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【ラストフェスティバルイベント】
―― 究極 の 愛 の 舞台 ――

プロローグ【『魔法世界「らぶてぃめっと世界(ステージ)」』】

●らぶてぃめっと世界

 神代の昔、神の創りし五種の精霊と人間は六つに分かれたそれぞれの世界に暮らしていたが、
 神々がその姿を見せなくなる頃から、世界は一つに融合(大融合)し、精霊と人間が同じ世界に共存するようになった。

 そこからの長い歴史で、人々は隆盛と衰退を繰り返しながらも、少しずつ繁栄を続けていたが、
 やがて、精霊と人間の歴史を大きく揺るがす厄災が世界に訪れることとなる。
 精霊と人間を見境なく襲い、魂を食らう凶悪な生物「オーガ」の出現。

 オーガに対しては、どのような武器も、魔法も全く通じなかったため、人々は抗う術もなく、
 ただただオーガに怯え、食われ尽くしてしまうのを待つばかりかと思われた。

 けれど、とある一組の夫婦がオーガ討伐に成功したことから、人々はとうとうオーガに対抗し得る術を見つけ出すに至る。

 それは、特殊な力に目覚めた「神人(かみうど)」と呼ばれる(元)人間と、適応することが出来る精霊とが契約を取り交わすことで、
 オーガを滅ぼす力を得ることが出来る、というもの。

 さらにその力は、契約者同士の信頼や愛情といったものに比例して、より強大になっていくことも分かった。
 人々は、これを愛の奇跡であると喜び、顕現した神人と適応する精霊探しに躍起となった。

 しかし、顕現した神人の捜索は困難を極め、また適応する精霊に関しても、
 当時は当人同士を引き合わせるまでわからなかったため、オーガへの抵抗力増強は遅々として進まない状況であった。

 同時に、顕現して間もない神人がオーガに襲われる事案が多発したため、人々は顕現した神人の発見と保護、
 そして適応する精霊とのマッチングを効率的に行うため、対オーガ連携協定組織が設立されることなる。
 この組織は、後に「A.R.O.A.(Anti the Risk of Ogre Agency)」と呼ばれる組織として、発足した。

 そして、A.R.O.A.の発足により、オーガ討伐の機会は飛躍的に増え、人々はある程度落ち着いた暮らしを取り戻すことができるようになった。



●流星融合

 今から20年ほど前、世界の各地で部分的にコレまで見たことのない文明をもつ世界が出現するという事件が発生し、世界が大混乱に陥った。
 この現象は、神代に発生したと言われる世界の融合(大融合)と区別して「流星融合」と呼ばれている。

 さらに、この時の混乱に乗じてオーガが猛威をふるい、しばらく混乱が続くことになった。
 その時の混乱は落ち着いたものの、オーガに関する事件は落ち着くどころか、次第に大規模な災厄へ発展するようになる。

 「A.R.O.A.」は急増する対オーガ案件への処理能力の限界が近いことを察知し、神人、精霊の組織登録義務化、
 契約適性者同士のマッチングのシステム化を推進し、契約者同士が防衛のために行動を共にすることを義務として定めた他、
 これまで積極的な討伐に関しては、正式な所属職員のみで対応していたところ、登録されている契約者の志願参加を認め、
 さらに積極的な参加を行うことを推奨するまでになっていった――。



●A.R.O.A.という組織

 ギルティ・ガルテンを統治していた「ハインリヒ・ツェペシュ」、「ヴェロニカ・カーミラ」がウィンクルムに討伐され、
 囚われていた人々が、今度こそ全員救出されたというニュースは、瞬く間に世界中へと報じられた。 
 人々は歓喜し、狂喜し、オーガ達との戦争への勝利を確信する者も少なくなかった。

 だが、ある1点。A.R.O.A.から報じられなかった情報が存在する。
 それは「世界の脅威として牙を剥いている者が、『A.R.O.A.創始者』であること」。
 ハインリヒが魂が滅びるその瞬間に遺したその言葉は、ウィンクルム達とA.R.O.A.の人間のみが知り得ている。

