【灯火】仮面と踊る一夜劇(柚烏 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 もし、君が幸運のランプを持っているのならば――ふたつの月が浮かぶ真夜中の草原で、そっと刻を待って御覧。
 いつしか其処には、夜な夜な現れる不思議なバザーが広がっているだろうから。それは伝説に謳われる、彷徨えるバザー――バザー・イドラだ。
 幸運のランプなしでは、偶然出会える確率は百年に一度と言われている其処は、大小様々なテントがひしめき――その姿を夜毎に変えるのだと言う。
 さあ、準備は良いかな。それでは君たちを、一夜の冒険に誘うとしよう――。

 遠くから聞こえてくるのは、何処か楽しくも物悲しい異国の音楽。ゆらりと妖しく踊る篝火に手招かれるように、ふたりは一緒に鮮やかな天幕をくぐった。
「……おや、いらっしゃいませ」
 目深にヴェールを被った店主が、くすくすと楽しそうに笑い声を上げた。それは子供のように甲高くも、老人のように乾いた声のようにも聞こえて。紗に覆われたその貌からは、年齢を推測することも出来なかった。
「仮面屋にようこそ。一夜の出会いに、感謝するといたしましょう」
 見上げれば、目の覚めるような深い蒼。砂漠の夜空色に塗られた天幕には、月と無数の星々が描かれており――空から零れ落ちるかのように、天井からは幾つもの仮面が、金鎖によってゆらりと吊り下げられている。
「ここで売られているのは、あなたではない別の誰かになれる仮面です。騎士に姫、魔法使いに道化師……配役はお好みで」
 店主がぱちん、と指を鳴らせば金の粉が舞い、宝石で彩られた仮面が妖しく輝いた。
「勿論、ひと以外でも構いませんよ。犬や猫などの動物や、異形の魔物。妖精にだってなれます」
 うっとりと瞳を細めて店主は続ける。この店の仮面には不思議な力がこめられており、身に付けた仮面そのものの存在になりきる事が出来るのだと。仮面を纏えば、それに合わせた衣装に変わるし――この付近の屋台の者たちは、仮面の役柄に応じてあなたたちを歓待するのだ、と。
「ただし、これは泡沫の夢のようなものですから。一刻もすれば仮面の魔法は解けてしまうでしょう。それでも、その刻だけは、何時ものあなた方ではない……別の誰かになって、バザーを楽しんでは?」
 ――わたしたちも、夢を見たいのですと店主は囁く。ならば、とふたりは考えた。ささやかな幸せを見つけることで、幸せの灯火がともるかも知れない。
 今だけはウィンクルムでは無い、別の誰かになって。このお伽噺のような夜を楽しもうか、とふたりは顔を見合わせるのだった。

 さあ、同じ店には二度と行きつく事は出来ないと言う不思議なバザーを巡って、ちいさな冒険をしよう。其処で幸せを見つける事が出来れば、ランプに希望の灯がともる。
「じゃあ、行こうか。……ええと、何て呼べばいいのかな」
 はにかみながら手を差し伸べたパートナーの手を取って、ふたりは存分にこの夜を楽しもうと決めた。
 だって――朝日と共に、その姿は朝露のように消えてしまう運命だから。

解説

●目的
彷徨えるバザーを楽しむ事で、幸運のランプに幸せの灯火をともす(ランプはウィンクルム一組につき、一つ貸し出されています)。

●仮面屋
ウィンクルムたちが辿り着いたのは、不思議な仮面を売るお店でした。仮面には、自分では無い他の誰かになれる力があり、身に付ければそれに相応しい衣装や雰囲気を纏います。お姫様や騎士、踊り子などの役。もしくは獣や鳥などの人間以外の動物。更に魔物や妖精など、お伽噺の存在にもなれます。効果は一時間ほど、効果が切れると仮面や衣装は消えてしまいます。その間ふたりで楽しく屋台巡りを楽しんで下さい。軽食や雑貨など、色んなお店が出ています。

