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フェスティバルイベント

『瘴気に染まりし氷塔の浄化作戦』

リザルトページ


リザルトノベル【女性側】セイント・チャペル でデート!

チーム一覧

神人:鬼灯・千翡露
精霊:スマラグド
神人:緑野・聖
精霊:姜・花欖
神人:アリシエンテ
精霊:エスト
神人:篠宮潤
精霊:ヒュリアス
神人:八神 伊万里
精霊:アスカ・ベルウィレッジ
神人:采女 澪
精霊:ヴァーリ=ウルズ
神人:淡島 咲
精霊:イヴェリア・ルーツ
神人:リデル
精霊:エイル
神人:ミサ・フルール
精霊:エミリオ・シュトルツ
神人:桜倉 歌菜
精霊:月成 羽純
神人:夢路 希望
精霊:スノー・ラビット
神人:エセル・クレッセン
精霊:ラウル・ユーイスト
神人:零鈴
精霊:ゼロイム
神人:月野 輝
精霊:アルベルト
神人:Elly Schwarz
精霊:Hein
神人:スティレッタ・オンブラ
精霊:バルダー・アーテル
神人:ひろの
精霊:ルシエロ=ザガン
神人:豊村 刹那
精霊:逆月
神人:アンナ・ヘーゲル
精霊:ジン・カーディス
神人:瀬谷 瑞希
精霊:フェルン・ミュラー
神人:吉坂心優音
精霊:五十嵐晃太
神人:ましろ ささら
精霊:澪音
神人:クー
精霊:アラン

リザルトノベル

 『ホワイト・ヒル大教会』の屋上は、静謐な空気に満たされている。
 見上げる空には星々が宝石のように明るく輝き、見下ろす町並みは白の雪の世界。
 雪の世界の中、温かく灯る人工の明かりが、まるで人々の息遣いのように柔らかく光っていた。


「わぁ、教会の中も綺麗だったけど此処からの眺めは絶景だね!」
 鬼灯・千翡露は、白い息を吐き出して、屋上から見える絵画のような光景に瞳を輝かせた。
「スケッチブック持ってくれば良かったなあ」
 残念そうに眉を寄せる千翡露に、スマラグドはふっと口元を僅かに緩める。
「この眺め、眺めてるだけじゃ勿体ないよ」
(……ちひろらしい)
「それも良いけど、今はデートだからね」
 分かってる?
 少し半眼になってスマラグドが彼女を見つめれば、千翡露は声を立てて笑った。
「あはは、そうだね」
 うんうんと頷いてから、ふと千翡露の瞳がじーっとスマラグドを覗き込む。
「でも、ラグ君がデートとか言うの珍しいね?」
「うん?」
 首を傾ける千翡露に、今度はスマラグドが笑った。
「そりゃあ半年も一緒にいればね。人は変わるよ」
 スマラグドの眼差しが、雪に染まる町並みに落ちる。千翡露もスマラグドの視線の先を追った。
 広がる町の明かりは、寒さを和らげてくれるようなそんな温かな光。
 ひらりと舞い始めた雪が、頬を髪を撫でた。
「……ちひろ」
「なぁに、ラグくん?」
「ちひろに会えて良かった」
 ぽつりそう言って、スマラグドのエメラルド色の瞳がひたと千翡露を見つめる。
「変われたのも、ちひろに会えたからこそだ」
「……ラグくん」
 ほんのりと胸に小さな明かりを灯すように、スマラグドの言葉が千翡露に染み渡っていく。
「だから、これからも一緒にいよう」
 スマラグドの手が『セイント・チャペル』の紐を掴んだ。
「……此方こそ、私を独りにしないでくれて、有難う」
 千翡露の手がスマラグドの手に重なる。
「約束」
「うん、約束」
 ──これからもずっと一緒に。
 千翡露とスマラグドの願い事は一つ。
 二人で一つの願いを込めて、千翡露とスマラグドはチャペルの鐘を鳴らした。
 リンゴーン……。
 少し高めの神聖なその音色は静かに辺りに響き渡って、二人は顔を見合わせて微笑み合う。


 緑野・聖は、教会の屋上の冷たい風に小さく身震いした。
「ホールに行かないのかい?」
 ふと隣に立った温もりに、聖が視線を上げれば、穏やかな笑顔の姜・花欖が聖を見ている。
「……行きたいのは山々ですけどね」
 コートのポケットに手を入れて、聖は小さく首を振った。
「まだ、『課題』が残っていますから」
「……『課題』?」
 花欖は僅かに眉を上げてから、真っ直ぐ前を見据える聖の顔を見る。それから、面白そうに口の端を上げた。
「僕の言葉を覚えていたんだね」
「……」
 聖は表情を変えずに、夜空を見上げる。
 いつか、花欖に言われた事がずっと胸の奥で燻っていた。
 ──君の音は、技術ばかりが先行していて、表現力が疎かになっているのが非常に残念だよ。
 それは、聖も薄々自覚していた事であって、だからこそ、とても胸に刺さった。
 白い息を吐く聖の横顔を見つめ、花欖は口を開く。
「けれど、人に聴かせるのも勉強の一環さ」
 軽く肩を竦めてから、花欖は小さく息を吐き出した。
「まあ、今は君の願いを聞こうか」
「……」
 空を見上げていた聖の瞳が、花欖の方を向く。
 舞い散る雪の中、彫刻めいた中性的な聖の美しさに、花欖は瞳を細めた。
「貴方に認められたい」
「え?」
 聖の唇から零れた声に、花欖は瞬きする。
「貴方は気障で気紛れだが、芸術家としての助言は的確だ」
 聖はポケットから出した両手をぐっと握った。
「まだ方法は解らないけれど、いずれは……」
(大成よりも、僕?)
 花欖はもう一度大きく瞬きして、それから笑った。
「ふふ、君といると退屈しないな」
 チャペルの紐を手に取り、冷たい聖の指先を捕まえて己の手で包むように一緒に紐を握る。
「良いよ、僕も願おう。期待しているからね」
「ええ」
 聖は小さく頷いて、花欖と一緒に『セイント・チャペル』の紐を引いた。
「いつか必ず……応えてみせます」
 聖の声と鐘の音が、静かに夜空に響き渡る。とても神聖な音色だと、花欖は思った。


