リザルトノベル

●時計じかけのサナウン

 チクタク、チクタク。
 壁や床、天井に時計の文字盤が埋め込まれており、針が時を刻んでいる。
 時計の音が鳴り響く中、ウィンクルム達とアーサー王子の部隊は歩いていた。
「少しずれて聞こえてくる音があるな」
 ハガネは注意深く辺りを見渡す。
「坊主、気を付けろよ」
「オバサンこそね!」
 フリオ・クルーエルは元気にそう返すと、ハガネとは反対側を見遣り、ずれた時刻を刻む時計が無いか注視し始めた。
 采女 澪もまた、ずれた時刻を刻む時計に気付いた。
「アーサー王子、そちらには行っては駄目なのだよ」
 10フィート棒を手にそういう澪に、アーサー王子は目を丸くする。
「何で?」
「ダンジョン探索のはくれぐれも注意が必要だ。うっかりが即死コースとかあるんだぞ」
 澪の隣で、メモを片手にヴァーリ=ウルズが続ける。メモには彼が独自で調べた情報が几帳面に書き留められていた。
 アーサー王子は成程と頷き、表情を引き締める。
「ずれた時刻を刻む時計は、罠の可能性があるのだよ。皆、触らないように」
 マッピング用の方眼紙とペンを持ち、澪は見つけたずれた時刻の時計の位置を書き込んでいった。
「あちらにもあったぞ」
「ここにもあったよ!」
 ハガネとフリオの報告を受け、澪は頷いてペンを動かす。
「マッピングして、安全なルートを導き出すのだよ」
「頼もしいな」
 アーサーは笑顔で、地図作りに余念がないウィンクルム達を見つめた。その視線には信頼が込められている。
「私達も異なる音がする時計、探しますね」
 リリ=オーロール・椿は、パートナーの袖口を引いて、耳を澄ました。
 チクタク。
 重なる音と僅かにずれて聞こえるものが確かにある。
「あそこ……」
 思わずそちらへ歩き出そうとしたリリの服を、シオン・槐がぐいっと引っ張る。
「馬鹿。罠かもしれないのに、直接行くな」
「あ、ご、ごめんなさいです」
 リリが小さくなって謝罪すると、シオンはポンとその頭を撫で、時計の位置を澪に報告した。


●第一の部屋「ゴブリン皇帝の間」

 玉座に、一人のゴブリンがドーンと胸を張って座っている。
 赤いマントに頭には王冠。誇らしげな笑みを浮かべ、ゴブリンはウィンクルム達を見ていた。
 ウィンクルム達は、思わずポカンとゴブリンを見返す。
「オレサマ、ゴブリンコウテイ! エライ! ミツギモノ、ホシイ!」
 ゴブリンは、そう言葉を発した。
「オマエタチ、ナニカオイテケ! ソウスレバ、トビラヲアケテヤル!」
 ゴブリンの後ろには、大きな扉がある。
 どうやら、先に進むには、このゴブリン皇帝(自称)を満足させる必要があるらしかった。

「では、私から貢物です」
 まず前に出たのはカスミだ。
 その手に持たれているのは、グミ。色んなフルーツの味を味わえる一品だ。
「ああ、待ってください」
 慌ててカスミの前に出たのは、彼女のパートナーのリクトだった。
「……まさかそれ、手作りではありませんよね?」
 カスミの手の中のグミを指差す。カスミは眉を下げた。
「リクト。そんな顔しなくても、買ったものだから大丈夫だよ……」
 良かったと胸を撫で下ろすパートナーを、少し恨めしい眼差しで見てから、カスミはゴブリン皇帝にグミを渡した。
「アマーイ! ショッカンガスキー!」
 皇帝は早速もぐもぐして、幸せそうにする。

 雨池颯太は、鞄からスティックキャンディを何本か取り出した。
「よいしょよいしょ」
 それを束にして、花束のように纏める。
「そうちゃん、それを王様に渡すのかい?」
「うん! 花たばみたいでしょ?」
 颯太は束ねたキャンディを井垣 スミに見せた。
(プレゼントはきれいにしたのがいいって、前にひーばあちゃんも言ってたもんね!)
「綺麗だねぇ。それじゃ、リボンを結んであげましょうかねぇ」
 スミはニコニコと微笑むと、束ねた部分に綺麗なリボンを結んでやる。
「こんなに献上品をいただけるなんて、王様は人気者ですねぇ」
 色とりどりのキャンディは、見た目も華やかで可愛らしい。
「さぁ、そうちゃん。私達からはこれですよ」
「はい、おーさま!」
 スミが颯太の背中を押し、颯太は皇帝に飴の花束を差し出した。
「オオ! タベルノガモッタイナイナ!」
 皇帝は、にこにこと飴の花束を見つめる。

「ゴブリンの王さま。私からはこれをあげるわ」
 真衣はぺこりとお辞儀をして、皇帝に板チョコを差し出した。
「甘くておいしいのよ? あったかいからとけちゃうかしら」
「溶けても食べられるが、風味が落ちてしまうな」
 ベルンハルトがそう付け足すと、皇帝は珍しそうにチョコを眺め、ソウナノカと頷く。
「早めに食べてね」
「イタダキマース!」
 皇帝はパリリッと板チョコを噛んで、幸せそうな顔をした。

