失われた希望(ぱんつ)(紺一詠 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 無なることは、時に、現存と実在よりも人のはたらきを豊かにするものだ。

 そのとき『彼』は叫ぶ。
「ぱんつがねえっ!」
 そのときとは即ち産まれたままの姿の、ぶっちゃけて真っ裸の、その瞬間。
 炎龍王の件もあり、このところの『彼』は、家事に励む寸暇もないほど慌ただしかった。しかし今日ばかりは横着するわけにいかない、なにせ『彼女』が『彼』の部屋への訪れる筈の当日、その日なのだから。
 故に『彼』は尾長鶏が刻を告げる時分から起き出して、掃除・洗濯をはじめとする、奥向きの諸々にたずさわっていた。伝説の数学者もかくやの集中力、矢継ぎ早にタスクを片付けた『彼』は、仕上げに心も体もさっぱりさせようと、その場で衣服を脱ぎ、ためこんだ洗濯物といっしょに洗濯機に放り込む。
 数分後、青い顔して『彼』は現状を悟る。替えの下着がみあたらないのだ。先程、勢い余って、ありったけの下着を洗濯機につっこんでしまったようだ。ぐおんぐおんと唸りをあげて回転する洗濯槽。今更引き揚げたって、ずぶぬれだし半端に汚れているだろうしで、どうしようもない。
 或いは――……、
 事の起こりは、幾分異なるかもしれない。『彼』と『彼女』、同じ屋根の下の住人かもしれない。『彼女』がおらぬうちに、と、『彼』はたまたま衣替えにいそしんでいただけかもしれない。箪笥の肥やしを虫干ししようと、日陰にそれらを並べたところかもしれない。そこへ気まぐれな驟雨が降ってきたのかもしれない。にわか雨は『彼』の体と予備の下着を、あまねくふやかした。
 それとも、『彼』はただ心優しかっただけかもしれない。哀れな野良猫たちに今夜の宿を提供するため、家中のぱんつを提供してしまったのかもしれない。
 若しくは、以下のようなやりとりの果て――『僕の大切な人に手を出すな! おまえの要求はなんだ?』『ぱんつ』『は?』『ぱんつ』『……ぜんぶ?』『ぜんぶ』――ぱんつは貴い犠牲となったのだ。
 なんにせよ『彼等』の身に起きたことは、一如である。

「オレって今ノーパンじゃね?」
 刻限は迫り、近付く『彼女』の気配。同時多発ノーパンテロ。

 超高速で思考する。さあ、『彼』はこれからどうしよう?

解説

【要約】神人さんと会う予定があるのに、ぱんつがないよ!な精霊さんが、なんやかんやする。

・パンツがない理由はいくつかプロローグに書きましたが、全然別のものに変えてくださっても大丈夫です。
・でも、パンツがないことだけは確かです。
・神人さんから精霊さんへのお土産代として、200ジェールおねがいします。
・おみやげの中身は、2000円ほどでなにか御自由に設定してください。ケーキとかフルーツとかパンツとか。
・神人さんは精霊さんの様子に気付いてもいいですし、気付かなくてもいいですし。お好きにどうぞ。

ゲームマスターより

〒 ←ふんどし
□ ←トランクス
▽ ←ブリーフ
▼ ←ブーメランパンツ

ぱんつがないだけのごく普通の日常です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  ケーキ×2、紅茶葉購入
買い物の途中、大型デパートのリニューアルで福引きがあり4等のブーメランパンツ・紺を貰う
(エピ予約直前に引いたトレジャーの結果を引用しました、不可なら購入で)

天藍の部屋(天藍が加入してる自警団の詰め所がある建物内の一室)の扉のベル鳴らすも応答無し
首傾げていると他の自警団の人に声をかけられ天藍の動向について立ち話

中に入り、目のやり場に困り横向きつつ事情を聞く
丁度良かったと言うのもどうかとは思うのですが、と福引きの顛末話して4等と書かれた紙に包装されたパンツ渡す

着替えの終わった天藍の髪の毛がまだ濡れているので、一度触ってみたかったんですと座って貰いタオルとドライヤー借りて乾かす



豊村 刹那(逆月)
  必要な荷物の目星だけでもつけないと。

土産:和菓子詰め合わせ

私が片付けるから、逆月は洗い物を洗濯機に入れておいてくれ。(物は少ないが散乱した部屋に掃除を決意

逆月、他に無いか?なら、洗濯機回すぞ。
(兄弟で見慣れてるので男の下着に抵抗は無い

……は?替えの下着は?
ええええええ!????

