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『吸血鬼ノ鎮魂歌』

リザルトノベル【女性側】失楽園からの救出劇

失楽園からの救出劇

メンバー一覧

神人:ユズリア・アーチェイド
精霊:ハルロオ・サラーム
神人:リーア・スフィア
精霊:フーレイ・ヴァレム
神人:零鈴
精霊:ゼロイム
神人:アデリア・ルーツ
精霊:シギ
神人:井垣 スミ
精霊:雨池颯太
神人:真衣
精霊:ベルンハルト
神人:マーベリィ・ハートベル
精霊:ユリシアン・クロスタッド
神人:向坂 咲裟
精霊:カルラス・エスクリヴァ
神人:菫 離々
精霊:蓮

リザルトノベル

 ギルディ・ガルデンの黒き森に、生ぬるい風が吹く。
 頭上では枝葉が、足元では丈の長い雑草が、ざわざわと音を立てていた。
 そこを照らすのは、欠けた月の明かりのみ。

 その異様な空気に、リーア・スフィアは、ぶるりと身震いをした。
「大丈夫だよ、おねえちゃん! みんなで協力すれば絶対たおせるよ!」
 雨地颯太が、にこりと微笑む。
(そうだよね、誰にでも初めてはあるよね。ボクはちょうど、初戦がデミ・ギルディになっちゃっただけだ……)
 リーアは、左腕の腕章にそっと触れた。
 デミ・ギルティが支配する村の人たちが、互いを見知っているとは限らない。合言葉はあるが、知るのは一部の人だけだろう。
 腕章は、リーアたちが、村人を助けに来たウィンクルムであると示す証だった。
「一応、村人は森に入ってこないように周知したがね」
 ゼロイムが、一同に告げる。
 なにせ相手はデミ・ギルティ。村人を護りながら戦うのは、危険すぎると考えてのことだった。

●デミ・ギルティ:ネロ

 誰もが闇に目を凝らし、少しの物音でも聞き逃すまいと、耳をすましていた。
『叛逆ノ黒外套』を着ているマーベリイ・ハートベルも、然り。
(デミ・ギルティは、どこにいるんでしょう……?)
 鬱蒼とした木々の間には何も見えず、動物の咆哮も、足音も聞こえない。
 だが身にまとう外套が、禍々しい気を告げていた。
(あっちに、敵が……?)
 息を止め、じっと闇を見つめる……と。
 ――がさり。
 右斜め前方の草むらが、大きく動いた。その向こうに、黒い影。
「あそこに、敵が!」
 マーベリィが指さしたところから、タタタと少年が駆けてくる。
 顔の半分を布で隠した金髪。ネロだ!

 マーベリィは、素早くインスパイアスペルを唱えた。
「――花の真心を尽くします」
 少女の声に、ユリシアン・クロスタッドのそれが重なり、手の甲に、柔らかな唇が触れる。
 と、マーベリィの背に、輝く光の翼が現れた。
 セイクリッド・トランス。女神ジェンマより授かりし力である。

「何をしたか知らないけど、君の血をもらうよ!」
 勢いよく直進してくる少年を、マーベリィはひらりと避けた。
 くるり、踵を軸に、ネロが振り返る。
 その顔をめがけて、一気にソードを振り下ろすマーベリィ。右に飛ぶネロ。そこにすかさず、蓮の太刀『婀娜の蛟』の刃が迫る!
 ウルフの頭部に似た形。青白い光を放ったそれは、大きく口を開いて、少年の体に襲い掛かった。
「ぐっ……!」
 背をそらし、ネロが攻撃を回避する。
 が、続くユリシアンの弓撃は逃れられず。白き弓『スノーラビット』から放たれた矢の一本が、左の手首に突き刺さった。
「くそうっ!」
 矢を引き抜き、ネロが、木の陰にいるユリシアンを見やる。
 が、彼が次のターゲットに選んだのは、遠方にいるガンナーではなく、近くにいる蓮だった。
「君たちは、僕の餌になるべきなんだっ!」
「わっ!」
 ネロの一撃。咄嗟に飛ぼうとした蓮の足に、長い雑草が絡みついた。体勢を崩したところに、ネロが覆いかぶさる。
「ハチさんっ!」
 菫 離々は、愛の女神のワンド『ジェンマ』を手に、蓮に駆け寄った。
「ハチさんを離してくださいっ!」
 震える手でワンドを握り、ネロに立ち向かう。
 ぎろり、ネロの赤い目が離々を向いた。が、それは一瞬。
 彼は離々を無視し、蓮の首元に牙を立てるべく、顔を寄せていく――。

