【灯火】君色フレグランス(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 時計の針が真夜中を差す頃、『幸運のランプ』を持って、人気のない原っぱに立ってみて。
 きっと、その不思議なバザーが姿を現すよ。

 ※

 ゆらゆらと不意に空間が歪んで、何もなかった筈のそこに、テントが立ち並びました。
 彷徨える『バザー・イドラ』に、今ウィンクルム達はやって来たのです。

 色とりどりの、大きさも様々なテントでは、不思議なものが沢山売られています。

「お兄さん達、よかったら寄って行ってよ!」
 明るい男性の声に、貴方とパートナーは足を止めました。
 何でしょう? ふわりととても良い香りがします。
「いい匂いだろ?」
 男性は笑うと、テントの中に入るように二人を手招きしました。
 上品な香りに誘われるように足を踏み入れれば、テントの外見とはかけ離れた空間が広がっていました。
 オリエンタルな木で作られた机と棚に、鮮やかな色の小瓶が並んでいます。
「これは香油だよ」
 男性は瓶を一つ摘んで、慣れた手つきで蓋を開けました。
 途端、芳醇で甘酸っぱい香りが辺りを包みます。
「洋梨の香り。良い香りだろ?」
 コクコクと頷くと、男性は嬉しそうに破顔しました。
「今さ、お客さんにオリジナルブレンドを作って貰うサービスをしてるんだ。よかったら、お兄さん達もやってみない?」
 

 素敵な香りに包まれたら、それは小さな幸せになるかもしれません。
 貴方はどんな香りを創り出してみますか?

解説

【バザー・イドラ】にあるお店で、オリジナル香水を作って楽しんでいただくエピソードです。

素敵な香りで幸せを見つけ、『幸運のランプ』に火を灯しましょう!

EXエピソードで、アドリブ多めになること、あらかじめご了承下さい。
参加費用として、「500Jr」掛かります。

プランに以下を明記して下さい。

・香水のベースとなるオイルを以下から選んで下さい。
 ホホバオイル、スイートアーモンドオイル、マカデミアナッツオイル、グレープシードオイル

・エッセンシャルオイルを選んで下さい。
 (複数混ぜあわせもOK。下記以外にご自身で好きな香りを記載頂いてもOKです。)
 ラベンダー、レモン、グレープフルーツ、ローズマリー、ひのき

・香りのイメージ

・お好きな香水瓶の形

・出来上がった香水をどうするか?(パートナーにプレゼントする、自分で使う、家族へのお土産など)
 ※プレゼントする場合は、ラッピングのサービスもあります。

なお、『幸運のランプ』はウィンクルム一組に一個の貸し出しとなっております。

※グループアクションも歓迎致します!希望される場合は、掲示板ですり合わせの上、プランに分かるよう明記頂けますと幸いです。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『グレープフルーツの香りが大好き!』な方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

香水を作って頂くエピソードです!
想像の翼を羽ばたかせ、是非、皆様に合った香水を作って頂けたらと思います。
え?この組み合わせだとそんな香りにはならない?
大丈夫です!
だって、ここは不思議のバザーですから、香りだってきっと不思議に素敵に変わります!

なお、EXですので、かなりな勢いでアドリブが多くなると思われます。
アドリブNGな場合は、くれぐれもご注意下さい…!

良い香りに幸せを見つけて、ランプに火を灯して下さい♪
お気軽にご参加頂けますと嬉しいです!

皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アイオライト・セプテンバー(白露)

  兄ちゃんじゃなくて、あたしはお嬢さんだもんっ

なんだか美味しそうだから、グレープシードオイル!←葡萄の種だって
それに、しっとりとラベンダーでしょ
他にぴりっとアクセントも欲しいけど、よく分かんないし、お店の人に相談しよっと
ペッパーとかがいいのかな
あのねー。悪女ーな感じにして、パパに色っぽいっていってほしいの
壜はお姫様のドレスみたいな形がいいな

沢山は却ってよくないんだっけ
首筋と手首と下着と(キャー・照)に、こっそりふんわり…
パパただいまー
ねー。あたし、ちょっと違わない?
分かんない?
しようがないなあ、えいっ(飛びつき
(ほっぺすりすり)どう?
あだるてぃでしょ?
女の子はすぐおっきくなるのです(いばりっ



鳥飼(鴉)
  自分で調合できるなんて、素敵です。

(鴉さんに作ってみましょう。どれをどのくらいが良いんでしょうか)
加減がわからないですね。(人差し指を唇に当て考える

グレープシードオイルに、レモンとマスカットを入れて。
すっきりほんのり甘くなれば良い感じです。

硝子の丸瓶。
蓋から伸びるワイヤーアートで羽を模った飾りつきのものを。

プレゼントですからラッピングもします。
箱に割れないように入れて、リボンを結んで。

鴉さん、良かったらどうぞ。
はい。折角ならプレゼントしたくて。

わ、ありがとうございます。
すっごく嬉しいです。(貰えると思った無かったので満面の笑み

(鴉さんが柔らかく笑うの、初めて見ました。ここに来れて良かったです)



フラル(サウセ)
  サウセと一緒にバザー・イドラを見て回る。
香水の店が目にとまり、立ち寄ってみることにした。

ベースのオイル:ホホバオイル
エッセンシャルオイル:ひのき
香りのイメージ:シンプルながらもそこに確かな存在を感じるようなイメージ
瓶の形:リンゴの形のもの

出来上がった香水はラッピングをしてもらい、サウセに渡す。
驚いた顔を見て、成功したと内心喜ぶ。

何かと世話になっているし、相棒に似合いそうな香りにしてみた。
控えめでいつも自分の後をついてくるサウセ。
だが、いざというときは前に立ち行動することを知っている。
一緒に行動できるのは嬉しいと思っている。
だから、そういうイメージの香りでお願いしてみた。
お前にだから、渡すんだ。


萌葱(蘇芳)
  これも大事なお仕事だよね
香水かー
折角契約したんだし、相互理解も必要だよね
蘇芳に合いそうな物作ってみようかな

美味しそうだと名前で選んだマカデミアオイル
リラックス効果狙ってラベンダー
お気楽学生と違って社会人は何かと大変そうだし

ほかに何か混ぜたら、渋い緑茶の香りにならないかな?
嫌いな匂いだって人、少ないと思うんだよね
ふんわり香る位なら邪魔にならないと思うんだけど
瓶は装飾過多よりシンプルな方が好きそうかなー

つけてくれとは言わないからさ、受け取ってよ
苛々した時の気分転換になるかもだし
これから長い付き合いになるんだろうしさ

え?俺にもくれるんだ
へぇ、なんか嬉しいね

ランプ見て
あれ、いつの間に火が付いたんだろ?