お、落ち着け私。男のアレなんぞ兄弟ので見慣れ……「てる訳ねぇだろ!?んなのいつの話だ!」(錯乱

いや、服は着てる。下に穿いて無いだけ……「大問題だろ!?」(セルフツッコミ

私が慣れてねぇんだよ!
頼むから近づかんでくれ!?

逆月が嫌という訳じゃ、無くてな。(ノーパンに赤面治らず
一社会人として。口調を直そうとは、思ってるんだ……。



水田 茉莉花(八月一日 智)
  アドリブ歓迎

何だかんだで神人になって
ほづみさんと一緒の家に住むようになって
1ヶ月記念だから今日は仕事休み取ったのよね~
あたしもほづみさんも!

買い出ししたし、昼食に力入れるぞー、たっだいまー!

…って、またですか
また全部洗濯したんですかこのバカちび!
どうするんですか!乾くまで外出らんないじゃないですか!

片づけ?その格好で?…中身見えるでしょこのドちび!

ふぇっ、電話?会社から?
あのプロジェクトのか
確か新規キャラ、デザインでモメてたっけ
良いよ、でも、上着は着てやってね

会議してる後ろ姿を見る分には、格好良いんだけど
…下タオル一丁なのよね
ランチの支度してよっかな
ほづみさんの好きなパスタランチにしようっと♪



ユミル・イラストリアス(ドクター・ドレッドノート)
  そもそもの発端は
師匠の故郷では下着をつける習慣がない
という事を私自身がその目で確認してしまったからなのです

ここはタブロスなので…
お願いですから郷に従ってください
って事で私が師匠に下着をプレゼントしたのです

今日は師匠は一人で研究と聞いていましたが、いきなり呼び出されました…私にお土産を持って
怪しいです、私以上にケチ…いえ、お金を大事にする師匠がなんの理由もなく物をくれるはずがありません

そうすると、師匠は私が送った下着を研究に使ってしまったと言ったのでした
だとするとこれはお詫びの品なんでしょうか?
…でも、黙っていればわからなかったのに(師匠はいつも厚着です)
どうして態々申告したんでしょう


