【堕騎士】愛を謳う(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 空を見上げていた。
 過ぎ去った時間を探すように、風に揺れて千切れていく雲を見つめていた。

 とても穏やかな昼下がりだった。
 何もない大地に佇むその姿への違和感さえなければ、先へ続く道も後ろに残した道も、左右へ延びる可能性すらもが日常の一部だった。


 一組のウィンクルムの気配を感じて、その違和感が音を発した。

「世界の空気はどれくらい変わったんだろうね」

 反響して、こもって、少し聞き取りづらい声だった。
 おそらくは男なのだろうとは思うが、判然とはしない。

 なぜなら、その人は鎧甲冑に身を包み、背丈も肌の色も、髪の色も、性別も年齢も――何も見て取ることができなかったからだ。

「君たちに聞いても仕方ないことだけど……聞かずにはいられないんだ」

 顔を覆いつくした兜が、ウィンクルムを見つめるようにゆるりと動いた。

「長い時間を越えて、俺の知っている人は誰もいなくなった。
 別離はいずれ訪れるものだから、何度も仕方がないんだと言い聞かせようとした。だけど――」

 ぎゅっと握りしめた手を差し出して、その人は指を開いて見せた。
 無機質な手に乗せられた、同じく無機質な指輪がわずかに光を弾く。

「愛した人との別離は、どうやって割り切っていけばいいんだろう?」

 まっすぐに響いていた声は、少しの陰を落としたように聞こえた。

「どれだけ想いを重ねても、愛を交わし忘れた俺は、どうしてもここから動けない。
 ここで、あの人に伝えるべき言葉があったのに、それを果たせないまま時間だけが俺を追い越していったんだ」

 ざぁ、と吹き抜ける風に揺れる世界の景色の中で、その人だけが今もそこに取り残されている。

「きっと、俺にはもう伝えるべき相手はいないんだろうと思う。
 でも、君たちならきっと、俺の伝え忘れた想いの切片を満たしてくれると思うから……」


 ――だから、君たちの愛を聞かせて?

解説

鎧甲冑さんの成仏のために、パートナーさんへ想いを伝えてください。

神人さんから精霊さんへ、精霊さんから神人さんへ、もしくは互いに伝え合うのもいいかもしれません。

本気で愛を語っていただいてもいいですし、新たな、あるいは改めて決意を語っていただいても構いません。
伝える「愛」はどんなものでも大丈夫です。

本気の愛も、日ごろの感謝も、いつかの謝罪も、ひっくるめてきっと愛です。
だから殺伐としてしまったとしても、殴り合いを始めたとしても、たぶん愛です。

鎧甲冑さんが伝えられなかった愛を、ウィンクルムさんが伝え合ってくだされば、きっと成仏してくれるはずです。


※交通費として300Jrが必要です。

ゲームマスターより

日ごろから愛を伝えあっている仲でも、改まって言われるとドキッとしてしまうと思うのです。
そういった、少しのトキメキを重ねていただけたら嬉しいです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

鞘奈(ミラドアルド)

  愛を語れば、なんでもいいのね?
あなたが望むような甘ったるいものじゃないかもしれないけど…

私の相棒はね、こう見えてすごく諦めが悪いの
逆に物凄く諦めがいいときもあるのがムカつくわね

とにかく、諦め悪く─根気よく、私に話しかけてきた
最初はツンケンしてたけど、私も折れて喋るようになった

そしてわかったのは、誰にでも優しくて同じ態度しかとらないの
老若男女問わず、誰にでも親切で優しくてバカ正直
もちろん私にも最初はそうだった

…ちょっと変わってきたのは、私が変われたからね
ミラの、ミラドアルドのおかげで
礼を言うのは私の方

私たちはまだ未完成で未熟だけど、今はいい相棒関係を築いていると思ってるわ
…わたしが語ったのは親愛


リチェルカーレ(シリウス)
  複雑な顔をしているシリウスに ちょっと座って?と
流石に顔を見ながらは恥ずかしい
後ろに立って 背中に手を当て
広い背中にどきりとしながら

