プロローグ
世は、ジェンマを尊びその祝福に湧いている。
ここ、ルミノックス温泉郷も、また等しく。
けれどそこは、いつもと変わり無く、営まれていた。
森の中に出来た天然の露天風呂。脱衣所以外に囲いは無く、必然的に水着の着用が義務付けられるその場所は、それゆえに、常に混浴の場となっていた。
昼間は温水プールのような感覚ではしゃぐ親子連れも居るし、時折動物が訪れたりもする場所。
けれどその真価は、月の明るい夜にこそあった。
森の中にぽっかりと出来た泉のような温泉は、頭上一点だけが開けた空間。
夜の帳が降りて幾ばくか。月が中天に辿りつくその瞬間、温泉に月が映り、水面が煌々と輝くのだ。
限られた時間だけの、幻想的な光景。
「夜半は肌寒さが勝る季節ともなりましたし、いかがでしょう。あなたの大切な人と、ひと時を過ごす場所として、温泉など」
穏やかに微笑むのはA.R.O.A.の職員。
少人数で情緒的に楽しむため、貸し切り予約が必須となるその場所を、ウィンクルムの為に確保したのだと言う。
「温泉では飲食は厳禁とさせて頂いております。また、今回女性はいませんが、元々野外の露店風呂なので水着の着用は必須です」
パートナーの身ではなく友人知人と共に温泉を楽しんだりするのもいいだろうが、はしゃぐのは推奨しないとのこと。
職員的には愛の語らいの一つでもどうだろうかと言う所なのだが、勿論、ただのんびりと過ごす時間としたってかまわない。
「オーガの動きも活発になっていると聞きます。ウィンクルムの皆さんが少しでも癒されますよう、ご助力できれば幸いです」
そう告げてから、改めて、如何ですかと職員は微笑んだ。
解説
温泉でのんびりしてください
職員が時間を確保してはくれましたが、入浴費用として一組様500jr頂戴いたしますのでご了承願います
湯上りに脱衣所の横の休憩スペースで冷たい飲み物を購入することはできます
湯船への持ち込みは厳禁です
湯冷め防止にブランケットが借りれたりします
最大五組十名様までの貸切露天風呂
脱衣場にのみ囲いがあり、それ以降は森の中でとても開放的です
水着の着用は必須。特に指定無くても、無難なサーフパンツ系の物が貸し出されます
基本的に他のウィンクルムと同じ場所で同じ時間を過ごします
余程大きな声で話さなければ特に会話が聞こえる事もありません
月が水面に映ると言う構造上、温泉は円形、岩などの影になるものはありません
なお、余談ですがここでいう月は一般人にも見えるルーメンの方です
飲食厳禁、はしゃぐのは非推奨
目が眩むほどの光ではありませんのできらきら水面の温泉をごゆるりとお楽しみいただければ幸いです
ゲームマスターより
露天風呂が好きな錘里です
丁度ブロマガでルミノックスの話題が出たので、思い出したように温泉を出してきました
特に明確なテーマや目的などはありませんので、
どんな風に過ごすか、ゆっくりとイメージしてみてくださいませ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハティ(ブリンド)
リンの隣に落ち着き飽かず月を眺める 好きなだけだ 村に展望台があって、少しだが星のことを覚えた ここは月の光だけでこんなに明るいんだな …こういう? いや、そこは真っ暗だった 何でもないところだが、俺が紹介出来そうな唯一の場所だったな 案内出来れば連れて行ったんだが ない 村について悪い話しか知らないだろうからいい話もと思ってな いい話も悪い話も隠そうというわけじゃなかった アンタに話すことが何でもなかったように、アンタがいなくても、一人でもそうなりたかっただけだ 今はアンタの知るところとなったわけだが さっぱりしたというよりは一度死んだような気分だ …それは笑うところか? 問いはするが笑いはせず見返す ああ、本当にきれいだ |
ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
