【堕騎士】あなたは今、幸せですか?(北乃わかめ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●誰かの記憶

 ――パパ。ねぇ、パパ?

 あぁ、この声は……。私を呼ぶ、この愛しい声は。
 戦いに疲れた私を、いつでも癒してくれたあの子の声だ。

「すまない、いつもお前には寂しい思いばかりさせてしまって……」

 騎士として生きていくうち、家に帰る時間はどんどん無くなった。
 たまに帰っても、娘が寝静まった後で。
 それでもあの子は文句ひとつ言わず、朝早くに起きて私を見送ってくれた。

「遊んでやれなくて、ごめんな。きっと早く、帰るから」

 ――ううん、いいの。ケガ、しないでね。行ってらっしゃい、パパ。

「あぁ、行ってくるよ……」

 ――……パパ。あのね、わたし。今ね……――

 愛しい愛しい、私の娘。それなのに、あぁ、あの子の声が聞こえない。
 なぜ、あの子の姿すら見えないのだ。

「頼む、離してくれ……! あの子に、会わせてくれ……!」

 どんなに叫ぼうと、もう帰ることはできない。
 愛しいあの子の姿を見ることも、声を聞くことも、もう叶わない。
 あの子は何と言おうとした?
 誰か、教えてくれ――……。



●A.R.O.A.本部

「昔、バレンタイン地方に、多くの騎士を輩出していた村があったそうです。それにより村は栄えていたそうなのですが、知っての通り騎士たちの魂は封印され、やがて故郷へ帰ることすらままならない状況となっておりました」

 A.R.O.A.職員はそこで話を一旦切り、あなたたちにその村までの地図を渡した。
 赤いペンで記された場所にはもう村と呼べるものは無く、抜け殻となった家だけが残されているらしい。

「突然のオーガの襲撃により、村はほぼ壊滅状態に陥りました。無事だった住民は移住し、村は無人となりました。ですが、今回の一件で、どうやら村の出身であった騎士たちがそこを彷徨っているとの情報が入ったのです」

 愛する者と望まぬ別れをしてしまい、未だその影を追い続ける騎士たち。村だった場所には誰も住んでいないため、ただその場所をうろついているだけのようだ。
 だが、良質な木材が採れる地域のようで、たまに木こりが近くを通ると言うのだ。既に遭遇した者もいるため、早急に対処してほしいと職員は言った。

「騎士たちは武器を所持していますが、好戦的ではありません。ただ、出会った木こりの話では、『お前は今、幸せか?』と尋ねられたそうです」
「……騎士が、そう言ったのですか?」
「はい。そして木こりが『幸せだ』と答えると、突然襲い掛かってきた、と」
「それは、なんとも……」

 危険な話である。質問に答えただけなのに、命の危険にさらされるのか。
 苦い顔をしたあなたたちを見て、職員は「私見ですが……」と続ける。

「あの地域の騎士たちは、よく『この戦いが終わったら、自由にしてやる』と言われていたようです。おそらく、彼らの士気を上げるための言葉でしょう。そのため、『嘘』にひどく敏感になっているのではないでしょうか」
「木こりの言った『幸せだ』が嘘だったから、怒ったってこと?」
「つまり、騎士の問いに嘘偽りなく答えれば、彼らは満足するということか」

 なるほど、とひとつ頷いたところで、出発の準備が整ったようだ。
 あなたたちはA.R.O.A.職員に見送られながら、無人となってしまった村まで行く車へ乗り込んだ。

解説

 騎士の問いに偽りなく答えて、安らかに成仏させてあげてください。

 あなたたちはバレンタイン地方にある村の跡地へと向かい、騎士と遭遇します。
 騎士は必ず『お前は今、幸せか?』と問いますので、それに対して自由にお答えください。
 答えるのは、片方でも、神人・精霊両方でも構いません。

 プロローグでは、娘と別れてしまった騎士となっておりますが、多くの騎士を輩出した村のため、中には妻や恋人、友人等と無念の別れをしてしまった者もいます。
 彼らはあなたたちに、家族や友人を重ねて近づいてくるため、偽りなく答えていただければ騎士は成仏します。
 「幸せ」でも「不幸せ」でも、もっと違った答えでも、それが真実であれば問題ありません。

