刹那的フェティシズム(三月 奏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

それは、秋風の心地よいとある昼下がり。
一組のウィンクルムが、喫茶店のテラスで休日の一日をゆったりと過ごしていた時のこと。

「このケーキ美味しいね」
神人が無邪気に微笑めば、
「このジュースも美味いぜ!」
精霊も、他の物を勧めながらもそれに同意するように頷いた。
それは、ウィンクルムという責務から見ても、とても有意義な時間と言えた。
ゆっくりながらも、うららかな日差しの下で、少しずつ絆を紡ぐ素敵な時間。

二人は、喫茶店のケーキセットを食べ終え満足そうに微笑み合った。
しかし、その穏やかな時間は、突如崩壊することになる──

ウィンクルムの片方、精霊が日差しの余りの心地よさに、思い切り大きな欠伸をした。
一応、美形に分類される姿の精霊ではある。それ故に、見てしまっては悪いだろうと、とっさに視線を逸らそうとして──しかし、神人は思わずそれを凝視した。
──……犬歯……──
健康な白い歯が並ぶ中、神人が見たのは他の歯より尖って見える、立派ながらも可愛らしい左右の犬歯。
神人は、今まで美形分類に当て嵌まる、自分の精霊を『ただのイケメン』位に思っていた己を恥じた。
(何これ……ギャップ萌え!? ギャップ萌えか!? 胸が不自然にトクンと鳴ったぞ、今!!)
その瞬間──神人の思考は完全に迷走していた。

「見せて! 今の、もう一回見せて!!」
「えっ? いや、何の話だ──って、人の口を無理矢理開かそうとすんなー!!」
「この胸の、高鳴りを、知るまで、私はやめない!!」

こうして、午後のテラスは一瞬にしてカオス発言が飛び交う、ウィンクルムの戦場と化した。
唯一の幸運は、テラス席に他の客はおらず、店から叩き出される事は無かった事だろうか。
(この美形顔した表情から一瞬だけ見え隠れする、犬歯のアンバランスさとか堪らない、もういっそ噛まれてみた……いやいやいやいや!!)

相手の精霊を抑え込み、マウントポジションを取りながら口を押さえていた神人は、ようやく我に返った。
精霊は、何だったのかと思いながらもよろけながらも立ち上がる。


──そんな二人を待ち構えていたのは、テラス席を遠巻きに囲む一般市民の群衆だった──
二人が、町を混乱させたとして、A.R.O.A.支部から直々に呼び出されて、徹底的なまでに油を搾られた。

しかし、神人は思った。
ときめいたのだから、仕方ないじゃないか──

解説

『相手の意図されたものではない、ほんの些細な仕草や様子に、セクシャル的な意味でときめいた事はありますか?』

・神人や精霊が『時折、前髪を掻き揚げる』仕草、
・本人は無意識であろう『テーブルに軽く置かれた、すらりとした指』がいつも色っぽくて、思わず相手を胸が高鳴る対象として意識してしまう、そんな瞬間──
そんな『相手は無自覚・無意識……! これにときめくなんて、私は変態だったのかも知れない!?』と錯覚してしまいそうな、そんな一瞬のマニアックなフェティシズムがテーマです。

プランには、
・神人か精霊、無意識に相手ををどきどきさせる仕草や様子を取るのはどちらか、そしてその内容(両方もありですが、描写が薄くなってしまう可能性がございますのでご注意ください)
・その仕草を見た気づいた時、相手側はどんな行動や対応をするのか。
(こちらはもう書けるだけご自由にお書き添え下さい)
※場所、行動はプランにて自由にお書き添え頂けますが、この度は本当に些細な仕草等が中心である事等、公序良俗の範囲内でお願い致します。
※ジャンルはロマンスとなっておりますが、こちらはお気になさらずに、シリアスからコメディからお好きなものをプランでお書き頂けましたらと思われます。
※昨日は外食で、気が付けば300Jrほどが消えていました。

