リザルトノベル

物置の中の通路を抜けると、中央に大きな天蓋付きのベッドが設えられた部屋に出た。
どうやら、ボッカの寝室のようだ。しんと静まり返っており、人の気配はない。

ヴァレリアーノ・アレンスキーは、オルガスコープを使って寝室内を見渡した。

「……ギルティらしい気配はないな」

「人質も、ここにはいないようなのだよ」

「なんだ、ハズレかぁ……緊張して損したぜ」

 アレクサンドルの言葉に、天原 秋乃が詰めていた息を吐いた。
入った瞬間即開戦も十分に考えられ、トランスまでした状況の中でさすがに緊張したのだろう。
だが、そんな秋乃にイチカ・ククルが注意を促した。

「安心するのは早いよ秋乃
もしかしたら、どこか死角に敵が潜んでいるかも」

 確かに、と秋乃は再度クリアレインを構え直す。


「でもさ」

 柳 大樹は冷静に状況を判断し、口を開いた。

「いくら奇襲だって言っても、相手がギルティなら気づかれてんだろ
例えば……」

「上だ、大樹」

 大樹の言葉尻をクラウディオが引き受ける。
咄嗟に飛び退った一同が、ほんの数秒前まで立っていた場所に二匹のオーガが落ちてきた。
上半身は女性、下半身は蛇のその姿は、ラミアよりもワンランク上の敵、メデューサを彷彿とさせる。

右のオーガは瞳の色が水色、左のオーガは赤色。また、髪の色もそれに準じている。
違いはそれくらいなもので、それ以外の部分では二人は良く似た顔立ちをしていた。

どうやら、天井に隠れて襲い掛かってくるつもりだったようだ。

「奇襲なんて卑怯だぞ!……って、僕らが言えた義理じゃないけどねぇ」

「言ってる場合か」

 叶がへらりと笑うと、桐華が注意を促した。

大樹の読みは、半分当たりで半分ハズレだ。
オルガスコープを覗いた俊・ブルックスが声を上げる。

「こいつら、Cスケールオーガだ!ボー・テグワっていうらしい」

「っち、厄介だな……」

 ギルティではなかったとはいえ
ここまで相手にしてきたDスケールよりも力の強い未知の敵に、俊と初瀬=秀の緊張感が高まった。
ネカット・グラキエスとイグニス=アルデバランが詠唱を開始する。

「ジャック王子、こっちに」

「お怪我をなさいませんよう」

 木之下若葉と信城いつきが王子を連れて、テグワ達から距離を取る様伝えた。
未知の敵を相手にして絶対に大丈夫と言い切れるほど、二人は弱くは無い。
その二人の強張った表情に、ジャック王子も何も言わずに後衛へと下がる。

ジャック王子の護衛を若葉といつきが引き受けたのを見て
アクア・グレイとレーゲンがホルスターから銃を抜き、そのまま抜き打ちの一撃を放つ。
ファストガンだ。

「みなさんと笑顔で帰るんです!」

「おとなしく、城を返してもらうよ」

 二人の思いを込めた一撃が、開戦の合図だった。





ヴァレリアーノがアクアとレーゲンの射線上に立たないよう気を付けながら
手にしたデビルズ・デス・サイズで水色のオーガの胴を狙い切りかかる。

当たってはいるものの、さすがに相手もCスケールオーガだ
大きなダメージには至らなかったうえに、ヴァレリアーノは
右頬にその蛇のような尾の強烈なビンタを食らってしまった。

側頭部に衝撃を食らって足が止まったヴァレリアーノの左頬を
往復してきた尻尾が狙うのを見て、秀が動いた。

「蛇女!こっちだ!」

 秀が放ったオートリ・デコイがテグワの注意を引くと
その隙に、ヴァレリアーノの大鎌がその尻尾を切り飛ばした。
ぎゃっと悲鳴を上げた水色のテグワに
アレクサンドルのタイガークローⅡとイグニスの神様のパン籠が炸裂し
水色のテグワは沈黙した。




赤いテグワの方は、するすると床を滑るとイチカに尾を伸ばす。
巻き付かれれば、おそらく強い力で締め上げられるのだろう。

「その手には乗らないぜ!」

イチカはエトワールでその尾を回避しつつ
少しずつ他の仲間の居る方にテグワを誘導していった。
秋乃も弓を射て、テグワが他の仲間に向かわないよう牽制する。


「イチカ、よくやった」

 攻撃範囲内にテグワが侵入してきたのを、桐華が見逃すはずは無かった。
テグワに、桐華のスタッカートが突き刺さる。
チェリーベリーの閃きは、大ダメージには至らないもののテグワの足を止めるには十分だった。
足の止まったテグワに、クラウディオの双葉Ⅱが、続いてネカットの乙女の恋心が襲い掛かり
赤い
テグワもその場に倒れ伏した。


