【メルヘン】甘くて黒いお菓子と親父(大江和子 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 バレンタイン城下内。
 オーガの脅威にさらされて、さぞや街が暗くなっているだろうと思えば、なぜかところどころに活気がある。
 この地区もそうだ。複数の菓子店がここぞとばかりに新作をだしている。
 本格的なバレンタインは祝えないが、菓子で恋の甘いきっかけをつくるだけならできるだろうというわけだ。
 いわばバレンタインもどきのイベント。デートやプレゼントは瘴気の払拭にもつながる。
 とある菓子店。
 父、母、息子の親子三人で営んでいる。
 これはチャンスだと父親の機嫌は上々だった。



「ふっふっふ……今年もこの季節が巡ってきたか。去年のバレンタインは煮え湯を飲まされたが、今年はそうはいかんぞ!
 店のディスプレイも変えたし、とびっきりの新作も用意した。今年、膝を屈するのは貴様のほうだサンダース!」

ガサガサ……

「ふーっ、ゴミ袋二枚も使っちゃったよ。
 あ、親父! 誰のいたずらか知らねえけど、店先が趣味悪い色紙で散らかってたから片付けといたぜ。
 昨夜よっぱらってた近所の大学生かな?」
「き、貴様ああ――――!!?」



「だから悪かったって親父。知らなかったんだよ」
「黙れ! ワシが精魂こめて作った流れ星のディスプレイをよくも……!?」
「はぁっ!? 流れ星!? まがまがしいオーラ放ったヒトデじゃなくて!?」
「そんな魔界の海の家の装飾みたいなものつくるか! そもそもヒトデはバレンタインとこれっぽちも関わらんわ!」
「流れ星こそ何の関係があるんだよ! せいぜい七夕の親戚みたいなイベントしか思いつかねえよ!」
「ふんっ、バレンタインだからハートなど凡夫の発想よ。そもそもハートの装飾だなんてサンダースの二番煎じなぞ誰がするか」
「……なあ、いい加減、諦めろよ親父。サンダースさんとこのハートのふわふわ紅茶シフォンにゃ敵わねえって。
 つか、サンダースさん親父に何か悪いことしたのかって、いつも戸惑ってんだぞ。
 一方通行の片思いで相手に迷惑かけんなよ」
「ワシの辞書に挫折の文字はない! あるのは挑戦だけだ! 無理なことなどあるものか!」
「いや無理だって……親父の専門、和菓子じゃねえか」



「これがワシの新作、“ハートのつやつやヨウカン”だ」
「ハートは使わねえんじゃなかったのかよ。あとサンダースさんの商品名パクんな」
「菓子にまで使わんとは言っとらん。あとパクりなどと人聞きの悪いことをいうな。インスパイアだ」
「こんな小学生みたいな言いわけする中年が和菓子職人だなんて……」
「こしあん、小倉、栗の三種にくわえ、練りヨウカン、水ヨウカン、蒸しヨウカンの三つに対応。
 どうだこの美しいハートの群れは! 全部ヨウカンだぞ!」
「(喉かわきそう……)」
「ちなみに抹茶味ははずした。味がかぶるからと、菓子のお伴の抹茶を頼まない人がでるかもしれないから」
「(ケチくせぇー………)」
「さらに甘いものが不得手なお客様には“ハートの磯部巻き餅”と“ハートの塩せんべい”を用意したぞ!
 わりと大きいから真ん中から割って少しずつ食べるのがお勧めだ!」
「(ハート割るのか……縁切り寺に置かせてもらえたら売れっかな……)」
「そしてこれが目玉商品!」
「うん? モナカ……?」
「ふっふ……ワシがそんな平凡なものをつくると思うか? これを椀にいれてお湯を注げば……」

コポコポ……

「……! 懐中しる粉か!」
「中には食べられるカードが入っている。このデコペンで文字を書いて皮に隠せば、相手にサプライズメッセージを送ることができるぞ!」
「いいじゃねえか、これなら……」

