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『吸血鬼ノ鎮魂歌』

リザルトノベル【男性側】失楽園からの救出劇

失楽園からの救出劇

メンバー一覧

神人:歩隆 翠雨
精霊:王生 那音
神人:新月・やよい
精霊:バルト
神人:テオドア・バークリー
精霊:ハルト
神人:月岡 尊
精霊:アルフレド=リィン
神人:ルゥ・ラーン
精霊:コーディ
神人:アオイ
精霊:一太
神人:柳 恭樹
精霊:ハーランド
神人:ラティオ・ウィーウェレ
精霊:ノクス
神人:萌葱
精霊:蘇芳
神人:柊崎 直香
精霊:ゼク=ファル
神人:葵田 正身
精霊:うばら

リザルトノベル

 ギルディ・ガルデンの黒き森に、生ぬるい風が吹く。
 頭上では枝葉が、足元では丈の長い雑草が、ざわざわと音を立てていた。
 そこを照らすのは、欠けた月の明かりのみ。

 村の入口で、月岡 尊は、眉根を寄せた。
「ルーチェ……光、か。闇に留め置くには、あまりに惜しい名だな」
「だから、解放するんだろ、オレたちが」
 言いながら、アルフレド=リィンが、『マグナライト』を尊の腕に、括りつける。
 この暗さであれば、戦いに明かりは必須。
 しかし弓を扱うには、両手をあけていなければならない。
 萌葱の発案であった。

 その萌葱は、同じく『マグナライト』を付けた手で、蘇芳の頭をポンポンと叩いた。
「僕は、あっちで囮になるから、蘇芳は村を護って」
 デミ・ギルティは、どこに現れるかわからない。本当ならばウィンクルムは、互いの近くにいるべきだと、蘇芳は思う。
 でも、萌葱に反対されたのだ。
「精霊がぴったりくっついていたら、囮になれないよ」と。
(どうせ、殺気が近付けばわかる)
 蘇芳の足元で『叛逆ノ黒外套』の裾が、ひらりとはためいた。

 村は、およそ村とは呼べないものであった。
 かつてウィンクルムが訪れたときもひどかったというが、今はそれ以上ではないだろうか。
 家々は壁が崩れて倒れかけ、雨風がしのげるとは到底思えない。人はみな、ぼろをまとい、疲れ切った顔をしていた。
「あなたたちは……」
「――小夜啼鳥が声を上げた、と言えばわかりますか」
 葵田 正身が告げた言葉に、老人はくぼんだ瞳をうるませた。
「また、来てくださるとは……。もう私たちは、助けていただけないとっ……」
「ずいぶん待たせてしまい、申し訳ありませんでした」
 正身が頭を下げる。彼と、脇に立つうばらに、老人はいいえ、と頚をふった。
「しかし、お二人、ですか……?」
「いえ。仲間はすでに、村の外で戦いの準備をしています。だから、村人の皆さんには、一か所に集まっていただきたいのです」

 老人の家に集まった村人は数名。全部老人の親族とのことだった。
「以前、私たちは支配者を恐れ、村の端に隠れ住んでおりました。世を捨てておったのです」
 暗に、だから逃れる仲間に気づくことができなかったのだと言いたいのだろう。
 正身は頷き、穏やかな笑顔で、住人を見回した。
「大丈夫、もう少しの辛抱です。ただ、戦闘終了までは、けしてここを離れないでくださいね」
 村人はみな、不安そうではあるものの、静かに正身の言うことを聞いていた。
(ここは葵田に任せておけばいいな)
 納得し、うばらは、老人の家から外へと向う。
 戦いは村の外。うばらがすべきは、村人を言葉で勇気づけることではない。正身ごと、村を守ることだ。

 村近くに木々の幹には、白い布が結ばれていた。
 辺りは、景色に変化のない森である。
 だからこそ、ここが村の入口付近であることを、戦っているウィンクルムも気づけるように、ハルトが提案したのだ。
「ここから先は、通すものか」
 うばらは『シュリケン・パンプキンローズ』を持ち、周囲を見やった。
 先に待機している蘇芳はすでに、草の中に身を隠している。

 そのとき、萌葱は囮として、雑草の中を移動していた。
 手には鉱弓『クリアレイン』。足元は『マグナライト』の光が照らしている。
 緊張していないとは言えない。でも――。
「……護らないとな」
 決意を込めて、呟く。

