リザルトノベル【男性側】VS ハインリヒ・ツェペシュ
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リザルトノベル
巨大な噴水が、12本の街灯によって、淡く照らされている。
庭園を飾る、白い大理石も、然り。
だが、豪奢で美しいこれらのものに、目をとらわれる者は、ここにはいない。
ハインリヒ・ツェペシュ。
このギルティの存在が、目の前にあるからだ。
そのハインリヒに向け、真っ先に飛び出したのは、クラウディオだ。
ミラス・スティレートの聖域を飛び出し、手裏剣『シャドウミスト』を、大ぶりな動作で投げる。
刃はまっすぐに、ギルティの足元へ飛んで行った。
それを相手は、ひらりと避ける。
「そんなもの、効果はないよ」
「わかっている」
そう、影に向けた攻撃は、当たればラッキーという程度。
ただ、はじかれても、その間、敵の気を引くことはできる。
たとえば、誰かがトランスをする時間は、つくることができるのだ。
「……静かに、微睡みが近寄るように」
ラセルタ=ブラドッツは、目を閉じた羽瀬川 千代に、そっと口づけをした。
共に戦い、絆を深めてきたからこそ与えられた力が、体に満ちる。
それなりの経験は積んできた。だからこそ、戦闘は常に命がけだとわかっている。
「生きて戻るぞ、千代」
「もちろんです」
二人は、それぞれの武器をとった。
ハインリヒの爪が、神符『詠鬼零称』ごと、蒼崎 海十の肌を斬る。
「ああっ!」
勢いよく飛ばされ、海十は、背中から地面に落ちた。
打ち付けた場所はひどく痛み、爪に裂かれた胸からは、とろとろと血が溢れる。
(『閃光ノ白外套』も『クリアライト』も、しっかり光を反射したはず、なのに)
しかもギルティはただ、狼のものに変えた手を、振り下ろしただけだった。それなのに、この衝撃だ。
後ろ手を突き、なんとか起き上がろうにも、体に力が入らない。
「海十!」
雑草の中に消えた相棒の名を呼びながら、フィン・ブラーシュは、『ディバイン・オーミナス』のトリガーを引いた。
ガガガ、と飛び出た銃弾は、左右からハインリヒに向かって行く。
本当ならば、すぐにでも海十の無事を確認しに行きたいところ。だが、彼が身を挺して作ってくれた隙を、無駄にするわけにはいかなかった。
(それに、ここにはみんながいる!)
たとえば、倒れた海十のもとに駆け寄るのは、初瀬=秀だ。
そして、海十の上に輝く光を生み出したのは、ラキア・ジェイドバイン。
「おい、大丈夫かっ!?」
秀は、雑草の中に仰向けになった海十の横に、しゃがみこんだ。
「あ、ああ……」
喉から絞り出された声を聴き、ほっと胸をなでおろす。
が、この場におけば、ろくに動けぬまま、戦いに巻き込まれかねない。
「とりあえず、後ろ下がるぞ。……辛いだろうが、悪いな」
まさか姫抱きにするわけにもいかず、背に腕を回して、身を起こす。
こんなことができるのは、この間、ハインリヒを引きつけてくれている仲間がいるからだ。
「はっ!」
千代は、『妖刀・恋慕』で、ハインリヒに斬りかかった。
狙うは人間の弱点にもなる首筋だ。
そうしながら、オーラに開いた穴を守る様子はないかと、目を凝らす。
それは、セナ・ユースティナと、ユウキ・ミツルギが攻撃する間も、同じこと。
「行くぜ、ユウキ!」
「うん!」
二人は、同時に地を蹴り、跳躍した。それぞれ手にした剣と鎌で、左右から、ギルティの頭を狙う――が。
見えぬオーラに、はじかれた。
「わっ!」
ずざっと踵で着地し、よろける二人の横を、アレクサンドルが駆け抜ける。
彼は猛獣の爪の形に変化した『ゴシップチャペル』で、ハインリヒの右胸を突いた。
攻撃は、当然のようにオーラに阻まれる。
が、これまで余裕を見せていたハインリヒが、一瞬渋面になったことを、ヴァレリアーノ・アレンスキーは見逃さなかった。
「いい加減、無駄な努力を見ているのは、気の毒になってきたよ」
ハインリヒが、腰に下げたレイピアの柄を握る。
「させませんっ!」
ギルティの体に、ネカット・グラキエスが生み出した霧がまとわりついた。
「……まったく、やっかいな」
嘆息し、きらり、レイピアを引き抜くハインリヒ。見えなくても、攻撃は関係ないということか。
「ああああっ!」
李月が、『サベージソウルハンマー』で、ハインリヒの左胸――とはいってもオーラの上である――を攻撃する。周囲には、場に似合わぬポップな水玉が飛び散った。
しかしヴァレリアーノはハンマー効果よりも、やはり、ハインリヒの表情の方が気になっている。
(オーラがあるのに、なぜあんなに、嫌そうな顔をする?)