 A.R.O.A.が敵なのではないかと人々が認識すれば、それこそオーガの進行を食い止めることが難しくなるだろう。
 ただでさえ、オーガに対抗できるのはウィンクルムのみであり、その力を畏怖している人間も存在するのだから、
 もしもその力が自分達を救うためではなく、自分達を滅ぼすために使われるかもしれない、という不安が出れば、
 暴動が起こる火種としては、十分すぎるものだ。

 ウィンクルム達も、力があるだけの、馬鹿ではない。
 それぞれが思うところはあるものの、A.R.O.A.現代表「レイジ」が言うまでもなく、人々の混乱が起こることを懸念できていた。
 だから、A.R.O.A.が報じなかったからといって、わざわざ人々に情報を吹聴することはしていない。

 そうはいっても、一部のウィンクルムの心の中で、蟠りや不安、不満が存在していることは事実だった。
 特に、真っ直ぐな性格をしている神人「セナ・ユスティーナ」と、正義感の強い「ミラス・スティレート」は、
 黙秘を続けていたレイジに不信を覚え、掴みかかる勢いで事実を追求するに至った。

「おい、A.R.O.A.の創始者が、あの吸血鬼をギルティ化させた張本人って、どういうことだよ!
 アンタ、もしかして、最初からA.R.O.A.の創始者がそうだったって、知ってたのか!?」

 A.R.O.A.の創始者イシスとは、一部のウィンクルムや、レッドニス・サンタクロース、存命の際にダークニス・サンタクロースも会っていた。
 中には、顔を思い出せる者も居るくらいなのだから、自責の念に駆られる者が居てもおかしくはない。
 確かに、A.R.O.A.という組織は世界を守るという大義を掲げて、褒められたものではないこともして来ている。
 だが、今回の話は、許容できるようなスケールの話ではない。
 自分達が在籍し、オーガと戦うために動いていた組織が、オーガ側の組織かもしれない、という懸念を抱かせるには十分な話だ。
 レイジは、セナとミラス、そしてウィンクルム達の視線を一瞥すると、淡々と告げる。
「創始者の話だ」
「はぁ?! 創始者ってことは、A.R.O.A.を発足させた人間ってことだろ! 元々の目的が、オーガのためだったって言い切れるのかよ!」
 セナは、焦燥しきった様子でレイジに食いつき、ミラスも止めることなく怪訝な顔でレイジを見据えている。
 マントゥール教団寄りの思想を持っていたユウキ・ミツルギも、リーガルトもまた、真剣な表情だ。

「恐らくは、A.R.O.A.はオーガのために作られたのだろう。……いや、イシスが利用するために作られたといったところか」

「なッ……!」
 どういうことだ、と追求する前に、レイジが続ける。
「思い出せ。かつて夢見の塔でナイトメア=フェイクギフトを討伐した時のことを。
 あの1件で、レッドニス・サンタクロースと、ダークニス・サンタクロースは仲を違い、
 ダークニス・サンタクロースがギルティとなる結果を生み出した」
 ――ダークニスは、兄弟の愛が偽者だと勘違いをし、憎悪に焼かれギルティへ身を堕とした。
「イヌティリ・ボッカは、リヴェラ・アリアンヌとの仲を割かれた。
 そして、負の感情に支配された時、現れた存在によって、その身を配下と共にギルティ、デミ・ギルティとなった」
 ――ボッカは、貴族と一般市民の身分の差でありながら恋をし、身分の差で愛を引き裂かれ、ギルティへ身を堕とした。
「ハインリヒ・ツェペシュと、ヴェロニカ・カーミラは、ウィンクルムとしてはじめて成立した存在でありながら、
 その力を畏怖され人々に拒絶され続け、息絶えるその瞬間に現れた存在によって、ギルティとなった」
 ――ハインリヒとヴェロニカは、ウィンクルムとして顕現したものの、その力を忌み嫌われ無残に愛を引き裂かれ、ギルティへ身を堕とした。