 上巳 桃が差し出したのは、食べ物では無かった。
「じゃーん! 旅行雑誌『タビラ』だよっ」
「タビラ?」
 皇帝はペラペラと雑誌を捲る。
 写真付きで、タブロス近郊の旅スポットを紹介しており、美味しそうな食事や気持ちよさそうな温泉などが沢山載っていた。
(行ってみたい場所がいっぱいです……!)
 思わず雑誌を覗き込んで、斑雪は瞳を輝かせた。
「お外も楽しいよっ」
「絶対楽しいですよね、主様!」
「どうして、はーちゃんが返事をするの?」
「あ、えっと……その、拙者が行ってみたいからという訳ではなく……!」
 あわあわしている斑雪を尻目に、皇帝はすっかりタビラに夢中だった。

 シャルル・アンデルセンは考えた。
(ショコランドは甘いものが多いですから、しょっぱいものとかがいいですかね?)
 そして彼女が選んだのは、コンビニでも手に入るスナック菓子。
 学生に人気で、手軽に買える安価なものだ。
(戦闘が無いに越した事はありません。ゴブリン皇帝さんにも機嫌よく過ごして貰いたいですしね)
「これが貢物です」
「貢物とかシャルルが言うのはなんだか……」
 献上すべくスナック菓子を取り出したシャルルのその言葉に、ノグリエ・オルトは一瞬何とも言えない表情になってしまった。
「ノグリエさん?」
 きょとんとシャルルがこちらを見ている。
「いえ、そうですね、貢物を渡しませんと」
 ノグリエは直ぐに笑顔を返し、シャルルと共に皇帝の前へと出た。
「どうぞ、お納め下さい」
(甘いもの以外もいけると良いのですが)
 早速袋を開ける皇帝を、ノグリエとシャルルは少し心配そうに見つめる。
「ウマーイ!」
 パリパリとスナック菓子を頬張り、皇帝は嬉しそうな声を上げた。

 ハガネは、無造作にポケットから煙草を取り出した。彼女が普段吸っているものだ。
「オバサン、それ渡すの!?」
 目を丸くするフリオを一瞥し、ツカツカと皇帝の前に出ると、煙草を一本彼へと差し出す。
「コレナンダ?」
「こうやって吸うんだよ」
 ハガネは慣れた手つきで、自ら煙草を銜えるとライターで火を点ける。ふうっと紫煙を吐き出してニヤリ笑えば、皇帝は物珍しそうに瞬きした。
「ヤッテミタイ!」
 皇帝がハガネを真似して煙草を銜えてみせる。ハガネはそれにライターで火を点けてやった。
「ニ、ニガーィ!?」
「慣れれば美味くなるさ」
 目を白黒させる皇帝に、ハガネは笑い、フリオは呆れた顔でその様子を見て、慌てて前に出る。
「王様、これで口直しして下さい!」
「オカシ?」
 フリオが差し出したのは、タブロスで女子を中心に人気を集めている菓子『漆黒の稲妻』。
 皇帝は早速袋を開けて、パクリと一口食べてみた。
「…‥デリシャス!!!」
 皇帝は感動して、思わずウルウルしたのだった。

「あたしからは、これをプレゼントします!」
 吉坂心優音が皇帝に差し出したのは、花の冠だった。
 優しい色合いの華やかな冠が頭に載せられると、皇帝の顔も思わず緩む。
「とってもお似合いですっ♪」
「ああ、似合てるなぁ♪」
 心優音と一緒に笑顔を見せ、五十嵐晃太はラッピングされた箱を皇帝に差し出した。
「俺からは、コレや。美味い菓子をぎょーさん詰めといたで!」
「ギョーサン!」
 受け取った皇帝は、期待に瞳をキラキラさせていた。

 エリー・アッシェンは、ゴブリン皇帝をキラキラした眼差しで見つめた。
「お会いしたかったですわ、うふふっ」
 満面の笑顔で彼女が取り出したのは、小瓶。
 キラキラしたそれを見つめ、皇帝の首が傾く。
「ナンダ?」
「これはマニキュアです。ラメ入りですわ、うふふっ」
「マニキュア?」
「爪に塗る塗料、って言えば分かるかなぁ?」
 ラダ・ブッチャーが解説すると、ゴブリンの首が益々傾いた。
「是非お試し下さい。手だと乾くまで大変なので、足の指に塗りましょう」
 エリーは笑顔で、マニキュアの蓋を開ける。
「いっそ私に塗らせてください」
 ずいっと皇帝に近寄れば、その迫力に皇帝はコクコクを頷いた。
「うふふっ。綺麗に塗って参りましょう」
 エリーはゴブリン皇帝の足を取ると、その爪に丁寧にマニキュアを塗っていく。
 まるで宝石のように、皇帝の足の爪が輝きに包まれた。
「とっても綺麗で、お似合いですわ、皇帝」
「キラキラダ!」
 足を上げ、皇帝はご機嫌で爪を眺めた。