「よかった、カタが付いたみたいだ」

 王子を背に庇い、成り行きを見守っていたいつきの言葉に
若葉は詰めていた息をほっと吐いた。
手に持っていた魔守のオーブは、今は使わずに済んだようだ。

「じゃあ、早くボッカを探さないとね」

「一旦中庭に出てみようか」

 この場に来ても、まだどこか楽しげな叶の言葉に
大樹が中庭から城全体の様子を見る事を提案した。









中庭では、既にヘイドリック王子の部隊がハングリージョーと戦っていた。
その場にいるジョーは二体。あちらの部隊だけで相手にするのは骨が折れるだろう。


「おし、いってこいアヒルちゃん」

 秀が再度、オートリ・デコイを放ちジョーの気を引く。
その間に、一行はコーラルペッパーの林へと逃げ込み体勢を整えた。
若葉は引き続き、魔守のオーブを持って王子の護衛に当たる。

「おーい、みんな」

「いいもの持ってきたよー」

いつきと叶が集めてきたコーラルペッパーの葉を思い思いに持参する。
ジョーの苦手なコーラルペッパーを利用すれば、戦況は有利になるはずだ。
その間に、イグニスは詠唱を始めた。

「……誰一人、犠牲は出させない」

 ヴァレリアーノはそう呟くと、大鎌の柄をぎゅっと握る。



イグニスの詠唱が終わり、朝霧の戸惑いが発動すると
たちまち辺りに立ち込めた霧に、ジョーはオートリ・デコイを見失い顔を上げる。

駆けだしたヴァレリアーノ、大樹がジョーの足に攻撃を加えるが

「くっ……」

「なにコイツ、結構硬いね」

 ジョーの防御力の高さに、大きなダメージは与えられない。

「まともにやりあってたら夜が明けそうだな」

 別方向から攻撃を加えていた桐華も一旦戻ってきて同じ感想を述べる。
その時、やっと三人を認識したジョーが大きな口を開けて三人へと迫った。

桐華はエトワールで逃げられるがヴァレリアーノと大樹はそうもいかない。
逃げる方向を分散させる間もなく、ジョーの牙がすぐそこまで迫る。

「食らえっ!」

 秋乃がクリアレインを番え、射る。

月光に煌いたクリアレインから放たれた閃光が、ジョーの目を眩ませ
間一髪のところでヴァレリアーノと大樹は
無事に足を止めたジョーから距離を取ることができた。

桐華とイチカはエトワールを使いながらジョーの足に攻撃を繰り返し
少しずつ少しずつジョーの向きを変えていく。

後方に待機しているアクアやレーゲン、それから秋乃の遠距離攻撃が
うまくジョーに当たるように射線を意識しているのだ。

足元を駆け抜ける二人を食べようとジョーが口を開くたびに
タイミングを逃さないようパルパティアンを使ったアクアの銃
レーゲンと秋乃の弓がジョーの口内を攻撃したが
口の中に飛び込んでくる銃弾や矢を、ジョーは咀嚼し飲み込んでしまう。

「おいしくいただかれてますね……」

「うーん、埒が明かないね
よし」

 レーゲンは先程手にしたコーラルペッパーの葉を矢の先端に付け
その矢を番えてジョーの口内に向けて射た。
飛んできた矢をばくりと口にしたジョーは、しばらく固まったのち
嫌そうな声を上げてコーラルペッパー入りの矢を吐きだそうとした。

その大きく開いた口に、アレクサンドルが駆けよりタイガークローⅡをぶつけた。

「口の中なら、体の表面よりは防御力が低いはずなのだよ」

 クラウディオも後に続き、双葉Ⅱをジョーの口内に叩き込む。

口の中の激痛に、ジョーが唸り声をあげて身悶える。
これは好機だ。


「ネカ、今だ!」

コーラルペッパーの林の中から外の様子を見ていた俊が
好機を逃さずネカットに合図する。

詠唱を終え、いつでも魔法を放てるように準備していたネカットの
乙女の恋心Ⅱがハングリージョーにとどめを刺した。



ハングリージョーを倒し見渡せば、ヘイドリック隊もジョーを倒し終えたようだ。
指令室から来た彼らから得た情報で、一同はボッカが大浴場に居る事と
既にアーサー隊がボッカと交戦中である事を知った。