もしかして、ハインリヒの弱点は――。
「確かめるまでか!」
『デビルズ・デス・サイズ』を両手に握り、地を駆ける。
狙うは李月のハンマーが当たったのと同じ、胸あたり。
――が、刃は当たらない。
「貴様っ!」
ハインリヒが大きく後ろに、跳躍したからだ。
(やはり……!)
(ひょっとして、あいつの弱点って……)
ヴァレリアーノの攻撃を見、柳 大樹も、同じことを考えた。
「なあ、あいつの胸、狙ってみてくんない?」
「弱点?」
「かもしれない」
近く、銃を持つレーゲンに言えば、彼は「まかせて」と頷いた。
同じガンナーの仲間を振り返る。
「行こう、リーガルト!」
レーゲンは『クルセイドバースト』を、リーガルトは両手銃を、ハインリヒの胸の中央に向けた。ガガガ、と勢いよく飛び出た銃弾は、真っすぐに狙い通りの場所に向かう。
「はっ!」
ハインリヒは短く息を吐き、身をよじった。弾はすべて、見えぬオーラにはじかれる。
噴水の向こう、レーゲンたちとは真逆の位置にいる、ラセルタが、なるほどと頷いた。
「あのギルティ、なんともわかりやすい」
にやり、口角を上げる。
そして、ゼノアス・グールンもまた、同じことに気がついていた。
「なるほどな! よし、みんな、どけえええっ!」
周囲のエネルギーを自らの体にシンクロさせ、一気に放出する。
この衝撃が、ハインリヒを吹っ飛ばしてくれればラッキーだ。
その直前、ラセルタもまた、『スイートキラー』で狙いを定め、銃弾を撃ち放っている。
わずかに漏れた、甘い香り。それはハインリヒまでは届かない。届くのは、ラセルタの精神力を封じた弾だけだ。
「さて、どうだ?」
ラセルタの視線の先、ハインリヒの前で、弾がはじけ、爆発する。
その衝撃の大部分はオーラがはじいたが、一部は穴を通じて、彼本体に届いたようだ。
「くっ……」
ハインリヒが、よろめく。
(チャンスだっ!)
セイリュー・グラシアは、呪符『五行連環』を手に、ハインリヒの前に飛び出した。ラキアが作りだした護りの光輪の下、素早く印を結ぶ。
「がっ……」
ハインリヒが、一瞬体をけいれんさせた。効果ありだ。
「やったね! セイリュー!」
笑顔で告げ、真顔になったフィンが、連続射撃で、ハインリヒの逃げ場をふさぐ。
そこに、双剣を持った千代が、駆けていく。
刃を繰り出して、狙ったのは、左右の肩。
「腕が動かなければ、レイピアは扱えないしょう?」
切っ先が肌をかすめたところで、フィンの声が響いた。
「みんな、退いて!」
飛びのく千代。直後。
――バアンッ!
