リザルトノベル

本棚の裏の通路を抜けた先。
そこは、バレンタイン伯爵家に代々伝わる秘密の司令室だった。


「本当に、この先にボッカがいるのかな……」

 ミサ・フルールが不安げに呟く。

「そうだね、もしもここにボッカがいないなら
他の部隊が危険に晒されているってことになる
なんとか他の隊の様子が分かればいいんだけど」

 エミリオ・シュトルツの言葉に、ミサがぽん、と手を打った。

「そうだ王子、他の部隊と通信機か何かで連絡取れませんか?」

 ミサの期待に満ちた眼差しに、ヘイドリック王子は申し訳なさそうに謝った。

「ごめんなさい、ボクも確認してみたんですが
通信機の類は全て、この指令室から出てる妨害電波によって
通信を邪魔されているようなんです」

 つまり、他隊と連絡を取ることは難しい。

「ではまず、この指令室を奪還して妨害電波を止めてしまう、というのはどうでしょうか」

 横で聞いていたElly Schwarzが提案した。

「ふむ、そうすりゃうまくいけば他隊と連携
最悪俺達だけでも遠距離で連携できるようになるかな
皆、どう思う?」

Curtが一同に尋ねる。
元よりこの指令室は城内の様子を見通せる、いわばバレンタイン城の"目"だ。
奪還する事に異論を唱える者はいなかった。

「とはいえ、何の前情報も無しに踏み込むのは危険だろう
何とか中の様子を探れないか……」

 ディエゴ・ルナ・クィンテロが慎重な意見を述べた。
高レベルなウィンクルムが揃っている部隊ではあるが
指令室奪還後に何があるかわからない事を考えれば
少しでも戦力を温存していたいのは自明。

「これを使いませんか」

 ハロルドが取り出したのは『オーガ・ナノーカ』。
これで室内の様子を探り、効率的に指令室を奪還する作戦だ。

「あ、それ、私も持ってる!」

「私も持ってます」

 ロア・ディヒラーと月野 輝が声を上げ、オーガ・ナノーカを取り出して見せた。
輝に至っては二体も用意している周到ぶりだ。

「ふむ、ちょうど良いな
4体も放てば片方の死角もカバーできよう」

「万が一何体か壊されてしまっても、問題なく偵察できそうですしね」

 クレドリックとアルベルトが満足げに頷く。
ハロルドとロアと輝は指令室のドアを細く開け、隙間からナノーカ部隊を滑り込ませた。


見渡した部屋の中に、ボッカらしき姿はない。
親衛隊と思しき数名の敵がつまらなそうにぼんやりと立っている。

「これは……かなり油断しているようですね」

 手屋 笹が若干の呆れを込めて呟くのを聞いて
カガヤ・アクショアがにやりと笑った。

「丁度いい、今のうちに奇襲を仕掛けようぜ」



 突入の前に、各々トランスを済ませる。

ナノーカ部隊の映像は、ヘイドリック王子が確認している。
突入に良いタイミングを見つけて、一同に合図を送るのだ。


うまくいくだろうか


突入前に気付かれたりはしないだろうか


ドアの前にはクロスとオルクスが立つ。

緊張で、掌に汗が滲む。

それぞれに手にした紅月、クロス・アイアンを握りなおし
突入の合図を待った。



「今です!」


 ヘイドリック王子の合図で、クロスとオルクスが指令室の扉を蹴破る。
そのまま、オルクスは中にいた親衛隊の動きを止めるため足を狙って撃ち抜いて行く。
クロスはオルクスの死角に入ろうとする敵を紅月で攻撃し牽制していた。

クロスとオルクスに続いて
アスカ・ベルウィレッジと八神 伊万里
かのん、天藍が室内へ飛び込んだ。

やや薄暗い室内でアスカが戦いやすいよう
伊万里がマグナライトでアスカの狙う先を照らす。

アスカと天藍は並び立つ柱の影をうまく利用した。

天藍はその素早さを活かし、敵の注意を引き柱の近くまで誘き寄せて攪乱する。
素早く動く天藍を敵が見失った所を、柱の影から現れたアスカが
インプロージョンを乗せたグラビティブレイクで次々に倒していく。
天藍とアスカの死角に迫った攻撃は、かのんが魔守のオーブでうまく防いだ。