 アリシエンテの吐く白い息が、夜空に溶けるのをエストは見ていた。
 舞い散る雪も、輝く夜空も、下に広がる町の明かりも──すべて彼女という人の輝きの前では、霞んで見えてしまうようで。
「ここでは、願いを込めて『セイント・チャペル』を鳴らすそうですが……」
 ──如何なさいますか?
 エストがそう問い掛ければ、
「願い?」
 ふわりと豊かな波打つ金の髪を揺らし、アリシエンテは胸を張った。
「私には無いわね」
 きっぱりと言い切った彼女に、エストはほんの僅かに口の端を緩める。
「強いて言うならオーガ撲滅?」
 ぴっと人差し指を立ててそう言ってから、アリシエンテは腕を組んでうーんと唸った。
「これではシードが一切枯れない自信があるわね」
 真顔で言うアリシエンテに、エストは確信に似た思いで瞳を伏せる。
「まあ、貴方にその様な、他力本願じみた願いがあるとは思っておりませんでしたが」
 ──アリシエンテならば、己でやると決めた事は己自身の手でやり遂げる。
 エストはアリシエンテの目を見た。
「では、私の願いを一緒に願っては下さいませんか?」
「エストの願い……?」
 アリシエンテは大きく瞬きしてから、躊躇なく首を縦に振った。
「ええ、それならば構わないわ」
 即答すぎる返事に、エストは本当に良いのですか?と視線で問う。アリシエンテはにっこりと微笑んだ。
「……貴方が願うなら、きっとそれには意味があるに決っているもの」
「…………ええ、口には言えませんが……とても大切です」
 エストは頷くと、チャペルの紐を手に取った。アリシエンテも手を伸ばし、一緒に紐を掴む。
「なら、絶対に叶うように願いを込めないとね」
「そうして頂けると助かります」
 嬉しそうに微笑むエストの手が、アリシエンテの手に重なった。
 アリシエンテは体温が急上昇するのを感じる。
「じゃ、じゃあ行くわよ」
「ええ、お願いします」
 二人一緒にゆっくりと紐を引いた。
 
『貴方が、何時までも無事であるように』

 エストの願いを乗せて、神聖な鐘の音がゆっくりと響き渡る。


 白い世界は、まるで御伽噺の世界のように見えた。
「ヒューリ、見て……雪が真っ白で……お砂糖みたい、だね……!」
 町並みを見下ろし瞳を輝かせる篠宮潤に、ヒュリアスは穏やかに笑みを浮かべる。
 二人を照らす星明りも、宝石箱をひっくり返したような賑やかさで、少しも暗さを感じない。不思議な夜だった。
「ここに来れて、よかった……」
 にっこり笑う潤に、ヒュリアスは微笑みを返し、チャペルの紐を手に取った。
「さて、何を願うか……ウルは願い事はあるか?」
「……僕?」
 潤は小さく瞬きしてから、こくりと頷く。
「ならば、ウルの願い事を込めよう」
「いいの?僕ので」
 目を見開く潤に、ヒュリアスは大きく頷いてみせた。
「ウルがすぐ浮かぶのならば、それで構わんよ」
「あ、ありがとう……」
 嬉しそうに頬を染める潤を見下ろし、ヒュリアスはろくに願いが浮かばない己に心の中で僅かに苦笑する。──それだけ今、潤と一緒で満たされているという事もあるだろうが。
「僕は、生まれた家が、町が、この世界が……好き、だから」
 潤はそっとヒュリアスの持つチャペルの紐に触れる。
(ヒューリとも出会えたし)
 彼を見上げれば、穏やかな笑みが返ってくる幸せ。──これだけは、ちょっぴり照れ臭くて、彼本人に面と向かっては言えないけれど。
 ヒュリアスに促されるようにして、潤は彼と一緒にチャペルの紐を持つ。
 ふわりと重なるヒュリアスの手が、とても温かくて心強い。
 二人の願いならば、きっと叶う。──そう思えた。

「早く……皆がいつも笑顔でいられる、世界になりますように……」

 潤の願いの言葉に、ヒュリアスは小さく目を見開く。
(確かに……潤が生きるこの世界の事ならば、祈りやすいかもしれん)
 その声に導かれるようにして、ヒュリアスは潤と一緒に願いを込めてチャペルの紐を引いた。

 リンゴーンと少し高い鐘の音が、静かな夜の町に響き渡っていく。
 潤とヒュリアスは、手を重ねてチャペルの紐を持ったまま、しばらく響く音色に耳を澄ませていたのだった。
 

「伊万里、何を願う?」
 『セイント・チャペル』の鐘の紐を手に、アスカ・ベルウィレッジはパートナーを振り返った。
「そうですね……」
 八神 伊万里は真剣な表情で顎に指を当てる。
 教会の屋上はしんと静まり返っていて、小さな呟きも何処か大きく聴こえた。
「……えっと、世界平和?」
「ははっ、スケールでかすぎ」
 考え込んだ末に出て来た伊万里の答えに、アスカは肩を揺らして笑う。
「伊万里は今年はもっと大事な願い事あるだろ?」
「……え?」
 アスカの言葉に、伊万里は大きく瞬きした。確かに大事な願い事はあるが……。
「俺はそれ応援してるからさ。一緒に願おうぜ」
「でも、アスカ君……」
「人事は尽くしたんだろ? なら後は天命を待つだけだ」
 な?と白い歯を見せるアスカに、伊万里はふっと息を吐き出した。アスカの気遣いが温かく心に染みるようだった。
「……確かにそれもそうだね」
「だろ?」
「うん、それじゃ鳴らそう」
「よーし、思い切り鳴らしてやろうぜ!」
 アスカはそうこなくっちゃ!と嬉しそうに笑うと、伊万里にチャペルの紐を差し出す。
 二人で紐を掴んで、視線を合わせた。
「アスカ君、準備はいい?」
「いつでも!」
「では……せーの……!」

「第一志望合格、お願いします!」

 伊万里の願い事と共に、鐘が鳴らされた。
 清らかな音色が夜の空気を震わせ響き渡っていったのに、アスカはうんと大きく頷く。
「これで大丈夫だな!」
「ありがとう、アスカ君」
 伊万里はアスカに微笑んでお礼を言った。
「お、おう。気にするな。……がんばれよ。さっきも言ったけど、俺は応援してるからさ」
「うん」
 アスカが目元を赤くさせ視線を逸らせば、伊万里はふふっと笑い、白い町並みを見下ろして、来年に思いを馳せた。
 アスカはその横顔を見つめる。
(来年からは大学生。今までとはまた違った新しいことが待ってる……でも大丈夫、頼もしいパートナーがついてるから)
(大学生の伊万里……綺麗なんだろうな)
 二人の前途を祝福するように、周囲を白い雪が舞い踊った。