飛んできた銃弾が、さく裂した。
「ぐ……くそっ、こんな奴らにっ!」
弾が当たった胸を押さえ、ハインリヒがかっと目を見開く。
傷を押さえた手のひらからは、だらだらと赤い血が溢れていた。
「許さないよ、ウィンクルム……!」
「そうかね!」
アレクサンドルが、ウルフの形に変形した武器を振り下ろす。
獣の牙は、ハインリヒの首筋に食い込んだ。
「ガ、アアアアッ!」
みしみしと肉を絶つ音に、ハインリヒの絶叫が重なる。
顎へ垂れるよだれは赤く染まり、誰もがこれは、致命傷だと感じたことだろう。
が、ぎろり。
ハインリヒは赤い瞳を動かすと、なんと、震える手を伸ばし、アレクサンドルの腕を掴んだではないか。
「なっ!」
肌に食い込んだ男の手が、信じられないほどの力で、アレクサンドルを引き寄せる。
そして彼は、毒々しいほどに赤い口を開け、アレクサンドルの首筋に噛みついた。
「ぐうううっ……」
アレクサンドルが、呻く。
「サーシャ!」
ヴァレリアーノの、悲痛な声。
噛まれたところは熱く、じゅるじゅると体液を吸われる感覚は、不快以外の何物でもない。
ただ、それをどうすることもできない。
アレクサンドルは、体が次第に重くなっていくのを感じていた。
どうにかして攻撃せねば。ギルティから離れなければと思うのに、武器を振り上げる力もない。
「サーシャを、離せっ!」
ヴァレリアーノは、血を吸い続けるハインリヒに向かって行った。
セナとユウキも一緒だ。
鎌を振り上げ、無防備な背を狙う。
が、その刃が届くより早く。
ハインリヒは、アレクサンドルを咥えたまま立ち上がった。振り返って首を振り、青年の体を放り投げる。
「ああっ!」
ヴァレリアーノは、受け止めるべく、慌てて両手を差し出した。
しかし、少年の彼に、大人の相棒の体が支え切れるはずはなく。
二人は一緒に、地面の上に転がり込んだ。
「サーシャ、しっかりしろ!」
「……ーノ……」
腕に抱き、見下ろした体。声は出たが、目が開かない。
「早く、ラキア、回復を!」
一方のハインリヒは、血を吸い真っ赤に染まった唇で、ふふふと微笑んだ。
「いいねえ、あの声。悲しそうで。血もなかなかおいしかった」
「なんてことをっ!」
「ひどすぎますっ!」
俊・ブルックスが槍を手に、李月が鈍器を手に、ハインリヒに立ち向かう。
が、突きだした槍も、振り上げた鈍器も、ひらりとかわされた。
吸血し、体力が戻っているのだ。
しかも彼は、それでもまだ足りぬと、李月の襟首をひょいと掴んだ。
「さて、君の血はおいしいかな?」
「は、離せっ!」
「って言われて、離すわけないよね」
にやり、笑うハインリヒの唇が、次第に李月の首筋に寄っていく――が。
肌まであと少し、いうところで、ハインリヒは動きを止めた。
「何をした!?」
眉間にしわ寄せ、李月を突き飛ばす。
そこに、バラを模した防具に身を包んだ、ゼノアスが走り込んだ。
「リツキ!」
素早く李月の手をとり、まるで人さらいでもするような勢いで、ハインリヒから距離を取る。
「ありがとう、ゼノ」
「いや、無事でよかった」
ゼノアスが、李月を見やる。その胸では、ブローチ『プロテクトアメイズ』が淡く光っていた。
この間、アレクサンドルの頭上では、きらきらと回復の光が輝いていた。
傍らには、秀。アレクサンドルの身を起こすのは、ヴァレリアーノ一人では無理だった。大人の力が、必要だったのだ。
「ありがとう、助かった」
「いや……それはコイツを運んでからな」
秀がアレクサンドルを背負いあげる。逞しい体は重く肩にのしかかったが、これが自分の役目と歯を食いしばった。
(戦ってるやつらが、いるんだからな)
ドドド! と連続した銃撃が、ハインリヒを狙う。レーゲンとリーガルドだ。
逆方向からは、ラセルタの銃弾。
が、ハインリヒのダメージは、ほとんどない。
オーラはすでに消えているが、傷が癒え、体力が戻っているのだ。
(せめて、足止めにでもなればっ)
李月は、片手銃『イルミナウェルテックス』で、ハインリヒの足元を狙った。
しかしそれは、ダンスのステップのような軽やかさで、避けられてしまう。
一方、イグニス=アルデバランは、呪文の詠唱を始めた。
(オーラが消えたのなら、狙う価値はあるはずです)
「それなら、俺もやらないとね」
大樹が『調律剣シンフォニア』を天に掲げる。
音叉の剣が震動し、共鳴するような音を発した。この力の恩恵を受けるのは、一番近くにいるイグニスだ。
その詠唱の声を、ハインリヒは聞き逃さなかった。
「なにか、いけないことをしているね」
そう聞こえたと思ったときには、彼の姿は、イグニスの眼前。
