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『吸血鬼ノ鎮魂歌』

リザルトノベル【男性側】VS ハインリヒ・ツェペシュ

VS ハインリヒ・ツェペシュ

メンバー一覧

神人:蒼崎 海十
精霊:フィン・ブラーシュ
神人:ヴァレリアーノ・アレンスキー
精霊:アレクサンドル
神人:俊・ブルックス
精霊:ネカット・グラキエス
神人:柳 大樹
精霊:クラウディオ
神人:羽瀬川 千代
精霊:ラセルタ=ブラドッツ
神人:信城いつき
精霊:レーゲン
神人:セイリュー・グラシア
精霊:ラキア・ジェイドバイン
神人:李月
精霊:ゼノアス・グールン
神人:初瀬=秀
精霊:イグニス=アルデバラン

リザルトノベル

 巨大な噴水が、12本の街灯によって、淡く照らされている。
 庭園を飾る、白い大理石も、然り。
 だが、豪奢で美しいこれらのものに、目をとらわれる者は、ここにはいない。
 ハインリヒ・ツェペシュ。
 このギルティの存在が、目の前にあるからだ。

 そのハインリヒに向け、真っ先に飛び出したのは、クラウディオだ。
 ミラス・スティレートの聖域を飛び出し、手裏剣『シャドウミスト』を、大ぶりな動作で投げる。
 刃はまっすぐに、ギルティの足元へ飛んで行った。
 それを相手は、ひらりと避ける。
「そんなもの、効果はないよ」
「わかっている」
 そう、影に向けた攻撃は、当たればラッキーという程度。
 ただ、はじかれても、その間、敵の気を引くことはできる。
 たとえば、誰かがトランスをする時間は、つくることができるのだ。

「……静かに、微睡みが近寄るように」
 ラセルタ=ブラドッツは、目を閉じた羽瀬川 千代に、そっと口づけをした。
 共に戦い、絆を深めてきたからこそ与えられた力が、体に満ちる。
 それなりの経験は積んできた。だからこそ、戦闘は常に命がけだとわかっている。
「生きて戻るぞ、千代」
「もちろんです」
 二人は、それぞれの武器をとった。

 ハインリヒの爪が、神符『詠鬼零称』ごと、蒼崎 海十の肌を斬る。
「ああっ!」
 勢いよく飛ばされ、海十は、背中から地面に落ちた。
 打ち付けた場所はひどく痛み、爪に裂かれた胸からは、とろとろと血が溢れる。
(『閃光ノ白外套』も『クリアライト』も、しっかり光を反射したはず、なのに)
 しかもギルティはただ、狼のものに変えた手を、振り下ろしただけだった。それなのに、この衝撃だ。
 後ろ手を突き、なんとか起き上がろうにも、体に力が入らない。

「海十!」
 雑草の中に消えた相棒の名を呼びながら、フィン・ブラーシュは、『ディバイン・オーミナス』のトリガーを引いた。
 ガガガ、と飛び出た銃弾は、左右からハインリヒに向かって行く。
 本当ならば、すぐにでも海十の無事を確認しに行きたいところ。だが、彼が身を挺して作ってくれた隙を、無駄にするわけにはいかなかった。
(それに、ここにはみんながいる!)
 たとえば、倒れた海十のもとに駆け寄るのは、初瀬=秀だ。
 そして、海十の上に輝く光を生み出したのは、ラキア・ジェイドバイン。

「おい、大丈夫かっ!?」
 秀は、雑草の中に仰向けになった海十の横に、しゃがみこんだ。
「あ、ああ……」
 喉から絞り出された声を聴き、ほっと胸をなでおろす。
 が、この場におけば、ろくに動けぬまま、戦いに巻き込まれかねない。
「とりあえず、後ろ下がるぞ。……辛いだろうが、悪いな」
 まさか姫抱きにするわけにもいかず、背に腕を回して、身を起こす。
 こんなことができるのは、この間、ハインリヒを引きつけてくれている仲間がいるからだ。