ハーケイン(シルフェレド)
  ◆行動
ハーケイン:香水を選ぶ
シルフェレド:実際に作り、瓶を選ぶ

◆心境
これだけ数があればあの香りがあるかも知れない
シルフェレドも似た香りはするが、何か足りない

気分が悪くなって来た……こんな匂いもしていた
頭痛がしてきた……これは違う
シルフェレドの顔が近い気がする
頭がぼんやりする……ああこんな感じの匂いだったかも知れない

側に居て居心地がいい人だった
大きな手が心地よく、不思議な香りも好きだった
大事にしてくれたと思う
俺も同じものを返したかった
もう二度と戻れまい
せめてあの香りだけでも側に……そう、この香りだ
大きな手の感触、この香り
懐かしい
とても心地がいい



●1.

 様々な色と形のテント。色々な人々が様々な物を売っている。
 得体の知れない生き物や食べ物だったり、この世のものとは思えない不思議な色彩の飲み物や陶器だったり。
「良い香りがするね」
 そんな中。
 フラルはふわりと漂う柔らかな香りに足を止めた。
「香り、ですか?」
 サウセがフラルの隣で首を傾けた瞬間、テントから店主らしき男性が現れる。
「おにーさん達、よかったら寄ってかない?」
 店主に誘われるまま、二人はテントの中へと入った。

「へぇ……香水」
 渡された小瓶を手に持って、フラルは瞳を細める。
「オリジナルブレンドか……作ってみようかな」
「……」
 フラルと香水の小瓶。この組み合わせは悪くない。
 そんな事を思いながら、サウセはフラルの視線が自分に向いているのに気付いた。
「どうぞ、作ってみてください。俺は見てますので」
「うん、有難う」
 フラルは微笑むと、棚に並ぶ小瓶に視線を向ける。
「まず、ベースになるオイルを選んでね」
 そんなフラルに店主がそう言って、オイルの並ぶ棚を案内した。
「色々あるんですね……」
「効能もあるからね。好みで選んでよ」
 オイルの並ぶ棚には札が取り付けてあって、オイルの名前と説明が丁寧に書いてある。
 フラルは暫し真剣に棚を眺めていたが。
「サウセはどんな効能のものが良いと思う?」
「……私、ですか?」
 不意に振り返ったフラルに尋ねられ、サウセは一つ瞬きすると彼の隣に歩み寄った。
 棚を見渡して、それぞれ札に書いてある説明にざっと目を通す。
「そうですね……これなど、良い気がします」
 『全身用の万能オイル』という単語が気になった。
「ホホバオイル……か」
 フラルは、サウセが目に止めた黄金色のオイルを手に取る。
「お目が高いね~! 保湿に美肌効果まであるオイルだよ。化粧水としても使えるんだ」
 店主の声にフラルは一つ頷いた。
「では、ベースのオイルはこちらにしよう」
 店主から渡された籠に瓶を入れる。
「有難う、サウセ」
「いえ、私は何も……」
 フラルのお礼の言葉に、サウセは少し肩を揺らした。
 表情を見なくても、彼が照れているのは理解る。フラルはにこっと微笑むと、店主に案内され、次の棚へ向かった。
 サウセは一つ息を吐くと、フラルの邪魔にならないよう、彼の近くで香水を眺める事にする。
 ふと、彼にはどういう香りが似合うだろうかと、そんな考えが過ぎった。
 メタルフレームの眼鏡を掛けた、フラルの端正な横顔を見つめながら、サウセは考える。
 爽やかな柑橘系もいいが、意外と派手な香りも似合うかもしれない。
(自分と違って堂々としていて華のある人だ)
 儚げな外見に、強い精神(こころ)を持っている彼には、きっと色々似合うだろう。
 サウセは無意識に、フラルに合いそうな香りを心の中で作っていく。
 柑橘系なら、柚子など似合いそうだ。
 派手さでいえば、カモミールが良いかもしれない。りんごに似た香りは甘く華やかだ。
 そんな事を考えながら、彼が出来上がった香水をどうするのかが気になった。
 彼が自分で使うのだろうか? それとも、誰かに?
 『誰か』と考えた時、僅かに胸に苦いものが込み上げる。
(なぜだろう。少しだけもやもやした何かを感じる……)
 香水をプレゼントするくらいなら、きっと大事な人に違いないから。
 一方、フラルは真剣に香水と向き合い、店主に質問を投げていた。
「これはどういう香りですか?」
「ああ、瓶を開けて匂ってみていいよ。そこに置いてるのはサンプルだから。手首に付けて匂ってみるといい」
「手首にですか?」
「そう。体臭と混じる事で香りは変化するからね。付けてみるのが一番だ」
「成程……」
 フラルは早速スプレータイプになっている瓶の蓋を開け、手首に付けてみた。
 すうっと匂って、思案顔になる。
 何を思って選んでいるのだろう?
 その様子を見ていたサウセは、不意にこちらを見てきたフラルと目があって、大きく心臓が跳ねるのを感じた。
「サウセ。ちょっといい?」
 手招きするフラルに、サウセは戸惑いつつ近寄る。
「手首出して」
 サウセが出した手首にしゅっと香水を噴き付けて、フラルは彼の手を取った。爽やかな木の香りがする。
 髪を掻き上げながら、サウセの手首に顔を近付けた。
 その仕草にサウセは何だか息苦しくなるのを感じる。この感情は何なのだろうか。
「うん、良い匂い」
 にっこり微笑んで、フラルはサウセの手を開放する。
「有難う」
「……お役に立てたなら、何よりです」
「うん、助かったよ」
 フラルは頷くと、続けて香水を選び始めた。
(どうして自分の手を使って……)
 サウセは香水を噴き付けられた手首を眺める。
 フラル自身のものならば、彼だけが試せば良かった筈だ。という事は──。
(彼が自分で使うのではない、という事か?)
 目の前の景色が少し暗くなるような、苦い感情が浮かび上がった。
 誰かへの贈り物に、彼があんなに真剣になっている。その事を、どうしてこんなに苦々しく思ってしまうのか。
 醜い感情だ。考えてはいけない。
 サウセは思考を閉ざすべく、再び香水を眺める事にする。
(サウセ、香水に興味があるのかな?)
 じっと棚を睨めっこしているサウセを横目に見つつ、フラルは選んだ香水の調合に入っていた。
「瓶からこうやってスポイトで香水を適量取ってね」
 店主の言葉に頷き、フラルは慎重にガラス製のスポイトを持つ。
 店主が調合する事も出来るとの事だったが、選ぶだけでなく、自分で作ってみたかった。
 少しの量の差でも、香りは微妙に変わってくる。香りを確認しながら、少しずつ香水を混ぜ合わせていった。
 イメージするのは、シンプルながらも、そこに確かな存在を感じるような……そんな香り。
 落ち着いた爽やかなひのきの香りが、深みを持った香りへと変化した。 
「うん」
 イメージ通りに出来た気がする。
「リラックス出来る香りだね~」
 店主にもそう褒めて貰い、フラルは嬉しそうに瞳を細めた。
「香水瓶、好きなの選んでね」
 店主が出したサンプルの中から、リンゴの形をした瓶を選んだ。丸いフォルムがシンプルで派手過ぎない。
 続けて、瓶を丁寧にラッピングする。
 箱に詰めて緩衝材を入れ、包装紙とリボンで綺麗に包み込む。
「お疲れ様。素敵に出来たね」
「有難う御座います」
 フラルは大事そうにラッピングした箱を持って立ち上がった。
「サウセ、お待たせ。出来たよ」
 香水の棚と睨めっこを続けているサウセに歩み寄ると、彼はフラルの腕の中の箱をじっと見る。
「どんなブレンドにしたのですか?」
 少しだけ彼の声が硬いのは気のせい?
 フラルは、小首を傾げてサウセを見つめると、ラッピングした箱を彼へと差し出した。
「それは、サウセが試して確認してみて?」
「……え?」
 ぴたっとサウセが停止した。
 驚いてる。驚いてる。
 フラルは悪戯が成功した子供のような笑みを見せる。
「何かと世話になっているし、相棒に似合いそうな香りにしてみた」
 控えめで、いつも自分の後をついてくるサウセ。
 だが、いざという時は、自ら前に立ち行動する事をフラルは知っている。
(そんなサウセと一緒に行動できるのを、俺は嬉しいと思っているんだ)
 だから、そういうイメージの香りを作ってみた。
(そんなサウセだから、お前にだから、渡すんだ)
「……」
 サウセの顔が紅いのが、上半分を覆う仮面の上からでも分かった。
「有難う、御座います」
 震える声で、サウセは箱を受け取る。
(ああ、この人は本当に自分を喜ばせるのが上手い……)
 真剣に香りを選んでいたのも、香りのテストを頼んで来たのも、全てはサウセに香りをプレゼントするため。
 その事が、こんなに嬉しい。
「大切にします」
「うん、大切に使ってくれると嬉しいな」
「……はい」
 サウセが頷いて、フラルは微笑んだ。
 その時、『幸せのランプ』に火が灯っていた事を、二人は知らなかった。