●村について
 周りを木々に囲まれ、住んでいた家屋もそのままになっています。
 長い年月を経ているため劣化していますが、倒壊までには至っておりません。
 屋根には穴があいて、ガラス窓も割れていますがテーブルやイスはギリギリ使えます。



※個別描写となります。
※手向けの花を買いました。300jr消費します。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております、北乃わかめです。
定義の無いものを相手に伝えるのは、なかなか難しいと感じるときがあります。
自分にとっての幸せと、相手にとっての幸せは違いますもんね。
今回の騎士は、嘘なく答えていただければ納得します。
もしかしたら思わぬパートナーの言葉を聞いて、新たな発見があるかもしれません。
シリアス風味ではありますが、「これが俺の幸せだ!」と堂々と宣言するのも楽しいかもですね。

どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ユズリノ(シャーマイン)

  村の跡地を見て回る
「…僕の村は壊滅はしなかったけどでも人の心には深い傷を残した」
村を追われた人々 騎士様の無念 それらを思い胸が苦しい

騎士様と遭遇したら深くお辞儀をする
問われても胸が詰まりすぐには言葉が出てこない
彼の言葉を聞いている
視線を向けられ僕の番だと一呼吸

「…僕は…僕を受け入れてくれる場所で生きられて十分過ぎる位幸せなのに
 欲張りになっていく自分に戸惑っています」
こんな答えでいいのかと弱気な僕をシャミィが手を握って勇気づけてくれる
「そんな今の僕の至福は彼が繋いでくれる手の温もり…です」
受入れられてると安心するから

成仏の場に立ち合えるなら浄化の祈りを
輪廻の輪に戻り来世で幸せに出会えますように


ルゥ・ラーン(コーディ)
  廃墟家屋の生活の名残が切ない
歩を進め廃墟教会にドキリ
立ち入り …ああ違うあの場所ではない…
気配に気づく「…騎士様…おいでになられましたね」

幸せかの答え
「ええ幸せです この人と定め愛し望み そしてその方の恋人にして頂けたのですから」

彼に触れながら騎士を見据え
「彼は私の導きの星です 生来の力を失い何処へも進めなくなった私を力強い手で導いてくれました」意外そうな彼に笑み
「これからも導かれて幸せに生きていくのだと思います」

嘘を見抜くならこの燻る未来への不安も気づかれるでしょうか
騎士様…愛した人を看取る事になったとしてもそれもまた幸せだと…
足掻きますけどね ふふ
彼と寄添い騎士様をお見送り

「…はい」
彼にもたれ照れ


柳 恭樹(ハーランド)
  幸せかどうか?
そんなもの、(ハーランドに聞かせていいか一瞬躊躇)――知るか。
所詮は主観だ。
俺は、今の自分が幸か不幸かなんて考える余裕は無い。
世間一般から見てどうだろうな?
オーガに父親を殺されて、弟は片目を奪われて。(一度目を瞑り、開く
――そうだな。不幸じゃない。他の悲惨なやつらに比べれば。
けど、幸せとは到底思えない。
俺は、オーガを全滅させるまで。幸せと思う事はないだろう。
(俺は、何もできなかった俺が許せない)

「……」(ハーランドへ何言ってんだこいつ、という視線を向ける
「お前、本当に幾つだ」(胡乱な目つき
こう、人で遊ぶような態度が気に食わないんだろう。俺は。(眉間に皺

「他にいないか見回って帰る」


●教会にて
 ひび割れた窓は煤け、レンガの壁は一部が脆くも崩れていた。家の中を覗けば、テーブルの上には埃かぶった皿やスプーンが二組並んでおり、直前まで誰かいたのではないかと思わせた。
 ルゥ・ラーンはそれらを念入りに眺め、切なげに顔を歪めている。となりを歩くコーディは、そんなルゥをちらりと盗み見た。

(廃墟マニア? ……なんて、そんな表情じゃないか)