それでは、少しマニアックなエピソードとなりましたが、どうかお気軽にご参加頂けましたら幸いです。
心より、皆様の素敵なプランをお待ち申し上げております。



ゲームマスターより

このページを開いて頂きまして、誠に有難うございます。三月 奏と申します。

今回は『フェティシズム』がテーマです。
プロローグはアクティブすぎる一例となりますが、精霊もしくは神人の『無意識に発生した、ほんの瞬間の仕草』にドキッとする1シーンを書かせて頂きたいという、極めて変態的──もとい、マニアックなエピソードとなっております。

若干、通常より入りづらいエピとなるかとは思われますが、もしお気に召して頂けました際には、どうか宜しくお願い致します。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  自宅のソファに並んで座りカプチーノを飲んでいた

天藍、口元にミルクついてますよ
そっちじゃなくて…ここです
埒があかないので持ってたカップ置き
天藍の方に体を向け手を伸ばし指先で拭う
何だか子供みたいだなと言う天藍に微笑み無意識に指先を口元へ

…天藍?
手を取られ首傾げ
天藍の言動に硬直
そちら方面鈍いものの年相応に知識が無いわけではないのでいわんとする事は理解
ぽんと火がついたように顔を赤らめしどろもどろ
天藍だから勿論嫌ではないけれど
どうすれば良いのか困ります…

…えっと、その……その時は善処しますので…お手柔らかにお願いします…
長い逡巡の後こちらをのぞく視線に耐えきれず更に俯いてぽそり
もう、どうして笑うんですか


リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  今日は来週のAROAの研修、銀雪が学会に出席する教授に同行することになって欠席確定になったから手続きに

風が少し強いな(風で乱れた髪を直し、服の乱れも軽くチェック)

…銀雪?
またトリップしているな
銀雪、帰ってきなさい
手続きしに来たんだからトリップしない

さて、名前を呼ばれるのを待つか(長椅子に座り足を組む)
…銀雪?
ま た トリップか
銀雪、名前呼ばれたらちゃんと戻ってきなさい

名前呼ばれたから窓口で手続きして、と(名前書く)
…銀雪?
今日はトリップが多いな

銀雪(頭突き)
お前の初心者はお前のトリップについていくのが難しいから、せめて人前では止めておけ

私?
慣れた(喉鳴らして笑う)
そういう意味じゃ、お前の上級者だな


豊村 刹那(逆月)
  場所:自宅アパートのリビング(居間)

ソファに座って、料理雑誌で作れそうな料理を探す。
眼鏡の汚れに気づいて、両手で眼鏡の両端を摘まんで眼鏡を外す。

逆月を見上げても、視界がぼやけて見えない。
「どうかした?」(拭こうと、意識が眼鏡に行く

「な、……さ、逆月? 何」
「触れ……!? いや、それより離れようか!?」(羞恥
少し離れて安心して、更に離れようと思ったら逆月に顔を固定される。
「近いん、だけど」

されるまま、少し下を向く。
ぼやけた視界じゃよく見えない。
「何、したいんだ」(顔が赤い
「だ、だ駄目!」(首を横に振ろうとして失敗

駄目、だよな!?
逆月の気持ちがはっきりしてないのに、そういうのは。(流されちゃ駄目の精神


アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  喫煙可のカフェで

さて、何を頼みましょうか
どれも美味しそうなので悩みますね
ショートケーキ、パンプキンパイ……スコーンも捨てがたいですね
あら、髪が…(落ちてきた髪を耳にかける)

どうかなさいましたか、ラルクさん?
今のとは?
ああ、これですか(もう一度耳にかけ)
ラルクさんの悪くないの意味なんてもう分かり切ってますけど、他に言いようはないんですか?
…私が悪かったです、気持ち悪いのですやめてください

確かにそうですね。去年の秋以来でしょうか
寒くなってきたので、髪を上げてしまうと冷えるんですよね
任務以外ではしばらく下ろしたままにしておこうかと
あ、料理が来ましたね
パンプキンパイと紅茶はこっちにお願いします