●仮面のお約束
仮面の役柄を設定し、それにあった演技で別の自分になりきってください。ふたりの関係がどんな感じなのかも教えてください(例・お忍びでお出かけ中の王子とその従者、人間の世界に憧れる動物、禁断の恋に落ち逃避行中の魔王と人間……などなど)。
仮面屋の周囲の屋台の人達は、皆さんを役柄に沿っておもてなしします。そうする事で彼らに夢を与える事が出来ます。

●参加費
仮面の代金、屋台巡りの出費もろもろで、お二人で800ジェール消費します。

●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。彷徨えるバザーという非日常を、自分とは違う存在に扮して楽しんでみませんかと言うお誘いです。いつもの二人ではない、違う誰かをお芝居のように演じて過ごすのは如何でしょう。
 ダークメルヒェンは大好物、こんなバザーがあったら行ってみたいです。それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  僕は鳥。自由気ままに翼を広げて、神秘的なバザーを巡るの
どれもこれも興味が尽きることのない物ばかりで、楽しいね

…おっと。この甘い花の香りは工芸士殿だ。会っちゃあ拙い
僕の為の籠だなんて、全く酷いお話だね
夢中になって掴まっては大事だ
見つからない内に姿を晦まそう

追い詰めて来たね。工芸士殿はバザーを楽しんだ?
どうせならお土産の一つくらい調達してきてくれれば良かったのに!

…なんてね
僕の翼を手折る真似は止めようよ
君は、いつだって僕の傍らに居てくれるはずでしょう?
ほら、手を出して。対の指輪は今日も綺麗だ
君という止まり木に腕を絡めるのは、僕の自由でしょ

一羽と一人の時間はお終い
後は二人で、もうちょっと楽しんでこう


アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  ◆仮面設定
狼のテイルスの弟
弟妹達に御菓子を沢山買いに来た
普段はランスをリードし判断を下すが、今日は一寸甘える弟の役だ

◆バザー
色々なスイーツを眺めたり味見したり何を買おうか迷ったり
手作りのオヤツかぁ…その方が良いかもな

ランスに手を引かれるままに飴細工店に入る

出来上がる様を見学
伸ばしたり丸めたり切ったりで出来る飴
魔法みたいだと感動

リクエストは狼…。狼を八個

型に流し込むのなら俺達も出来ると思う
ハートに星に兎…一緒に鼈甲飴を流し込む
固まるまでの間、飴細工の基本を習おう
全部袋に入れて幸せごと抱えて帰ろう


仮面を外したらキチンと話す
「今日は頼もしかった」
「これからも料理や家事を分担してくれると嬉しいよ」と


アイオライト・セプテンバー(白露)
  あたしが、夫をなくしたばかりの貴婦人
で、パパが道化の少年
貴婦人を慰めるため、道化は彼女を市井のバザーへ連れ出し…こんな感じかなぁ
つまり、パパはあたしより年少(最重要)さんっ
>以上、大人なシチュをアイなりに一生懸命考えた結果

しずしずと淑やかな仕種で…っと
「芝居に音楽、どんな娯楽も妾の悲哀を癒してはくれなんだ
が、こうして市井の活気に触れておると、少しずつ暗闇も晴れてくるようじゃ」
こ、こうかな?
舌噛みそう
「白露(ここぞとばかりに呼び捨て)礼を言おう
其方がいてくれなんだら、妾は…」
で、ちっちゃいパパをぎゅっとするの
悪女だから、離さないよー

>終わったら
あ、ぱんつ売ってるお店があるっ♪
パパ一緒に見に行こっ


西園寺優純絆(ルーカス・ウェル・ファブレ)
  ☆とある森に住む垂れ耳子兎
今回は人間に化けて熊の父親と遊びに来ている

☆服 髪型
お任せ

☆心情
わぁ色んな仮面があるですの!
どれにするか迷うですの~


パパー!早く早くー!
ユズ、楽しみにしてたんだからぁ!
へーきだよー…ってきゃぁっ!(転
ふぇぇパパぁ(ポロポロ
痛いですの~(号泣
ひっく、ふぇっ……
……あれ?
痛くない…
パパ凄い!痛くないんだもんね!
パパは魔法使いさんみたいなのだよ!
えへへ(ニコニコ
良いの?
ユズ、べっこう飴が食べたいのだよ!
はーいパパ!
(手を繋ぎお店へ
パパ、ユズが言うですの
了解なのだよ!
えっとべっこう飴二つ下さいな(ニコ
有難うなの!
パパ買えたのだよ~
えへへー(ニコ
んー!美味しい~(微笑


ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
  俺が騎士、リェンが姫だ
御託はいいからやれ
口調なんかどうでもいい
お転婆姫だとでも言っておけばサマになるだろ

さぁ、姫。お手を。と手を差しのべる
お嫌ですか?
(ほらまた、俺は主人としての強制力でリェンに言うことを聞かせている)

どこまでも優しく騎士らしく忠実にかしづく
姫が座るときはハンカチを敷き
転びそうになったら抱きとめ

(リェンが好きだ
主人と狗なんて力ずくで押さえつける関係じゃなく対等になりたかった
本当は騎士の様にリェンを大事にしたい
だが、あの時(顕現前)の俺にとって、自由なリェンを永遠に手の中に収める方法が『買う』しかなかった
卑怯な俺を笑えばいい、騎士様
俺は俺の心にすら忠実になれない)



●騎士と姫の葛藤
 夜空には双月、そして宝石のような星々が煌めく中――ウィンクルムたちは幸運のランプに導かれるようにして、彷徨えるバザーへと辿り着いた。
 夜毎に姿を変えると言うバザー・イドラ。その幻想路地をふらりと歩けば、不思議と心が浮き立つ。彼らがふと立ち寄ったのは、自分とは違う誰かになれると言う不思議な仮面屋だった。
「……これは、泡沫の夢のようなもの」
 夢の世界の住人もまた、夢を見たいのだと彼の主人は囁いて。金の粉が舞い散る中、ふたりはそっと目に留まった仮面に手を伸ばす。
 ――さあ、仮面が紡ぐ一夜の劇を、貴方とふたりで楽しもう。踊り踊って、何処までも綺麗な夢に溺れるのもまた、心地よいものだと思うから。
「……さて、と」
 金鎖に吊るされた仮面を手に取り、ローランド・ホデアはその整った面に微かな笑みを浮かべた。けれどそれは不遜なもの且つ、有無を言わせないような凄味のあるものだ。
「俺が騎士、リェンが姫だ」
(……ゴシュジンサマは何考えてんだ。俺が姫って柄かよ)
 三白眼の瞳で虚空を見つめながら、彼の精霊であるリーリェン・ラウはがしがしと頭を掻く。けれど、やっぱり主人には逆らえないだろうなと悟りつつ――リーリェンは気だるげな吐息と共に、僅かな抵抗の言葉を吐き出した。
「悪いが、貴族様の言葉遣いなんてわかんねーぜ。そういうトコとは無縁だったもんでね」
「御託はいいからやれ。口調なんかどうでもいい」
 脳みそに欠片もない知識は、仮面被ったトコで捻り出ちゃこねーよ、とリーリェンはぼやく。しかし、ローランドから強引に押し付けられた美姫の仮面を見て、彼はようやく覚悟を決めた。
「アンタがやりたいなら、付き合うけどさ」
「当然だ。お転婆姫だとでも言っておけば、サマになるだろ」
 そう呟いて、騎士の仮面を被ったローランドの姿が金の光に包まれて変わる。剃刀のような雰囲気の中に、忠義と高潔さが加わり――ふわりと夜風に靡くマントを纏った姿は、正にお伽噺の中の騎士様だった。
「……お転婆姫? こじつけるネェ」
 内心では、普段とは違う凛々しい神人の姿に見とれつつ、リーリェンも一夜限りの姫へと変貌を遂げる。幾重にもフリルのあしらわれたドレスが翻り――女性の格好に戸惑う彼へ、その時見目麗しい騎士が手を差し伸べた。
「さぁ、姫。お手を」
「って、エスコートなんていいって! こっぱずかしい!」
 ああ、仮面のお陰で火照った顔が少しは隠されているだろうか。必死に首を振るリーリェンに、ローランドは手を差し出したまま――ぞくりとするような、凄味のある声で囁く。
「お嫌ですか?」
「……っ、嫌じゃねえけど」
 ゆるゆるとその手を取るリーリェンを仮面越しに見つめながらも、ローランドの胸には微かな痛みが走っていた。
(ほらまた、俺は主人としての強制力でリェンに言うことを聞かせている)
 ――それでも、ローランドのエスコートは完璧なものだった。どこまでも優しく騎士らしく、彼は姫となったリーリェンに忠実にかしづく。手を繋いで、ふたりは夜のバザーを見て回り――リーリェンが座る時はハンカチを敷いたり、彼が転びそうになったらそっと抱きとめたりもした。
(姫に騎士は優しいもんなのな。いつもの主人ぶりより、よっぽど楽しそうだ)
 鮮やかな色をした果実酒を飲みながら、リーリェンはそっと横目でローランドの様子を窺う。何故だか、仮面に覆われた彼の相貌には憂いが見えたような気がして、リーリェンは何時もの軽口が言えなかった。
「なぁ、アンタ、本当は……いや、なんでもない」
 代わりに零れたのは、何処か歯切れの悪い言葉で。一夜限りの姫は、忠実な騎士へとゆっくりとかぶりを振る。
(主人なんてやりたくないのかよ? アンタ本当は俺とどうなりたいんだ?)
 リーリェンは気付いていただろうか。主人であるローランドが、彼に熱い眼差しを注いでいた事を。
(……リェンが好きだ。主人と狗なんて力ずくで押さえつける関係じゃなく、対等になりたかった)
 お芝居だけじゃなく、本当に騎士のようにリーリェンを大事にしたい。けれど、神人として顕現する前の自分は――自由なリーリェンを永遠に手の中に納める為に、酷く強引な手段を使ってしまった。
(卑怯な俺を笑えばいい、騎士様。俺は俺の心にすら、忠実になれない)
 ふたりの想いは、何処へ向かっていくのか。それは未だ分からない、けれど。
(これは一夜の夢って奴だよな。どっか寂しいけど……何でだろ?)
 まぁいいや、とリーリェンは呟いて、遠くから聞こえて来る喧噪に静かに耳を澄ませていた。

