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『吸血鬼ノ鎮魂歌』

リザルトノベル【女性側】VS ハインリヒ・ツェペシュ

VS ハインリヒ・ツェペシュ

メンバー一覧

神人:桜倉 歌菜
精霊:月成 羽純
神人:リチェルカーレ
精霊:シリウス
神人:ニーナ・ルアルディ
精霊:グレン・カーヴェル
神人:かのん
精霊:天藍
神人:シルキア・スー
精霊:クラウス
神人:ひろの
精霊:ルシエロ=ザガン
神人:アイリス・ケリー
精霊:ラルク・ラエビガータ

リザルトノベル

 巨大な噴水が、12本の街灯によって、淡く照らされている。
 庭園を飾る、白い大理石も、然り。
 だが、豪奢で美しいこれらのものに、目を捕らわれる者は、ここにはいない。
 ハインリヒ・ツェペシュ。
 このギルティの存在が、目の前にあるからだ。

『妖刀・恋慕』を構え、アイリス・ケリーが地を蹴った。
(弱点がわからないなら、位置を変えて攻撃していくまで!)
 月成 羽純が放った光輪を身にまとい、しなやかに跳躍する。
 いつもよりも、高く、早く。狙うはハインリヒの頭部。
 このために、ラルク・ラエビガータと力を分け合った。

「行くぞっ」
 アイリスの攻撃に、セナ・ユスティーナとユウキ・ミツルギが続く。
 セナは足を、ユウキは背後に回り、背を狙った。
 だが、それぞれの刃が斬るのは空。三方向からの攻撃を、ハインリヒはあっさり避けたのだ。
「遅いよ、君たち!」
 唇に、笑みを浮かべるハインリヒ。
 彼がくるりと身をひるがえした左側で、ルシエロ=ザガンが静かなステップを踏んだ。
 周囲には、死の舞踏を舞う死霊。
「……そんなものを呼び出して」
 ハインリヒが右手を上げる。その爪は、狼のそれに姿を変えていた。
 気づいたルシエロが、後方に飛ぼうとしたときには、もう遅い。
「私は、美しくないものは嫌いだ」
 鋭い爪が、霊とルシエロを一閃する。
 体は無意識に自らを守ろうとするが、いかにせん、ギルティの攻撃は強烈だ。
「ぐうっ!」
 ぎりぎり避けきれぬ切っ先が、ルシエロの左腕をえぐる。それでも彼は、双剣『ダーインスレイブ』の刃を持つ手に力を込め、振り上げた。
 が、一撃は、敵のオーラにぶつかるのみ。
「ルシェ!」
 はじかれ数メートルも飛んだ体は、地面に着地するのが精いっぱいだ。
 遠く背後から響いたひろのの声に、反応する余裕もない。

「はは、もう終わりかい?」
 ハインリヒが、態勢を崩したルシエロに一歩、踏み出す。ルシエロの顔が上がり、ハインリヒを睨みつけた。
 せっかくの双剣なのに、左手がろくに動かない。
(くそっ……! どうする……?)
 攻めるか、いったん引くか。一瞬の逡巡。
 そんな、睨みあう二人の視線を、裂くものがあった。矢だ。シルキア・スーが、両手弓『バニッシュメント・ボウ』を引いたのだ。
 だが、目にも止まらぬ一矢は、ギルティのオーラにはじかれてしまう。
「きかないっていうのが、わからないの?」

 こちらを見たその一瞬を、クラウスは見逃さない。
「ルシエロ!」
 ルシエロが、背後に飛ぶ。
 同時に、クラウスの片手本『ナイツオブバース』が、輝いた。
「目くらまし? なるほどね」
 周囲を覆う光に、ハインリヒが目を細める。けれど、クラウスの狙いは違う。
(これで、戦える奴がいる)
 ハインリヒの影が、長く大理石に伸びる。そこに突っ込むのは、ラルクだ。
(本体がダメでも、影ならっ)