「はっ!」
 千代は、『妖刀・恋慕』で、ハインリヒに斬りかかった。
 狙うは人間の弱点にもなる首筋だ。
 そうしながら、オーラに開いた穴を守る様子はないかと、目を凝らす。
 それは、セナ・ユースティナと、ユウキ・ミツルギが攻撃する間も、同じこと。
「行くぜ、ユウキ!」
「うん!」
 二人は、同時に地を蹴り、跳躍した。それぞれ手にした剣と鎌で、左右から、ギルティの頭を狙う――が。
 見えぬオーラに、はじかれた。
「わっ!」
 ずざっと踵で着地し、よろける二人の横を、アレクサンドルが駆け抜ける。
 彼は猛獣の爪の形に変化した『ゴシップチャペル』で、ハインリヒの右胸を突いた。
 攻撃は、当然のようにオーラに阻まれる。
 が、これまで余裕を見せていたハインリヒが、一瞬渋面になったことを、ヴァレリアーノ・アレンスキーは見逃さなかった。
「いい加減、無駄な努力を見ているのは、気の毒になってきたよ」
 ハインリヒが、腰に下げたレイピアの柄を握る。
「させませんっ!」
 ギルティの体に、ネカット・グラキエスが生み出した霧がまとわりついた。
「……まったく、やっかいな」
 嘆息し、きらり、レイピアを引き抜くハインリヒ。見えなくても、攻撃は関係ないということか。
「ああああっ!」
 李月が、『サベージソウルハンマー』で、ハインリヒの左胸――とはいってもオーラの上である――を攻撃する。周囲には、場に似合わぬポップな水玉が飛び散った。
 しかしヴァレリアーノはハンマー効果よりも、やはり、ハインリヒの表情の方が気になっている。
(オーラがあるのに、なぜあんなに、嫌そうな顔をする?)
 もしかして、ハインリヒの弱点は――。
「確かめるまでか!」
『デビルズ・デス・サイズ』を両手に握り、地を駆ける。
 狙うは李月のハンマーが当たったのと同じ、胸あたり。
 ――が、刃は当たらない。
「貴様っ!」
 ハインリヒが大きく後ろに、跳躍したからだ。
(やはり……!)

(ひょっとして、あいつの弱点って……)
 ヴァレリアーノの攻撃を見、柳 大樹も、同じことを考えた。
「なあ、あいつの胸、狙ってみてくんない?」
「弱点?」
「かもしれない」
 近く、銃を持つレーゲンに言えば、彼は「まかせて」と頷いた。
 同じガンナーの仲間を振り返る。
「行こう、リーガルト!」

 レーゲンは『クルセイドバースト』を、リーガルトは両手銃を、ハインリヒの胸の中央に向けた。ガガガ、と勢いよく飛び出た銃弾は、真っすぐに狙い通りの場所に向かう。
「はっ!」
 ハインリヒは短く息を吐き、身をよじった。弾はすべて、見えぬオーラにはじかれる。

 噴水の向こう、レーゲンたちとは真逆の位置にいる、ラセルタが、なるほどと頷いた。
「あのギルティ、なんともわかりやすい」
 にやり、口角を上げる。
 そして、ゼノアス・グールンもまた、同じことに気がついていた。
「なるほどな! よし、みんな、どけえええっ!」
 周囲のエネルギーを自らの体にシンクロさせ、一気に放出する。
 この衝撃が、ハインリヒを吹っ飛ばしてくれればラッキーだ。
 その直前、ラセルタもまた、『スイートキラー』で狙いを定め、銃弾を撃ち放っている。
 わずかに漏れた、甘い香り。それはハインリヒまでは届かない。届くのは、ラセルタの精神力を封じた弾だけだ。
「さて、どうだ?」
 ラセルタの視線の先、ハインリヒの前で、弾がはじけ、爆発する。
 その衝撃の大部分はオーラがはじいたが、一部は穴を通じて、彼本体に届いたようだ。
「くっ……」
 ハインリヒが、よろめく。