あのねシリウス
いつも守ってくれてありがとう
何の取り柄もない私を 選んでくれてありがとう
…大好きよ
だからね もうちょっと待ってて
あなたに相応しいわたしになるから
待ってて

ぽつぽつと返される言葉に 肩に手を
ほんの少しだけ知っている シリウスの子ども時代
「救われている」という言葉には嬉しさと 今までの彼の苦しさを感じて
首筋に抱きつく
そんなことで良ければ いつでもしてあげる
だから約束 ずっと側にいてね

鉄甲冑さんに
貴方の大事な人 きっと待っていると思います
会えたら ぎゅっとしてあげてください


かのん(天藍)
  肩を引き寄せられ妻の言葉に驚き天藍の顔を見上げる
自分の反応に、言い方おかしかったか?と不思議そうな天藍
…おかしくないですし、間違っていませんけれど…
何だか改まって言われると恥ずかしいです…

言われ慣れてない呼称に熱を帯びる頬を手で覆う
恥ずかしい、けど胸の中がくすぐったいような温かいような
はにかんだ笑みを天藍へ

…顕現するまでは、ずっと一人で静かに生きていくのだと思っていました
神人になってウィンクルムとして天藍と契約をして、この数年の間にこれからもずっと一緒にいれたらと思った願いが叶いました
想像すらしなかった力を得て、きっとこれからも大変な事色々あるのでしょう
1つずつ天藍と乗り越えられたらと思います


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  好意をフェルンさんはいつも伝えてくれるのです。
その事ははやっぱり嬉しいです。
私はハッキリ言ってもらわないと解らない所がありますし。
でもその分、自分が感じていることをフェルンさんに伝えられているのかしら、と不安に思います。
言わないと伝わらないってこと、私自身がとても実感しているのに。
いつもフェルンさんに気にかけて貰っているのをとても感謝しています。
大好きって言ってもらうと照れますね。
そう言われると嬉しいと、言ってもらうたびに改めて感じます。
これからも、フェルンさんと一緒に過ごしたい、って。
自分の心が今までハッキリ自覚出来なかったけど。
フェルンさんと居るととてもよく解るようになりました。
幸せです。


イザベラ(ディノ)
  そうか(真顔)
いや、他に何かと言われても…あー。
結婚するか?

愛してるぞ(真顔)

不安がる必要は無い。
私がお前を愛さない筈が無いだろう、ディノ。
お前は自分が思う以上に魅力的なのだ、もっと自信を持て。
(相手の身体に寄り添うと、満足気に腕や肌に触れ)

(心の声:頑健な体躯、力強い剛腕、「精霊」というオーガ狩りの資格、弱者を守ろうとする正義の心。お前の全てが正義の為の物。お前は素晴らしい)

死が我等を別つまで、離れる事など無い。
…否、ウィンクルムの前世の噂が本当ならば、我等は死して尚、来世で再び相見えるのだ。
そうとも。死すらも楽しみにしておけ、ディノ。

(生きてより多くのオーガを狩る、か。素晴らしいぞ)