 冗談めかした考えをすぐに振り払う。真剣なルゥの視線は、何かを探しているようにも見えた。最初は騎士を探しているのかとも思ったが、建物をじっくり見ている様子からそれは違うのだろうと結論づける。
 では、何をそんなに気にしているのか? きっとルゥは、まだはっきりと答えてはくれないだろう。それが少し、寂しくあるが。

 しばらくそうして二人で歩いていると、村の中心から少し離れた場所にある寂れた教会に差しかかった。
 ピタリと、ルゥの歩みが止まる。

(ここは、もしや……)

 教会を見上げると、色褪せた大きなステンドグラスが二人を見下ろしている。汚れがひどく、外からでははっきりと絵が見えない。
 引き寄せられるように、ルゥは教会に近づいていく。

「……ルゥ? あんまり近づくと――」

 人がいなくなってしまったせいか、教会はひどく老朽化が進んでいた。少し風が吹くだけで、劣化し乾いたレンガが降ってくる。
 ルゥだって充分わかっているはずだったが、今の彼の頭には、顕現前に視たビジョンの教会なのか確かめたいという思いでいっぱいだった。コーディの制止の声も聞かず、教会の傾いだ扉に触れる。

「――おや、」
「ルゥ、気をつけろ。かなり劣化してるみたいだ」

 ぐい、と背後から腕を引かれたルゥが、コーディの肩に凭れる。途端、ルゥが先ほどまでいた場所に、まだ形の残るレンガが崩れ落ちてきた。間一髪、といったところだ。
 ありがとうございます、と謝罪と合わせてコーディに伝えれば、もう一度「気をつけろ」と念を押された。コーディが本当に心配してくれているとわかり、ルゥは素直に頷く。
 それから、コーディの助けもあり教会の扉を開け、中に踏み入った。視界に飛び込んできたステンドグラスには、二人の天使がラッパを吹きながら空へと昇っていく姿が描かれていた。
 ひと際大きなステンドグラスを前に、ルゥは息を吐く。

(……ああ、違う。あの場所ではない……)

 安堵にも似た感情が胸に広がる。例のビジョンでは、ここに似た場所でコーディが瀕死の重傷を負ってしまうのだ。
 まだその時ではないのだろう、そう思うものの、一体いつ起きるのだろうと言い知れぬ不安が滲む。
 そんなルゥの思考を現実へと引き戻すような、鈍い金属音が後方から聞こえてきた。側にいるコーディが咄嗟に一歩前に出て、ルゥを庇う態勢を取る。足元には、倒れてしまった燭台が転がっていた。何かあっても対処できるよう、それを視界の端に収めておく。

「ルゥ」
「ええ……騎士様……おいでになられましたね」

 無理に扉を開けたのか、騎士の肩にはレンガの細かな欠片が散らばっていた。年季の入った鎧は煤け、土と泥で汚れている。手に持った剣は、ところどころ刃こぼれしていた。
 騎士はのそり、と緩慢な動きで教会に入ってきた。二人を見つめ何事か口にしたようだったが、顔全体を覆う冑のせいかはっきりとは聞こえない。だが、問いかけというよりは誰かの名前のようだった。

「ここに現れたという事は、結婚を控えていたとかそんな事情かな?」
「そうかもしれませんね。愛しい誰かと、重ねているのでしょうか」

 そっと耳打ちされた言葉に、ルゥが小声で返す。もしかしたら先ほどの声は、その愛しい人の名前だったのかもしれない。

『君は……今、幸せだろうか?』

 やがて騎士は、そう問いかけた。何かを懇願するような声は、今度はしっかりと二人の耳に届いた。
 想いの定まっているルゥは、一歩踏み出してコーディのとなりに立つ。そうしてまっすぐ、騎士を見つめた。

「ええ、幸せです。この人と定め愛し望み、そしてその方の恋人にしていただけたのですから」

 にっこりと淀みない言葉に赤面したのは、コーディだった。彼の動揺を知ってか知らずか、ルゥはコーディの指先に自らの指を絡め、続ける。

「彼は私の導きの星です。生来の力を失い、何処へも進めなくなった私を力強い手で導いてくれました」
(導きの星……)

