プロローグ
大きな金の瞳をくるくると動かしながら、朱色の髪を後ろで一つにまとめた少年が、A.R.O.A.の受付前の柱に隠れていた。
「……ここが、タブロスにあるA.R.O.A.の本部かあ……」
初めて来た人間界に、少年はきょろきょろと周囲の様子を伺う。
彼は、人間界とは時空を異にする、天界と呼ばれる神々の住まう世界からやってきた神の遣い――童子(どうじ)の少年である。
このたび、天界で恋愛を司る役所の一つ『初恋宮(はつこいぐう)』に、新人女神の甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)が就任した。
それだけならおめでたいことだったのだが、姫は突然『人間界風紀粛清大作戦』という大規模な恋愛粛清令を敷き、人間界は大変なパニックを起こすことになったのだ。
なぜ女神がそんな極端な命令を下してしまったのかというと、彼女が恋愛について本で蓄えた紙面上の知識しかなく、人を愛することの本来の素晴らしさを知らなかったためだ。
このままでは、人間界は自由に恋愛ができなくなってしまうため、なんとしても女神に作戦を取り下げて貰わなければならない。
そこで、女神の補佐役であり、妖怪たちの暮らす世界にある紅月ノ神社(あかつきのじんじゃ)の宮司を務める妖狐の長――テンコは、散々悩んだ末、女神にもう一度作戦を考え直して貰うように提案した。
それを聞いた女神は、人間界の恋愛模様を見せて貰ってから考えたいとテンコに伝え、自分の髪の毛から自らの一種の分身を造りだし、彼らに人間界の恋愛の様子を自分に報告するように指示を出したのだ。
その役目を担った姫の分身の一人が、この少年――織夜(おりや)のような童子である。
「……甕星香々屋姫様のご指示で人間界に来てみたはいいけど、ウィンクルムの皆様のデートを見学させてもらって、その様子を姫様に報告しなきゃならないんだよな……。俺なんかに務まるかなあ……」
織夜は初めて人間界に来たばかりで、ウィンクルム達と会うのも初めてであるし、そもそも恋愛とは何かについてもよく分かっていなかった。
そのため、とりあえず専門性の高い仕事を受け持ってくれるA.R.O.A.本部に来てみたのだが、いまいち勇気が出なくて踏み出せない。
どうしたらいいんだろう……と小さく息を吐いた時、後ろから軽く肩を叩かれた。
「こらこら、子供がこんな所に迷い込んで何してるんだ? A.R.O.A.に依頼でもあるのか?」
振り返ると、A.R.O.A.の職員らしき男性が、書類を小脇に抱えながらこちらを見下ろしていた。
織夜は、これ幸いと男性職員に飛びついて、今までの顛末と事情を説明する。
すると、職員は彼を安心させるように微笑んだ。
「ああ、お前、甕星香々屋姫様の童子だったのか。事情は宮司のテンコ様から聞いているよ。ちょうどこれから、ウィンクルムの皆が紅月ノ神社に初詣デートに行くらしいんだ。お前もそこに同行させて貰えるように、頼んでみるよ」
「ありがとうございます! ウィンクルムの皆様と初めてお会いするので、俺、すごく楽しみです」
こうして織夜は、初詣に出かけるウィンクルム達とご一緒することになる。
相手を想う心の大切さや、人を愛する喜びを皆に教えて貰い、恋愛の素晴らしさを姫に伝えるために。
解説
【解説】
ご覧いただきありがとうございます。山崎つかさ(やまざき・―)です。
妖怪世界にある、紅月ノ神社に初詣に出かけるラブコメディのお誘いです。
今回は、神社で参拝後、おみくじを引いていただきます。
【課題】
1.お賽銭、おみくじ代…300Jr
(晴れ着を着てくださってもOKです)
2.神人さんと精霊さんで、神様に参拝する様子をご記載下さい。
・「今年こそあの人に気持ちを伝えられますように」と決意を固める。
・「今年も貴方と一緒に幸せでいられますように」と幸福を願う。等。
お互いに、面と向かっては言えないけれど、心に秘めた想いや決意を神様に願い、絆を深めていただけたら嬉しいです。
3.神人さんと精霊さんで、それぞれおみくじを引く様子をご記載ください。
ダイス判定で、新年の全体運を占うおみくじを引いていただきます。
会議室で書き込みをしてくださる際に、ダイスA、ダイスBそれぞれ6面ダイスを振って下さい。
出た目の数で、『大吉・中吉・肉吉・凶』となります。
引いたおみくじの内容に沿ったプランを書いていただけると助かります。
・ダイスA:神人が引いたおみくじ
・ダイスB:精霊が引いたおみくじ
ダイスAorB(6面):1→大吉
ダイスAorB(6面):2→大吉
ダイスAorB(6面):3→中吉
ダイスAorB(6面):4→中吉
ダイスAorB(6面):5→肉吉
ダイスAorB(6面):6→凶
(例)【ダイスA(6面):1】【ダイスB(6面):3】
上記が出た場合は、神人さんの引いたおみくじが大吉、精霊さんの引いたおみくじが中吉となります。
以上2つの課題をプランに書いていただけると助かります。
なお、NPCで童子の織夜が同行いたしますので、ご用がございましたらお声掛け下さい。
去年の感謝を神様に捧げて、新年が楽しく素敵な年になるように初詣に出かけませんか?