「イグニス!」
すかさずラキアが、彼を守るべく、半透明の避難所を生み出した。
その前には、セイリューと大樹が並び、武器を構える。
強敵のギルティを前にして、エンドウィザードのスキルは最後の砦ともいえるほどの、強力なものだ。
「攻撃はさせないよ」
じろり、大樹がハインリヒを睨んだ。
※
その様子を、秀は遠方から、海十とともに、見つめていた。
ハインリヒに吸血されたアレクサンドルは、まだ意識が戻らない。
が、ラキアが生んだ光の効果があるから、回復は時間の問題だろう。
だからこそ、イグニスに視線を向ける。
(大丈夫か、あいつは……)
イグニスの近くに行って、役に立つならそうしたい。
しかし、秀には、弱った二人を守るという役割があった。
唯一の回復役であるラキアが、ずっとついているわけにはいかぬと、自ら引き受けたのだ。
「無理はしてもいい、無茶はするなよ……」
だが、こうして仲間を見るうちに、秀は一人、メンバーが駆けていることに気がついた。
「ネカットがいないな。どこかに隠れて、呪文でも唱えてるのか?」
ハインリヒの周囲では、クラウディオとその分身が、緩慢に動き回っていた。
それに、俊と李月、千代が加わる。手裏剣と、槍と鈍器、剣の攻撃だ。
だがそのどれもを、ハインリヒはひらりと避けた。
姿勢低く、足元の狙ったヴァレリアーノの攻撃も、肌を傷つけることはない。
「遅いんだよっ!」
敵が、大きく飛んだのだ。
その足が地につく前に、信城いつきは片手銃のトリガーを引いた。
(当たれっ!)
信じてうち放った銃弾は、真っすぐハインリヒの腹に当たる。
――が。
「やれやれ」
赤く濡れた腹を見て、ハインリヒは嘆息した。
そう、ため息だ。彼にはまだ、余裕がある。
(イグニスの詠唱は、まだおわらないのかっ)
秀は、はらはらしながら、仲間の戦いを見つめていた。
「あっ……」
すぐ近く、木に背を預けるようにして座らせていたアレクサンドルが、体を起こす。
「お、平気か?」
「ああ……すまなかった。みんなは?」
「あそこだ」
秀は、ハインリヒの前に立つ一同を指さした。
そのはるか頭上には、ちりちりと燃える火の球が生まれている。
ちらと中空に視線を上げて、俊はそれが、ネカットの呪文によるものだと気がついた。
(あれはたしか、真っすぐ下に落ちてくるんだよな……ってことは)
おそらくネカットは、当初ハインリヒが立っていた場所を基準にしているはずだ。
多少ずれた今の位置でも衝撃は届くだろうが、せっかくのスキルを活かすなら、ぜひ直撃させてやりたい。
(でも、場所を言えば、ハインリヒにばれる……)
彼の場所を元の位置に戻すために、どうして仲間に場所を伝えるか。
それが今、一番の問題だ。
距離があるからこそ、見える者もある。
その火の球が、ラセルタにはしっかり見えていた。
(あれはどうなるんだ? 弾けるのか? なんにせよ、位置が悪いな)
ラセルタは銃を持ち上げ、ハインリヒの背に標準を合わせた。
「だったら、軌道を修正してやるまでだ」
ゴウン!
その背で弾けた銃弾に、ハインリヒがたたらを踏む。
攻撃の出どころは、噴水の向こう。
「そういえば、あっちにもいたんだっけ」
まったく、やっかいだねと呟いて。
ハインリヒの手が、腰のレイピアに伸びる。
「あれはっ……!」
ラキアは息を飲んだ。
(護れるか……? いや、でも)
背後では、イグニスの詠唱が続いている。
(だったら、護るしかない)
唇をかみしめ、ラキアはハインリヒを見据えた。
他の仲間も、気持ちは同じ。誰一人、逃げだすものはない。
ハインリヒがいよいよ、胸の前でレイピアを掲げる。
まとわりつく瘴気。空気が震え、誰もが攻撃の予感に、武器を、あるいは盾を強く握った。
「馬鹿だよね。ウィンクルムって」
――その声に。
「退いてくださいっ!」
重なったのは、イグニスの声。
エナジーの照射は、二度。
直後、爆風が巻き起こった。
「ああああっ!」
もはや、誰の声かもわからぬものが、高く響いていた。
イグニスが生んだエナジーの光は、レイピアを、ハインリヒを飲み込んだかのように見えた。
が、刃は消えても衝撃は消えず。双方が、吹っ飛ばされたのである。
「か、はっ……」
大理石の上、仰向けになった状態で、イグニスは小さく咳をした。
(……生きているだけ、ラッキー、でしょうか)
ラキアの防護壁と、自らが生み出したエナジーが、ハインリヒの攻撃から、守ってくれたのだろう。
(みなさんはっ……)
なんとか首を動かして、周囲を見やる。
ハインリヒは……見えない。
が、仲間があちこちに倒れているのが見えた。
(助け、ないと……!)