プカッ……

『餡のように 君の愛の砂糖で僕を甘くしてほしい』

「熱いしる粉に寒いモン入れんな」
「もう一枚あるぞ」

プカッ……

『 お前の笑みを 胸に秘め
  ただただ歩む 和菓子道
  雨に降られて 風に吹かれて
  それでも折れぬ 団子花 』

「浪花節かよ!? しかも意味わかんねえし! 切りもちぐらいの大きさしかねえのに細かい字つめんな!」
「さらに飲食のスペースがある中庭もリフォームした」
「聞きたくねえー……嫌な予感しかしねえー……」
「人工の桜の木と蝉の鳴き声音響を内蔵した人工の竹と人工の紅葉の木を植えて、地面にはスノーマシンで雪を積もらせた」
「まぜんな――――――っっっ!!!!!」
「これなら蝉の声にひかれて来れば、桜舞散る日差しの中で雪だるまをつくる麗しの乙女とめぐり会った秋のある日なんてシチュエーションも簡単に表現できる」
「んな精神が病んだ患者が提供した乙女ゲームみたいなシチュいらねえよ。つか、来たら困るよそんな客!」
「わかるだろう、もうなりふりなど構っていられんのだ……」
「急に疲れた顔すんなよ……」
「お菓子はおいしいけどお店はねー、と言われ続けて三十年、そろそろ誰かの幸せが空いてワシのほうに譲ってくれてもいいと思う」
「レストランのキャンセル待ちみたいな幸せでいいのかよ親父……」
「ワシは幸せになりたい! サンダースに勝ちたい! 少なくとも今年は成功させたいんだぁ……っ!」
「っだー! わーった、わーったよ! 協力してやっからいい年して泣くな!」
「その言葉を忘れるな」
「あ! 目薬! くそ、こんな古典的な手に……!」
「そうだ、アンケートもつけようか。答えてくれた方には、あなたの恋がうまくいくようワシらが神様に祈りますとか書いて」
「そんな露骨に余計なお世話を押しつけるから菓子はおいしいけどなんて言われるんだよ」

ガララッ!

「ただいまー」
「あ、お袋!」
「お帰り母さん」
「もうー、聞いてちょうだい! お店の看板に気味の悪いヒトデみたいなのが張りつけられてたのよ!
 全部はがすのに三十分もかかっちゃったわ。誰のいたずらかしら?」
「か、母さ――――ん!!?」

解説

※リザルトにはサンダースさんもシフォンも登場しません。プランに書かれても反映されませんので注意。
 会話に登場させるぐらいならOK(例:「あれ? シフォンのお店じゃないの?」)

※シリアスな雰囲気にはさせ辛いシナリオです。
 運が悪いと親父がデバガメをしそれを息子が止める騒動に巻きこまれます(NPCが絡む)。ギャグにされたくない方は注意。


【店】
やや大きめのごく普通の和の装いをした外観です。
不気味な装飾はありません。

【メニュー】
※商品の正式名称を一字一句書く必要はありません。ヨウカン、塩せんべいだけで充分です。

抹茶 1杯 100jr

ハートのつやつやヨウカン 一個 300jr
・幅5cm 厚さ2cm
・練りヨウカン、水ヨウカン、蒸しヨウカンの中からこしあん、小倉、栗のどれかを選んでください。
 (記入例:練りヨウカンのこしあん、【水、小倉】、などわかる記述なら何でも可。羊羹、漉し餡など漢字の変換記入も可)

ハートの磯部巻き餅 一個 200jr
・幅10cm 厚さ1cm

ハートの塩せんべい 一個 200jr(煎餅の漢字変換可)
・幅10cm 厚さ0.5cm

懐中しる粉 一杯 400jr
・希望者にはメッセージカードを入れられます。最高2枚まで。
 大きさは名刺ぐらいで色は白。味は淡白なせんべいといった感じ.
・デコペン(中身は甘くて黒いシロップ)で自分で書く、パートナーに気づかれないようメモや口頭でこっそり親父や息子に伝えて代わりに書いてもらう、の方法があります

【中庭】
飲食のスペースがあります。
親父が用意した季節混合デストロイスペースと、
息子が急遽用意した古都を思わせる和傘と赤い腰掛けのわびさびスペースの二種類があります。
親父はギャグ色とNPCの絡み場面が、息子はしっとり系と二人きりなる場面の描写が多めになる予定です。

【アンケート】
余裕のある方はぜひ。答えなくても問題ありません。
(記入例:菓子のようにスペースの季節を分けてほしい)

ゲームマスターより

閲覧ありがとうございます。大江和子です。
プロローグでは台詞だけでしたが、リザルトには地の文がつきます。
NPCの描写を抑え、皆様の描写中心で進んでまいりますのでご安心下さいませ。
キャラが崩れやすく、場合によってはNPCの接触もあるシナリオとなっておりますのでご注意ください。