 紫月 彩夢が取り出したのは、炭酸飲料のペットボトルだった。
「食べ物ばかりだと、喉が乾くと思うし」
「彩夢ちゃん、どうしてペットボトルを振ってるの?」
 紫月 咲姫は、彩夢の様子に目を丸くして尋ねる。
「軽く振って、シュワってさせた方が、面白……美味しいじゃない?」
 彩夢はニッコリ笑ってそう答えてから、皇帝の前へと出た。
「あたしからは、これをどうぞ」
「ノミモノ! キガキクナ!」
 皇帝は嬉しそうにペットボトルの蓋を開け──。
「シュワワッ!?」
 溢れてきた泡に目を丸くさせる皇帝に、彩夢はクスリと笑った。

「まあステキな王様♪ お話に聞いてたよりずっと男前ねえ」
 秋月 沙耶の言葉に、皇帝はデレデレと顔を緩ませる。
「そんな素敵な王様には、これを差し上げるわ」
 沙耶の手で、皇帝の頭に載せられたのは、おもちゃの王冠。
 おもちゃではあるが、イミテーションの宝石は輝いており、見た目も麗しい。
「ニアウ? ニアウ?」
「お似合いよ♪」
「お似合いですね」
 沙耶の隣でティムル・カリモフも頷けば、皇帝は鼻歌混じりにおもちゃの王冠に触れるのだった。

 椿姫桜 姫愛姫は、お盆を手に皇帝の前にずいっと出た。
「姫愛姫のとっておき、超ハイブリッドスイーツを献上しちゃいますぅ☆」
 パチンとウインクして、皇帝へ盆を差し出す。
 そこには、数種類の味のグミとキャンディーを混ぜたものに、その周りを崩したゼリーで飾り立てた創作スイーツが載っていた。
 色鮮やかな、見た目宝石にも見える華やかさ。勿論、姫愛姫のお手製である。
「オオ!」
 ゴブリン皇帝の瞳は、初めて見るスイーツに釘付けとなった。
「さ、さすがゴブリン皇帝なのじゃー」
 麻琵 桜玉 殊月がそう叫んだが、棒読みにも程があった。姫愛姫の瞳が一瞬じとっと彼を見てから、皇帝に再び笑顔を向ける。
「選ばれた者にしか食せない幻のスイーツなんですよぉ♪」
「余も食べてみたかったのう、羨ましいのう」
 今度は若干感情を込めて、殊月が続ければ、皇帝はすっかり気分を良くした。
「キレーダカラ、タベルノモッタイナイナ!」
 皇帝は飽きる事なく、暫くそのスイーツを眺め続けたのだった。

「よし、献上に行ってくる」
「ナナさん、ちょっと待った!」
 突き抜ける悪寒に、驟雨は100000774の肩を掴んだ。
「一体何を献上する気なんです?」
「コレだが?」
 ナニカ問題でも?
 そう眼差しを向ける彼女の手に握られているのは、鞭。
「問題あるに決まってるでしょ!」
 驟雨は問答無用で鞭を奪い取る。
「献上は僕に任せて下さい」
 100000774にそう告げ、驟雨は返事を待たずに皇帝の前に出た。
「僕達からは、これを差し上げます」
 驟雨が渡したのは、お菓子の詰め合わせだった。
「面白くないな」
「献上品に面白さを追求してどうするんです」

 ミヤ・カルディナは、にっこりと微笑んで皇帝の前に出た。
「王様こんにちは」
 挨拶してから、『マジシャンズハット』を彼女は取り出す。
「王様に、私からのプレゼントです」
 ふわりとハットを回転させれば、魔法のように色とりどりの飴やチョコが現れる。
「オオ!」
 皇帝は身を乗り出して、ミヤの手品を見つめた。
 その様子に微笑みながら、ミヤは取り出した飴とチョコで、皇帝のマントや王冠を飾っていく。
 舞うような動きに、皇帝はぽーっとしながらミヤの動きを目で追った。
(やるな、ミヤの奴)
 ミヤのパートナー、ユウキ・アヤトは微笑んで、ミヤの魔法のような手品を眺めている。
「はい、出来上がりです」
 ミヤがハットを手にお辞儀する頃には、皇帝は飴とチョコに囲まれて満面の笑顔になっていた。

「お会いできて光栄です」
 夢路 希望は、心を込めて皇帝へお辞儀した。
 彼女の人を癒やす笑顔に、皇帝にも自然と笑みが浮かぶ。
「私からは、シャボン玉を作るおもちゃを差し上げます」
「シャボンダマ?」
 首を傾ける皇帝に、希望はシャボン玉液の入った容器を持ち、微笑んだ。
「こうやって、シャボン玉を作るんです」
 液の中にストローの先端を入れ、取り出す。そして口に銜えるとふーっと息を吐き出した。
 ストローの先端から、七色のシャボン玉が弾けるように飛び出す。
「オオ!」
 皇帝は手を叩いて歓声を上げた。
「皇帝もやってみて下さい」
「ヤッテミル!」
 希望からシャボン玉セットを受け取ると、見よう見真似で皇帝もストローを吹く。
 ふわふわとシャボン玉が飛び出して、皇帝は興奮に身体を揺らした。
「さすが皇帝、お上手です」
「オモシロイナ!!」
 心から楽しんでいる様子の皇帝に、希望は瞳を細める。
「皇帝、僕からはこれを差し上げます」
 そこへ、スノー・ラビットが歩み寄り、皇帝へイミテーションの宝石が輝く腕輪を差し出した。
 食玩のアクセサリーだが、箱から予め出していた事もあり、出来の良いアクセサリーに皇帝は瞳を輝かせる。
「キレイダナ!」
「良く似合いで」
 早速腕に嵌めて喜ぶ皇帝を見て、スノーと希望は顔を見合わせて笑い合った。

