【堕騎士】悔恨、碧く洗われる時(前編)(北織 翼 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ショコランドのとある場所にある、小さな教会。
 遠目に見ると、教会の敷地内にある芝生の上で小人の子供たちが数人でじゃれ合っているように見えなくもない、そんな場面にあなたは出くわしました。
 しかし、子供たちに近付いてみると……。

「悔しかったら掛かってこいよっ!」
「ほらほら、これがどうなってもいいのか!?」
「何だよ、とんだ腰抜けだな!」
「……お願いだよ……返してよ……ううぅ」

 子供たちの会話の内容は、とても穏やかなものではありません。
 しかも、数人の子供たちが、一際体の細く小柄な1人の小人の子供から何かを取り上げ、パス&キャッチをしています。
 痩せた子供はその何かを取り返そうとしますが、突き飛ばされ、足を掛けられ、逃げ回られ……と、到底取り返せそうにありません。
「そ、それがないと碧龍(へきりゅう)様の魂が……」

 逃げ回る小人の子供たちを泣きながら追う子の姿にいてもたってもいられなくなったあなたとパートナーは、小人の子供たちを一喝し、その「何か」を奪還しました。
 それは、透き通るような夜空の如き色をしたとても美しいドレスでした。

「ありがとう……これで、今回も碧龍様の御霊を鎮められるよ……」
 小人の子供の言葉に、あなたたちは小首を傾げ、詳細を尋ねます。

「あのね、この辺りには言い伝えがあってね……」

 子供の話によると、昔、この辺りに「碧龍」という名のたいへん腕利きの騎士がいたのだそうです。
 しかし、無情にも碧龍は愛する女性との婚礼の真っ只中にその魂を封印されてしまったのだとか。
 この小人の子供は、碧龍が結婚式を行ったと言い伝えられている教会に住む小人の牧師の子なのです。
 碧龍と女性の無念を思い、教会ではこれまで、碧龍が結婚式を挙げた日と言い伝えられている日にひと組のカップルを教会に呼び、碧龍の代理結婚式を執り行ってきたのだそうです。

「僕、大きくなったら騎士になりたいんだ。だから、碧龍様は僕にとって永遠の英雄なんだ。僕も碧龍様みたいになれたらなぁって、教会に飾ってあったこのドレスをついうっとり眺めちゃってたら、さっきの子たちにからかわれて、取り上げられちゃって……」

 小人の子供は苦笑いの後、あなたたちを見てパッと何かを思い付いたような表情を浮かべました。
「そうだっ! 今回はなかなかカップルが見つからなくて困ってたんだ! お姉さんたち、ウィンクルムなんでしょ!? 代理結婚式の新郎と新婦になってよ! あ、ドレスの事は気にしないでね。誰が着てもいいように、同じ色でいろんなサイズとデザインのがあるから! うわぁ、本物のウィンクルムが代理結婚式に出てくれるなんて初めてだぁっ!」
 子供はあなたたちの返事も待たず、既に興奮状態です。
 むげに断って子供を悲しませるのも非常に心苦しく感じたあなたとパートナーは、その代理結婚式で碧龍と相手の女性役を引き受ける事にしたのでした。

解説

 今回のメインテーマは、「伝説の騎士とその恋人になりきって代理結婚式を挙げる」です。

 ちなみに、代理結婚式で着用するドレスが少々ほつれていたので、補修用の材料を300Jrで購入しました。

 各ウィンクルム個別描写となりますが、お友達と合同で挙式をしたいウィンクルムさんは、お友達と相互了解の上でそのようにプランを作成して下さい。

 小人くんは興奮しており、皆様にお伝えしなければならない幾つかの大事な条件をすっかり忘れてしまっているようなので、こちらで補足させて頂きます。


■代理結婚式を成功させるための条件

 ●ドレスは、碧龍が好きな夜空色で
 結婚式と言えば純白のドレスですが、今回は夜空をイメージさせる色(青や紺など)でお願いします。
 ドレスのスタイルや装飾、精霊の衣装に制限はございません。
 ぜひプランで素敵な衣装をご指定下さい。

