リザルトノベル

●奈落のルプト

 そこは、床の至る所に暗い穴が穿たれている場所だった。
 ヘイドリック王子達がやって来たのは、『奈落のルプト』と言われる場所。
 床に穿たれた無数の穴からは、少し湿った空気が沸き立ち、覗いてみると底の見えない深淵が広がっていた。
「どうやら、落ちたらタダでは済まないようだね……」
 ヘイドリック王子の呟きが、穴に反響するように響く。
「落ちなければ、どうっていう事はないだろ」
 紅い髪を靡かせ、ルシエロ=ザガンが先頭に歩み出た。
「これで……安全を確認しながら、進もう」
 ひろのは、ルシエロの隣で長い棒を床に付ける。見えない穴があっても、こうして探っていけば落ちる前に気付ける筈だ。
「王子達は私達の後ろへ」
「穴に落ちないように気を付けて行こうね」
 かのんと天藍、ロア・ディヒラーとヘイドリックが王子の前へと出た。
「もし落ちるような事になっても、必ず助けます」
「安心してくれ」
 そう言うかのんと天藍の手には、縄梯子が持たれていた。
「備えあれば、憂いなしね」
「全くです」
 月野 輝とアルベルトも、縄梯子をひょいと上げて見せる。
「有難う」
 ヘイドリック王子は、ウィンクルム達へ信頼の色が滲む笑みを浮かべた。
 そうして、ウィンクルク達とヘイドリック王子、王子の部下の小人達は、慎重に歩を進めた。
 やがて、彼らの眼前に重厚な扉が現れる。
 真っ赤な扉には、真っ赤なドアノブ。
 血にように紅いそれに、一行に緊張が走った。


●第一の部屋「透明人間の間」

「王子は私達の傍に」
 ハロルドの持つ宝玉『魔守のオーブ』が光を放ち、半透明の力場を展開した。
 ヘイドリック王子がハロルドに寄り添うように立ち、その力場の中へと入る。
「開けるぞ」
 ディエゴ・ルナ・クィンテロがドアノブに手を掛けた。
 一同は頷いて、襲撃に備えて武器を構える。
 油屋。は『オーガ・ナノーカ』を放つ準備をした。
 ギィイ。
 重い音を立てて扉が開け放たれる。
 まず、視界に広がったのは、赤の色だった。
 赤、赤、赤。
 部屋中が赤い色で塗り潰されたような空間。
 不思議と暗さはなく、赤い部屋が浮き上がっているかのようだった。その中を、油屋。が放った『オーガ・ナノーカ』がゼンマイ音を響かせ走って行き──。
「何か居るぞ、気を付けろ……!」
 『オーガ・ナノーカ』の偵察用小型カメラが、うっすらと動く影を補足した。
 油屋。が声を上げると同時、ヒュッと音を立てて何かが飛んでくる。
「避けろ、早瀬!」
 油屋。の肩を掴んで横に飛びながら、サマエルが懐から小麦粉の袋を取り出し、投げ付けた。
 小麦粉の袋を突き破り、壁に突き刺さったそれは、真紅のナイフ。
 そして、小麦粉の粉が舞う中、うっすらと何者かの影が見えた。
「透明人間、か」
「なら、その姿を暴き出してやるのみだ!」
 サマエルにオルクスは微笑むと、水鉄砲を構えた。
「行くぞ、クー」
「ああ! 正体、暴き出してやる!」
 オルクスとクロスが水鉄砲を連射する。何もない筈の空間に、水を反射する影が浮き上がった。
「そこですね!」
 そこへ、かのんとハロルド、油屋。が小麦粉を投げ付けていく。小麦粉が掛かった部分が、人の形となっていった。
「クレちゃん、あそこだよ!」
「透明人間だが何だか知らないが、燃やせないモノはない筈なのだよ」
 ロアの声に、既に詠唱を開始していたクレドリックの身体が魔力の高まりに震える。
「さぁ、透明なモノが燃えたらどうなるか、見せてくれたまえ!」
 乙女の恋心Ⅱのエナジー照射。
 クロスとオルクスが水鉄砲で暴き出した身体の中心へを真っ直ぐに射抜く。
 赤の空間に、断末魔の叫びが響き、赤い空間に黒い穴が穿たれた。
「今の内に……!」
 クロスとオルクス達が水鉄砲と小麦粉攻撃で敵を引き付けている間、アルベルトに守られながら、輝はガムテープを手に部屋を走っていた。
 ビーッ!
 ガムテープを赤い柱、壁へ縦横無尽に貼り付けていく。
 赤い部屋に、赤では無いものが混じり、徐々に敵の正体が明らかになった。
「成程……赤い部屋に赤い皮膚の敵が居るだけ、でしたか」
 ガムテープにより赤い部屋の加護を失ったそれは、全身を赤の色で覆われた人の形をした何かだった。
 目鼻口がなく、赤い全身タイツを履いたような姿は、滑稽にすら見える。アルベルトは口元に笑みを浮かべ、剣を抜く。
「正体が分かれば、大した事はないようですね。輝、助かりました」
 アルベルトが剣を一閃すれば、赤い人形のようなそれは簡単に倒れた。
「こっちの番だな」
「覚悟しろよ!」
 オルクスとクロスも、次々と赤い人形を倒していく。
「かのん、下がってろ!」
 かのんを背後に庇いつつ、天藍も双剣で赤い人形を打ち倒していった。
「透明人間では無かったか。面白くないのだよ」
 クレドリックもロアを背中に庇いつつ、魔法で次々と赤い敵を蹴散らしていく。
 半狂乱になった赤い影が、ヘイドリック王子に突撃するも、ハロルドのレイピアが正確に胸を突いた。
「させません」
「そこまでだ」
 そこへ駆け付けたディエゴが止めを刺し、赤い敵は全て倒されたのだった。