 隠れている木の陰から、萌葱の様子を見つつ。
「――信じてるぜ」
 テオドア・バークリーとハルトは、インスパイアスペルを口にした。その後、テオドアの頬にハルトが口づけ。もう何度も行ってきたトランスだ。
「俺の背中、テオ君に任せたぜ」
「そんな、改まって言わないでよ」
 ――言われなくても、そのつもりなんだから。
 みなまでいうことはせず。テオドアは、妖刀『紅月』を利き手に握った。

 萌葱は、歩きにくい雑草の中を、がさがさ音を立てて進んでいる。
 まだ距離が遠くあまり見えないが、少し先にはバルトがいるはずだ。
 そして木の上には、新月・やよいが隠れている。
「みんな明かりを持っていますし、閃光効果のある外套を着ている人もいます。デミ・ギルティも、何とか見えるでしょう」
 彼はそう言って、苦労しつつ高い木に登っていった。
「あそこからなら、このあたり全部が見えるよね」
 ――危険なときには、声を出しますから。
 やよいの言葉である。

 バルトは、やよいから借りた『マグナライト』を手に、敵を探していた。
 が、木や草が揺れても、デミ・ギルティは現れない。
「やっぱりウィンクルムがこんなにいたら、いくらデミ・ギルティでも出てこれないか!」
 緊張状態が続けば、精神も体力も消耗する。それならいっそと、バルトは声を張り上げた。
「きっと、相手にできるのは、一般人だけなんだね」
 萌葱もバルトを真似して、大きな声を出す。
 するとがさりと、草むらが動いた。
「また来るなんて……どうしても殺されたいんだね、ウィンクルムは」
 顔の半分を隠した、少年姿のデミ・ギルティ。ネロだ。

●デミ・ギルティ:ネロ

 柊崎 直香は木の陰から、金髪のネロを見つめた。
 彼に会うのは、以前、調査団としてこのギルディ・ガルデンを訪れて以来。
 あのときは、村人と逃げるのが精いっぱいだった。けれど。
「今度こそ、倒すよゼク」
「もちろんだ」
 ――事、総て、成る。
 インスパイアスペルを唱え、直香が、ゼク=ファルの手の甲に浮かぶ文様に口づける。
 これで、二人の力を分かち合い、高めることができる。

 ネロは、呆れたように息を吐いた。
「まったく、たった二人の相手にこんな人数集めてさ。ウィンクルムって軟弱だよね」
(勝手に言ってればいいよ!)
 萌葱は、鉱弓『クリアレイン』を引き絞り、矢を放った。
 矢じりが、尊が持つ『マグナライト』の光を反射し、きらきらと輝く。
 同時に飛んだのは、アルフレドの手裏剣『サクリティ』だ。景色と同化した刃が、左右からネロを狙う。
 が、その両方を、ひらりひらり、ネロはかわした。
 そのときにはすでに、バルトの両手剣『サクリフィキウム』が、猛獣の爪を模した形になっている。
「これならっ!」
 バルトは、自身と一体化したそれを、大きく振り上げた。
 しかしネロは大きく後方へ。そこに、やよいが矢を放った。
 が、あっさり狼の爪にはじかれる。
「さすがデミ・ギルティってことか」
 柳 恭樹は、『逢魔鏡ショコラント』を手に走りだした。
 ネロをこの鏡に映すことができれば、力を削げる。そのためには、木の陰に隠れていては無理だ。
 駆けだした恭樹を、ネロが見る。その顔を、ハルトの銃口が狙った。
 二丁拳銃『杏寿・逗子王』が撃ち出した銃弾は、ドドド、と低い音を立てて、ネロの頬横、わずかのところを抜けていく。少年デミ・ギルディが、銃弾を見切り、首を傾げたのだ。
「そんなところにもいたの」
 ハルトを睨む赤い瞳。
 その視線を『閃光ノ白外套』を着たテオドアが遮る。
「うっ……」
『マグナライト』の光の中へ飛び込んだテオドアの外套がきらりと輝き、ネロは顔を背けた。
 その顔が、恭樹がかかげた鏡に映る。
 そこを狙うは、ハーランドの古銃『ヒートスピリッツ』。
 ガウンガウンと飛ぶ銃弾の一発は、ネロのこめかみをかすめた。
 ネロが振り返る。その目線の先は、精霊のハーランドではなく――神人の恭樹。
「逃げろ、恭樹っ!」
 ハーランドが叫んだときには、もう遅い。ネロは恭樹に飛びかかっていた。
 金髪の少年が、牙光る口を大きく開けて、恭樹の腹の上に馬乗りになっている。
「あっ……!」
 恭樹の喉から、ひきつった声が漏れた。
 鏡を手放し、短剣『コネクトハーツ』を引き抜く。が、それは手ごと、少年に抑えられてしまった。
「くそ!」
 ハーランドが銃を構えるも、横たわった体は、雑草に隠れて、目視できない。
 誰の視界にも映らぬまま、ネロの顔が、恭樹に近付いていく――。