なおNPCとの接触を完全に避けたい方は、神人か精霊のどちらかのプランに、文頭もしくは文末へ“N”(打ち間違いと区別するために大文字で。“”は抜かしてもOK)をつけてください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ロア・ディヒラー(クレドリック)

  注文 抹茶 練りこし羊羹 しる粉 
場所 季節混合

私、カフェじゃなくてこういう和風な所も好きだよ。なかなか自分じゃ行かないからつれてきてもらえて嬉しいかも。
注文はー甘いの食べたいからこれとこれと…メッセージ?折角だから交換して書こうか!出てくるまで内緒だよ。
(そういえばバレンタインだった…『クレちゃんいつもありがとうこれからも』えとなんて書こう。そうだ『ずっと一緒だよ』にしよう。クレちゃんこれで安心できるかな)
く、クレちゃん何故こちらを…
どこでもいいならあっちでもいいじゃん!

落ち着かないけど、和菓子は美味しいね。
甘いものいっぱいで幸せだなー。

ささげるってクレちゃん意味わかってるの!?





楓乃(ウォルフ)
  こんにちはー。きゃっ!豪快なお出迎えですね。
ふふ、親父さん元気ですね。

お抹茶1つと水ヨウカンのこしあんを季節混合の中庭で。
え?言い間違い?ふふ、間違えてないですよ。
あちらで是非。

わぁー…。すごい…!
一度に四季を全部見れるなんて素敵…。

桜も紅葉もこうやって散るのね。
人工物だってわかってるけど…、胸にくるものがあるわね。(どちらも見たことが無く感動)

蝉と雪は何だかミスマッチで面白いわね。
あ、そうよね。本当は全部ミスマッチなのよね。

お菓子も美味しいし大満足だわ♪
……ちょっと親父さんの視線が痛いけど、ね。(苦笑

・アンケート
お菓子と中庭に感激の言葉
親父さんの視線が辛いと書いているが、二重線で消されている


ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  蒸栗・抹茶・最中

和菓子もいいわね、休憩しましょう

(季節混合を見て拳をふるふる
春に出会い夏は秋にロマンスで冬はしっとり…混ぜるな危険、落ち着かないにも程があるわっ!

可愛い形、普通で安心したわ
親父さんの視線を感じる
期待してもあーんなんてしないわよ(ジト目

ありがと(煎餅をじー、ハート割っちゃうのね縁起悪そう

あむっと挑戦しようとし(顔近い…
そんなの出来る訳ないでしょう!

からかわれた事に気づき、むぅー、すとんと座る
休憩しに来たのに疲れるって、どういうことかしら(ご立腹

あら…でーとのお誘い?(動揺しつつ冷静にふふん
っ!(ぱっと精霊をみ
頬赤いを隠し両手で器を持ち飲む嬉しい

アンケ:お菓子は美味しいけどお店は…



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  抹茶
水・漉し餡

すごく斬新な装いのスペース
ちょっと気になりますけど…ラルクさんが拒否されるので、もう一つのスペースでお茶にしましょう

何にするか悩みますが…羊羹にします
あら、ラルクさんが甘い物を頼まれるなんて珍しい…
何かあるのでしょうか

美味しい…幸せ…店主さん、お見事です
他の羊羹も食べてみたいです
そう、持ち帰り!
持ち帰りも出来るようにして頂ければ、私、いつでも通いますので!

あら、お汁粉…中に何か…「いつもすまない」…?
…ふふ、おかしい
私は貴方だからこそいいパートナーでいられそうだと、今も思っています
これからも貴方の思うように戦ってください
そして時々、こうして甘い物に付き合ってくださいね



