リザルトノベル【男性側】VS ヴェロニカ・カーミラ
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リザルトノベル
闇が支配する森は、しんと静まり返っていた。
獣の咆哮も、足音も聞こえない。まるで生き物すべてが、死に絶えているかのようだ。
だが、この森のどこかに、ギルティがいる。
「対峙する日がくるとはな……」
シムレスは、感慨深く呟いた。
「そうだね 二年前、紅桜城見上げてた僕等が……」
ロックリーンの心に、当時の自分たちの姿がよみがえる。
あの頃はまだ、今ほどの力もなく、自分たちが、ギルティに関わる未来があろうとは思っていなかった。
「浸ってる場合じゃないよね。生きて、帰らないと」
シムレスが、盾『六壬式盤』を強く握る。殺気を感知するというこれならば、ヴェロニカの居所を探ることもできるだろう。
セラフィム・ロイスは、火山 タイガともに、森の中を歩いていた。
しっかりと地を踏みしめ、視界は『シューティングスターゴーグル』で照らす。
もちろん、周囲への警戒も怠らない。そのために『叛逆ノ黒外套』を羽織ってきたのだ。
ちなみに森の歩き方は、マタギとして暮らしているタイガに、しっかり指導された。
「この辺り、動物が通った跡があるけど……ヴェロニカかはわかんねえな」
地面の足跡を見、タイガが呟く。
「でもまあ、罠でもはっとくか」
木に片方だけ、ロープを結ぶ。
張ってひっかけるだけのものだが、役に立つかもしれない。
ユズリノもまた、シャーマインとともに、森の中を歩いている。
ときおり、『叛逆ノ黒外套』の裾に雑草が触れ、がさがさと音を立てた。
「これ、裾を持ち上げた方がいいかな……?」
囮だからうるさくしてもいいのだが、少々歩きにくい――と思ったところで。
ぞわり、首筋に鳥肌が立った。
「……シャミィ」
「ああ」
シャーマインは足を止め、頷いた。おそらく、ヴェロニカの気配。
「女神リンゴのご加護を」
揃ってインスパイアスペルを唱え、シャーマインが、ユズリノの頬に口づける。
これほど強い殺気を感じるのは、今回が初めてだ。
ぶるり、震えるユズリノの体を、シャーマインが抱きしめる。
「……生き残ろうな」
「うん」
ユズリノは、シャーマインの胸に頬を寄せた。
が、一瞬のちには、体を離し、顔を引き締める。
タイガとセラフィムも、インスパイアスペルを口にしていた。
「絆の誓いを」
セラフィムが、タイガの手の甲の紋章に口づける。これで、二人の力を分け合う準備は完了だ。
「森でタイガが負けるはずがない。信じてるよ」
セラフィムが穏やかに微笑むと。
「ああ、任せとけっ!」
にかり、タイガが、満開の笑みを見せた。
――だが、ヴェロニカの姿は見えない。
(いるはずだ)
『叛逆ノ黒外套』は確かに殺気を伝えている。
ケインは慎重に、周囲を見回した。
(どこだ、どこにいる)
と、ぞわり。全身の肌が震えた。
「来たかっ!」
片手剣『レインカトラリー』を引き抜く。
同時に、ロックリーンの片手本『カ・ギヅメ』が輝いた。
照らしたのは、ギルティ:ヴェロニカ・カーミラの姿。
「待たせたかしら」
先に受けたシンパシー・リバレイトの攻撃で、髪は乱れ、スカートは太腿までが裂けている。
それでも彼女は、笑っていた。
「城を破壊されてようやく出てくるとは、なんとも情けない」
ケインの言葉に。
「そんなこと、言っている余裕があるの?」
ふわり、ヴェロニカの白い手が持ち上がる。
ケインは、すぐさま、気合いを込めた力を放った。
シャーマインもまた、自らを中心に聖域を展開している。
「忌々しい……」
ヴェロニカの手が、人のものから狼のそれに変わった。