あれは悪夢 されど夢 現実ではないのに 相棒と認めた彼をこの手で殺めた感触が抜けない 母の形見と同じ十字架を刺した己が赦せない 目の前で誰かが死ぬのは、自分と深く関わった者が死んでいくのはもう嫌だ なら俺は独りでいい 温泉に誘われついて行くが気落ちした儘 サーシャと距離を取る 月は俺が望む先へ照らしてくれない いっそ消えてしまえば楽だと何度思ったか だが俺には目的がある 強くなって俺と同じ境遇の者を少しでも出さないように らしくないのは分かってる お前の存在は俺の強さでもあり…弱さだ …やはりサーシャは母を知っていたのか 何故今まで黙っていた 誕生日…?そうか、俺の 覚えてたのか 記憶の忘却の彼方だった Спасибо 今日初めて笑う |
スコット・アラガキ(イナフナイフ)
どうして胸までタオル巻いてるの…? あ…あはは…まあ、それいらないと思うよ 水着だし (じっと見てくるから落ちつかない どうせなら彼と来たかった) はあ!?なんでそうなるの!? (逆だよ間抜けが…) いや…君が見てくるから 君は冗談でかわいいって言ったけど 精霊って本当に綺麗な顔してるよね そんなに見つめられると、困っちゃうな 自覚なかったの…? 他の人にも同じことしてたかもね 気分のいいものじゃないから、やめた方がいいよ 何を?…ならいいけど どうせなら俺よりも景色を眺めたら? ほら、水面を見て 月が映ってきらきらしてる きれいだねえ 相手が湯中りして顔から湯に倒れた 放っておく訳にもいかないので、横抱きで運び介抱 面倒臭い奴だな |
ローランド・ホデア(シーエ・エヴァンジェリン)
シーエと風呂に入るなんて何年ぶりだ? ガキの時に数度入ったきりだな、懐かしい てめぇと風呂に入ると落ち着くな やっぱてめぇと来てよかった リェン?あいつはダメだ、湯につかるってことを知らねぇ いつだって烏の行水だっつーか、シャワーしか浴びねぇからな 湯につかってのんびり、なんて辛抱はできねぇだろうよ すぐ出る出るってうるせーだろーよ あ?そりゃ、まぁ…好きだからな 一目惚れというかあれは天使だ このルーメンみたいに輝いて、綺麗だ どうした、ヤニが切れていらつくのか? しばらく我慢しとけ、こんな湿気じゃ湿って吸えたもんじゃねえ (リェンの話がおきに召さないか。だろうな、目附役としてはペットなんざ認められないだろうしな) |
アイオライト・セプテンバー(ヴァンデミエール)
あたし、ビキニ着るのー☆ じーじとお出掛け♪初めてのお出掛け♪ 今日はじーじと二人っきり パパに出来ないような相談を聞いてもらおうっと あ、でも、アヒルのアッタマールに温泉入れてパパのお土産にできるかな? じーじ、あたしのお話聞きたいの? そんじゃあいいこと教えてあげるねー(にこにこ あれがパパのぱんつ座なんだよー じーじのぱんつ座も隣に作ってあげるね あのね、お話していい? パパはあたしのことちゃんと好きなのかなあ? あたしのこと可愛いって言ってくれるけど(←というか、言わせてる 本当に可愛いって思ってくれてるのかなあ? あたし、ちゃんと女の子になって、パパのお嫁さんになれるかな? そのときはじーじも一緒に仲良しだよっ |
●記憶に重なる
泉が、照る。見つめ、見上げて。ハティはずっと、月を眺めていた。
隣にはブリンドが静かに座っている。
きっと長湯をするだろうと、程よい温度の位置をふらふらと探し回った甲斐があったようだ。
ハティは、飽きることなく月を眺めている。
(茹らせねえように様子を見ておくつもりだったけど……)
ハティが、あまりにも熱心で。それを見ていると、逆に声をかけるタイミングを逃してしまいそうになる。
いつの間にか、月を見つめるハティに見入っていたブリンドだが、それを自覚はすまいと頭を振って、沈黙を破った。
「お前月に思い入れでもあんの。海でも追っかけてたじゃねえか」
水面に映った月を追って、泳ぐでもなくただ海に突き進んで行ったハティ。消えてしまいそうだと思った手を掴んだ感覚は、今でもはっきりと残っていて。
煌々と照る水面の下で、小さく握った。
ハティはと言えばそんなブリンドの問いに、あぁと短く頷いてそのまま言葉を紡ぐ。
「村に展望台があって、少しだが星のことを覚えた。ここは月の光だけでこんなに明るいんだな」
月光を映す水面のせいか。他に照明がないから、あの月は一層明るく見えるのだろうか。
変わらず月を見上げるハティの横顔をちろりと見て、ふぅん、と相槌。
「何かこういう有名な場所だったのか」
「……こういう?」
「こういう……デートスポット?」