 リュシエンヌ・ジルベールは、何を献上すればいいか、悩みに悩んだ。
 そして──。
「皇帝には、これを差し上げます」
 彼女が差し出したのは、硝子製の小瓶。
「甘い花の香りのフレグランスを選んでみたの。皇帝ですもの、身を飾ることも必要でしょう?」
 瓶の蓋を開ければ、ふわりと良い香りが漂った。
「香り、お嫌いじゃなければいいけれど」
 リュシエンヌは心配そうに皇帝を見るが、彼はくんくんと香りを吸い込むと、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ヨイニオイ!」
「皇帝にとても合ってる、高貴な香りだな」
 エティエンヌ・プティパが褒めると、皇帝は得意げに笑みを深める。
「そうだ、これでも食べてみるか?」
 ふと思い付いた顔で、エティエンヌはポケットからガムを取り出した。
 ガムはまだ、誰も皇帝にプレゼントしていないようだったから。
 皇帝は物珍しそうにガムを受け取った。
「こうやって、噛んで楽しむお菓子だ」
「味が無くなったら、飲み込まずに吐き出してね」
 ぱくっとガムを口に入れ、クチャクチャと噛んで、皇帝は幸せそうに笑った。
「コレ、オイシイシ、タノシイ!」

 ウィンクルム達から沢山の貢物を貰ったゴブリン皇帝は、ニコニコと実に嬉しそうな顔で立ち上がる。
「オレサマ、マンゾク! ヤクソク、マモル!」
 そう言うと同時、玉座の背後にあった扉が、音を立てて開いた。
「サア、サキニイクトイイ!」
「王様、有難う御座います!」
 ぺこりと心からの感謝を込めて、ミヤが頭を下げた。皇帝はそれにVサインで答える。
「ねぇねぇ、超超超イケてるゴブリン兄さん!」
 Vサインしている皇帝に、名生 佳代が笑顔で話し掛けた。
「オレ? イケテル?」
「もう、超イケてるしぃ! ネイルも似合いすぎじゃん!」
 佳代がきっぱりはっきり褒めると、ゴブリン皇帝は実に幸せそうにソレホドデモと頭を掻く。
「そんなイケてるゴブリン兄さんにぃ、聞きたい事があるんだしぃ!」
 佳代がニヤリと笑みを浮かべ、その隣で花木 宏介がそっと息を吐き出した。
(佳代の奴、抜け目ないな……)
「ナンダ? ナンデモイッテミロ」
「この先に居る、敵の弱点とか知らないしぃ?」
「ジャクテン……ソウダナ……」
 皇帝は少し考えて、こう答えた。
「ヒマワリノタネハ、アタッテモ、ケガハシナイダロウカラ、アンシンシロ」

 こうして、ウィンクルム達は次の部屋へと向かった。


●第二の部屋「ひまわりの間」

 そこは広大な空間だった。
 足元には砂。部屋の中央には、巨大なひまわりがゆらゆらと揺れている。
「あ、あつい、です……」
 コカコは額に滲む汗を拭い、大きく息を吐き出した。視界がひまわりと一緒にユラユラ揺れる。
「砂漠はなんど来ても、苦手です……」
「おやおや」
 そんな彼女の呟きに、隣でポヴァラが笑った。
「パンを焼く火なら平気なのにフシギですねぇ」
 確かにそうかも。コカコがぼんやりする思考でそう考えた時、
「……まあ冗談はともかく、水分をどうぞ。砂に足を取られぬよう掴まって下さい」
 そんな声がしたかと思うと、ぐいっと引っ張られた。
 肘を抱えるように捕まえられて、コカコはポヴァラに急速接近。
「ひゃあ、ち、ちか、近いです……!」
 ぐいっと彼の胸を押して、コカコは飛び上がるようにして距離を取ろうとした──腕を掴まえられている為、叶わなかったが。
「ふふふ、元気じゃないですか」
 そんな彼女を見つめ、ポヴァラはとても楽しそうに笑った。

 カスミはじーっと揺れる巨大なひまわりを見つめる。
「なるべく、距離を取って行った方がいいよね」
「極力戦闘は避けつつ、奥を目指しましょう」
 カスミとリクトは、何処か不気味なひまわりを横目に、慎重に歩き始めた。

「王子さま、あつくないですか?」
 真衣はアーサー王子と並んで歩きながら、首を傾ける。
「そうだね、少し熱いかな」
 額に浮かぶ汗を拭う王子に、真衣は微笑んで鞄から水筒を取り出した。
「水筒にお水入れて来たの、どうぞ」
「これは嬉しいな。有難う」
 アーサー王子は嬉しそうに水筒を受け取り、冷たい水で喉を潤す。
「どういたしまして」
 にっこり笑う真衣とアーサー王子の遣り取りを微笑ましく見つつ、ベルンハルトはひまわりへの警戒を解かなかった。
「真衣、遅れないように気を付けてくれ」
「わかったわ」
 真衣とアーサー王子は、ベルンハルトに守られながら歩を進めた。

