リザルトノベル

本棚の裏の通路を抜けた先。
そこは、バレンタイン伯爵家に代々伝わる秘密の司令室だった。



「ここに……ボッカが……」

 火山 タイガが緊張の面持ちでごくり、と唾を飲み込む。
この先にボッカが居れば、このまま最終決戦となる。
ドアの取っ手を握る手に、無意識に力が籠った。

「タイガ、待って
一旦様子を見たほうがいい
これを使おう」

 今にもドアを思い切り開けてしまいそうなタイガの様子に
セラフィム・ロイスは手にした『オーガ・ナノーカ』を
細く明けたドアの隙間から差し入れた。

よちよちと歩いて行ったアヒルが室内を偵察した映像はセラフィムの手元の端末で見られる。
どうやら指令室にはボッカはおらず、親衛隊が警備をしているだけのようだ。

「指令室はハズレか……
となると、他の奴らが心配だぜ」

 一瞬肩を落とした後すぐに
他の部隊がボッカと交戦している可能性に思い当たった高原 晃司が
急いで場所を移動しようとしたところをアイン=ストレイフが引き止める。

「待ちなさい晃司
指令室を落とせば、他部隊の様子もボッカの居場所も確認できる……違いますか?」

 アインが尋ねると、ヘイドリック王子は慌てて頷いた。

「そ、そうです
ここでは城内のあちこちの様子が見られるようになっています」

 王子の言葉に、ラセルタ=ブラドッツのサファイアの瞳が剣呑な光を帯びた。

「では、ここを占拠しておけば後々役立つな……よかろう、千代、ゆくぞ」

「わーい、パパ、あたしもいくー!」

 こちらの意見は全く聞かず、勝手に方針を決めてしまうラセルタ。
突然のことに反論もできないまま、羽瀬川 千代はドアの前へと連れて行かれる。

そしてこれから敵陣に乗り込むとわかっているのかいないのか
アイオライト・セプテンバーの楽しげな声に、白露は溜息を吐いた。


各々がトランスを済ませると、王子が『オーガ・ナノーカ』の映像を見ながら
突入のタイミングを伝える事になった。

「行きますよ……3、2、」


 王子のカウントダウンに、一同の緊張が高まる。


「1」


 前衛のイルドがドアの前でショコーディアンを構えた。


「0」





 イルドが体当たりでドアを破り、その勢いのままに一同は指令室内に雪崩れ込む。
突然のウィンクルムの登場に、驚いた親衛隊は統率がとれるような状態ではなかった。
更に、ゼク=ファルが放った朝霧の戸惑いが敵の視界を奪う。

手近な数名をトルネードクラッシュで殴り倒したイルドの後ろから
タイガが室内奥へと駆けこみ親衛隊の目を引き付けた。

(いつもならセラを気遣わねーといけないけどジェミニが、俺の力が、助けられる)

 後方では、ハイトランスジェミニでタイガの力をその身に受けたセラフィムが
柱の陰から赤い鼻のキッスで前衛の仲間たちの援護をしていた。

「いくぞ!」

 向かってきた複数の親衛隊に、タイガのウルフファングが炸裂する。
吹き飛ばされた親衛隊員は室内の柱に頭をぶつけて気を失った者もいた。



「神人だって戦える、甘く見ないでほしいな」

 千代が敢えて敵の目の前に現れ
まるで挑発するかのようにエムシで軽く切り結んではひらりと身を翻して走り去る。

躍起になって唸り声を上げながら追いかけた敵の手が、千代の服を掴むかと思われたその時

「姿は見えずとも声は通るだろう?」

 柱の陰から現れたラセルタが唸り声を頼りに追いかけてきた敵の頭を撃ち抜いた。


目の前で繰り広げられる戦闘に、ヘイドリック王子は胸の前でぎゅっと拳を握る。
それに気づいた柊崎 直香は、王子ににっこりと笑いかけた。

「大丈夫だよ、僕らがキミを守るからね」

 華奢で小柄な直香ではあるが、その手で緋矛を長めに構え
敵が近づいてくると容赦なくその体を貫いていた。
直香の力だけでは倒せない敵は、ゼクの魔法弾が追撃を加えるため
王子の身に危険が及ぶことは無かった。


「こんなものかな」

 倒れ伏した親衛隊員を眺めながら、アキ・セイジが呟く。
セイジにも、そして傍らに立つヴェルトール・ランスにも、特に怪我や不調は見られない。

「こいつら、このままにしておいて万が一起きてきたら厄介だな」

 セイリュー・グラシアは指令室内に放置されていた電源コードの束を手に取ると
ラキア・ジェイドバインと共に倒れた親衛隊員を柱に強く括りつけたのだった。







指令室で確認した限りではボッカは大浴場におり、既に別の部隊が戦闘に入っているようだ。
急いで大浴場に向かおうと走り出した先の中庭で、一同は"ヤツ"に出くわしてしまった。