「あなたたちなんか、私にかなうわけないわ!」
一歩前に進み、素早く腕を振り下ろす。
その爪が人肌をえぐる前に、木の陰からドーナツ状のビームが飛び出した。
セラフィム・ロイスの銃器『赤い鼻のキッス』だ。
ぽわん! と心もとない音ながら、ビームはヴェロニカの手に当たった。
「ちょっとなによこれっ!」
赤い瞳が、ぎろり、セラフィムを見る。
そこに飛び出したのは、ロスト・マシナリーソード』を握りしめたユズリノだ。
「やあああっ!」
同時に、白い蛇を模したタイガの鈍器『スピニングベヒーモス』も、ヴェロニカを狙う。
パートナーとの絆に反応するというそれは、最大まで硬く、重くなっている。
「あっぶないわね!」
ヴェロニカは、どちらの攻撃も避け、大きく飛んだ。
着地は木の幹。そこから枝を伝い、ととん! と軽やかに、枝まで登っていく。
※
――その少し前。
ハティは、周囲を警戒しつつ、木の陰から周囲を見回していた。
トランスをしたのち、ブリンドと力を分け合っている。
ハティの役目はヴェロニカを、木々の間や枝の上に身を隠す仲間のもとに導くことだ。
(そうだ、リンたちに、繋ぐんだ)
細く息を吐き『妖刀・恋慕』の柄に手をかけた、そのとき。
とん! と木を蹴る、ヒールの音が響いた。
ヴェロニカだ。
「なんでここにっ!」
枝の上で息をひそめていたブリンドは、小さく吐き捨てた。
「来るなよ……」
木の幹に体重をかけ、銃剣『風雅牙』を両手で握る。
が、できることならば撃ちたくはない。
まだ、隠れている仲間の攻撃準備はできていない。
(攻撃部隊が見つかったら困る)
地上から木の上を見上げ、シムレスは、『封樹の杖』に、魂をシンクロさせた。
木の枝を今あるところより伸ばし、上に隠れる仲間を隠す。
(これで下からは見えない、が……)
ヴェロニカが近くに行けば、当然彼らの存在はわかってしまうだろう。
ちらり、鳥飼を見る。
伏兵たちは攻撃準備ができたら、彼のサイバースノーヘッド『ウサミミ』に連絡をくれるはずだった。
「……主殿」
鴉が小声で呼びかける。
鳥飼はふるりと頭を左右に振った。どうやら、まだ連絡はないらしい。
それならと、鴉は『バイブルオブジェンマ』を取り出した。
「囮は囮らしく、派手にいきましょう」
そう言ってすぐ。
周囲に、けたたましいファンファーレが鳴り響く。
「なに!?」
枝の上で、ヴェロニカは目を見開いた。
地上を見れば、スポットライトがキラキラと輝き、鴉を照らしている。
しかも、賑やかな音は、どんどん大きくなっていった。
「これは好みにあいませんか?」
鴉は、にこにこと笑顔でヴェロニカを見上げている。
「……馬鹿にしてるの?」
ヴェロニカの、幹に添えた手に、力がこもる。
怒りによって変化した狼の爪が、木肌に刺さった。
(これで、気配は隠れたか……)
鴉の良策に、ブリンドは、ほっと安堵の息を吐いた。
「……へえ、なるほどね」
木の陰で、リーリェン・ラウは、にやりと口角を上げている。
「なかなか楽しそうな技じゃねえの」
隣に並ぶローランド・ホデアの眉間に、しわが寄った。
「遊びじゃねえんだぞ、リェン」
「わかってるって」
リーリェンが、横目にローランドを見る。
その口元がさらに緩みそうになるのは、彼が頭に、愛らしいパンダ耳をつけているからだ。
このサイバースノーヘッド『パンダミミ』は、鳥飼との連絡を取るために、必要なものだと、わかってはいるが――。
「……肩が震えてるぞ」
「そ、そんなことはっ、ねえって」
どうにもこらえきれぬ笑みを、リーリェンは、唇を引き結んで耐えたのだった。
その間も、鴉の派手なアピールは続いている。
さらにはそこに、蔡 盟羅も加わった。
「いやあ、楽しそうどすなぁ」