 帰宅してから、自室で、サウセは丁寧にラッピングのリボンを解いた。
 何となくフラルの前で開封するのは照れ臭くて──。
 包装紙を解いて現れたのは、キラキラ光るガラス製の香水瓶。りんごの形の丸いフォルム。つるつるする表面をサウセは指先で撫でた。
 高鳴る鼓動に僅か震える指で、香水瓶の蓋を開ける。
 途端、優しい香りがサウセを包んだ。
 森林の中に居るように深く──さり気ないけれど、確かな香り。
『相棒に似合いそうな香りにしてみた』
 フラルの言葉を思い出す。
 これが、彼が自分に抱いてくれている『香り』。
 ああ、なんて勿体無く、そして、なんて嬉しいのだろうか。
 フラルには、敵いそうにない。
 サウセはそっと仮面を外す。
 いつか、いつか──彼になら、素顔を見せられるのかも知れない。
 口元に柔らかい笑みを浮かべ、サウセは色彩の異なる双眸で、大切に大切に香水瓶を眺めたのだった。

 サウセから香る香りに、フラルが笑顔になるのは、その少し後の事だった。

「サウセが付けると、香りが更に優しくなった気がするよ」


●2.

 賑やかなバザーの中を、男二人でアテもなく歩く。
 蘇芳は、ハァと小さく気付かれないようにため息を吐いた。
(何かと戦えって話でもないから、神経尖らしておく必要もないが……)
 チラリと隣を歩くパートナー、萌葱を見遣る。
(良く知らん男二人で出掛けるというのもなんだかな……)
 背の高い男二人が並んで歩くのは、何というか目立つような気がして、それが余計に微妙な気持ちに拍車をかけた。
 萌葱と蘇芳が出会ったのは、ついこの間の事。
 神人として顕現したばかりの萌葱と、蘇芳が適応している事が判明して──トントン拍子だった。
 今日はウィンクルムとして、『幸運のランプ』に火を灯すべく、こうして『バザー・イドラ』へとやって来たのだ。
「面白い所だよね。色々あって目移りするよ」
 蘇芳と対照的に、萌葱はご機嫌な様子だった。
 否。出会った時から、蘇芳は萌葱がのほほんとした笑顔を崩したのを見た事は、ほとんど無い。
 今日だって、『これも大事なお仕事だよね』とか、気軽に構えて居るに違いなかった。
 楽天家気質であろう事は、短い付き合いの中からも分かっている。蘇芳とは正反対だ。
「香水かー。面白そう!」
 そんな事を考えていると、萌葱はあるテントの前で足を止めている。
 蘇芳は慌ててUターンした。
「ねぇ、入ってみようよ」
 戻ってきた蘇芳のスーツの袖を、萌葱は引いて笑う。
 『仕方ないな』という言葉を飲み込んで、蘇芳は萌葱に引っ張られるようにして、テントの中へ入った。
 テントの中には、色々な種類の香水が、棚に机に並べられ、華やかな雰囲気を醸し出している。
 萌葱は、店内を珍しそうに見渡す蘇芳をチラッと見た。
(折角契約したんだし、相互理解も必要だよね)
 うんと一つ頷くと、鼻にかけた丸めがねを指先で押さえた。
「蘇芳に合いそうな物、作ってみようかな」
 小さく呟かれた声は、蘇芳に筒抜けだった。
 蘇芳がぎょっとした顔で萌葱を見る。
「オリジナルブレンド作りたいです~」
 店員にそう声を掛ける萌葱に、蘇芳は額を押さえた。
(あいつにだけ作らせるわけにもいかないよな……仕方ない付き合うか……)
「俺も、お願いします」
 萌葱の後ろから、控えめにそう発言すれば、店員は「二名様ご案内~♪」と明るい声を上げたのだった。