 それは、昨年のノースガルドのパーティでルゥから言われた言葉だ。コーディがやや強引に手を引いても拒絶することなく、むしろ楽しそうに過ごしていたルゥ。パズルのピースが当てはまるように、言葉の意味に合点しコーディは言葉を失った。なんだか無性に恥ずかしくて、ルゥをまともに見ることができない。
 精神的にも行動でも導いてくれるコーディを今度はちゃんと見て、その意外そうな表情にルゥは幼気な笑みを浮かべる。それから再度騎士を見据え、言った。

「これからも導かれて、幸せに生きていくのだと思います」
「大げさだろ、そんなんで幸せとか随分お手軽だな!」

 照れ隠しに声を上げるコーディに、ルゥはふふ、と笑みを零す。そんな態度も可愛らしいと、こっそり心の中で言っておく。

『……そうか』

 騎士は一言、そう呟いた。剣は抜き身ではあるが、振り上げられることはない。
 内心、ルゥは少し緊張していた。嘘を見抜く騎士であるならば、もしかしたら心の内にある不安感に気づかれるのではないか、と。
 だが、幸せであると述べた言葉に偽りはない。騎士の体は、窓から差し込む日の光に照らされ、その色を薄くしていく。

『幸せならば、良かった』
(騎士様……愛した人を看取ることになったとしても、それもまた幸せだと……)

 満足そうな騎士が、冑の奥で笑っている気がした。
 愛する人と結ばれなくとも、その人が幸せならば。自分の分まで、幸せになっているのなら。その想いは何となく、ルゥも理解できた。

(足掻きますけどね。ふふ……)

 そっと、コーディに寄り添う。まだ頬に赤みのあるコーディも、何も言わずルゥの肩を抱き寄せた。
 騎士はステンドグラスにいる天使に導かれるように、その姿を消したのだった。

「……ルゥ、僕もひとつ教えとくよ」
「なんでしょう――」

 ルゥのペースに乗せられたままでは癪だ、と。ルゥが振り向いたのを見計らい、ぐっと距離を詰めた。

「結構、キス魔だから」

 ルゥの唇の端に、唇が触れる。驚いて目を見開くルゥを見て、コーディはしてやったりと満足げに口角を上げる。
 はい、とか細く返事をしてコーディの肩に頭を預けるルゥ。そんなルゥのぬくもりを感じながら、コーディはここが教会であると気づいた。
 ステンドグラスの中で舞う天使が、微笑んだ気がした。



●広場にて
 寂れた村の中を歩きながら、柳 恭樹はやや後ろを歩く精霊を窺った。恭樹と同じように騎士を探そうと辺りを見回すハーランドは、恭樹よりも足取りが軽く見える。
 掴みどころのない精霊は、真面目に騎士を探しているようだ。恭樹は視線が合う前に、正面に向き直った。

 あても無く歩いていると、やがて二人は殺風景な広間にたどり着いた。かつて子どもたちの声で賑やかだったのだろうそこには、オーガによって壊された遊具が点在している。

「ようやく姿を現したようだね」

 何が、と問う前に、視界に映った銀色の鎧に恭樹は閉口する。物々しいほどの空気を醸し出すその姿は、この広場にはひどく不釣り合いだった。
 地面に引きずるほど重い斧を片手に、騎士はふらふらと視線を彷徨わせている。遊具のある広場に現れたということは、子を持つ親だったのかもしれない。そんなことを思っていると、騎士の視線は恭樹を捉えた。

『お前は、今、幸せか?』

 声は震えていた。騎士の問いに、ぴくりと恭樹の眉が動く。

「幸せかどうか? そんなもの――」

 僅かな逡巡。
 恭樹はハーランドを一瞥し、短く息を吐く。

「――知るか。所詮は主観だ。俺は、今の自分が幸か不幸かなんて考える余裕は無い」

 吐き捨てるような言葉を、ハーランドは少し離れた位置で耳を澄ませていた。ぶっきらぼうに、それでいてまっすぐ放たれる言葉。横槍は入れぬよう、ハーランドは心の中で同意する。
 幸せなど、他人が推し量れるものではない。騎士もハーランドも、恭樹が幸か不幸かであるかなんて決められないし、決めつけていいものでもないのだ。