「そう簡単に割り切れるもんじゃないよな」

 切なげに零れ落ちる鎧甲冑の言葉を拾うように、天藍が応えた。
 彼を――彼らを認めた鎧甲冑は、まるでじっと見つめているようだ。

「俺は天藍だ。それと――」

 自分の紹介はごく軽く済ませたあと、隣に立つかのんに目を向ける。

「かのん、だ。神人で俺の契約相手で……」

 並べた言葉に偽りはない。しかし、天藍は頭を振る。

「いや、それよりも……」

 もっとふさわしい呼び名がある。
 今のかのんの存在を示す、最適な呼び名が。

「これからを共に生きる伴侶、妻、だ」

 肩を引き寄せ、鎧甲冑にそう紹介をする。
 けれど、かのんが途端に天藍を見上げてきた。

「言い方、おかしかったか?」
「いえ……」

 宝石をはめ込んだようなかのんの瞳が戸惑うように揺れる。
 やはりなにか違っただろうか。

「……おかしくないですし、間違っていませんけれど……なんだか改まって言われると恥ずかしいです……」

 朱に染まる頬に手を当て、ふるふると首を振るかのんはひどく愛らしくて、いつまでも変わらない、無垢な少女のようだ。
 そういえば『妻』という呼び方はあまりしていなかった。だからこそ見られた反応で、うれしい誤算だ。
 はにかんだ笑みを向けるかのんに笑みを返し、鎧甲冑に視線を戻した。

「可愛いだろ?」

 と、つい言ってしまいたくなる。

「契約とかウィンクルムとか関係なく、大切なんだ」

 契約があって、ウィンクルムとなったからこその絆はあるだろうと思うが、そんなものがなくても天藍がかのんを大切に想い、愛していることは不変だ。
 どんな道を通ったとしても、どれだけ違う選択をしてきていたとしても、天藍が手を取る人はただ一人。

 天藍の身体に寄り添うようにかのんが触れ、ゆっくりと、迷いのない言葉が紡ぎだされていく。

「……顕現するまでは、ずっと一人で静かに生きていくのだと思っていました」

 花々に囲まれて、美しい世界を見つめながら、一人で静かに――。
 それなりの幸せと、そこそこの未来を描いていたのだろうか。

 肩を抱く手に力が籠る。

「神人になって、ウィンクルムとして天藍と契約をして、この数年の間に『これからもずっと一緒にいれたら』と思った願いが叶いました」

 それは天藍も同じだ。
 ずっと同じ未来を見て、かのんと共に生きる未来を描いていきたいと思った。

「想像すらしなかった力を得て、きっとこれからも大変なことが色々あるのでしょう。
 ――ひとつずつ、天藍と乗り越えられたらと思います」

 かのんの真摯な言葉を聞き終えると、鎧甲冑は天藍に顔を向けた。
 君はどうだ、と問うように。

「出会って、契約して今まで、正直あっという間だった」

 それこそ、瞬きをするほどの刹那。出会った時のことはまるで昨日のように思い返されていく。

「今までよりも二人で過ごした時間のほうが長くなって、いつか皺くちゃの爺婆になっても、かのんと生きていけたらと思う」

 生きてきた時間よりも長い時間を二人で生きて、出会ったころと変わらず何度も胸を高鳴らせ、何度も恋に落ちて、愛していく。
 どんなものからも、かのんを守っていく。

 そうか、と満足げに鎧甲冑は頷いた。

 ――しかし。

 守るために力は必要だが、新しくA.R.O.A.から発表されたオーガナイズ・ギルティは危うさを含んでいると感じる。
 なにかのはずみで、天藍がかのんを傷つけてしまうかもしれない。そんなことになれば――。

 怖くないはずがない。

 だからこそ。

 ――己の意思で御せるようにできれば……。

 ぐっと握りしめた拳には、天藍の強く、揺るぎない意思が込められる。




「愛……また縁遠いものがきたね」

 ミラドアルドはひとつ唸ったあと、鞘奈を見遣る。
 鎧甲冑が求めているものと、彼らの関係は少し違うように思えたからだ。

「どっちが語る――」
「愛を語れば、なんでもいいのね?」

 言いかけたミラドアルドの言葉が終わるより早く鞘奈が口を開いた。

「君が?」

 驚きを隠せない。
 まさか鞘奈が愛を語ろうとするとは思っていなかった。

「いけない?」
「も、もちろんいいけど」

 ミラドアルドも、揚々と語る愛はすぐに出てこなかったし、鞘奈がどんな『愛』を語るのか興味もあった。

「あなたが望むような甘ったるいものじゃないかもしれないけど……」

 そう断ったうえで、鞘奈は言葉を続ける。

「私の相棒はね、こう見えてすごく諦めが悪いの」

(相棒って呼んでくれた)