 しかし。
「ぐうっ……!」
 呻いたネロが、跳ね起きた。
 恭樹自身、何が起こったかわからない。
 だがその胸では、ブローチ『プロテクトアメイズ』が輝いていた。
 ブローチの不思議な力が、恭樹を守ってくれたのだ。

「なんだよそれっ!」
 狼少年は立ち上がり、恭樹の腹を踏みつけた。
「げほっ!」
 短剣を持ち上げることもできず、恭樹が腹を押さえる。
 だが、敵が立ったのは幸運だった。ガガガ! ハーランドの銃弾が、ネロの背を撃ち抜く。
「オオオオオ……! よくもおおおっ」
 背をそらし、顎を高く上げて、吠えるネロ。
 直香は大きな声を出した。
「ゼク、霧出して!」
「き、り……」
 ぎろり、ネロが直香を見やる。過去の戦いを覚えているのか。
 あのときは、ゼクが生んだ霧の中を、ウィンクルムは逃げたのだ。
 ゼクが、呪文の詠唱を開始する。
 こちらに気を引くようにと、直香は、『クリアライト』を煌めかせた。
 が、ネロはすぐさま高く跳ね、反射の道すじから逃れてしまう。
「何度も同じ手に引っかかるわけないでしょ?」

 そして、着地のとき。
 ネロは狼の姿になっていた。
 四足となり、姿勢が低くなったネロが、雑草の中を駆ける。
 草はもとから風を受けていて、どこに敵がいるかわからない。

「右手前方!」
 木の上から、やよいが叫んだ。
 言われた場所に向けて、ハルトがトリガーを引く。
 連続で放たれた銃弾は、いくらかネロの毛皮をかすめたようだ。
 雑草から跳ねた狼は、ところどころが赤く染まっていた。
「グウウウウ……」
 吠える口から、よだれがだらだらと溢れる。

(あれは危険だ……)
 尊は、獰猛な獣と化したネロに、ごくりと息を飲んだ。
 恐れはしない。が、最善は尽くさねばならない。
 雑草の間を進み、アルフレドの傍に寄る。
「なんだよツキオカさん、こんなときに」
「いいから撫でられておけ」
 尊が、ぽんぽんと、アルフレドの頭に手を置いた。

 再び走り出したネロを、萌葱が弓で狙った。
 狼はまたも雑草の中に身を隠すが、姿を消す直前。
 おそらくは逃げる道筋として上げた視線を、テオドアはしっかり確認していた。
 先にいるのは、ネロを追って駆けだした――。
「アルフレド!」
 飛び出た狼の腹に向けて、アルフレドが手裏剣を放つ。
 刃は見事、獣の肉に突き刺さった。
「ガアアアッ!」
 ネロが、アルフレドに飛びかかる。

「くっそう、こいつっ!」
 一人と一匹は、もつれるようにして草の中に転がった。
 アルフレドはネロの開いた口を、なんとか両手で押さえこもうとしている。
「大人しくしろっ、この狼っ!」
「無理するな、アル!」
 尊は、『クリアレイン』を構えた。が、狙いが定まらない。
 アルフレドとネロが、上に下にと場所を変えているからだ。

 誰もが見守るしかない状況だということは、ネロと格闘を続けるアルフレド本人にもわかっていた。
(くそ、なんとかしないとっ)
 狼の口を、片手で押さえることができれば……できるか? いや、やるしかないっ!
 アルフレドはネロの口から片手を離すと、素早く仕込み刀『時雨』を引き抜いた。
 獣の牙に肩に喰いつかれるのと、刀がネロの後ろ脚に刺さるのが、同時。
「グウウウ……」
 じゅるじゅると血が吸われる感覚。意識が遠くなりそうだ。
 それでもアルフレドは、引き抜いた刀の柄を振り上げた。
 これだけの至近距離。狙うは、ネロの頬、布の下の黄金の鱗。