(チャンスだっ!)
 セイリュー・グラシアは、呪符『五行連環』を手に、ハインリヒの前に飛び出した。ラキアが作りだした護りの光輪の下、素早く印を結ぶ。
「がっ……」
 ハインリヒが、一瞬体をけいれんさせた。効果ありだ。
「やったね! セイリュー!」
 笑顔で告げ、真顔になったフィンが、連続射撃で、ハインリヒの逃げ場をふさぐ。
 そこに、双剣を持った千代が、駆けていく。
 刃を繰り出して、狙ったのは、左右の肩。
「腕が動かなければ、レイピアは扱えないしょう?」
 切っ先が肌をかすめたところで、フィンの声が響いた。
「みんな、退いて!」
 飛びのく千代。直後。

 ――バアンッ!

 飛んできた銃弾が、さく裂した。
「ぐ……くそっ、こんな奴らにっ!」
 弾が当たった胸を押さえ、ハインリヒがかっと目を見開く。
 傷を押さえた手のひらからは、だらだらと赤い血が溢れていた。
「許さないよ、ウィンクルム……!」
「そうかね!」
 アレクサンドルが、ウルフの形に変形した武器を振り下ろす。
 獣の牙は、ハインリヒの首筋に食い込んだ。
「ガ、アアアアッ!」
 みしみしと肉を絶つ音に、ハインリヒの絶叫が重なる。
 顎へ垂れるよだれは赤く染まり、誰もがこれは、致命傷だと感じたことだろう。
 が、ぎろり。
 ハインリヒは赤い瞳を動かすと、なんと、震える手を伸ばし、アレクサンドルの腕を掴んだではないか。
「なっ!」
 肌に食い込んだ男の手が、信じられないほどの力で、アレクサンドルを引き寄せる。
 そして彼は、毒々しいほどに赤い口を開け、アレクサンドルの首筋に噛みついた。
「ぐうううっ……」
 アレクサンドルが、呻く。
「サーシャ!」
 ヴァレリアーノの、悲痛な声。

 噛まれたところは熱く、じゅるじゅると体液を吸われる感覚は、不快以外の何物でもない。
 ただ、それをどうすることもできない。
 アレクサンドルは、体が次第に重くなっていくのを感じていた。
 どうにかして攻撃せねば。ギルティから離れなければと思うのに、武器を振り上げる力もない。

「サーシャを、離せっ!」
 ヴァレリアーノは、血を吸い続けるハインリヒに向かって行った。
 セナとユウキも一緒だ。
 鎌を振り上げ、無防備な背を狙う。
 が、その刃が届くより早く。
 ハインリヒは、アレクサンドルを咥えたまま立ち上がった。振り返って首を振り、青年の体を放り投げる。
「ああっ!」
 ヴァレリアーノは、受け止めるべく、慌てて両手を差し出した。
 しかし、少年の彼に、大人の相棒の体が支え切れるはずはなく。
 二人は一緒に、地面の上に転がり込んだ。
「サーシャ、しっかりしろ!」
「……ーノ……」
 腕に抱き、見下ろした体。声は出たが、目が開かない。
「早く、ラキア、回復を!」