「お嬢、来ないでくださいっ!」
 蓮は、太刀の柄をきつく握った。
 が、両手剣を片手で扱うのは辛い。刃先まで安定して、持ち上げることができないからだ。
(どうする、どうしたらっ……?)
 ――と。ネロの顔が歪む。
 がら空きになった背に、ユリシアンの放った矢が突きささったのだ。
「痛いじゃないかっ!」
 ゆらり、ネロが起き上がる。その視線は、当然、ユリシアンに。

 マーベリィは、汗で滑る手で、ソードの柄を握りなおした。
(この力が使えるのも、あと少し……だったら!)
 狙うは、ネロ本人が警戒している顔ではない。脚だ!
 ネロはまさか、背後から、弱点とは反対の低い位置を攻められるとは思わなかったのだろう。
「あっ!」
 動きが遅れ、脛に一筋の赤が散る。
 しかし、彼にとっては、些細な傷だ。証拠にネロは、傷ついた足を高く上げた。
「うざいっ!」
「きゃああっ!」
 構えた盾ごと蹴られ、吹っ飛ぶマーベリィ。
 その体が地面に叩きつけられるぎりぎりで、ユリシアンが受け止めた。
「大丈夫かい、マリィ……」
「ユリアン様……! ユリアン様こそ、平気ですかっ」
 痛みに顔をしかめながら、マーベリィは身を起こした。背中を地面に打ちつけたユリシアンは、顔を歪めながらも、笑顔をつくる。
「大丈夫だよ、マリィは羽のように軽いから」
 マーベリィは、安堵の息を吐いた。
 が、その体からは、力が抜けていく。タイムリミットだ。
「マリィはその辺の木の陰で、休憩でもしておいで」
 優しく告げ、ユリシアンが立ち上がる。

 一方ネロは、蹴り飛ばした少女が起き上がるのを見、ぎりと歯噛みした。
「くそっ、どうせなら飛ばすんじゃなく、血を吸えばよかった!」
「吸わせるかよっ!」
 蓮が、青白く輝く太刀を振り上げ。
「こちらも加勢するよっ!」
 ユリシアンが、ネロに向かって矢を放つ。
 体をひねり、あるいは左右に飛んで、ネロは、二人の攻撃をあっさり避けた。
「懐中電灯は、女が持つひとつだけ……。どうせ、たいして見えてないんでしょ?」
(そうだ、この暗さに対し、圧倒的に光源が足りない……)
 そうなれば、弓で狙うのは、限界がある。それをネロは、わかっているのだ。
「ほらほらほら、近付いちゃうよっ! 血を吸わせてよね!」

 ネロはユリシアンに向けて、全速力で駆けてきた。
 なんとか音を聞き分け、再び矢を放とうとするも、狼少年の動きは速い。
「はい、いただきますっ」
 ぐあっと開いた口の中。尖った牙がぎらりと輝く。
「――ユリアン様!」

 誰もが息を飲んだ瞬間。
「これなら、どうかしらね!?」
 井垣 スミが、時の砂『輝白砂』の砂時計をひっくり返した。運がよければ、敵は気絶をするはずだ。
 ――が、ネロの動きに変化はない。
(もっと近ければこれが使えるんだけどね……)
 スミが、手に持った宝玉『魔守のオーブ』を握りしめる。その横を。
「まかせて、ひーばあちゃん!」
 グレートソード『バーリー』を手に、颯太が走り抜けた。
「いっくぞおお!」