 ●相手を幸福にさせる「別れの言葉」を
 碧龍が封印される瞬間に見た恋人の顔は悲愴感や絶望に満ち、その声は聞くに忍びない悲鳴だった、
 彼女は目の前で碧龍が封印されたショックで三日三晩泣き叫んだ、
 と言い伝えられています。
 碧龍は、恋人が笑って自分と別れ、その後も幸せに生きていけるような、そんな言葉を遺してやりたかったに違いありません。
 そのため、代理結婚式では「誓いの言葉」の代わりに「別れの言葉」を言う決まりとなっています。
 2人の思い出がいかに素敵なものであったか、
 どれ程相手を愛しているか、
 だからこそどう別れどう生きていって欲しいか……
 遺される側が残酷な別れを受け入れ、最終的には笑顔になり、前向きに生きる気持ちになれる、そんな「別れの言葉」を用意して下さい。

ゲームマスターより

 マスターの北織です。
 元気なプロローグの割にはしんみりしたテーマとなってしまいましたが、お許し下さい。

 誰しも予期せぬ別れは経験するものだと思います。
 そして、そういった別れほど、何年経っても無念で、なかなか消化出来ないものです。
 もしその別れの際に、遺される側が温かい涙を流せるような遺言をもらえていたら……
 そんなことを考えながら、今回のエピソードをご用意させて頂きました。

 皆様に代理結婚式をして下さいと言っておきながら恐縮ですが……
 実は、代理結婚式では碧龍の無念を鎮める事は出来ても、真に成仏させる事は出来ません。
 碧龍の無念は婚礼を遂げられなかった事だけではなく、実はもう1つあるのです……
 それについては、また次のお話で明らかにさせて頂けたらなぁと思っております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  式を挙げるのなら季節の良い時期が良いですと言ったのは私なので、気にしないでくださいね
何かしら思う所がある様子の天藍の心境を想像し声をかける

ウェディングドレスのイメージじゃないかもしれないが、かのんに似合うと思うと天藍が選んでくれたドレスを手に取る
夜空のイメージならタキシードは黒でしょうか?
ベスト、タイ、チーフをドレスの色と合わせたらきっと素敵になります

別れの言葉、もし天藍と私が…というのは考えたくないです
いっそ2人一緒に封印される方がまだ良いです
それでもその状況になってしまったら、彼が心配しないように涙を堪えて笑顔で見送りましょう

いってらっしゃい
どうか私の事は心配しないでください、大丈夫です


出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  花嫁に扮するのもこれで三回目
しかも今回は別れの言葉だなんて…何て言えばいいのかしら

濃紺
マーメイドラインにベアトップ
裾はラメでキラキラ
髪はアップに

貴方に会えて本当に幸せだった
これでさよならだけど、あたしは…(言いよどむ)
…駄目

しばらく悩んで、レムの言葉を聞いてようやく

本当は別れの言葉なんて言いたくない、離れたくない
けれど、この先も、今日この日の幸せな気持ちとつらい気持ちをずっと持ち続けていられたら
それも一つの『永遠』の形なのかもしれない
涙を堪えてそう答える

えぇっ!?ほ、本番って…
仕事でウェディングドレスを着ると本番は遠のくって聞くけど
そんなジンクス吹き飛ばしてくれるって信じてもいいのよね…?


シルキア・スー(クラウス)
  初ドレスでぎこちない
馬子にも衣装?
珍しい狼狽え方してる 少し照れクスクス
連れて行ってくれる? 裾踏んで転んじゃいそ

“別れの言葉”かぁ…

言葉
悩める時 見守り 尊重し 心を解放してくれましたね
あなたの庇護の元で私は私なりに自信をつけて
その隣を歩かせて貰っています
それが今 私の誇りです

支え合える掛替えのない存在?

私を失っては生きていけないと言ったあなた
側にありたいとより強く思う様になった
怯えるあなたが愛しかった…
涙一筋

…言っちゃった てへ
だからねもし私が先に逝ったらあなたには私の分も生きて貰って
それを私見守るから
そしてもし死の間際にも私を想ってくれたなら
来世で逢いましょ なんてどう?