「まず、ベースとなるオイルを選んでね」
 店員にそう案内されて、棚に並ぶオイルを二人で眺める。
「『マカデミアナッツオイル』って、何か美味しそうだよね」
 萌葱はそう言って、金色を帯びた、やや粘性のありそうなオイルの瓶を手に取った。
(美味しそう……って、俺に合うものを作るんじゃなかったのかよ)
 蘇芳はそんなツッコミを飲み込みながら、無難にホホバオイルを選ぶ。
 萌葱は蓋を開けて、オイルを匂うとおおっと瞳を輝かせた。
「ほのかに甘い香りがする! 蘇芳も匂ってみてよ」
 萌葱に瓶を向けられ、蘇芳は顔を向ける。
「確かに甘いな」
「マカダミアナッツを砕いて、冷搾したものなんだよ」
 店員の説明に、二人でへぇと瓶を眺めた。
「じゃあ、次は好きなエッセンシャルオイルだ。手首に噴き付けて、香りを確認しながら選んでね」
「色々あって迷うね~」
 棚を見つめ、萌葱が瞳を輝かせる。
「よく分からんな……」
 蘇芳は、棚に貼り付けられた札に書かれている香水の説明を眺め、スクエア型の銀縁眼鏡をくいっと上げた。
「迷う時は、効能を見てもいいかもね」
 店員のアドバイスに、萌葱は成程と頷く。
「じゃあ、これがいいかも」
 萌葱が手に取ったのは、ラベンダーの瓶。
 ラベンダーには『精神的ストレスや、疲労の回復効果があり、気分を落ち着かせ、感情のバランスを整える』と書かれている。
(お気楽学生と違って、社会人は何かと大変そうだし)
 試しに手首に噴き付けて匂ってみると、爽やかで甘い香りがした。
 一方、迷った挙句、蘇芳はひのきの瓶を手に取っている。
 何となく萌葱から木をイメージした。
「ねぇねぇ、店員さん」
 こそこそと萌葱は店員へ話し掛ける。
「他に何か混ぜたら、渋い緑茶の香りにならないかな?」
「ああ、それならば……シトラスとサンダルウッドを混ぜてみるといいかもね」
 店員は、萌葱に二つの香水を勧めた。
「あ、これもリラックス効果があるんだ」
 サンダルウッドの瓶の説明を読んで、萌葱はにっこりする。
(俺はどれだけ疲れた社会人と思われてるんだ……)
 蘇芳は少しだけ頭痛を感じた。

 二人は選んだ瓶を持って、香水調合を体験出来るブースへ移動した。
 それぞれに瓶とガラス製のスポイトが渡される。
 まずはベースとなるオイルを瓶に入れて、その中にスポイトで取ったエッセンシャルオイルを好みの量、加えていくのだ。
「少しずつオイルを加えていって、好みの香りにしてね」
 店員の言葉に頷き、二人はスポイトを手に持った。
(渋い緑茶の香りになりますように!)
 萌葱は、ラベンダーとシトラス、サンダルウッドを少しずつマカデミアナッツオイルへ投入する。
(緑茶の香りなら、嫌いな匂いだって人、少ないと思うんだよね)
 蘇芳は営業の仕事もしているらしい。万人に好かれる香りが好ましい筈だ。
(ふんわり香る位なら邪魔にならないと思うんだけど)
 どうせ作るなら、使って欲しいし。
 願いを込めて、丁寧に混ぜ合わせていく。
(外で洗濯物干して取り込んだ時の太陽の匂いのような、そんな感じの香りが良い)
 蘇芳もまた、慎重にホホバオイルにひのきのオイルを入れていた。
 萌葱に似合うイメージを考えた時、浮かんだのは『春の日だまり』。
 いつも笑顔でのほほんとしてて、お坊ちゃんで──。
 きっと、ウィンクルムとしての縁が無ければ、知り合う事も無かっただろうと思う。
 自分とは違う世界に生きている、そんな存在が、隣に居て、同じ時間、同じ空間を分け合い、こんな風に同じ事をしている。
 少しだけ、それが可笑しく、不思議に思えた。

「出来た!」
 緑茶の匂いにかなり近付いたと思う。
「美味しそうな匂いになったと思うなぁ♪」
 萌葱は満足な笑顔で、香水を入れる瓶を手に取る。
 装飾過多は蘇芳の好みでは無さそうなので、シンプルな平角瓶を選んだ。
 一方、蘇芳も出来上がりに満足そうにしつつ、香水瓶を選んでいる。
(……春らしくて良いな)
 白い陶器。青色の塗料で桜柄が描かれている瓶が、とても良いと思った。
 それに出来上がった『ひだまり』の香りの香水を入れる。
「はい」
 出来上がった香水の瓶を、萌葱は蘇芳に迷わず差し出した。
「つけてくれとは言わないからさ、受け取ってよ。苛々した時の気分転換になるかもだし」
 そう言って微笑む。
「これから長い付き合いになるんだろうしさ」
「受け取れと言うなら貰ってやる」
 僅か目を開いた後、蘇芳は差し出された香水瓶を受け取った。口元には微かに笑み。
 自分の為だけに作られた香水。悪い気はしない。
「貰うばかりってのもどうかと思うから、これはあんたにやる」
 ぽんと無造作に、蘇芳は萌葱に香水瓶を手渡した。
「え? 俺にもくれるんだ」
 パチパチと瞬きして、それから萌葱はふふっと肩を揺らす。
「へぇ、なんか嬉しいね」
 その笑顔を見て、蘇芳は手元の香水瓶を指先で撫でる。
(長い付き合いになる、か……まぁ、いがみ合うより友好につきあえる方が良いのは確かだな)
 彼がこんな風に笑ってくれるのは、悪くない。
 根拠はないけれど、何となく上手く付き合って行けそうな、そんな予感がした。
「あれ?」
 突然、驚いた声を上げて、萌葱が蘇芳のスーツの裾を引く。
「いつの間に火が付いたんだろ?」
 蘇芳が視線を向けると、確かに萌葱が机に置かせて貰っていた『幸せのランプ』に、火が灯っていた。
「蘇芳の幸せを見つけちゃったかな?」
「何処から来るんだ、その自信は」
 おどけて言う萌葱に、蘇芳は呆れ顔で頬杖を付いたのだった。──内心、少し動揺しながら。


●3.