●07:24
 自警団の一員として、ウィンクルムの片割れとして。
 大小の異変は、彼の一日に、出鱈目なタイミングで投げ込まれる。今日も今日とて、天藍、日の昇りきらぬうちから、自警団の仕事に借り出された。
 然程の難件でもなく、小一時間もせぬうちに、懐かしの我が家、自警団の建物の一室へ無事に舞い戻る。帰宅して、いの一番にシャワーを浴びた。かのんと会う約束があるからだ。
 身も心もこざっぱりさせた天藍、スポーツタオルを首に回す。そして、いつもの場所へ、いつものように手を伸ばしたならば――……、
 なかった。
 バスタオルを腰に巻き付け、さしあたって応急処置とする。心当たりを探るが、ないものは、どうやったって、ない。恨めしく洗濯機を睨む、手違いで、着替えまでつっこんだようだ。
 しかも、天の采配は往々にして意地が悪い。天藍が思案に暮れはじめた途端、入口のベルが鳴った。
「天藍、いますか?」
 かのんだ。
 しかし、タオルで腰より下を蔽っただけの状態で、いらっしゃいませ、と、彼女を招き入れる蛮勇は、天藍にはない。
 仮に天藍が現在の恰好で、かのんを歓迎したとしよう。やあ、キミへの想いが熱暴走しそうになって、冷ましていた最中なんだ(もはや確実に天藍でない)。かのんは穏やかに微笑みかえしてくれるだろうか。
『ずいぶんとワイルドな挨拶ですね。惚れ直しました』
 ――……絶対にありえない。
「かのんさん、どうかしましたか」
 天藍がぐずぐずしていたならば、かのんとは別の誰かの気配が、扉の向こうに加わった。聞き覚えのある、男の声音。自警団の同僚の一人だ。
「天藍と約束していたんですが……、」
 留守みたいなんです、と、応じるかのんの声に憂いを感じ、天藍の良心が痛む。
「おかしいですね。今朝ひとっぱたらきしたときは、いましたよ」
「まあ……。その帰りになにかあったんでしょうか」
「奴のことですから、心配する必要はないでしょう。それより、詰め所のほうで、天藍を待ちませんか」
「でも、御迷惑では」
「いいえ、むしろ歓迎します」
 気のせいだろうか。同僚の声の調子に、いたわり以外の情念を感じる。
 まるでかのんに粉をかけるような……いや、同僚を疑るわけではないが……それに、自分にはかのんの付き合いに口を挟む権利はない。ないけれども。
「かのんさんがいらっしゃったら、詰め所の野郎共も喜びますから」
 口を挟んではならない、そんな義務だってないはずだ。
 悋気にまかせて、扉を開けた瞬間の天藍、己の現実を忘れていた。二人の凝視で、理性を取り戻す。
「待たせて悪かった、かのん」
 一息に吐き出す。かのんの腕を掴み、引き摺るようにして部屋に招き入れる。外で立ち詰めの彼には、露出狂が淑女をさらっていったように見えたかもしれない。
「あー……」
「……」
 が、ひとまず、かのんである。平常ならば、多少のことでは動じぬかのん、しかし今は、いたたまれない風情で横を向き、目縁をほんのり薄紅に染めている。これは露出狂の気持ちがよく分かる、じゃなかった。
「……驚かせて、すまない。下着が見付からなくて、すぐに出られなかった」
 穿いてない姿で、焼きもち焼いてしてました、等告白できるわけはなく、天藍は真実の一端を述べるにとどめた。ああ、と、かのん、大きく安堵の吐息。
「丁度良かったというのも、どうかとは思うのですが」
 これをどうぞ、と、手渡される。こちらへ向かう途中、某有名デパートのリニューアルフェアに立ち寄り、福引きでいただきました。てきぱきと説くかのんは、既にいつものかのんだ。
「4等のブーメランパンツです」
 実はボクサーパンツのほうが等、我が儘は言っていられない。物陰で着換えると、ようやく地に足ついた心地のする天藍だ。改めて、かのんの前に姿を現す、無論下着も衣服も着用して、だ。
「髪が濡れていますね」
 すると、かのん、天藍が未だ首筋に引っかけたままのスポーツタオルを、手に取った。物珍しげにしげしげとそれに目を落としていたかと思えば、くすりと、彼女にしては素直な、茶目っ気あふれる笑みをこぼす。
「交換条件にしましょうか、天藍」
「なんだ?」
「あれ、の代わりに」
 あれとはアレだろう。天藍の下にある、アレ。
「天藍の髪をセットさせてください。一度触ってみたかったんです」
 天藍に異存があるわけがない。
 彼が椅子に座れば、タオルとドライヤーで、かのん、天藍の髪を整える。されるがままの天藍、かのんの手櫛に眼を細めながら、考える。彼女に世話される植物も、こんな気持ちだろうか。だとしたら、光合成も悪くない。
 が、やはり天藍に光合成は無理だ。気が楽になったせいか、作業の中途で、腹の虫がきゅうと鳴る。
「……実は、朝食がまだなんだ」
「ケーキなら持ってきましたけれども、胃にもたれますか?」
「そんな柔な腹じゃない」
「じゃあ、これが終わったら、お茶を淹れますね」
 ならば自分は、そのあいだに洗濯物を干してしまおう。
 ドライヤーの風を浴びながら、天藍は今日の気候と風向きを考慮する。悪くない。今日はいい一日になるだろう。