うん
(え? 今何か囁かれた様な?)


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  ・ドレスはAラインで。色は透明感のある紺色基調に、ドレスの足元に向かって青色へグラデーションになる感じのものわるスカート部分はレースでふんわりとフェミニンにで広がりを持たせ、可愛らしい印象に。

・フェルンさんがとても素敵な姿で思わず見とれてしまいます。
代理結婚式はきっと大切な教会の行事でしょうから
ちゃんと出来るかな…と、少し心配でしたけど。
フェルンさんの姿を見たらその心配は何処かへ行っちゃいました。
最初考えていたよりももっと感情移入して結婚式を進めます。
なので彼と離別があるなんてとても悲しいです。

・でも彼の告げてくれた言葉でどんな時でも共に有るのだ、と
とても勇気づけられました。彼の手を握ります。



アデリア・ルーツ(シギ)
  髪に青と紺の大きな花のコサージュ
青い小花のイヤリング
白ベースのパール×ビーズ3連ネックレス
ミッドナイトブルーのショートグローブ
グリッダーを散らし星空を表現した、ミッドナイトブルーのカクテルウェディングドレス
白のウェディングシューズ

式の最中に……。
信じたくなくて、絶望したでしょうね。

「私のためでも。英雄になんてなって欲しくなかった。
 私は、あなたといたいのに」
「忘れない。忘れられるはずがないわ」
 いつかなんて。
 どれだけ待たせる気なのよ。ばか。
「勝手なことばっかり。待つ。いくらでも待つから。
 絶対迎えに来てよ」
「うん。またね」

代理とはいえ、結構恥ずかしい。
それにしても。真剣な顔のシギ、かっこよかったわ。


●『永遠』の形
「これで3回目……」
 出石 香奈は控え室で溜め息を吐いた。
 花嫁に扮する依頼は今回が初めてではない。
 しかも……
「本番、まだなのに……」
(『仕事で着ると本番が遠のく』って聞くし……)
 迷信の類ではあるが、それが3度ともなると『迷信』が『確信』になりそうで怖い。
「お姉さんっ、時間だよっ!」
 小人の子供が控え室のドアからひょこっと顔を出す。
「わぁっ、きれいだねぇっ!」
 子供は香奈の抱える不安など察する事もなく、
「お兄さんが待ってるよ、行こっ!」
 と、彼女の手を引き礼拝堂に向かうのだった。

 礼拝堂の扉が開けられ、バージンロードの先では小人の牧師とレムレース・エーヴィヒカイトが香奈を待っている。
 レムレースが着用しているフロックコートは香奈のドレスと同じ濃紺で、あしらわれたシルバーのラインが彼の長身ぶりと内面の真っ直ぐさを際立たせているようにも見えた。
 香奈が一歩ずつレムレースに近付く度に、ドレスの裾ではキラキラとラメが揺れる。
 その光景は夜空に瞬く満点の星の上を歩く天女のようでもあった。
 長い髪をアップにまとめ濃紺のドレスを纏う香奈の美しさに目を細めつつも、レムレースは婚儀の中で告げなければならない『別れの言葉』を脳裏に浮かべる。
(突然の別れよりは、覚悟ができていいのかもしれないな……)

「では、向かい合い別れの言葉を」
 牧師に言われ、先に口を開いたのは香奈の方だった。
「あたし、貴方に会えて本当に幸せだった。これでさよならだけど、あたしは……」
 『あたしは大丈夫よ』――たとえ嘘でもそう言うべきだろう。
 だが、香奈には言えなかった。
 じわじわと目頭に熱いものがせり上がってくる。
(駄目……言えない。レムのいない人生なんて……)