 ──これだけ数があれば、あの香りがあるかも知れない。
 ハーケインは、棚に並ぶ香水の瓶達を眺め、紫の瞳に深い色を灯した。
 瞳を閉じて、深く深く想い出の中に潜る。
 忘れない、忘れる筈のない──狂おしいくらいに、懐かしい香りを記憶の奥から引き出して。
 あの香りを、もう一度感じたい。
「ハーケイン?」
 己の名前を呼ぶ声に、ハーケインはゆっくりと瞳を開けた。
 視線を横へ向けると、こちらを訝しげに見ている瞳と目が合う。
「どうしたんだ?」
 問い掛けてくるパートナー、シルフェレドから、仄かに懐かしいあの香りがした。
(でも、違う……)
 似た香り、なだけだ。何かが足りない。
 その何かを、ここでなら埋められるかもしれないのだ。
「……探している香りが、あるんだ」
 ハーケインはそう告げると、棚にある瓶に手を伸ばした。
 蓋を開け、顔に近付けて香りを確認する。
 甘い香りは、求めているものとは全く違うものだった。
「これではない」
 蓋を締めて瓶を棚に戻すと、別の瓶に手を伸ばす。
「どんな香りを探してる?」
 シルフェレドは手伝おうと、棚の瓶の説明札に視線を向けた。
「言葉では、上手く説明出来ない」
 難しい顔でハーケインが首を振る。
「違う、この香りではない」
 瓶を棚に戻しながら、ちらりとシルフェレドを見た。
「ただ──」
「ただ?」
「シルフェレドと──似た香りが、していた」
 ぽつりと、消え入りそうな声で告げられた言葉。
 シルフェレドが小さく目を見開く。
 ハーケインは、視線を手元に戻すと、黙々と瓶の蓋を開けて香りを確認する作業へと戻った。

 これは違う。これは似ている。
 いくつ瓶を確認しただろうか。
 ハーケインのこめかみ辺りが痛み出す。
 香りを嗅ぎ過ぎたせいだろうか。視界が歪む。
 痺れるような感覚の中で、想い出の香りだけを何度も思い出す。
(ん。足元がふらつき始めたな……これは外に出してやらないと不味い)
 シルフェレドは、傾き始めたハーケインの肩を掴んだ。
「ハーケイン。少し香りに酔ったんだろう? 外で休もう」
「……」
 彼の瞳がシルフェレドを見たが、僅か潤んだような瞳は頼りない光を宿して、何処か遠くを見ているようだった。
(シルフェレドの顔が近い気がする)
 ぼんやりそう思いながら、ハーケインは瞳を閉じる。
 意識に溶け込んでくるのは、あの香り。
「行こう」
 シルフェレドはハーケインの腕を取り、支えるようにして香水の並ぶ棚から離した。
「あれ? 香りに酔っちゃった?」
 店員が驚いた顔で、ハーケインを支えるシルフェレドを見る。
「大丈夫かい?」
「大丈夫だ。少し外で休ませてくる」
「それなら、テントの外にベンチがあるから、そこで休むといいよ。お水が要るなら用意するから言ってね」
「有難う。その時はお願いする」
 シルフェレドは店員にお礼を言うと、ハーケインを連れてテントの外へ出た。
 少し冷たい空気に、ハーケインが大きく息を吐き出す。
「ここで休んでいるといい」
 ベンチに腰を掛けさせると、ハーケインは分かっているのかいないのか、兎に角一つ頷いた。
 それを確認して、シルフェレドはテントの中に戻る。
(ハーケインは私と同じで、物事に対し淡白な所とそうでない所の差がある)
 ハーケインが籠に入れた香水の瓶を確認し、それに自分の選んだ瓶を合わせ、シルフェレドは店員に声を掛けた。
「オイルを選んだので、調合に入りたいのだが」
「じゃあ、こちらに来てくれる?」
 店員に案内され、シルフェレドはオリジナルブレンド作成のブースへと移動する。
(あれ程拘るのは、心底求めている証拠。ならば、完成させたいと思うのは、道理だろう)
 机の上にオイルの瓶を置き、改めて確認した。
 ベースはホホバオイル。
 エッセンシャルオイルは、イランイランとサンダルウッド、ネロリ。
「さて……私が使う香水とハーケインが反応していた物を考えるとこうなるが、気になる組み合わせになったものだ」
 口の端を上げて、店員の説明に耳を傾けてからスポイトを手に取る。
(一体誰がこの香りを使っていたのだろうか)
 尋ねて、簡単に教えて貰えるとは思えないが。
 丁寧にスポイトにエッセンシャルオイルを取り、ホホバオイルに混ぜていく。
 彼の求める香りに近付けば良いと、そう思いながら。

 出来上がった香水を、紫色の水晶を思わせるガラスの香水瓶に詰めて、シルフェレドはテントの外へ出た。
 ハーケインは、シルフェレドが運んだ時のままの状態で、ベンチに腰を掛けている。
 瞳は閉じられており、そのまま眠っているように見えた。
(仕方がない。このまま回収して帰るとしよう)
「帰るぞ、ハーケイン」
 シルフェレドが声を掛け、その腕を取った瞬間だった。
 ハーケインが動いたと思うと、まるで甘えるようにシルフェレドの胸に擦り寄ってくる。
「……この香りだ」
 ハーケインの唇から零れた声に、シルフェレドは瞬きする。
(どうやら、作っている間に、香水の香りが私に移っていたか)
 そしてそれは、彼の求める香りに仕上がっていたらしい。自然とシルフェレドの口の端が上がる。
 そうしている間に、ハーケインの指が、強くシルフェレドの服を掴んだ。
「この香りで正解だったようだな?」
 尋ねる言葉に、ハーケインの反応はない。半分眠っているようだった。
 シルフェレドはゆっくりとその背中に手を回し、銀色の髪を優しく撫でる。
 びくっと小さくハーケインの肩が揺れた。
(大きな手の感触、この香り)
 ハーケインの中で、遠い記憶が揺さぶられる。
 懐かしい。とても心地がいい。
 この香りと感触を、ずっと探していた。やっと見つけた──。
 すりっとシルフェレドの胸に頬を寄せて、ハーケインの頬が緩む。

 側に居て、居心地がいい人だった。
 大きな手が心地よく──彼から香る、不思議な香りも好きだった。
 彼は、ハーケインを大事にしてくれたと思う。
 だから──。
(俺も、同じものを返したかった──)
 彼がくれる温かなものを、彼へ返したかったのだ。
 けれど、もう二度と戻れまい。
(だから俺は、せめてあの香りだけでも側に……)

 満たされたような、あどけないハーケインの表情を眺め、シルフェレドは驚きを隠せなかった。
「……こんな顔もするのか」
 思わず呟いて、シルフェレドは胸に言い様のない感情が浮かび上がるのを感じている。
 今、ハーケインをこんな顔にさせているのは、己ではない、誰か。
(お前は、誰にこんな姿を見せていたんだ?)
 普段とは全く違う、子供のような。
 彼は、シルフェレドに誰の姿を重ねているのだろうか。
「教えてくれ──」
 シルフェレドは、只々、優しくハーケインを抱き留め、頭を撫で続けた。

 『幸せのランプ』に、火が灯っていた事に二人が気付くのは、まだ先の事。


●4.