地響きのような足音を響かせながら、城の壁、柱、植木など
およそ目につくものは手当たり次第に飲み込んでいる。

"ヤツ"の名前はハングリージョー。

「うわぁ、でっかい……」

 ぼそりと呟いた直香の声に反応したのか
ジョーの平皿ほどもある金色の目がぎろりと一同の方を向いた。

その数合計2対。
そう、中庭にいたのは二匹のハングリージョーだったのだ。


「直香!」

 大きな口を開けたジョーが突進してきたのを見、ゼクが直香を引っ張って攻撃を避けさせる。

激しい揺れと共に城壁に頭から突っ込んだジョーは
しかしダメージを受けた様子もなく、再度一同の方を向く。
更に、もう一匹のジョーも後ろで突進の構えを見せていた。

「皆、こっちへ!」

 ラキアが、ジョーの攻撃に耐えられるようチャーチによる防御壁を展開し
一同をチャーチの中へと呼ぶ。
最後の一人がチャーチの中へと逃げ込んだのと、ジョーの突進がチャーチに届いたのはほぼ同時。
ラキアのおかげで大きな怪我をすることなく済んだのは幸いだった。

前後から金色の目玉に睨まれ、チャーチの壁を襲う複数の舌を払いながら
ゼクの魔法を反撃の切欠にするため一同は攻撃のタイミングを伺う。

不意に、片方のジョーが何かに気付いたように振り返り
チャーチからは全く別の方向へと突進していった。

「?どうかしたのかしら」

 不思議に思ったスウィンが闇の中に目を凝らしてみると
ジョーが突進して行った先に、見知った顔が複数名いるのが見える。

それは、クッキーラントの通路を通ってバレンタイン城に乗り込んだはずの
ジャック王子部隊のウィンクルムたちだった。

突然現れた増援に、片方のジョーは完全に意識を奪われており
もう一方のジョーもジャック王子部隊が気になるのか、こちらへのマークが疎かになっている。

「ゼク!」

 直香の合図で、ゼクがジョーに向かって乙女の恋心Ⅱを放つ。
天空の涙で威力が増幅された炎は、ジョーの体内を一気に焼いた。
唸り声を上げ、ダメージを受けた様子のジョーに
セイジとランス、スウィンとイルドが攻撃を加えると
ジョーは中庭の真ん中で蹲り、動かなくなった。

「よし、やったな!」

「ジャック隊の方も、無事なようだよ」

タイガとセラフィムが視線を向けると
もう一匹のジョーはジャック隊に退治されているのが見えた。

そのままジャック隊に合流し
一行は最終決戦の場、大浴場へと向かった。






大浴場の中は、既に戦いの痕があちこちに見られた。
壊れた柱や抉れた床は、主にボッカの魔法弾によるものだろう。
幸い、先発のアーサー隊に重傷者はいないようだが
あれを食らったらひとたまりもない。
更に後ろから指令室以外から来たと思われる親衛隊員、ドーテム・マグスも迫っている。


「バカめ!雑魚が何人来ようと同じ事!
このボッカ様の前にひれ伏すが良い!」

 大浴場内にボッカの高笑いが響き渡る。

「……なんか言ってるけど、服着てないとイマイチ恰好つかないな」

 ランスの言うとおり、ボッカは入浴中だったためか服を着ておらず
腰にタオルを一枚巻いただけの姿で高笑いをする様はどうにも三枚目感が拭えない。

「怪我をした人、防御に不安がある人はこっちに!」

 後衛で、ラキアがチャーチを展開し、その中でサンクチュアリⅠを発動させる。
怪我をした者を回復すると共に、
術の詠唱に間のあるエンドウィザードや
遠距離攻撃のプレストガンナーに拠点を提供する形となった。


「皆はボッカを頼むね、僕は親衛隊員を何とかする」

「おい、待て直香!」

 直香は言い放つと、緋矛を手に駆けだし
ゼクが慌ててその後を追った。

なにしろ初めてのハイトランスなのだ、まだ未知の部分がたくさんある。
直香の槍では対処しきれない死角をカバーしながら
二度目の乙女の恋心Ⅱの詠唱を開始した。

直香は緋矛で、親衛隊員に攻撃を加えていく。
順調かと思われたその時
ドーテム・マグスが放った魔法弾が直香の足を掠めた。

「くっ!」

 魔法弾は忽ち直香の足の感覚を麻痺させ、その機動力を奪う。
動けなくなった直香の眼前にマグスのモーニングスターが迫った。
ゼクが咄嗟に直香を庇おうとするが、僅かに間に合わない。

直香がぎゅっと目を瞑った刹那、弾かれるような音がして
ドーテム・マグスが苦痛の咆哮を上げた。

「……なんとか間に合ったぜ」

 見れば、直香とマグスの間には星が輝く眩い川が横たわっていた。
ランスの放った天の川の彼方だ。

「助かった、ランス、礼を言う」

そのまま、ゼクは壁の向こうのマグスに向かって乙女の恋心Ⅱを放つ。

体内から熱されたマグスは声もなく倒れ伏した。





直香とゼクを助けたランスは、そのままセイジの元へ向かう。

セイジは、セイリュー、イルド、スウィンと共にボッカに対峙していた。

トライデント・テラーでボッカの四肢を絡め取ろうとするセイジと
紅蜘蛛でボッカの死角から攻撃を加えるセイリュー
グラビティブレイクでボッカの防御力を下げていくイルドは
戦いながらも誰かに攻撃が集中しないよう、また誰かが突出しすぎないよう気を払っていた。
一歩下がったところから、スウィンが封魔で攻撃を加えつつ、適宜陣形の指示を出していく。