 ラルクは、手裏剣『魂魄雷神』を、素早く放った。
 小さな刃が、ハインリヒを左右から挟み込む。ヒュン! と通り過ぎるそれに、ハインリヒは呆れ顔。
「どこを狙っている?」
 が、これは狙い通り。刃はハインリヒの足元、黒い影の、右胸近くに突き刺さった。
「はっ……」
 ハインリヒが、息を吐く。でも彼は、ふるりと頭を振っただけだ。ダメージにはなっていない。
「まったく……能力が足りない者がいくら攻撃したって、同じことだよ」
 言いながら彼は、レイピアの柄に手をかけた。

「そんなこと、ありません!」
 叫び、桜倉 歌菜が、ウィップ『ローズ・オブ・マッハ』を振り下ろす。
 音速を超えるともいわれる鞭である。
 しかしハインリヒには、その軌道が見えたのだろう。刃に変えた手で、しなった先を、ばっさりと切り落とされた。
 しかも彼は、短くなった部分を、再び人間のものになった手で握り、ぐいと引っ張ったではないか。
「あっ……!」
 武器ごと引かれ、歌菜が前方にたたらを踏む。
 天藍の双剣『ダーインスレイヴ』が閃いた。パシン! と音を立てて、ハインリヒと歌菜の間、突っ張った鞭が切れる。

 その横を駆け抜けたのは、シリウスだ。スピードは、ここにいる誰よりも早い。
「なっ……」
 一歩引くハインリヒのまわりを、シリウスが優雅なステップで回り、惑わす。
 それは次第に、静かな流れとなった。奏でるのは独特の旋律。霊を呼び出したのだ。
「だから、それはきかないと!」
 ギルティが、両腕を持ち上げる。そこに、ラルクの手裏剣が!
 態勢低く、アイリスもまた剣を振るった。それぞれが狙うは、首と腰。
 ハインリヒの両手が、狼のそれに変化する。
 尖った爪が、アイリスの背に触れる――直前。

「どけええっ!」
 両手剣『ブリュンヒルド・ヴィライト』を構えたグレン・ガーヴェルが、強力な一撃を繰り出した。
 砕けた大理石と、ほこりがもうもうと舞い上がり、ハインリヒの視界を奪う。
 アイリスは咄嗟に彼から飛びのいた。
 その耳に、ギルティの低い声が届く。

「見えなくても、攻撃はできるんだよ」
 彼は、狼の手を人間のそれに変え、レイピアを構えた。
 その煌めきが、遠く、仲間を見守るニーナ・ルアルディにははっきりと見えた。
 男の胸の前、剣の切っ先が頭上に向く。
(あれは……!)
「逃げて!」
 悲鳴にも近い、ニーナの声。砕いた地を蹴り、グレンが踵を返す。
 その背に、瘴気をまとったレイピアが、目にも止まらず速さで、刺突する。

 近くにいたのは、グレンとアイリスと、ラルク。
 少し先には、歌菜と天藍、そして、シリウスが。

 一瞬を、彼らは全速で駆け、大きく跳ねて、ハインリヒから離れようとした。
 だが、刃は避けられても、レイピアの瘴気と風圧からは逃れられない。
 直近にいたグレンが吹っ飛び、歌菜が、かざした『魔守のオーブ』ごと、傍にいた天藍とともに、大理石に叩きつけられる。
「アイリス!」
 ラルクが手を伸ばすが、届かず。彼らもまた、冷たい床に転がった。
 シリウスは、なんとかぎりぎり直撃は避けられたが、砕けた大理石が飛び散ったことで、体中に細かな傷を負った。

「歌菜!」
 羽純が叫ぶ。
 本当ならば、すぐにでも駆け寄りたい。だが守りの要でもある彼が、敵に寄るのは、あまりにも危険だった。ここには、それぞれ役目を担っているリチェルカーレやかのん、ひろのがいるのだ。
(どうしたら、皆を助けられる……?)
 視線はそのまま、ぎりぎりと歯噛みする。
 と、大理石に手をつき、膝をついた天藍が、ゆっくりと起き上がった。
「はっ……」
 髪は乱れ、露出した肌には傷がついている。鎧もひどいものだ。
 それでも彼は動き、大理石の上に横たわる歌菜に、声をかけた。
「おい! 大丈夫か!」
 閉じられたまぶたが、ピクリと動く。天藍はほっと息を吐き、歌菜を抱き上げた。
 もしかしたら、少しくらいは、オーブが守ってくれたのかもしれない。
 鍛えた体には軽い女性とはいえ、今はずしりと重く感じる。
 それでもなんとか、羽純のもとへたどり着かねば。
 あそこに行きさえすれば、なんとかなる。