身を起こすため、体をよじろうとするも、全身の筋肉が痛んだ。
背中が大理石に張り付いてしまったかのように、腕一本を動かすこともできない。
「イグニス!」
「秀、様……」
駆け寄ってくるらしい、パートナーの名を呼ぶのが精いっぱいだ。
「私、より、ラキア、様を……」
彼がいれば、みんなを助けられる。
メンバーの中で、唯一のライフビショップの名を、イグニスは伝えた。
ラキアの横にしゃがみこんだ秀が、周囲に目を向ける。
「くそ、ラキアッ」
セイリューは、大理石の上を這うようにして、彼のもとに寄っていった。
彼が手にしていた『ナイツオブバース』が、石の上に転がっている。
それをとり、もう片方の手で、倒れているラキアの肩を揺さぶった。
「ラキア、ラキア!」
「……セイリュー……」
ぼんやりと、緑の瞳が開かれる。
セイリューは、安堵の息を吐きつつ、本をラキアの手に、添えた。
こんな状態の彼に、さらに守ってくれというのは、酷だろうか。
でもみんなが生き残るには、おそらくそれしかない――。
ラキアもまた、セイリューの想いがわかっていたのだろう。
「大、丈夫……できる、よ」
微笑み、本を握る。その少しあと、頭上に小さな太陽が生まれた。
生命力に溢れた光が、ウィンクルムを照らしはじめる。
俊は、大理石に仰向けになったまま、天高く光る炎の球を見つめていた。
先ほど見たときよりも、かなり大きくなっている。
たぶん、ネカットの呪文が発動するまで、あと少しだ。
(ハインリヒはどこだっ……)
あたたかな光を浴び、なんとか動くようになった体で、槍を支えに立ち上がる。
ハインリヒは、大理石の床に膝を突き、胸を押さえていた。
エナジーは確かに、彼の体に届いていた。
咄嗟に横に飛ばなければ、もっと大きな衝撃が、彼を包んでいたことだろう。
「ウィンクルム、めっ……!」
ぎろり、怒りに染まった瞳を上げる。
「殺してやる、あの、金髪の男……」
よろり、立ち上がるギルティ。
それを見、俊が叫んだ。
「みんな、ハインリヒを、もとのところへっ!」
誰もが、傷を負っていた。
おそらくこの中に、大技を使える体力が残っている者はいない。
それでも、一同は立ち上がった。
「はは……いい的、だね」
レーゲンは、重く感じる腕を持ち上げた。いつきが震える手で、武器を取る。
その横から、この場で唯一直立するハインリヒに向けて、トリガーを引いた。
フィンもまた、ギルティを狙い、銃を撃ったところだ。
傍らには、ゼノアス。彼の背には、白い羽と黒い羽が生えていた。
「これで逃げられないだろっ!」
李月は、ハンマーを握り、深く息を吐いた。
「ゼノがやるなら、僕だってやらないといけませんね……」
ゆらり、クラウディオが、自らの分身を出現させる。
隣で大樹も、剣をとった。シャラリ、美しい音が鳴る。
「……千代」
「ラセルタさん、来たの?」
「ギルティの死に際を、最後まで見てやろうと思ってな」
ラセルタが、ハインリヒに銃口を向ける。
誰もがぎりぎりのところで武器をとり、限界を超えて戦っていた。
ハインリヒが――ギルティが、ウィンクルムに追い詰められていく。
「私が、こんな奴らに、こんな奴らにっ……!」
オーラをなくし、全身から血を流して、ハインリヒは叫んだ。
ちりちりと燃える炎の球は、空近く。
ウィンクルムは飛びのくが、傷を負ったハインリヒは、動けない。
「ア、アアアアアアアアッ!」
燃え盛る炎の中で、ギルティは絶叫した。
それが、消える頃。
ヴァレリアーノは、ハインリヒのもとに近付いていった。
きっと燃え尽きているだろうと思った体は、灰にはなっておらず、そこにあった。
「さすがに生きてはいない……だろうが」