●開店


 親父は待った。客が来るのを。
 親父は目をこらした。どんな影でも逃さぬようにと。
 親父は耳をすませた。足音が聞こえやしないかと。

 親父は待ち、待ち、待ち続け……そしてついに苦労は報われたのだった。

「せがれーー! 客だ! 客が来たぞーー!! すぐに出迎えの準備だ!」
「はいはい。ご愁傷さまー」
「いらっしゃいませだろ!?」

●「楓乃さんとウォルフさんが来たぞー!」


「こんにちはー」
「人だ――っ! 肉体と魂を備えた人間が来たぞ――!!」
「怪しい村のシャーマンみてえな出迎えすんじゃねーー!!」
「きゃっ! 豪快なお出迎えですね」
 このとき、ウォルフは目の前の親父のテンションとストッパーをかける息子とちらりと見えた尋常でない飲食スペースの雰囲気に、すぐにも楓乃を連れて避難したかったのだが、とうの楓乃が
「ふふ、親父さん元気ですね」などと無邪気に笑っていたため、それはかなわなかった。
「お抹茶1つと水ヨウカンのこしあんを季節混合の中庭で。え? 言い間違い? ふふ、間違えてないですよ。あちらで是非」
「え? 楓乃、本気か?! 本当にそっちのスペースで喰うのか…?」
 注文を受けている息子と同じようなぎょっとした顔で、ウォルフが聞き返すと、楓乃はもちろんと力強くうなずいた。
「まぁ、別にいいけど…」
 目を輝かせながら言い切られてしまえば、ウォルフはもう何も言えない。
 不意に親父が近づいて、ウォルフの注文を引きうけた。
「オレは抹茶一つと塩せんべいな」
「何の塩せんべい?」
「え?!」
「何の?」
「や、だからその…、は、ハートのヤツ…だよ」
「親父、塩せんべいはこの一種類しかないだろう」
「おま…っ! 計ったなー!!」
「ハッハッハ! 青い! 青いぞ若人ぉっ!」
 入店してまだ五分もたっていないというのに、この濃厚なやりとり。
 ウォルフの精神は、真冬の寒暖計のようにみるみる下がっていく。
「と、とにかく席に着くか……って、オイ、親父…なんでついてくんだ?」
「この頃、物騒な事件が多いもので」
「本当は?」
「ヤングのフォーリンラブ、ウォッチしたい。ワシの心はいつでも多感なセブンティーン」
 実の息子に縄を巻かれながら親不孝者と叫ぶ親父を後に残し、楓乃とウォルフはあてがわれた席へと向かった。


「わぁー…すごい…! 一度に四季を全部見れるなんて素敵…」
「あーあー…何か落ち着かねー!!」
 春夏秋冬をミキサーにかけたかのようなこの空間の感想は、二人見事に正反対であった。
「よくお前、こんな所ではしゃいでられるな」
 呆れとも称賛ともつかない心情を吐露しながら、ウォルフはせんべいを噛み砕く。
 また、無駄に美味いのが悔しい。
 楓乃はウォルフの気持ちなどまったく知らずに喜んでいる。
 ふいに、その声が落ちついた。
「桜も紅葉もこうやって散るのね。人工物だってわかってるけど…、胸にくるものがあるわね」
 ウォルフは変化に気づき、そしてその意味を悟る。
(そっか…コイツずっと目が見えなかったから…)
 何も好奇心だけでここを選んだわけではなかったのだ。
「蝉と雪は何だかミスマッチで面白いわね」
「蝉と雪がミスマッチって…いや、全部ミスマッチだからな?」
「あ、そうよね。本当は全部ミスマッチなのよね」
「お前親父に感化されんなよ…」
 病で目がふさがれていた頃の楓乃にとって、桜と紅葉はどんな意味を持っていたのだろう。
 過ぎゆく冬を、また来る春を、どういう気持ちで見送り迎えていたのだろう。
「……ったく、しゃーねぇー。付き合ってやるよ」
 楓乃が見たいというのなら、心ゆくまで見せてやりたいと思う。どんな場所でも、連れていってやりたいと思う。
 それが、凍える氷上のオーロラでも、虫が飛びかう茂った草むらの蛍でも。
 なんならおぶってやってもいい。楓乃はきっと笑うだろう。
「え?」
「あー、独り言」
 柄にもないことを考えた自分に照れながら、ウォルフは誤魔化すように抹茶をすすった。
 楓乃はまた一通り風景を眺め、笑う。
「お菓子も美味しいし大満足だわ♪」
 それから目を明後日のほうへとそむけた。
「……ちょっと親父さんの視線が痛いけど、ね」
「え? ……あ! あの真っ正面の桜の木、親父だ!」
「よくぞ見破った、若人よ」
 トーテムポールのごとく、中身をくりぬいた桜の木をかぶった親父がそこに立っていた。
「お客さーん、ちょっと燃やすものができたんで、一時的に隣のスペースへ移ってもらえますか? 心ばかりの品を用意いたしました」
「楓乃、行こう。菓子があるってよ」
「わあ! 嬉しい!」
「わ、若人――っ!? 待ってこれ傷害事件……! 若人――っ若人――っ証人――……!」
 人殺しと叫ぶ親父を後に残し、二人は隣のスペースへと去っていった。


