リザルトノベル
●逆立ちのグラプ
上下逆さまになってしまう不思議な空間。
ウィンクルム達とジャック王子は、天井に立っていた。
「何とも背中が痒くなるような、不思議な感覚だよな」
ジャック王子は、少し居心地悪そうに自らが歩く天井を眺める。
「足元、気を付けて下さいね」
「俺達が先行し、安全を確かめる」
リチェルカーレとシリウスの申し出に、ジャック王子は白い歯を見せた。
「おう、頼むぜっ、相棒達!」
「はい!」
王子に釣られるようにリチェルカーレにも笑顔の華が咲く。
(ショコランドの皆が ジャック王子のように元気になってくれると嬉しいな)
だから、王子の力になって家宝を持ち帰る。リチェルカーレには、そんな想いがあった。
そんなリチェルカーレの笑顔を見つめ、シリウスの口元にも知らず笑みが浮かぶ。
「私達もご一緒します」
「重力が正常な場所がないか、これで確かめていくぜ」
アイリス・ケリーとラルク・ラエビガータも、前に出た。
アイリスの手には弓、ラルクの手には縄梯子が持たれている。
「助かる」
シリウスが礼を述べ、ジャック王子はぐっと親指を立てた。王子の笑顔には、ウィンクルム達への信頼が溢れている。
「ダンジョン探索ってなんだかドキドキですねー」
淡島 咲が、楽しそうにぐっと拳を握ると、ジャック王子はまったくだぜ!と頷いた。
(ドキドキではすまなそうだがな……)
咲の隣で、イヴェリア・ルーツはこっそりとそう思う。
アイリスとラルク、リチェルカーレとシリウスを先頭にした先行部隊、その後をジャック王子の本隊が続き、ダンジョンの奥へと進み始めた。
「あそこ、ちょっと怪しい気がしませんか?」
「了解。投げてみるぜ」
アイリスの言葉に頷き、ラルクが縄梯子を投げる。続け様、アイリスは縄梯子の左右に矢を放った。
矢はそのまま真っ直ぐ飛んだが、縄梯子は上方へ逆さまに垂れるのが確認出来る。
「回り道をした方が良いですね」
アイリスは、後方へ危険である事を知らせ、進む場所を変更した。
「アイリスさん、あそこも何だか怪しい気がします」
「そうですね。ラルクさん、お願いします」
リチェルカーレとシリウスも異変に気付けば直ぐに知らせ、安全なルートを確認しながら、先行部隊は進んでいく。
「こちらも一応、確認しながら行きましょう」
先行部隊の後に続きながら、ペシェは『オトーリ・デコイ』と『オーガ・ナノーカ』を取り出した。
「フラン、手伝って下さい」
「このゼンマイ、固いのではないか?」
フランペティルは眉を顰めながらも、『オーガ・ナノーカ』のゼンマイを巻く。
ゼンマイを巻き終えた『オトーリ・デコイ』と『オーガ・ナノーカ』は、カタカタと音を立てて、二人の前方を進み始めた。
そうして、止まったらゼンマイを巻き直しながら、ペシェとフランペティルは安全確認をしていく。
●第一の部屋「灼熱の間」
足を踏み入れたと同時、一行は逆さまへ落下した。
この部屋の中は、正常重力だったらしい。
ぼふっと柔らかい砂の上に落ちて、桜倉 歌菜は慌てて身を起こして周囲を見渡した。
「皆さん、ジャック王子、無事ですかっ!?」
「おう! 随分と柔らかい砂だなぁ?」
ジャック王子は、口に入ってしまった砂をぺぺっと吐き出しながら、確かめるように砂を叩く。砂は柔らかく熱い。
「怪我人は……居ないみたいだな」
無事そうな一行の様子を確認し、月成 羽純は安堵の息を吐き出した。その額には、熱さで汗が滲んでいる。
「安心するのは、まだ早いみたいよ」
ラブラ・D・ルッチの声に、羽純は視線を向け、その言葉の意味を理解する。
「蟻地獄──あの穴に落ちちゃったら大変ね?」
ラブラが見る先、砂の中にぽっかりと穴が開いていた。