●貴婦人と道化の悪戯
 普段はまるで親子のように仲の良い、アイオライト・セプテンバーと白露だけれど。今宵はちょっぴり大人っぽい雰囲気で、悲劇のようなお芝居を演じてみようと決意した。
 ――そして、一生懸命アイオライトが役割を考えて、導き出した結果はと言うと。
「あたしが、夫をなくしたばかりの貴婦人で、パパが道化の少年ね」
「道化の少年とは、難易度の高いリクエストですね」
 にっこりと微笑んだアイオライトは、蒼玉のような瞳をきらきらさせて、意味ありげに白露を見上げる。ふふーんとその腕を掴みながら、アイオライトは魔法の仮面を見つめて言った。
「つまり、パパはあたしより年少さんっ」
「……う、仮面の力を信じて、善処してみますか」
 ちなみに年少と言うのは、アイオライトにとって最重要の項目である。仮面の力で、普段とは逆の立場へ変わったふたり――アイオライトは何処か退廃的な雰囲気を纏った妖艶な貴婦人に、そして白露は鮮やかな衣装を着こなした純朴そうな道化へと変わる。
(まぁ、接待や礼法ならば、少々覚えはありますし)
 優雅な物腰で、白露はドレス姿のアイオライトへと手を差し伸べ、彼もまた静々とその手を取った。夫をなくしたばかりの貴婦人を慰める為、道化の少年は彼女を市井のバザーへ連れ出す――ふたりが紡ぐのは、そんな物語だ。
「芝居に音楽、どんな娯楽も妾の悲哀を癒してはくれなんだが、こうして市井の活気に触れておると、少しずつ暗闇も晴れてくるようじゃ」
 淑やかな仕草でアイオライトは孔雀羽の扇を取り出すと、上品に微笑む口元を隠した。夢見るバザーは、まるで異世界のようで――道行く人々の視線が「素晴らしい」とばかりに自分に注がれているのが、ちょっぴりくすぐったくもあった。
(こ、こうかな? 舌噛みそう)
 内心では必死なアイオライトをリードするように、白露は軽やかな足取りでステップを刻み、時折おどけつつも店を案内していく。
「それはよかった。奥様の笑顔こそ、わたくしの最大の悦楽ですから」
 アイはこんなもので満足してくれますかね、と思いながら。白露は露天で買った異国の果実を捧げ、その瑞々しさに顔を綻ばせたアイオライトは「ふむ」と言うように仰々しく頷いた。
「白露、礼を言おう。其方がいてくれなんだら、妾は……」
「……え?」
 なんとそこで、アイオライトは道化の少年に扮した白露をぎゅっと抱きしめたのだった。ここぞとばかりにパパと呼ぶ白露を、今夜ばかりは呼び捨てにして。
「いけません、奥様。お戯れはおやめください。わたくしは所詮、下流の道化。奥様には相応しくな……」
 逃げようと白露はじたばたするが、悪女に扮したアイオライトはぎゅーっとしたまま離さない。普段ならば間違いだらけのお色気を披露する所なのに、仮面の力なのか、今のアイオライトには本当に大人の色香が漂っているようなのだ。その為白露は、何だかいけない気分になって来るようで――。
「あ」
「……ほっ」
 と、じたばたしている内に、仮面の効果が切れた。金の粉が名残惜しく散っていく中、仮面はきらきらと消滅し――ふたりの衣装も元通りになる。
「あー、終わっちゃった」
 ちょっぴり残念そうに、アイオライトはくるりと元に戻った自分を見回して。其処で、素敵なバザーのお店を見つけて歓声をあげた。
「あ、ぱんつ売ってるお店があるっ♪ パパ一緒に見に行こっ」
 先程の淑女振りが嘘のように、アイオライトは快活に微笑んで白露の手を引っ張っていく。そのいつも通りの姿に、白露はやれやれと言うように肩をすくめた。
「魔法が解けた途端、いつもどおり……ぱんつ……」
 と言うか、バザー・イドラに行ってまでそんなお店があると言うのが驚きだ。賑わう露天を冷やかしながら、ふたりの夜はまだまだ終わらない。
「……しかし、悪女かどうかはともかく、成長したアイは、いったいどんなふうになるのでしょう」
 ――それを思うと、かなり複雑な白露パパであった。