 シャリン、と。
 軽やかな音を立てて、それは割れた。
「ア、アア……」
 血に夢中になっていた狼が、背後に飛びのく。

「お、まえっ……、アルをっ」
 起き上がった狼の、頬で砕けた黄金にではない。赤く染まった布に、尊は叫んだ。
 そんな彼の肩を、バルトがトンと叩く。
「任せておけ」
 彼はまっすぐに、草の中を駆け抜けた。
「……勝ったら俺に告白したい男との約束があるんでな。絶対に、生きて勝つ!」
 青白く輝くウルフの頭部に似た形に変形した剣が、狼のネロに牙をむく。

「アル!」
 戦いをバルトに任せ、尊は、アルフレドの傍らにしゃがみこんだ。
「ツキオカさん……。弱点は、砕いたぜ」
 肩口を赤く染めながらも、アルフレドはゆっくりと起き上がった。
 もしこれが、あと少しずれていたら、おそらく牙は、首に食い込んでいただろう。
「……無事でよかった」
 尊が呟く。やっぱりさっき、彼を撫でに行って良かったのだ。

 バルトのウルフは、ネロの体を傷つけはしたものの、命を奪うには至らなかった。
 アルフレドの血を吸ったネロに、避けるだけの力が戻っていたからだ。
 ただ、これは本復活ではない。
 弱点が壊れた今、もっと血を吸うべく、ネロが次に狙ったのは。
 呪文を詠唱中のゼク、だった。

「来たっ!」
 いつか、狙われると思っていたと、直香はゼクの前に立ちふさがった。
「銀が嫌いなんだよねっ!」
『マグナライト』の光に『クリアライト』を煌めかせ、今度は、持参した銀食器をまき散らす。
「アッ……」
 ネロは、輝く食器から、あとずさった。
 カラン、と音をたてて、食器が地に落ちる。が、落ちてもネロは、近づけない。
 狼が一歩、後ろへ下がる。
「今度はそっちが逃げるの?」
 直香の言葉に、ネロがかっと顔を上げた。
「もしかして、僕たちがこれから出す『霧』にまぎれて?」
 ネロの体が、ぶるぶると震え始める。怒っている、のだろうか。
 直香は続けた。
「デミ・ギルティってやっかいだね。プライドばっかり高くってさ」
「グアアアアアッ!」
 いよいよ、ネロが、直香に向かって飛びかかった。
 地に落ちた銀食器を大きく飛び越え、頭上から、狙ってくる。
 しかし、その体が直香に届く前、ネロの頭上に、半透明な魔法陣が出現した。
 気づいたネロが上を見る。が、遅い。熱線が、狼の体に照射される。
「ほら、これでもう逃げられない」

 狼の毛皮はすでに、熱に焼かれてボロボロだ。
「こ、んな奴らにっ……!」
 焼け焦げた喉から、絞るような声が漏れる。その顔は、人間のそれになっていた。
 ギルティのなりそこないであるデミ・ギルティも、最後は人の体で死にたいということ……だろうか。
 囚われのネロに、やよいが尋ねる。
「……ギルティとして生きた君の人生、いかがでしたか」
「……答える、必要、ない……よ」
 そう告げたとき。ネロの体はもう、命を宿していなかった。

●デミ・ギルティ:ラギウス

「お前たちの敵はここだ!」
 王生 那音が、放った気合いのオーラに、引き寄せられたのは、黒髪のラギウスだ。
「へえ……もしかして、一番に死にたいの?」
 ラギウスが、血のように赤い瞳をぎらりと輝かせる。
 だがそれを、那音は真っすぐに見据えた。
 歩隆 翠雨の力を分けてもらっているのだ。こんなところで、ひるむわけにはいかない。
(翠雨さんが、攻撃しやすいようにしなければ)

(射れば位置が気取られる。だったら、最初に当てなければ意味がない)
 木の間に身を隠した翠雨は、すうっと息を吐いた。両手弓『フェアリーボウ』を構える。
 ルゥ・ラーンの発案で、矢じりには銀の塗料を塗ってある。
(どれだけ効果があるのか……)。
 ぎりぎりと弓を引き絞る。
 ラギウスが、那音を睨みつけた。どちらも表情硬く、動かない。今が、チャンスと、矢を放つ。