 鳥飼と鴉は、二人並んで『バザー・イドラ』の中を歩いていた。
 様々なテントで、様々な呼び込みが二人に声を掛けていたのだが、鳥飼が興味を惹かれたのは、香水を売っているテントだった。
「オリジナルの香水ですか」
 普段、香水には縁の無い鴉は、僅かに首を傾ける。
「自分で調合できるなんて、素敵です」
 隣の鳥飼は、好奇心に瞳を輝かせていた。
「うんうん、是非作って行ってよ、お嬢さん」
 店員がにこやかにそう言うと、鳥飼は少しだけ眉を下げて店員を見る。
「お嬢さん、ではないです」
 男なんですよと続ける鳥飼に、店員は目を白黒させた。
「えっ!? そうなのかい?」
 日常茶飯事と言っていい光景に、鴉がクスッと肩を震わせて笑う。
 女性を見紛う容姿に、男性にしては高い声。鳥飼は女性に間違われる事が多い。
「と、兎に角! 作ると決まったら、こっちこっち!」
 誤魔化すように店員が明るい声を出し、鳥飼と鴉を店の中へと案内した。

「まず、ベースとなるオイルを選ぶんだ」
 店員に案内された棚には、大きめの瓶が沢山並んでいた。
「フィーリングで選ぶもよし、効能で選ぶもよし、じっくり選んでよ」
「効能もあるんですね」
「札に説明書きが。……色々あって迷いますね」
 鳥飼と鴉は並んで、籠を手に棚に陳列されているオイルの瓶を一つ一つ確認していく。
(鴉さんに作ってみましょう)
 鳥飼は鴉に合いそうなオイルを選ぶ事にする。
(私は使いませんからね。主殿が使うならと仮定して調合してみましょう)
 一方、鴉もまた、鳥飼に合うオイルを探す事にしていた。
「これ、鮮やかな緑ですね」
 鳥飼が気になったのは、グリーン色のオイル。
「グレープシードオイル、ですか」
 鳥飼が手に取ったオイルの説明文を鴉が読む。
「白ワインを作る時に得られる副産物らしいですよ。ビタミンEを豊富に含んでいるそうです」
「という事は、ブドウで出来ているんですね」
「正確にはブドウの種らしいです」
 鳥飼はじーっとオイルを見つめた。
「決めました。僕はこれにします」
 鳥飼は籠にグリーン色のオイルの瓶を入れる。
「ふむ……それでは、私は効能で選びましょうか」
 鴉は少し悩んだ後、ホホバオイルの瓶を手に取った。
 その黄金色のオイルを鳥飼が覗き込む。
「『全身用の万能オイル』、ですか」
 説明を読んで、鳥飼は微笑んだ。
「ビタミンやミネラルを豊富に含んでいる、という所が気になりました」
 鴉は瓶を籠に入れる。
「決まったみたいだね。じゃあ、次はエッセンシャルオイルだ」
 店員に案内されて棚を移動すれば、更に豊富な香水達が二人を出迎えた。
「実際、手首に付けて香りを確認していいからね」
 店員の言葉に頷いて、二人は早速棚に並ぶ気になる香りの瓶を手に取る。
 鳥飼が一番に気になったのは、レモンのオイル。
「爽やかで親しみやすいです」
 手首に噴き付けてみると、フルーティでフレッシュな香りが漂う。
「リフレッシュ出来る香りですね」
 うんと一つ頷いて、鳥飼はレモンの瓶を籠に入れた。
「柑橘系の香りですか……」
 鳥飼の様子を見ながら、鴉は柑橘系の香りが並ぶ棚へ視線を向ける。
 くどすぎない、すっとした香りが鳥飼には似合う気がした。
 そんな鴉の視線に止まったのは、グレープフルーツのオイル。
 早速手首に噴き付け、顔に近付けてみる。
 甘酸っぱくも爽快感が溢れる香りが漂った。良い香りだと鴉は思う。
「これにしましょうか」
 鴉は迷わず、グレープフルーツのオイルを籠に入れた。
「後、もう一種類入れてみたいですね……」
 鳥飼は、籠の中の二つのオイルを見てから、これに合うオイルを探す。
(グレープシードオイルは、ブドウで出来ていますから……)
「マスカット、ありました」
 匂いを確認すると、瑞々しい甘さを湛えた優しい香りがする。
(これなら合いそうです)
 鳥飼はにっこり笑顔で、マスカットのオイルを籠に追加したのだった。

 選んできたオイルを机の上に並べる。『幸福のランプ』も机に置かせて貰った。
「こういう風に、瓶からエッセンシャルオイルを取って──」
 店員は、スポイトで瓶からオイルを取るコツを、二人に実践しながら説明する。
「で、少しづつ香りを確認しながら、ベースのオイルに混ぜていってね」
 鳥飼と鴉は真剣にその様子を眺め、コクコクと頷いた。
「何だかドキドキしますね」
 スポイトを手に、鳥飼は真剣な眼差しを瓶に注ぐ。
(すっきりと、ほんのり甘くしたいです。どれをどのくらいが良いんでしょうか)
 じーっと瓶を眺め、鳥飼は人差し指を唇に当てた。
「加減がわからないですね」
 その考える仕草が柔和で、鴉はチラッとそれを見ると、
「所作が柔らかいのが、女性に間違われるのを助長していると思いますよ」
 そう呟いた。
「え?」
 鳥飼が驚いた顔で、大きく瞬きして鴉を見る。
(骨格も男にしては細いようですので、その所為もありますか)
 鴉は口元に笑みを湛えると、スポイトにオイルを少量取った。鳥飼へ視線を戻して口を開く。
「少しづつ混ぜて、香りを確認していくしか無いと思いますよ」
「あ、そ、そうですね」
 我に返った鳥飼もまた、慎重にスポイトにオイルを取った。
 恐る恐るオイルを混ぜていく。
「あ、また香りが変わりました」
「香りとは、こんなにも色々変わるものなのですね」
 オイルを入れる度、香りが変わっていくのが面白かった。
 二人は集中して、暫く作業に没頭したのだった。
 