 段々と中央のひまわり達が近付いてくる。
「なぁ、アーサー王子」
 豊村 刹那は、アーサー王子に歩み寄ると、汗を拭い声を掛けた。
「ここは駆け抜けるのが良いんじゃないか?」
 彼女の視線の先には、巨大なひまわり達。
「万一、動き出したとして……いちいち相手はしてらんないだろ」
 アーサー王子は、刹那の言葉に成程と瞬きした。
「駆け抜けるなら、私は殿務めよう」
「ああ」
 刹那の隣で逆月も頷く。
「俺も戦う必要は無いと思うぜ」
「敵を上手に撒くためにも、皆、バラバラになって走り抜けましょ!」
 アヤトと沙耶がそう続ければ、王子と王子の護衛達は顔を見合わせて、頷きあった。
「王子は、私達の後ろに居て下さい」
 水瀬 夏織と上山 樹が、アーサー王子の前に出る。
 ──王子は何としても守る。それがウィンクルムとしての使命。
 夏織は緊張に僅か震える手で、剣の柄を握り締めた。
 そんな夏織の様子に、樹は僅か瞳を細める。真面目な彼女らしいと思う。
 目立つ事は苦手だが、これもウィンクルムとしての勤めならば、『いつも通り』振る舞おう。
 樹は穏やかな笑みを夏織に向け、バリアを展開した。
「ゴブリン兄さんの話だと、ひまわりの種は『アタッテモ、ケガハシナイ』って話だったしぃ」
 佳代はひまわりをじろじろ観察しながら、考える。
「当たっても……という事は、種が飛んでくるという事か」
 宏介がそう言えば、佳代の顔に笑みが広がった。
「ケガしないんだったら、突撃あるのみだしぃ! 宏介、道を切り開きにゴーだしぃ!」
「……仕方ないな」
 宏介は深い溜息と共に、手裏剣を構える。
「サキサカサカサはお手伝いするわ」
 すっと宏介の隣に、クリアレインを持った向坂 咲裟が立った。
「そういう訳で、お手伝いをさせて貰うよ」
 穏やかに咲裟の隣でカルラス・エスクリヴァが微笑む。
「私達にもお手伝いさせて下さい。ねぇ、ハチさん」
「はい、お嬢」
 菫 離々と蓮も宏介の隣に並んで、宏介はくいっと眼鏡を上げた。
「後ろは任せておけ」
 100000774が力強く言えば、もう恐れるものは何も無かった。
「では、行こう……!」
 宏介達は先陣を切って走り出す。
 ひまわりがどんどんと視界いっぱいに広がってきたと同時、地面が軽く揺れたような気がした。
「皆さん、あれ……!」
 離々が指差す先、ひまわりの根っこが土から這い出てきて、足のようにうねうねと動き始める──否、それはひまわりにとっては足そのものだった。
 根を足として、ひまわり達がのっそりと立ち上がる。
「お嬢は下がっててください」
 蓮は離々の前に出ると、スネイクヘッドを発動した。
 重いアンカーヘットを振り回し、錨をひまわりに巻き付けるよう投擲する。
「悪食同士、楽しく喧嘩しましょうや」
 ひまわりに巻き付いた錨を引っ張ると、ひまわりの茎が折れてその場に崩れ落ちた。
「ハチさん、種が来ます!」
 離々は声を上げながら、クリアライトをひまわりへ向けた。太陽光が反射され、ひまわりの視界を奪う。その間、蓮はフード目深に被り種をやり過ごした。
「あんまり痛くはないけど、五月蝿いな!」
 宏介の手裏剣が、種を放つひまわりを斬り裂く。
(ひまわりは太陽に顔を向ける…‥その性質、利用出来ないかしら)
 咲裟は手の中で光るクリアレインを見遣った。
(試してみるわ……!)
 佳代に狙いを定めるひまわりの顔に向けて、クリアレインを構える。
 太陽の光を反射し、クリアレインが一層目映く輝いて……佳代から、咲裟の方へひまわりが方向転換した。
「お嬢さん! 危ない!」
 瞬間、枝が鞭のように伸びて咲裟を狙ったのを、カルラスのシールドが弾いて守る。
「有難う、おじさん」
「気を付けていこう」
 咲裟とカルラスは並走して、道を切り開いていった。
「どけどけーっ! 折っちゃうぞ!」
 桃の手には、火の付いた松明と剣。
 メラメラ燃える炎に、ひまわり達はさっと道を開けた。
「主様、効いておりますぞ!」
 斑雪が瞳を輝かせる。が、次の瞬間。
 スコーン!
「痛いですぅ!?」
 ひまわり達は、せめてもの反撃とばかりに次々と二人へ種を飛ばしてきた。
「ちょっと痛いけど、だいじょーぶ!」
「うぅ……拙者、我慢するです……!」
 桃と斑雪は、飛んでくる種に構わず駆け抜ける。
 桃達とは対照的に、アヤトは厚手のコートのフードを被って、防種対策をしていた。
 そしてその手には、大きめのビニール袋。これを両手でピンと張り構える。長くは持たないと思われるが、簡易の盾だ。
「今よっ」
 ミヤの声に、アヤトはビニール袋を手に飛び出す。
「皆、全力で走れ!」
 ビシ! ビシ!
 アヤトがビニール袋の盾で防御する間、アーサー王子と護衛達は走った。
「王子の元へは行かせませんよ」
「ここで通行止めだ」
 驟雨がアプローチで敵を引き寄せ、100000774もクリアライトでひまわりを斬り払う。
「王子様に当てさせません!」
「……温いな」
 防御を掻い潜り、アーサー王子の元へ飛んでくる種は、すべて夏織の剣と樹のバリアが弾き返した。
 部隊は確実に前へ前へと進んでいく。