(そこに他人が介在する余地等ありはしない)

 そう思い至って、ハーランドは恭樹を見つめた。オーガを根絶やしにしたい気持ちが伝わってくる鋭い視線は、時折ハーランドを睨むこともあるが。
 言葉尻からも瞳からも、発言に偽りがないことはハーランドにもよくわかった。

『幸せでは、ないのか?』
「世間一般から見てどうだろうな? オーガに父親を殺されて、弟は片目を奪われて」

 そのときのことを思い出してか、恭樹が一度言葉を切る。
 静かに閉じられた瞼の裏には、いつかの家族の姿が映し出されていた。殺された父親と、眼帯をする弟と、妹。弟は神人として顕現し、自分と同じくウィンクルムとして生きている。
 恭樹は混じり気の無い空気を吸って、目を開いた。

「――そうだな。不幸じゃない。他の悲惨なやつらに比べれば」

 恭樹の言葉をひとつひとつ掬って飲み込みながら、ハーランドは太陽のような金色の瞳を見つめていた。揺れたのは一瞬で、いつも通りに戻った瞳。

(……何かあるとは思っていたが、そうか。弟が襲われる前に、既に父親を失っていたか)

 今の自分との関係では、恭樹はあまり自身のことを語ることは少なかった。だからこそ、恭樹を知る上でこういう機会は貴重でもあった。
 知識として、恭樹の弟がウィンクルムであることは知っている。恭樹よりも先に、顕現していることも。
あれほどオーガに対して強い思いがあるにも関わらず、弟が顕現したときに何を思ったのか――。ハーランドは恭樹に気づかれぬよう、唇を歪めた。

「――けど、幸せとは到底思えない。俺は、オーガを全滅させるまで。幸せと思うことはないだろう」
(オーガを全滅させるなど、生きている内に成せるかわからないと自分でも判っているだろうに)
(俺は、何もできなかった自分が許せない)
(難儀な男だ)

 不幸ではないが、幸せでもない。
 そんな思いを知り、ハーランドは目を細める。オーガが全滅するまでなど、それでは一生、幸せになれないではないかと。

(だからこそ、その有り様は面白いと思える)

 愉快だ、と。恭樹が知ればまた睨まれそうな感想を抱いたところで、騎士の視線が自分に向いていることに気づいた。
 私の答えも必要か? と、おどけるように肩を竦めて見せる。騎士は黙ったままだったが、ハーランドはそれを無言の肯定と捉え、笑みを深くした。

「幸せだとも。予てよりの望みである神人との契約を成せたのだから」
「……」

 別方向から来る、何言ってんだこいつと言わんばかりの視線に、ハーランドは騎士からそちらへ視線を移動させた。途端、恭樹が苦い顔をする。

「疑っているのか? 半世紀は待っていたのだ。嘘ではない」
「お前、本当に幾つだ」

 半世紀だなんて、つまりは五十年だ。とてもそんな時間を生きていたとは思えない。見た目だけならば、ハーランドは恭樹よりも少し年上くらいにしか見えないのだから。
 考えれば考えるほど胡散臭く思える精霊は、その反応を待っていたと言うようにゆるりと微笑んだ。

「さて。以前と同じで秘密としておこうか」

 飄々と、するりと手のひらから逃れ、いつの間にかこちらを手の上で踊らせているような。
 玩具の如く遊ばれている気がして、恭樹は眉間の皺を深くする。気に食わない、とぐっと寄せられた恭樹の眉間を見ても、ハーランドは何とも思わず、むしろ面白がるように口角を上げるのだが。
 ちぐはぐのようで、妙にバランスの取れているような、そうでないような。そんな二人を見て、騎士は肩の力が抜ける思いだった。

『……不思議なものだ。だが、不幸でないならば、安心した』

 二人の答えを聞いて満足した騎士は、重たい斧から手を放した。がらん、と大きな音を立てて倒れた斧は、騎士の枷だったのかもしれない。途端浮き上がる騎士に、恭樹は僅かに目を開いた。
 見上げ、そろそろ首も痛くなるというところで、騎士は音も無く光に包まれ霧散した。青空の下、光の粒子が舞う。ちらちらと輝くそれらは、地面に触れてあっという間に消えてなくなった。