皆様のご参加を、お待ちしております。
ゲームマスターより
あけましておめでとうございます。
一年のスタートを、皆様と一緒に始めることができたら嬉しいです。
今年もよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
油屋。(サマエル)
こんなに人多いと迷子になっちゃうよ ほらおいで(織夜に手を差出し)飴ちゃん食べるか? 晴れ着姿で初詣 サマエル、あけましておめでとー! さすがイケメン和服姿も様になってますなぁ はーいはいサマエルの事も忘れてないよ 神様に新年のご挨拶 今年もサマエルと仲良く過ごせますように そ、それから…… こ、恋とか出来たら良いな(サマエルととは言ってない) おみくじ=大吉 精霊の結果見て頭撫でる 待ち人くる 待ち人って誰?待ち伏せしてる敵? 精霊に意味を教えて貰い 運命の人……。 王子様がアタシを迎えに来てくれるのかな……?(ドキドキ) よしよし、今日は甘えん坊だなぁ ※アドリブ歓迎 |
ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
流石は初詣、人が多いな… 織夜君、人混みに紛れるといけないから、手を繋ごう (童子に手を差し出し) はっ?! レオン、手繋ぎたいのか? (とか言ってる間に腕を組まれて動揺) す、すまないな(素直に頷く) (お詣りの時は両手を離して。お賽銭を入れて二礼二拍手一礼) 『レオンともっと親しくなれますように』 (質問には、素直に願いを話す) 私は家族の事や過去の事も色々話したが お前の事はあまり話してもらってない だから… 自然に話してくれるくらい、お前と仲良くなりたい いいのか? (お神籤を引く。出たのは凶 黄昏れる) (籤を木に結ぶ。帰り際) そんな事はないよ 話したくなければいい 今のお前が、隣にいてくれれば(微笑) (織夜に手を振る) |
豊村 刹那(逆月)
振袖は暗めの赤。柄は黄土色の桜。帯は金色。 髪は結い上げる。 人が多い。時間が掛かりそうだ。 逆月、寒くないか? ん?ああ。 前に暗めの赤を薦められただろ。ドレスじゃなくて振袖だけど、試しにな。 変か? ……あ、ありがとう。逆月も、似合ってる。 (褒められ慣れず、目を逸らす 『昨年はありがとうございました。今年もよろしくお願いします。 私は、逆月の傷が少しでも癒えるように頑張りたいと思います』 (何ができるかわからないけど、契約した責任は取る) 逆月、どうかしたか? お御籤引こうか。 肉吉……。初めて聞く、というか初めて見るぞ。(困惑 肉料理でも作ればいいのかな。 今日はハンバーグでもいいか? そうだ、逆月。 今年もよろしくな。 |
アンダンテ(サフィール)
私は今裏切られた気分だわ… きっと素敵な着物で来てくれると思ってたのに だって私は占い師だもの この格好でいいの 利点もあるのよ? そう…迷子になっても目立つわ!(どや じゃあ次は朝一で誘うわね! えっ、そんな… ああ、そういう事! 素晴らしい考えだわ じゃあ来年もここで、ね ふふ、楽しみ あ、指きりしておきましょう? ぜ、絶対破らないわ… 願い事は考えてみるも先程の約束が尾を引く 早く来年がきますように 気が早いけど…だって楽しみなんだもの 仕方ないわよね きょとんとした後に破顔 奇遇ね、私もよ 今なら大吉が引ける気がするわ あら、中吉… サフィールさんは大吉なの?羨ましいわ… 待ち人は…来ず!? あ、でも商売はいい感じね!よかった |
●参拝
紅月ノ神社の参道から見上げた空は、雲一つない冬晴れ。
吸い込まれるような青空の下、深紅色の振袖に花柄を散りばめた晴れ着姿の油屋。が、鳥居の下に座っている童子の少年に駆け寄っていた。
「織夜、こんなに人多いと迷子になっちゃうよ。ほらおいで」
笑って手を差し出せば、少年――織夜が嬉しそうに手を握ってくる。