 ――しかし。
「そんな陰から、ずるくない?」
 ラギウスは、あっさり矢を避け、翠雨に向かって走ってきた。
 ノクスを中心に、円形の聖域が生まれる。
 さらに彼は、盾『セイクリッドアイアース』を持ち、翠雨とラギウスの間に身を滑り込ませた。
「ぐうっ!」
 衝撃を受けながらも、なんとかラギウスを抑え込むノクス。きついが、盾を持たぬ翠雨よりは、自身の方が耐えきれる。
 その背後、ラギウスの背に向けて、ラティオ・ウィーウェレの『トランスソード』が振り下ろされた。
「はっ!」
 前にノクス、後ろにラティオ。
 逃げ場のないラギウスが、振り向きざま、狼の手に変えた爪で、ラティオを一閃する。
 彼はすぐに盾『ジェンマの抱擁』を構えた。ふわり、柔らかな羽が周囲に舞う。
 だが小型な盾では、ラギウスの攻撃を受けとめきれず。
 盾は砕かれ、ラティオは、勢いよく吹っ飛んだ。
 それを、コーディの前に現れた熊のぬいぐるみが、受け止める
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
 ぼふり、柔らかな体は、すぐに消え去った。
 ラティオがよろめきつつ、なんとか立ち上がる。
 盾を持っていた腕はジンジン痺れているが、体に爪が刺さった様子はない。
 だが熊がいなければ、地面に転がり、痛い思いをしていたことだろう。

 一方、ラギウスの前には、大鎌『斬月』をもったルゥと、短剣『クリアライト』を手にしたアオイが、立ちはだかっていた。
「神人二人で、僕の相手ができると思ってるの」
「さあ、どうでしょう」
 不満あらわなラギウスに、ルゥが答える。
 それが、合図。二人同時に斬りかかる。
 だがアオイの短剣は、ひらりと身をひるがえしたラギウスに届かず。ルゥの大鎌は空を斬った。
「ほら、やっぱりだめじゃない」
 そこに、両手剣『ウィーゼル』を持った一太が、高く飛び込んでくる。
「ああああっ!」
 重い刃は、ラギウスの左肩にぶち当たった。ぐしゃり、骨が砕ける音がする。

「へえ、後ろに精霊がいたんだ……」
 苦痛に顔を歪めながらも、口調だけは穏やかに、ラギウスが言った。
「だったらなんだ?」
 剣を構えて、一太が答える。
 その横には、ルゥとアオイ、そして、復活したラティオが、それぞれ武器を構えている。
「先ほどのお返しをしないとな」
 ラティオは、片手剣『トランスソード』を振り上げた。
「人間の攻撃なんて!」
 ケガをしたラギウスの左肩は、動かない。それでも彼は、三人の攻撃をひらひらとかわした。

 目の前の相手に、注意が集中している今こそが、遠く武器を構える者たちにとっては、チャンスでもある――。
「ほぉら、まだまだだよ」
 にやり、笑うラギウスに、翠雨と萌葱が放った矢が当たる。
「うっ……くそうっ!」
 右肩に一本、背中に一本。
 刺さった矢を、左腕の上がらぬラギウスは、抜くことができない。
 しかも銀を塗ってあるこれは、じわじわとラギウスの体に、毒のように沁み込んでいった。
「なんだ、これっ……」
 くらり、ラギウスが体勢を崩す。
 そこに、コーディが呼び出したパペットが迫った。
 まるで本当に生きているかのように、ラギウスの両足首に絡みつく巨大蛇。
 それは、ふくらはぎ、膝、太腿と、ゆっくりと確実に、ラギウスの細い体を上っていった。
「や、やめてよっ!」
 ラギウスが、狼の手に変えた爪で、蛇に突き刺そうとする。
 が、できない。拘束された両腕に、ノクスの斧と、那音の剣が刺さったからだ。