「どこに行くのだ、恭樹」
「……他にいないか見回って帰る」

 恭樹が広場から離れようと歩き出したのに気づき、ハーランドが声をかける。
 ハーランドに背を向けたまま、恭樹は横顔が見えるくらいまで振り向きそう答えた。言い切って、早々に歩を進める。
 先ほどの騎士に、ハーランドの答えに、そして自らの答えに。何を思ったのか、きっと問うても素直に答えてはくれないだろうが。

「ならば同行するとしよう」

 距離を詰めてきたハーランドに、勝手にしろと恭樹は言う。
 何とも言えない顔をする恭樹を見て、まだまだ観察はやめられないと、ハーランドはほくそ笑んだのだった。



●門前にて

「リノ、辛かったら無理するなよ」
「うん……大丈夫、だよ」

 愛らしいたれ目がさらに下がって、ユズリノの肩を抱き寄せたシャーマインはぎゅう、と胸が締めつけられる思いを感じていた。
 オーガに襲撃され、人々が姿を消してしまった村。きっと以前は、もっと賑やかで、質素でも活気があったのだろうと思うと、ユズリノは思い出してしまうのだ。生まれ故郷である村のことを。

「……僕の村は、壊滅はしなかったけど……でも、人の心には深い傷を残した」

 肩に触れるシャーマインの大きな手のぬくもりを感じながら、思いを馳せる。
 村を追われ、離れるしかできなかった人々。大切な人を守りたかっただろう騎士たちの無念。きっとこの村には、思い出がたくさんあっただろうに。
 それらひとつひとつを思うだけで、胸が苦しくなってしまう。

 二人は言葉少なに歩いた。時には崩れそうな民家を覗き、まだ微かに残る生活の跡を見て。土の乾ききった畑だったところを見て、青々と茂る草や瑞々しい野菜を思い浮かべたり、過去の人々の姿を想像したりして。
 そうしていると、二人はいつの間にか村の入り口まで戻ってきていた。さほど大きくない村だったせいか、一周してしまったらしい。

「あ……」

 だが、目的の人物には会えた。入り口の前で、まるで二人を待っていたかのように騎士が一人立っている。
 上半身を隠してしまえそうなほど大きな盾と、身の丈ほどもある長い槍を携え、騎士は二人を見据えていた。シャーマインは咄嗟に、ユズリノよりも一歩前に出る。

「……騎士様、はじめまして。お邪魔しています」

 敵意が無いことを示すように、ユズリノは深くお辞儀をした。倣って、シャーマインも会釈する。騎士は何も言わなかったが、ぎし、と金属の軋む音が聞こえた。

『あなたは、今、幸せですか?』
「それは……」

 ユズリノは、騎士の問いに押し黙る。幸せ。その単語を反芻するが、うまく言葉がつながらず、まとまらない。答えなければ、そう思うものの、ユズリノは足元に視線を落としてしまった。

「――幸せです!」

 そんなユズリノを見て、声を張り上げたのはシャーマインだった。警戒心を解き、揺らぐことなく騎士を見つめる。
 ぱっと顔を上げたユズリノが見たのは、前に進む意欲の溢れるまっすぐなシャーマインの瞳で。黄金に輝くそれは、期待に満ちていた。

(リノへの愛情を自覚した最近の俺は、葛藤に翻弄されていて)

 自分のために料理を頑張って作ってくれる健気さだとか、肌に触れたときのぬくもりだとか。自制がきかず抱きしめてしまう要素が増えて、どうにか我慢しようと思うようになった。
 以前から感じていたのに、自分の中で燻っていた想いに気づいたのはつい最近だ。

(欲しいのに失う事を恐れ、踏み出せない苛立ちや苦しさの反面、きっとこれが『本物』なんだという予感にワクワクする)