●「ミオン・キャロルさんとアルヴィン・ブラッドローさんが来たぞー!」

 二人は、ごく普通の外観をした和菓子屋を見つけた。
「ここはどうだ?」
「和菓子もいいわね、休憩しましょう」
 五分後。
 二人は悪魔の遊戯場のような場所へと案内された。
 桜吹雪と紅葉の雨が吹き荒れる雪の中、ジージーとアブラ蝉が鳴いている。
「春に出会い夏は告白秋にロマンスで冬はしっとり…混ぜるな危険、落ち着かないにも程があるわっ!」
 このとき、ミオンは握りしめた拳を震わせ
「おー、変った趣向の店だな」
 アルヴィンは感心したように頷きながらさっさと席に着いていた。
 すっかりくつろぎながら「ミオンはどうする」などとメニューを眺めている。
 なお、この様子をつぶさに観察していた息子は、何かあったら黒髪のお姉さんのほうに助けを求めようと決意していた。


「可愛い形、普通で安心したわ」
 出された菓子はまともであったことに、ミオンはひとまず安堵の息をついた。
 まずは一口、試してみれば実に味がいい。ハートの栗むしヨウカンはもちもちと舌触りが良かった。
 隣のアルヴィンも満足そうに練り小倉に舌鼓をうっている。
 もう一口と、ミオンがさらに菓子を崩したとき、突如、言いようのない悪寒が背筋を走った。
 ふり向けば、親父がいた。仁王立ちで竹やぶの中に。

――娘よ。

 親父は視線で訴える。

――そのヨウカンを隣の男に捧げよ……小首を傾げながら捧げるのだ……!

「期待してもあーんなんてしないわよ」
 ミオンは親父の期待を視線でばっさりと斬る。
 すると再び悪寒が。今度は隣から。

――できるだけ大きな栗をいれてほしい。

「食べたいなら自分で注文しなさいよ!」
「抹茶お待たせしましたーって、うおっ!? なんだこの空気!?」
 異様なほど進んでいた空気の親父化に息子はびくりと身を震わせた。
 その空気を破るように、アルヴィンが息子に声をかける。
「あ、注文追加。塩せんべいを頼む」
「は、はあ……」
 物怖じしないアルヴィンの様子に、息子は戦慄めいた感覚を覚えたが、何も言わずにせんべいを取りに戻った。


「甘いのの後はしょっぱいの食べたくならないか?」
 一般論なのか個人の感想か、そんなことを言いながらアルヴィンは半分に割ったせんべいをミオンに渡す。
「ありがと。あ……」
「どうした?」
「ちょっと……縁起悪いかなって」
 定番の丸なら問題はない。だがこれはハートだ。
 心の割れた姿は見ているだけで痛々しい。
「んー。気になるなら、くっつけて両端から食べたらどうだ?」
 アルヴィンはせんべいの割れ目を合わせてから端を噛み、反対側から食べるようミオンに促す。
 ミオンは口を開け、せんべいに近づき……寸前でようやく気づいた。
「そんなの出来る訳ないでしょう!」
 何をさせようとしたのかこの男は。
 顔が熱い。なぜか唇も。
 アルヴィンはおもしろそうに笑っている。
 からかわれたのが悔しくて、ミオンはむうと頬を膨らませて拗ねてしまう。
「休憩しに来たのに疲れるって、どういうことかしら」
 景色に、親父に、アルヴィンに、ミオンの平穏は一方的に消費されっぱなしだ。
 そんな間近の不幸をよそに、アルヴィンは懐中しる粉を追加注文する。
 しょっぱいものを食べたら、甘いものが欲しくなったらしい。
 ……菓子が食いつくされるまで、続くのだろうかこのコンボは。
 今度は親父が盆を携えやってきた。
「おかわりで売り上げ貢献最高(たくさん召しあがっていただきありがとうございます)」
「……本音と建前が逆よ」
 ミオンにはもうつっこむ気力すらない。
 ため息をつきながら、箸で皮を崩す。
 ぷかり、と何かが浮かび上がった。

『次はゆっくり来よう』

「アルヴィン……?」
「さっき店頭で見かけてな、頼むとメッセージを入れてくれるんだそうだ」
「あら…でーとのお誘い?」
 ふふん、とミオンが余裕の笑みを見せたのは、内心を気取られぬための仮面だ。
 きょとん、とアルヴィンの視線が浮くが、やがて合点がいった様子で笑い、ぽんっとミオンの頭に手をのせ撫でた。
「そうだな、ミオンと一緒は楽しいよ」
 その殺し文句の衝撃といったら。
「っ!」
 一瞬だけ、ミオンはパートナーを眺め、それからすぐに器を持ちあげた。
 頬の赤さを隠すために。
(どうしよう、嬉しい……)
 隣のアルヴィンはうまそうにしる粉を食べている。
 ミオンは湧きあがる感情のせいでしる粉の味がわからない。
 それでも、こっそりと、メッセージは最後まで残しておいた。
 