 一方のハインリヒは、血を吸い真っ赤に染まった唇で、ふふふと微笑んだ。
「いいねえ、あの声。悲しそうで。血もなかなかおいしかった」
「なんてことをっ!」
「ひどすぎますっ!」
 俊・ブルックスが槍を手に、李月が鈍器を手に、ハインリヒに立ち向かう。
 が、突きだした槍も、振り上げた鈍器も、ひらりとかわされた。
 吸血し、体力が戻っているのだ。
 しかも彼は、それでもまだ足りぬと、李月の襟首をひょいと掴んだ。
「さて、君の血はおいしいかな?」
「は、離せっ!」
「って言われて、離すわけないよね」
 にやり、笑うハインリヒの唇が、次第に李月の首筋に寄っていく――が。
 肌まであと少し、いうところで、ハインリヒは動きを止めた。
「何をした!?」
 眉間にしわ寄せ、李月を突き飛ばす。
 そこに、バラを模した防具に身を包んだ、ゼノアスが走り込んだ。
「リツキ!」
 素早く李月の手をとり、まるで人さらいでもするような勢いで、ハインリヒから距離を取る。
「ありがとう、ゼノ」
「いや、無事でよかった」
 ゼノアスが、李月を見やる。その胸では、ブローチ『プロテクトアメイズ』が淡く光っていた。

 この間、アレクサンドルの頭上では、きらきらと回復の光が輝いていた。
 傍らには、秀。アレクサンドルの身を起こすのは、ヴァレリアーノ一人では無理だった。大人の力が、必要だったのだ。
「ありがとう、助かった」
「いや……それはコイツを運んでからな」
 秀がアレクサンドルを背負いあげる。逞しい体は重く肩にのしかかったが、これが自分の役目と歯を食いしばった。
(戦ってるやつらが、いるんだからな)

 ドドド! と連続した銃撃が、ハインリヒを狙う。レーゲンとリーガルドだ。
 逆方向からは、ラセルタの銃弾。
 が、ハインリヒのダメージは、ほとんどない。
 オーラはすでに消えているが、傷が癒え、体力が戻っているのだ。
(せめて、足止めにでもなればっ)
 李月は、片手銃『イルミナウェルテックス』で、ハインリヒの足元を狙った。
 しかしそれは、ダンスのステップのような軽やかさで、避けられてしまう。
 一方、イグニス=アルデバランは、呪文の詠唱を始めた。
(オーラが消えたのなら、狙う価値はあるはずです)
「それなら、俺もやらないとね」
 大樹が『調律剣シンフォニア』を天に掲げる。
 音叉の剣が震動し、共鳴するような音を発した。この力の恩恵を受けるのは、一番近くにいるイグニスだ。

 その詠唱の声を、ハインリヒは聞き逃さなかった。
「なにか、いけないことをしているね」
 そう聞こえたと思ったときには、彼の姿は、イグニスの眼前。
「イグニス!」
 すかさずラキアが、彼を守るべく、半透明の避難所を生み出した。
 その前には、セイリューと大樹が並び、武器を構える。
 強敵のギルティを前にして、エンドウィザードのスキルは最後の砦ともいえるほどの、強力なものだ。
「攻撃はさせないよ」
 じろり、大樹がハインリヒを睨んだ。

 ※

 その様子を、秀は遠方から、海十とともに、見つめていた。
 ハインリヒに吸血されたアレクサンドルは、まだ意識が戻らない。
 が、ラキアが生んだ光の効果があるから、回復は時間の問題だろう。
 だからこそ、イグニスに視線を向ける。
(大丈夫か、あいつは……)
 イグニスの近くに行って、役に立つならそうしたい。
 しかし、秀には、弱った二人を守るという役割があった。
 唯一の回復役であるラキアが、ずっとついているわけにはいかぬと、自ら引き受けたのだ。
「無理はしてもいい、無茶はするなよ……」
 だが、こうして仲間を見るうちに、秀は一人、メンバーが駆けていることに気がついた。
「ネカットがいないな。どこかに隠れて、呪文でも唱えてるのか?」

 ハインリヒの周囲では、クラウディオとその分身が、緩慢に動き回っていた。
 それに、俊と李月、千代が加わる。手裏剣と、槍と鈍器、剣の攻撃だ。
 だがそのどれもを、ハインリヒはひらりと避けた。
 姿勢低く、足元の狙ったヴァレリアーノの攻撃も、肌を傷つけることはない。
「遅いんだよっ!」
 敵が、大きく飛んだのだ。
 その足が地につく前に、信城いつきは片手銃のトリガーを引いた。
(当たれっ!)
 信じてうち放った銃弾は、真っすぐハインリヒの腹に当たる。
 ――が。
「やれやれ」
 赤く濡れた腹を見て、ハインリヒは嘆息した。
 そう、ため息だ。彼にはまだ、余裕がある。