 采女 澪は、教会の屋上で『セイント・チャペル』を見上げた。
 チャペルの音色には、瘴気を消滅させる愛の力が宿っているらしい。
(『一生自堕落な隠居生活』を願いたいが……即説教されるのは読めている)
 腕を組んで隣を見遣れば、ヴァーリ=ウルズは考え事をするように顎に手を添えていた。
(仕方ない。空気を読んで、ここは素直に前回の戦闘で体を張ったウルズに任せよう……)
 澪がふっと息を吐き出すと同時、ウルズが口を開いた。
「──愛の解釈は複数ある」
「ん?」
 澪が見上げれば、ウルズの黒い瞳がこちらを見据えている。
「一方では尊いものとされ、また一方では迷いの根源と否定的なものになる」
 彼が何を言いたいのか理解した澪は、先日遭遇した異端のウィンクルム達の顔を思い出していた。
「ユウキ達は正しくその相反する解釈を体現したのだろうさ──」
 彼らの行動の根底にあったのも、間違いなく『愛』。
「……どうした? 突然」
 澪の問いに、ウルズは小さく肩を竦める。
「ただ何となく……この鐘を見ていたら……いや、戯言はこのくらいにしておこう」
 ゆるく首を振って、ウルズは視線を町並みへと下ろした。
「折角の雪景色だ。今はこれを楽しもうじゃないか」
「同意だ。わざわざここまで出て来たんだし、楽しまないとな」
 大きく頷く澪に、ウルズが笑った。
「少しだけ手を繋いでくれないか?」
「……どうした、いきなり」
「寒い、というのは理由にならないか?」
「……まあ、今日は空気を読むと決めたしな」
 澪が手を出せば、少し冷たいウルズの手がその手を握る。
「空気を読む?」
「そう。例えば、前回の戦闘で体を張ったウルズに願い事を譲るとか」
 ウルズは笑って、空いている方の手でチャペルの紐を持った。
「──では、平穏な日々が続くように」
「同意だな、私も荒事は好きじゃない」
 顔を見合って、澪とウルズはチャペルの紐を一緒に持って引く。
 澄んだ音色が、夜空に染み渡るように広がっていった。
(願った平穏な日々に浸ろうか)
 繋いだ手の温かさを感じながら、澪はそっと瞳を閉じる。


 舞い散る雪が、雪景色に広がるイルミネーションにキラキラと光った。
 夜空の星という宝石に、降り注ぐ真珠のような雪。
 町の明かりはそれらを照らすスポットライトのよう。
「雪景色にイルミネーション……とても綺麗ですね」
 淡島 咲は、柔らかな長い黒髪を揺らして、眼前に広がる光景に溜息を吐き出した。
「ね、イヴェさん」
 小首を傾げて問い掛ける咲を見つめ、イヴェリア・ルーツは胸が熱くなるのを感じる。
 舞い落ちる雪は、咲の髪を飾る宝石となり、夜空の星明かりのスポットライトの下、微笑む彼女は神聖な存在に見えた。
「本当に、綺麗だ……」
「イヴェさんと一緒にこの景色を見ることが出来て……幸せです」
「……俺も今、そう思っていた」
 イヴェリアが微笑んで同意するのに、咲の心に幸せな気持ちが込み上げてくる。
「イヴェさん、二人で鐘を鳴らしましょう」
 咲が『セイント・チャペル』の紐を示せば、イヴェリアはその紐を手に取った。
(今この時点で俺は幸せなんだが……)
 イヴェリアは鐘を見上げてから、咲の顔を見つめる。
「私たちの愛が力になるのなら……いえ、ちょっと違いますね」
 ふるっと首を振り、咲ははにかむように微笑んだ。
「それも大事なんですけど……二の次で。私は……これからもイヴェさんと一緒に幸せな時間を過ごせるように、祈りを乗せて鐘を鳴らしたいんです」
「サク……」
 イヴェリアは息を飲んだ。
 それは、なんて幸福な祈りなのだろうと思う。
「……サクがこれからも一緒にと祈ってくれるなら、俺はそれを叶えたい」
 ぐっと紐を持つ手に力を込めた。
「一緒に鳴らそう、サク」
「はい、イヴェさん」
 二人は願いを込めて、ゆっくりと紐を引いていく。
(イヴェさんと一緒に幸せな時間を過ごせますように)
(サクと一緒に幸せな時間を過ごせるように)
 二人の願いは鐘の音となって、辺りに響き渡った。
(俺はそれを叶える為に生きる)
 鐘の音の余韻の中、イヴェリアは咲の身体を強く抱き締めたのだった。


 薄く淹れた紅茶のような赤茶色の髪を揺らして、リデルは『セイント・チャペル』をじっと見上げていた。
(鐘を鳴らす……そんなことで瘴気が浄化できるのかな?)
 鮮やかな青色の瞳で、リデルは大きな鐘の荘厳な細工を魅入る。
 そんなリデルの姿を見つめて、エイルが小さく喉を鳴らして笑った。
 その声にリデルが彼を振り向く。
「願い事は?一緒に願うよ」
 鮮やかなエメラルドの瞳が優しく穏やかな色を称え、リデルを見つめる。
 リデルはそのエイルの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、口を開いた。
「兄さんの役に立ちたい」
 躊躇もなくきっぱりと言い切られた言葉に、エイルは目を丸くする。
「今まで助けてもらった分、今度は私が力になりたい」
 ──大きくなって、強くなって、早く兄の役に立ちたい。小さな村の教会で一緒に育った、大好きな兄さんの力に。
 それがリデルの変わらぬ願い。
 リデルの瞳は真剣そのもので、エイルは眉を下げて微笑んだ。
「……僕が願うのは、面映ゆいけど」
 ゆっくり歩いてリデルの隣に並ぶ。伸びるチャペルの鐘の紐を手に取った。
「だけど……うん。一緒に願おう」
 返されたエイルの言葉に、リデルは鮮やかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう、兄さん」
 二人で一緒に鐘の紐を持った。
「じゃあ、せーので鳴らそうか」
「うん」
 エイルが提案すると、リデルは真剣に頷いた。
「それじゃ、行くよ。せーの……」

 リンゴーン……。

「兄さんの役に立てますように」
「大事な妹の願いが、叶いますよう」
 二人の願いが、鐘の音に乗せて夜空を駆ける。

(でもね、リデル)
 エイルは隣で目を閉じて祈る妹の横顔を見つめた。
(役に立つとかでなく……リデルが側で笑っていてくれるのが一番なんだよ)
 そのことに、早く君が気付いてくれるといいのだけれど──。
 エイルが空を見上げれば、鮮やかな流れ星が、一つ瞬いて消えていった。