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  羽純くんに新作のノンアルコールカクテルを試飲して欲しいと頼まれて、開店前のカクテルバーにお邪魔しました
カウンターに座って、彼がカクテルを作る様子を見ていたのですが…
シェイカーを扱う彼の指先の綺麗さに、きゅんと…!
長い指…なんというか、こう…触りたい!と、湧き上がる欲求

な、何考えてるんだろ?私
羽純くんの邪魔するなんて有り得ないし!触りたい…なんて(恥)
けれど…彼の指を私は知ってるから
優しく撫でてくれる感触、私の手を包んでくれる温かさ
私を元気にしてくれる魔法の…

はわ!?じっと見過ぎてた!?
な、何でもないよ…ッ…
そんな風に触れられたら、もう私…

羽純くんの手、凄く綺麗だな…って
大きくて温かくて…大好き


 桜倉 歌菜は僅かに緊張した面持ちで、ドアをそっと開いて店の中を覗き見た。
 精霊である月成 羽純もシェイカーを振るう今は開店前のカクテルバー。
「ああ、良く来たな」
 そんな歌菜を出迎える様に、直ぐにカウンターから羽純の声が届いた。
「座ってくれ。一度作ってみたいと思っていたんだ」
 
 今回は、羽純がこの間アレンジレシピが浮かんだノンアルコールカクテルを作りたいと、未成年でもある歌菜にその試飲を願い出たものだ。
 歌菜がカウンターのハイスツールに腰掛けると、羽純は早速ベースとなる林檎を手に取った。

 林檎をそのまま種を取る事無く、皮も剥かないまま、オレンジと共に一斉にミキサーで粉砕し。出来上がったものを目の細やかなさらしで一気に絞り込んでジュースへと絞り出す。
 そして、用意していたシナモンスティックを粉末にしたスパイスと、ほんの僅かな酸味に隠し味にトマトジュース。
 それら全てがシェイカーへ注がれて、羽純が慣れた手つきで指を添えた、瞬間──

「(え……?)」
 ずっと、羽純の手つきを目で追っていた歌菜はその目を見開いた。

 長いがきちんと男性のものと分かる形の良い指が、振られて光を反射するシェイカーを手にして──
 歌菜の胸が、突然自覚する程に高鳴った。
 はっきりと、明確に。
「(あ……触ってみたい──むしろ、こう……触りたい!)」

 手を伸ばせば届くだろうか……歌菜は、カウンターに置かれていた自分の手が僅かに動くのを見て我に返った。
「(な、何考えてるんだろ? 私……!
 羽純くんの邪魔するなんて有り得ないし! 触りたい……なんて……)」
 余りの恥ずかしさに思わず俯く。
 視界のぎりぎりに、シェイカーから注がれた飲み物へ、アイスクリームとチョコソースがトッピングされるのが目に入った。

 その手際の良さをこっそり見ながら、歌菜は改めて思い直す。

「(けれど……彼の指を私は知ってるから──
 ……優しく撫でてくれる感触、私の手を包んでくれる温かさ……
 私を元気にしてくれる魔法の……)」
 その手を目にして思い浮かぶのは、歌菜に与えてくれた数々の──


「歌菜。
 ホットアップルサイダーをアレンジしたカクテルだ。
 ビタミン豊富で身体も温まる。ノンアルコールだから、歌菜にも──」
 羽純はいつしか、歌菜に出すカクテルに完全に集中していた。
 そんな自分に苦笑しながらも、相手にカクテルを差し出そうとして……言葉を失った。

 歌菜が、見ている。こちらの手を、じっと。

「──どうした?」
「はわっ!? な、何でもないよ……ッ……」
 歌菜が否定するが、どう見ても何かあったのは明確。

「本当にどうした、顔が赤いぞ?」
 そっと、羽純の人差し指が、歌菜の頬に触れた。
「──!! ……!」
 歌菜の頬が、一瞬にして一際の熱をもった。
 声にも言葉にも代えがたい。今まで見つめていた羽純の指が、今、自分の頬にある……

「は──羽純くんの手、凄く綺麗だな……って。
 大きくて温かくて……」
 歌菜の恥ずかしさが沸点を越えた。
 歌菜が狼狽えながらも正直に話し始めるのを聞いた羽純は、予想外の言葉にじっと歌菜の言葉に耳を傾けて──