(イグニスの詠唱は、まだおわらないのかっ)
 秀は、はらはらしながら、仲間の戦いを見つめていた。
「あっ……」
 すぐ近く、木に背を預けるようにして座らせていたアレクサンドルが、体を起こす。
「お、平気か?」
「ああ……すまなかった。みんなは?」
「あそこだ」
 秀は、ハインリヒの前に立つ一同を指さした。
 そのはるか頭上には、ちりちりと燃える火の球が生まれている。

 ちらと中空に視線を上げて、俊はそれが、ネカットの呪文によるものだと気がついた。
(あれはたしか、真っすぐ下に落ちてくるんだよな……ってことは)
 おそらくネカットは、当初ハインリヒが立っていた場所を基準にしているはずだ。
 多少ずれた今の位置でも衝撃は届くだろうが、せっかくのスキルを活かすなら、ぜひ直撃させてやりたい。
(でも、場所を言えば、ハインリヒにばれる……)
 彼の場所を元の位置に戻すために、どうして仲間に場所を伝えるか。
 それが今、一番の問題だ。

 距離があるからこそ、見える者もある。
 その火の球が、ラセルタにはしっかり見えていた。
(あれはどうなるんだ? 弾けるのか? なんにせよ、位置が悪いな)
 ラセルタは銃を持ち上げ、ハインリヒの背に標準を合わせた。
「だったら、軌道を修正してやるまでだ」

 ゴウン!

 その背で弾けた銃弾に、ハインリヒがたたらを踏む。
 攻撃の出どころは、噴水の向こう。
「そういえば、あっちにもいたんだっけ」
 まったく、やっかいだねと呟いて。
 ハインリヒの手が、腰のレイピアに伸びる。
「あれはっ……!」
 ラキアは息を飲んだ。
(護れるか……? いや、でも)
 背後では、イグニスの詠唱が続いている。
(だったら、護るしかない)
 唇をかみしめ、ラキアはハインリヒを見据えた。
 他の仲間も、気持ちは同じ。誰一人、逃げだすものはない。
 ハインリヒがいよいよ、胸の前でレイピアを掲げる。
 まとわりつく瘴気。空気が震え、誰もが攻撃の予感に、武器を、あるいは盾を強く握った。
「馬鹿だよね。ウィンクルムって」
 ――その声に。
「退いてくださいっ!」
 重なったのは、イグニスの声。

 エナジーの照射は、二度。
 直後、爆風が巻き起こった。

「ああああっ!」
 もはや、誰の声かもわからぬものが、高く響いていた。
 イグニスが生んだエナジーの光は、レイピアを、ハインリヒを飲み込んだかのように見えた。
 が、刃は消えても衝撃は消えず。双方が、吹っ飛ばされたのである。

「か、はっ……」
 大理石の上、仰向けになった状態で、イグニスは小さく咳をした。
(……生きているだけ、ラッキー、でしょうか)
 ラキアの防護壁と、自らが生み出したエナジーが、ハインリヒの攻撃から、守ってくれたのだろう。
(みなさんはっ……)
 なんとか首を動かして、周囲を見やる。
 ハインリヒは……見えない。
 が、仲間があちこちに倒れているのが見えた。
(助け、ないと……!)
 身を起こすため、体をよじろうとするも、全身の筋肉が痛んだ。
 背中が大理石に張り付いてしまったかのように、腕一本を動かすこともできない。
「イグニス!」
「秀、様……」
 駆け寄ってくるらしい、パートナーの名を呼ぶのが精いっぱいだ。
「私、より、ラキア、様を……」
 彼がいれば、みんなを助けられる。
 メンバーの中で、唯一のライフビショップの名を、イグニスは伝えた。
 ラキアの横にしゃがみこんだ秀が、周囲に目を向ける。