 香奈の様子に、レムレースも『別れの言葉』を口にするのを躊躇う。
 彼は知っていた。
 香奈が常に『愛の終焉』に怯え、『永遠』を望んでいた事を。
 そんな彼女に別れの言葉を言うのは忍びないが、彼は決断した。
 ベアトップのドレスで少し冷えた香奈の両肩に、レムレースは優しく手を添える。
「俺はいつでも、お前の事を想っている」
 それはいかにも別れの挨拶らしい切り出しだった。
 『たとえこの身が消えても。だからどうか寂しがらないでくれ』と続きそうな。
 いよいよ香奈は瞼をきつく閉じる。
 しかし……。
「でも俺は香奈にもそうあって欲しいと思っている。だから、幸せになれとは言わない。俺の事を思い出して泣けばいい」
(それって、忘れるなって事?)
 レムレースは続ける。
「俺は未来の香奈の心に永遠に存在していきたい」
「レム……」
「……我ながら酷い事を言っているな。だが、これが本当の俺なんだ」
「うん、知ってる……」
(貴方は決して自分を誤魔化さない人だって事、あたし知ってるんだから……)
「本当は別れの言葉なんて言いたくない、離れたくないっ」
「香奈……」
「けれど、この先も、今日この日の幸せな気持ちと辛い気持ちをずっと持ち続けていられたら――」
 香奈は零れそうになる涙をぐっと堪え、精一杯の微笑を見せる。
「――それも一つの『永遠』の形なのかもしれない」

 別れすらも2人の『永遠』のうちの一場面と言う彼女たちに、参列していた近所の小人や妖精たちから歓喜の声が沸き起こった。
 歓声が響き渡る礼拝堂の中で、レムレースは香奈の肩を抱き寄せ、彼女の耳元で囁く。
「今回は代理結婚式ゆえ、別れの言葉で締めてしまったが……本番では『一生を共にする』と、そういった言葉が言えればいいな……」
 それを聞いた香奈は瞠目し思わずのけぞる。
「えぇっ!? ほ、本番って……」
「……気が早かっただろうか」
 気まずそうなレムレースに、香奈はマーメイドラインのドレスの裾をつまんで微笑んだ。
「仕事でウェディングドレスを着ると本番は遠のくって聞くけど、そんなジンクス吹き飛ばしてくれるって信じてもいいのよね……?」
「……」
 レムレースは頷く代わりに、香奈を抱き寄せる腕に力を込めた。

●貴方の平穏を守る為に
「代理で結婚式とはな……」
(自分たちの式がまだなのに……)
 教会の物置部屋で婚礼衣装を見繕っている天藍がぼそりと呟くのを、かのんは聞き逃さなかった。
「式を挙げるのなら季節の良い時期が良いですと言ったのは私なので、気にしないで下さいね」
 夫婦として共に暮らしているかのんと天藍はまさに以心伝心。
 かのんには天藍がその心中に抱える複雑な心境も何となく想像出来る。
(婚姻届はとうに出しましたが、私たちの結婚式はまだですし、そんな状態でしかもこんな形で婚礼衣装を着る事にきっと天藍は戸惑ってますよね……)
「だが、まぁアレだ、人助けだよな」
 天藍は自身に言い聞かせるようにしてそう口にすると、気持ちを切り替えてかのんに似合うドレスを探し始めた。
 その様子にかのんもほっと安堵の息を吐くのだった。

 程なくして、1着のドレスが天藍の目に止まった。
 彼がかのんに示したのは、濃藍色のドレスだ。
「ウェディングドレスのイメージじゃないかもしれないが、かのんに似合うと思う」
 天藍にそう言われて手に取ると、しっとりとしたシルク地で肌触りが良く、デザインもチャイナカラーのマーメイドラインという少し珍しいものだ。
 ドレスの裾は後ろの方が長く、身に付けてバージンロードを歩いた時の美しさが目に浮かぶ。
「ありがとうございます、天藍。これにします」
「ああ」
(伝説の騎士が好んだ夜空色を着る……結婚式といえど、通常のものと違っていて幸いだった)
 愛する女性の一生に一度の晴れ舞台ならば、相手には自分の選んだドレスを身に付けてもらいたいものであろう。
 伝説の騎士・碧龍が恋人に夜空色のドレスを着せた理由も、それかもしれない。
 天藍はいつか近い将来挙げるであろうかのんとの結婚式を思い浮かべる。
(かのんが着るウェディングドレスを選ぶのは……やはり、自分たちの式で着るための物であってほしいな……)
 今日は人助けであって、ドレス選びの予行演習と思えばいい。
「かのん、後ろを向いてくれ」
 天藍は近くに置かれているシルバーのアクセサリーをかのんの首に回して付けた。
 同じくシルバーの髪飾りもそっと彼女の髪に挿す。
 光を反射させて輝くそれはまるで夜空に浮かぶ星の光のようだった。
 先に衣装が決まったかのんは、ドレスに合いそうな天藍の衣装を探し始めた。
「夜空のイメージなら、タキシードは黒でしょうか?」
 かのんは手際良く天藍の衣装を選ぶ。
「ベスト、タイ、チーフはドレスの色と合わせましょう。きっと素敵になります!」