「──大好き」

 最後に乗せられた言葉に、羽純は普段染まる事の無い自分の頬までも朱に染めた。
「(ああ、もう……こっちも照れる……)」
 重ねられた不意にも似た告白に、羽純も何かを返すべきなのかを瞬時に悩んで──その恥ずかしさから、言葉の代わりに歌菜の頭にぽんと手を乗せた。

「ほら、冷めない内に飲め。
 歌菜の為に作ったんだから」
「あ、う、うんっ。そうだね」
 歌菜も、その仕草にはたと我に返った様子で、そっと目の前のカクテルをそっと口にした。

「──おいしいっ! うん、美味しいよ! 羽純くん!!」
 一気に、一輪の花が咲きほころぶ笑顔。
 それを目にした羽純は、その成功に満足げに微笑んだ。


 このレシピは、きちんと覚えておこう。
 これは、ただ歌菜に飲んでもらう事だけを想って作った、特別な一作なのだから──






 煙草の煙香が漂う喫茶店の一角で。
 アイリス・ケリーと、ラルク・ラエビガータはテーブルを挟んでメニューと向き合っていた。

「さて、何を頼みましょうか。
 どれも美味しそうなので悩みますね」
「──ブラックの珈琲とサンドイッチ、以上」
 ラルクは即決。しかし、アイリスの方は中々決まらない。
「ショートケーキ、パンプキンパイ……スコーンも捨てがたいですね」
「アンタ、よくそれだけ悩めるな」
 神人の甘味好きは良く知っている所だが。
 半ば諦めの様子で、ラルクは食後の喫煙にと、愛用の煙管の火皿に刻み煙草を詰め始める。

 そして、ふと。ラルクが正面を向いた瞬間。
 アイリスの横髪が揺れて、彼女の視界の端を遮った。

「あら、髪が……」
 明るくも落ち着いた色の髪一房を、アイリスがそっと指を添えて形の良い耳に掛け直す。
 そして──そこには、透き通り光を反射する深い赤色のピアスが揺れた。

「……ふむ」
「どうかなさいましたか、ラルクさん?」
 その様子を凝視する様に見つめたラルクに、注文を終えたアイリスが不思議そうに問い掛ける。

「いや、今のも悪くないと思ってな」
「今のとは?」
「さっき、髪いじったろ。それだ」
 ラルクの視線がアイリスの耳元に向けられる。
「ああ、これですか」
 ふわり、と。また落ちた髪をアイリスは静かに直す。

「女特有のやつだよな。悪かない」
 肉食の獣が本性を隠すように、巧妙で不敵な笑みをラルクが向ける。
「──ラルクさんの悪くないの意味なんてもう分かり切ってますけど、他に言いようはないんですか?」
 その言葉に瞬く間。ラルクはアイリスの顔から視線を思案するように外し、そして改めて告げた。
「なんだ、素直に『好みだ』とでも言えばいいのか?」

「……。私が悪かったです、気持ち悪いのですやめてください」
「ほら見ろ。そう言うと思った」


「思えばアンタが髪纏めてないの見んのは久しぶりだな」
 最近は長い髪をアップに纏めた神人の姿しか見ていない。最後に髪を下ろしたの見たのは昨年の秋以来だろうか。
「ええ、寒くなってきたので、髪を上げてしまうと冷えるんですよね。
 任務以外ではしばらく下ろしたままにしておこうかと」
「マフラー代わりってか」
 それは非常に皮肉的な言葉であったが、彼女が何も言わないのは、それが完全な同意であったからであろう。

「あ、料理が来ましたね。
 パンプキンパイと紅茶はこっちにお願いします」
 髪を降ろしたアイリスも十分に魅力的だが、その美しさは全て彼女自身の手により、実用的機能美に塗り潰されている──
 しかし、その様子もフォークを手にパイを口にした彼女の、この瞬間だけ浮かべる至高の笑顔に相殺された。