「すべてのギルティ化には、イシスが関わっていた。
 そして恐らく、ギルティとなった彼等の悲劇的な出来事はすべて、イシスが誘導したものだろう」

 絶句するセナ達を見据えて、レイジは一拍置いて、
「この事実は、最初から気がついていたわけではない。
 イシスが消息不明となり、オーガの関与する事件が急増したことから、情報を集め、この事実に行き着いた。
 わかりやすい例でいえば、ウィンクルムを過去に呼び出すことができる存在が、ただの人間か、という話だ。
 確かに『1000年鏡』を使えば、過去には遡れるかもしれないが、説明不能な部分がありすぎる」
 1000年鏡とは、異次元空間でムスビヨミが地上にいる短い期間のみ使うことができる、時間を遡れる特殊な鏡のことだ。
 数枚しかない国宝級の宝で、過去1000年までの時間を遡ることができ、最長で1時間その時代に滞在できる。
 かつて、特別に使用許可が下り、この鏡を用いて妖怪たちの過去へ飛び、問題の調査・解決を行ったことがあった。

「それに、異次元空間や、クラックワールドの存在についても、イシスの引き起こしたことだろう。
 特に、ミラス。彼がグノーシス・ヤルダバオートの実験により、マントゥール教団の生贄を含む、
 負のエネルギーでギルティ化しかけた時から、この世界の空間に異常が頻発している。
 つまりは、ギルティが生まれれば、空間に何らかの影響を与えることができる、ということだ。
 イシスにとって、ギルティは戦力というよりは、空間に影響を与えるための道具だと考えるのが妥当だろう」

 確かに、ダークニス・サンタクロースが誕生した際には、空間や世界がざわつく感覚が確認されていた。
「だとしたら、イシスの目的は、何なんだよ……」
「そこまでは予想がつけられていない。だが、人間に対して得であることはまずないだろう」
 イシスは人類の敵である、その事実には変わりはない。
「A.R.O.A.は、そのイシスがギルティを生み出すため、あとは隠れ蓑にするために作り出されたことはわかったよ。
 これまでの事件とか、いまの話を聞いたら、わかりたくないけど……わかったし。
 だけど、これだけははっきりと答えてくれ。――アンタは、いまのA.R.O.A.は、世界の味方なのか?」
 ウィンクルム達の空気が、一瞬にして張り詰める。
 一般人であれば、この空気だけで萎縮し、気絶してしまう者が居てもおかしくないような、そんな空気。
 レイジはしかし淡々と、告げる。

「当然だ。イシスが自分の目的のために発足した組織であったかもしれないが、
 今ここにあるこのA.R.O.A.という組織は、人間を守るためにある。
 その目的のためであれば、命を落としても受け入れるだけの覚悟は済ませている」

 ギルティという強大な敵を倒すほどの力を持つウィンクルム。
 どれだけ同じく笑い、泣く存在だとわかっていても、対等かそれ以上の目線で話すものは、そう居ない。
 レイジが対等以上にウィンクルムと話すことができるのは、既に死を受け入れていることに他ならないからだ。