 一方、ニッカ=コットンは、ひまわりの種に興味津々だった。
 繰り広げられる戦闘、初めての戦場に胸は早鐘を打っていたけれども、それでも種への興味は頭から離れない。
(あのひまわりの種を染料に使ったら、どんな織物が出来るんだろう?)
 ファッションデザイナーを目指すニッカには、ひまわりの花も種も宝物に見える。
 ぽーん!
 勢い良く種がこちらに飛んでくるのを見ると同時、ニッカは持参していた袋を広げていた。
「収穫!」
 袋に面白いくらいに大きなひまわりの種が入る。ニッカの顔が輝いた時だった。
「皆の迷惑になります」
 ぐいっと強い力で腕を引かれて、気付けばニッカは温かい腕の中に居る。
 ビシッ! ビシッ!
 軽い衝撃。ひまわりの枝の鞭を、ライト=ヒュージ=ファウンテンの持つターゲットシールドが防いだ。
「ライト」
「お嬢さん、あまり一人でウロウロしないで下さい。私の傍に居て。いいですね?」
 ライトの声には少し険があったが、前を向く眼差しは真剣で、ニッカの腕を掴む手は何処か優しくて。
「うん」
 ニッカは、ひまわりの種が入った袋を大事に抱え、笑顔で頷いた。

 瀬谷 瑞希は震えていた。
 大群のひまわり。食肉植物のそれは、おぞましく怖い。
 どうして彼らは、自分達を襲ってくるのだろうか?
 分からない事が、余計に恐怖となり瑞希の身体を震わせた。
「ミズキ、こっちだ!」
 ぎゅっと掴まれた手に、瑞希は顔を上げる。
「大丈夫。俺が一緒だ」
 フェルン・ミュラーは、飛んでくる種をターゲットシールドで受け止め、瑞希の手を引いてひまわりから逃げた。
「ミュラーさん……」
 繋いだ指がほんのりと温かく、瑞希は身体の震えが止まっていく己を感じていた。

 ひまわりがアーサー王子を狙っている。
(何とか、こっちに引き付けなきゃ……!)
「えい!」
 深海 萌花は、アーサー王子方面に向かうひまわりへ、砂を手に思い切り投げ付けた。
 パラパラと砂が掛かる程度ではあったが、ぎょろりとひまわりがこちらを向く。
 ニタァと食肉植物の大きな口が開いた。
「萌花、下がれ!」
「ルキお兄ちゃん」
 ダブルダガーを手にルキウス・アズールが萌花の前に出る。
「倒れろ……!」
 鞭のようにしなる枝を往なし、ルキウスのダガーがひまわりの茎を刈り取った。
「こっちですよー!!」
 ティムルもまた大声を上げ、沙耶に向かうひまわりと自分へと引き付ける。
 襲ってくるひまわりは、手裏剣で切り払った。
「ノゾミさん、危ないから僕から離れないで!」
 スノーもまた、背中に希望を庇いながら、双剣で種を振り払い、根っこを狙っていく。
 希望は、魔守のオーブを展開して、神人達への攻撃を防いだ。
「止まって下さい!」
 リクトも、ひまわりの根を狙って銃の引き金を引く。
 カスミは剣で枝を切り払いながら、敵とはいえ、ひまわりを倒す事に複雑な気分になっていた。
 ふわり。
 奮闘する精霊達の頭上に、鳥のぬいぐるみが飛んでくる。咲姫が放ったパペットマペットのぬいぐるみだ。
 鳥のぬいぐるみは、ひまわりの攻撃を避けながら、群れの真ん中へと飛んでいく。
 ポーン!!
 そして、攻撃を受けると大きく膨らんで破裂した。
「よし、一網打尽ね」
 咲姫はぐっと拳を握り、彩夢を手を合わせる。

「けったいなひまわりやなぁ!」
 晃太は、ひょいひょいとひまわりの種攻撃を避けながら、手裏剣を投げる。
「ほな、さいなら!」
 手裏剣は弧を描き、迫り来るひまわりを次々と斬り裂いていった。
「晃ちゃん、危ない!」
 晃太の視覚から彼を狙うひまわりの鞭攻撃を、心優音の護身刀が弾き返す。
「みゆ、サンキューな!」
 晃太がウインクし、心優音が微笑んだ。

 殿を務める刹那は、追い縋るひまわりをクリアライトで斬り払う。
「根が足の役割を果たしているならば……」
 動きが一層鈍ったところへ、逆月は根を狙って矢で射抜き、転倒させていった。
「しつこいね……!」
 同じく殿で、フリオはアプローチでひまわりと引き付け、飛んでくる種をシールドで受け止める。
 追ってくるひまわりの数は、倒す度に増えていっているような気がした。
「キリがないな。……燃やすか」
「え?」
 フリオがきょとんとしてしまっている間に、ハガネは懐からライターオイルを取り出していた。
 逆月が転ばしたひまわりへ向けオイルを掛けると、銜えていた火の付いた煙草を投入する。
「わぁ!?」
 フリオの驚く声と同時、ぼわっと炎が上がった。
「ほら、今の内だ」
 あっという間にひまわり達へ燃え広がる炎を背に、殿のウィンクルム達は駆け出す。