「す、ごい……これが、ウィンクルムの力……」

 目の前で次々と敵をなぎ倒していくウィンクルムたちに
ヘイドリック王子が感心して声を上げる。

すっかりウィンクルムの活躍に夢中になっていた王子は
すぐそばまで危険が迫っている事に気付いていなかった。


「王子、危ない!」

 王子の護衛についていたミオン・キャロルが
王子のすぐ側に腕を振り上げた親衛隊員が近づいている事に気づき
バチューンでその腕を撃ち抜いた。

親衛隊員との間に割り込むようにして、王子を背に庇ったミオンに敵の腕が迫る。

「ミオンも危ない」

 王子を背に庇ったミオンを、アルヴィン・ブラッドローがさらに背に庇う。

敵の腕が当たるかと思われたその瞬間
アルヴィンが敵に強く反撃し、一撃を受けた敵は静かに沈黙する事になった。

「お二人とも、ありがとうございます」

 ヘイドリック王子は、安心した様子ではにかんだ。


見回せば、指令室にいた親衛隊は一同の活躍によって姿を消していた。
妨害電波を解除しようと試みるが、どうやらボッカがパスワードをかけてロックしているようで
残念ながら解除することはできなかった。

しかし指令室を奪還した一同は、指令室のモニターで
ボッカが大浴場にいること、既に別の部隊が戦闘に入っていることを確認でき、
急いで大浴場に向かおうと走り出した先の中庭で、一同は"ヤツ"に出くわしてしまった。



全長30m以上の巨大な体躯がふたつ。

二匹はバレンタイン城の中庭で、ぎらぎらと金の目を光らせながら
柱や屋根、植込みに至るまでの目に付くもの全てを片端から食い散らかしていた。

ハングリージョーだ。


「あれを倒さないと、中庭を抜けられそうにないですね……」

 伊万里が、小さく呟く。

その声に、ジョーが反応した。

地響きのような足音を響かせながら、ハングリージョーが伊万里に向かって突進してくる。
一匹目は何とか避けられたが、顔を上げた時には二匹目が目の前に迫っていた。

「伊万里さんっ!」

 ミサが急いで駆け寄り、魔守のオーブで正面にバリアを張る。
ジョーがバリアに当たった衝撃でミサの体が揺らぐが、なんとか持ち堪えた。
そのまま、伊万里が体勢を立て直すのを待ち
他の仲間と共にコーラルペッパーの林へと逃げ込んだ。



「ミサ、よくやったね」

 伊万里を連れて帰ってきたミサを、エミリオが労う。
えへへ、とはにかむミサの側をすり抜け、アスカが伊万里に駆け寄った。

「伊万里、大丈夫か?」

 心配そうなアスカに、大丈夫ですと答えた伊万里は
改めてミサに礼を言い、何とかジョーを倒す方法はないものかと頭を巡らせた。

「体は固そうです
狙うならば、口の中が良いのではないかと」

 伊万里の言葉に一同は頷くが、ひとつ懸念が残る。

「でも、どうやったらタイミングよく口を開けさせられるでしょう」

「俺が囮になる」


 Ellyが口元に手を当て、真剣な表情で考え込むとすかさずアスカが名乗り出る。
その危険な任に、Curtが眉間に皺を寄せた。

「危険すぎないか
噛みつかれたら一巻の終わりだ」

「俺達が守ってやればいいだろう」

 ディエゴが静かに呟いた。
さらに、ハロルドが重ねて話しだす。

「こちらには、レベルの高いエンドウィザードとシンクロサモナーがいます
きちんとスキルを当てられれば
アスカさんを危険な目に遭わせずに済む可能性が高いのでは」

「確かにそうだな
あとは万が一に備えて、囮役をいつでも助けられる人間が必要だ
……俺が行こう」

「そうだな、何かあってからじゃ遅い
俺も行くぜ」

 あくまでメインの囮であるアスカの護衛だが
腕の立つ天藍とカガヤが付けば、危険度がぐっと下がるのも事実。
かのんと笹も、パートナーの勇姿を見守る事に決めた。


「私はここで、王子の護衛をするわ
アルヴィン、お願いね」

 ミオンの言葉に、攻撃兼クレドリックの護衛を引き受けたアルヴィン
はああ、と頷き林の出口へと向かう。

「クレちゃんも攻撃役だね、頑張ってね」

 ロアに言われては仕方ない。
クレドリックもアルヴィンに続いて林の外へと向かった。



一歩踏み出すと、林の外にいたジョーがぎろりとこちらをねめつけた。
アスカが駆け出し、その姿を視線で追う。

クレドリックの詠唱が終わるまでの間、一同は
なんとかジョーの攻撃を躱していかなければならない。

先陣を切って駆けだすアスカに天藍とカガヤが続いた。
少し離れた位置で、アルヴィンに護衛されたクレドリックが詠唱を開始する。

「グラビティブレイク!」

 ジョーの眼前に躍り出たアスカのヒュッテガルドから放たれた一撃がジョーの防御力を下げる。
だがその一撃をジョーは特に気にした様子もなく
そのまま大きく口を開け、目の前のアスカを絡め捕ろうと複数本ある舌を伸ばしてきた。