●11:38
「1ヶ月かあ」
 水田 茉莉花はしみじみ呟きながら、ショッピングバッグを持ち替える。
 烏兎匆々。なんだかんだで神人になり、八月一日 智とひとつ屋根の下に住むようになって1ヶ月。
 喜びばかりではないが(勤め先の倒産、住まいの全焼、と、きっかけからして不幸の合わせ技だ)、ひとつの区切りを祝うため、茉莉花と智、ふたりは同時に休みをとった。
 あれもこれもと食材を詰めたあげく、持ち重りのするバッグを、ふたたび抱き直す。気合いを入れて、昼食を作ろう。屋内にこもりきりも勿体ないから、午後からは――……。
 茉莉花、己でもそれと気付かぬぐらいにいそいそと、智の待つアパートへ戻る。彼の部屋のドアを開けるのも、もう何度目になるだろうか。
「たっだいまー!」
「みずたまり、おかえりー。買い出し早かったな~」
「……ほづみさん、」
 百年の恋も一時に冷める。この場合、1ヶ月の喜びも砕け散る、というべきか。
「洗濯機回しといたんだぜ、言われたとおり」
 ね~、ほめてほめて~♪
 本人にとってはコンプレックスである童顔をにこやかにくずし、無意識の上目遣いで報告してくるあたり、余計に質が悪い。
「またですか……」
 知らず識らず茉莉花の声が角立つ、それも致し方なかろう。目の前のマキナときたら、タオル一丁以外になにも身に付けていないのだ。
「また全部洗濯したんですか、このバカちび!」
 1ヶ月の時間は伊達ではなく、茉莉花、瞬時に理解した。悲しいことに、智のこんな姿も物慣れてしまったので、茉莉花、格別動揺はしない。ただ無性に腹の虫が納まらないだけだ。
「別にいいじゃねーか、休みなんだし」
 むぅ、と、口を尖らせる智。それはそれで似合っているのが尚のこと、茉莉花の神経を逆撫でる。
「どうするんですか! 乾くまで、外に出らんないじゃないですか!」
「なんだよう。別に出なくてもいいじゃん。二人で出来ることなんて、家んなかにも、いっぱいあるだろ」
 茉莉花の反撃が、束の間遅れる。二人で出来ること、という言い回しの意味を考えて。その、敢え無い隙間に、智が溌剌とねじこむ宣言。
「今日ぐらいは、おれも家の片づけ手伝うし! 二人でやりゃあ、あっという間に終わるって!」
 ――……たぶん一瞬でも、艶めいた期待をした自分が、莫迦なのだ。
「片づけ? その格好で? ほづみさんのまったく智でないところが見えるでしょ、このドちび!」
「なんだよ、それは。智に充ち満ちてるわい、晒すぞ!?」
「いいかげんにしてください。あたしだっていいかげんぶちますよ!?」
「いやーん。ぶたないで、でかっちょ。背が縮むから」
「だったらこの際、徹底的にスクラップにして、廃品回収に出してあげます」
「みずたまりって、わりと容赦ないよな……」
 と、とりなすように鳴り渡る、電子の音楽。
 智は己のスマートフォンを取り出す。彼の職場からの連絡のようだ。ぎゃあぎゃあ昂じていたときとは裏腹に、智、きりきりしゃんと受け答えする。
「八月一日です。……今から打ち合わせ? 何の? アプリのキャラグラフィック?」
 茉莉花とて社会人だ、他人の電話にちょっかいかけるほど、無作法ではない。声を出さずに、一言だけ尋ねる。
『会社から?』
 智が無言で肯く。二言、三言、送話を付けくわえると、おもむろに電源を切った。
「わりぃ、みずたまり。ちょっと会議するわ」
「出掛けるの?」
「うんにゃ。おれ休暇だし、PCカメラで」
 智の秘書もどきの業務に携わる茉莉花には思い当たる節がある。たしか新規キャラ、デザインでモメてたっけ。
「いいよ。でも、上着は着てやってね」
 さすがに上半身はごまかせない。無事なパーカーなぞ見繕って、投げてやる。あいよ、の一言で、見事それを捕らえた智、デスクトップパソコンの前に陣取る。
「こっちのキャラは顔がごちゃついて見えるな……。もう少し線を少なめにディフォルメ出来ないか?」
 かと思えば、議題はただちに侃々諤々と盛り上がりをみせている。茉莉花、溜息つきたいような、やるせない気持ちになる。
 これは、もしかしたら、出掛けらんないかもしれない。会議が早早と引けたって、洗濯物は洗い上がってすらいないのだ。反面、きびきびと業務をこなす智の後ろ姿を眺めるのは、茉莉花はけしてイヤではない。冷静に考えれば、下はタオル一丁である彼だけれども。
「しようがないか」
 とどのつまり、行き着くところは、そこだ。
 ハイハイ、わかりました! いつもの科白は、内側でだけ、すこし優しくうそぶいた。諦めではない。きちんとわかっている、それが智だということを。
 智にパスタランチでも作ってあげよう、と、キッチンに立つ茉莉花。まっすぐ飛んでくる、智の呼号。
「それの資料は……。みずたまりぃ、あのフィギュアどこやった?」
「ちょっとほづみさん、言ってるそばから散らかさないでください!」