●第二の部屋「影の巨人の間」

 第一の部屋を抜けると、先程より更に大きな扉が一行を出迎える。
 今度は真っ黒な扉に、真っ黒なドアノブだ。
「大きな扉ですね……」
 手屋 笹が見上げて目を丸くすると、カガヤ・アクショアがドアノブに手を掛けた。
(笹ちゃんと比べると、更に大きく見えるよなぁ……)
 そんな言葉を飲み込む。
「伝説によると、以前ここに踏み込んだ探検隊は、巨大な影の巨人に襲われて全滅したんですよね」
 Elly Schwarzは警戒しながら、黒い扉を睨むように見つめた。
「影の巨人……一体、どんな奴なんだろうな」
 Curtは少し固い表情で、思案するように瞳を細める。
「でっかい奴ならお任せあれ! じゃあ、開けるけど、準備はいい?」
 カガヤが明るく言えば、ヘイドリック王子と一行は大きく頷いた。
 ギィイ。
 音を立てて、大きな扉がゆっくりと開かれる。
「暗い……」
 ひろのの呟きが、大きな空間に響くようだった。
 部屋の大きさも分からない程の、漆黒の闇。
 その中央に、ぼんやりと小さな灯りが浮いている。
「ひろの、明かりだ」
 ルシエロの促しに、頷いてひろのはマグライトを点けた。
 Ellyと笹もマグライトを点灯し構える。
「行くぞ」
 ルシエロ、Curt、カガヤを先頭に、部屋へ足を踏み入れた。
「!」
 瞬間、打ち下ろされる何かを感じ、三人はそれぞれ横へ飛んでそれを躱す。
「ひろの、明かりをこちらに向けろ!」
 ルシエロの声が聞こえた。
「ルシェ……!」
 ひろのはその声を頼りに、マグライトの明かりで彼を探す。
「クルトさん、何所ですか!?」
「こっちだ!」
 キン!と何かが交差する音。Ellyは焦る自分を落ち着かせながら、彼の声がする方向へと明かりを向けた。
「カガヤ! 皆さん! 出来るだけ中央の灯りの下に集まって下さい!」
「了解!」
 笹の叫びに、カガヤは頷いて、襲い来る巨人の腕らしきものを、両手斧で弾き返し、中央の灯りへと走る。
 笹の照らす灯りが、カガヤの姿を捉えた。追い掛けて来る巨大な影も。
「俺達も中央へ!」
 Curtは声を上げながら、パルパティアンで移動しながら巨人を威嚇する。
 ルシエロも双剣で、巨人の攻撃を往なしながら走った。
 精霊達が、中央の灯りの下へと集合する。
「今です!」
「成る可く皆に」
「灯りを!」
 笹とひろの、Elly達の持つマグライトの光が、カガヤ、Curt、ルシエロ達の足元を照らした。
 瞬間、すぅっと巨人の影は煙のように消滅する。
「影の巨人は入った人数と同じ……こういう事、だったのですね」
 笹の呟きに、ひろのが小さく頷いた。
「部屋入った人の影が、巨人の正体だったんだね」
「皆、無事で良かったです」
 無事を告げる精霊達の声に、Ellyは安堵の笑顔を見せたのだった。