●「アイリス・ケリーさんとラルク・ラエビガータさんが来たぞー!」

「すごく斬新な装いのスペース」
「…いや、俺には何も見えない。俺に見えるのは和傘と赤い腰掛けのあるスペースだけだ」
 素直に事実を受け入れるアイリスとは対照的に、ラルクは目の前の現実の逃避を選択する。
 そこまで拒否するなら、と、スペースはラルクの案が受け入れられた。
「何にするか悩みますが…ヨウカンにします。こしあんの水ヨウカン、それと抹茶を」
「俺は抹茶と塩せんべい。あと懐中しる粉」
「あら、ラルクさんが甘い物を頼まれるなんて珍しい…」
「……まあな」
 何かあるのだろうかという顔をしながらも、アイリスは特に何も言わない。
 一足先に席へと赴くアイリスを見届けてから、ラルクはすばやく親父に近づき、何事かを伝えた。
 親父は首を傾げた。
「なんだ、親父?」
「いや、それくらいならお前さんの口から……」
「野暮なことは言うもんじゃないぜ」
 その意味ありげな笑みに、何かを感じたのか、しばしの思案のあと親父は心得たとばかりに胸を叩いた。
「よしきた。ワシに任せろ若人よ」
 ラルクはもう一度笑い、それから席へ向かった。


 そこは息子が急ごしらえでつくったスペースだったが、雰囲気は良かった。
 必要なものはそろっているし、足りないものはない。
 静かな空気の中で、アイリスの絶賛が響く。
「美味しい…幸せ…店主さん、お見事です。他のヨウカンも食べてみたいです」
 丁寧につくられた餡と、しっかりと寒天を練りこんだこの菓子は、軽く、喉ごしがよく、いくらでも食べてしまえそうだった。
 それでいて、小豆特有のずん、とした存在は確かに舌に感じるのだ。
「おい聞いたかせがれ! ワシの菓子、若い娘さんに大好評!」
「ありがとうございます。父がこれを聞いたらとても喜ぶでしょう」
「聞いてるよ!? 何であの世に語りかけるような口調で言うんだお前は!」
 ラルクも菓子の味に表情を変える。
「…お、形はともかく上手いな、せんべい。個人的には抹茶も出してもらえるってのがポイント高い」
 抹茶はしっかりと濃かったし、せんべいはまぶした塩からして店主独自のこだわりがわかる。
 この親父、菓子の腕だけは確かなのだ。
 ラルクは隣のアイリスに目を移した。 
「アンタ、本当に甘いもんには目がないよなぁ。もし持ち帰れたら山ほど買って帰ろうとしたんじゃないのか」
「そう、持ち帰り! 持ち帰りも出来るようにして頂ければ、私、いつでも通いますので!」
 勢いこんで主張するアイリスの姿など、めったに見られるものではない。
 いつもは静かな水面が、たったひとつの石でいくつもの波紋を滑らせる光景を擬人化したようだ。
「お、母さん」
「っと、しる粉も来たか。そっちはアイリスに出してもらう」
「せがれよ、戻るぞ」
「は? な、なんだよ急に」
 親父に背中をおされて、息子は戸惑うが、それでも指示には従い去る。
 アイリスも思いがけないプレゼントに、少々面食らっていた。
 とりあえず、受け取り、箸で皮を崩してみる。
 ぷかり、と答えが浮かびあがった。

『いつもすまない』

 アイリスが何かを言う前に、ラルクが口を開いた。
「んー、アンタは自分を守ると張り切るような奴と組みたくなかったと言ってたし、俺もそういうタイプじゃないが、それでもアンタよりも敵を優先しがちだからな」
 詫びというよりかは、礼だった。思った以上に自由にさせてくれることへの。
 アイリスは小さく笑った。
「…ふふ、おかしい。私は貴方だからこそいいパートナーでいられそうだと、今も思っています。これからも貴方の思うように戦ってください」
「そういってもらえると助かる」
 それからアイリスは悪戯っぽく目を輝かせた。
「そして時々、こうして甘い物に付き合ってくださいね」
 たとえば、“10”だと予期してめくればやはり“10”だった。そんな裏面が意味をなさぬカードのような存在だったのなら、彼らは相手に興味をもっただろうか。歩み寄ろうと考えただろうか。
 アイリスは器を唇へと傾ける。
 甘い。
 渋い小豆も、わずかな手間でこんなにも甘くなるのだ。