 煌めく星の下、凛と立つミサ・フルールを、エミリオ・シュトルツは眩しい思いで見つめていた。
 ゆっくりゆっくりと舞い落ちる雪が、ミサの周囲をふわふわと舞う。
「──私の願いは、大好きな人が笑って過ごせる日常を守ること」
 胸元に手を当て、瞳を閉じてミサが言えば、彼女の声が静謐な空気を静かに揺らした。
「それが私がウィンクルムとして戦う理由……」
 白い息を吐いてミサが瞳を上げると、一歩一歩エミリオが彼女に歩み寄る。
 少し冷えて冷たくなったミサの手を、エミリオが優しく手に取った。
 彼女の指を温めるようにそっと撫でる。
「……他人を自分の事のように気遣うお前を、俺は俺の全てをかけて守りたいと思った」
 愛おしむようにミサに指に口付けて、エミリオはその瞳を見た。
「それが──俺がウィンクルムとして力を振るう理由だ」
 ミサはエミリオの言葉を全身で受け止めて、小さく息を吐く。
 心の奥が温かい。
 何時だって、エミリオはミサに力をくれる。
「お前の願いが叶うよう、俺も想いを込めて鐘を鳴らすよ」
 エミリオの手が、ミサの手を『セイント・チャペル』の紐へ導き、二人で手を重ね合い紐を持った。
「ありがとう、エミリオ」
 ミサはエミリオに微笑んで、二人は一緒に紐を引く。

『大好きな人が笑って過ごせる日常を守ることができますように』

 二人声を重ね、祈りのように願いを鐘の音に託す──柔らかく力強い音色が、辺りを染めていった。
 エミリオがミサの肩を抱き寄せる。
 二人はそうして、暫く鐘の音の余韻に浸った。
「ねえ、エミリオ」
 ミサはエミリオを見上げる。ミサの栗色の瞳と、エミリオの赤い瞳が真っ直ぐに見つめ合った。息が掛かる程に近く。
「私は貴方がいてくれるから頑張れるんだよ」
 ミサは優しく強くエミリオの手を握り返した。
「これからもずっと傍にいてね」
 エミリオは胸に熱いものが込み上げるのを感じる。愛おしくて、胸が張り裂けそう──。
「ミサ、愛してる」
 彼女を引き寄せると、そっと唇を重ねた。
 少し冷たい唇は、触れ合う事で熱を持ち、二人は固く抱き締め合ったのだった。


「羽純くん、私、どうしてもお願いしたい事があるの」
 ぐっと拳を握った桜倉 歌菜に、月成 羽純は軽く目を見開いた。
 遠慮がちな彼女にしては珍しく、自分を優先したいという言葉──驚きの後は、直ぐに喜びの感情が広がってくる。
「一体何を願いたいんだ?」
 問い掛ければ、歌菜は少し照れたように頬を染めた。
「……えっと、『世界が平和になりますように』……って」
 言ってから、彼女は耳まで赤くなる。
「ちょ、ちょっとスケールが大きいかなって思うんだけど……でもその、だって……」
 羽純が無言で見つめれば、彼女はわたわたと手を振り、そして覚悟を決めたように、再びぐっと拳を握った。
「私、ずっと羽純くんと一緒に居たいの」
 ドキッと羽純は自分の心臓が跳ねる音を聴いた。これは完全なる不意打ちだ。
「それは自分で頑張って叶えたいと思うの」
 更に追い打ちだ。
「けど、それには平和に過ごせる日々が必要で……」
 だからと歌菜は羽純を見上げる。
「世界平和を願いたいの。勿論、これからもウィンクルムとして頑張るけど!」
 ──降参だ。
 羽純は心の中で白旗を上げながら、ぽんと歌菜の頭を優しく撫でる。
「そうだな。俺も歌菜と一緒に居るし、幸せになる努力は欠かさない。祈るなら、世界平和の方だな」
 驚いたように目を丸くしてから、みるみる首まで赤くする歌菜が本当に可愛い。
「ほら、一緒に鐘を鳴らすぞ」
「う、うん!」
 羽純に手を引かれて、一緒に『セイント・チャペル』の紐を持つ。
 指を絡めて共に持った紐を、せーのの合図で引いた。

『世界が平和になりますように』

 重なった声と、聖なる鐘の音が、夜の空気に溶けていく。
「うん、これでバッチリ!」
 嬉しそうに笑う歌菜に、羽純は瞳を細めた。
「夜景、綺麗だな」
「あ、願い事ばかり考えてて余り見てなかった……! わあ、綺麗……!」
 瞳を輝かせる歌菜に、羽純は笑ってその身体を抱き寄せる。
 驚いた顔に微笑みを見せた羽純は、そっと歌菜の唇に己の唇を重ねたのだった。


 白い町並みに舞い落ちる白い雪を見ながら、夢路 希望は真剣に悩んでいた。
 目の前には、『セイント・チャペル』の紐。
 隣には、穏やかにこちらを見守っているスノー・ラビット。
「どんな願い事にしましょう」
 口に出せば、更に迷ってしまう自分に希望は眉を下げた。
(もっと気持ちを伝えられますように? でも、スノーくんと二人でするなら……)
 教会の屋上にやってきて、どれくらい時間が経っただろうか? 余りスノーを待たせては……。
「くしゅっ」
 くしゃみが出た希望を、スノーが覗き込んでくる。
「寒い?」
「えっと……少し……」
 希望が隠さず素直に頷けば、スノーはにっこりと笑った。
「……じゃあ」
 ぎゅう。
 スノーは希望の身体をすっぽりと抱き締めて、耳元に囁く。
「願い事が決まるまで、こうして温めてあげる」
「えっ……?」
 希望の肩が僅かに跳ねる。スノーと触れ合った場所からはじんわりと身体に熱が伝わって、とても心地良く温かかった。
 この温もりをこのまま感じていたいと思う。離したく、ない。
 幸い、周囲に人影はない。
 希望はそのまま動かず、温かな体温にほっと息を吐いた。
「……スノーくんは何かありますか?」
 少しまた考える間を挟んで、希望がぽつりとスノーに尋ねる。
 スノーはうーんと小さく唸ってから、笑顔で答えた。
「僕は……何度もお願いしたことがあるけど、やっぱり『ずっと一緒にいられますように』かな」
「……っ」
 希望の体温が上がるのをダイレクトに感じて、スノーは微笑む。
「あの、スノーくん」
「なぁに? ノゾミさん」
「……そのスノーくんのお願い、私も……お願いして、いいですか?」
「!」
 今度は、スノーが体温を上昇させる番だった。
「……うん」
 大きく頷くと、スノーは希望の手を取った。
 少し名残惜しく抱き締めていた身体を離すと、二人は手と手を重ねてチャペルの紐を手に取る。