「それに、本当にA.R.O.A.がオーガの侵攻を受け入れている組織なのであれば、こんなものを受け取らないだろう」
 レイジがそう言い見せたのは、女神ジェンマがレイジに手渡した、対イシス用の武器『愛の花弁』。
「これは、希望の樹――世界樹となったジェンマがその身に生み出した、花だ。
 この5つを、神人もしくは精霊 計5名に戦闘開始時に所持してもらう。
 イシスを中心にして、五芒星を描くように方陣を描いて立ち、負の感情に相反する『愛や未来への希望』を込めることで、
 イシスの行動を少しの間封じることができるようだ」
「ただし、封じている間は動くことができず、イシスが込めた愛の力以上の負の感情を爆発させた場合、効果が消える可能性があるようだ。
 『愛の花弁』を持つ5名に寄り添い、より多い人数で『愛や未来への希望』を込めると効果的になるだろう。
 そして恐らく、その思いが強ければ強いほど、イシスへ強い効力を発揮する」
 逆に、負の感情に負け、負の感情が混ざってしまった場合。
 神人は精神力を奪われ、精霊は「オーガナイズ・ギルティ」が強制的に発動する可能性がある――。そうレイジは付け加えた。
「ただ戦闘に強いだけではなく、絶望に負けない不屈の精神力を持つ者、もしくは強い絆を持つ者が向いているな」
 一通り説明を終え、レイジがウィンクルムに「愛の花弁」を手渡すと、同時に禍々しい存在が近づいてくる感覚がウィンクルムを襲う。

「来たか。人間を死へと誘おうと画策する、死神が」
 レイジが目を向ける先は、首都タブロスから離れ、旧タブロス市外とは逆の方角。
 ウィンクルム達が目を向けると、そこには、A.R.O.A.の創始者イシスと、グノーシス・ヤルダバオートの姿があった。



●愛の形

 緑豊かな草原の上で、イシスとグノーシスは歩みを進めていた。
 踏みしめられた草は、すべて枯れて行き、2人が歩いた箇所は
 身を隠すこともなく、これといった策も用意などしていない。
「科学者のボクとしては、ここまで正面を切って敵地に乗り込むのは不本意ではありますが……。
 世界の最期を見届けられるなどといわれれば、来ざるを得ませんね」
 グノーシスは、銀髪を風になびかせながら、どこか楽しそうに上ずった声で漏らす。
「世界の真実というものを、しっかりと調べることができなかったのは非常に不服ですが、
 タイムリミット、ということでしょうか。ボクの思慮を上回られてしまった、と素直に認めましょう」
「実際に目の当たりにしなければ知り得ないもの、というのもある。思慮が及ばないのも仕方がない」
 オベリスク・ギルティの1件で、イシスへと近づいたグノーシスは、彼の語る世界の真実というものが何なのかを考えつくした。
 しかし、その答えはほとんど得られないまま、世界の終焉というタイムリミットとなってしまったのだ。
「いやはや、何年振りだろうか。こうして、首都タブロスに来るのは」
 かつて、A.R.O.A.を創設し、その中心として成長していった首都タブロス。
 彼が最後に足を運んだ時からは、まったく別の場所といっても良いほどの進化を遂げていた。
「情報としては聞いていたが、なかなか目の当たりにすると違うものだ」
「その口ぶりですと、前に訪れたのは相当前のようですね」
「ああ、首都タブロスには特に用事はなかったし、今のA.R.O.A.にも特に興味はないからね。
 それに、人間の発展が詰まった場所だ。次に来る時は終わりの時、そう決めていた」
「はは、確かに技術のすべてが培われた物を壊すというのは、人間の積み上げたものを破壊することに他なりません。
 破壊という行為に、アーティスティックな面を魅せることができる、良い行動ですね」
 自分と同じ考えに、くつくつと笑うグノーシス。
 旧タブロス市街を破壊した際にも、同様のことを考え、破壊の限りを尽くしていたのだろう。 
 光景が脳裏にフラッシュバックしたのか、口元を手で押さえながら、楽しそうに笑い声を上げる。
 そして、その笑い声を遮るようにして、

「――どうやら、役者が揃ったようだな」

 レイジと、ウィンクルム達が2人のギルティの前に立ちはだかった。
 ウィンクルム達の中にはすでにトランスを行い、臨戦態勢の者も居る。
「揃った、か。揃えたの間違いだろう? こちらにこのような手紙を送ったのだから」
 レイジの手の中には、首都タブロスへ侵攻を行う旨が記載された手紙が握られていた。
「何のつもりだ。これから世界を崩壊させる者がとる行動とは思えないが」
 その問いに、ふっと笑みをこぼして、イシスは答える。
「逆だ。これから世界を崩壊させるのだから、崩壊を告げたほうが覚悟ができるだろう?
 それくらいの慈悲は、持ち合わせているものでね」
「慈悲、か。まるで神にでもなったかのような口ぶりだな」
 その言葉に、はは、とイシスは笑って、