飴ちゃん食べるか? と彼にお菓子を渡したところで、精霊サマエルがゆったりと歩いてきた。
彼は、藤紫のぼかしの入った着物と羽織に、銀と黒の縞模様の袴を履いている。
彼の人形のように整った顔立ちと相まって、艶やかな美しさを称えていた。
「サマエル、あけましておめでとー! さすがイケメン、和服姿も様になってますなぁ」
「……そういう乳ゴリラも、まあまあ似合っているな」
口では素直ではないことを言いつつも、サマエルは油屋の可憐な姿に目を奪われていた。
赤い着物を選んだ彼女は、赤が似合うと伝えた自分の言葉を覚えていてくれたのだろうか。
だとしたら、とても、嬉しい。
にやけそうになる頬を抑えていると、彼女と楽しそうに手を繋いでいる織夜に気付く。
「で、何だそのちんまいのは?」
自分以外の男が彼女に触れていることが許せなくて、サマエルは嫉妬から眉根を寄せる。
そして、ムスッとしながら、油屋のもう片方の空いている手を握った。
「わ、サマエル!?」
「いいから黙って俺に手を握られていろ乳ゴリラ」
ぐいぐいと引っ張りながら歩きだすと、背中側から油屋の小さく笑う声が聞こえてくる。
「はーいはいサマエルの事も忘れてないよ」
「フン、忘れられてたまるか」
そっぽを向いて口答えしながらも、油屋と繋いだ手が温かい。
その手にさりげなく力を込めながら、サマエルは油屋と織夜を連れて拝殿にやってくる。
お賽銭を入れて鈴を鳴らし、おじぎをして、油屋はそっと目を閉じた。
(神様に新年のご挨拶! 今年もサマエルと仲良く過ごせますように。そ、それから……こ、恋とか出来たら良いな)
サマエルと、とは言っていないけれど、何となく真っ先に思い浮かぶのは彼の顔。
油屋がサマエルのことを思う中、サマエル自身も静かに拝殿を見上げる。
(居るかどうかも解らん奴に頼むのは癪だが)
横で一生懸命お願いしている油屋をチラリと見て、サマエルは彼女の幸せを一番に願う。
(どうか彼女の願いを叶えてやって欲しい)
願わくば、自分が彼女の傍らにいて、彼女のことを護っていけたらいい。
彼女の傷が、これ以上自分の目の前で増えることがないように。
そしていつか、彼女の心が自分に向いてくれたら――……。
交差する二人の思いが、秘めるように神へと届けられていくのだった。
同時刻。
豊村 刹那と逆月が、連れ立って賑やかな参道を歩いていた。
「逆月、寒くないか?」
問いかける刹那は、暗めの赤色に、黄土色の桜が描かれた振袖を纏っている。
帯は鮮やかな金色で、普段は下ろしている髪を一つに結い上げた女性らしい格好だ。
神社は、さすが初詣だけあり人が多く、参拝まで時間が掛かりそうだった。
「寒くはない。多少、眠いだけだ」
言葉を返した逆月は、群青の色合いの羽織と着物を着て、着物には薄青の龍が昇っている。袴は薄紫だ。
彼の神々しさを更に引き立てる和装に、すれ違う人達が足を止めて逆月に魅入っていた。
その周囲の視線には全く気付かず、逆月が刹那に目を向けると、常とは違う赤色が目に付く。
「……赤いな」
「ん? ああ。前に暗めの赤を薦められただろ。ドレスじゃなくて振袖だけど、試しにな。変か?」
逆月の様子を伺うように少し上目遣いで聞くと、彼は緩く首を振った。
「よく似合っている」
変ではなく。むしろ、暖かな刹那によく合う。
常は着飾ろうとしない刹那の晴れ着姿は、結い上げた髪も含めてよく似合っていた。
「……あ、ありがとう。逆月も、似合ってる」
褒められ慣れていない刹那が、逆月の素直な感想に、戸惑ったように視線を伏せる。
逆月は、頬が若干赤くなっている刹那を不思議に思いつつも、彼女の嬉しそうな表情に心が満たされていく。
その気持ちに背中を押され、逆月は彼女に片手を差し出した。
「刹那、神社は人が多く、はぐれやすい。……手を」
「え、て、手か……?」
ますます頬を染める刹那の手を取って、逆月は歩きだす。
繋がれた彼の手は、ひんやりと冷たく心地良い。
そして、二人並んで拝殿の前に立つと、刹那が神に祈りを捧げる。