言いながら盟羅は、ファンファーレに合わせて、持参したサイリウムを振り始める。
ヴェロニカは、いよいよ枝の上に立ち上がった。
「私は、あなたたちを殺すつもりで来たのよっ」
幹から狼の爪を引き抜き、つま先で枝を蹴る。
飛びかかる先、向かうはスポットライトを浴びている鴉の前だ。
「危ないっ!」
派手な明かりの外から、シャーマインが飛び出した。
青白く輝く鎧に身を包み、向かってくるヴェロニカを受け止める。
「邪魔よっ!」
大きく口を開け、シャーマインに噛みつこうとするヴェロニカ。
その背に、K9の手裏剣『紅葉』が飛ぶ。
だが刺さる直前、ヴェロニカははっと身をひるがえした。
「どこよ!?」
K9を探すが、彼は煙とともに、姿を消してしまった。手裏剣だけが現れるのだ。
行き先は遠く木の影だが、いら立っているヴェロニカにはそれがわからない。
「最初の余裕はどこにいったのやろうね。短気は嫌われるで」
まるで馬鹿にするように、盟羅が笑う。
「うるさいわね! あなたたちにどう思われようと、関係ないわ」
「……なら、もう一人のギルティならどうだ?」
ケインの言葉に、ヴェロニカの頬が、かっと染まった。
「それこそ、関係ないわっ!」
「へえ、その顔。なかなか可愛いところがあるんやね」
「うるさいうるさいっ!」
ヴェロニカは赤い目をかっと見開いて、盟羅に向かって突進した。
「おおっ!」
そのスピードに、盟羅が踵を返して走り出す。
このまま、仲間のもとに連れていければいい。ざざと、雑草を分けるようにして、木の間を走る。
しかし、ヴェロニカは思ったよりも速い。
「ま、死んでもしゃーないわな」
盟羅はぽつりと呟いた。言うことは言ったし、やることもやった。
が、その男の手を、K9がぐっと引く。彼は素早く、盟羅を木の陰に引っ張り込んだ。
「死ぬのは勝手だが俺を巻き込むな。俺は生きて帰る。お前と心中は真っ平だ」
「一緒に死んでほしおすなんて言うてまへん」
その二人の前に、ハティが立った。
「やっと来たか」
『妖刀・恋慕』を抜き放つ。
「あの生意気な男を出しなさい……と言っても、無理でしょうね」
ヴェロニカが、両腕を狼のそれに変えた。
※
そのころ、ショーンは、葉や土を地面にこすりつけた体を、木陰に隠していた。
リーリェンと、ローランドも然り。
もうパンダ耳のインカムに、笑ってはいない。
「ロゥ、いいぜ」
「ショーン、こっちは準備完了だ」
「オッケー」
ショーンが答え、ネコミミインカムを、トトンと叩く。
ウサミミインカムから聞こえたノック音に、雑草の中に隠れていた鳥飼は、ぱっと立ち上がった。すぐに、『マグナライト』を点滅させる。
これは伏兵たる仲間たちの準備が完了した合図。
すなわち、ウィンクルム総出の戦闘開始、である。
※
ブリンドは、狼の手を振り上げているヴェロニカに銃口を向けた。
トリガーを引くのは、二度。
ガウンガウン! 飛び出た弾は、まっすぐヴェロニカへ向かって行く。
それを追うように、レッドニスが地上へ降りた。
「行っくぜえええ!」
両手剣を振り上げて、ヴェロニカを狙うレッドニス。
「仲間がっ!?」
ヴェロニカは、ブリンドの弾を避けるべく横に飛んだ。が、避け切れず。
一発が、ふくらはぎをかすめる。体勢を崩すヴェロニカ。
そこに、レッドニスと、ハティが斬りかかる。
さらには、隠れていたショーンも飛び出した。
「うるっさいのよっ!」
ヴェロニカは、三人の刃から逃れるように、片足で幹を蹴って飛びあがった。
すぐにつま先で枝を蹴り、上からウィンクルムを狙う。
盟羅は下りてくるヴェロニカに、ソードを向けた。
それをヴェロニカは、近くにいた鳥飼とまとめて、狼の手で一閃する。
(まずいっ!)