 ラルクは、時折零れてしまう髪で、若干スコーンを食べ辛そうにしているアイリスの耳元を、食べ終えたサンドイッチの皿を傍らに、珈琲を口許に触れさせながら見つめていた。

 髪をそっと耳に掛ける度に、彼女自身には見えない金細工の赤いピアスが煌いた。
 それは過去、ラルクが彼女にプレゼントしたもの。
 彼女の、アイリスの今見える瞳と同じ色──


 ──二人は、今。
 恋とするには余りに背徳に近い賭けをしている。

『貴方が私を壊せるか』

 死んだ姉という存在に、自らの意志でそれと共に在り続ける、彼女からの勝利を確信した賭けの内容。
 それを、ラルクは高鳴らせた胸と共に受けて立った。
 故に、ラルクがプレゼントしたそれは。
 彼女が彼の標的である証──

 その賭けを仕掛けた女が、今。ラルクの所有印とも言えるそれを、自らの意思で身に着けている。

 自分で『私は、あなたの獲物です』と宣言している様なものに……それに欲をまみえない存在がどこにいるだろう──

 ラルクの喉が高揚に僅かに鳴った。
 しかし、それはここで口に出すには余りにも憚られる情感。

「ごちそうさまでした」
 そして、それに気づかないでいるアイリスの、満足げな言葉が響く。

 食後の紫煙を胸元に入れるまで。
 それをラルクが何事も無く呑み込むまで、ほんの僅かに時間を要した──






 いつでも、自分の家というものは温かいものだ。
 しかし、今。
 そこで過ごす今のウィンクルムの胸中は、まるで違うものだった。

 豊村 刹那は、ゆったりとソファーに座って、今夜の夕食用にと、料理雑誌を捲っている。
 傍ら、同質のソファーのはす向かいに凭れ掛かった逆月は──胸に抱える思いのままに、集中している刹那の姿に、そっと手を伸ばしていた。

『触れたい』──胸を占めるその感情に。
 ……しかし、その手は刹那には届かない。
 視界に映った自分の手を、釈然としない様子で逆月は見つめていた。

「……ん? レンズに汚れか。
 どうりで疲れると思った」
 その様な中で、刹那はふと、普段外す事の無い眼鏡のツルに手を掛けた。
 両手でそっと持ち上げて、顔からするりと眼鏡が外される。

 刹那の伏せた目がゆっくりと瞬きし、その瞳を強調する睫毛が静かに揺れた。

 逆月の目の前で。
 いつも、彼女の顔を遮るものが、まるで脱ぎ置かれる様に無くなった──


「刹那」
 逆月が呼ぶ。
 今。この胸撫でられる感情に形を与えるとするならば──それは『色』の衝動。
 気が付けば座ったままの刹那の前に、それを立ち見下ろす逆月の姿が目に入った。

「どうかした?」
 逆月の様子を、ぼやけた世界で不思議に思いながら、再び眼鏡に手を伸ばした──瞬間。
 逆月はその手に眼鏡が届く前に、ソファーに身を寄せていた刹那の身体を抱き留めた。

「な、……さ、逆月? 何」
 慌てて腕の中から離れようとする刹那に、逆月はその隙も無い程に、強く強く抱きしめる。
「触れたくなった」
 その言葉と共に、刹那の腰までも逆月の手に引き寄せられる。まるで離れていない場がある事は認め難いと言いたげに。

「触れ……!? いや、それより離れようか!?」
 刹那の動揺に溢れ切ったその言葉。

 それでも、
 言葉と共に、先に距離を取ったのは、刹那かそれとも逆月からか。

 しかし『離れた』──その安堵に、更に日常と同じ距離を取ろうとした刹那に。
 逆月は、ふいと己の手を、相手の顔に触れさせた。

 触れた右人差し指が、滑る様に顎の下へと寄せられる。そして、近い親指はそのまま顎に。
 驚きで抵抗も何もない。刹那の視線は、羞恥と混乱を隠せないままに逆月のそれと重なった。
「近いん、だけど」
「近づかねば触れられぬ」
 思うそのままの事実を告げて、逆月は刹那の顎を少し下へ動かした。