●最後の部屋「真実の部屋」

 清廉な空気に満ちた場所だった。
 長い間、人が立ち入る事が無かったそこは、静けさに満ちている。
 奥へ進んだヘイドリック王子とウィンクルム達を、一つの扉が出迎えた。
 扉の前には、不思議な光に包まれた『王冠』が漂っている。
 銀の台座に、金の飾りが付いた王冠は、少し地味に見える。
 しかし、周囲を圧する威厳のようなものも感じられた。
「これが、伯爵家の家宝の『王冠』です」
 ヘイドリック王子の言葉に、ウィンクルム達は顔を見合わせた。
 『大切な人に伝えていなかった真実』を伝える事で、この封印は解かれるのだという。

「よし、じゃあ、俺から言うよ!」
 カガヤが挙手をして前に出た。
「笹ちゃん」
 真っ直ぐに笹を見下ろす。その眼差しに、笹は少し鼓動が早くなるのを感じた。
「実は……」
 カガヤの頬がほんのりと赤くなる。周囲も笹に釣られるように、固唾を飲んで彼の様子を見守った。
「実は……最近寝る時、抱き枕が無いと眠れて居ません!!」
 ……せん!!………せん!………せん……。
 部屋に反響が響く。
 笹の目が、これ以上ない程に丸くなっていた。
 因みに、抱き枕は『柴犬』の形だそうです。
 ドキドキして損した!
 一行は、耳を垂らして照れているカガヤをジト目で見てから、それぞれ真実を告白する流れとなる。

「その抱き枕の効能、興味があるのだよ」
「間違っても解剖なんてしちゃ駄目だよ、クレちゃん」
 大真面目にカガヤを見つめるクレドリックの袖を、ロアがそっと引いた。

「サマエルもあるもんな、抱きまくら」
「五月蝿いぞ、乳女」
 灰色で青のリボンの付いた猫の抱き枕を思い浮かべ笑う油屋。に、サマエルは半眼になる。

「天藍」
 かのんは、大切なパートナーを見上げ、小さく微笑んだ。
「もう、伝えていたかもしれないけれど……私は、天藍と出会えた事が幸せなんです」
 それが彼女の真実。
「かのん」
 そんなかのんを見下ろし、天藍が微笑みを返す。
「俺も言っていただろうか。ずっと待って、出会えた神人が──かのんで良かったと、心から思ってる」
 二人は手を取り合い、笑顔の華を咲かせた。

「ディエゴさん」
 ハロルドは少し固い表情で、ディエゴを見上げた。
「内緒にしていましたが……先週早いペースで買い置きしたアイスが無くなったのは……自分のせいなんです」
 ディエゴが少し驚いたように瞬きする。
「配達屋さんに御馳走したって言ったのは、嘘でした。……ごめんなさい」
 小さく頭を下げる彼女に、ディエゴが小さく笑った。
「……アイスはいくらでも買えるから、嘘はやめような」
 ポンポンとハロルドの頭を大きな手が撫でる。少し悔しいような変な気持ちに胸を押さえつつ、ハロルドは彼へ問い掛けた。
「……ディエゴさんは、何か無いんですか? 真実」
「敢えて言うなら……今更何も告白する真実が無い。それが真実だな」
「……そうですか」
 その事が何でだろう? 凄く嬉しい。

「ひ、非常に言いにくいんですけども……」
 Ellyは頬を紅くさせながら、上目遣いにCurtを見つめた。
「何だ?」
 Curtは、その視線反則だという言葉を飲み込み、首を傾ける。
「ク、クルトさんの頭、撫でてみたいんですっ!」
「……!?」
 Curtは思わず固まった。予想外過ぎる。
「べ、別にそんなの、いつでも撫でさせてやるが……」
「本当ですかっ?」
 パァッとEllyが嬉しそうな笑顔を見せた。
 Curtが少し身を屈め、Ellyが背伸びをして、彼の頭を優しく撫でる。

