●動き始めた巨人
集まったウィンクルム達を前にして、立体モニターの中でN2-Mがくるりと身を翻す。
すると、ぶんっ、と音を立て、マシナリーファンタジアの立体地図が浮かび上がる。
「オーガノ反応ガ無クナッタ事ヲ確認シマシタ」
N2-Mの言葉に胸を撫で下ろすウィンクルム達。
しかし、続けてN2-Mは未だ残っていたオーガ達が『撤退』したのだと告げた。
その様子が何やら変だったらしい。
「月幸石の数はどうなんだ?」
「充分デス。瘴気ヲハライキレルデショウ」
「なら急いだ方が良さそうですね」
頷き合うウィンクルム達。
N2-Mが月幸石の投入ポイントを立体地図上で示す。赤く点滅するポイントは入口からそう遠くは無い。
ウィンクルム達が動き始めようとした途端――ズシンッ!
床が大きく揺れ、全員がバランスを崩し、たたらを踏む。
けたたましく鳴る警報音。揺れは収まらないどころか激しさを増していく。
その最中、N2-Mの声が大音量で響く。
「ナミーカガ動イテイマス!」
その様子はタブロスからも見えた。
ゆっくりと腕を振り上げたかと思うと、大きく地面へ打ち付ける。
何度も何度も繰り返されるその行為はタブロスをも揺らす。
それだけでも街が恐怖に満ちるというのに、立ち上がった巨体は歩きだす。
――タブロスを目指して。
●駆け抜けるウィンクルム
「アーノ、こっちだ」
「分かってる」
ヴァレリアーノ・アレンスキーはアレクサンドルへ駆け寄る。
そこは瓦礫が重なっていたが、他の場所に比べれば随分と少ない。
月幸石の投入ポイントへの最短ルートはナミーカが暴れた影響で塞がれてしまった。
いくつもの崩落が重なったせいでN2-Mも遺跡の状況を把握できなくなってしまい、ウィンクルム達は手探りで進まざるをえない。
今は道の確保役と月幸石の運搬役に分かれ、奥へ進んでいるところだ。
「んーっと、さっきここを通ってきたから、今はここで……」
「アイちゃん、どう?」
手書きの地図とにらめっこしているアイオライト・セプテンバーの手元を叶が覗き込む。
どうやら最短ルートからかなり逸れているようだ。
比較的通り易い安全な道を選ぶ以上、仕方が無いことではあるが、急がなくてはいけないものまた事実。
ちなみに白露と桐華はせっせと瓦礫の除去に勤しんでいて、ヴァンデミエールは月幸石の容器を抱え、道が通れるようになるのを待っている。
「あの道の先が分かりましたよ」
ネカット・グラキエスは俊・ブルックスと共に瓦礫の除去をしながらも、一先ずどこへ繋がっているのかを確認してきたらしい。
とん、っと地図を指で叩く。
奥はどうなっているか分からないが、さっと確認した範囲ではこの先の障害は多くなかったとネカットは言う。
地図で確認してる間に、ある程度の安全を確保できたらしい。
「これで通れそうか?」
「いけそうです」
アキ・セイジが確認すると、蒼崎 海十は月幸石の容器と道幅を見比べながらも大丈夫だと判断した。
ヴェルトール・ランスが気を配りながら海十とフィン・ブラージュら運搬役のウィンクルムを先導する。
瓦礫のトンネルを潜り抜けた先で待ち構えていた、セイリュー・グラシアとラキア・ジェイドバインは運搬役の手助けをする。
同じようにクラウディオもそれを手伝っていたが、パートナーである柳 大樹がふいに手を止め、一点に視線を向けた。
「……さっきよりも濃くなってるね」
見て分かるほどに、濃くなっている瘴気。
ナミーカはタブロスへ向かっているとN2-Mは言っていたが、今、どこにいるのかは分からない。
この先がどうなっているかも分からない。
ただただ急がなくてはという焦燥感がウィンクルム達に圧し掛かっていた。
「オマケも立派な玩具になったこと。どこかの役立たずとは大違いね」
赤い唇が淫靡に歪む。
背後で下僕が縮こまる気配がした。
一瞥するも、それ以上気にかける時間すら勿体無い。
女は再びナミーカへと意識を向けた。
「おい、ヤバ過ぎだろ……!」
地面から瘴気が滲み出ているような中をブリンドとハティが投入口のすぐ傍にある操作盤目掛け、走り抜ける。
同じように先行していた天原 秋乃とイチカも走るが、2人と違い、後方の運搬役のもとへ引き返していった。
「そっち、頼む!」
「分かった!」