(昨年はありがとうございました。今年もよろしくお願いします。私は、逆月の傷が少しでも癒えるように頑張りたいと思います)
村を失い、天涯孤独となってしまった彼の心に寄り添えるように。
(何ができるかわからないけど、契約した責任は取る)
決意を固める刹那の隣で、逆月も彼女に倣って目を閉じる。
(刹那の願いが叶うと良い)
かつてならば村の守護を誓ったやも知れぬな、と昔の光景を思い出す。
凄惨な過去であったが、今は刹那と一緒に住み、彼女の手料理を頂く日々だ。
彼女への感謝と、ずっとこの温かさが続くと良いと思っている。
(この身を祀る者は、既に無いが。拝礼する側に回るとは、わからぬものだ)
村にいた頃は、神格化されていて常に崇め奉られる側だった。
ある意味、孤独であったのかもしれない。
だが、今は刹那が隣にいて、常に自分と共にいてくれる。
そんな尊い彼女の存在に感謝しながら、二人の初詣は続いていくのだった。
少し時間を遅くして、ガートルード・フレイムとレオン・フラガラッハが神社を訪れていた。
「さすがは初詣、人が多いな……。織夜君、人混みに紛れるといけないから、手を繋ごう」
差し出されたガートルードの手を、二人の傍らにいる織夜が握る。
「…………」
その様子をじーっと見ながら、レオンが不機嫌そうに片腕を腰に当てた。
「あのさ。その子とだけ手繋ぐのってどうなんだよ」
遠回しにふてくされてみると、ガートルードがはっとしたように手を叩く。
「レオン、手繋ぎたいのか? わ、レオン!?」
どこか鈍い彼女にやきもきしたレオンは、やや強引に、織夜とは反対の彼女の腕をひっ掴み、自分の腕と組ませる。
手を繋ぐよりも急接近した彼の体に、ガートルードは動揺して赤く染まった顔を俯かせた。
そんな可愛らしい彼女の仕草に頬を緩めつつも、レオンは小声でガートルードに抗議する。
「……ガキとはいえ男なんだから俺の立場も考えろよ」
俺だって嫉妬くらいするからな、とレオンが拗ねてそっぽを向く。
「す、すまないな、レオン……」
彼の言葉に素直に頷きつつ、彼が自分の恋人なのだということを実感して、胸が高鳴る。
そして、三人で仲良く繋がって上機嫌になったレオンは、彼女と織夜を連れて拝殿へと向かった。
参拝の前、ガートルードは繋いでいた両手を離し、お賽銭を入れて二礼二拍手一礼をする。
(レオンともっと親しくなれますように)
彼の生い立ちを、もっと知りたいと願う。もっと彼の心に近づきたい。
一方レオンは、目を閉じているガートルードを見つめつつ、自分も神に祈りを捧げる。
(今年も死なずに生き残る。それから、隣のこいつをきっちり護れますように)
彼女のことだから、護られているだけは嫌だと言うかもしれない。
だが、彼女は自分にとって特別な女性だから、彼女を傷つける者全てから護りたいのだ。
「なあ、ガーティー、何を願ったんだ?」
参拝が終わり、ふと気になって尋ねると、彼女は素直に願いを話す。
「お前ともっと親しくなりたいと願ったんだ。私は家族の事や過去の事も色々話したが、お前の事はあまり話してもらってない。だから……、自然に話してくれるくらい、お前と仲良くなりたい」
ガートルードの真摯な言葉を受けて、レオンは少し照れたように頬を掻く。
「ふーん……。それなら、お前がおみくじでいいの引いたら、少し話そうか」
いたずらっぽく笑うレオンに、ガートルードは意気込んで頷く。
二人は、どちらともなくお互いの腕を組ませながら、おみくじを引きに出かけるのだった。
「私は今裏切られた気分だわ……。きっと素敵な着物で来てくれると思ってたのに」
仕立て屋の息子であるサフィールの和装を期待していたアンダンテは、待ち合わせの場所にやってきた普段着の彼を見るなり、天を仰いだ。
アンダンテの反応に、サフィールは軽く息を吐く。
「当日急に誘われても準備できません。そういうアンダンテもいつも通りですが」
「だって私は占い師だもの。この格好でいいの。利点もあるのよ? そう……――迷子になっても目立つわ!」