 納得出来る香りが出来た所で、次は香水瓶を選ぶ事になった。
 ガラス製に陶器製、プラスチックまで、様々な香水瓶がある。
「これ、素敵です」
 鳥飼の目に留まったのは、ガラス製の丸瓶だった。
 蓋から伸びる、羽を模ったワイヤーアートが美しく特徴的だ。
 鴉もまた、ガラス瓶を選んだ。
 側面と底面には切子と、金属製のルネサンス透かし細工で覆われ、それが鳥籠にも見えるような、そんなデザインの瓶を。
(主殿の通称にも合いますね)
 丁寧に香水を瓶に入れ、完成する。
「ラッピングはどうする?」
 店員の問い掛けに、鳥飼はお願いしますと微笑んだ。
 香水瓶を箱に入れ、丁寧に緩衝材を詰める。
 それから、柔らかい薄葉紙を二枚重ねて、上面が花に見えるように可愛らしくラッピングする。
(そのラッピングもまた、女性に間違われるのを助長していると思います)
 鴉は香水瓶を左手でクルクルと遊ばせながら、その様子を眺めた。
「出来ました」
 綺麗にラッピング出来た箱を見つめ、鳥飼がにっこりと微笑む。
「鴉さん、良かったらどうぞ」
 そして、それを両手に乗せて、鴉へと差し出した。
「おや、いただけるので?」
 鴉は大きく瞬きする。
「はい。折角ならプレゼントしたくて」
 鳥飼は頷いて、真っ直ぐ鴉を見つめた。
「有難う御座います」
 鴉は笑みを返すと、鳥飼からその箱を受け取る。
「では、お返しと言っては何ですが……此方を」
 そして、左手で遊ばせていた香水瓶を鳥飼に渡した。
「わ、ありがとうございます」
 鳥飼はパチパチと瞬きした後、破顔する。
「すっごく嬉しいです」
 手の中の瓶を撫でながら、本当に嬉しそうに鳥飼は瞳を細める。満面の笑顔だった。
「何をそこまで喜ぶ事があるんです」
 クスッと鴉が微笑を浮かべる。柔らかい笑み。
「だ、だって嬉しいですから」
 鳥飼は心臓が跳ねるのを感じつつ、手の中の香水瓶を見つめた。
(鴉さんが柔らかく笑うの、初めて見ました)
 じわじわと嬉しい気持ちが込み上げてくる。
(ここに来れて良かったです)
 嬉しそうな鳥飼の様子を眺めながら、鴉はラッピングされた箱を撫でた。
(変な人だ……)
 あんな風に真剣に香りを選んで、調合して、瓶やラッピングまで凝って。
 それが全部、鴉のため、だったなんて。
 何のため、と理由を聞いても、きっと『そうしたかったから』と答えるのだろう。
 本当に、変な人だと思う。
(部屋にでも飾りますか)
 そっと笑みを深めたその時、鴉の視界に違和感が生まれた。
「……主殿」
「どうしました? 鴉さん」
 珍しく驚いている様子の鴉に、鳥飼が首を傾ける。
「火、灯ってます」
「あ……!」
 鴉が指差す先、『幸福のランプ』がぽぅっと灯りを灯していた。
「一体いつの間に……」
「香水に夢中で気付きませんでした」
 二人は顔を見合わせる。
 『幸福のランプ』は、誰の小さな幸せで灯ったのだろう。
 心当たりのある二人は、微笑み合ってから、灯る灯りを暫く眺めたのだった。


●5.

 思い立ったが吉日。
「お買い物してくる!」
 そんな声がして、白露が顔を上げた時には、アイオライト・セプテンバーの姿はもう無かった。
「プレストガンナーの私がいうのもおかしいですが、アイはまるで鉄砲玉ですね」
 ヤレヤレと小さく笑って、白露は聞こえていないだろうけれど、こう言った。
「気を付けて。ちゃんと戻って来るんですよ」

 『バザー・イドラ』のとあるテントの前に、アイオライトは居た。
「兄ちゃんじゃなくて、あたしはお嬢さんだもんっ」
 アイオライトは頬を膨らませて、店員を見上げる。
「ごめんよ、お嬢さん」
 店員は参ったなという顔で頬を掻き、それから笑顔でテントの中へアイオライトを導いた。
「あらためて、お嬢さん、どうぞ見ていってくれ」
「はーい!」
 アイオライトはにっこり微笑むと、テントの中へ足を踏み入れる。
「わぁ~綺麗な瓶がたくさんっ」
 青色の瞳を輝かせ、アイオライトは棚や机に並ぶ香水の瓶を眺めた。
「あたし、オリジナルブレンド作って欲しいなっ」
「よしきた! じゃあ、最初にベースになるオイルを選んでくれ、お嬢さん」
 店員は笑顔で、アイオライトをオイルの並ぶ棚へと誘導する。
「お嬢さんはどんな香りが好きかな?」
「えーっとね、色っぽい香りがいいの!」
 アイオライトはきっぱりそう言うと、香水瓶をキラキラした瞳で見つめた。
「色っぽい香り、かい?」
「あのねー。悪女ーな感じにして、パパに色っぽいっていってほしいの」
 アイオライトの言葉に、一瞬店員は何とも言えない顔をしたが、よしと笑顔で頷く。
「悪女なら、甘い香りがいいかな」
「甘い香り!」
 アイオライトはじーっと香水の名前を確認して、目に留まった瓶を手に取った。
「グレープシードオイル! 何だか美味しそう♪」
「葡萄の種のオイルだよ。美味しそうな甘ーい香りがするんだ」
 店員は蓋を開け、アイオライトに香りを確認させてくれる。グリーン色のオイルから、ふわっと香りが漂った。
「わ~甘くて美味しそう! ベースはこれにするっ」
「了解だ、お嬢さん」
 店員は籠にグリーン色のオイルを入れてくれた。
「次はエッセンシャルオイルだね」
「えーっとね、しっとりとラベンダーがいいかなって」
 アイオライトは青紫色のオイルの瓶を手に取る。
「お、なかなか良いチョイスだね!」
「でね、他にもぴりっとアクセントも欲しいの」
 悪女としては、とアイオライトはキリッとする。
「ペッパーとかがいいのかな~、店員さん、どう思う?」
 店員を見上げれば、彼は顎に手をやってうーんと唸った。
「ピリッとは少し違うけど……セクシーな香りなら、イランイランかなぁ。エキゾチックな香りに催淫効果があるよ」
 店員がアイオライトの手首に、イランイランを噴き付けてくれる。
 甘くて濃厚な、何とも色っぽい香りが漂う。
「刺激のある香りなら、マージョラムかな。ちょっと薬草っぽいけど、スパイシーな香りだよ」
「マージョラム?」
「シソ科の多年草だよ。肉料理や魚料理の香味としても使われてるんだ」
 店員は、これもアイオライトの手首に噴き付けて匂いを確認させてくれた。
「ハーブみたいな香りだ~」
「どう? 嫌いじゃない?」
「うん、どっちも入れてみたいなっ」
 アイオライトは満面の笑みで頷く。
「じゃあ、これで調合してみようか」
「は~い!」
 アイオライトは両手を挙げて頷き、店員と一緒に調合スペースへと移動した。