「くそっ、貴様らちょこまかと……動くな!止まれ!そして食らえ!」

 あまりに攻撃が当たらない事に焦れたボッカが手当たり次第に魔法弾を放つ。
良く狙ってもいない魔法弾が、偶然、ボッカを囲んでいた三人をすり抜け
スウィンに迫った。

「おっさん!」

 注意を促したイルドが見ている前で、魔法弾がスウィンの体を包む。

と。

カチリ、と秒針の音がして
魔法弾がまるで逆再生されたかのようにボッカの手の中に戻っていく。
スウィンには傷一つない。

再度秒針の音がすると、まるで先程の攻撃は無かったかのように
ボッカがもう一度魔法弾をスウィンに向けて放った。

「同じ手は通用しないわよ……まあ、おにーさんにとってはハジメテの攻撃でしょうけど」

 にやり、と笑ったスウィンはその攻撃を"知って"いる。
横っ飛びに飛んで、魔法弾を躱したスウィンに、イルドはほっと胸を撫で下ろした。

魔法弾を放ち終えた一瞬、ボッカの攻撃の手が止まる。
セイジ、セイリュー、イルドはその隙を見逃さなかった。

トライデント・テラーが
紅蜘蛛が
ショコーディアンが

三方向から一斉にボッカに向けられた。




三人が武器を振るう。
が、僅かにボッカの身のこなしの方が早かった。
ボッカは力強く跳躍すると、三人の包囲網を抜け
怒りの表情で両手に初めて見るサイズの魔法弾を準備し始めた。

「貴様ら、俺様を怒らせた罪は重いぞ!」

 その大きさは、先ほどまで放っていた物とは比べ物にならない。
あれが放たれれば、ここにいるウィンクルム全員、大浴場ごと吹っ飛んでしまうかもしれなかった。

「拙い!」

 タイガが素早くボッカに向かって走り出す。止めるつもりだ。

「タイガ、危ない!」

 セラフィムの声にラセルタが龍眼を構え、千代が魂の牢獄を揺らしながら走り出した。
ボッカがにやりと笑う。


その時

『パパ、このボタンでいいの?』

唐突に、大浴場内に可愛らしいアイオライトの声が響く。
そうそう、そのボタンですよ、という白露の声が聞こえたかと思うと
小さな機械の作動音ののち、大浴場に鶏の鳴き声が響き渡った。


大浴場内で、鶏の鳴き声はわんわんと反響し
鶏の鳴き声が苦手なボッカに襲い掛かる。

「貴様ら、卑怯な手を使いやがって!
この借りはいつか必ず返す!覚えてろよ!うわぁああん!!」

たちまち顔色を失ったボッカは、両手の魔法弾の事も忘れたのか
何とも小物臭漂う捨て台詞と泣き声を残し、大慌てで大浴場を飛び出していった。


「なるほど、アイちゃんてば、私のレコーダー使ったのね」

 一同が指令室を出た際、アイオライトはスウィンに声をかけレコーダーを借りていた。
ボッカが大浴場にいるためレコーダーは湿気で使えなくなってしまうかもしれないと懸念した白露が
アイオライトと共に指令室に残り、鶏の鳴き声を放送する作戦を思いついたのだ。


『みなさん、大丈夫ですか、怪我はありませんか?』

大浴場に、一同を心配する白露の声が響く。

「いやぁ、やばかった
アイオライトたちのおかげで助かったぜ」

 晃司が天井の監視カメラと思しき物体に手を振りながら応えると
アインも隣で深く頷いた。





「こちらです」

 アーサー王子の勝利宣言の後
一行はヘイドリック王子と共にチョコレート倉庫の確認に来ていた。


ボッカは去ったとはいえ
まだ城内にはオーガやハングリージョーが残っているかもしれないと
一行がすすんでヘイドリック王子の護衛を願い出たのだ。

ほんの短い間とはいえ、共に死線を潜り抜けた者同士
王子とウィンクルムの間には、確かな信頼関係が芽生えていた。

マグナライトで照らした先、王城の地下深くにあるチョコレート倉庫は
荒らされることもなく、ボッカ侵入前と変わらぬ姿でそこにあった。

「ああ、よかった、どこもなんともない……」

 心の底から安堵の溜息をついたヘイドリック王子は
ウィンクルムに向き直ると礼を述べた。

「みなさん、ボクがここまでこられたのは、皆さんのご協力があったからです
おかげさまで、バレンタイン領もまた以前のように平和な国に戻る事でしょう

みなさんのおかげです
本当に、ありがとうございました」

 そう言って、ヘイドリック王子はこの数日間で一番明るい笑顔を見せたのだった。


シナリオ:あごGM


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