『ずっと一緒にいられますように』

 声も重ねて一緒に鐘を鳴らせば、澄んだ明るい音色が辺りに響いていったのだった。


 『ホワイト・ヒル大教会』は、夜の空気に光りを放つような存在感で建っている。
 エセル・クレッセンは、教会の敷地内からその建物を見上げた。
 元々、この教会は女神ジェンマに祈りを捧げるための教会だったという。
 しかし、マントゥール教団が現れてからは、オーガの信仰のために使用されていた。
 今回の一件でようやく元の姿を取り戻し、今は厳かで神聖な空気に満ちている。
「なあ、ラルだったら何を願うんだ?」
「……俺?」
 突然のエセルの問い掛けに、ラウル・ユーイストは大きく瞬きした。
「……」
「思いつかない?」
「……いや、……」
 緩く首を振ってから、ラウルは小さく呟くように言う。
「……『オーガの為に苦しむ人達がいなくなりますように』」
 エセルはその答えを聞いて、うんと一つ頷いた。
「その方がいいな」
 納得した様子で何度も頷くエセルに、ラウルは目を丸くした。
「何を……」
「じゃあ、それにしよう」
 そう言うなり、エセルは教会の中へと駆け出していく。
「……!」
 ラウルは思わず呆然とそれを見送ってから、小さく溜息を吐いてエセルの後を追い掛けた。
 自由すぎるだろと呆れる思いと、それでもエセルを放っておけない己──滑稽に思える。
 エセルを追い掛けたラウルが屋上に辿り着けば、彼女は『セイント・チャペル』の紐を手にラウルを待っていた。
 いつしか白い雪が降り出しており、エセルの周囲で雪の結晶が煌めく。
「さ、ラル、鐘を鳴らそう」
 あたかも当たり前のように、エセルは笑顔でそう言った。
 ラウルは軽い頭痛を感じてこめかみを押さえる。
「……ったく」
 呆れた溜息を吐きながらも、ラウルはエセルと共に鐘の紐を持った。
「せーので鳴らすぞ」
 瞳を輝かせるエセルに頷いて、彼女の合図で鐘を鳴らす。

『オーガの為に苦しむ人達がいなくなりますように』

 エセルの声は、鐘の音と一緒に夜の町に響いた。
「これでよし」
 満足そうに笑うエセルを、ラウルはそっと見て、白い息を吐き出したのだった。


「ゼロさん、『セイント・チャペル』を鳴らしに行きましょう」
 零鈴の言葉に、ゼロイムはうんざりと彼女を見た。
 ね?と零鈴に背中を押されれば、付き合わないという選択肢はないらしいとゼロイムは悟る。
(これで帰れると思ったんだが……)
 やれやれと重い足取りで、ゼロイムは零鈴と共に教会の屋上へと辿り着いた。
「わあ……すっごく綺麗ですよ、ゼロさん!」
 屋上からの眺めに、零鈴が華やいだ声を上げる。
 一緒にその光景を眺めて、ゼロイムは息を付いた。
 真っ白に染まる町並みに、灯る明かりは不思議な温かさで、確かに見事な光景だなと思う。
「まずは鐘を鳴らさないとですね。景色はそれから楽しみましょう」
 零鈴は辺りを見渡し、『セイント・チャペル』の紐を見つけた。
「私は、『皆が平穏な日常を早く取り戻せます様に』と願いたいのです」
 紐を手に零鈴がそう言えば、ゼロイムは瞬きした。
「……それで良いと思うのだよ」
「では、さあ、ご一緒に」
 零鈴はゼロイムを促し、一緒に紐を持った。
「せーの……」

『皆が平穏な日常を早く取り戻せます様に』

 零鈴の声と同時に、少し高めの澄んだ音が、夜の空気を震わせる。

 零鈴はにっこり笑って、ゼロイムの手を引いた。
「夜景見ましょう」
 彼が面倒臭がっているのは伝わって来たが、本来出不精のゼロイムだ。こんな風にこんな場所に一緒に出掛ける機会は滅多にない。
 暫し無言で、輝く夜空と温かな地上の光を見ていた。
「私の願い事で良かったんですか?」
 不意に鐘を鳴らした時の事が気になって、零鈴はゼロイムに尋ねる。
 彼は小さく笑った。
「……私の願いも同じなのだよ。オーガだの何だのそんなモノに煩わされず、いつもの当たり前の日常を……私だって取り戻したい」
「あたしがいなかった頃の日常ですか?」
 重ねて問い掛ければ、ゼロイムは黙り込んだ。
 沈黙が落ちて、一際強い風が吹く。
「…………そこには戻れない。もう思い出せないのだ…………」
 風に乗った小さな小さなゼロイムの声に、零鈴はじっと彼の顔を見つめたのだった。


 『セイント・チャペル』の前に立ち、月野 輝は艶やかな黒髪を揺らしてアルベルトを振り返った。
 星明りに光る彼女の黒髪、そしてその瞳の色に瞳を細め、アルベルトは彼女がそれを言う前に口を開く。
「願い事は輝がするといい」
「え?」
 驚いたように輝が瞬きする。
 今正にアルベルトに願い事を尋ねようとしていたのに。
「私のお願いでいいの? アルだって何か……」
 申し訳なさそうにこちらを見つめる輝に、アルベルトは首を振った。
「私の願いは、『輝が側にいてくれる事』だったからな」
 アルベルトの眼差しが真剣そのものに輝を見る。
「既に叶ってる」
「!」
 目を見開いた輝が、一瞬にして真っ赤になっていくのを、アルベルトはにこやかに見つめた。
「え、あの」
 困ったように頬に手を添えて、輝はちょっぴり恨めしそうにアルベルトを見返す。
「真顔でそう言う事言われると……恥ずかしい」
「私は可愛い輝を見れて、得をした」
「……もう!」
 怒るに怒れないと、真っ赤な顔のまま軽くアルベルトを睨んで、輝は軽く咳払いをした。
「有難く私のお願いを言わせて貰うわね」
「ああ」
 輝はアルベルトと共に、『セイント・チャペル』の紐を持つ。
 荘厳な鐘を見上げて、輝は囁くように言った。
「私のお願いは……
 アルと年を取るまでずっと一緒にいられて、
 逝く時も一緒でありますように」
 アルベルトは瞬きして、輝の横顔を見る。
「その願いは……半分以上、私の為ではないかと言う気がするのだが」
「アルを一人にしないって約束したものね」
 にっこりと輝が微笑んだ。輝くような眩しい笑顔。
 アルベルトの胸に、温かな幸福が広がっていく。本当に、輝はどこまで自分を幸せにする気なのだろうか。
「そうか……ありがとう」
 輝の手に己の手を重ね、離さないよう強く握る。
「ならば私も……輝を一人にしないと改めて誓おう」
「……アル」
 微笑み合って、共に紐を引いて鐘を鳴らした。
 澄み渡る鐘の音は、幸せを運び、繋いでいく音。
 二人は同じ願いを胸に、音色が響く夜空を一緒に見上げたのだった。