鳥飼は、咄嗟に一歩ひいた。それでも衝撃に、体が吹っ飛ぶ。
「主殿!」
鴉は、鳥飼の背を受け止めようと手を伸ばした。
が、勢いに負け、鴉ともども地面に転がる。
盟羅もまた、草むらの中に横たわっている。
「けがをした私よりも遅いのね」
にやり、笑って、ヴェロニカが三人に近付いていく。
ロックリーンは咄嗟に、『マグナライト』をヴェロニカの顔に向けた。
「あっ……!」
三人を倒した余裕に、慢心していたのか。眩しさに、ヴェロニカが目を細める。
(チャンス!)
鴉はぬいぐるみの蛇を呼び出し、ヴェロニカにけしかけた。
にょろにょろと、ギルティの体に巻き付く大きな蛇。
「これでしばらくは、動きを邪魔できるはずです!」
――その間。
「世話をかけさせるなっ!」
K9は盟羅を背負い、走り出していた。隣には、鳥飼を抱いた鴉も並んでいる。
向かうは、ロックリーンが作りだした聖域だ。
「主殿、大丈夫ですか!」
鴉は、草の上に鳥飼を横たえた。
胸にまっすぐ、爪の痕。思ったよりは浅いが、出血はけして少なくはない。
ただそれよりも、先に爪を受けた盟羅の方がひどい。
さっき、ヴェロニカを挑発し笑っていた唇は、今はわずかに開いているだけだ。
とはいっても、ここにはロックリーンの力がある。
「……いずれは回復するだろうが」
時間は、かかるだろう。
K9はため息をつき、仰向けになった盟羅の胸に、上半身を重ねた。
「断而敢行鬼神避之」
一瞬体がぎしりと軋み、これが、盟羅が受けた痛みの一部かと思う。
が、それを表情に表すことなく、K9は、素早く身を離した。
「……まぁた、勝手なことして」
眼鏡の奥のまぶたが震え、盟羅が目を開ける。
「死ぬのなら、任務中はやめろ。迷惑だ」
吐き捨て、K9は立ち上がった。
「こんな、蛇なんてっ!」
ヴェロニカは狼の爪で、ぬいぐるみの蛇の背を斬り裂いた。ぱふん! と爆発する蛇に、顔をしかめる。
「しんっじられない、ウィンクルムッ!」
叫んだヴェロニカは、美しい肢体を狼のものへと変え、森の中へと走り出した。
(どうしてこんなに面倒なのよっ!)