 颯太は両手剣を振りかざし、ネロに飛びかかった。
 はっと顔を上げ、背後に飛ぶネロ。颯太の刃は空を斬る。が、ユリシアンは守れた!
「それならやっぱり、女の子かな!」
 ネロが再び、マーベリィを狙う。
「マリィ!」
 ユリシアンが、矢を放つ。それはネロの背に、深く刺さった。さらには、颯太の剣も、敵の肌を削り取る。
「はぁ? なんで当たるんだよっ!」
 溢れる血。少年の体が、みるみる狼に変わっていく。

(ダメっ! あっちは――)
 戦いを、遠くから『マグナライト』で照らしていた離々には、ネロが村に向かったことが、はっきりとわかった。
 森には誰も立ち入らないようにと、事前にゼロイムが注意してくれてある。でも、ネロが村に行ってしまっては、意味がない。
(それなら、ここで引きつけるしかないですね……)
 離々は、胸いっぱいに息を吸い、口を開け――。
「きゃあああっ!」
 わざと、大きな声を上げた。点灯したライトを、力の限り遠くに放り投げる。
(これで、デミ・ギルティは、ライトの方に向かうはず――)
 だがネロは、『マグナライト』の明かりではなく、草に隠れた凜々を目指して進み始めた。狼の鼻には、彼女の匂いがしっかりと届いていたのだ。

 その狼の前に、蓮が立つ。
「行かせませんっ!」
 ネロは「オオン!」と吠えると、四足で大地を蹴り、蓮に飛びかかった。
 蓮が、青白き光をまとう太刀で、がら空きとなった狼の腹を狙う。
 が、既に多くの血を流しているネロも必死。
 彼は身をよじって刃を避けると、蓮の腕に、がぶりと噛みついた。
「うっ……!」
 じゅうじゅうと、蓮の血を吸う吸血狼。それを蓮は、腕を大きく振って振り落とした。
「はっ……やられました、ね……」
 草の間に着地したネロが、真っ赤に染まった口を歪める。まるで、笑っているかのようだった。狼は、再び村に向けて、走り始める。
 すぐに追いかけようとする蓮の手首を、離々が掴んだ。
「私の力を、持って行ってください!」
 そう言って、蓮の頬にそっと口づける。
 力を分け合い、彼をサポートする。それは離々自身が武器を取ることよりも、よほど、彼の支えになれる気がした。
「ありがとうございます。無駄にはしません……!」
 蓮が離々に、礼をする。その後彼は、ネロを追って走り始めた。

●デミ・ギルティ:ラギウス

 黒き森の、闇の中。
 遠くで、戦いの音がする。
 仲間が、戦っているのだ。
(もう一人はどこにいるんだろう……)
 点灯した『マグナライト』を持った向坂咲裟は、『叛逆ノ黒外套』の胸を、ぎゅっと握った。
 これを着ていれば、周囲に満ちる殺気がわかるという。ならば、敵がいる場所が、見つけられるはずだ。
 だが、デミ・ギルティの気配は感じない。
(……でもきっと、あっちは匂いで、ワタシたちがいる場所はわかっているのよね)
 さやさやと吹く風が、髪を揺らす。ここがギルディ・ガルデンでなければ、ただの山の中であれば、平和そのものと言っても過言ではないと思えるほど、静かな空気だ。
 ――と。
 急に、咲裟の胸がざわつき始めた。がさがさと、なにかが草を分ける音がする。
「そこね!」
 咲裟は森の一点に、『マグナライト』の光を向けた。
 そこにいたのは、顔の半分を隠した黒髪の少年。ラギウスだ。
「いらっしゃい、二度目だよね。ようこそギルディ・ガルデンへ」
 ラギウスはにこりと微笑んだ。
 顔が隠れていなければ、人好きのする笑みにも見える。
 だが、彼はデミ・ギルティ。この態度も、余裕の表れなのだろう。
「馬鹿にして……」
 アデリア・ルーツが、『マグナライト』をラギウスの顔に向ける。
「おや、そんな怒った顔をして。僕はこんなに笑っているのに。見えるよね?」
 ラギウスが、すうっと目を細めた。
 それが、開戦の合図。