 グレンは、剣を支えに、じりじりと立ち上がっていた。
 戦い慣れているはずの、全身の筋肉が、ひどくきしむ。
 その近くで、アイリスとラルクもまた、両手両足をついて、なんとか身を起こそうとしていた。
 それぞれが体から血を流していた。が、致命傷はない。動くことは、できる。
「……まだ、いけますね。ラルクさん」
「もちろん」
 おそらく、大理石に擦ったのだろう。ラルクはすり切れた手で、手裏剣を握った。
 アイリスもまた、痛む指を曲げて、剣をとる。
「なかなかやるね、君たち」
 ハインリヒは、楽しげに目を細めた。

 この戦いを、ひろのとかのんは、後方からはらはらと見守っていた。
「オーラの穴がわかったら、この逢魔鏡を使えるんだけど……」
 と、ひろのが言えば。
「私も、この呪符を……」
 かのんが、呪符『五行連環』を握りしめる。
「私は、この鎧の力を借りることがないといいのですけど……」
 リチェルカーレは、『ホワイトエンジェル』を見下ろし、呟いた。天藍に抱かれ、こちらに運ばれている歌菜を見ると、そんなことも言っていられない気はした。

 彼女らの視線の先では、ラルクが手裏剣で、ハインリヒの影に攻撃している。
 アイリスは、ハインリヒの胸を狙い、刃を振るった。
 その先がかすめたのは、オーラのはず。ハインリヒの体には、傷ついた様子はない。
 にもかかわらず、彼は、驚いたような顔をした。
(今の表情……)
 ニーナが、目を瞬く。
 ラルクとアイリス、二人の攻撃を避けたハインリヒに、シリウスが突っ込んでいく。
 ひらり、横を向いて避けるハインリヒ。
 彼はシリウスとダンスでもするかのように、素早く動き始めた。
「君のスピードは、少々やっかいだよ」
 ふわふわと、ハインリヒがシリウスの周囲を舞う。
 その手はいつのまにか、レイピアを手にしていた。
「だからこれで、切り刻んであげよう」
「逃げろっ」
 またも高く掲げられたレイピアに、シリウスが声を上げる。

(だめ、もうこれ以上は――)
 リチェルカーレは目を閉じた。大きく息を吸う。もう、誰にも傷ついてほしくない。
(だから――)
 彼女は、『ホワイトエンジェル』の力を発動させた。
「リチェ!」
 叫んだのは、ひろの、だろうか。
 誰かが、崩れる体を、抱きとめてくれる。
 けれど、意識があったのは、そこまでだ。

 ごう、と背後で轟音が響いた。続いて背中に、突風が。だが、天藍までは届かない。
 それでも振り返ろうとした、そのとき。
 腕の中で、歌菜がもぞりと体を動かした。見れば、その目がはっきりと開いている。
「……大丈夫か?」
「は、はい……すみません」
 どうしてこんなことになっているのか。
 ハインリヒの攻撃で吹っ飛んだところから、歌菜にはまるで、記憶がない。
 天藍はほっとしたような顔をして、歌菜を地面に下ろした。
 いつの間にか、体の痛みが減っている。仲間の誰かが、何かをしてくれたのだろう。
(これなら……戦える)
 ただ、歌菜は後方に行かせた方がいい。そう思い、声をかけようとしたところで。
「君たちは恋人同士……なのかな? 愛の逃避行をするなんてね」
 目の前に、ハインリヒ。
 ラルクたちが相手をしていたのではないのか。
(まさかっ……)
 ちらり、天藍は、視線だけを動かして、背後を見た。
 そこには、大理石の上に倒れた仲間たち。
 さっきの音は、ハインリヒがまた、あの大技を使った音だったのだ。

「よくもっ……」
 歌菜を背にかばい、天藍が剣をとる。さきほど痛めた左手も、今は問題なく動く。これなら、歌菜を逃がす時間くらい、作り出せるだろう。
「だから君たちは、私には勝てないと言っている!」
 どこまでも余裕のハインリヒが、手刀を煌めかせた。
「逃げろっ!」
 叫び、武器を振り上げる天藍。その前に――。
「お前こそ避けろっ!」
 光輪を身にまとったクラウスが、飛び込んできた。
『猛虎守護盾』が、オオオオ! と咆哮をあげる。その雄叫びに、ハインリヒは目を見開いた。
 しかし、振り下ろされる手の動きが止まったのは、一秒にも満たない時。
 手刀が、クラウスの盾にぶち当たる!