天藍が素早く動き、手にしたチェリーベリーでジョーの舌の切断を試みるが
一本、二本を切り飛ばしたところで残りの舌が天藍の足に巻きついた。

「させるかっ!」

 アスカが天藍のもとに駆け寄るが、その背後にもアスカを狙う舌が迫る。

アスカが天藍の足に巻きついた舌をヒュッテガルドで切り落とすと同時に
その腰に後ろから伸びたジョーの舌がしっかりと絡みついた。

「アスカ!」

 天藍が足に巻きついていた舌先を引き剥がし、アスカの救出に向かおうとしたが
不思議な事に、アスカの腰に巻きついた瞬間にジョーの舌は動きを止め
まるで嫌がるようにするすると離れていった。

「……なるほど、コーラルペッパーか」

 天藍が納得したように呟く。
アスカは、コーラルペッパーの林の中で
手近にあったその葉を一枚ポケットに忍ばせていたのだった。


アスカと天藍を食べられないものと認識したジョーは
その食欲旺盛な瞳をカガヤのほうに向けた。

もとよりカガヤは、正面から対峙するつもりはない。
ジョーの大きな口とそこから伸びる舌を何とか躱しながら
側面に回り込んではグラブティブレイクと、シルバーフレームによる痛撃を食らわせる。

じわじわと与えられるダメージに、ジョーも少しずつ疲れてきているように見えた時
アルヴィンとクレドリックが声を上げた。詠唱が完了したのだ。

「三人とも、待たせてすまない」

「すぐに片を付けてやるぞ」

 二人がジョーの目の前に立つと、ジョーは新たな餌をとばかりに
二人に向かって舌を伸ばした。
アルヴィンとクレドリックの腰にジョーの舌が巻きつき
大きな口の中へと引きこまれそうになる。

だが、それは二人の思惑通りだった。

クレドリックが、ジョーの開いた口に持っていた黄泉塞岩を縦に突っ込む。
つっかえ棒代わりにして、咬まれるのを防いだのだ。
クレドリックは杖に触れたまま、乙女の恋心Ⅱを発動させる。

体内から強い炎に焼かれたジョーが、声を上げようと口を大きく開けたため
黄泉塞岩はジョーの口の中からクレドリックの手に戻った。

「天藍!」

急にクレドリックに呼ばれた天藍が顔を上げると、彼は杖先で自身を捉えている舌を指した。

……切れ、と言っているようだ。

天藍が言われたとおりに舌を切ると、彼は地面にひらりと着地した。


一方、アルヴィンは未だ舌に捉われたままだ。
せめて一人だけでも食べようと、ジョーは勢いよく舌を引き戻す。
アルヴィンが口の中に引きこまれたと思ったその瞬間
ジョーの口元でアルヴィンのコスモノバが炸裂した。

噛みつこうとしていた矢先に、鋭い茨の反撃を口内一杯に受け
ジョーは堪らずその場に倒れ伏し、動かなくなった。

やったぜ、と喜ぶアスカに、天藍がまだだ、と声をかける。
まだ、一匹しか倒していない。
中庭に踏み込んだ当初、ハングリージョーは二匹いたはずだった。

五人のの精霊は背中合わせに立って周囲からの攻撃に備える。死角はない。

だが、周囲にハングリージョーの姿は見当たらない。

首を傾げていると、コーラルペッパーの林の方から、おーい!と五人を呼ぶ声がした。
声のした方から、ロアとかのんが五人のほうへ向かってきているのを認め
驚いたクレドリックがロアを危険に晒してはならないと急いでロアに駆け寄る。
後ろから天藍も後を追う。

「ロア!まだジョーが一匹残っているのだぞ!」

「それなんだけど、クレちゃんたちにもういないよって伝えにきたの」

「他の部隊がもう一匹のジョーを倒してくれたんです」

ロアとかのんが伝えてくれた内容に、天藍が林の向こうを見遣った。
確かに、遠目からでは見えにくかったが
ハングリージョーが一匹、地面に転がっている。
その側でこちらに向かって手を振っているのは……