「みんな、気を付けて!」
 カルラス・エスクリヴァを中心に、防御力を向上させる聖域が生まれる。
 シギはすぐさま、ラギウスに向かっていった。
 デミ・ギルティがどれほどのものだとしても、要は、攻撃に当たらなければいいのだ。
 それならと、自らの分身を出現させ、そろって身構える。
 しかしラギウスは、余裕の態度。
「へえ、面白いね。どっちが本体か、当ててあげる」
 右手を狼のそれにして、一体に振り下ろした。
 あっさり消滅したのは、分身。ラギウスの手が、今度はシギに伸びる。
「じゃあこっちの血をもらおうっと」
「そんなことさせないわっ!」
 真衣は『マグナライト』の光を短剣『クリアライト』に反射させ、ラギウスの目くらましを狙った。が、これがなかなか難しい。
 背後に飛び、距離をとったシギが、手裏剣『サクリティ』を投げる。
 刃は景色と同化して、ラギウスに向かって行った。
 しかし敵はそれを難なく交わし、じろり、真衣を見る。
「やっぱり血を吸うなら、小さい子の方がいいよね」
 言うなり、地面を蹴って真衣に向かうラギウス。
 その横面を、宝玉銃『フルムーン』の銃口が狙う。ベルンハルトだ。
 ガガガ、と飛び出る銃弾に追われ、ラギウスは素早く飛びずさった。
 弾は、狙った箇所には当たらないかわり、肩や腕をかすめた。
 裂けた肌から、血が溢れる。
「……痛いよっ!」
 怒りに満ちた赤い瞳が、ベルンハルトを睨みつけた。
 でもそれは一瞬だけ。彼は真衣へ向かうことをやめない。どうしても、血が欲しいのだ。
「させるかっ!」
 再びトリガーを引く、ベルンハルト。
 そのうちの一発が、ラギウスの足を打ち抜いた。
「ぐあっ!」
 呻く、少年デミ・ギルティ。

 シギは、ラギウスに纏わりつくように、彼のまわりを揺れ動いている。
「ちょっと、邪魔なんだけどっ!」
 足から血を流し、苛立ちまぎれの狼の爪が、シギを追う。
 だが幻影と本体がうまく入り混じり、傷をつけるに至らない。
 ラギウスは、攻撃を受けた分、動きが緩慢になっているのだ。
 当然その間に、真衣は場所を移動している。
「ああ、もうっ!」
 ラギウスは、地団駄を踏んだ。
「むかつく、みんな消えなよっ!」
 暗い空に向かって叫ぶ少年の体が、毛に覆われた狼へと変わっていく。
 獣になったラギウスは、一声高らかに吠えると、くんと鼻を鳴らして、その場を走り出した。

「もしかして、村へ!?」
「ダメよっ!」
 アデリアと、咲裟が叫ぶ。
 シギはすぐに、雑草の中の狼を追って、走り出した。
 が、ベルンハルトは、振り返り。
「真衣!」
 呼ばれた一言で、真衣は自分が、何を望まれているかわかった。
 背を曲げたベルンハルトの横で、背伸びをして、頬に口づける。
「頑張って、ハルト」
 言えば彼は、いつものように、微笑んだ。
「ああ、行ってくる」

●村近く、ネロとの交戦

 森に近い村の入口で、ユズリア・アーチェイドは周囲を警戒していた。
 少し先では、『オーガ・ナノーカ』が、があがあと声を上げて動いている。
 ただ、闇のせいで、姿は見えないのだけれども。
(前衛の方が頑張ってくださっているのでしょうが……)
 信じている。けれど、胸がざわついていた。
「あんた、本当に大丈夫だろうね?」
 これまでギルティに怯え暮らしてきた人々は、ウィンクルムに、疑念を向けていた。
「ええ、もちろんですわ。――希望、といえば、おわかりでしょうか」
 ユズリアは、かつてウィンクルムが訪れた際に使用した合言葉を、口にする。
 もし村人になにか問われたらこれを言うようにと、言われてきたのだ。
 老人が目を見開く。
「それはっ……!」
 彼はぐっと唇を噛んだ後、村人を向き直った。
「みんな、この人を信じるんだ。今度こそ、私達は救われる」