 こうして、ウィンクルム達はひまわりの追跡を逃れ、アーサー王子と共に次の部屋へと辿り着いたのだった。


●最後の部屋「真実の部屋」

 綺麗な空気が満ちた場所だった。
 静かな空間は、やって来たアーサー隊の活気に満ちて、それを歓迎しているようだった。
「アーサー王子、急ぎましょう」
 杓杖はアーサー王子様が取るべきだ。
 そう考えるミヤは、アーサー王子の手を引き、先を急ぐ。
 部屋の奥には、一つの扉があった。
 扉の前には、綺麗な光に包まれた『錫杖』が漂っていた。
 50cm程の長さであるそれは、銀と象牙で作られており、無数のダイヤモンドが美しく装飾されている。
 見つめていると安心感に包まれる、不思議な錫杖だ。
「皆、これが、伯爵家の家宝の『錫杖』だ」
 アーサー王子は、ウィンクルム達を振り返った。
「さあ、『真実の儀式』を執り行なおう」
 『真実の儀式』──『大切な人に伝えていなかった真実』を伝える事で、封印を解く事が出来るらしい。

「では、私の真実をお話しますわ、うふふっ」
 エリーが笑顔で前に出た。
「私は足フェチです」
 誇らしげにすら聞こえる堂々とした宣言に、
「そうだろうねぇ」
 ゴブリン皇帝の足の爪に嬉々としてマニキュアを塗っていた姿を思い出し、ラダはうんうんと頷く。
「じゃあ、ボクも言っておこうかな。ボクはハムスターのエサを高級なオヤツと誤解して、ありがたく食べたことがある!」
 胸を張って告げられた真実に、エリーは瞳を輝かせた。
「まぁ、貴重な経験ですわね! どんな味でしたの?」
「……」
 どんよりとラダの表情が曇る。語りたくない程の味という事で察して頂きたい。※ハムスターのエサを食べるのは危険なので、良い子の皆は真似しちゃ駄目だぞ!

 ベルンハルトは、何かを思い付いた顔で真衣に向き合った。
「真衣、言い忘れていた」
 ベルンハルトを見上げ、真衣が瞬きする。
「新しい職場が決まった。 レストランのウェイターだ」
「そうなの?」
 真衣の顔に笑顔が広がった。
「ならパパとママと行くわね!」
「ああ、待ってる」
 真衣はベルンハルトの顔をニコニコ見つめながら、どんなお洋服で彼の職場へ行こうか、思考を巡らせている。

 斑雪は、もじもじしながら桃を見つめた。
「実は拙者……」
 すぅっと息を吸い込み、ぎゅっと瞳を閉じて。
「ぉ……」
「お?」
「おねしょしてました! うわあーんっ! 主様ごめんなさいです!」
 耳まで真っ赤になって、どーっと斑雪の瞳から涙が溢れた。
「はーちゃん、偉いよ。勇気出したんだから」
 よしよしと、そんな彼の頭を桃は撫でてやる。
「私なんか三連続で小テスト0点だったの、まだおかーさんにいってないし」
「主様ー!」
 ぼふっと斑雪は桃に抱き着いた。

 ふむと顎に手を当てて、逆月はじっと刹那を見る。
「どうした?」
 少し落ち着かない気分で刹那が尋ねると、逆月はゆっくりと口を開いた。
「刹那が買ってきていたロールケーキとやら」
「ロールケーキ? ああ、期間限定の奴だな」
 先日、美味しそうだと買って冷蔵庫に入れたそれを思い出す。
「賞味期限が今日までになっていた気がする」
「え、まじか」
 刹那は目を丸くした。それはいけない。絶対にいけない。
「帰ったら食べないと。逆月も食べるだろ?」
 尋ねれば、逆月が小さく頷いて、刹那は美味しいお茶も用意しなければと考える。

 心優音は、真剣な眼差しで晃太を見上げた。
「あたし、晃ちゃんと家族しか信じられ無かった」
 告げられた言葉に、晃太が目を見開く。
「でも今は違うよ」
 首を振って、心優音はふわりと微笑んだ。
「信じられる友達も出来た。友達の事、信じられるから」
「みゆ……」
 晃太の手が、心優音の手を包み込む。
「みゆが俺達しか信じられん事、知っとった」
 今度は心優音が目を見開いた。
「気付いてたけど、それでもえぇって思うてん……それじゃアカンのにな……」
「晃ちゃん……」
「みゆ、よかったなぁ……」
 くしゃりと晃太が微笑む。優しい眼差しで。
「本当によかったなぁ……」
「晃ちゃん……!」
 強く晃太に抱き締められ、心優音の瞳に涙が浮かんだ。