上手く表現できないと言いたげに首を傾げながら尋ねる。
ここみたいな謂れのある場所なのか。問うが、ハティは頭を振って否定した。
「いや、そこは真っ暗だった。何でもないところだが、俺が紹介出来そうな唯一の場所だったな」
案内できれば連れて行ったんだが、と小さく告げるハティの、少し含んで聞こえる物言いに、ブリンドは眉を寄せつつ、問う。
「……そこってコンビニあるか?」
「ない」
即答か、と胸中で突っ込みつつ、ブリンドはまた、ちろりとハティの横顔を窺う。
ハティは世間知らずも良い所だ。閉じ込められていたという話も聞いたが、そう言った行いがある程度には閉じた村に違いはないのだろう。
だが、そんな村の事を悪しからず思っているわけではないと言うように、窺った横顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
それは、取り繕うようなものでもなく、割り切った振りで切り捨てているわけでもなく。
「村について悪い話しか知らないだろうからいい話もと思ってな」
淡々と話す口ぶりにも、少しの穏やかさが滲むような気がして。
なんだか、ほっとした。
「いい話も悪い話も隠そうというわけじゃなかった。アンタに話すことが何でもなかったように、アンタがいなくても、一人でもそうなりたかっただけだ」
何でもない事に出来たら、きっと穏やかでいられるのだろう。
そう、言い聞かせて、口を噤んでみた。
「今はアンタの知るところとなったわけだが。さっぱりしたというよりは一度死んだような気分だ」
押し込んでいただけの物が、ふうわりと昇華されたような心地とでも、言うのだろうか。
しみじみとしたハティの言葉に、ブリンドは小さく笑いを返した。
「つまりおめーは俺に殺されてるって話か。どっちでも構わねえがよ」
「……それは笑うところか?」
真顔でブリンドを見返したハティは、視線を上げている横顔を見つける。
「……きれいなもんだな」
「ああ、本当にきれいだ」
見上げる月が。水面に照る月が。
――それとも、きみが?
●憂いを照らす
ちゃぷん、と掬ったお湯は普通の色。だけれど眼前にはきらきらと光る水面。
可愛らしい女児ビキニを装着し、アイオライト・セプテンバーはご機嫌に鼻歌を歌っていた。
「じーじとお出掛け♪ 初めてのお出掛け♪」
「嬢のご指名とは嬉しいねえ。白露には敵わないかもしれないけど、僕は僕なりに嬢を楽しませてみようか」
にこにことしているのはじーじことヴァンデミエール。
いつも一緒のアイオライトの『パパ』と、彼に懐くアイオライトの姿を思い浮かべて、微笑ましげに瞳を細める。
ちゃぷちゃぷとささやかな波紋に揺れるアヒル型保温容器、ポカポカ・アッタマールが離れて行こうとするのを捕まえながら、アイオライトもまた『パパ』の姿を思い浮かべた。
今日のお土産に、良い香りのする温泉を。残念ながら、きらきらはここだけの思い出になるけれど。
「嬢は星が好きだったかな。それじゃ、僕に嬢の話を聞かせてくれる?」
水面に月。映るそれが浮かぶ空を見上げれば、月以外にも瞬く星が見える。
見上げるヴァンデミエールの横顔を一度見てから同じものを見上げたアイオライトは、ちょん、と彼の傍に寄り添った。
「じーじ、あたしのお話聞きたいの? そんじゃあいいこと教えてあげるねー」
小さな指先が、んーと、と探すように少し中を彷徨ってから、幾つもの星を繋ぐように滑る。
「あれがパパのぱんつ座なんだよー。じーじのぱんつ座も隣に作ってあげるね」
パンツ座とはまた大胆なチョイスだ。
だが、ヴァンデミエールはくすくすと楽しげに笑って、どれどれとアイオライトと同じ目線で星を見つめる。
「あはは、嬢の話はユニークで飽きないね。僕の星座も作ってくれて、どうもありがとう」
優しいヴァンデミエールの顔をちらりと見て、アイオライトは少しだけ考える間を置いた。
お星さまのお話じゃなくて、聞いて欲しい話が、ある。
「あのね、お話していい?」
躊躇いがちに切り出された台詞に、ヴァンデミエールは笑み湛えたまま無言で促す。
それを見て、置かれるのは言葉を纏めようとするような、思案の間。
それから、ぽつりと零れる、疑問。
「パパはあたしのことちゃんと好きなのかなあ?」