「そうだ。私は元々、神だからな」

 ざわ、とウィンクルム達、そしてレイジにも動揺した様子が見て取れた。
 この世界には確かに、様々な神が存在し、奉られていることも少なくない。
 炎龍王も、元々は神として崇められていたが、オーガ化したことからわかる通り、神がオーガとなることもあるのだろう。
 しかし、神がギルティとなることなど、これまで無かった。
「な、何を馬鹿なこと言ってんだ!」
 イシスの発言に、セナが噛み付く。
「おやおや、これはこれはモルモットの神人さんではありませんか。
 何が馬鹿なこと、なのでしょう。これまで、様々な人間や神がオーガ化したのに、ギルティ化は理解できないと?」
「神様ってのは、人間に与え与えられの存在だろ! オーガの被害に困ってるやつも居た!
 それが、アンタみたいなクソ野郎に成り下がるわけない、って言ってんだよ!」

『その者の言っていることは真実です』

 世界樹として聳え立つ女神ジェンマの声が、その場に居るもの全員に響き渡る。
『彼は元々、皆さんの言う「神代の昔」に、私と共に神の座に居た存在です』
 信じられない、というざわめきが起こり、方々から驚嘆の声が漏れた。
 これまで、神という存在は、各地域や空間を治める存在であったり、守り神であったりと、一部地域のみで君臨する神であった。
 しかし、この話が真実なのだとすれば、イシスは、それらの神よりもよほど高位の神であった、ということだ。
 それほどの存在が、ギルティとなり、世界を滅ぼそうとしている。
「懐かしいな。こうして君と話をすることを、どれだけ心待ちにしていたことか」
 イシスは無邪気な子供のように、心底嬉しいという表情で、女神ジェンマが融合を果たした世界樹を見やる。
『……あなたのしてきたことは赦されることではありません。
 ですが、そうさせてしまったのは、私にも責任があります』
「君に罪はないさ。罪というのなら、私と君の愛を成就することができない、この世界にある。
 愛の女神の君にも、ウィンクルムにもわかるだろう? 愛が成就できないことの辛さを。
 引き裂かれる苦しみを。失う恐怖を。奪う喜びを。共に過ごす幸福感を!」
 イシスは空を仰ぎ、これまでの穏やかな表情から一変した、狂犬のような表情で噛み付くように叫ぶ。

「君の居ない世界なんて、君が愛してくれない世界なんて、要らない」

『…………イシス』
「オーガは世界を破壊し、世界を正しい方向に導くために使った。
 愛が受け入れられる世界、それこそが正しい世界なんだから、間違った世界は正す必要がある。
 だから、オーガが人間を殺すのは、世界の救済のためだ」
 奇しくもそれは、マントゥール教団の教示と同じ。
 オーガが世界を救済するのだという思想は、恐らく。彼の思想に感化された人間が作り上げたものなのだろう。

「君たちもそう思うだろう。感じたことも、見たこともないのか?
 愛が否定され、想い人と離れ離れになる苦しみを。愛を力とする君たちなら、わかるだろう。
 私が作り出す新世界では、すべての次元も空間も統合される。
 滅んでいなければ、死んだ人間の魂でも、別空間にいる存在だろうが、すべて1つの世界に統合されるのだから、
 再び会うこともできるし、言葉を交わすことも、触れることも。愛し合うことができる。」

 すべての次元の統合を果たせば、この世界は一度すべて崩壊する。
 もちろん死者が出るし、人間は全員死ぬことになるかもしれない。
 しかし、イシスが行使しようとしている「世界の統合」を行えば――滅んだ魂でなければ、再び邂逅できる。再び、愛し合うことができる。