●気ままな鳥と工芸士の追走
 僕は鳥、と叶はその背に広がる羽飾りを撫でた。自由気ままに翼を広げて、神秘的なバザーを巡る。空を舞う事を暫し忘れ、地上の人々に混ざって遊ぶのも――とても素敵なことだと思いながら。
「どれもこれも興味が尽きることのない物ばかりで、楽しいね……おっと」
 帽子を被り直すと、仮面を飾る黒羽がふわりと揺れた。其処から覗く紫水晶の瞳は、人混みをかき分けて此方へやって来る者の姿を捉え――彼の髪に飾られた、可愛らしい花飾りに注がれる。
「この甘い花の香りは工芸士殿だ。会っちゃあ拙い」
 一方の工芸士――仮面によって実直な職人に扮した精霊の桐華は、現実と芝居のはざまでうろうろと、片割れの黒鳥を探していた。夜のバザーに紛れる黒の鳥、果たしてこの賑やかな場所の何処に言ったのやらと、あちらこちらへふらりと足を伸ばす。
「黒の鳥の安らげる場所として、工芸士としての技術を注いで綺麗な籠を設えた。……自慢の作品を、気に入って貰えると思ったのに」
 仰々しくも空を仰いだ後、桐華は片手に下げた鳥籠を切なげに見遣った。ああ、逃げた鳥は何処に居るのだろう。
「僕の為の籠だなんて、全く酷いお話だね。夢中になって掴まっては大事だ」
 くすりと悪戯っぽく叶は微笑んで、見つからない内に姿を晦まそうと身を躍らせる。けれど、その後には点々と、彼の行き先を囁くかのように黒の羽根が遺されていた。
(……黒鳥の羽根を辿るだけの時間は不毛で)
 からん、と空虚な音を立てて鳥籠が鳴る。叶の後を追いかける桐華は、けれど何時しかこの追いかけっこに夢中になり――見つけて欲しいかのように地面に落ちている羽根を拾いながら、賑わうバザーを駆け抜けていった。
「追い詰めて来たね」
 幾つもの屋台を通り、薄暗い路地裏を抜けて。綺麗な夜空が見渡せる広場で、黒の鳥は翼を広げて工芸士を待っていた。
「……工芸士殿はバザーを楽しんだ?」
「そろそろ、この籠に収まってくれてもいいだろう?」
 かつん、と一歩を踏み出す桐華へ、叶はくすくすとした笑みで返す。捕まらないよ、とでも言うかのように、その足は軽やかに大地を蹴った。
「どうせなら、お土産の一つくらい調達してきてくれれば良かったのに!」
「……お前は」
 ふと桐華の胸に過ぎった感情は、想いが報われぬ工芸士のものか。それとも、目の前の男を独占したいと願う彼本来のものなのか。
(霞んで消えそうだと不安な、こちらの気持ちなんて知らないまま。いつだって、そうやって無邪気に笑うんだ)
「……なんてね」
 と、そこで。距離を置いていた黒鳥が無防備に距離を詰め、工芸士の元へと近付いていく。夜の空気に冷えた彼の指先を、叶は慈しむようにぎゅっと握りしめた。
「僕の翼を手折る真似は止めようよ。君は、いつだって僕の傍らに居てくれるはずでしょう?」
 ほら、と叶はもう片方の手も出すように桐華へ促し、ふたりの指にはめられた対の指輪を夜空に翳す。今日も綺麗だ、と言う彼の囁きを聞いている内に、桐華の胸にぬくもりが満ちていった。
「君と言う止まり木に腕を絡めるのは、僕の自由でしょ」
 囁きながらそっと、桐華の腕に叶のそれが絡められて。この温もりが、永遠ならばと――今はまだ、口にはしなかったけれど。桐華は静かに、ふたりの時間に浸っていた。
 ――やがて、魔法は終わる。一羽と一人の時間はお終いだ。
「……土産。なんか欲しいなら買ってやるけど」
 後は二人でもうちょっと楽しんでいこうと、尋ねる桐華へ叶は「籠の形のキーホルダー」と答えた。
「嫌味か。心配しなくても、俺は自由なお前が……」
 何でもない、と。零した言葉は静かに夜に溶けていった。