「ア、アアアアッ!」
 顎を上げ、暗い空を見上げ、ラギウスが吠える。
 ――と、その体は瞬時に、狼に変化した。
 するり、体を滑らせ、ラギウスが蛇の拘束を逃れる。
「行かせるかっ!」
 叫び、一太が飛びかかった。が、大ぶりな両手剣は、大地にめり込んだだけ。
 まるで、壊れたゼンマイ仕掛けのおもちゃのように、不安定な動きで、ラギウスが走っていく。その体はすぐに、草の中へと隠れてしまった。
「やっぱり、黄金の鱗を壊さないと、ダメなのか?」
 那音が、『マグナライト』で、ラギウスが逃げた方角を照らし、走り出す。
「この外套なら、殺気を感じ取れるかもしれません」
『叛逆ノ黒外套』を着たルゥは、草をかきわけ、周囲を見やった。
「あれだけ傷ついていれば、この鎧でもわかるかな」
 コーディが身に着けているのは、他者の血の匂いに敏感になるという『アールブラッド』である。くんと鼻を動かしてみる。

 そしてルゥとコーディは、同時に指を指した。
「あっちです」
「向こうみたい」
 ――それは、守るべき人が残る、村の方角。

 がさり、と雑草が揺れた。
「……終わったか?」
 蘇芳は、スクエアメガネの奥の瞳を細めた。さきほどまではずいぶん賑やかな音が聞こえていたが、今はすっかり静かになった。
 村の入口を守る身である。戦わずにすむのであれば、これ以上のことはない。
 ――だが、妙な気分だ。
 蘇芳は『叛逆ノ黒外套』の襟元を引き寄せた。これを着ていて、こんなにも落ち着かないということは――。
「まさか……!」
 両手剣『ヴィーゼル』の柄に手をかける。
 と同時に、目の前の雑草ががさりと揺れた。
 現れたのは、血まみれの狼。ラギウスだ。
「なぜっ……!」
 蘇芳は咄嗟に、『フェスティナメイル』に食人植物の力を憑依させた。
 鎧は薔薇を模した形となるも。
(仲間はどうした? ラギウスは逃げてきただけか? 萌葱は、萌葱はどうなった?)
 様々な思いが、ぐるぐると脳内を駆け巡る。
 一歩、二歩。バランスを崩しながら歩くラギウスは、両肩に矢が刺さり、その毛の広範囲が、赤く染まっていた。
 それでも……いや、だからこそか。血を求め、蘇芳に飛びかかってくる。
「ガ、アアアア!」
 見るからに弱っているのに、強い力。押し倒される。敵も必死なのだ。
「くっ……」
 蘇芳は顔を歪めた。
 鎧に力をめぐらせているから、なんとか耐えられている。
 だが狼の両爪が、両肩に食い込んでいた。
 地面に背をつけた仰向け、上には狼。この状態では大剣は引き抜けない。
(なんとかしないとっ……)
 足を上げ、膝を曲げる。血まみれの腹をまさに蹴り飛ばそうとしたところで。
「グアッ……!」
 ラギウスが背をそらした。背中に、うばらの放った『シュリケン・パンプキンローズ』が刺さったのだ。あたりに、バラの幻影が舞い上がる。
「その様子じゃ、もう大して戦えないだろ?」
 ラギウスは、蘇芳の腹の上に乗ったまま振り返った。うばらがもう一度、手裏剣を構える。
(こっちに注意を引いて、なんとかあの場所から移動させないと……)
 そこに、矢が飛んだ。
「蘇芳!」
 萌葱が戻ったのだ。
 ラギウスが、萌葱を見る。
 狼は、血を吸うなら神人だとばかり、最後の力を振り絞って、萌葱に向かって行った。
「おいっ!」
 蘇芳が飛び起きる。萌葱は、ぐんぐん近くなる狼に、弓を構える時間もない。
(逃げないとっ……!)
 萌葱が、敵に背を見せ、踵を返そうとする。
 そのとき、目の前に、バラをまとった蘇芳が突っ込んできた。
「萌葱っ!」
 正面から抱きしめるようにして、彼に護られる。その背後にはラギウス。そしてさらに後ろには、うばら。
「いい的になっていますよ」
 うばらの放った手裏剣が、狼の背に当たる。
 身をよじるラギウス。その頬に、また手裏剣。
 シャリン、高い音が鳴り、ついに黄金の鱗が……割れた。
 そこに、蘇芳の鎧のバラが刺さった。
「グ、アアア……」
 細い、断末魔の声。
 これが、ラギウスの最期だった。