「じゃあ、おじさんが調合するから、お嬢さんが良いと思う香りに作って行こう」
「よろしくね、おじさん!」
 店員がスポイトを持ち、アイオライトはキリッとした顔で頷く。
「これくらいの甘さでどう?」
「う~ん、もう少し色っぽく、スパイシーがいいなぁ」
「よし、じゃあ、これでどうだ!」
「む、ちょっとスパイシー過ぎかも」
 二人で試行錯誤し、ブレンドしていく。
 やがて、アイオライトが大きく頷き、オリジナルブレンドの香水は完成した。
 アイオライトの選んだお姫様のドレスのような形で、キラキラのイミテーションのダイヤが輝く香水瓶に入れられる。
「お嬢さん、お疲れ様」
「おじさん、有難う! 早速付けてみたいな。お手洗いお借りしてもいい?」
「ああ、いいよ」
 アイオライトは個室に入ると、香水瓶を手に持った。
「沢山は却ってよくないんだっけ?」
 髪を掻き上げて、まずは首筋。それから両手首に控えめにスプレーする。
「それと……下着」
 キャー♪と赤面しながら、こっそりふんわり下着にも噴き付けた。
「うん、カンペキ☆」
 微かに漂う香りは、何ともセクシーだと思う。大人の女性に近付けた感覚。
 鏡で身だしなみも直して、アイオライトはにっこり笑った。大事に香水の瓶を鞄に入れて。
「おじさん、有難う! またね~!」
 個室から出ると、アイオライトは改めて店員にお礼を言って、テントの外へと駆け出す。

「パパただいまー!」
 元気よく手を振りながら走ってきたアイオライトに、白露はホッと息を吐き出した。
(迷子にならないで帰ってきてくれてよかったです)
「おかえりなさい。さあ、バザーの見学を続けましょう」
 二人は並んで歩き出す。
「何所へ行っていたんです?」
「ふふ~、ナーイショ♪」
 アイオライトはパチンとウインクして、白露を見上げた。
「ねー。あたし、ちょっと違わない?」
 期待に胸を高鳴らせ、瞳をキラキラ輝かせながら、白露に尋ねる。
 けれど、返って来た答えは、
「はいはい、アイはいつもどおり可愛いですよ」
 いつも通りの返事だった。
「分かんない?」
 アイオライトは、髪を掻き上げて、首筋を主張させた。香りが白露に届くように。
「……違うんですか?」
 白露は瞳をパチパチさせてから、アイオライトをよくよく観察してみる。
 特段、いつもと変わった所はないように思えた。
「しようがないなあ、えいっ」
 アイオライトは腕を伸ばして、思い切り白露に抱き付く。
 すりすりっと白露の身体に頬をすり寄せた。白露に香りを擦り付けるように。
「どう?」
 そして上目遣いに、じーっと白露を見上げる。
「え、ええと……」
 白露は思案顔になった後、こう答えた。
「アイ、重くなりましたね」
「……」
 むーっとアイオライトが頬を膨らませる。
「違うもん! 違うもん! あたし太ってなんかないもん!」
 ぽかぽかぽか。
 アイオライトがぐるぐる腕を回しパンチを放った。
「ごめんなさい、冗談ですよ」
 白露はアイオライトの拳を優しく受け止め、にっこりと微笑む。
「いい香りですね、似合いますから」
 その言葉に、アイオライトの顔がパァッと輝いた。
「あだるてぃでしょ? でしょ?」
「大人な甘くて素敵な香りです。アイ、いつの間にそんな香水を付けたんです?」
 尋ねながら、アイオライトが消えていた間、何をしていたか大体想像が出来て、白露はクスッと笑う。
「女の子はすぐおっきくなるのです」
 えへんと胸を張って、アイオライトはドヤ顔を見せた。
「ほら、瓶も素敵でしょ?」
 鞄からごそごそと香水瓶を取り出すと、白露へ差し出す。
「これは……美しい細工ですね」
 キラキラ輝く瓶を受け取って、白露はしげしげと眺めた。
「これをこの『幸福のランプ』に注いだら……どんな風になるんでしょうか?」
 アロマランプのように、ランプの熱でオイルを温めたら、芳香が拡散されて素敵な香りに包まれるのではないか。
「なんて、少し子供っぽい好奇心ですかね」
「えーっ、やってみようよ!」
 アイオライトは白露から香水瓶を受け取ると、『幸福のランプ』に垂らしてみた。
 ふわっと甘くちょっぴりスパイシーな香りが広がって──。
 それから、ぽうっとランプに火が灯った。
「ランプに火が灯ったよ! パパ!」
「……驚きました」
 二人は驚いてから、顔を見合わせて笑う。
 素敵な香りが、幸福を呼んでくれたようだった。
 暫く香りを楽しんでから、二人は手を繋いで歩き出す。
「アイ」
「なーに? パパ」
「帰ったら、オイルを湯舟に混ぜてみましょうか」
 きっと良い香りに包まれますと、お風呂好きの白露はにこにこしている。
「アイ、一緒にお風呂に入りますか?」
 そう白露がアイオライトを見下ろすと、
「ぱぱのえっち」
 アイオライトが頬を赤らめて呟いた。
「え?」
 白露が目を丸くする。
「でも、パパと一緒に入ってあげない事もないよっ」
 にこっと笑って、アイオライトは白露の手を引っ張った。
 一緒に入るお風呂は、きっと良い香りがして温かくて楽しい。
「早くお家に帰ろっ♪」

Fin.



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月26日
出発日 03月06日 00:00
予定納品日 03月16日

参加者

会議室

  • アイオライト・セプテンバーとパパだよー。
    よろしくお願いしまーす。

    えへへ-。悪女の香り作ってもらうんだ☆

  • [4]ハーケイン

    2015/03/02-14:58 

    ハーケインだ、よろしく頼む。
    好みの香水を作れるのはいいな。

  • [3]フラル

    2015/03/01-21:55 

    こんばんは。
    オレはフラル。よろしくな。

    へぇ、香水か。
    オリジナルブレンドってなんだかいいな。
    どの組み合わせをするか悩むな…。

  • [2]萌葱

    2015/03/01-16:10 

    はじめまして
    バレンタイン城奪還作戦?から、ウィンクルムとしてお仕事デビューした萌葱といいます
    隣に居るのは相方の蘇芳です、よろしくお願いしますー!

    香水かー、良い香りは気分が良くなるしね
    折角できた相方だし、これを機会に少し仲良くなれたら良いね~と思うんだけど

  • [1]鳥飼

    2015/03/01-10:38 

    僕は鳥飼と呼ばれています。
    よろしくお願いしますね。

    好きな香りを自分で作れるなんて、素敵ですね。


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