穴の周囲は鉢状になっており、その中へ巻き込まれると、穴の中へ引き摺り込まれてしまう事だろう。
「穴の中にモンスターが隠れてる可能性があるわね」
「確かめてみましょう」
アスタルア=ルーデンベルグは、蟻地獄へ向かって手裏剣を放つ。
手裏剣は穴の中へ突入すると、弾き出されるようにして、アスタルアの手元に戻ってきた。
「手応えは有りですね。ただ、出ては来ないみたいです」
穴から何かが出てくる気配は感じられなかった。
「私達が穴に落ちてくるのを待っているのかな?」
「ウスバカゲロウ類の幼虫と同じなら、底に潜んで落ちた生き物を捕らえる習性だと思うよ」
日向 悠夜の言葉に、降矢 弓弦がそう答えた。ラブラは頷く。
「落ちないようにして、先に進むのが良いみたいね」
「その意見に賛成なのだよ」
ヒュリアスは砂の中に剣を突き刺し、しっかりとジャック王子の身体を支えた。
「ヒューリ、僕……試してみたい事が、ある」
篠宮潤はヒュアリスにそう告げると、持参した縄梯子を解き始める。
一本の縄のようになったそれを、弓矢に結び付けると、弓を引き、出口にある扉を見据えた。
(どうか、届いて……!)
祈るように弓矢を放つ。
縄の付いた矢は勢い良く飛んで、扉の横の壁に突き刺さった。
「……や、った……!」
「よくやったのだよ、ウル」
「見事だぜ!」
ヒュリアスとジャック王子に褒められ、潤は笑みを見せる。
「では、この縄を頼りに出口を目指すのだよ」
ヒュアリスが王子を支え、潤が出口へと続く縄を持った。
「念の為、横に広がらず一列に並んで行こう」
ラルクの提案で、一行は一列に並ぶ。
「それにしても熱いですね……」
アイリスが流れる汗を拭った。
「熱対策に、こうして毛布を被るのはどうでしょうか?」
ペシェは、水で濡らした毛布をフランペティルと一緒に被る。こうすると、僅かだが熱さを凌げた。
そうして、ウィンクルム達は、潤の持つ縄を道標に、蟻地獄に落ちないよう慎重に進んだ。
「何とも不気味ですね……」
ラブラとアスタルアは、常に暗い穴の中を警戒したが、ウィンクルム達が出口に着いても、穴から何かが出てくる事は無かったのだった。
●第二の部屋「ミイラの部屋」
扉を開いて、ウィンクルム達は異様な光景に息を飲んだ。
その部屋の中には、乾いた匂いと共に、大量の乾燥したミイラが横たわっている。
「これ、動いたりするんでしょうか?」
部屋の外から、咲は全身に包帯が巻かれたミイラを、恐恐と観察した。
「……只あるだけ、とは思えんな」
イヴェリアはそう言うと、ジャック王子を振り返る。
「もしこれが動くような事があれば、どうする?」
「この数だ。戦うのは……避けたい所だぜ」
少し悩んでジャック王子はそう答えた。
「吾輩も、あんな美しくないモノと戦うのは反対する」
フランペティルがきっぱりと言い切る。
「なので、もし動いたら、吾輩の魔法で足止めをしよう」
「足止め出来なかったミイラは、私達が引き付ける」
リオ・クラインが前に出て、そう宣言した。
「アモン、いいな?」
「まぁ、仕方ねぇな」
アモン・イシュタールが口の端を上げて頷く。
「では僕は、囲まれないよう、道を作る事にするよ」
弓弦がそう言えば、悠夜も頷いた。
「囲まれたら、押しのけて道を作ろう」
「俺も盾にはなれる」
「私も一緒に盾になれます!」
羽純と歌菜が口々に言えば、ジャック王子は笑う。
「よし、じゃあ、襲われたら強行突破だな!」
「仕方ない。今回も頑張らせてもらうよ、ジャック王子」
イヴェリアが笑みを浮かべると、ジャック王子は大きく頷いた。
「頼りにしてるぜ、相棒達!」
いち・にの・さん!