「人が多い場所はまだ苦手で……」
 Elly Schwarzは申し訳なさそうにHeinを見た。
 二人の間を冷たい風が吹き抜けて、舞う雪がエリーとハインの銀色の髪を揺らす。
 『セイント・チャペル』の下に居るのは、今はエリーとハインの二人だけだ。
「チャペル、か……」
 口の端を上げるハインの視線を追って、エリーはチャペルを見上げる。
 神聖という言葉でしか表現できないそんな眩しさに、エリーの視線は直ぐに地面に落ちる。
(……弱虫な僕には似合わない場所)
「俺もこんなところに来る日が来ようとは思うまい」
 苦笑交じりのハインの声に、エリーは驚いて顔を上げた。
 ハインもまた、自分自身がここに相応しいとは思っていない?
 ハインはそんなエリーの眼差しを受け止めて、口元を僅かに歪める。
「……少なくとも、一年半前くらいのお前達ならば来ても良さそうではあったがな」
 エリーは目を見開いた。
 一年半前──Curtと一緒に活動していた、あの頃。
 懐かしくて今は遠い──。
「……そんな風に? 少し、嬉しい……です」
 ふわりと、強張っていたエリーの口元に笑みが浮かぶ。
「……ふん」
 そんなエリーを一瞥し、ハインは白い息を吐いた。
 暫しの沈黙の後。
「さっさと和解しろ」
 ハインの一言に、エリーの肩が揺れる。
 エリーはぎゅっと自分の身体を抱き締めた。
「そろそろ勇気を……とは思ってるんです」
 掠れた小さな声は泣いているようで、ハインは苦々しく震えるエリーを見つめる。
「祈ればいいだろう。……ここはそういう場だ」
 そう言ってハインが示すのは、『セイント・チャペル』。
 エリーはよろよろと立ち上がった。
 眩しい星空を見上げる。
 この星空の下、何処かにクルトも居る。もしかしたら、同じように今星空を見上げているかもしれない。

「神様。……クルトさんに会いに行く勇気を……僕に下さい」

 震える手で紐を引こうとすると、ハインの手が一緒に紐を引いた。
「あ……」
「……全く世話の焼ける二人だ」
 鐘の音が鳴る。
 身体に染み入るようなその音色に、エリーは瞳を閉じた。──涙が一筋、頬を伝って落ちた。


 雪が降っている。
 スティレッタ・オンブラの紅いマニキュアの指が、『セイント・チャペル』の紐を手に取るのをバルダー・アーテルは見つめた。
「バルダーが戦いで死にませんように、って願うわ」
 黒髪を揺らして振り返った彼女がそう言うのに、バルダーは小さく目を見開く。
「俺のこと……?」
 スティレッタはええと頷いて、バルダーの手を取った。
「今回改めて思ったのよ。貴方、自分の身を挺してでも目的を果たす人ねって」
 少し冷たい指先とその言葉に、バルダーは僅かに肩を揺らす。
「責めてないわ」
 クスッと笑って、スティレッタはバルダーの瞳を覗き込むように見つめる。
 ゆっくりと指同士を絡めて、彼女は微笑んだ。
「傭兵なんだし、私もそれで貴方に助けられたんだし」
 バルダーの脇腹には今も、スティレッタ──ナンナを守った時に出来た傷がある。
「でも、その願いは叶えたいのよ」
「お前が俺の仕事に理解があるのは有り難いが……」
 バルダーは小さく首を振った。
「そんな願いでいいのか? もっと自分の為にでもいいんだぞ?」
 そう彼女を見つめれば、スティレッタはバルダーの胸板を指先で押した。
「この願いがいいの」
「……そうか」
 バルダーは頷いて、スティレッタの笑顔を見る。
(……まあ、こいつにとっちゃ自分の為でもあるんだろうな……)
 いつの日か、バルダーが『オンブラ』として想いに応えてくれることを、彼女はきっと願っている。
 だから、バルダーも彼女の為に変わる事を決めたのだ。
「見て、雪の結晶よ。綺麗ね」
 何時の間にか粉雪の中に、キラキラと光る雪の結晶が浮かんでいた。スティレッタが楽しそうに手を伸ばす。
 一つとして同じ形ではない、不揃いの結晶達は、とても美しかった。
「ふふ、良い雰囲気の中で、鐘を鳴らしちゃいましょ」
 スティレッタに手を引っ張られ、バルダーは彼女と共に『セイント・チャペル』の紐を手に取る。
「ちゃんと一緒に引くのよ?」
「ああ、分かってるさ」
 輝く雪の結晶に囲まれて、スティレッタとバルダーは鐘を鳴らした。
 遠くまで響く鐘の音に、バルダーは胸に手を当て、祈るように誓う。
(──無惨な死に様は見せない)


 願い事と言われても、ひろのには少しピンと来なかった。
 聖なる鐘に託す程の願い──それは、どんな願いだったら相応しいのだろう。
 ルシエロ=ザガンは、『セイント・チャペル』を見上げて考え込むひろのを見下ろす。
 振り出した雪が、肩に髪に掛かるのも気にせず、ひろのは鐘を見つめる。
 彼女が何を考えているか、大体の事はその様子を見ていれば分かった。
 ひろのとはまた違う所で、ルシエロも『願い事』に思う事がある。
(願いを自分で叶える気持ちは変わらない)
 誰かの手を借りて叶える願いなど、ルシエロにはない。
 自分自身の手で掴み取るものだと、彼は考えている。
(だが──)
「共に願うなら『いつまでも共に』と」
 隣から聞こえたルシエロの言葉の意味──一瞬理解が追い付かなくて、ひろのは目を丸くして彼を見る。
(え)
 ──いつまでも共に? 誰が?
(ルシェと……私?)
 気付いてしまったら、一瞬で鼓動が速くなり、ひろのは瞬きして唯々ルシエロの顔を見た。
「オマエが言う。『ずっと一緒』に沿う物だろう?」
 穏やかに笑うルシエロの声に、ひろのは更に大きく瞬きする。
「そう、だけど」
 ひろのの思考が沸騰する中、ルシエロの手がひろのの髪や肩に掛かった雪を払った。
 その手が温かくて、ひろのは胸が苦しくなる感覚を覚える。
(でも)
「ルシェの願いなのに、……いいの?」
 不安そうに見上げてくるひろのに、ルシエロはぽんとその頭を撫でてやった。
「オレの願いだ」
 ──本心からの。
 ほらと、ルシエロから『セイント・チャペル』の紐を渡されて、ひろのは彼と一緒に紐を持つ。
 ふわりとルシエロの手がひろのの手を包んで、ひろのの心臓が跳ねた。
「引くぞ」
 ルシエロの合図で、二人は同時に紐を引いた。