「では、向かい合って別れの言葉を」
 牧師の進行に倣い、かのんと天藍は向かい合った。
 参列している近所の小人や妖精たちは固唾を呑んで2人を見守る。
(『別れの言葉』か……正直、自分だったらと思うと理不尽だな)
 碧龍の身に起こった悲劇を思うと、天藍の胸も軋む。
「……考えたくないです」
 かのんが僅かに声を震わせながら口を開いた。
「もし天藍と私が、なんて……考えたくないです。いっそ2人一緒に封印される方がまだ良いです」
(どんなに心細く悲しかったことでしょうか……)
 かのんもまた、残された碧龍の恋人に思いを馳せる。
「それでも」
「それでも」
 2人の声が重なった。
 かのんが『どうぞ』と瞬きで合図をすると、天藍が先に言葉を発する。
「この先、貴方と貴方の周りが平穏に暮らせる事が俺の何よりの望みだから……だから、それを叶える為に行く俺を許して欲しい」
 すると、かのんは溢れそうな涙を堪えながら微笑んだ。
「いってらっしゃい、どうか私の事は心配しないで下さい、大丈夫です」
(それでも――その状況になってしまったら、私はこうして涙を堪え笑顔で見送りましょう。天藍が心配しなくていいように……)
 2人の間に紡がれた『別れの言葉』は、互いを心の底から思いやる深い慈愛に満ちたものだった。
 参列した者たちは皆、その温かく強い愛情に感嘆の息を漏らすのだった。

●迎えにいく
「では、向かい合って別れの言葉を」
 牧師の言葉でアデリア・ルーツと向かい合ったシギは絶句した。
 今日のアデリアは、彼がかつて見た事もない程……美しかったのだ。
 ミッドナイトブルーのカクテルウェディングドレスにはグリッダーが散らされ、星空さながらに輝いている。
 両手にはドレスに合わせてミッドナイトブルーのショートグローブ、艶のあるロングヘアには青と紺の大きな花のコサージュ、髪の間から覗く耳には青い小花のイヤリングと、雲ひとつない夜空を見事に再現しているかのようだ。
 更に、首元は白を基調としたパールとビーズの3連ネックレスで華やかに飾られ、白のウェディングシューズがアクセントとなってドレスを引き立てている。
 シギもまた、装いには一片の隙もない。
 ドレスに合わせ、ネイビーのタキシードを着込んだ彼は、シャツとタイを白に統一、胸には白い花のコサージュを挿し、足元は黒のエナメル靴で決めている。
 2人の衣装はまさに『完璧』だった。
 なぜなら――