ジャック王子の号令と共に、ウィンクルム達は部屋の中へ足を踏み入れた。
硬い岩盤を踏み付けると同時、恐れていた通り、大量のミイラ達が一斉に起き上がる。その動きは緩慢だが、数は恐るべきものだ。
「そこで停まっているがよい!」
ミイラの固まりに、フランペティルが詠唱を終えた朝霧の惑いを放った。
視界を奪われたミイラは戸惑うようにその場で足踏みする。
そこを、リオとアモンを先頭に駆け抜けた。
「ここは任せとけ!」
ゆっくりと手を伸ばしてくるミイラを、アモンのトルネードクラッシュⅡが吹き飛ばした。
「王子、皆さん、先へ!」
弓弦が弓矢で道を切り開き、悠夜が盾で押し寄せるミイラを押し退ける。
「王子、こちらへ」
羽純がシャイニングアローを展開し、王子をミイラから守り、その彼を宝玉『魔守のオーブ』で歌菜が守りながら、一行は走った。
リオとアモンを弓弦と悠夜がサポートしながら、ミイラ達を押さえ、王子達を先へ行かせる。
走り抜けた王子達は、無事に扉を潜り抜けた。
「よし!」
「我々も退きましょう」
アモンと弓弦が視線を合わせ頷く。
「リオ、来い!」
「悠夜さん!」
それぞれパートナーを引き寄せ、一点突破でミイラを押し退け出口を目指した。
「こっちだ!」
出口では、イヴェリアが銃で道を切り開き、二組のウィンクルムを待っている。
リオとアモン、弓弦と悠夜が通り抜けたタイミングで、咲とイヴェリアが扉を締めた。
かくして、ウィンクルム達は最後の部屋へと辿り着く。
●最後の部屋「真実の部屋」
不思議な空気に満ちた場所だった。
長い間、人が立ち入る事が無かったそこは、これまでのダンジョンや部屋とは空気が違う。
その空気の中を歩いて、ジャック王子とウィンクルム達は、一つの扉と出会った。
扉の前には、不思議な光に包まれた『剣』が漂っている。
「これが、伯爵家の家宝の『剣』だぜ!」
ジャック王子の言葉に、ウィンクルム達はまじまじとそれを見つめた。
4mはある、巨大な両手剣。
ずっしりと重量がありそうで、飾り気のない、鋼鉄の塊だ。
『大切な人に伝えていなかった真実』を伝える事で、封印は解かれるのだと王子は言う。
ウィンクルム達は、顔を見合わせ、それぞれの真実を告げる事にした。
潤は、伏し目がちにヒュアリスの前に立つ。
「ヒューリ……実は……ウィンクルム……家族に反対されて、た」
その告白に、ヒュアリスは僅かに目を丸くした。
「でもね、今は……大丈夫、だよ」
胸元に手を当てて微笑む潤に、ヒュアリスはそうかと頷く。
「私は……ウィンクルムになるつもりは実は無かったんだが、ね」
「……え?」
潤は大きく瞬きしてヒュアリスを見上げた。
「『あいつ』と一緒に居たウルを……ずっと観察していた」
ずっと、見ていた。それが彼の真実。
潤が目を見開くのを見つめながら、ヒュアリスは瞳を細める。
リオとアモンは、沈黙の中に居た。
真実の言葉。
それを口に出すのが、少し怖い。
「アモン」「リオ」
口を開いたのは同時。
「私は──」「俺は──」
「いつか誇りに思える相棒だと、胸を張りたい」
重なった言葉。それが二人の真実。
リチェルカーレは、真っ直ぐにシリウスの瞳を見つめていた。
出会ってからずっと、想っていた事を言葉に乗せる。
「初めて会った時、貴方の目を少し怖いと思ったの」
シリウスの翡翠の双眸が僅かに揺れた。
「怖いくらいに研ぎ澄まされた──綺麗な目だって」
ふわりと、彼の表情が苦い笑みへを変わっていく。
「まっすぐに相手を見るのは、お前の方だ」
伸ばされた彼の指先が、リチェルカーレの頬に触れた。
「私は戦っていたい」