「ジャック王子の部隊のようだな」

 中庭が広くてお互いに視認できていなかったが
どうやらジャック王子の部隊も他のルートを通って中庭に辿り着き
ハングリージョーを一匹倒してくれたようだ。
つまり、中庭にはもう何もいないどいうことになる。

そうと分かれば、残るは大浴場のボッカのみ。
一同は急いで大浴場へと駆け出した。





大浴場では、既にアーサー部隊とボッカが戦いを繰り広げていた。
浴場内の彫刻や浴槽はあちこちが欠け、戦いの激しさを物語っている。

「む?増援か」

 大浴場に表れた一同にボッカも気が付いたようだ。
ちらりと視線を走らせ、笑う。

「そうかそうか、そんなにこの俺様に会いたかったのか
良かろう、たっぷりと可愛がってやる!」

 余裕の笑みで一同に向かって片手で魔法弾を放つ。
その衝撃で、側にあった大理石の彫刻が一つ消し飛んだ。

「そんな恰好で言われてもいまいち決まらないんですよね……」

 Ellyが小さな声で突っ込む。
そのセリフ、その動作、ひとつひとつは完全に悪役然としていて
いっそ風格さえ感じさせるのだが
腰にタオルを巻いただけというその服装は今一つ威厳に欠けるのだった。

「ま、アイツああいう奴だからな……」

 Curtが溜息を吐くと、ボッカが額に青筋を立てて怒る。

「貴様ら!今そこで俺様の悪口を言っただろう!
許さんぞ!」

 ボッカが魔法弾をCurtとEllyめがけて打ち込んだ。

すんでのところで避けた二人が、直前まで立っていた床が思い切り抉れる。
食らったらただでは済まないだろう。

「私たちは詠唱に入るが構わんかね」

「クレドリックさんの詠唱が終わるまで、
ボッカがこちらに来ないように護衛をします」

「あとは宜しくお願いします」

クレドリックは後方に下がり詠唱を開始し、
アルヴィン、アルベルトが攻撃が当たらないように注意する。
タイミングを合わせて一気に畳みかける作戦だ。

ミオンはアルヴィンの側に控え
ボッカの動きや全体の状況を素早く把握することに注力した。
輝は盾を自身の前に構え、王子の護衛をしている。

それに気づいたミサとかのんは三人の前に立ち、魔守のオーブの力場で攻撃を防ぐ。
1日1回、3時間が限度のオーブの効果は残り数十分ほどだ。

三人の詠唱が終わるまでの間も、一同は攻撃の手を緩めることはない。


「行くぞ、オルク!」

「任せろ、クー!」

 クロスとオルクスが左右から素早くボッカに切りかかるが
ボッカは、二人の攻撃を両手に展開した小さな魔法弾でそれぞれ受け止める。

ボッカが両手に力を込めると、切りかかった二人はたやすく弾き飛ばされてしまった。
別方向から天藍が攻撃し追撃は逃れたものの勢いで攻め込むのは危険と判断し、足が止まる。





「あのお二人があんなに簡単に……」

「誰も怪我などしないと良いのですが」

 様子を見ていた笹と伊万里が心配そうに呟くと
カガヤが安心させるようにぽんと笹の肩を叩いた。
アスカも、任せろというように笑っており、まだ余裕がありそうだ。

「きっと大丈夫だよ、みんな強いから」

「俺達もいるし、な」

「ところで笹ちゃん」

「伊万里も」

 にっこりと笑ったカガヤは、そのまま笹の目の前に跪いた。
アスカは、少し身を屈め伊万里に顔を近づける。

「ジョーと戦った時に、グラビティブレイクいっぱい使っちゃって」

「ディスペンサ、頼むぜ」

笹がカガヤの額に、伊万里がアスカの額にそれぞれ口づけると
精霊は再び元気を取り戻し、仲間たちの応援へと向かった。



エミリオは攻めあぐねていた。

オスティナートを使って敵の急所を攻めようと思うのだが
肝心の急所がわからないのだ。

考えれば考えるほど
結論はボッカが唯一タオルで隠している場所へと向かってしまう。

だが、騎士として、ウィンクルムとして、男として
いくらなんでもそんな攻め方は良心が咎めるのだった。

せめて敵の攻撃を分散させよう、と
エミリオはボッカに切りかかり、ボッカの注意をひきつけにかかった。



「当たっては、いるのですが」

「あんな恰好で、防御力はそれなりにあるんだな」

 ハロルドとディエゴは、それぞれ手にした銃でボッカの動きを止めようと試みていた。
気づいたCurtもパルパティアンで加勢するが
足止めにはなるもののダメージを与えるには至らず、悔しげに歯噛みする。