人数がいるから悪いのだ。せめて個々に戦えれば、負ける気はしないのにと、ひたすらに駆ける。
それを、ウィンクルムは追った。
が、いかにせん、相手は逃げると決めた狼だ。
それぞれがばらばらにならなければ、簡単に探せるものではない。
「じゃあ俺らこっち探すぜ」
「じゃあ僕たちはこっちを」
ハティは、ブリンドとともに周囲を見回していた。
もう森に入って、かなりの時間が経過している。
「その外套は反応しないのかよ」
「……こっちにはいないということだろうか」
――と。
「いたっ!」
少し先から、ショーンの声。
「どこだっ?」
駆け寄り聞くも、ショーンはふるりと首を振った。
「ケインがアプローチをしたから、近くにはいるはずなんだけど」
「また隠れたのか」
ブリンドがため息をつく。
ハティはがさがさと、雑草の中を歩き回った。
「おい、あんまり勝手に歩くと――」
「でも、待っていても、見つからないだろう」
ハティが、ブリンドに顔を向けた、そのとき。
背中にぞわり、と鳥肌が立った。
咄嗟に剣を抜き、振り返る。そこには、真っ赤な口を開けた狼の姿があった。
「オオオオオッ!」
ヴェロニカが高く吠え、ハティに飛びかかる。
倒れそうになるほどの衝撃。
(でも、だめだっ……)
なんとかこらえ、立った姿勢を維持するも、牙に肩口を噛み切られ、言葉すら出ない。
それでもハティは、震える手で剣を持ち上げた。
刃を狼の背に当て、ぐいと引く。
力はそれほど入らない。が、毛皮はじわじわと赤く染まっていった。
「あの馬鹿っ!」
ブリンドは、ハティの肩に喰いつき、雑草から体をあらわにした敵に、銃口を向けた。
少しでも手元が狂えばハティに当たる。
が、撃たないわけにはいかない。
(なんとか、アイツを、ハティから離さなけりゃ)
眼鏡の奥の目を細め、意を決して、トリガーを引く。
ガウン! と一発飛び出た銃弾は、横から、ヴェロニカの腰を撃ち抜いた。
角度が悪く、そこしか狙えなかったのだ。
「カ、ハッ……」
咳き込んだヴェロニカの口が開く。
狼とハティ、両方が、ずりずるりとその場に崩れ落ちた。
が、狼はすぐに起き上がり、血を流しながらも、また駆けていく。
「おいっ!」
ブリンドが、ハティに駆け寄る。彼はうっすらと目を開け、唇を動かした。
「お前に、繋いだぞ……」
「繋ぐって……。はっ、お前ってホントの馬鹿……!」
ブリンドは、吐き捨てるように呟いた。
狼の遠吠えは、森に散っていたウィンクルムを集めるには、十分なものだった。
駆けつけたロックリーンは、ブリンドとハティを見るとすぐに、ハティを回復するべく、光を生み出そうとした。
が、どんなに力を込めても、片手本は輝かない。力が足りないのだ。
「――駄目だ」
呟いたロックリーンの肩を、シムレスが叩く。
「俺の力があるだろう?」
「そうだ、そうだよ!」
かがんだロックリーンの額に、シムレスはそっと口づけた。
神人の力が、精霊に宿る。ロックリーンが生み出した閃光は、温かにハティを包んだ。
一方、ヴェロニカの前には、ショーンとケインが立っていた。
先ほど、ショーンはケインに、力を分けてもらっている。
――個々で在れ。インスパイアスペルとともに、頭をとんとんと撫ぜられた。
「瀕死って感じだね」
ゆるりと顔を上げる狼に向かって、ショーンは剣を構えた。
すでに、ケインが気合いの一波を放っている。
それでこの怪我ならば、逃げられやしないだろう。
「行くよっ」
ショーンが、短剣『コネクトハーツ』で斬りかかる。
小さな刃は、襲い掛かろうと口を開けた敵の、左のまぶたを切り裂いた。
「アアアアッ……」
吠える狼の頬に、ケインの『レインカトラリー』の刃が刺さる。
「その姿になればこっちのもんだぜ!」
タイガの武器は、白い蛇に変わり、ヴェロニカの鼻に噛みついた。
「へへ、マタギをなめんな!」
グワリ、口を開けたまま、ヴェロニカは、血まみれの顔を左右に振る。