「くそ、ラキアッ」
 セイリューは、大理石の上を這うようにして、彼のもとに寄っていった。
 彼が手にしていた『ナイツオブバース』が、石の上に転がっている。
 それをとり、もう片方の手で、倒れているラキアの肩を揺さぶった。
「ラキア、ラキア!」
「……セイリュー……」
 ぼんやりと、緑の瞳が開かれる。
 セイリューは、安堵の息を吐きつつ、本をラキアの手に、添えた。
 こんな状態の彼に、さらに守ってくれというのは、酷だろうか。
 でもみんなが生き残るには、おそらくそれしかない――。
 ラキアもまた、セイリューの想いがわかっていたのだろう。
「大、丈夫……できる、よ」
 微笑み、本を握る。その少しあと、頭上に小さな太陽が生まれた。
 生命力に溢れた光が、ウィンクルムを照らしはじめる。

 俊は、大理石に仰向けになったまま、天高く光る炎の球を見つめていた。
 先ほど見たときよりも、かなり大きくなっている。
 たぶん、ネカットの呪文が発動するまで、あと少しだ。
(ハインリヒはどこだっ……)
 あたたかな光を浴び、なんとか動くようになった体で、槍を支えに立ち上がる。

 ハインリヒは、大理石の床に膝を突き、胸を押さえていた。
 エナジーは確かに、彼の体に届いていた。
 咄嗟に横に飛ばなければ、もっと大きな衝撃が、彼を包んでいたことだろう。
「ウィンクルム、めっ……!」
 ぎろり、怒りに染まった瞳を上げる。
「殺してやる、あの、金髪の男……」
 よろり、立ち上がるギルティ。

 それを見、俊が叫んだ。
「みんな、ハインリヒを、もとのところへっ!」

 誰もが、傷を負っていた。
 おそらくこの中に、大技を使える体力が残っている者はいない。
 それでも、一同は立ち上がった。

「はは……いい的、だね」
 レーゲンは、重く感じる腕を持ち上げた。いつきが震える手で、武器を取る。
 その横から、この場で唯一直立するハインリヒに向けて、トリガーを引いた。
 フィンもまた、ギルティを狙い、銃を撃ったところだ。
 傍らには、ゼノアス。彼の背には、白い羽と黒い羽が生えていた。
「これで逃げられないだろっ!」
 李月は、ハンマーを握り、深く息を吐いた。
「ゼノがやるなら、僕だってやらないといけませんね……」
 ゆらり、クラウディオが、自らの分身を出現させる。
 隣で大樹も、剣をとった。シャラリ、美しい音が鳴る。
「……千代」
「ラセルタさん、来たの?」
「ギルティの死に際を、最後まで見てやろうと思ってな」
 ラセルタが、ハインリヒに銃口を向ける。

 誰もがぎりぎりのところで武器をとり、限界を超えて戦っていた。
 ハインリヒが――ギルティが、ウィンクルムに追い詰められていく。
「私が、こんな奴らに、こんな奴らにっ……!」
 オーラをなくし、全身から血を流して、ハインリヒは叫んだ。
 ちりちりと燃える炎の球は、空近く。
 ウィンクルムは飛びのくが、傷を負ったハインリヒは、動けない。
「ア、アアアアアアアアッ!」
 燃え盛る炎の中で、ギルティは絶叫した。