●12:01
『そも私には下着など必要ない』
 彫りの深い端正な顔立ちを微塵も歪めず、ドクター・ドレッドノートは言い切った。
『ですが、師匠』
 ユミル・イラストリアスは蚊の鳴くような声で反駁する。
『ここはタブロスなので……。お願いですから郷に従ってください』
 郷に入っては郷に従え。だが、それは表向きの釈明でしかないということぐらい、ユミル自身了解していた。彼女は単にいたたまれなかっただけである。
 ドレッドノートの故郷では下穿きをつける習慣がないそうだ。それを耳にする前に、彼女は間近に目撃してしまった。ドレッドノートが故郷の風俗を今以て遵守している明証を。ドレッドノートの研究よりも異彩を放つ下半身を。
 あれはいつのことだったやら――……、
「さして懐かしくもないがな」
 ドレッドノート、片脚に重心をかければ千々と砕ける、色めく落ち葉。
 タブロス市街の一角、あからさまに虫の居所が悪そうに佇むドレッドノート。やがて待ち人来たる。どれだけ慌てて飛び出してきたのだろう。ユミルの銀色の髪、おざなりにひっつめただけという風情、ろくに櫛も入れてないのか、ほつれ気味ですらある。ドレッドノート、いよいよ深く蛾眉をひそめた。
「師匠……」
 腑に落ちないといった顔付きのユミル、おそるおそるドレッドノートを見上げる。
「今日は一人で研究とおうかがいしていましたが……」
「日が悪い。中止だ」
「そうですか」
 ユミル、粛粛と返答した。が、完全に得心したわけでないことは、分厚いレンズの奥の瞳の揺らぎからも明らかだ。
 ドレッドノートはくどくどと付け加えるような卑しい真似はしない。片脇に携えていた荷を、
「土産だ」
 と、ユミルに押し付ける。
「そのみすぼらしい外見をどうにかしろ」
「え……?」
「言っただろう、今日は日が悪い。気分を変える。飯処に案内しろ」
 だから、お前には多少なりと着飾ってもらわねばならん。
 命じられるまま、ユミルは贈り物のつつましい包装をほどく。エキゾチックなデザインの首飾りと髪飾りが、ちょこなんと鎮座する。そのあたりのショーウィンドウを姿見の代用にして、身に付ける。ほつれた髪はそのままであったが、ドレッドノートの用意した装飾はそれすら計算尽くだというふうに、彼女を引き立てた。
 だからといって、すぐにユミルの懸念が晴れたわけではなかった。ドレッドノートという精霊は、ユミル以上の吝嗇家もとい現金を敬う性根の持ち主なのだから。彼からの贈り物を素直に受け取ることは、爆弾を開封するより危険なことだ――既に受け取ったあとで、こんなふうに考えても詮無きことだが。
 身拵えを為終えたユミル、振り返る。倦怠した顔付きのドレッドノート、口重く語りはじめた。
「……お前からの進物を、錬金術の研究に使ってしまった」
 しんもつ、と、言われてもユミルには、ぴんとこない。暫しの逡巡を経て、ああ、と合点がいった。いつか贈った下着のことだ。
 ――……その日、ドレッドノートは、素材の差異による錬成結果の調査をしていた。対象となる素材は多ければ多いほどいい。ドレッドノート、綿布を欲した。なにげなく『穿いてなかった』『それ』に目をやれば、コットン100%の表示があるではないか。ためらいなく実験に用いる。研究をひととおり終わらせてから、思い出す。それがユミルから譲り受けた(というか、強引に押し遣られた)下着であったことに。
 なにが下着だ。わざわざ腰を締め付ける意味が分からん。
 そう思って、ついぞ帯びることのなかった、それ。研究の尊い犠牲と消えたのだから、これより先は断じて帯びることのできない、それ。
 後悔に似た、否そうではない、正体の判然としない感情が、ドレッドノートを苛立たせる。
 悪感情の募るまま、ドレッドノートは自宅を出た。自身の情動すら理解できないとは、錬金術を追求するドレッドノートには屈辱に近い。目先の変わったものでも飲み食いせねば、やってられない。だから、ユミルを呼び出した。
「師匠、どうして……?」
 ユミルにも分からない、何故ドレッドノートはそんなことを莫迦正直に打ち明けたのか。黙っていれば分からないのに。
 さあな、と、ドレッドノートは端的に応じる。彼自身、直前まで告白するつもりなどなかったのだ。が、臆病な小鳥のように、ただただ夢中で待ち合わせの場所へ駆け付けたユミルを見たとき、気分が変わった。元は彼から女のプレゼントだ。真実を伝えることが礼儀であろうと、考え直した。
 それ以上はなにも言わず、催促するかのようにユミルを強く睨め付けるドレッドノート、ユミルは今が引き際だと思う。だが、ひとつ、先ずこれだけははっきりさせておかねばならない。
「師匠、念のためにお尋ねします」
 ユミル、ドレッドノートを怖ず怖ずと見上げる。
「これまでのお話を総合すると、目下、師匠の下穿きは……」
「あるわけなかろう」
「……申し訳ありませんが、寄り道しなければならない場所があるようです」
 次も、コットン100%にしよう。ユミルは決意する。