そのしぐさはまるでいやいやとする犬のようだった。
「グアアアッ!」
なんとか蛇を振り払ったヴェロニカは、くるりと反転、踵を返そうとした。
が、そこに、『ロスト・マシナリーソード』を持ったユズリノが。
一撃は、身をひるがえしたヴェロニカの尻をかすめた。
「よしっ!」
瀕死とはいえ、まだ敵は生きている。
攻撃を受ければひとたまりもないだろうと、ユズリノはすぐに雑草に身を隠した。
かわりに草の中から現れたのが、リーリェンだ。
「狼に狼だぜっ」
剣が形を変えた狼の頭部が、グワッと大きく口を開く。それは横から、ヴェロニカの右腹に噛みついた。
「オ、オオオオッ!」
ヴェロニカが、吠える。
隻眼となった左目が、ぴくり、大きく見開かれると、同時。
彼女は、最期の力を振り絞るようにして、そこから走り出した。
「逃げるのかよっ」
その背を、K9の手裏剣が、セラフィムとブリンドの銃弾が襲う。
が、どれが当たっても、ヴェロニカは止まらない。
地面に赤い点をぽたぽたと落としながら、彼女が向かった先。
そこは、彼女が暮らした古城の前。12本の街灯が立つところだった。
※
ヴェロニカは、瀕死の姿となりながら、ハインリヒのもとへたどり着いた。
だが、彼もまた、冷たい大理石の上に、背をつけている。
「ハインリヒ様っ!」
瞬時に人の身となったヴェロニカは、床に赤い染みを落としながら、ハインリヒ・ツェペシュの胸の上に、覆いかぶさった。
「ヴェロニカ……そんな体で……なぜ、ここに」
それには、答えず。
ヴェロニカは、覚えておりませんか、とハインリヒに語りかけた。
「私たちが、かつてもこうして、死を迎えようとしたことを」
A.R.O.A.も創設されておらず、ウィンクルムという呼称もない時代。
ただオーガだけが存在していた頃。
ヴェロニカとハインリヒは、オーガと呼ばれることすらない、人類の敵を倒していた。
だが、人は人とは異なる能力を持つ人間を忌み嫌う。
畏怖され、迫害された彼らがたどり着いたのが――。
「ギルディガルデンの、このお城……」
ハインリヒの胸に頬をのせ、ヴェロニカは、唯一開いている瞳を、すうっと細めた。
「あのときから、ずっと、あなたをお慕いしております」
「そうだ、あれはたしか……」
異形との戦いから、人間との争いからやっと解放されて、心安らかな時を過ごせると思った死の間際。
まがまがしい存在が、「自分達を迫害した、人々に復讐をしたくないか」と語りかけてきたのだ。
ハインリヒは、愛しいヴェロニカをぼろぼろにした奴らを許せなくて、その申し出を受け入れた。そして、ヴェロニカもまた――。
その後、ギルティとなった二人は、当時の記憶も愛も、すべて失った。
「それを、今思い出した……」
ハインリヒが、すっかりくすんでしまったヴェロニカの金髪を、静かに撫ぜる。
しかしそのとき、ヴェロニカはすでに、息をしていなかった。
「ヴェロニカ……」
彼は、二人を呆然と見つめるウィンクルムに、視線を向けた。
彼自身、もう、長くはないことはわかっている。
今度こそ、ヴェロニカとともに、穏やかな時を過ごすのだ。
ハインリヒは、ゆっくりと唇を動かした。
「最期に、教えてあげるよ。私たちをギルティにした者は――今は、A.R.O.A.の創始者として、世に知られている」
ウィンクルムに、ざわめきが広がる。しかし、死にゆく身には関係ないことだと、ハインリヒは息を吐いた。
ヴェロニカを抱く腕に力を込めたいが、どうやらそれは、難しそうだ。
せめてと、口を開く。
「……散々生き物の命を奪ってきたのに、愛する者を抱いて逝けるなんて……私は、幸せ、だ……。しかし……」
君たちは、そうならないよう。
――みなまで言うことは、叶わず。
ハインリヒは、目を閉じた。
その唇には、彼自身の言葉を証明するかのような、微笑が浮んでいた。
(執筆GM:
瀬田一稀 GM)
戦闘判定:大成功