほどの人数だ。
「あ、そうだまだ歓迎してなかったよね。ようこそ、僕の国へ。ごめんね、ネロがいきなり攻撃して~」
 ニコニコと無邪気に笑うラギウスに、ボッカはつまらさそうに吐き捨てる。
「ハッ、国、か。大方、元々城に居て、ハインリヒの野郎に追い出されたからチマチマ村を統治してるとかってところだろ」
 ボッカの言葉に、ぴりっと空気が緊張する。
「……お兄さんさ、状況分かってないでしょ? いくらギルティだからって、この量なら僕等が勝つよ。
 大人しく僕等に従うのが、賢明だと思うけどなー」
 全員が身構え、ボッカに対峙する。
 普通の人間やオーガであれば、失神してもおかしくないほどの状況かもしれないが――。ボッカにとっては脅威にも感じない存在だ。
(デクニー、セン、スガート。あいつら3人の方がまだマシだな)
「……俺様は元々、戦いが大好きってわけじゃない。けどな、喧嘩を売ってくるムカつくヤツ等は殺すことにしてるんだよ!」
 ボッカの殺意が放たれ、ラギウスも、ネロと同じように獣化を行う。
 ネロも再びボッカに飛び掛かり、Cスケールオーガの配下達も、一斉に攻撃を行った。
 しかし、手負いとはいえボッカは上位のギルティ。
 一撃で、いとも簡単に。ラギウスとネロは吹き飛ばされ、Cスケールオーガの配下は塵も残さず切り刻まれた。
 俺様的必殺技『ダークネス・スライス』だ。
「ぎゃああっ!」
「ぐぅうっ!」
 ボッカはレイピアを再び構え、地面に倒れたデミ・ギルティ二名にもう一度腕を振り下ろした。



●開戦

 供給された愛の力をエネルギーに変え、シンパシー・リバレイトはギルティ・ガルテンへ膨大なエネルギーを放出した。
 ギルティ・ガルテンに、シンパシー・リバレイトによる鋭い一撃が放出され、轟音が世界に轟く。
 元々の性能からして、旧タブロス市外を巻き込みながら、デミ・ギルティを倒すに至る力を持っていた兵器だ。
 それから格段に高い威力を誇っているのだから、強力な兵器であると頷けるだろう。

「…………?」
 ゴオオオオオオオオオオオ、と響く轟音に、いち早くハインリヒ・ツェペシュが反応する。
「!」
 数瞬遅れる形で、ヴェロニカ・カーミラも反応し、攻撃が加えられた事実に気がつく。
 しかし、もはや遅い。
 唐突な愛の力の本流に、ハインリヒの居城の半分が消し飛ばされた。
「な、何なのよこの力っ!?」
 ――このままでは、ハインリヒ様のお城がすべて破壊され、お召し物も汚れてしまう!
 そう判断したヴェロニカは、シンパシー・リバレイトから放出されている愛の力の本流を、両手で受け止めた。
「くッ…………!!」
 これまでの人類からは考えられないような、莫大な力の本流。
 咄嗟のことで、ヴェロニカは万全の体勢でシンパシー・リバレイトの攻撃を受け止めることができなかった。
 彼女を護る絶望色のオーラが目に見えて失われていき、ついにオーラが消え失せる――。

 シンパシー・リバレイトの攻撃が終わった頃には、ヴェロニカのドレスの一部が切り裂かれ、耳飾は外れ吹き飛ばされていた。
 セットしていた髪は乱れ、ハインリヒのいつも演奏していたパイプオルガンは破壊し尽くされてしまっている。
 ハインリヒ様との幸せな時間を過ごす空間を、破壊された。
「…………ふ、ふふふ。……ハインリヒ様」
「わかっているよ、ヴェロニカ。せっかくならば最高の場所、最高の音楽、最高の食器で食事を楽しみたいと考えていたけれど。
 ここまでのおもてなしをされてしまっては、こちらも引き下がることはできない」
 二人の瞳が真っ赤に染まる。それはまるで、激情を体現するかのような紅蓮の色だ。
「ウィンクルムの血からゴールデンドロップを集めて、晩餐としよう」
「ハインリヒ様の仰せの通りに」 

◆ ◆ ◆

 俺様的必殺技『ダークネス・スライス』を振り下ろす瞬間。膨大な愛の力の本流が、ボッカ達の頭上を通り抜けた。
 遠目でも視認ができるほどの規模でハインリヒの古城が破壊されたことも、見て取れる。
「ネロ、逃げるよ!」
 ボッカが崩れる古城に視線を奪われていると、その隙をついて、ネロとラギウスは文字通り尻尾を巻いて逃げ出した。
 元々売られた喧嘩を買っただけのボッカにとって、わざわざ深追いする理由もない。
 森の中に消えていくデミ・ギルティの姿を一瞥して、ふと村人達と視線が合った。
 結果として村人達を支配から助けたことにはなった。だが、ここに生きる者達はオーガに対して畏怖の感情しか抱いていない。
 たとえ助けられても、それは少しの間の遊びではないか。そんな負の思考が拭い去れないのだ。
「どうして、どうしてだよぉ…………」
 ボッカの前で、先ほど首を刎ねられた少女の亡骸に、少年すがりつくように泣きじゃくっていた。
 目の前で大切な人間の首を刎ねられる姿。その姿を、ボッカはギルティとなる前の自分の姿と重ねて、嗜虐的な笑みを落とす。
 リヴェラが処刑されたことで、彼はギルティとなった。それだけ、彼女のことを心の底から、本気で愛していた。
「おい、お前」
 声を掛けられて、少年はボッカに気づき、今にも気絶しそうな表情で、しかし少女を殺された怒りを彼に向ける。
 それはオーガという存在に対しての、怒りと悲しみ。憎悪のような負の感情は、オーガ化を引き起こす。
「オーガとして生きるのは、楽しい時期もあった。だけどな、お前がオーガになっても、死んだそのガキは喜ばない」
 少年は驚いたような表情をして、目の前のギルティを見やる。
 まさか、オーガにそんなことを言われるなど思ってもいなかったのだろう。
 ボッカもまた、自分がなぜそんなことを言ったのかわからず、しばし思案気にした後。踵を返して、村を後にした。

(俺様は、記憶を取り戻して、ギルティとなった理由を知った)
 リヴェラの処刑された光景を思い出して、ふと思う。
 ハインリヒとヴェロニカ、グノーシス・ヤルダバオートにも、前世の記憶はあるのだろうか。
 そして何より。一番気になるのは、自分をギルティへと変えた存在。あの者は一体何者だったのか。
「チッ、俺様を駒に使おうとしてたりしたら、気に入らないな」
 重症を負わされたウィンクルムには腹が立つし、駒として自分を使おうと企むヤツにも腹が立つ。
 だがもう、ただただ感情だけで動くことはできなかった。
 自分はこれからどうするべきなのか。
 イヌティリ・ボッカは意を決して――――歩み始めるのだった。


PAGE TOP