 一方ハルロオ・サラームは、ユズリアとは反対の方角に目を凝らしていた。
 敵はこれまで、ギルディ・ガルデンで暮らしてきたデミ・ギルティだ。
 もしかしたら、村人の人数すら、熟知しているかもしれない。
(なら、ピンチになれば、真っ先に『食事』に来るよな)
 森には、緩やかな風が吹いている。木々の枝がさざめき、敵の足音を消してしまっていた。
 それでも……いや、だからこそ、闇に目を凝らす。
 ――と。
(……光った?)
「ユズ吉!」
 呼ばれ、ユズリアは振り返った。
 装着している『オルガコープ』が、ピピピ、と小さな音を立てる。
 試作品のそれはどこまで信じていいかわからない。が、スコープには『A』と表示された。
「これは……」
 ぞわりと背筋に寒気が走る。

「来たっ!」
 ハルロオが、ネロがいる森へ向かって走り出した。
 この、まさに村の入口、村人が見ている前で、彼らが恐れるデミ・ギルティと戦うのは、得策ではないと思ったのだ。
「こっちだっ!」
 狼になったネロは、よほど切羽詰って血を欲しているのか、猪突猛進に突っ込んでくる。
(直線なら、やりやすい)
 ハルロオはひらりと敵をかわし、すでに血まみれとなっている背ではなく、顔を狙って、双剣『アジンドゥバ』を繰り出した。
 一本の刃が、ネロの額をかすめる。
(こいつ、かなり弱ってる!)

「ハルロオ、そちらはお願いしますわね」
 ユズリアは、インカム越しに、そう声をかけた。
「おう、わかった!」
 はっきりとした返事が返ってくるあたり、彼がピンチということはないだろう。
 ユズリアが、ジュリアーノを振り返る。
「ではまいりましょう」
「ええ、ディルク砦はこちらです」
 敵がいつ血を求め、村人に襲い掛かるかわからない。
 本来ならば、戦いが終わるまで村を出ることは危険であったが、今はここに残るのも危ないのだ。
「こっちよ、みんな気をつけて!」
 ジュリアーノとともに村人を先導しながら、リーアは、フーレイ・ヴァレムの無事を祈っていた。
 これがリーアにとって初任務というのなら、フーレイにとっても同じこと。彼は初戦で、デミ・ギルティに立ち向かうのだ。
(本当に、気を付けて、フーレイ君……)

 自らが、案じられていることなど知らず。
 フーレイは、ハルロオが異変に気づいたと同時に、彼とともに村を飛び出していた。
(リーアには傷つけさせないし、村人も守る!)
 ハルロオの動きに翻弄されているネロは、フーレイのことなど気にもかけない。
 これはチャンスだ。
 両手鈍器『ベク・ド・コルバン』を持つ手に、力を込める。武器は、白い蛇の形に変化していった。
(静かに静かに……今だっ!)
 背後から、そろそろとネロに近付き、一気に鈍器を振り上げる!
 白い蛇は、見事、狼の頭に一撃を加えた。
「ガアアアアっ!」
 自らの血を浴び、振り返ったネロが、蛇に纏わりつかれたまま、フーレイに噛みつこうとする。
 ネロの注意が、ハルロオからフーレイに移ったこのとき。
 それこそが、ハルロオにとってのチャンスとなった。
(そのまま、耐えろよ、フーレイ!)
 わずかに怯えた顔を見せる後輩に、胸の内で声をかけ、狼の横に回る。
 そしてまさに、フーレイの首に牙を立てようとしているネロの頬を、剣の切っ先で突いた。
 シャリン! 黄金がきらきらと闇を舞う。
「グアアアッ!」
 ネロの血まみれの頭が動き、赤い瞳がハルロオを睨んだ。
 そこに、狼を模した力をまとった太刀が、振り下ろされる。蓮だ。
 刃はネロの頭蓋を砕き、その体を地に落とした。
「――間に合いましたね」
「……ああ」
 双剣を鞘に納め、ハルロオはほっと息を吐いた。