「いくら裸とはいえ相手はギルティだよ
命あっての物種だし、急いで行ってあげよう」

「ワカバさん、どうしてボッカが裸だとわかるんですか?」

アクアのちょっとずれた質問に、若葉は大真面目に答えてやる。

「そりゃあ、服を着たまま風呂に入るやつはいないからだよ」

「わかりませんよ、ギルティは服を着たままお風呂に入るかもしれません」

 きりりと表情を引き締めたアクアと、無表情なままの若葉。

「どっちでもいい、行きゃあわかんだろ
ほら、行くぞ」

 不毛な論争に秀が終止符を打ち、一行は大浴場に向かって進んだ。







大浴場の中は、柱や床に罅が入り、抉れ、惨憺たる有様だった。
驚いた一同の横を、遠くから飛んできた魔法弾が掠め、背後の壁を大きく凹ませた。
あれを食らえば、良くて大怪我、最悪戦闘不能となるだろう。

万が一に備え若葉は初めから王子の側でオーブを発動させておく。
流れ弾ですら、王子の命に関わりかねなかった。

先に戦っていたアーサー隊も魔法弾に当たらないよう神経を使ったのか
その表情には疲労が色濃く出ていたが、重傷者はいないようだった。



「先手必勝だよ!」

 レーゲンとアクアがボッカの方に駆け出し、ファストガンを放つ。
真っ直ぐに向かった弾丸と矢はボッカの手によっていとも容易く払われてしまった。

「なんだ貴様らは!貴様らも俺様の優雅なバスタイムを邪魔しに来たのか!」

「わあ、ワカバさんの言うとおりです……」

 弾丸の軌跡を追ったアクアが、感動の声を上げる。
視線の先のボッカは、腰にタオルを巻いただけの姿で仁王立ちしていた。
その熱い視線に気づいたボッカが、にやりと笑った。

「なんだ、貴様ら、俺の裸を見に来たのか?
うむ、この美しく鍛え上げられた体、とくと眺めるが良い」

 勘違いの高笑いを上げるボッカに、一同は唖然とした。




ヴァレリアーノはひとりボッカの視線を避け、浴場内を調べて回る。
捕われた人質がいれば、最優先で救助をしようと思ったのだ。
あちこち調べては見たが、どうやら近くに人質はいないようだった。

「探し物かね?」

 届いた声に、ヴァレリアーノは振り返った。
見れば、距離はあるものの、遠くからボッカが真っ直ぐに
ヴァレリアーノを射ぬくような目線で見ていた。
その口元には、ヴァレリアーノの思惑を見透かしたかのような笑みが浮かんでいた。

「人質ならば、城の地下牢に閉じ込めてある
助けたければ俺様を倒してから行くんだな
もっとも」

 ボッカの右手に、魔法弾が現れた。

「俺様を倒せれば、の話だがな」

 高く掲げた右手
そこに出来上がった魔法弾を、ボッカはヴァレリアーノに向かって振り下ろすように投げる。
幸い魔法弾はヴァレリアーノには当たらず、3mほど横の床に大穴を開けた。

「貴様!邪魔をするな!」


 怒声を上げるボッカを見れば、背後に迫った叶に向けて魔法弾を作っている。
ボッカがヴァレリアーノに注目している隙に叶がエムシで切りかかったのだ。

攻撃は上手く当たり、魔法弾の軌道はヴァレリアーノから逸れた上に
防御力ダウンのおまけまで付いた。

……もしも、叶がボッカに攻撃を加えていなければ。
アレクサンドルも連れずに動いていたヴァレリアーノは大きなダメージを負っていただろう。

(終わったら、礼を言わねばならないな)

 人質の居場所もボッカの口から聞き出したヴァレリアーノは
急いで仲間の元へと向かった。


「貴様らがそんなに俺様を怒らせたいならば
俺様にも考えがある。
カモン、親衛隊!」


大浴場の入り口の方からばたばたと音がして
ボッカ様親衛隊が一匹どこからか現れた。 
……一匹だけのようだ。 

「あれ、おまえだけ?他の奴らは?」

 ボッカに問われた親衛隊員が首を横に振った。
どうやら、他隊が倒したようだ。

「うむぅ……ならばしかたない、お前だけでもウィンクルム共を倒すのだ!」

 ボッカに命じられた親衛隊員はウィンクルムたちに向き直った。





秋乃がクリアレインで親衛隊員を遠くから攻撃する。
目くらましの効果を狙ったが、今回はうまく発動しなかった。

(イグニスが詠唱を終えるまでの辛抱だ)

 秀はそう考え、クリアライトを振るい親衛隊員に攻撃を繰り出す。

親衛隊員が詠唱中のイグニスの方に近づかないように
イチカ、大樹、クラウディオも攻撃を受けないよう気を付けながら攻撃し
時にはエトワールで流れるように攻撃を躱しながら親衛隊員の注意を惹く。