●子兎と熊の仲良し親子
「わぁ、色んな仮面があるですの! どれにするか迷うですの~」
 砂漠の夜空色の天幕に出迎えられて、きらきらと輝く仮面を目にした西園寺優純絆は、うっとりした表情で傍らの精霊――ルーカス・ウェル・ファブレの手を握りしめた。
「えぇ、本当に沢山ありますねぇ。ユズがしたいと思った奴を選べば良いですよ」
 銀縁眼鏡の奥の瞳を細めて、ルーカスは完璧な微笑を湛えて優純絆を見守っている。うーん、と彼は愛らしい顔で真剣に悩みつつ、やがて「これっ!」と言う顔をしてふたつの仮面を選んだのだった。
「わ……!」
 ――金の粉が魔法をかけて、ふたりの姿をまぼろしのように揺らがせる。一瞬の後、其処に居たのは微笑ましい動物の親子。優純絆は、垂れ耳がおっとりとした感じの子兎で、真白のもこもこパーカーを着ているような姿に。そしてルーカスは、貴族的な出で立ちのヒグマに変わり――纏う毛皮は艶やかで美しかった。
「パパー! 早く早くー! ユズ、楽しみにしてたんだからぁ!」
 そして、とある森に棲む子兎とヒグマの親子は、真夜中のお祭りに繰り出すのだ。ふたりとも人間に化けて、仲良しの父親と息子になって。そんな物語を紡げば、優純絆の頬は自然と緩む。
「ユズ、分かってますよ。ですが、そんなにはしゃいでいると転びますよ……と」
「へーきだよー……ってきゃぁっ!」
 優純絆の兎足を模したブーツが段差を踏み外し、そのまま彼は転んでしまい――足を擦りむいてしまったようだ。
「……遅かったみたいですねぇ」
「ふぇぇパパぁ、痛いですの~」
 大きな瞳がみるみる内に潤み、優純絆はポロポロと涙を零す。しかし直ぐにルーカスが彼の元に駆けつけ、そのちいさな身体を抱っこしてあやしだした。
「よしよし痛かったですね、でも大丈夫ですよ。直ぐ痛く無くなりますから」
 ひっく、ふぇっ……と泣き出す優純絆の背中をぽんぽんと撫でながら、ルーカスの唇から唱えられたのは、とっておきのおまじない。
「痛いの痛いの飛んで行けー……ユズ、どうですか?」
「……あれ? 痛くない……」
 気が付けば、優純絆の涙は止まっていて。やがてその顔にぱっと笑顔の花が咲く。
「パパ凄い! 痛くないんだもんね! パパは魔法使いさんみたいなのだよ!」
「それは良かったです」
 えへへ、とにこにこ微笑む優純絆に、ルーカスは上品な微笑で返し――それから何が食べたいですか、と屋台を指差しながら問いかけた。
「ユズ、べっこう飴が食べたいのだよ!」
「良いですねぇ、それでは手を繋いで行きましょうか」
 はーい、と元気よく返事をして、子兎と熊の親子は飴売りのお店へと向かう。いらっしゃい、よい夜を――そう挨拶してくるお店の主人は、きっとふたりが動物の親子だなんて思っていない筈だ。
「パパ、ユズが言うですの」
「そうですか? それでは頼みましたよ」
 了解なのだよ、と元気よく返事をして、優純絆はお店の主人にお金を取り出しながら注文をする。
「えっと、べっこう飴二つ下さいな」
 にこ、と微笑む子兎の愛らしさに、店主も嬉しそうだ。はい、と言って差し出された琥珀色の飴を、有難うなのとお礼を言って優純絆は受け取った。
「パパ、買えたのだよ~」
「ユズ、よく出来ましたねぇ。完璧でしたよ、流石ユズですね」
 優しい瞳で頭を撫でてくれるルーカスに、えへへーと優純絆ははにかみながら飴を差し出して。森の動物の親子に扮したふたりは、バザーの熱気を存分に味わいながら、早速買った飴をぱくりと口にした。
「んー! 美味しい~」
 ――魔法が解けるまでには、あと少し。それまではこのお芝居を、もうちょっとだけ楽しもう。