 ――代理結婚式開式1時間前。
「お二人とも、碧龍様と恋人に完全になりきって下さいね」
 と牧師に言われていたのだ。

(俺が、碧龍なら……?)
 シギは小さく首を振って気を取り直すと、自分をじっと見つめてくるアデリアに、徐に口を開いた。
「俺はあんたに会えて幸せで、ずっとあんたとの未来の為に戦ってきた。その代償が英雄としての封印なら、きっと誇るべきなんだ……嬉しくはないが」
(封印される程の英雄として見られた事は誉れだと頭では分かってても、感情じゃ納得出来なかったよな、絶対)
 それを聞いたアデリアは、苦しげに胸の前でぎゅっと拳を握る。
(目の前の彼が式の最中に消えたのよ……? そんな現実、私は受け止められない。碧龍の恋人も信じたくなくて絶望したでしょうね……)
 もし碧龍が今のシギと同じ事を言ったとしたら。
 そう考えたら、アデリアの口からは自然と思いが零れる。
「たとえ私の為でも、英雄になんてなって欲しくなかった。私は、あなたといたいのに……!」
 シギは胸の奥を穿たれたかのような感覚を覚えた。
「忘れてくれ、とは言えない。覚えていてくれ、俺があんたの為に戦った事を」
(きっとそれが、生きた証になる……)
 アデリアはさも当然と首を振る。
「忘れない。忘れられる筈が無いわ!」
 涙を流すアデリアに、シギは勿論見ている誰もが痛々しさを感じた。
 忘れられれば楽であろう。
 だが、記憶に生き続ける限り、この別れの刻を思い出しその痛みに苦しむ人生を送るのだ。
 では、その日々を生きる糧とは何か……?

「迎えにいく」
 その一言が、シギの導き出した答えだった。
「いつか脅威が去って封印が解けたら、迎えにいく。あんたが生まれ変わっても、俺の事を忘れても。俺の方が生まれ変わっても。どうなっても、俺は必ずあんたを探し出す」
「いつかなんて……どれだけ待たせる気なのよ、ばか」
「そうだよな。でも、俺は絶対に約束を守るから。だから、待っていてくれ」
「勝手な事ばっかり……」
 そう呟いた直後、アデリアはシギに歩み寄ると、控え目に彼に抱きついた。
「待つ。いくらでも待つから。だから……絶対迎えに来てよ」
「必ず迎えにいく。それまで、元気で」
(自分の為に着飾った好きな女を泣かせたままにして別れるなんて、嫌だろ)
 アデリアからのハグに動揺して若干声が上ずったが、シギは何とか最後の一言まで言い切った。
「うん、またね」
 アデリアが笑顔でそう答えた直後、礼拝堂内には盛大な拍手が響く。
 我に返ったアデリアは慌ててシギから離れた。
「代理とはいえ、結構恥ずかしいね……」
「あー、くそ……」
 照れ笑いを浮かべるアデリアからシギはふいっと視線を逸らした。
(アデリアのドレス姿に見惚れるとか、何か悔しい……!)
(それにしても……)
 アデリアは思う。
 目の前のシギは素直じゃないが、別れの言葉を告げた時の……
(……真剣な顔のシギ、かっこ良かったわ)
 と。

●来世まで愛している
(美しい……)
 深い青を基調としたプリンセスラインのドレスを身に纏い、青薔薇のコサージュを付けたシルキア・スーの可憐な姿に、クラウスは言葉が出ない。
「おかしくない?」
 初めてのドレスに、シルキアは挙動言動不審である。
 彼女が狼狽えて小さく動く度に青や水色のフリルが揺れ、クラウスにはそれがまた余計に可愛らしく見えて仕方がない。
「ん……いや、似合っている……」
 ようやく言葉を出せたクラウスもまた、当時碧龍が着ていたと伝わる騎士の正装姿が良く似合っている。
 腰には装飾を施された銀の剣が吊され、金の肩章と肩から斜めに下ろされている鮮やかな青の勲章布が、濃紺を基調とした軍服様の衣装に映える。
「そ、そう? 『馬子にも衣装』ってやつかな?」
「そんな事はない。夜の帳に輝く月の如き艶やかさだ」
「ありがとう……えっと、連れていってくれる? ひとりじゃ裾踏んで転んじゃいそ」
「ああ」
 クラウスは気を落ち着かせ、照れた様子でクスッと笑いながら差し出されたシルキアの手を取った。
 こうして、新郎と新婦が並んで入場するというちょっと変わった形式で代理結婚式は始まった。