「な、なんだよそれ、今生きている人間は一度全員死ねってことか!?」
「ボク等よりも、よっぽど狂った考え方をしているみたいだね」
 セナの声に、ユウキが苦笑しながら同調する。
 ウィンクルムの愛が、マントゥール教団やオーガという脅威を打ち砕くことを信じ、それによって愛が膨れ上がってほしいという思想を持つユウキ。
 そのためなら、自分の命さえも踏み台として、有効活用させようと考えていたが、「世界そのものを愛のために破壊する」という考えには至らなかった。
「愛は元々狂気を生み出すものでもある。……だが、これほどの者ははじめて見るな」
 リーガルトが、淡々と敵を表すようにつぶやく。
「異質には、人間もギルティも、興味が湧くものです。
 どうですか、あなたがその考えに至った理由を、教えてはいただけないでしょうか」
 グノーシスがイシスに問いかける。
 すると、イシスが答えるよりも早く、女神ジェンマの声が響いた。

『…………それは、私が語りましょう』
 


●神代の真実

 神代の昔。世界は元々大きな1つの世界であり、愛はたった1つの形しかありませんでした。
 家族間の男女が結ばれ、永久にそのシステムが続けられるだけの、習慣のような中で生まれる愛。

 そんな愛の形しかなかった世界で、女神ジェンマは、兄弟ではない他の神に恋をしてしまいました。
 神の名は「イシス」。彼もまた、家族の間だけで終わるだけの、愛の形に疑問を呈していました。
 二人はお互いに惹かれあい、ついに、異なる愛の形が生まれたのです。

 すると、たった一つしか存在しなかった愛は、様々な思想、種族差別、愛憎といった形で世界に広まり、人々は分裂し、敵対し、戦争を起こしました。
 世界も、種族や思想によって分裂し、五種の精霊と人間は六つに分かれたそれぞれの世界に住むことになってしまいます。

 神々は、世界の分裂を嘆き悲しみ、女神ジェンマが恋をした、神イシスの力を剥奪し、
 忌み嫌われる存在の象徴として、醜い姿(オーガ)へと変貌させ、下界に追放します。
 女神ジェンマは権威を剥奪され、神々の中での序列を、下位へ降格させられてしまいます。
 愛を引き裂かれたイシスと女神ジェンマは深く悲しみ、叶わぬ恋に心を磨耗させていきます。

 幾星霜の時が経った頃。イシスの中に、復讐の感情が芽生えました。

 女神ジェンマとの関係を引き裂いた神々を赦さない。
 復讐の業火に身を焦がし、彼はついにオーガであった姿から、ギルティへと成り下がってしまいます。

 イシスがギルティとなったことで世界には瘴気が蔓延し、
 精霊、動植物、人々がオーガへと姿を変え、地上を覆いつくしてしまいます。

 力をつけたイシスは、手に入れた愛憎の力で神々を襲い、復讐を果たします。

 ――ジェンマに会いたい。
 その一心で、イシスは女神ジェンマの元へと向かいます。
 しかし、あと一歩で女神ジェンマの元へたどり着けるというところで、
 一人の神が最期の力を振り絞り、世界の融合(大融合)を起こします。

 世界は再び一つに融合し、世界は大きく分けて三つの次元に分けられました。

 一つ目は、女性の神人が存在する次元。
 二つ目は、男性の神人が存在する次元。
 三つ目は、イシスを永久に追放するための次元。

 死した神に残った、神の力は、人間に与えられ、神の力を宿す神人が顕現し、
 神に生み出された精霊の祖は、神としてそれぞれの世界を守るために飛び立ち、別々に守護につくことになりました。

 女神ジェンマは自らと、イシスの愛が引き起こしたこのを深く悔やみ、
 神の力を持つこととなった、神人に力を分け与え、精霊と契約することでウィンクルムとして力を発揮し、
 世界に跋扈する、オーガに対抗できるようにしました。