 逆月の胸に、その伏せた瞳にも色を感じる……しかし、今のこうして傍に寄せたい衝動にまでは至らない。
 眼鏡を外した瞬間を、他に例えられないか逆月は想像し、そして浮かんだ──

 ああ、それはまるで日常決して解かれる事の無い着物が、はだけ崩れ、落ちたのにも似て。

「──何、したいんだ」
「今は口付けたい」

 ──逆月は、水滴が水面を打ったかの様に、刹那の言葉に隠すつもりもない己の、ただ純粋な想いを告げた。
 その傍で、刹那が逆月の言葉に、完全に頭に上った熱さに停止する。

「しても良いか」
「だ、だ駄目!」
 顎に手を添えられている為、首を振る事が出来ない。
 刹那は見開いてもぼやける視界に逆月を入れながら、必死に相手に訴えた。

「そうか」
 言葉と共に、口許に添えられた手から解放された。
 しかし、刹那は恥ずかしさと緊張の狭間で、文字通り心臓が止まりそうな思いをしていた。
「(駄目、だよな!?
 逆月の気持ちがはっきりしてないのに、そういうのは……!)」
 せめて、それは──逆月が、その感情の意味を受け止めてから──


 一方の逆月は思案していた。
 胸の内は、同じはずなのに、なのに刹那はいつもこうして逃げる。

 その中で、ふと脳裏に横切ったのは、この間テレビで目にした、恋愛ドラマの告白シーン──
「(……『告白の返事』、とやらが要るのか?
 それさえあれば……この感覚を。この行動を。
 刹那は……許容し、共有してくれるのだろうか)」
 それを逆月は思い返し、心に留めた。

 今度は、この刹那への想いを。
 相手に許容してもらえる、そして互いに共有出来る想いの形を、彼女へひとつ、伝えてみたい、と──






 今度、A.R.O.A.にて研修が行われる。
 しかし、その日は銀雪・レクアイアが学会に出席する教授と同行の為に参加できない事が判明し、今日はウィンクルムであるリーヴェ・アレクシアと共に、その欠席の手続きをしにA.R.O.A.支部へと足を向けていた。

 そして到着と同時に抜けたビル風に、二人の足が思わず止まる。
「風が少し強いな」
 リーヴェは、僅か乱れた髪を指で梳く様に撫で付ける。
 しかし銀雪は動かない。
 彼は思っていた──それは。

「(風、グッジョブ……!)」
 深い、風への感謝の念……

 ──ああ、リーヴェの長くて綺麗な指が透き通った金の髪をすり抜けていくのが! 凛とした気品と凛々しさが滲む仕草が……イイ……!
 ──あ、リーヴェ服も整えてる……
 俺の服も、もし少し乱れていたりしたら、リーヴェが直してくれたりし──

「……銀雪?」
 建物に入る前に身だしなみも整え、踏み出したリーヴェの足に銀雪がついて来ない。
「……」
 銀雪が、殊リーヴェの事に関して見事に思考が遠くに行ってしまうのは日常茶飯事である。
 それ以外は、本当に何の問題も無い好青年なのだが……

「銀雪、帰ってきなさい。
 手続きしに来たんだからトリップしない」
「……はっ! うんっ!!」


 そして受付後、名前を呼ばれるまでの間。置かれた長椅子に、二人並んで腰を掛ける。
 流れる様に組まれた彼女の足──それに銀雪は強く目を見開いた。

 ──リーヴェの脚の流れるような脚線美! 凛々しくてスラリとしていてそれでいて、ほんの少し女性的な優しさが……イイ!

 名前はすぐに呼ばれた。しかし組んでいた足を解いたリーヴェに対し銀雪は動かない。

「(ああっ、そのまま膝枕して欲し──)」
「……銀雪?
『また』トリップか……銀雪、名前呼ばれたらちゃんと戻ってきなさい」
「あ、うんっ! 分かったよ、リーヴェ!」


「それでは、こちらにお名前をお願いします」
 名前を呼んだ受付嬢が書類手続きに紙を差し出す。
 リーヴェがペンを受け取り、紙に向かう──瞬間。隣に座る銀雪は、確かに察知した。

 リーヴェが髪をかき上げた白いうなじから、僅かに届いた透き通る甘やかさを残す爽やかな香り──
 リーヴェがつける香水『清爽』の薫りに……銀雪は落ちた。

 ──仄かに香るリーヴェえぇ……!!