●14:27
「洗うためのものだったか」
 濡れたように黒黒と光るまなこを洗濯機に据える、逆月。
 彼から受け取った衣類を手際よく仕分けて、豊村 刹那、洗濯機の槽へ順繰りに手繰し込む。他に洗うものはないか、と、問えば、逆月は無言で下帯(ふんどしだよ)を刹那に引き渡した。刹那もまた事務的に受け取り、手早く洗濯ネットに包む。
 ここは、行き場のないウィンクルムのためA.R.O.A.が用意した、仮の宿泊施設。現在、逆月はここに寝泊まりしている。しかし、いつまでも厄介になるわけにはいかぬ、と、刹那の部屋への転居が決まったので、休日の今日は協力し、荷の整理をすることになった。といっても、逆月は唯々諾々と、刹那の指図のまま動くだけだが。
「一体なんだと思っていたんだ」
 9ヶ月も居座っておいて、洗濯機の使い方どころか、使用目的すら把握していないとは。共同生活に一抹の不安を覚えつつ、刹那、逆月に尋ねる。逆月、まばたきもせず、澄んだ視線を刹那に移し替える。
「魔法具の類いかと考えていた」
「……そりゃ渦は描くけど」
 ガゴンガゴンと大仰な唸りをあげつつ、白物家電が回転する様子は、どことなく魔法陣じみている。が、それきり正体を確かめもせずに9ヶ月……逆月のこれからが思いやられる。
 刹那、逆月の仮の住まいを眺めやる。数える程しかない物品が、部屋のそちこちに転がる。奔放な坊やが、気の赴くまま、玩具を散らかしたみたいな――逆月の性分、奔放とはまるで正反対のくせして。
 刹那、渾沌に秩序を汲み込む神のごとく、掃除と整頓を決意した。逆月は黒目がちの瞳で、しげしげと、自らを見下ろす。
「何も穿かぬのは久方ぶりだ」
「……は?」
 箒に添えた刹那の指が、逆月の一言に硬直する。
「替えの下着は?」
「お前が今洗っている」
 努めて冷静沈着を心がける。狭い室内に二人きり。逆月のいう『お前』とは二人称である以上、逆月以外の人物であり、それは当然自分であって――……、
 洗濯機の噪音を凌駕する、刹那の絶叫、轟く。
 お、落ち着け私。
 男のアレなんぞ兄弟ので見慣れ……、
「てる訳ねぇだろ!? んなのいつの話だ!」
 迂闊にもまざまざと思い出した、アレをばかくあれかし。刹那、己の思考回路を後悔する。鎮まれ、静まれ、と繰り返す。
 涼しいものを見ればおちつくかもしれぬ、と、必死に眼球を回転させれば、真っ先に目に付くのは、涼味あふるる色を合わせた長襦袢と羽織。逆月が現に纏っているものだ。刹那の考えがわずかに蛇行する。
 そうだ、服は着てる。下に穿いて無いだけ……、
「大問題だろ!?」
 二度目の、絶叫。