 また、力持つ精霊が、イシスのように愛憎からオーガとならないよう、
 ウィンクルムの魂を管理し、輪廻転生を繰り返すように循環させることにしたのです。


 けれど、イシスは別次元に飛ばされようとも、彼女を諦めることをしませんでした。
 イシスは自らの力で「流星融合」を引き起こし、別々にわかれていた三つの次元を、無理矢理融合させようとしたのです。

 離れていた「女性の神人が存在する次元」と「男性の神人が存在する次元」は、すぐ隣にあるような紙一重の距離へまで引き寄せられ、
 イシスを永久に追放するための次元は、他の次元に干渉できるほどに、融合してしまいました。

 しかし、イシスは流星融合を起こしたことで力の多くを消費してしまっていたため、
 同時期に女神ジェンマが生み出した存在、ウィンクルムに殺されてしまいかねないのは、目に見えていました。

 そこでイシスは、少しずつ準備が進んでいたウィンクルムを手助けする組織を乗っ取り、A.R.O.A.として創設します。
 A.R.O.A.の創始者となることで、逆にウィンクルムを管理しつつ、姿を隠すことにしたのです。
 最もウィンクルムに近い存在でありながら、じっと長い年月をかけて力を蓄え、20年ほど前には再び「流星融合」を引き起こし、悲劇からオーガを急増させました。

 そして少しずつ、ギルティに成り得るほどの深い愛の悲しみを生み出し、世界に瘴気を増やし、次元に影響を与え続けたのです。

 女神ジェンマとの愛を成就させる世界を、創り上げるために。



●決戦の火蓋

 女神ジェンマから明かされた真実に静寂が訪れ、辺りは風にゆれる草原の音だけが響く。
 ギルティにつけられていた名前、ウィンクルムの愛の形。
 それらは元々、神々の中で「罪」とされていた愛の形であって、それ故にギルティと呼ばれていたのだ。
『私の罪は、彼が追放された時に、私が一緒にオーガとならなかったことでしょう。
 彼と共に、罪を受け入れ、オーガとなっていれば、あるいは私たちだけが、永劫の責め苦を受けるだけで済んだかもしれません』
 ――本当に、申し訳ありません。
 世界樹から響くのは、声だけではあるが、その声には本心からの謝罪の気持ちが、後悔の念が込められていた。
「仮に、君がオーガになったとしても。私は神々に復讐していたさ。結果は変わらない。
 それに、既に起こったことに『もしも』を論じる意味は無い。今ある世界が、事実であって、現実さ」
 イシスがそう言いながら、掌の中に黒い塊を出現させる。
「だから、安心して良いよジェンマ。これから二人で愛を培える世界こそが、現実なのだから」
 高密度のエネルギーを持っているであろう黒い球体が、ウィンクルム達の元へと投擲される。
 ジジジ……と、蛍光灯に蛾がぶつかるような音と共に、球体が通った周囲の空間が歪められていく。
 直撃すれば、恐らくはただではすまない。ウィンクルム達が武器を取り出し、グノーシスもまた戦闘態勢に入ろうかとした時。

 地面に、巨人が鉄槌を振り下ろしたかのような衝撃が与えられた。

 グノーシスとイシスの眼前の道が地割れを起こし、暗く深い穴が出現する。
 黒い球体が、攻撃を加えた者の持っていたレイピアを消し去り、自身も同じくして消えていく。

「おや、これはこれは……あなたも、世界の終わりを見届けに来たのですか? ――イヌティリ・ボッカ」

 彼のトレードマークとも言えるマントをはためかせながら、ボッカはイシスを一瞥する。
「おい、俺様は全部思い出した。お前が、俺様と臣下をオーガにしやがったみたいだな」
 リヴェラ・アリアンヌが処刑された瞬間、負の感情に支配されたボッカの前に現れ、ギルティ化へ導いた存在。
 それが、目の前に立つイシスその人なのだ。
「イヌティリ・ボッカか。君はギルティとしては最高傑作だった。しかし、どうやらこちら側に立って戦ってくれるわけではなさそうだ」
 ボッカは、ハッと一瞥すると、今度はウィンクルムに肩越しに向き直る。