●狼兄弟はお菓子を探す
 狼のテイルスの兄弟――そんな役柄に扮したアキ・セイジは、兄となったヴェルトール・ランスと手を繋いで篝火が焚かれる路地を歩いていく。
(……何か、新鮮だな)
 普段はヴェルトールをリードして判断を下すのがアキの役目なので、彼の弟になると言うのは何だかくすぐったい。それでも今夜は、一寸甘える弟になろうと決めた。
「どれも美味そうだ、色々味見しようぜ」
 目元のみを覆う仮面で微笑むヴェルトールは、スイーツを売る屋台を指差してアキの背を押す。そうだ、折角だから眺めるだけじゃなくて、味見したり何を買おうか迷ったり――そんな楽しい悩みも含めて、この夜を共に過ごせたら良い。
(セイジには両親も兄弟も居ない、からな)
 狼さんいらっしゃい、なんて言う呼び込みを聞きながら、ヴェルトールは獣耳を付けたアキの姿を見つめる。今夜は弟妹達にお菓子を沢山買いに来た――そんな物語を作ったアキ。沢山家族が居る、と言う設定にしたのは、きっと彼の願望なのだろう。
 ――だから自分は、目一杯甘えさせてやろうと思う。
「……俺はお兄ちゃんだからな」
 ノリノリでアキの手を引くヴェルトールは、そこで飴細工の店を見つけて足を止めた。どうやら飴作りも体験出来るらしく、軒先には色々な形をした飴細工が所狭しと並べられている。
「どうせなら体験飴細工で何か作ってこうぜ」
「手作りのオヤツかぁ……その方が良いかもな」
 ぐいぐいと積極的にアキをリードするヴェルトールは、先ず飴が出来る過程をじっくり見学する事にした。店主の手で伸ばされた飴が、みるみる内に形を変えていき――切って丸められた欠片は、わずかな指先の動きで見事な飴細工へと生まれ変わる。
(魔法みたいだ)
 思わずその動きに見とれたアキは、にこりと笑いかけてくる店主に無意識の内に呟いていた。
「リクエストは狼……。狼を八個」
 それは自分やヴェルトール、それに狼の弟妹達を思わせるもの。どうぞ狼さん、と言われて差し出された狼の飴細工を、アキは大切に懐に仕舞った。
 ――さて、次はお楽しみの体験教室だ。簡単なものを一個、とヴェルトールが試しに作ってみるも、やはり未経験ではなかなか上手には作れなくて。
「どうだ? できそうか?」
 一方アキを見遣れば、彼は型に流し込む飴作りに挑戦しようとしていた。形はハートに星に兎、と可愛らしいものが色々あるようだ。
「鍋、重たいだろうから、一緒に支えるよ」
「……ああ、有難う」
 ふたりで一緒に鍋を掴んで持ち上げて、無事に型へ流し込む作業は完了――飴が固まるまでに、飴細工のコツを教えてもらったり。そうこうしている内にあっという間に時間は過ぎ、店を出た所で仮面の魔法は解けた。
(……思い出も一緒に、全部袋に入れて。幸せごと抱えて帰ろう)
 沢山のきょうだいが居る夢は、終わってしまったけれど――いつか叶う時が来ればいい、とアキは思う。
「今日は頼もしかった」
 バザーを後にしながら、アキはヴェルトールの目を真っ直ぐに見て確りと告げた。その上で、彼は先を続ける――これからも料理や家事を分担してくれると嬉しい、と。
(ああ、確かに家事はセイジにまかせきりだったな。共同生活だもんな……)
 ルームシェアをして暮らしているふたりだったが、ヴェルトールはようやくその事に思い至って。わかった、と頷いて彼の手を取った。
「よしわかった。一緒にやるのも悪くない」