紡がれた言葉は、ヴァンデミエールの瞳を少しだけ丸くさせた。
「パパは、あたしのこと可愛いって言ってくれるけど、本当に可愛いって思ってくれてるのかなあ?」
続けての言葉は、それもまた子供らしい発想の、微笑ましい質問にも、聞こえるけれど。
アイオライトは、自覚している。『パパ』にそう言ってほしいから、無理にでも言わせようとしていることを。
可愛い? と尋ねれば、勿論というように返事をしてくれるようにはなったけれど、それは果たして本心か。
大好きな相手。だからこそ疑ってしまう。
だって『パパ』は、いつだって自分の事を後回しにするのだから。
「あたし、ちゃんと女の子になって、パパのお嫁さんになれるかな?」
どう思う? と、答えをねだるような目で見上げてくるアイオライトに、ヴァンデミエールは浮かべていた笑みを潜めて、真面目な顔を返した。
「難しい問題だね」
子供の戯言では終わらせられなくて、だけれど、はっきりとしたことも言えない質問。
だからこそ、ヴァンデミエールは取り繕うことなく、困ったように肩をすくめた。
「僕は白露とも嬢とも知り合って間もないから、確たることは言えないけど。でも、嬢と白露が僕を捨てたりしたら悲しいから、二人はずっと仲良くしててほしいよ」
へらりと緩く笑って紡がれる素直な台詞に、アイオライトは瞳をぱちくりとさせてから、にこっと笑った。
「そのときはじーじも一緒に仲良しだよっ」
「うん、ありがとう」
温泉に濡れた手で、しっとりとした髪を撫でて、そろそろきらきらの水面はお終いに。
「温泉から上がったら、きちんと水分を取らないと駄目だよ。白露は牛乳が好きなんだっけ」
「うんっ」
「僕は鉱水にしよう。嬢はフルーツ牛乳かな?」
湯上りの飲み物を選びながら、ヴァンデミエールはもう一度アイオライトの頭を撫でた。
「牛乳呑んで、早く立派な娘さんになれるといいね」
今はまだ子供の夢だとしても。
アイオライトがそれを本気で望むのなら、叶えてあげたいと、思いながら。
●触れ、あわせる
スコット・アラガキは当惑していた。共に訪れた精霊の行動を、思わずまじまじ見てしまうほどに。
「どうして胸までタオル巻いてるの……?」
「混浴なんて恥ずかしくって……」
そっと頬を染めてしなを作って見せるイナフナイフに、スコットは思わず笑顔になるが、表面だけの笑みの口から零れるのは呆れたような笑い声。
「あ……あはは……まあ、それいらないと思うよ。水着だし」
「ですよねー」
さらりとしたツッコミに素直に応じる辺り、冗談のような物だったのだろう。
くだらないとばかりに小さく溜息をついて、気を紛らわすように温泉に。
だけれど、なんだか落ち着かない。なんたって、イナフナイフがあんまりにもこちらを見てくるから。
(じっと見てくるから落ちつかない。どうせなら彼と来たかった)
スコットが居心地悪そうにもぞもぞとし始めたところで、イナフナイフが小首を傾げた。
「アラガキさん、僕のこと好きなんですか?」
「はあ!? なんでそうなるの!?」
突飛な問いに思わず声を荒げたスコットは、内心で舌を打つ。
(逆だよ間抜けが……)
「だって目を合わせてくれないじゃないですか。僕かわいいですから、照れてるのかなと思いまして」
そんなスコットにはお構いなしに続けたイナフナイフの言葉に覚えた眩暈じみたものは、じとりとイナフナイフへ視線を向けさせた。
「いや……君が見てくるから」
咎めるような言葉を言っても、きっと意味がない。小さく溜息を零して、スコットは肩をすくめてみせた。
「君は冗談でかわいいって言ったけど、精霊って本当に綺麗な顔してるよね。そんなに見つめられると、困っちゃうな」
そんなスコットの言葉に、イナフナイフは瞳を丸くして、数秒停止。
それから、瞳をぱちくりとさせ、きょとん、とまた小首を傾げた。
「そんなにじっと見てましたか、僕?」
「自覚なかったの……?」
熱視線と言えるレベルで見られていたというのに、無自覚とは。
「他の人にも同じことしてたかもね。気分のいいものじゃないから、やめた方がいいよ」
露骨な嫌悪を示して、そのままつぃと視線を背けるスコットに、イナフナイフは照れくささか申し訳なさか、鼻の下までぶくぶくと湯船に付けて、眉を下げる。
「ふぁい。気をつけま……」
ぶくぶくと気泡の音だけになる言葉。