(兄妹なのに今更真実って……)
 彩夢は腕組をして悩む。今更告げられる真実があるとしたら……。
「……咲姫が姉だと思ってた時期が、あたしにもありました」
「そうなの?」
 咲姫が目を丸くする。
「兄だと知ってショック受けたわよ。憧れのお姉ちゃん」
 軽い口調でそう言えば、咲姫は参ったなぁと眉を寄せた。
「じゃあ、私も」
 コホンと咳払いをして、咲姫は彩夢を見つめる。
「彩夢ちゃんに着て欲しい可愛いお洋服、こっそり沢山作ってあるのよ!」
 ぎょっと彩夢が目を見開いた。
「いつか、着てね?」
 可愛らしく首を傾け、咲姫は微笑む。

 ひまわりの種が入った袋を握り締め、ニッカはライトを見上げた。
「ライトのこと、そんなに嫌なヤツだって思ってないわ」
 ライトが驚いた顔で、大きく瞬きする。
「そ、そうですか……」
「うん、そう」
 珍しく動揺した様子の彼に、ニッカはにっこりと微笑んだ。

 沙耶は口元に指を当てて考える。
「秘密って……特にないんだけど、ティムは何かある?」
「え? 僕ですか?」
 急に聞かれて、ティムルは思わず肩を跳ね上げた。
「秘密……ええと……」
 考えてから、ティムルは眉を下げながら沙耶を見る。
「苺アイス食べちゃったの僕です……ごめんなさい」
 きょとんとしてから、沙耶が笑った。
「別にいいわよ、それくらい。その代わり……」
 とんと、ティムルの胸を指で押す。
「また美味しいタルトを焼いてね?」

(言ってない真実等あったか?)
 100000774もまた、話す真実について悩んでいた。
「うーん」
 顎に手を当てて、考えて考えて……出てきた言葉は。
「あぁ、恋がしてみたいかもしれない」
 ピシッ。
 音を立てる勢いで驟雨が固まった。
「……こ、い?」
「何だ? そんなに驚く事か?」
「ナナさんの口からそんな言葉が出るとは……」
 ギロリ。
「……いえナニモ」
 眼光一閃。驟雨は彼女の睨みに言葉を止めた。
「恋なら、素敵なパートナーが居るんじゃない?」
 アーサー王子が笑いながらそう言えば、100000774は不思議そうに瞬きした。
「驟雨? アイツは部下だ」
(そうでしょうとも……)
 驟雨はそっと吐息を吐き出す。

 瑞希の瞳が迷うようにフェルンへ向けられた。
(幻滅されちゃうかな?)
 躊躇しながらも、隠していた事を彼に告げる。
「実は……お料理、そんなに得意じゃないの」
「そうなのか?」
 フェルンが驚いた様子で瑞希を見返す。
 そして、彼女の肩が落ちている事に気付いて、眉を下げた。
「そんな事、気にする必要ないと思うけど」
 ポンポン。
 温かい手が頭を撫でたのだと、瑞希が気付いて顔を上げれば、フェルンの優しい眼差しが視界に入ったのだった。

 蓮はコホンと小さく咳払いをして、口を開いた。
「こう見えて、昔は文学青年で……今でもたまに筆を執ります」
 衝撃の告白!
 だった筈が、離々は驚いた様子もなく、ニコニコと微笑んでいる。
(まあ、お嬢ですしね……)
 蓮はいつも通りの反応だと、納得したのだが。
「では、私の番ですね。実は私──ハチさんがこっそり綴っているポエムの愛読者です」
「お嬢がポエムの愛読者とは……って、ええ!?」
 蓮は目を見開いて離々を見た。
「お、お嬢?」
「先日のポエムは素敵でした。確か、冬の終わり、春の始まり……」
「って、お嬢、ここで朗読はヤメテ!!!!」
 蓮は慌てて離々の口を塞いだのだった。


 ウィンクルム達の『真実の儀式』が終わったその時、『杓杖』を封印していた光が揺らぐと同時、ふっと消滅した。
 アーサー王子は、封印の解けた『杓杖』を手に取る。
 ギィィ。
 重い音を立てて、奥の扉が開いた。
「どうやらオレ達が一番早かったようだね」
 アーサー王子がそう呟き、一歩を踏み出す。

 扉の向こうは、小高い丘の山頂のようだった。辺りを一望出来る。

 そこは、見渡す限りの森林地帯だった。
 鬱蒼と広がる森は、『黒い森』と呼ぶに相応しく、不気味な程静まり返っている。

 空を見上げると、雲間から月が現れた。
 月光に照らされ、遥か遠方に城らしい建物が見える。
 高く鋭い尖塔をもった城は、とても美しい筈なのだが──何故か見た者を戦慄させる何かがあった。

 オオーン……。

 どこか遠方で、狼の遠吠えが響く。

「この奥の調査はまた今度にしよう」
 一つ息を吐き出して、アーサー王子がウィンクルム達を振り返った。
 新しい未知の世界の光景を胸に焼付け、ウィンクルム達はアーサー王子と共に帰路に着いたのだった。

 ダンジョンを出た瞬間、すべてのウィンクルムの体を青白い光が包んだ。
「勇敢なる探索者よ。……汝の勇気と機知を称えん!」
 ダンジョン全体に響き渡る声とともに、ウィンクルムペアに一つの「エンシェントクラウン」が手元に出現した。
 それは、この脅威の迷宮の製作者が千年の時を越えて、挑戦者を称えて授与した攻略の証である。



シナリオ:雪花菜 凛 GM


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