●「ロア・ディヒラーさんとクレドリックさんが来たぞー!」


 クレドリックは店の外観を見て呟いた。
「…菓子の評判はいいが店は…とのことだったが問題なさそうだな」
 息子は店内からクレドリックを見て小声で叫んだ。
「問題抱えてそうな客が来た――っ!? 精神が病んだ患者が提供した乙女ゲームの攻略キャラみたいな男だ――っっ!?」
 ロアはクレドリックのほうを向きながら、はしゃいだ声をあげた。
「私、カフェじゃなくてこういう和風な所も好きだよ。なかなか自分じゃ行かないからつれてきてもらえて嬉しいかも」
 親父はロアを見ながら息子に相談をもちかけた。
「せがれ、あの娘をさらおう。看板娘にするんだ」
「ふざけんなバカ!? なんで親父が精神病んでんだよ! つか、見たくねえよ実父が手錠にかけられる姿なんて!」
 はやくも店内に暗雲が立ちこめ始めていた。


 ロアは手際よく、二人分の注文を済ませていく。
「注文はー甘いの食べたいからこれとこれと…」
 抹茶 練りこし羊羹 しる粉……視線をさまよわせていると、メニューの隅の小さな記入を見つけた。
「メッセージ?」
 どうやらしる粉のサービスらしい。
 いいことを思いついたとばかりに、ロアはパンッと両手を合わせた。
「折角だから交換して書こうか! 出てくるまで内緒だよ」
 クレドリックも了承し、二人は甘いペンを走らせる。
 二人が何を記したか、それは後のお楽しみに。


ヒラヒラ…(桜)

ハラハラ…(紅葉)

ミーンミンミンミンミン……ジージージージー……カナカナカナ……ツクツクホーシツクツクホーシ……ホーホー、ホッホー……

「く、クレちゃん何故こちらを…」
 雪を踏みしめながら、ロアはこれだけをいうのがやっとであった。
「何故とは…全ての季節を同時進行とは混沌の極み、常人のなせる業ではない。それに私はロアとならどこでもいい」
「どこでもいいならあっちでもいいじゃん!」
 なぜ季節が合コンをしているようなやかましい場所で食さねばならないのか。

リーンリーン……スイッチョ、スイッチョ……

「ふむ、秋の虫か」
「……とりあえず、座ろうかクレちゃん」
 ロアは一切の考えを放棄した。

「落ち着かないけど、和菓子は美味しいね。甘いものいっぱいで幸せだなー」
 目の前は地獄だが、口の中は天国だった。
 看板ならぬ評判に偽りなし。経営はともかく菓子はうまい店というのは事実だったようだ。
「ロア、懐中しる粉だ」
 ある意味、本日のメインがきた。
 器を間違えないよう気をつけながら、それぞれのしる粉を手にとる。
「じゃ、せーので中を開けよう!」
「了解した」
 二つの皮が同時に破れる。
 最初にメッセージを見つけたのはクレドリックだった。

『クレちゃんいつもありがとうこれからも』

『ずっと一緒だよ』

「バレンタインだしねー、何を書こうか迷ったんだけど……」
 照れたロアの声。
 クレドリックは動かない。最後の言葉を、くり返しくり返し、なぞるように見つめている。
(ずっと一緒…)
 不意に心の底が温かくなる。正体は安堵だった。
 温もりは、荒れた波をゆっくりと凪いでいく。
(そうか……)
 クレドリックは小さなことに気がついた。
(鍵をかける必要はないのか……)
 命令をせずとも、ロアはいつもそばにいてくれたではないか。
 クレドリックはただ一言、「ありがとう」と呟いた。
「クレちゃんは何を書いてくれたの?」
 次はロアの番だ。
 箸で皮を崩すと、ハートで飾られた可愛い丸文字のメッセージが現れた。