『いつまでも共に』
 二人の声と澄んだ鐘の音が、ゆっくりと深く広がっていく。

(同じ願い)
 夜空に響くその音に耳を澄ませながら、ひろのは湧き上がる幸福感に、ぎゅっとなる胸を押さえたのだった。


「風が冷たいけど、空気が澄んでいて気持ちいいな」
 豊村 刹那は、教会の屋上で大きく伸びをした。
 眼前に広がるのは、雪化粧の町並み。
 舞い落ちる雪が、町の明かり、そして夜空に輝く星の明かりに煌めき、幻想的な光景を作り出している。
「刹那、寒くないか?」
 逆月の問い掛けに、刹那は首を振って笑った。
「全然。だけど、確かに余り長居し過ぎても身体が冷えてしまうかもしれないな」
 刹那は頭上を見上げる。
 大きなチャペル。そしてそこから垂れる紐を刹那は手に取った。
「逆月は、何か願い事あるか?」
 振り返って尋ねれば、逆月は瞬きする。
「願い……」
 雪化粧の町並みに視線を向け、それから、刹那に視線を合わせる。
「刹那と、共に生きたいと。そう願う」
 真っ直ぐに言われた言葉に、今度は刹那が瞬きした。
 じわじわと意味を咀嚼すれば、胸が熱くなり、顔にも熱が集まってくるのを感じる。
「……そう」
 冷静を装って返事をするも、顔は完全に赤くなっているだろうと自覚した。
 少しの沈黙。
 刹那はこほんと咳払いする。
「えーと。それだと、私が願い難いというか……」
 泳ぐ刹那の視線に、逆月は不思議そうに首を傾ける。
 一体、何が言い難いのだろうか。
 刹那はその場をぐるぐる歩きながら何かを考えて、ぽんと手を打って逆月を振り返った。
「そうだ! 私の名前を抜いて。『共に生きる』……で、いいんじゃ、ないか??」
「『共に生きる』……」
 逆月は復唱すると、顎に手を当ててふむと頷く。
(名前を言わぬ事で、共に願うのであれば)
「ならば、願おう」
 逆月が頷いたのに、刹那は表情を輝かせた。
「よし、じゃあ一緒に……」
 刹那は逆月を手招きし、彼と共にチャペルの紐を手に持つ。
「『共に生きる』だからな」
「わかっている」
 念押しする刹那に逆月が頷いて、二人は鐘を鳴らした。

『共に生きる』

 二人の重なった声と、高めの鐘の音が遠く響き渡っていく。
(当の刹那が願うのだ。叶うだろう)
 刹那の体温を隣に感じながら、逆月は満足そうに頷いたのだった。


「お姉さんな私は、お願い事を譲ってあげるわ」
 にっこり笑顔でそう言ったアンナ・ヘーゲルを、ジン・カーディスは意外そうな顔で見た。
 『ホワイト・ヒル大教会』の屋上。アンナの長い髪が、雪風に揺れている。
「いいの?」
 ジンは思わず聞き返した。
「ええ。構わないわ」
 にこにこにこ。
 即答するアンナの笑顔を少しだけ訝しむように見て、ジンは小さく頷く。
「お言葉に甘えようかな」
(真意はどうあれ)
 ジンはアンナの笑顔の裏の意図を、何となく悟っていた。
「うん、甘えちゃいなさい」
(まあ思いつかないだけだけど)
 アンナは心で小さく舌を出す。
 そうして、アンナが笑顔で見守る中、ジンは顎に手を当て思案を開始した。
 色々な願いが浮かんでは消えて、最後に残ったのは……。
「じゃあ、『立派なウィンクルムになれますように』とかはどう?」
 ジンが指を立てて言った『願い事』に、アンナは目を丸くした。
「まだ駆け出しだし、将来に希望を。願掛けもかねて……」
 どうかな?と首を傾けるジンに、アンナは感心した眼差しを向ける。
「ジンくんのやる気はすごいわね。私はまだウィンクルムって言われてもへーって感じよ」
 アンナはまじまじとジンを見つめてから、微笑む。
「でもそういうの嫌いじゃないわ」
「ありがとう」
 アンナの言葉に、ジンはほっと安堵の息を吐き出した。
 ウィンクルムだった両親の意思を引き継げる存在になるのが夢であるジンにとって、それは目標と重なる願いだったから。
 その願いをパートナーであるアンナが受け入れてくれたことは、何よりも嬉しい。
「じゃあ、今後もよろしくね、相方さん」
 アンナが微笑んで、『セイント・チャペル』の紐を持つ。
「こちらこそよろしく」
 その手に重ねるようにして、ジンもチャペルの紐を掴んだ。

『立派なウィンクルムになれますように』

 二人で声を揃え、紐を引けば、澄んだ鐘の音が明るく響き渡った。
 アンナとジンは顔を見合わせてから、鐘の音が響く夜空を見上げたのだった。


 まっすぐな黒髪が風に揺れるのを、フェルン・ミュラーは瞳を細めて見つめた。
 ポニーテールに結い上げられた彼女の髪は、舞い落ちる雪を受けてキラキラと光る。
 時折覗く項が白くて、フェルンは彼女を抱き締めたいと思いながら、その唇が開くのを待っていた。
 彼女──こと、瀬谷 瑞希は、真剣に『セイント・チャペル』を見上げている。
 鐘の音に込める願い事を考えているだろうから、邪魔をしてはいけない。
 けれど、雪が激しくなってきたら、彼女の身体が冷えてしまうから、後ろから抱き締めて温めようか──。
 そこまでフェルンが思考を巡らせた時、瑞希がこちらを振り向いた。
「フェルンさんの願い事は、何ですか?」
 小首を傾げて尋ねてくる。
 そんな彼女の仕草を可愛いなと思いながら、フェルンは穏やかに微笑んだ。
「俺の願い事は『ずっと君と一緒に、居られますように』」
 フェルンの言葉を飲み込むと同時、瑞希の頬が紅潮する。
「でも、これは自分達で達成できるから」
 フェルンはそう言って、熱くなった瑞希の頬に触れた。
「瑞希の願いは何?」
「私は、自分一人の力で成就するのは難しいことをお願いしたいの」
 瑞希は真っ直ぐにフェルンを見る。
「『皆が幸福で穏やかに、笑って日々を過ごせますように』」
 フェルンは瑞希の瞳を見返して笑った。
「君の願いを伝えようよ」
「……いいんですか?」
「それが叶えば、俺達も一緒に笑って過ごせるし?」
 再びほわっと瑞希の頬が染まっていく。
「それでは……一緒に鐘を鳴らしてくれますか?」
「勿論」
 瑞希がチャペルの紐を持てば、フェルンが後ろから彼女を包むように抱き締めて、その手に己の手を重ねた。
(温かい……)
 瑞希の中に温かな感情が広がっていく。
 フェルンが触れた部分から、幸福が紡がれていくみたい。