 ――ぽっ、と。彼らの携えていた幸運のランプに、幸せの灯火がともる。
 それは、この一夜がまぼろしでは無かったあかし。
 もう、同じ場所へは辿り着けない。そんな予感はあったけれど――この夜の思い出を、確りと胸に刻んでおこう。
 夜は、明ける。もうひとりの自分は、仮面と共に金の粉になって、はらはらと夜空に溶けていった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 神田珊瑚  )


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月08日
出発日 03月16日 00:00
予定納品日 03月26日

参加者

会議室

  • [6]叶

    2015/03/15-04:38 

    ご挨拶し損ねー。
    はじめましてなのはローランドさんとー…優純絆く…ちゃんも、直接お話はしてないかな。
    今回も楽しもうねーなお二人も、宜しくね。

    自分でないものになれるって素敵な響きだよねぇ…。
    どんなのにしようか迷っちゃう。
    皆がどんな感じに変わってるのかも、楽しみにしてるねー。

  • [5]アキ・セイジ

    2015/03/15-00:59 

  • [4]西園寺優純絆

    2015/03/14-20:25 

  • [3]西園寺優純絆

    2015/03/14-20:24 

    優純絆:
    ギリギリの参加、失礼しますですの~
    初めましての方は初めましてなのだよ!
    アイちゃんは久しぶりなの!

    んーどんな仮面にしよう?(ぽわぽわ
    あっお店で逢ったら宜しくですの~

    では改めて

  • 御挨拶遅れて、ごめんなさい。
    アイオライト・セプテンバーと白露パパだよー。
    初めまして、お店であったらよろしくねっ♪

    どんな仮面にしよっかなあ。わくわく。

  • [1]ローランド・ホデア

    2015/03/11-13:01 

    出発確定して何よりだ。
    アイオライト、お初にお目にかかるな。
    俺はローランド、こっちの狗はリーリェンだ。
    同じ店で行き合った同士、今後ともよろしく頼む。

    互いにどんな仮面を被るかは、結果を見てのお楽しみとしよう。
    では、よい一夜の夢を。


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