『私のすべてをロアに捧げる』

「ささげるってクレちゃん意味わかってるの!?」
 とんでもない爆弾に、ロアの頬が赤く燃える。
「意味も何も、私の素直な気持ちを書いたのだが……」
 クレドリックにしてみれば、一切の加工もしない、そのままの気持ちを書いただけだ。
 あと丸文字にはちょっと自信がある。
「だ、だからって……!」
「む? ――ロア、さがれ!」
 突如、クレドリックはロアを庇うように立ちあがった。
 眼前に禍々しいオーラを放った親父が現れた。
「やるな若人」
「え? な、何が起こってるの……?」
 ロアにはわけがわからない。
「私にはわかる。その目はロアをかどわかし、看板娘へと仕立て上げ、大衆スマイルなポスターをはり、一分三十秒の店のテーマソングを歌わせる、私利私欲に満ちた醜き目だ!」
「なんで視線だけでそんな具体的なことがわかるのクレちゃん!?」
「クックック……話が早い。娘をよこせえぇぇ―――!!」
「ロア――!! これが私の心だ―――!!」
 二つの影が交差するその刹那、空調設備の狂った強い春風が、ピンポイントに二人を狙い吹きつけた。

 ビュウッ……キラッ!

「クレちゃ――――ん!!」
「親父――――――――!?」

 真昼間の青空に、二つの星がきらめいた。


●閉店


 その夜、親父は我を忘れてはしゃいでいた。
 手には記入済みのアンケート用紙が握られている。
「『楽しかったのでまた来たい 精霊Aさん』『お庭も綺麗でお菓子もおいしくて幸せでした 神人Kさん』どーだこの好意的な意見! ワシもまだまだ捨てたモンじゃないだろう!」
 息子もアンケートを読み上げた。
「『お菓子はおいしいけどお店は…(※最後まで書こうかどうか迷って結局やめたらしい途切れた文) 神人Mさん』『親父さんの視線が辛い(※文字を潰すまでには至らなかった二重線) 神人Kさん』ああ、修正液渡し とくんだった」
「あーあーあー!! 聞こえない聞こえない!」
 息子の冷たく突きつけた事実も、今の親父を冷ますには至らない。
 親父はチャンピオンのごとく、拳を高々とあげた。
「みたかサンダース! ワシはまだ戦える! 貴様の前に立てるんだワシは!」
「(前向きだけど、敗北前提の台詞だよなアレ)」

ガララッ!

「ただいまー」
「お帰りお袋」
「あ、母さん」
「もうー、聞いてちょうだい! サンダースさん、今度どこぞの貴族のウェディングケーキを頼まれたんですって! 花嫁の娘さんが紅茶シフォンの大ファンだからってね! 不景気だなんだ
っていうけど、やっぱりくるところにはくるのねえ!」

ダッ…!

「お、親父! どこ行くんだよ親父! 高血圧なのに走るなよ親父! 親父――――っっ!!!!」

 その後、親父がどこへ去ったのかは誰も知らない。
 息子は探さなかったからだ。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 大江和子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 02月03日
出発日 02月08日 00:00
予定納品日 02月18日

参加者

会議室

  • [4]ロア・ディヒラー

    2015/02/07-18:02 

    ロア・ディヒラーです、皆さんもお菓子の香りに誘われて来たのですねー!

    季節感が凄い意味不明な箇所があるわね…あそこでたべるのもまた一興かな…
    (季節混合スペースを見て遠い目しながら)

    懐中しることか暖まりそうで良いなあー。どれ食べようか迷っちゃう。

  • [3]楓乃

    2015/02/07-12:07 

    楓乃です。皆さんお久しぶりです。
    甘い匂いに惹かれてついつい来ちゃいました。

    お菓子どれもハート型なんですね。可愛い。
    ど・れ・に・し・よ・う・か・な!ふふ♪

    お菓子も気になっちゃいますが、
    やっぱりそこの季節混合スペースが気になってしまって、うずうずしてます…。

  • [2]ミオン・キャロル

    2015/02/06-14:33 

    ミオンです。
    お久しぶりの方もこの前ご一緒した方もよろしくお願いします。

    疲れたから休憩しに来たわ。
    外観は普通だと思ったのに…お菓子は大丈夫かしら(季節混合スペースを見ながら)


    アルヴィン:
    甘いのとしょっぱいのって永久コンボだよな。
    何喰うかな(にこにこ、神人を気にせず注文中)

  • [1]アイリス・ケリー

    2015/02/06-11:32 

    アイリス・ケリーと申します。
    御一緒したことがある方ばかりですね。
    どれも美味しそうで、何を頼むか迷ってしまいます。
    それでは、どうぞよろしくお願い致します。


PAGE TOP