 それが、消える頃。
 ヴァレリアーノは、ハインリヒのもとに近付いていった。
 きっと燃え尽きているだろうと思った体は、灰にはなっておらず、そこにあった。
「さすがに生きてはいない……だろうが」
 それでも、確認しないわけにはいかない。
 ヴァレリアーノはその場にしゃがみ、ハインリヒの首筋にそっと手を当てた。
 ――と。
 その手首に、焦げた手のひらが絡みついた。
「はは、餌、餌だ……」
 引かれ、ヴァレリアーノの体が、前傾していく。その先には、ぽかりと口を開いたハインリヒ。
「や、めろっ!」
 叫んで手を振り上げようとするが、相手の力は驚くほどに強い。
「誰かっ……!」
 思わず振り返ろうとした、そのとき。
 ハインリヒの胸に、海十の短剣、『クリアライト』が刺さった。
 そして、焦げた腕には、両手斧『ゴシップチャペル』の刃が落ちる。
「大丈夫か? アーノ」
「……ああ。サーシャ、動けるようになったんだな。海十も――」

 ――そこに。
「ハインリヒ、様っ……!」
 明らかに仲間の者ではない声が聞こえ、一同は振り返った。
 と、そこにいたのは、ギルティ:ヴェロニカ・カーミラと、討伐部隊の面々だ。
 血濡れのヴェロニカは、ゆっくりとハインリヒの近くに、進んでいった。
「――どうせ、もう死ぬ」
 ヴェロニカに対峙していた仲間の言葉に、みなが頷く。

 ※

「ハインリヒ様……」
 ヴェロニカは、赤い染みを落としながら、ハインリヒの胸の上に、覆いかぶさった。
「ヴェロニカ……なぜ、ここに」
 ハインリヒが問う。しかしヴェロニカは、それには、答えず。
 覚えておりませんか、とハインリヒに語りかけた。
「私たちが、かつてもこうして、死を迎えようとしたことを」

 A.R.O.A.も創設されておらず、ウィンクルムという呼称もない時代。
 ただオーガだけが存在していた頃。
 ヴェロニカとハインリヒは、オーガと呼ばれることすらない、人類の敵を倒していた。
 だが、人は人とは異なる能力を持つ人間を忌み嫌う。
 畏怖され、迫害された彼らがたどり着いたのが――。
「ギルディガルデンの、このお城……」
 ハインリヒの胸に頬をのせ、ヴェロニカは赤い瞳を、すうっと細めた。
「あのときから、ずっと、あなたをお慕いしております」

「そうだ、あれはたしか……」
 異形との戦いから、人間との争いからやっと解放されて、心安らかな時を過ごせると思った死の間際。
 まがまがしい存在が、「自分達を迫害した、人々に復讐をしたくないか」と語りかけてきたのだ。
 ハインリヒは、愛しいヴェロニカをぼろぼろにした奴らを許せなくて、その申し出を受け入れた。そして、ヴェロニカもまた――。
 その後、ギルティとなった二人は、当時の記憶も愛も、すべて失った。

「それを、今思い出した……」
 ハインリヒが、すっかりくすんでしまったヴェロニカの金髪を、静かに撫ぜる。
 しかしそのとき、ヴェロニカの瞳は既に、閉ざされていた。
「ヴェロニカ……」
 彼は、二人を呆然と見つめるウィンクルムに、視線を向けた。
 彼自身、もう、長くはないことはわかっている。
 今度こそ、ヴェロニカとともに、穏やかな時を過ごすのだ。
 ハインリヒは、ゆっくりと唇を動かした。
「最期に、教えてあげるよ。私たちをギルティにした者は――今は、A.R.O.A.の創始者として、世に知られている」

 ウィンクルムに、ざわめきが広がる。しかし、死にゆく身には関係ないことだと、ハインリヒは息を吐いた。
 ヴェロニカを抱く腕に力を込めたいが、どうやらそれは、難しそうだ。
 せめてと、唯一動く、口を開く。
「……散々生き物の命を奪ってきたのに、愛する者を抱いて逝けるなんて……私は、幸せ、だ……。しかし……」
 君たちは、そうならないよう。
 ――みなまで言うことは、叶わず。
 ハインリヒは、目を閉じた。
 その唇には、彼自身の言葉を証明するかのような、微笑が浮んでいた。



(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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