●ラギウスの最期

 たたた! 森に獣の足音が、そしてそれを追うウィンクルムの足音が響く。
 もう一匹のデミ・ギルティ、獣化したラギウスもまた、人の血を求め、村を目指していたのだ。
 ――が、その前に。
「行かせない!」
 カルラス・エリクリヴァが立ちふさがった。
 神刀『イペタム』を握り、気合いのオーラを放つカルラス。
 これでラギウスは、彼を無視することはできなくなった。
「オオオオオッ!」
 ラギウスが大きく口を開き、カルラスの首めがけて跳躍する。
 カルラスは咄嗟に、盾『シマエナガ』を構えた。
 が、衝撃を受ける直前、体が誰かの手によって、突き飛ばされる。
「なんだっ……!」
 ずざざ、と音を立てて地面に倒れ込んだおかげで、視界に広がるのは、雑草のみ。
 訳がわからないまま身を起こすと、すぐ隣に、防具を青白く発光させたゼロイムの姿があった。
「おいっ!」
 ラギウスは、ゼロイムの肩に食いつき、ぐるぐると喉を鳴らしている。
「なんでこんなことっ……!」
「君より、防御に適したスキルが、あるからな……」
「だからって……!」
 ゼロイムの体が、ずるずると力なく地に倒れていく。
「ゼロさん!」
 零鈴が悲痛な声を上げる。
 本当ならば、すぐにでも駆け寄りたい。彼を救う術は持っている。でも、一緒に攻撃されたら意味がない。
 彼女は、うるんだ瞳で、短剣『コネクトハーツ』を握りしめた。
 ラギウスは、血を吸うのに夢中になっている。
「今、今やらないと……!」
 ふうっと息を深く吸い、渾身の力を込めて。
 零鈴は、ラギウスの首の付け根に、短剣を突き刺した。
「が、があああっ」
 痛みに耐えかね、ラギウスの口が、大きく開く。短剣は彼の首に深く刺さったままだ。
 引き抜くには、力が足りない。このまま振り返られたら、零鈴に反撃の術はない。
 その彼女の前に、カルラスが立った。
「どけっ!」
 彼は、『コネクトハーツ』の柄を持つと、短剣ごと、狼の体を放り投げた。
 ラギウスが草むらの中に、べしゃりと倒れこむ。

「ゼロさんっ!」
 零鈴は、地に伏せたゼロイムに抱きついた。
 ぴくり、彼のまぶたが震える。でも、体は動かない。
(早く、早くしないと……)
「も、森の熊さんこんにちは……!」
 がたがたと震える唇で、インスパイアスペルを口にする。これで、傷を分けあえるはず。
「……零鈴……さん」
 自身の体が重くなるのと同時。
 聞き慣れた声が聞こえ、零鈴は、よりいっそう強く、ゼロイムを抱きしめた。

 だが、その背後に――。
「やって、くれるじゃないか……」
 人となったラギウスが、立った。
 地面に投げ捨てられたとき既に、布の下の黄金の鱗は割れている。
 彼は、フフフ、と低い声で笑った。
「何が、おかしいのよ?」
 ゆらゆらと立っているラギウスに、咲裟が問う。
「僕が、君たちなんかにやられていることだよ。……ははっ、はっ」
 ぐらりと肩を揺らし、足を踏み出そうとするラギウス。
 その前に、分身か、本体か。シギが立ちはだかった。
「なに、二人も血を、吸わせてくれるの」
 頭を、顔を、首を、真っ赤に染めて、ラギウスが尋ねる。
「わけないだろ」
 シギは、手裏剣を強く握った。が、すぐさまその場を飛びずさる。
 ラギウスの背後に、仲間の姿が見えたからだ。
 直後、ドドド、と響いたのは銃声。
 ベルンハルトの銃弾が、ラギウスの後頭部を打ち抜いた音だった。
「はっ……卑怯だな、ウィンクルム……うしろ、からなんてっ……」
 振り返る余裕もなく、反撃などもちろんできないまま、ラギウスの体が、崩れ落ちる。
「大事な者を、守らなければならないからな。俺たちも」
 ベルンハルトは一言、そうつぶやいた。