 銀雪は感動に泣いた。心の中で感涙した。
 すごい、素敵、神様ありがとう、イ、イ……!

「──銀雪」
 ごすっ。

 こうして、受付嬢の目の前で、銀雪のリーヴェによる頭突き公開処刑は行われた──


「痛い!!」
「お前の初心者はお前のトリップについていくのが難しいから、せめて人前では止めておけ」
「だって俺リーヴェフェチだし……」
 銀雪が、自分の言葉を振り返りそっと頬を赤らめる。
 ……それは、重症の先を示す言葉が浮かばない事が、極めて残念な光景であった。


 こうして。
 無事に書類を提出し終えて、建物の外に出てからの帰り道。
「(でも、俺の初心者って……)」
 先の言葉を振り返り、銀雪は俯き呟いた。
「俺はリーヴェが好きだから仕方ないじゃん。
 普通の人が初心者なら……リーヴェは、俺に引かないの?」

 不安半分、心配半分。
 好きなのは、どうしようもない事であっても……リーヴェに実際に『引いている』と答えられたら──つらい。

「私?」
 そんな銀雪の様子を見て、喉を鳴らしてリーヴェが笑った。
「慣れた。
 そういう意味じゃ『お前の上級者』だな」

「(リーヴェが……俺の『上級者』……!)」
 リーヴェの言葉に、その瞬間確かに、銀雪の胸が隠せない程に高鳴った。
 その言葉から漂う、正体不明の特別感。銀雪の胸は文字通り躍り昂った。

「──リーヴェが上級者になってくれるなら、俺このままでいる!」
 銀雪は強く宣言した。
 情けなく上気した心を隠しきれず、鼻血は垂れ流しとなったままだが……
 それを見たリーヴェは、多大なる諦めとほんの少しの愉快感を伴って。

「そうだな。まずは鼻血を拭きなさい。
 全てはそれからだ」
 その笑いをこらえつつ。
 リーヴェは銀雪に持っていたハンカチを差し出した。






 僅かに開いたテラスの窓から、秋風が吹き抜ける。
 そんな心地の良い居間で、かのんと天藍は一つのソファーで一緒に温かな湯気を立てるカプチーノを飲んでいた。

「たまには、こんな日も悪くないな」
 カプチーノを口にする天藍に、かのんが同意するように微笑んで──ふと、かのんの視線が天藍の口元に向けられた。

「天藍、口元にミルクついてますよ」
 かのんが、天藍の口元に少し残ったミルクの泡を、自分の唇まわりの位置で指し示す。
「ここか?」
 天藍が少し恥ずかしそうに、自分の口に指を当てる。

「そっちじゃなくて……ここです」
「ここじゃなくてか?」
「もう少し……左ですね」
 天藍の指が、落ち着かなさそうに唇の周りを右往左往する。

 その様子に、かのんは、自分のカップをテーブルの上に置いて。
 そっと天藍の方へ身を寄せ、その人差し指をまだミルクの泡が残っている天藍の口元へ拭い取った。

「何だか子供みたいだな……」
 天藍の顔に恥ずかしさが差す。
 かのんはそれに仄かな嬉しさを交えて、幸せを滲ませる微笑みを浮かべてから──先程まで、天藍の口についていたミルクを拭った自分の指を、そっと僅かな舌先で舐め取った。

「………………」
 天藍は、思わずそれを凝視した。
 ミルクのついた透き通った肌を持つ指に、触れ舐めた、唇から見せた赤い舌先──

 それはまるで、誘惑でもされているかの様な……普段のかのんからは、決して見る事の出来ない仕草──

 天藍はその様子に、思わずゆっくりとかのんのその手を握って触れた。
「……え……? 天藍?」
 かのんが驚いたように、瞬きして天藍を見つめ。そして離されないその手に、少しどうしていいのか分からない瞳で、彼に首を傾げてみせる……