 すかさずミラドアルドが胸中で鞘奈の言葉を拾い上げる。
 相棒と呼ばれると、やはりうれしい。

「逆にものすごく諦めがいい時もあるのがムカつくわね」

(ああ、サヤナそれはただの悪口だよ……)

 今度は一転して突き落とされた気分だ。
 愛ってなんだろう、とか、次はなにを言うんだろう、とか、ミラドアルドは気が気ではない。

(こんなにハラハラするって……)

 次の言葉を聞くのが怖いと思いながらも、じっと鞘奈の言葉を待つ。

「とにかく、諦め悪く――」

(やっぱりそこ……)

 額を抑えかけて、鞘奈がわずかに首を横に振ったことに気づいた。

「根気よく、私に話しかけてきた」

 言い直した言葉に、ミラドアルドが息をのむ。
 たかが言葉ひとつ。されど――だ。

「最初はツンケンしてたけど、私も折れて喋るようになった」
「ツンケンしてた自覚はあったんだ」

 思わず言えば、鞘奈に鋭く睨まれ、視線を逸らす。

「でもあの時の、僕が喋りっぱなしも、今では懐かしいよね。出会いとか最悪だった。傑作だよ、あれは」

 思い返して、懐かしいと思うと同時に可笑しくもなる。

(……まぁ、今だから笑い話になるんだろうけど)

 どんな最悪な出来事も時間が過ぎれば思い出となって、懐かしく笑える日が来る。
 二人の出会いがそうであるように。

「喋るようになって――そしてわかったのは、誰にでも優しくて同じ態度しかとらないの。
 老若男女問わず、誰にでも親切で、優しくて馬鹿正直。もちろん私にも最初はそうだった」

 否定はできない。
 ミラドアルドは「そうだね」と一度頷いて、でも、と続けた。

「たしかに八方美人なところは認める。誤解させたこともあると思う。でも、サヤナは特別だよ」

 最初は同じだった。
 誰とも変わらない、同じ態度で接していたけれど――。

(でも、今は違う)

『特別』の一言が、彼女にはどう受け止められたのだろうか。
 言葉を探して、紡ぎだす鞘奈を見つめる。

「……ちょっと変わってきたのは、私が変われたからね。ミラの、……ミラドアルドのおかげで」

 色を灯すような感覚がある。
 それはわずかずつかもしれなかったけれど。

「僕も、サヤナのおかげで変われたよ。ありがとう」
「礼を言うのは私のほう」

 少しずつ、二人の色が灯っていくのだ。

「私たちはまだ未完成で未熟だけど、今はいい相棒関係を築いていると思ってるわ」

 鞘奈が鎧甲冑をまっすぐに見て、これが二人の愛なのだと告げる。

 親愛――?

 問いかけた鎧甲冑に、鞘奈は頷いた。

「……私が語ったのは親愛」

 その隣でミラドアルドは少しだけ複雑な顔をしていた。

(親愛か。僕としてはもっと……いや……)

 確かに感じる鞘奈からの信頼。
 それが心地いい。
 だから――。

(今はまだこのままで)