●デュルク砦へ

 村人と並び、零鈴とゼロイムは、デュルク砦に向かって歩いている。
「……村人が、無事でよかったですね」
「だが、零鈴さんに辛い思いをさせてしまった。すまない」
「お互いを救うための力を、使っただけです。……ゼロイムさんが、死ななくてよかっ……」
 零鈴は声を詰まらせた。

 そんな彼らと村人を引率するのは、地形を熟知しているジュリアーノと、リーアである。
「小さな子は、大人が抱っこしてあげてね」
 そう言う彼女の隣、フーレイは、疲れて寝入った少年を抱いている。
 子供が多い一家の子を、引き受けているのだ。

 そしてユズリアの傍らにも、少女が一人。
「お姉ちゃん、そのあひるさん、動く?」
「ええ、動きますわ」
 偵察のために持ってきた『オーガ・ナノーカ』のゼンマイを巻く。
 があがあと鳴いて動くあひるに、少女は喜び、手を叩いた。

 ベルンハルトは少し後ろで、足の悪い男性を、サポートしている。
「こんなにゆっくりで、もうなにも、襲ってきませんか」
「大丈夫ですよ。無理しないでくださいね」
 村の、一番の脅威は去ったのだ。そう伝えれば、男性は破顔する。
 隣では、彼の母親が「よかったねえ、本当によかった」と涙ながらに繰り返した。
「うん、本当によかった」
 真衣が、老女のしわしわの手をきゅっと握る。
「前に来た人達は、私たちを助ける準備をしに来たと言っていた。でもね、また来てくれるなんて、思ってなかったんだよ。それが……ありがとうね」
 女性は、真衣の頭をくしゃりと撫ぜた。

 颯太は、近くを歩く男性に、孫みたいだと声をかけられている。
「こんなに小さいのに、戦うなんてなあ! びっくりしちゃうよ。なああんた、自慢の孫だろう?」
「ええ、それはもう」
 スミがにこにこと笑う。
「ひーばあちゃんも、おれのじまんのばあちゃんだよ!」
 颯太の言葉に、男性がははは、声を上げて笑った。

 マーベリィとユリシアンは、最後尾を歩いている。
「ユリアン様、私たちの倒すべき敵は、もう本当に、いないのですよね……?」
「……でも、まだ日が射さない」
 ユリシアンは、いまだ暗い空を見上げた。
 確かに、村を支配していたデミ・ギルティは倒れた。
 でも、彼らはギルディ・ガルデンの統治者ではない。この世界に、まだ光は訪れない……。

「ギルティは、まだ生きているんですね……」
 離々がつぶやいた。
「……戦闘を、手伝いに行けたらいいですけど……」
 蓮の言葉に、離々がはっと目を見開く。
「ダメですよ、ハチさんっ! 私達は、やるべきことをやったんですから」
「ええ、わかってますよ、お嬢」
 蓮は、周囲の仲間を見やった。
 村人と談笑してはいるが、みんなそれぞれ満身創痍。
 これ以上の戦いなど、蓮も彼らも、できやしないだろう。

「あ、砦が見えてきたわ」
 アデリアが、暗闇の中に建つデュルク砦を指さした。
「砦に入れば安心だな。さあ、みんな、もう少しだ」
 シギが、村人に声をかける。

 デュルク砦の上、暗い空に、光が差し込み始めたのは、それからわずか、数分後のことだった。



(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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