「くそっ、せめて奴の防御力が下げられれば……」


 遠距離から攻撃している三人の視界に
ボッカに向かっていくカガヤとアスカが見えた。
まるで会話を聞いていたかのように
二人はグラビティブレイクの連撃でボッカの防御力を下げていく。


「遅くなってすまない」

「クレドリックさん、詠唱完了しました」


そこへ、アルヴィンとアルベルトが駆け付けた。
銃弾と矢の雨でうまく動けないボッカに向かって二人でコスモノバを放つ。

アルヴィンの土の気とアルベルトの水の気が一つになり
濁流となってボッカに襲い掛かる。
濁流が収まったらクレドリックが乙女の恋心Ⅱを発動させる予定だ。

二人分のコスモノバをその身に受けたボッカはぐらりと体制を崩し
それを好機と見たロアがクリアレインでボッカの足止めをしようと矢を番える。

が。


「食らうものかっ!」


 崩れた体制から地を蹴り、ボッカは素早くロアの前に立ち塞がった。
一瞬の出来事にロアが驚いているうちに、クリアレインごとロアの手を払い退けた。


「きゃっ!」


 ボッカの膂力で武器を払われたロアが勢い余ってその場に尻餅を付き
乙女の恋心Ⅱを発動させようとしたクレドリックがそれを見ていた。



次の瞬間、声を上げることすらせず、クレドリックは驚くほどの速度でボッカへ近づく。
ボッカがその存在に気づき、迎え撃とうとした時にはもう遅かった。

至近距離からボッカの腹に黄泉塞岩が振り抜かれる。
杖が腹に当たる瞬間にボッカは後ろに跳び、ダメージにはならない。

だが、クレドリックの表情はボッカを怯えさせるには十分だった。
ボッカはクレドリックの逆鱗に触れたのだ。

「おい、お前……目がヤバいぞ
完全にイっちゃってる……」

 ボッカの言葉などまるで耳に入らない様子で
クレドリックはボッカの目の前に杖を翳す。

最大火力の乙女の恋心Ⅱが、今まさにボッカに向けて放たれようとしていたが
それを黙って見過ごすボッカではない。
ここまでで最大級の大きさの魔法弾を胸の前に練り上げる。

二つの魔法がぶつかり合えば、この場にいる全員、ただではすまない。
何とかして二人を止めなければと、一同が焦りだしたそのとき
突然、大浴場内に鶏の鳴き声が響いた。

ボッカが練り上げていた魔法弾があっという間に雲散霧消する。

「くっ、指令室の奴らは何をやってるんだ!」

 どうやら、鶏の鳴き声は指令室から放送されたらしい。
真っ青になって逃げるボッカは、よほど焦っていたのかタオルが今にもずり落ちそうだ。

「待て!貴様、逃がさぬ!消し炭にしてやるぞ!」

「クレちゃん、今は城の奪還が最優先よ」

 這々の体で逃げ出すボッカを
怒り心頭のクレドリックが追おうとするが、ロアに止められ渋々引き下がる。

こうして、鶴の、いや、鶏の一声で城の壊滅は防がれたのだった……





「こちらです」

 アーサー王子の勝利宣言の後
一行はヘイドリック王子と共にチョコレート倉庫の確認に来ていた。

ハロルドが念のためにと消火用具を持ってきていたが
倉庫には特に荒らされた形跡もなく、中のチョコレートもすべて無事だった。

「ああ、よかった……」

 安心したのか、倉庫の入り口で座り込んでしまう王子を
ディエゴが支えて立たせてやる。

ここまで共に死線をくぐり抜けてきた者同士
王子とウィンクルムたちの間には確かな信頼関係が築かれていた。

「みなさん、ボクがここまでこられたのはみなさんのおかげです
おかげさまで、バレンタイン領のチョコレートも無事でした
これで、またチョコレートを世界中にお届けできそうです
本当にありがとうございました」

 そういって、ヘイドリック王子は
この数日間で一番明るい笑顔を見せたのだった。


シナリオ:あごGM


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