「がっ……!」
 何たる衝撃、攻撃の重さだ。
 クラウスは息を止め、その一瞬に耐えた。両腕が、いや、全身が痺れている。
 それでも無理やり肘を伸ばして、ハインリヒに盾を突きだした。
 だがその攻撃は、あっさりオーラに阻まれる。
「生意気な!」
 吹っ飛ぶクラウス。天藍が双剣を握りなおす。
「加勢する!」
 ルシエロもまた剣を持ち、天藍の隣に立った。ステップを踏み、敵を翻弄するのは、テンペストダンサーの特性だ。
「私も……!」
 シルキアが弓を引き、ハインリヒを狙う。その矢は、彼の胸をかすめた。
「なっ……!」
 ハインリヒが再び、驚いた顔をする。
(アイリスさんが胸を攻撃したときも、今も、同じ表情……?)
 はっと気づき、ニーナは声を張り上げた。
「グレン!」
「おう!」
 たった一言ですべてを察したグレンが、大剣を手に高く飛ぶ。
 避けるハインリヒ。またも、大理石の床が砕け散る。

 ニーナは、目を凝らしてハインリヒを見つめた。
 やはりハインリヒは、砕けた石の破片すら、胸に当たらないように避けているようだ。
 あれだけの強敵がかばう場所となれば、答えはひとつ。
「皆さん、胸です! 心臓のあたりを狙ってください! オーラの穴は、そこにあります!」
「余計なことをっ!」
 叫んだニーナに、ハインリヒが怒りの眼差しを向けた。
 一歩、二歩。余裕を手放した彼が、最速で走ってくる!
「いいことを聞いたよ!」
 ミラス・スティレートが気合いのオーラを放ち、ハインリヒの注意を、自身に引きつけた。
 リーガルト・ベルトレットは、ニーナの指示通り、ハインリヒの心臓を狙って、銃弾を撃ち込む。
 その横、飛び出したかのんが、素早く印を結んだ。六道封印だ。これでハインリヒのオーラは、しばしの間無効化する。チャンスだ。
「君たち、よくもよくもっ!」
 ハインリヒの両手が手刀に変わり、歪に開けた口に、牙が輝く。
 その前に、セナとユウキが立ちふさがった。
「さて、これであんたは無防備だ」
「どうする? ギルティ?」
 左右から、二人がハインリヒに飛びかかる!

 彼が手刀を繰り出すべく、両手を突きだそうとした瞬間。
 セナとユウキは、それを大きく避けた。当然、武器の刃も当たらない。
 代わりにハインリヒの胸に刺さったのは、彼らの背後から、ラルクが投げた手裏剣だ。
「さきほどのおかえしを、させてもらいますね」
 双剣を持ったアイリスが、膝を曲げて大理石を蹴る。

 その間、ひろのは『逢魔鏡ショコランド』を手に、駆けていた。後方から、ハインリヒの姿を映すのが、難しかったのだ。
「ここからなら、きっと!」
 近接戦の後ろに立ち、鏡を高く上げる。
 どれほどの効果があるかはわからないが、戦う仲間をサポートしたい。

 シリウスとルシエロが、同じステップでハインリヒの背後に回り込んだ。
 二人はぐるぐると、円舞を舞うように、ハインリヒを翻弄し、剣を繰り出す。
 天藍もまた、武器を握った。その傍らには、かのん。
「私も行きます。――だから」
「……わかった。無理はするなよ」
 ――共に最善を尽くしましょう、と。
 揃ってスペルを唱え、天藍が、かのんの手の甲の紋章に、口づけをする。これにより、かのんの背中に、輝く光の翼が出現した。
「行くぞ、かのん!」
「はいっ!」
 二人はともに、駆けだした。
 かのんが狙うはハインリヒの胸――ではない。顔だ。
 女神ジェンマの力は有限。わずかな時間で、彼が気にして守ろうとしている弱点を狙うのは難しいだろう。
 それよりも、視界を奪えば、その後、仲間が攻撃しやすくなる。
 いくらギルティとはいえ、これだけの人数を一度に相手にできるものか。