「……ルシェ」
 ひろのが少し戸惑ったような表情で、ルシエロを見上げる。
「……前から、角、触ってみたいな、って」
 そう告げるなり、ひろのは視線を彷徨わせた。
「そんな事か」
 くっと喉を鳴らしてルシエロが笑う。身を屈め、ひろのを見下ろして微笑んだ。
「今度、触らせてやるよ」

 輝は、僅か緊張した面持ちでアルベルトを見つめる。
「あのね……この間、アルが居ない時にアルの携帯が鳴ったから……出ちゃった。ごめんなさい」
 黒い髪を揺らして、ぺこりと頭を下げる。
「そうでしたか。別に構いませんよ」
 アルベルトは微笑んでから、輝に頭を上げるように促した。
「私も告白せねばなりませんね。先日、輝の寝顔を堪能させて頂きましたよ」
「えっ?」
 顔を上げた輝の眼前には、にこにこと良い笑顔のアルベルトが居た。

「オルクの事、最初は気に食わない上司って思ってた」
 クロスの告白に、オルクスは小さく目を見開く。
「でも今は違う」
 きっぱりと頭を振って、クロスは彼へ微笑むを見せた。
「オルクは俺の大切な人だ。俺を選んでくれて、有難う」
「クー……」
 オルクスの顔に喜色が広がっていく。彼は少し瞳を伏せ、ゆっくりと口を開いた。
「オレはクーが入隊する前から知ってた」
 今度はクロスが目を見開く。
「女なのに男と混じって稽古してる姿が気になって、ふとした瞬間の笑顔を見た時に、惚れてた」
 だから、とオルクスはクロスへ、極上の笑みを向けた。
「例え、クーが神人じゃ無くても……恋人にしてたよ」

 ウィンクルム達の『真実の儀式』が終わったその時、『王冠』を包んでいた光が一層目映い光を放ち、そして消えた。
 ヘイドリック王子は、加護の消えた『王冠』を手に取る。
 しかし、その奥の扉は、どんなに押しても開く事は無かった。
「どうやら扉は開かないみたいだね」
 残念そうに視線を落とした王子は、古びた本が置かれているのに気付く。
「これは……『アデン卿の日記』?」
「アデン卿とは、あのダンジョンが封印された当時、伯爵が派遣した探検隊の隊長でありますか?」
 部下の問い掛けに王子は頷いて、パラリと本を開いた。

 日記には、以下の内容が書かれていた。

 ダンジョンを抜けた先には、三つの地域がある。
 一つは熱砂の砂漠、一つは神秘の海、そして黒い森。
 どれも美しく、それぞれ謎と冒険を秘めた地域であったが、オーガや怪異がすでに勢力を張っている状況だった。
 三つの地域の調査に行った探検隊は、地元の人々に助けを求められたものの、彼らの力ではどうしようもなく、やむなく撤退した。

 当時の伯爵は、発見されたダンジョンが、上述の危険な場所と繋がっている事を恐れていた。
 このため、三つ目の地域の調査を終えた探検隊は、三ヶ所すべての封印を決意した。
 しかし、三ヶ所目の封印の最中、襲撃を受け、封印には成功したものの探検隊は全滅した。

「この資料を持ち帰れば、もっと何か分かるかも知れない」
 王子は興奮に震える手で、大事そうに日記を胸元に抱えた。
「僕達は宝物を二つも手に入れたようです……この情報は千金の値があります」
 ウィンクルム達を振り返り、王子は微笑む。
「この開かなかった扉は、新たな封印を施しておきます」
 王子の指示に従い、部下達が扉に封印を施した。
「さあ、戻りましょう」
 ウィンクルム達とヘイドリック王子達は、二つの宝を手に帰路に着いたのだった。

 ダンジョンを出た瞬間、すべてのウィンクルムの体を青白い光が包んだ。
「勇敢なる探索者よ。……汝の勇気と機知を称えん!」
 ダンジョン全体に響き渡る声とともに、ウィンクルムペアに一つの「エンシェントクラウン」が手元に出現した。
 それは、この脅威の迷宮の製作者が千年の時を越えて、挑戦者を称えて授与した攻略の証である。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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