『皆が幸福で穏やかに、笑って日々を過ごせますように』

 二人の願いを乗せて、チャペルが静かに聖なる音を響かせた。
 フェルンと瑞希は互いの目を見合って、笑い合う。


 真っ白な雪化粧に染まった町並みに、ひらひらと雪が舞い落ちていく。
 吉坂心優音は、真っ白な雪の粒に手を伸ばした。
 掌に落ちた雪は、心優音の熱で儚く溶けていく。
 その光景に、心優音は小さく息を吐き出して唇を開いた。
「愛って色んな形があるよね」
「……みゆ?」
 消え入りそうな彼女の声に、五十嵐晃太は瞬きして彼女の寂しそうな横顔を見つめる。
「親子愛、恋愛、友愛……」
 指折り『愛』を口にして、心優音は睫毛を震わせた。
「だけど、神人は精霊、精霊は神人と……必ず結ばれないといけないのかな……。
 精霊も神人も、お互いが好きになるとは限らないのに……」
 心優音の吐き出す白い息を見て、晃太は瞳を細める。
「せやなぁ、この世の中には、数え切れん程の人々がぎょーさん居る。
 そして、一人として同じ人は居ないように、一人一人に違う愛の形があるで」
 ──そう、それはまるで夜空の星のように。
 晃太は夜空に手を伸ばした。宝石のように煌めく星は、すべて色が違う。
「てか、前世なんぞ覚えとらんのが普通や」
 ──だから、前世からの繋がりうんぬん言われても知らん。
 晃太はきっぱり言い切って、心優音を見た。
 心優音は目を丸くして、晃太を見ている。
「それに、神人とか精霊とか関係なく、今の現世で己の運命の人を見付けるんが道理」
 どんと胸を叩いて、晃太は心優音の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「俺は、もしみゆが神人でなかったとしても、絶対にみゆを見つけたし、結ばれるで」
「晃ちゃん……」
 晃太はニッと白い歯を見せて笑った。
「だから、俺の願いはこうや!
 『全ての人々の愛の形が叶います様に』」
 心優音が目を見開く。
「それがみゆの願い、やろ?」
 クス……と、心優音が肩を揺らして微笑みを浮かべた。
「ふふっ、流石晃ちゃん。あたしの願いお見通しだね」
「そんなん当たり前や」
 二人は顔を見遣って微笑み合い、『セイント・チャペル』の紐を持った。

『全ての人々の愛の形が叶います様に』
 
 二人の優しい願いは、温かな鐘の音となり、夜空を彩った。


 デート!
 ましろ ささらは、A.R.O.A.から配布されたプリントを手に震えた。
 大教会の屋上にあるチャペルを、精霊と願いを込めて鳴らす──なんてロマンチック。
(こんなイベントあるんですね)
 是非、パートナーの澪音と参加したい。
 居ても立っても居られず、ささらは早速携帯電話を取り出した。
(えーっと、一緒に行きませんか……と)
 メールを打って、送信。
 ポチッ。
(何時に集まるかも書いておかないと……)
 ポチポチッ。
(お弁当なんて用意したら食べてくれるでしょうか……?)
 ポチポチポチッ。
(教会が駄目なら、別の場所でも……)
 ポチポチポチポチッ。
(あ、もっと工夫して……じゃないと、断られてしまうかも……)
 気付けば、ささらは大量のメールを澪音に送信していた。
 澪音からの返信はまだ来ない。
「やっぱり直接会って誘いましょう」
 ささらは立ち上がると、澪音の家に直接向かうのだった。

 澪音が目覚めた時、携帯電話がメールの着信を告げていた。
 見た事のない件数のメールが届いている。差出人はすべてささら。
「……なんでこんな大量に送ってきたんだぜ?」
 澪音は取り敢えず、デートの誘いを了承するメールを返信する。
 刹那。
 ピンポーン。
 鳴り響く玄関のチャイムに、澪音は何となく確信した。
 扉を開ければ、そこには満面の笑みで、頬を染めたささらの姿。
「おはようございます♪ デート、してくれるんですね。嬉しいです!」
 何でこのタイミング……と瞬きするも、嬉しそうなささらの姿に、澪音は頬を掻いた。
「着替えるから、ちょっと待っててくれるか?」
「はい♪」
 澪音が着替えを終えると、二人は連れ立って出かけた。絶好のデート日和である。
 夜になって、大教会の屋上へ登れば、雪が降り始めた。
「寒そうだから……」
「ありがとうございます♪」
 澪音が掛けてくれたジャケットに、ささらは幸せそうに笑う。
「澪音さんの願い事を言いましょう」
 ささらの問い掛けに、澪音は少し考えて答えた。
「……じゃあ、ゆっくりしたい」
「はい♪」
 二人で『セイント・チャペル』の鐘を鳴らす。

『一緒にゆっくりしたいです……♪』

 鐘の音は、高く澄んだ音で夜空に響いた。


 教会の屋上は、澄んだ空気に包まれている。
 夜空に輝く星も、地上の町明かりも、何処か清らかな、そんな色彩。
「やっぱ、私こういうとこ苦手……」
 クーは、げんなりと眉を寄せた。
「おいおい、ここまで来てそんなこと言うか?」
 アランは呆れた顔でクーを見る。
「清らかなオーラで浄化されてしまいそう……」
 ぐてーっとベンチに座り込んでしまうクーの腕を、アランは掴んだ。
「大丈夫だって。ほら、そこで座るな」
「もー歩けないー」
「そら、お願い事するぞー。なんかあるだろ?」
 ずるずるとアランに引っ張られて、クーは瞬きする。
「え、お願い事?」
「そう。お願い事するために、ここまで来たんだろーが」
 見下ろしているアランを見上げ、クーは真剣な顔で腕組みした。
「そうだね、正直ずっと引きこもr……」
「おいコラ、アホか」
 ずびしっとアランのチョップがクーの頭上に落ちる。
「んなこと願うまでもなく却下だ」
「えー……」
 不服を込めてアランを見上げれば、ギロリと睨まれてクーは小さくなった。
「……ごめん冗談」
「……ったく」
 呆れた吐息を吐くアランに、クーは視線を逸らしてぼそっと言う。
「じゃあ、うん。このままの日常が続いて欲しい、かな」
 アランがこちらを見たのが分かったが、クーは視線を合わせないようにした。恥ずかしいからだ。
 アランはふっと息を吐き出し、口の端を緩める。
「それも願うまでもないんだけどなぁ……」
「? 何か言った?」
 良く聴こえないとクーが聞き返すと、アランは首を振った。
「なんでもない。じゃあ、それを願うぞ」
「……本当にやるの?」
「その為にここまで来たんだろーが」
 アランに引っ張られてチャペルの下に立つ。チャペルの紐を二人で一緒に持った。
 アランの合図で、共に紐を引く。

『このままの日常が続いて欲しい、です』

 リンゴーン……。
 二人の声とチャペルの音が、ゆっくりゆっくりと、夜空の世界へ飛び立っていった。


 この夜、ウィンクルム達によって鳴らされたチャペルの音は、町中に愛の力として響き渡り、瘴気を消滅させていったのだった。

(執筆GM:雪花菜 凛 GM)

戦闘判定:大成功

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