 ――だが。
「ダメだよ、みんな!」
 弦を引き、狙いを定めていたシルキアが叫んだ。
 ハインリヒは、ウィンクルムの攻撃を受けながら、レイピアを取り出したのだ。
「ちょこまかと、うるさいよ! 君たちはっ!」
 レイピアが、瘴気が、爆風が、ウィンクルムを狙う。
 オーラが消えたと、近づいたことが災いした。避けられない!

 武器を持ち戦っていたメンバーのほとんどが、直撃を受けて吹き飛ばされた。
 以前は逃げ切ったルシエロも、今回は逃れられず。
 大理石の地面に、体を打ちつける。
「ルシェ……!」
 風を受け、大地の破片を浴びながら、ひろのが駆けつけた。
「ルシェ、大丈夫!? ねえ、しっかりしてよ!」
「……大丈夫、だ」
 彼の唇が、ゆっくりと動く。
 ……そう、ゆっくり。つまりはそれほどに、力がないということ。
「ダメだよ、ルシェ!」
 ひろのは、覆いかぶさるようにして、彼の体に抱きついた。
「……誓いをここに」
 ルシエロの傷の半分を引き受けるべく、インスパイアスペルを口にする。
「ひろの……」
 ルシエロの顔が、苦渋に歪んだ。が、ひろのは急に重くなった体を起こし、ルシエロに手を差し出す。
「わ、たしが……動けるんだから、ルシェも起きれる、よね」
「ああ……」
 ルシエロが、背後に手をつき、身を起こした。
 と、ポケットから、懐中時計『ボン・ヴォヤージュ』が転がり落ちる。
 ギルティの攻撃を直撃してもなお、みんなが何とか生きているのは、この時計の幸運かもしれない。
 だが、見回す範囲に見える仲間の傷は、けして浅いものではなさそうだ。

「みんな!」
 駆け寄った羽純が、その場に聖域を展開し、光の雨を降らせる。クラウスもまた同様に、輝く光を生んだ。それは優しく温かく、ウィンクルムたちを包みこむ。
 その聖域に、ハインリヒが近づいた。
(……護れるか?)
 羽純は、ごくりと息を飲んだ。
 護りの力は、それを超える攻撃があれば崩れる。だから、肝心のときまで、とっておいた。これがまさに、防御の最後の砦だと、思ったからだ。
「こんなもの……」
 ハインリヒが再び、レイピアを構える。そこに、グレンが飛び出した。
「おおおおおっ!」
 彼はハインリヒの前で大きく跳ねると、両手剣を振りかぶった。轟音を立てながら落下し、ギルティの脳天を狙う。
 しかし、彼一人では、仲間が回復するまでの時間を稼ぐことは、難しい。
 ニーナは胸の前で、祈るように手を組んだ。
 攻撃で、グレンを助けられるとは到底思えない。
(だったら私がすることは――)
「みなさん、あとはお願いしますね」
 微笑み、『ホワイトエンジェル』の力を発動する。

 ――果たして。
 グレンの刃は、ハインリヒの肩を深くえぐった。
「ぐあっ……!」
 傷を押さえよろめくハインリヒ。
「羽純くん!」
 歌菜が名を呼ぶと同時、羽純の卯杖『カタルシスケイン』が強烈な光を放った。
「うっ……!」
 余裕などとうにない、ハインリヒがまぶしさに目を閉じる。
 そこに、ルシエロとシリウスが、猛スピードで斬りかかった。
 足元に伸びた影、ちょうど胸の部分にラルクの手裏剣が刺さる。
 そして、アイリスの剣は本体背中の、中央に。