「──……」
 かのんは──無意識で無自覚に、本人が全く意図しない所で、こちらのツボを突いて煽ってくるからタチが悪い──
 他の女性なら、煽っていない等とは言わせないと口にしたい所であるが、かのんとの付き合いは極めて長い。
 だから、分かる。無意識だからこそ、困る──

 白い指先が目の前にある──天藍は、そっと先程彼女の舌先が触れたその指を、愛おしそうに甘噛みした。
 ……かのんの指先が、僅かに震えた。

「て、天藍……っ?」
 こちらばかりが意識するのも不公平と思えて。そして、明らかに動揺しながら、どうして良いのかと、うろたえ困るかのんの仕草が、一際いつも以上に可愛らしい。
 ──もっと、意地悪にかのんを困らせたくなる。もっと追い詰めたらどんな反応をするのか、見てみたい──
 そんな……何よりもの今の本心を添えて。
 天藍はかのんの耳元でそっと囁いた。

「一緒に暮らし始めたら、箍が外れると思うから覚悟しておいてくれ」
「……!!」

 日常に意図した色の気配を見せなくとも、かのんも妙齢の女性であり、相応の知識が無い訳ではない。
 更には、天藍の……婚約相手の言った言葉であれば尚更。
 握られていたかのんの手が、緊張に一気に強張った。白い頬に一気に火でも付いたかのように紅が差す。

 相手が天藍であれば、勿論嫌ではない。嫌ではないが──
「(どうすれば良いのか困ります……)」
 天藍が、言葉を待ってこちらの顔をじっと覗き見ているのが分かる。
 かのんは視線に耐えかねて、完全に俯きながら言葉を置いた。

「……えっと、その……
 その時は善処しますので……お手柔らかにお願いします……」

 ほんの少しの間。
 返答代わりに聞こえてきたのは、喉を小さく鳴らした天藍の笑い声──
「もう、どうして笑うんですか……っ」
 恥ずかしさの行き場を失くして、僅かな涙目でこちらを見るかのんの抗議の声を聞きながら、
「いや……いや、何でもない」
 その少しの間にあったのは、そんな彼女の答えへの満足と、更に重なる愛しさ……

 ──愛情故だから、許して欲しい──
 天藍は、かのんの指を離し、冷めてしまったカプチーノの代わりに、その温かさを守り離さない様に、その腕の中にそっと閉じ込めた──




依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 三月 奏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月11日
出発日 10月18日 00:00
予定納品日 10月28日

参加者

会議室

  • [9]かのん

    2016/10/17-22:21 

  • [8]桜倉 歌菜

    2016/10/17-22:12 

  • [7]桜倉 歌菜

    2016/10/17-22:12 

  • [6]アイリス・ケリー

    2016/10/17-17:37 

    遅くなった。
    ラルクとアイリスだ。

    この女の仕草に気を取られるのはなんか癪だな…。
    ま、それはそれとしてよろしく頼む。

  • [5]桜倉 歌菜

    2016/10/17-00:27 

  • [4]桜倉 歌菜

    2016/10/17-00:27 

    桜倉歌菜と申します。
    パートナーは羽純くんです。
    皆様、よろしくお願いいたします!

    ふとした仕草に動悸ときめきが止まらないのですが、私は一体どうしたら…!(じたじた

  • [3]かのん

    2016/10/16-20:35 

    神人のかのんとパートナーの天藍だ、よろしく

    ……なんというか、当人が全く意識してないってあたりが厄介だよな

  • [2]豊村 刹那

    2016/10/16-16:48 

    逆月:
    名を、言うのだったか。逆月だ。
    今は刹那と共に在る。

    仕草など、気にした事は無かったが。(一つ瞬き
    刹那が行う故に、気に掛かるのやも知れぬ。

    此度、相見える事はないが。宜しく頼もう。

  • 銀雪・レクアイアだよ。
    パートナーはリーヴェ!

    俺は、こんな、語れる機会を、待っていたよ!!!!!!!!!!


PAGE TOP