「向かい合い別れの言葉を」
 牧師に促されシルキアが口を開く。
「私が悩める時、あなたはいつも私を見守り、尊重し、私の心を解放してくれましたね。あなたの庇護の下で、私は私なりに自信を付けてその隣を歩かせて貰っています。それが今、私の誇りです」
 シルキアの言葉は、クラウスに彼女と出会った頃の事を思い出させた。
「使命と思いお前の元に参じたあの日、忠誠を誓い膝を折る俺に、お前は対等が良いのだと言った。あの時は、その意味を真に理解出来なかったが……」
 『別れ』に胸を痛めつつも、クラウスは一呼吸置いて続ける。
「己が弱さに翻弄され矜恃を見失いかけた時、お前は俺を支え克服へ導いてくれた。その時ようやく、俺は『対等』の意味を実感したように思う。互いに支え合える掛け替えのない存在、それが『対等』という事なのだと」
「支え合える掛け替えのない存在?」
 シルキアが問い返すと、クラウスは頷いた。
(でも、その掛け替えのない人と別れなきゃいけない……なら、悔いの残らないように伝えなくちゃ)
「私を失っては生きていけないと言ったあなたを見て、私は側にありたいとより強く思うようになった。私は……怯えるあなたがとても愛しかった……」
 シルキアの頬を一筋の涙が伝った。
「……っ! シルキア、愛……しいと?」
 クラウスは刮目する。
「……言っちゃった、てへっ」
(『別れの言葉』かぁ……)
 照れ隠しにおどけて見せた後、シルキアは指で涙を拭って続けた。
「だからね、もし私が先に逝ったら、あなたには私の分も生きて貰いたいの。私はそれを見守るから。そして、もしあなたが死の間際にあっても私の事を想っていてくれたなら……その時は来世で会いましょ、なんてどう?」
「来世……」
(俺がそれを望む事は許されるのか?)
 シルキアの愛情に満ちた涙を目の当たりにして、クラウスの中で何かが崩れる。
 これまでシルキアとの間に築いていたある種の一線に近い枷が、外れた。
「クラウス?」
 その名を呼んだ時には既に、シルキアはクラウスの腕の中にいた。
 クラウスはシルキアをきつく抱きしめる。
「俺も願う。お前が俺の分まで生きてくれる事を。そして……ああ、そうだな、きっと来世で逢おう」
 シルキアとクラウスの熱い抱擁に、参列者たちからは『ああっ!』と歓喜や感動の声が上がる。
 クラウスはシルキアを抱きしめたまま、
「シルキア、愛している……」
 と彼女の耳元で囁いた。
(あれ? 今何か囁かれた様な?)
 周囲の喧騒のせいでクラウスの言葉はシルキアには届かない。
「……うん」
 曖昧な笑みで返すシルキアに、クラウスは微笑む。
(それで構わん。今日、お前の口から確かに『愛しい』と聞けたのだから……)
 交わされた『別れの言葉』は、未来永劫2人を結びつける『誓いの言葉』。
 たとえ死が2人を別つ日が来ようとも、その結びつきは決して解れる事はないであろう。

●魂を分かち合って
 礼拝堂の扉が開いた。
「ちゃんと出来るかな……」
 フェルン・ミュラーが待つバージンロードの終点を見つめ、瀬谷 瑞希は不安を吐露する。
(代理結婚式はきっと教会の大切な行事でしょうから、失敗してはなりませんし……)
 一方、瑞希を待つフェルンは……
「とても可愛い、綺麗だよ」
 と愛おしい眼差しを礼拝堂の入り口に立つ瑞希に向けた。
「本当に可愛いよ。ああ、綺麗だ……」
 フェルンの言う事は決して誇張ではない。
 瑞希が着るAラインのドレスは、紺色を基調としているが足元に向かい青色へのグラデーションを見せており、透明感ある夜空に例えるに相応しい美しさだった。
 しかも、スカート部分はレースでふんわりと広がりを持たせており、フェミニンさを演出している。
 それを瑞希は見事に着こなしているのだから、フェルンは飽く事なく賛辞を口にした。
「わ……っ」
 その瑞希は、視線の先に佇むフェルンに思わず見とれてしまう。
 紺色のかかった黒タキシードと白の手袋は、彼のエメラルドグリーンの髪とターコイズブルーの透き通った瞳の美しさを良く引き立てていた。
(何だか最初の心配は何処かへ行っちゃいました)
 それ程までにフェルンには婚礼衣装が良く似合っていた。