「あ、ああっ……」
 胸を押さえ、全身から血を流し、ハインリヒは呻いた。
「君たち、なんかに、倒されるわけにはっ、いかないんだよっ!」
 ギルティとしてのプライドか。
 彼はかっと口を開けると、最後の力を振り絞り、大理石を蹴って走り始めた。
 狙うのは、ひろの。精霊よりもずっと殺しやすそうな、神人だ。
「させるかっ!」
 瞬時にルシエロが踵を返し、無防備な彼の首に、双剣で斬りかかる。
 と、『ダーインスレイヴ』の赤い鎖がハート上にゆるみ、ハインリヒの首に巻きついた。
「くそ、人間、ごときにっ!」
 あと少し、少しで血が飲めたのにと、ハインリヒが顔を歪める。
 その胸に、前へ回ったシリウスの剣が刺さった。
「ほんとうに……人間、なんかにっ……」
 崩れ落ちるハインリヒ。
 その首から、赤い鎖がはらりとほどけた。

 ※

 大理石の上に、ギルティ:ハインリヒ・ツェペシェが、仰向けに横たわっている。
 白い床には血だまりができ、彼がもう長くはないことを知らせていた。
「……殺せ、ウィンクルム」
 男の乾いた唇が、かすかに動く。
 誰もがそのつもりで、武器を握っている。
 ――が。
「ハインリヒ、様……!」
 ギルディ:ヴェロニカ・カーミラの声が聞こえ、一同は驚き、振り返った。
 と、そこには。
 ヴェロニカを姫抱きにしたレッドニスと、彼女を倒すべく向かっていたはずの仲間の姿があった。

「ハインリヒ様っ!」
 レッドニスに床へと下ろされたヴェロニカは、赤い染みを落としながら、ハインリヒ・ツェペシェの胸の上に、覆いかぶさった。
「ヴェロニカ……なぜ、ここに」
 それには、答えず。
 ヴェロニカは、覚えておりませんか、とハインリヒに語りかける。
「私たちが、かつてもこうして、死を迎えようとしたことを」

 A.R.O.A.も創設されておらず、ウィンクルムという呼称もない時代。
 ただオーガだけが存在していた頃。
 ヴェロニカとハインリヒは、オーガと呼ばれることすらない、人類の敵を倒していた。
 だが、人は人とは異なる能力を持つ人間を忌み嫌う。
 畏怖され、迫害された彼らがたどり着いたのが――。
「ギルディガルデンの、このお城……」
 ハインリヒの胸に頬をのせ、ヴェロニカは赤い瞳を、すうっと細めた。
「あのときから、ずっと、あなたをお慕いしております」

「そうだ、あれはたしか……」
 異形との戦いから、人間との争いからやっと解放されて、心安らかな時を過ごせると思った死の間際。
 まがまがしい存在が、「自分達を迫害した、人々に復讐をしたくないか」と語りかけてきたのだ。
 ハインリヒは、愛しいヴェロニカをぼろぼろにした奴らを許せなくて、その申し出を受け入れた。そして、ヴェロニカもまた――。
 その後、ギルティとなった二人は、当時の記憶も愛も、すべて失った。

「それを、今思い出した……」
 ハインリヒが、すっかりくすんでしまったヴェロニカの金髪を、静かに撫ぜる。
 しかしそのとき、ヴェロニカの瞳は既に、閉ざされていた。
「ヴェロニカ……」
 彼は、二人を呆然と見つめるウィンクルムに、視線を向けた。
 彼自身、もう、長くはないことはわかっている。
 今度こそ、ヴェロニカとともに、穏やかな時を過ごすのだ。
 ハインリヒは、ゆっくりと唇を動かした。
「最期に、教えてあげるよ。私たちをギルティにした者は――今は、A.R.O.A.の創始者として、世に知られている」

 ウィンクルムに、ざわめきが広がる。しかし、死にゆく身には関係ないことだと、ハインリヒは息を吐いた。
 ヴェロニカを抱く腕に力を込めたいが、どうやらそれは、難しそうだ。
 せめてと、唯一動く、口を開く。
「……散々生き物の命を奪ってきたのに、愛する者を抱いて逝けるなんて……私は、幸せ、だ……。しかし……」
 君たちは、そうならないよう。
 ――みなまで言うことは、叶わず。
 ハインリヒは、目を閉じた。
 その唇には、彼自身の言葉を証明するかのような、微笑が浮んでいた。




(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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