秋乃達の意図を察したブリンドは半ば怒鳴るように返事をした。
二組の距離は見る見る間に広がっていき、そうでもしなければ聞こえなかっただろう。
二組のすぐ後ろを走っていた永倉 玲央の瞳がどちらに倣うべきかと、迷いを見せる。
しかし、クロウ・銀月が顎をしゃくってハティ達の後を追うように示した。
月光石の投入口周辺に散らばる小さな瓦礫を少しでもどかすべきだと判断したのだ。
イレイスと安宅 つぶらはそれぞれのパートナーである終夜 望とカラヴィンカ・シンを先行させ、自身達は運搬役と共に走る。
月幸石の一つ一つは大したことがなくとも、容器一杯となるとやはり重い。
ずっと抱えて移動していたウィンクルム達も懸命に走ってはいるが、どうしても速度が落ちていく。
日下部 千秋とオルト・クロフォードは顔を見合わせ、引き返してきたウィンクルム達に容器を託す。
受け取ったセラフィム・ロイスと火山 タイガは走りながらも容器の封を開く。
開封された容器を信城いつきとレーゲンに預けると、二人は再び後続のもとへと駆け戻る。
その間にもいつきとレーゲンは投入口へ月幸石を投下していく。
ともすれば崩れ落ちそうなほどに消耗した葵田 正身とうばらは、ふらつきそうになりながらも投入口へと向かう。
運んでいた月幸石はすでに他のウィンクルムに託したが、全てが終わるまで見届けたいという一念が彼らを動かす。
鳥飼がそんな正身に肩を貸すと、彼に付き合うように鴉もうばらに肩を貸す。
「残りは?」
「次が最後のようです」
カイン・モーントズィッヒェルの問いにイェルク・グリューンが答える。
見れば、日暮 聯とエルレインが桐華と白露に容器を手渡す姿があった。
そのまま倒れこみそうになった2人を羽瀬川 千代とラセルタ=ブラドッツが支える。
千代が労わるように優しく背を叩けば、聯はそのリズムに合わせるように呼吸を整えていく。
最後の月幸石が投入されると、すぐにカインは操作盤を叩く。
音を立て、閉じられた投入口をウィンクルム達は固唾を飲んで見守る。
ふいに、柊崎 直香が足下へ視線を向けたことにゼク=ファルは気付いた。
どうしたのか、彼が問おうとするも――
「来るよ」
●止まる番人
ナミーカが初めて姿を見せたその日から、タブロスでは万が一に備え避難の用意をしていた。
その甲斐あって、市内の人影はごく僅か。軍人やA.R.O.A.の職員やテンコだけだ。
人的被害は避けられる。けれど――
「ああっ……!」
ナミーカの様子を窺う職員の口から悲痛な声が漏れる。
ナミーカが駄々を捏ねる子供のように、地面に足を叩きつける。
そこには小さな村があったのだ。
皆逃げた後だろうが、辛い。
最初は人形のように小さく見えたナミーカも、今では目と鼻の先。
あと数分もしないうちにタブロスへ辿り着くだろう。
職員も軍人に促され、とうとうタブロスを離れるべく動き始めた時――重々しい風斬音がした。
職員がバッと振り返ると同時に衝撃が起こる。
煙が立ち、詳しいことは分からないが、ナミーカが何かを投げつけてきたということだけは間違いない。
「まさか……!」
ナミーカとタブロスの間はもはや、数百メートルしかない。
そんな中でナミーカが二投目を構えた。
ナミーカと比べれば小さな石。けれど、実際は大岩だ。
あんなものが投げられればひとたまりも無い。タブロスに残った者達の顔から、一斉に血の気が引く。
ナミーカが大きく振りかぶった。
「伏せろ!」
その声に従い、全員が身を伏せる。
――しかし、何秒たっても、何十秒たっても予想していた衝撃がこない。
恐る恐る顔を上げれば、ナミーカは先の姿勢のまま。
いや、ぐらぐらと揺れ……そのまま地響きと共に大地へと崩れ落ちていった。
ナミーカがタブロスの手前で止まったと聞いたウィンクルム達は胸を撫で下ろした。
遺跡の中からではどうなったかは分からず、N2-Mに聞くしかなかったのだ。
とはいえ、いち早く自分の目で確認したいところだ。
すぐにでも帰ろうとするウィンクルム達だったが――
「謎ノゲートノ出現ヲ確認シマシタ」
マシナリーファンタジアの一角にゲートが出現したのだというが、セレネイカ遺跡の管理システムであるN2-Mにも何かは分からないらしい。
白猫のようなアバターのN2-Mが、立体モニターの上で首を傾げている。