「あの、イザベラさん!」

 最近、より強く感じる、イザベラを想う気持ち。
『愛を』と言われて、途端にあふれ出した想いは、伝えられずにはいられなかった。

 イザベラの瞳がディノに向けられる。

「俺…………俺……あの、ええと……あ、貴方のことが……その……」

 伝えられずにはいられないのに、言葉はうまく出てこないものだ。
 何度もつっかえそうになる言葉を吐き出しながら、ディノは大きく息を吸った。

「…っ……………好きです……」

 真っ赤になりながら、最後の一言を絞り出す。
 ばくばくと心臓が早鐘を打つ。
 時間が止まったのではないかと思うほど長い一瞬。そして――。

「そうか」

 時間を動かした、短い言葉。
 イザベラは、至極まじめな顔をしていた。

「そ、それだけ?」
「そうだが」
「もっとなにかほかに言うことがあるんじゃ……」
「いや、ほかになにかと言われも……」

 探るように思案するイザベラが「あー」となにかを思いついたようにつぶやくと、すぐにディノへ視線が戻った。

「結婚するか?」
「しません」

 即答した。
 たしかになにかないかと聞いたのはディノだし、イザベラはなにかを言ったのだが、とても違う気がする。

「イザベラさんは……俺のこと、どう思ってるんですか?」
「愛してるぞ」

 即答された。
 しかも、真顔で。

「……………………。……そうですか……」

 イザベラは冗談を言う人ではないから本音なのだと思う。
 しかし、あまりに淡白すぎて、虚しく、不信しか残らない。
 愛していると言われてこんなに不安になることなどあるだろうか。

 そんなディノの心を見透かすようにイザベラが口を開く。

「不安がる必要は無い。私がお前を愛さない筈がないだろう、ディノ。
 お前は自分が思う以上に魅力的なのだ。もっと自信を持て」

 ディノに近づき、そっと身体に寄り添うとイザベラは腕や肌に触れた。
 どきりと鼓動が跳ねて、おそるおそる目を向けると、イザベラは満足げな表情を浮かべていた。

「魅力的、ですか……」
「そうだ。お前は魅力に満ちている」

 不安など、一瞬で吹き飛ぶ言葉だった。
 憧れ、恋慕を抱く相手に魅力的だと言われて喜ばないものはいない。
 しかもイザベラのこの満足げな表情。触れてもらえる喜び。
 ディノの心は舞い上がっていく。

 が――。

(頑健な体躯、力強い剛腕、『精霊』というオーガ狩りの資格、弱者を守ろうとする正義の心。お前のすべてが正義の為のもの。お前は素晴らしい)

 イザベラの胸中はディノが思うものとは少し違った。

「死が我等を別つまで、離れることなどない。……否、ウィンクルムの前世の噂が本当ならば、我等は死しても尚、来世で再び相見えるのだ」
「来世でも……」
「そうとも。死すらも楽しみにしておけ、ディノ」

 深く頷くイザベラに、ディノは内心で力強く拳を握って、おそらく突き上げていたことだろう。
 ふるふると歓喜に手が震える。
 そんなふうにディノのことをイザベラが思っていてくれたと知れて、ディノはますます浮き立つ。

 来世という不確定で曖昧なものを、イザベラは信じてくれている。
 そして、その未来もディノと共に――。

 これで死すら怖くない。
 死すら、怖く……。

「あっ、でもやっぱり、死ぬのはちょっと……」

 来世がどうとか、死がどうとかではなく、では死のうと前向きに言われたりしたら困る。
 だから。

「長生きしましょうね。……二人で」

 二人で長生きをしよう。


 しかし――。

(生きてより多くのオーガを狩る、か。素晴らしいぞ、ディノ)

 イザベラの胸中は、やはりディノの思うものとは少し違うようだった。




「残された者の辛さはよくわかる」

 フェルン・ミュラーは鎧甲冑を、なにかを重ねるように目を眇めて見つめる。
 いつかの彼ら。
 あの日の自分。
 それらがすべて重なるような錯覚さえ覚える。

「俺も親友とそのパートナーを亡くしたから」

 尊敬し、憧れていた人。
 永遠に続く気がしていた、彼らとの時間はある日、あっけないほどあっさりと手のひらから零れ落ちていった。

 失って、気づくことは山のようにある。
 その時では遅いのに、その時にならなければ気づけないのだ。

「彼らに伝えておけばよかったと思うことが今でもたくさんある」

 感謝や、彼らと過ごした時間がとても楽しかったこと。
 一緒にいるから、同じ時間を共有しているから、その気持ちは伝わっていると思っていたし、わかっていると思っていた。
 けれどそれはとても漠然としたもので、彼らがいなくなって、なぜ言葉にしなかったのだろうかと感じてしまう。