それでも、確認しないわけにはいかない。
ヴァレリアーノはその場にしゃがみ、ハインリヒの首筋にそっと手を当てた。
――と。
その手首に、焦げた手のひらが絡みついた。
「はは、餌、餌だ……」
引かれ、ヴァレリアーノの体が、前傾していく。その先には、ぽかりと口を開いたハインリヒ。
「や、めろっ!」
叫んで手を振り上げようとするが、相手の力は驚くほどに強い。
「誰かっ……!」
思わず振り返ろうとした、そのとき。
ハインリヒの胸に、海十の短剣、『クリアライト』が刺さった。
そして、焦げた腕には、両手斧『ゴシップチャペル』の刃が落ちる。
「大丈夫か? アーノ」
「……ああ。サーシャ、動けるようになったんだな。海十も――」
――そこに。
「ハインリヒ、様っ……!」
明らかに仲間の者ではない声が聞こえ、一同は振り返った。
と、そこにいたのは、ギルティ:ヴェロニカ・カーミラと、討伐部隊の面々だ。
血濡れのヴェロニカは、ゆっくりとハインリヒの近くに、進んでいった。
「――どうせ、もう死ぬ」
ヴェロニカに対峙していた仲間の言葉に、みなが頷く。
※
「ハインリヒ様……」
ヴェロニカは、赤い染みを落としながら、ハインリヒの胸の上に、覆いかぶさった。
「ヴェロニカ……なぜ、ここに」
ハインリヒが問う。しかしヴェロニカは、それには、答えず。
覚えておりませんか、とハインリヒに語りかけた。
「私たちが、かつてもこうして、死を迎えようとしたことを」
A.R.O.A.も創設されておらず、ウィンクルムという呼称もない時代。
ただオーガだけが存在していた頃。
ヴェロニカとハインリヒは、オーガと呼ばれることすらない、人類の敵を倒していた。
だが、人は人とは異なる能力を持つ人間を忌み嫌う。
畏怖され、迫害された彼らがたどり着いたのが――。
「ギルディガルデンの、このお城……」
ハインリヒの胸に頬をのせ、ヴェロニカは赤い瞳を、すうっと細めた。
「あのときから、ずっと、あなたをお慕いしております」
「そうだ、あれはたしか……」
異形との戦いから、人間との争いからやっと解放されて、心安らかな時を過ごせると思った死の間際。
まがまがしい存在が、「自分達を迫害した、人々に復讐をしたくないか」と語りかけてきたのだ。
ハインリヒは、愛しいヴェロニカをぼろぼろにした奴らを許せなくて、その申し出を受け入れた。そして、ヴェロニカもまた――。
その後、ギルティとなった二人は、当時の記憶も愛も、すべて失った。
「それを、今思い出した……」
ハインリヒが、すっかりくすんでしまったヴェロニカの金髪を、静かに撫ぜる。
しかしそのとき、ヴェロニカの瞳は既に、閉ざされていた。
「ヴェロニカ……」
彼は、二人を呆然と見つめるウィンクルムに、視線を向けた。
彼自身、もう、長くはないことはわかっている。
今度こそ、ヴェロニカとともに、穏やかな時を過ごすのだ。
ハインリヒは、ゆっくりと唇を動かした。
「最期に、教えてあげるよ。私たちをギルティにした者は――今は、A.R.O.A.の創始者として、世に知られている」
ウィンクルムに、ざわめきが広がる。しかし、死にゆく身には関係ないことだと、ハインリヒは息を吐いた。
ヴェロニカを抱く腕に力を込めたいが、どうやらそれは、難しそうだ。
せめてと、唯一動く、口を開く。
「……散々生き物の命を奪ってきたのに、愛する者を抱いて逝けるなんて……私は、幸せ、だ……。しかし……」
君たちは、そうならないよう。
――みなまで言うことは、叶わず。
ハインリヒは、目を閉じた。
その唇には、彼自身の言葉を証明するかのような、微笑が浮んでいた。
(執筆GM:
瀬田一稀 GM)
戦闘判定:大成功