「この遺跡の全部を把握しているんじゃなかったのか?」
「ソウデス。デスガ、コノゲートノ知識及ビ管理権ハ私ニハ有リマセン」
しかし、このゲートの出現により遺跡に異常が出たわけでは無いらしい。
ウィンクルム達はとりあえず、この情報と共にタブロスへ帰還した。
数日後。
セレネイカ遺跡の管理と維持はA.R.O.A.に委ねられることが決定した。
A.R.O.A.は、オーガが遺跡を稼動した日から、今までとは違うエネルギーがウィンクルム達に注がれているのを確認していた。
そのエネルギーと遺跡には必ず関係があるとして、出現したゲートを含め、このエネルギーの正体を調査していくことになった。
そして、それからさらに数日後。
テンコがA.R.O.A.を訪れた。
「皆の衆、ご苦労じゃった」
今日も女神達の遣いとしてやってきたのだと言う。
「セレネイカ遺跡が正式に稼動したのでな。フィフス様の月の加護がウィンクルムに行き渡るようになると、ムスビヨミ様が仰ったのじゃ」
どういう形になるかまでは聞いていないらしい。
ぱたり、テンコが尾を一振りした。
「皆の衆も気付いておるかもしれんが、あれ以来、月の輝きが増したようじゃ」
●ショコランドにて
バレンタイン城のテラスからヘイドリックは夜空を見上げていた。
フェスタ・ラ・ジェンマの終了と同時に姿を消していた月が帰ってきてから数日経つが、以前よりも強く輝いているように見える。
「ヘイドリック?」
「こんなところでどうしたんだ。明日の朝に大学へ戻るんだろ?」
「月の光が強くなったと思って」
ああ、そういうことか。アーサー、ジャックの二人も感じていたらしい。
二人もテラスに出て、夜空を見上げる。
「いい祭になったからね。ジェンマ様からのご褒美なのかもしれない」
●ルーメンにて
「収穫は今年も滞りなくはかどっています」
「ああ、皆もフェスタ・ラ・ジェンマの盛り上がりから気合が入ってたぜ!」
ロップとアーテルは月の神・フィフスの元に今年の収穫状況の報告にやってきていた。
『そうか、それはなによりだ……ふふ』
フィフスは微かに笑い声をもらす。
「フィフス様、どうされましたか?」
『お前達が楽しそうでつい嬉しくてな。これも女神ジェンマの力か、とな』
指摘を受けてアーテルは照れ隠しに視線を逸らして頬を掻き、ロップも嬉しそうに笑顔を浮かべる。
フィフスは二人の照れくさそうな様子に、満足げに目を伏せた。
(執筆:
木乃GM)
●紅月ノ神社にて
祭の余韻が薄れ始めている紅月ノ神社から月を見上げたテンコは、どこか嬉しい気持ちになるの自覚した。
不穏な話が幾つもあって、気が気でない時間も短くは無かったが、ウィンクルムの頼もしい姿や幸せそうな姿がそれを緩和させていた。
それに、なにより。
「テンコ様、フェスタ・ラ・ジェンマにおいての当神社での収益などが纏まり……」
「青雪、青雪!」
「はい?」
大きな祭の後片付けに勤しんでいた青雪を手招き、テンコは頭上の月を指さした。
「今日は、何だか月が綺麗だと思わぬか」
まるで女神様が喜んでおられるようだと笑ったテンコに倣い、青雪もまた、月を見上げる。
今宵の月は、確かに、いつもより一層美しかった。
(執筆:
錘里GM)
●???
苛立ちを隠そうともせず、女はしなやかな腕を振るう。
それだけでバンッ、と積み上げられた本と共に下僕――ダークニスが吹き飛んだ。
女はつかつかと歩み寄り、そのままダークニスの顔を蹴り飛ばす。
「うっ……がっ……」
蹴られた頬を押さえ、起き上がろうとするダークニスの頭だが、圧倒的な力で上から抑え込まれた。
顔が床に押し付けられる。
自分の頭の上に何があるのか、ダークニスは経験則から知っている。
「一ヶ月」
凍てついた声音と共に、女はぐりと足の裏に力を込める。
苦しいからか、この下僕は僅かながら起き上がろうとしている。
それが女の苛立ちを煽る。
「一ヶ月分は、月の力を得た。成果としては悪くないわね」
けれど、遺跡は奪われ、玩具も壊れた。
面白いはずが無い。
女は足を退かすと、再びダークニスを蹴りつけた。
ぴくぴくと動きはするものの、もはや苦悶の声すら上げられないらしい。
女は鼻を鳴らし、つかつかと、館の奥へと消えていった。
(エピローグ執筆:
こーやGM)