アイリスの言葉に、ラルクはじっとアイリスを見つめた。
「だから、その機会をくれるラルクさんにありがとう、と……言いたかったんです」
アイリスは微笑む。
(戦っていたい、か……)
ラルクは天を仰いだ。浮かんでくる感情の意味を、自分の中で測りかねながら。
ガートルード・フレイムは、決意を胸にパートナーを見つめた。
握る拳に汗が滲む。
「レオン」
名前を呼ぶと、レオン・フラガラッハのアイスブルーの瞳がガートルードを捉えた。
早くなる鼓動に更にぎゅっと拳を握り込み、ガートルードは口を開く。
「私には名字がないんだ」
言ってしまった。心臓が五月蝿いくらいに鳴る。
「お前に姓を訊かれた時、ないと言うのが恥ずかしくて──フレイムと答えた」
告白して、ガートルードは大きく息を吐き出した。俯いてしまった顔が上げられない。
レオンはどう思っただろうか? 彼は今、どんな顔をしてる?
その時、柔らかく笑う気配がした。
「綺麗な名だよな、お前によく合う」
弾かれるように、ガートルードは顔を上げる。そこには、レオンの柔らかい笑顔があった。
「『俺とお前の名』って思っとく」
「レオン……」
有難うと言いたいのに、上手く言葉が出てこない。
そんなガートルードを見て、もう一度レオンは笑うと、徐ろに上着を脱いだ。
「えっ?」
顔を赤らめるガートルードに、レオンはずいっと左腕を差し出すようにして見せる。
そこには鷲獅子の刺青が彫られていた。
「これは、戦場で死んだ時の身元確認用に彫ったんだ。形、覚えておいてくれよ」
ガートルードは魅入られるようにその刺青を見つめてから、呟くように言った。
「お前の生き方を尊重したい。だが……死ぬなよ」
レオンが息を飲む気配がするのを感じながら、ガートルードはその鷲獅子にそっと触れたのだった。
ウィンクルム達の『真実の儀式』が終わり、『剣』を包んでいた光が目映い光を放ったと思ったら、ふつりと消えた。
ジャック王子は、封印の解けた『剣』に触れる。
「重いな!」
持ち上げようとして、その重さに一人で持ち上げる事を諦めて、奥の扉へ向かう。
しかし、扉はどんなに押しても開く事は無かった。
「どうやら扉は開かないみたいだなぁ」
軽く肩を竦めてから、ジャック王子は扉を軽く叩く。
「この鋼鉄の扉、熱さは1mはありそうだぜ」
そう言って、王子はニヤリと口元を上げた。
「もしかしたら、この扉、ガタガタにひん曲がって開かないのかもな。だとしたら、これをガタガタにした怪物が、この扉の向こうに居るかもしれないぜ!」
王子は瞳を輝かせウィンクルム達を振り返る。
「なら──ここが手強い敵が沢山居る、一番の当たりって訳だ! 今はまだ倒せないかもしれないし、開かなくて良かったって事だな」
ジャック王子は誇らしげにそう言い切り、部下達を見遣った。
「この扉は再封印しておくぜ!」
頷いた部下達が、扉に新しい封印を施していく。
「また、皆でこの扉の向こうの怪物を倒せるようになったら、行ってみようぜ!」
ジャック王子の明るい声と共に、ウィンクルム達は帰路に着いたのだった。
ダンジョンを出た瞬間、すべてのウィンクルムの体を青白い光が包んだ。
「勇敢なる探索者よ。……汝の勇気と機知を称えん!」
ダンジョン全体に響き渡る声とともに、ウィンクルムペアに一つの「エンシェントクラウン」が手元に出現した。
それは、この脅威の迷宮の製作者が千年の時を越えて、挑戦者を称えて授与した攻略の証である。
シナリオ:雪花菜 凛 GM
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