 だから、なにを想像しているのだ、なにをって何某かのナニを。刹那、止まらぬ己の思考、というよりは邪推、に、ほとほと厭気がさす。
 一連のあいだ、逆月が何をしていたかといえば、彼はただひたむきに刹那の始終を観察していた。刹那が絶叫で喉をからす様子も、行き場のない怒りをどうにかすべく壁を叩き付ける様子も。すべて見尽くしたあとで、逆月はどこかあどけなく小首を傾げる。
「やはり村にいた女達とは違う」
 刹那に届かぬぐらいの小声で呟き、逆月は一足するりと踏み出す。うろくずを弄ぶような、ささやかな衣擦れの音が、ようやく刹那の正気を冷ます。
「頼むから近づかんでくれ!?」
 止まれ、と言われたので、逆月はゆるりと止まる。
 逆月の空虚さは童心と紙一重だ、と、ふいに刹那は直感した。軟禁同然の生活だった逆月。何事にも無気力で、世間知らずで、がらんどうで……やりたいことも、やっていいことも、学んでいない。
 すると、罪悪感が湧いてきた、無辜の幼児を怒鳴りつけたような。あいかわらず逆月とたっぷり距離をとったまま、刹那はつと目を逸らす。
「すまん……逆月が嫌というわけじゃ、なくてだな」
「何故、謝る。俺が下穿きを着けていないからか」
「じゃねえって! 私が慣れてねぇんだよ!」 
 言い合いしてようやく気付く。刹那、はっと口許を抑える。探り合いにも似た間を経て、逆月が不思議そうに口を開く。
「……蝶を護る際も思ったが、」
 呆れられたわけではなさそうだ。刹那、どういうわけだか、ほっとした。
「それが地か。取り繕わずとも良かろう?」
「そういうわけにいかねえんだよ。一社会人として、口調を直そうとは思ってるんだ……」
 極まりわるくて、目を合わせられない。逆月も無理に目を合わそうとはしない、それが尚更、刹那のやるせなさを増長させる。
「だから、悪かった。すくなくとも逆月は悪くない。私の持ってきた和菓子でも食べてろ」
 無理をおして対話を打ち切り、刹那、家事を再開する。ふたたび箒の柄に腕を伸ばし、ぼそりとひとりごちる。
「まあ、ぱんつを嫌がるガキもいるよなあ……」
 だが、刹那は知らない。
 そのガキがとっくに済ませていることを。逆月の村の女たちがそういう世話もしていたことを。白蛇のテイルスは茶も煎れずに、和菓子を一口かじった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 09月12日
出発日 09月18日 00:00
予定納品日 09月28日

参加者

会議室


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