話せない状態は、イナフナイフの思考をくるくると巡らせる。
「きれいて言われた」
うれしい。
うそでも。
(けど、自分の視線の行方にも気づけないなんて)
失態。らしくない。
(それほどまでに瞳が彼を追い求めるのは、時間を――)
「取り戻したいからやろか」
「何を……?」
ぽつり、口を突いた台詞は、気泡には変わらず。スコットの耳にも、届いてしまっていた。
「いえ、ひとり言です」
ゆるりと頭を振って何でもないと告げれば、ならいいけど、と訝るような声が聞こえて。
「どうせなら俺よりも景色を眺めたら?」
ちゃんぷん。立てた波紋が広がる先には、煌々と照る月の映し絵。その絵は水面全体を煌めかせている。
「ほら、水面を見て。月が映ってきらきらしてる。きれいだねえ」
幻想的だ。とても。そう強調するようにしみじみと呟くスコットを、見つめて。
彼の見つめる先を見て、ああ本当だと胸中でひとりごちる。
「そうですね。……きれいだ。本当に、き……」
「え? ちょっと……」
先ほど自主的に沈んだのとは違う。ふらりと傾いだイナフナイフは、顔から湯の中に突っ込み倒れた。
ざば、と引き上げれば、湯中りしているらしいのが分かってしまった。
(面倒臭い奴だな)
放っておくわけにもいかない。横抱きで運び、同行者責任で介抱してやった。
やや間を置いて気が付いたイナフナイフは、そんな状況に一度瞳を瞬かせ、それから、込み上げる物を抑えるように、手のひらで口元を覆った。
(ジェンマさんありがとう……ほんまおおきにですぅ)
嬉しいのだ。彼にとっては、その事自体が。
例えばそこに、好意も心配も含まれていないとしても。
●幻想に溺れる
懐かしい心地に、思わず笑みがこぼれる。ローランド・ホデアは一緒に来ていたシーエ・エヴァンジェリンをちらりと見て、言う。
「シーエと風呂に入るなんて何年ぶりだ? ガキの時に数度入ったきりだな、懐かしい」
それを聞いて、シーエは慈しむように瞳を細めて、同意を返す。
「たまにはでかい風呂もいいものですね。俺も懐かしいですよ」
何年も前の事だが、思い出すのに不都合はない記憶。懐かしい、という単語に、シーエはしみじみとした感慨を込めていた。
と、いうのも。
「てめぇと風呂に入ると落ち着くな。やっぱてめぇと来てよかった」
これである。『やっぱり』と付ける言葉の裏には、ローランドには選択の余地があった事を、示している。
「……本当に俺でいいので? あのテイルスに若はご執心でしょう?」
躊躇いがちの問いに籠めた、少しの皮肉。
けれどシーエの感情を一蹴するかのようにローランドは小さく笑った。
「リェン?あいつはダメだ、湯につかるってことを知らねぇ」
やれやれと頭を振って、ローランドは温泉の淵に背を預ける。見上げれば、月があった。
「いつだって烏の行水だっつーか、シャワーしか浴びねぇからな。湯につかってのんびり、なんて辛抱はできねぇだろうよ。すぐ出る出るってうるせーだろーよ」
「……随分とご機嫌よさそうですね。仰る内容は文句のくせに」
指摘は、嫌味にも似ていてローランドをチクリと刺すかのようだが。
実際に胸に何かを刺されたのは、言葉を発したシーエ自身で。
ああ、腹が立つ。と、微か、微かにシーエは眉を顰めた。
(あの狐の話となると若は本当に嬉しげだ。俺といるときにまであの狐の話をしないでくれ)
ローランドがご執心な狐――フェネックのテイルスは、ローランドのパートナー精霊で。
壁画の恩恵でシーエにもウィンクルム契約の鉢が回ってきたわけだが、基本的には自分がローランドの眼中にないことは、悲しいかな自覚している。
それでも嫌味に似た台詞で話を振ったのは、自分でなければ駄目だと、言ってほしかったのだ。
私情を通り越した我侭など、まかり間違っても口にする事なんてないけれど。
「そりゃ、まぁ…好きだからな。一目惚れというかあれは天使だ。このルーメンみたいに輝いて、綺麗だ」
複雑な内心のシーエには気付かず、ローランドは月を見上げて嬉しそうに告げる。
恋しくて愛しくて、何もかもを顧みずに手に入れたその人は、今頃一人で何をしているのやら、なんて。
幻想的で美しい情景を前にしても、思うのは、そればかり。
(綺麗? あの狐が? がさつでマナー知らずで失礼極まりないあれが?!)