 一歩進んでしまえば、今の関係がガラス細工のように壊れてしまうのではないか。そんな不安感がまとわりついて、言い訳で固めて一線を引いていた。
 だけどいつからか、その引いた線を消そうとして、消せなくて。もどかしいと思う中で、シャーマインは気づいたのだ。こんなにも懸命になっているこの想いこそ、本気で、本当なのだと。
 ――だから。

「更に幸せになる為に、試練に立ち向かっている所です」

 遊びでも偽物でもない、たったひとつの本当を育てるために。これからもっと苦しむかもしれない。つらい思いをするかもしれない。
 でも、シャーマインは決意した。立ち向かい、乗り越えると。
 シャーマインはユズリノへ視線を向ける。次は自分の番だと理解したユズリノは、呼吸をひとつゆっくりと繰り返した。素直な思いを、偽りなく伝えるために。

「……僕は……僕を受け入れてくれる場所で生きられて、充分過ぎるくらい幸せなのに、欲張りになっていく自分に戸惑っています」

 言いながら、この答えでいいのかと小さくなっていくユズリノの声。だが、そんな弱気なユズリノを支えてくれたのは、となりにいるシャーマインだった。

(リノの欲張りの対象が、俺ならいい)

 そっと包み込むように手を握られ、ユズリノの肩が小さく跳ねる。シャーマインのあたたかな想いが、手のひらから全身へと流れてくるようだ。それに背を押されるように、ユズリノは改めて騎士を見つめる。

「そんな今の僕の至福は、彼が繋いでくれる手のぬくもり……です」

 ユズリノはシャーマインの手を握り返した。自分を受け入れてくれるこのぬくもりを、今は放したくないから。
 繋がれた手を見つめ、騎士は冑の奥で目を閉じる。そこには過去の思い出が、走馬灯のように流れていた。

『愛する人を、守れなかった。この手で、守りたかったのに』
「騎士様……」

 沈む声に、騎士の無念さがありありと伝わってきた。
 無慈悲にも、離れ離れになるしかなかったのだろう過去。自分の過去と重なる部分があり、ユズリノの胸の内が憂愁の思いでいっぱいになる。
 だが、騎士は『でも』と続けた。

『あの人も、あなたたちのように、ここで美しく笑ってくれていました』
「ここはあんたの村なんだ。幸せだった記憶だってたくさん残っているだろ」
『はい……思い出させてくれて、ありがとう……』

 冑で表情は見えなかったが、騎士は涙の滲んだ声でそう伝えた。うららかな春の日差しのようにやわらかな光が、騎士を包んでいく。
 無骨な盾と槍が光に吸い込まれる。入り口を守るように立っていた騎士は、青く澄んだ高い空を見上げた。

「きっと、会えると思います。あなたの大切な人と」
『ありがとう……あなたたちも、愛しい人とどうか永く』

 その言葉を最後に、騎士は眩い光に包まれ、瞬きの間に消えてしまった。
 残された二人は、騎士が向かったのだろう空を眺める。あたたかな風が流れ、二羽のすずめが戯れながら飛んでいた。
 ユズリノはそっと、両手を握りしめる。先ほどの騎士と、この村を彷徨っていた他の騎士たちと。それから、この村で暮らしていた人々へ。

「輪廻の輪に戻り、来世で幸せに出会えますように――」

 優しい祈りは、高く高く、広がっていく。
悲しき騎士たちは、かつて村だったそこから姿を消した。もう木こりが怯える心配もなくなったようだ。
 騎士たちのいなくなった村の入り口には、穢れのない真っ白な花がささやかに手向けられていた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 04月21日
出発日 04月28日 00:00
予定納品日 05月08日

参加者

会議室

  • [3]ルゥ・ラーン

    2017/04/27-20:24 

    間際に参加させて頂きます。
    ルゥとコーディです。
    よろしくお願いしますね。

  • [2]柳 恭樹

    2017/04/26-21:08 

    柳恭樹だ。よろしく頼む。

    幸せかどうか、か。(眉を寄せる

  • [1]ユズリノ

    2017/04/26-15:00 

    ユズリノとシャーマインです。
    よろしくお願いします。
    幸せ…かぁ。(隣の精霊チラリ)


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