「おい、お前等、力を貸してやる。だから、お前らも俺様に力を貸せ」

 ざわっ、とウィンクルム達が、神代の昔の真実を告げられたときと同等クラスの、驚愕した表情を見せた。
 まさか、あのプライドの権化のようなイヌティリ・ボッカが、敗戦をきした相手に共闘を申し出るとは、誰も考えていなかったのだ。
 もしも本当に共闘の意志があるのなら、とてつもない戦力になることは間違いない。
 もちろん、ショコランド王国の人間を中心とした人間には印象が悪いだろう。けれど、もはやそうも行っていられない状況下にある。
 何より、『ただ高圧的な態度であったボッカとは雰囲気が違う』。
「イヌティリ・ボッカ。甚大な被害を受けている以上、歓迎はできないが。一人の勇敢な戦士として、共に戦ってくれ」
 レイジが即座に状況を判断し、ボッカにそう告げると、
「ハッ。まぁ、俺様だけで戦闘が終わっちまうかもしれねぇけどな」
 ボッカは、再びレイピアを魔法陣から出現させ、グノーシス・ヤルダバオートに向き直る。
「あなた如きに、ボクが負けるとでも?」
「ハッ、何言ってんだ分析眼鏡野郎。俺様の力は、もう完全に復活してんだよ」
 ウィンクルムとの交戦の際に受けた傷こそ、完治していないものの、確かにボッカの威圧感は前回対峙したときよりも増している。
「それを織り込み済みではないとでも? あなたが封印されて、どれだけ時間が経ったと思っているんですか?
 今のボクの力が、あなた如きが全盛期であった時と同じにしてないでいただきたい」
 あくまでも冷静に、淡々と、グノーシスは告げる。
 そしてボッカもまた、自身のペースを崩すことなく、グノーシスに言葉を返す。
「ゴチャゴチャうるせェな、さっさと始めんぞ。インテリ野郎が、怪我しないように柔軟でもしておけ」
 レイピアに瘴気が集まりはじめたところで、グノーシスが眉根を寄せて尋ねた。
「ウィンクルムの手助けをする意味がわかりませんね。組するなら、こちら側では?」
 ボッカは、馬鹿なヤツを一周するように鼻を鳴らして、
「俺様を誰だと思ってやがる。誰かに従うのも、命令されるのも虫唾が奔る」
「傲慢ですね。では、あなたが変わりに世界を滅ぼして世界の王にでもなると?」
「俺様は既にそこの……イシスつったか、そんなのより遥かに上の王だ。興味ないな」
「それならば、今でなくても、ウィンクルムを彼が倒した後に、彼を殺せばいいのでは?」
 ほとばしる瘴気に、ウィンクルム達は抗いながら、二人のやりとりを注視する。
 やりとりは何度か続いたが、いつまでも話すグノーシスに辟易としたのか、ボッカがつまらさそうに言い放つ。
「いつもよりよく喋るな、ビビってんのか?」
 その言葉に、目に見えてグノーシスの表情がぴくり、と怒りのそれに変わった。
 満足そうに、ボッカはそれを確認した後、それ以上の怒気を孕んだ声色で、噛み潰すように言う。
「…………ムカつくんだよ。俺様の獲物のウィンクルムに手を出したこと、お前のその態度……。けどよ、それ以上に」

「俺様が、リヴェラと、部下共と過ごした世界をメチャクチャにしやがるお前等が、ムカつくんだよ!!」

 ボッカが放つ「モテ☆ビーム」と、その初動を見切ったイシスの攻撃、グノーシスの攻撃が炸裂し――、

 ついに、決戦の火蓋が切って落とされた。


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