その現実が、じくじくと、シーエの胸中を侵食して、抉る。
(だが……若のお好きなものを否定もできない……)
好きな人の好きなものを否定すること程、不毛な事は無い。
だってそれは、ローランドを否定する事であって、ローランドに嫌われるかもしれない事であって、シーエにとっては憂さ晴らし程度にしかならない事。
それでも、それでもだ。不毛でも無意味でも、どろりとした嫉妬の感情は、湧きだせば抑えの利かない物だった。
(何故ずっと一緒にいた俺じゃないんだ! なんであんなぽっと出の男が……!!)
「どうした、ヤニが切れていらつくのか?」
ともすれば思考を染め上げてしまいそうな感情に堰を作ったのは、シーエを覗き込むように見つめるローランドだった。
「しばらく我慢しとけ、こんな湿気じゃ湿って吸えたもんじゃねえ」
「え? いや、そういうわけでは……」
冗談めかすように笑うローランドを見て、シーエは自分の眉間に寄っていた皺を指先で軽くほぐしつつ、そう言う事にしておきますよと呟く。
「確かに吸いたい気分ですから」
肩をすくめてみせたシーエは、うっかりと感情的になっていたことを自覚して、宥めるように深く息を吸う。
余程険しい顔をしていたから気を遣わせてしまったのか。ああ、若には悪いことをした。
戒めるように、吸った息をゆっくりと吐きだし、シーエもまた、先程のローランドのように背を預けて月を見上げてみた。
あの狐が重ねられるのは腹立たしいが、月は、綺麗だった。
(リェンの話がおきに召さないか)
聡い、彼は。だけれど気付けなかった。
(だろうな、目附役としてはペットなんざ認められないだろうしな)
シーエの淀んだ感情の、中身にまでは。
●時を、結ぶ
夢と、現が、混ざる。
鮮明な感覚になって、蘇る。
悪夢が、心を蝕む。
暖かな湯の中に沈んでいるはずの指先が、凍えたように震えるのを、ヴァレリアーノ・アレンスキーは感じる。
だってあんなにも、あんなにもあんなにもはっきりと、この手は彼を――。
「アーノ」
びくり、と。肩が震えた気がした。
囁くような声に、ヴァレリアーノは居心地悪く左右に振れた視線を、声の方へ向ける。
常と変わらず穏やかに。アレクサンドルが微笑んでいた。
「おいで」
温泉に、それも月が映って煌めくという幻想的な謂れのある場所に遊びに来たと言うのに。
傍に寄ってこないヴァレリアーノに、アレクサンドルは内心苦笑した。
理由は知っているつもりだった。悪夢としか言いようのない白昼夢のせい。
あれしきのことで、と、アレクサンドルは言うつもりはない。
ヴァレリアーノは感受性の強い子供なのだ。心が揺れるのは仕方がなく、むしろ好ましい。
だけれど、もしもそれが、その揺れる理由が、『相手』に由来するものだとしたら……。
(自惚れは大概にしておくか)
口元だけでくすりと笑い、もう一度手招く。
渋々と言うよりは、恐る恐るというように寄ってくるヴァレリアーノを捕まえて、そっと引き寄せる。
「今のアーノは月にさえ喰われてしまう危うさを感じさせる」
月の影を遠ざけようとするかのように、ゆらりと水面を揺らすアレクサンドル。
やや間を置いて、ヴァレリアーノは小さく呟いた。
「月は俺が望む先へ照らしてくれない。いっそ消えてしまえば楽だと何度思ったか」
だが、と。ヴァレリアーノは強い瞳で水面の月を睨み据える。
「俺には目的がある。強くなって俺と同じ境遇の者を少しでも出さないように」
無力を突きつけられながら、目の前で大切な者を失うなんて。
深く関わった相手を、ただ無為に失うなんて、嫌だ。
それなら独りの方が、よほど、よほどマシではないか。
まだ震えている指先を見つめて思いつめた顔をするヴァレリアーノを見て、アレクサンドルは静かに諭す。それは只の夢だと。
「未来は誰でもない汝が決めるもの。惑わされるなどらしくない」