 バージンロードを進みフェルンの前に立った瑞希に、彼はまたも
「よく似合っている。とても可愛いよ、綺麗だよ」
 と囁く。
 これには小人の牧師も苦笑いだ。

 フェルンのたっての希望で、別れの言葉は指輪交換の際に行われる事となった。
「では、指輪を交換し別れの言葉を」
 牧師の言葉に、瑞希は僅かにその指を強張らせる。
(夫婦の誓いを立てるというのに、別れるなんて……何て残酷な運命だったのでしょうか)
 当初予想していたよりも深く碧龍の恋人に感情移入した瑞希は、その瞳から涙が零れるのを禁じ得なかった。
(私は……私はフェルンさんとの離別なんて考えられません。フェルンさんに二度と会えないなんて、とても悲しいです……)
 フェルンは優しい手つきで瑞希の指にそっと指輪をはめる。
 だが、瑞希はなかなかフェルンの指に指輪を通す事が出来ない。
 フェルンの手の温もりに二度と触れる事が叶わぬのかと思うと、その恐怖と悲しみで彼女の指先は小刻みに震えた。
(ミズキ……)
 フェルンは瑞希の心境を慮り、自ら彼女の持つ指輪に指を通す。
 そして、薬指に指輪をはめた瑞希の左手を取り、両手で優しく包み込んだ。
「ミズキ、この指輪は俺の魂、そして、俺の指にあるこちらは、君の魂」
「……魂、ですか?」
 瑞希は涙に濡れた顔を持ち上げる。
「そう。こうして、お互いの魂の一部を交換するんだよ」
「魂の、交換……」
「俺の魂は、指輪の形となって常に君と共にある。君の魂も俺の指に。どんな事があっても、たとえ遠く離れても、お互いの一部分が共にある」
「では、この身が潰えても、私たちは共にあるのですね?」
 まだどこか不安げに揺れる瑞希の瞳に映るのは、頼もしくそして慈しむような笑みを湛えたフェルンの顔だ。
「そうだとも、ずっと一緒だ。俺は常に君に心を寄せているよ。どんな時でも」
「フェルンさん……」
 瑞希はフェルンの手を握る。
 その瞳はもう、不安に揺れる事なく真っ直ぐにフェルンを見上げていた。
「どんな時でも、離れる事はないのですね」
(その言葉を貰えただけで、こんなにも勇気づけられるんですね……)
 ようやく笑顔を浮かべた瑞希の手をフェルンは握り直す。
 今度は強く、しっかりと……互いの存在を心に強く刻むかのように。
「約束するよ。永久(とわ)に君を想うと」
 もしもこれが瑞希に触れられる最後だとしたら……。
 フェルンは瑞希を強く抱きしめた。
 彼女の温もりを感じ、決して忘れぬようにと。
 伝説の騎士・碧龍がきっと言い残したかったであろう言葉を丁寧に紡ぎ出した2人に、参列していた小人や妖精たちは感涙しながら賞賛の拍手を送り続けた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: Q  )


エピソード情報

マスター 北織 翼
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月19日
出発日 04月25日 00:00
予定納品日 05月05日

参加者

会議室

  • [5]瀬谷 瑞希

    2017/04/24-23:48 

    こんばんは、瀬谷瑞希です。
    パートナーはファータのフェルンさんです。
    よろしくお願いします。

    皆さま、素敵な時間が過ごせますように。

  • [4]アデリア・ルーツ

    2017/04/24-19:34 

    アデリアよ。よろしくお願いね。
    ……シギと参加、だけど。

    どんな言葉をくれるのかしらね。

  • [3]出石 香奈

    2017/04/24-11:08 

  • [2]シルキア・スー

    2017/04/23-21:21 

    シルキアとクラウスです。
    よろしくお願いします。

    (ドレス…裾踏んで転んだりしない様に気を付けよう…)

  • [1]かのん

    2017/04/23-17:38 


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