「詠唱完了です!」

 イグニスの声に、一同は親衛隊員の側を急いで離れた。
発動するのは神様のパン籠のはずだ、側にいては巻き込まれてしまう


だが、イグニスが翳した杖から火球が放たれることは無かった。


親衛隊員がイグニスに狙いを定め、麻痺効果のある黒い光の球を吐いた。
真っ直ぐに飛んだ光球は、庇う間も避ける間もなくイグニスを襲う。

「うわあっ!」

「イグニス!」

 秀が慌てて動けないイグニスの元へと走る。
イグニス直撃を避けようと動いたため光球は足を掠めるに留まったが
麻痺した足では二撃目を防ぐことは難しい。
目の前に目標がいる状態では、オートリ・デコイを放っても囮成功率は低いだろう。
秀はいざとなれば自分が盾になるつもりだった。

「クロちゃん!」

 大樹が、自身もチエーニ軍専用槍で何度も攻撃をしつつ、クラウディオに声をかける。
イチカ、秋乃も攻撃の手を休めはしない。

「ふっ!」

鋭い呼気と共にクラウディオが親衛隊員と秀、イグニスの間に入り双葉Ⅱを発動させる。
氷海の旋律の強烈な一撃を受け、親衛隊員はその場に倒れた。


一同にとっての誤算は、寝室で戦ったのがD以下のオーガではなく
更に強い力を持ったCスケールオーガだったことだった。

彼女たちが他のオーガに比べより強い力を持っていたために
イグニスは初戦で神様のパン籠を使わざるを得ず
結果として最終戦までMPを保たせることが出来なかったのだ。

だが、寝室で神様のパン籠をイグニスが使わなければ
一同は大浴場まで辿りつく事すら難しかっただろう。


同じことが、ボッカと相対しているネカットにも言えた。



桐華が、スタッカートでボッカに突きを繰り出す。
目にもとまらぬ速さの突きは、しかしボッカに直撃は難しく
かすり傷を負わせるに留まった。

ボッカの放つ魔法弾を避けながら
アクアはファストガン、パルパティアンで
レーゲンはファストガン、ダブルシューターで攻撃を加えるが与えるダメージは低い。
いつきのクリアライト、叶のエムシ、
ヴァレリアーノのデビルズ・デス・サイズも、当てられても決定力には欠けていた。
俊のコネクトハーツのあとに、ネカットのスキルが当てられれば逆転も狙えるが
当のネカットには、もう魔法を放てる力は残っていなかった。

アレクサンドルが放つタイガークローⅡが唯一威力の高いスキルだが
憑依浸食現象により、少しずつ命中率は落ちていく。
さらに、憑依浸食現象はじわりじわりとアレクサンドルの体力も奪っていた。

ギルティであるボッカを相手に長期戦を挑むのは避けたいところだが
いかんせん、決定的な一打が放てない。

一同の表情が暗くなる。
 
 
「ふん、残念だったな
俺様が強すぎたのだ」

 ボッカはにやりと笑って、これまでで一番大きな魔法弾を両手に練り上げはじめた。
あれを食らってしまったら、一同はおろか大浴場全体が消し飛んでしまうかもしれない。

アレクサンドルが、油断しているボッカに飛び掛かってタイガークローⅡを食らわせるために
足にぐっと力を込めた。

その時。



突然、大浴場内に鶏の鳴き声が響いた。

「おおっ!?
なんだ!何事だ!?」

ボッカが飛び上がって驚き、練り上げていた魔法弾はあっという間に雲散霧消する。

「くっ、鶏だと……卑怯な真似を!」

 どうやら、鶏の鳴き声を克服したというのは嘘だったようだ。
涙目で慌てふためくボッカは、可愛そうなほどに青ざめていた。

呆気にとられる一同には目もくれず、ボッカは一目散に大浴場から逃げ出していった。




アーサー王子の勝利宣言のあと
一同はジャック王子と共に地下牢に繋がれた人々の解放に向かった。

いつきと若葉は怪我をした人たちのために、救急箱を持って行ってやり
その場で薬を塗ったり、包帯をまいたりと応急治療に当たった。

「皆、今回は本当に世話になったな、礼を言う」

 ジャック王子が改まって一同に向かって話し出した。

「皆のおかげで、この城も、民も、無事に取り戻すことが出来た
感謝してもし足りない、本当にありがとう」

 そう言って、ジャック王子は一同と固い握手を交わしたのだった。



シナリオ:あごGM


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