「らしくないのは分かってる。お前の存在は俺の強さでもあり……弱さだ」
自惚れは、大概に。思ったが、存外自惚れではなかったようで。
ヴァレリアーノの胸中とは対照的に、アレクサンドルは嬉しさに似た心地に笑む。
その口元が、覚えているかと問う。
「十字架……前に拾ったと言ったが我はその持ち主を知っていた」
少し昔の話をしようか。そう、切りだした。
ヴァレリアーノの持つ、『母の形見』である十字架と揃いの十字架。
レストランで問われた時は、拾ったもので、どこで拾ったかは覚えていないと言った。
半分が本当で、半分が嘘。
その十字架の持ち主は、ヴァレリアーノの母親の親友だった。
その人が、ヴァレリアーノの故郷であった教会から離れ、たどり着いた先がアレクサンドルの故郷であった。
ほんの短い時期ではあるが、同じ場所に暮らしたその人から、ヴァレリアーノ母子の話も聞いていた。
初対面だが、知らずの他人ではない。
そんなヴァレリアーノとの適応は、言うなれば宿命だったのだろう。
素直に喜べない事情も、あるのだけれど。
「……やはりサーシャは母を知っていたのか。何故今まで黙っていた」
問いに、アレクサンドルは何も言わない。
言わないまま、月を見上げた。
「日付が変わったな。汝がこの世に生を受けてくれて我は本当に嬉しく思う。誕生日、おめでとう」
頭を撫でながらの言葉に、ヴァレリアーノは目を丸くした。
はぐらかされたような気はしたけれど、今は言えないという、それだけは理解して。
「誕生日……? そうか、俺の。覚えてたのか……記憶の忘却の彼方だった」
言いようのないもどかしさや指先の震えが、静かに収まるのを、自覚した。
「Спасибо」
穏やかな声音で告げたヴァレリアーノは、その時初めて、笑った。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月13日 |
出発日 | 09月20日 00:00 |
予定納品日 | 09月30日 |
参加者
- ハティ(ブリンド)
- ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)
- スコット・アラガキ(イナフナイフ)
- ローランド・ホデア(シーエ・エヴァンジェリン)
- アイオライト・セプテンバー(ヴァンデミエール)
会議室
-
2015/09/19-16:47
えへへー、じーじとお出掛けは初めてなんだよー。>ヴァレリアーノさん
なわけで、プラン提出☆彡 -
2015/09/18-00:52
-
2015/09/18-00:52
皆様、私としては初めましてですね。
シーエ・エヴァンジェリンと申します。
若とはお知り合いの方もおられるようで、いつもお世話になっております。
話はしないまでも、同じ湯に浸かる者同士、今後とも宜しく願います。
それでは。
-
2015/09/17-23:56
-
2015/09/17-23:54
Здравствуйте、ヴァレリアーノ・アレンスキーだ。
俺は皆久しぶりだな。
イナフナイフ、シーエ、ヴァンデミエールは初めまして。
各々ゆっくりした時間を過ごせるといいな。 -
2015/09/17-12:17
-
2015/09/17-12:15
イナフナイフさんとヴァンデミエールさんとは初めましてだろうか。ハティと精霊のブリンドだ。
ヴァレリアーノとアイオライトは久し振り。引き続きとなるローランドさん達も、皆よろしく頼む。
ルミノックスも久し振りだな…。ムーン・アンバーが向かうと聞いて一度はと思っていたんだ。間に合って良かった。
……長湯になりそうだな。 -
2015/09/17-00:12
-
2015/09/16-21:37
-
2015/09/16-00:19