「亡くして切実に感じたのは、これ――こういう気持ちはこまめに伝えたほうがいいってこと」

 伝えなければ伝わらないし、言葉にしなければ伝えられない。
 いつか、ではなく、その時を大切にしなくてはならないと、痛いほど思う。

「だから俺は、ミズキに愛を伝えるのを躊躇しないよ」

 躊躇しない――。
 その言葉のとおり、フェルンは隣に立つ瀬谷 瑞希という存在を抱きしめた。

「君のことが大好きだし、一緒にいるととても楽しいし、これからも共に過ごしたい」

 しっかりとした声音で紡がれていく言葉。
 はっきりと言われなければ伝わらないことがある瑞希にとって、まっすぐなフェルンの言葉はいつも心の真ん中に落ちるように降ってくる。

 抱きしめられた腕の中で、瑞希はフェルンの胸に手をそっと当てる。

(私の感じていることは、フェルンさんに伝えられているのでしょうか……)

 ちゃんと、ただしく、思うとおりに。
 少し、自信がなくなる。

 言葉にしなければ伝わらないことを実感しているのは瑞希自身だと言うのに、それがうまくできている自信がない。
 いつも気にかけて、言葉にしてくれるフェルンに感謝をしている。
 けれどその感謝は彼にどれくらい伝わっているのだろうか。

 大好きだと言われて、照れてしまうことも。
 ありがとうの一言も。

「うれしいです」

 瑞希の声がぽつりと漏れた。

「そう言われるとうれしいと、言ってもらうたびに感じます」

 伝えられる『大好き』に、瑞希の心はいつもうれしくなるということを。

「これからも、フェルンさんと一緒に過ごしたい、って。
 ……自分の心が今までハッキリ自覚できなかったけど、今、強くそう思います」

 大げさでしょうか、と照れたようにつぶやく瑞希に、フェルンは首を横に振る。

「大げさに伝える程度で、ちょうどいいぐらいさ」

 先ほどより強く、瑞希を抱きしめる腕に力が込められた。

「フェルンさんといると、自分の心がとてもよくわかるようになりました」
「うん。これからも一緒に過ごして、ミズキの笑顔が増えていくの、いいなと思う」

 その笑顔を見つめていられることが幸せだ。

「……幸せです」

 心を読まれたのかと思うほどの絶妙な間で、瑞希の声が謳う。
 幸せだ、と。

「ありがとうございます。私は、とても幸せです」
「俺も、とてもうれしいよ」

 瑞希が幸せだと言ってくれることが。

「君と出会えてよかった」

 ――君が幸せでよかった。
 もう、伝えなかったことを悔いたりしたくはないから、何度でも君に伝えよう。

「君が大好きだよ、ミズキ」

 彼女の額にキスを落とす。
 ありがとう、と大好き、の言葉と共に。




 彼のその境遇に感じる部分はある。
 しかし、だからと言って言葉が出てくるわけではない。

 なにも言えずに黙り込むシリウスの袖を、リチェルカーレがそっと引く。

「……?」
「ちょっと座って?」

 リチェルカーレの顔を見るよりも先に、座るように促された。
 言われるままに応じるシリウスが座ると、その背中にリチェルカーレが手を当てる。

 まるでその刹那を待っていたかのように心臓が高鳴った。
 二人の鼓動が、同じ音律を刻むようにとく、とくと重なっていく。

「リチェ……」
「見ちゃダメ」

 振り返ろうとするとリチェルカーレに怒られ、仕方なくシリウスは前を向く。
 手の温もりに、寄り添うようにつけられた額が温度を伝えてくる。
 祈るような彼女の姿が手に取るように、目に浮かぶように、鮮明に見えた気がした。