●デュルク砦へ

「……やっと、支配が終わったんですね」
 ネロとラギウスの死を知った老人は、正身の手を握り、涙をこぼした。
「あと少しです。みんなで、安全な場所に移動しましょう」
 しわしわの手を握り返し、正身が告げる。
「荷造りのお手伝いをします。なるべく早く、出発しましょう」

 避難準備を終えた村人を先導するのは、正身とジュリアーノだ。
 正身は『マグナライト』で暗い道を照らしつつ、老人の手を取り、歩いていた。
「物も運ぶぜ? 大切な物もあるだろうし」
 そう言ったうばらは、村人に渡された、大きな薔薇の鉢を持ってくる。
「あんな村に不釣り合いだと思うでしょうが……これが、私たちの唯一の楽しみだったんです」

 その後ろには、萌葱と蘇芳が続いている。
 老人の妻だという女性が、二人に話しかけた。
「私たちは、どこへ、行くんですか」
「デュルク砦です。そこへ行けば安心ですから」
 萌葱が、爽やかに答える。それまで不安を映していた女性の顔が、ぱっと明るくなった。

 ゼクもまた、立派な体を活かして、重いものを運んでいる。
 足の悪い大型犬だ。
「この子は、わたしたちの家族なの」
 老人のひ孫だという少女は、手を引く直香を見上げた。
「怖いものが来たとき、追い返してくれたのよ」
「それは立派だねえ」
 直香が笑えば、少女はすっかりご機嫌だ。

 しかしその犬に、怯えている男が一人。恭樹である。
「狼は、怖がらなかったじゃないか」
「あれはデミ・ギルディだろ。犬じゃない」
「犬の方がよほど害がないと思うが」
 ぽつりとつぶやくハーランド。
 そんなことわかっていても苦手なものは苦手だと、恭樹は、犬から一歩、距離をとった。

 その後ろで、尊は、若い夫婦に質問攻めにあっていた。
「本当に、もう大丈夫なんですか?」
「この先に行ったら、太陽というものが、見られるんですか」
 ――村を支配していた敵は倒しましたから、安心です。そのうちに日も射すでしょう。日は毎日、昇ります……。
 愛想よく答えながら、尊は歩く。その姿を見、アルフレドは普段との違いに、驚くのだった。

 その後ろには、いつでも通常運転の二人。
 テオドアとハルトである。
「よかったねえ、テオ君! これで任務達成だよ!」
 ハルトは背後から、テオドアに抱き付いた。胸の前に回った手をほどきながら、テオドアが厳しい声を出す。
「まだやることは終わってないだろ! しっかり歩けよ」

 翠雨と那音は、年代物の服を着た女性を連れている。
「この服は、おばあさんのお母さんが縫ったのですって。普段はとても着ることなんてできなくて、隠していたの。宝物だから、着てきたわ」
(翠雨さん、こういうの見るの、好きなんじゃないかな)
 思い、那音が彼を見ると、案の定。翠雨は穏やかに微笑んでいた。

 ノクスは、足の悪い中年男性に、肩を貸している。
「すみませんね……山歩きは辛くって」
「なに、かまわん。慣れているからな」
 ラティオは、その男性の荷物を背負っていた。
 が、視線はきょろきょろ。手に持つ明かりはフラフラ。
「タブロスでは見ない植物があるな……ああ、あっちにも」

 バルトは、やよいに尋ねた。
「なんで、敵にあんなこと聞いたんだ? ギルティとして生きた君の人生が、なんて」
「ハッピーエンドだといいなって、思ったからですよ」
「ハッピーエンドか……」
 バルトがふっと息を吐く。
 敵は倒した。約束は守られるだろう。
 ――それも、幸福な結果を迎えると信じている。

 アオイとは、遅れがちな人をサポートしつつ歩いている。
 談笑などしているのは、村人の心を和まそうとしているのか。
(だったら俺は、話に加わらない方がいいな)
 話をするのはあまり、得意ではない。
 一太は口を閉ざし、歩を進めた。

 最後尾、ルゥとコーディは、空を見上げた。
 長きにわたり、ギルディ・ガルデンを支配してきた、ギルティと闇。
 そのどちらの存在も、今終わりを迎えようとしている――。
「先を占う必要は、なさそうですね」
「そうだね」

 デュルク砦の上、暗い空に、光が差し込み始めたのは、それからわずか、数分後のことだった。



(執筆GM:瀬田一稀 GM)


戦闘判定:大成功
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