「あのね、シリウス」

 ゆっくりと、優しく、柔らかに声が零れる。

「いつも守ってくれてありがとう。なんの取り柄もない私を、選んでくれてありがとう」

 彼女はきっと、本当に知らないのだ。
 ただ側で笑ってくれるだけで、シリウスの救いになっていることなど、まるで。
 だからなんの取り柄もないと言えてしまう。そんなことは、ないのに。

「……大好きよ」

 吐息のように零れ落ちた声に、そっと目を閉ざす。
 心地いい声が真っ直ぐな愛を紡ぎ、穏やかな熱を持って傾けられる。

「だからね、もうちょっと待ってて。あなたに相応しいわたしになるから、待ってて」

 そんなことは――。
 ゆっくりと瞼を持ち上げた。
 思うよりも言葉にするべきだと、そう感じたから。

「……いつも助けられている」

 ぽつり。

「お前に会うまでは、自分がだれかに頼るとか、助けられるとか……思っていなかった」

 ぽつり――。
 返す言葉に、リチェルカーレが頷くように肩に手を置く。
 彼女が知るシリウスの過去は少しだったけれど、それでも、そんなシリウスの心を見透かしているのではないかと思うことも一度や二度ではない。
 ただ、それが彼女にとっては当たり前で、自然で、無意識だと言うだけのこと。

 肩に置かれた手に、自分の手を重ねて、その小ささにシリウスはわずかに息をのむ。
 この小さくて、どこまでも大きな温もりを持つ人が、リチェルカーレという人。
 確かめるようにその手を握ると、シリウスは安堵するように目を閉じた。

「――俺が大事だと思ったものは、全部壊れていくような気がして……大切なものを作っては駄目なんだと、ずっと思っていた」

 瞼の裏に浮かぶ光景に何度も苦しんで、戒めるように大切なものを遠ざけてきた。

「だけど、お前が側にいてくれて、笑ってくれて……それだけで俺は救われている」

 首筋に、腕が絡みつく。
 うれしい、と告げているようで、それと同時に、シリウスの苦しみも感じているようで――。

「そんなことでよければ、いつでもしてあげる」

 いつでも笑ってくれる人。
 彼女はいつも強く、温かい。

「だから約束。ずっと側にいてね」

 張りつめていた空気を和らげると、表情も自然と緩んだ。
 シリウスはリチェルカーレの手に指を絡ませて頷く。

「――約束する」


 シリウスを大切そうに、ぎゅっと抱きしめたリチェルカーレが鎧甲冑に目を向ける。
 青い瞳が浮かべる穏やかで優しい表情を、じっと見つめ返しているようだ。
 リチェルカーレはそんな鎧甲冑にも、迷いなく言葉を与える。

「貴方の大事な人、きっと待っていると思います」

 だから――。

「会えたら、ぎゅっとしてあげてください」

 シリウスを抱きしめながら、リチェルカーレは満開の花のように笑顔を浮かべた。



 ――ああ……。
 あの人は、今もどこかできっと待ってくれている……かな。
 君たちのように愛を交わして、伝え忘れた言葉を告げて、そして……。

 抱きしめてあげたい。
 
 ありがとう、君たちすべてのウィンクルムに感謝する――。



 ゆっくりと昇華していく魂の残滓を見送って、シリウスはリチェルカーレにぽつりとつぶやく。

「……振り返ってもいいか?」
「うん……いいわ、大丈夫よ」

 顔を見るのが恥ずかしかったから、少し強めに怒ってしまったけれど。
 振り返ったシリウスは、ぎゅっとリチェルカーレを抱きしめた。

「……大好きよ、シリウス」

 伝えた想いを、もう一度言葉にする。
 その声に応えたのは、より強く込められた彼の腕だった。



依頼結果:成功
MVP
名前:リチェルカーレ
呼び名:リチェ
  名前:シリウス
呼び名:シリウス

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月15日
出発日 04月23日 00:00
予定納品日 05月03日

参加者

会議室


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