どや顔で拳を握るアンダンテに、サフィールは大人の対応とばかりに、軽く肩を竦める。
「それは便利ですね。アンダンテなら、いつ迷子になってもおかしくはないでしょうから」
淡々と言い返しつつも、お茶目な彼女に突っ込むのは不本意ながらも楽しいのだ。
「じゃあ次は朝一で誘うわね!」
「いえ、着物は都合もあるのでもう少し早くに。せめて数日前……いや、いいです」
「えっ、そんな……」
サフィールがぴしゃりと誘いを断ると、彼女がショックを受けたように声を落とす。
そんな彼女を安心させるように、サフィールは少しだけ唇を持ち上げた。
「今約束しましょう。来年もここで、一緒に初詣に来られるように」
「ああ、そういう事! 素晴らしい考えだわ。じゃあ来年もここで、ね」
嬉しそうに頬を綻ばせるアンダンテに、サフィールもなんだか照れくさくなってくる。
まるで、来年も貴方と一緒にいたいと、気持ちを告げているようだったから。
「ふふ、楽しみ。あ、指きりしておきましょう?」
可愛らしく小首を傾げて、アンダンテが自分の小指を目の前に掲げる。
少し恥ずかしいけれど、サフィールも小指を差し出し、二人の指がそっと絡み合う。
触れた部分はわずかなのに、なんだかとても、熱い。
サフィールは、気持ちを誤魔化すようにすぐに小指を解いた。
「針なら家に沢山ありますので、よろしければ来年はアンダンテの着物も仕立てますよ。約束、破らないで下さいね」
「ぜ、絶対破らないわ……!」
自分の小指を見ながら誓ったアンダンテが、では参拝、と拝殿に向かって歩きだす。
確かに彼女の占い師の服装は、異国的でとても目立つ。
今日に限らず彼女は毎回あの格好だが、何か大事な意味があるのだろうか?
ふとサフィールは、彼女がオーガに襲われた際に旅芸人の一座とはぐれ、今も一座との再会を夢見ていることを思い出す。
(……そうか。アンダンテにとっては、今この瞬間も迷子のままなんだな……)
一座の仲間が少しでも自分を見つけやすいように、常に占い師の格好をしているのかもしれない。
自分と並んで拝殿の前に立つ彼女をちらりと横目に見て、サフィールは神に祈りを捧げる。
(彼女が一座の仲間と再会できますように……できれば来年以降で)
来年も一緒に初詣に来ようと約束したのだから、そのくらいの猶予は許してほしい。
そう自分を納得させつつも、彼女に対して後ろめたい気持ちになってしまう。
だが、これが自分の、本心からの願いなのだ。
対するアンダンテも、自分の願い事を考えてみるも、先程のサフィールとの約束が尾を引いていた。
だから、自分が今、一番楽しみにしていることを神に願う。
(神様、お願いするわね。――早く来年がきますように。気が早いけど……だって楽しみなんだもの。仕方ないわよね)
一座の皆と再会することも勿論大切だが、なによりサフィールとの来年の約束も楽しみなのだ。
「ねえ、サフィールさん。何を願ったの?」
参拝が終わってから問いかけると、サフィールが少しばつが悪そうに後ろ頭を掻く。
「我侭な事を願ってしまいました」
彼の意外な答えにきょとんとしてから、アンダンテも小さな花が咲いたように破顔した。
「奇遇ね、私もよ」
微笑み合う二人の約束を祝福するように、柔らかい風が彼女達を包み込む。
二人の想いが重なるまで、きっと、あと少し。
●おみくじ
一方、さっそくおみくじを引いた油屋が、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「やたー! 大吉だーっ! サマエル見て見てー大吉だったー!」
「……まさかの、凶……」
『凶』を引き当てたサマエルが、白目になりながらおみくじの恋愛部分を見れば、『恋敵現れ叶わず』の文字に、思わずくしゃりとくじを握りつぶす。
(フン、何が恋敵だ。早瀬は誰にもやらん)
「ああ、サマエル凶だったんだ! 凶って運勢最悪って事じゃなくて『気を引き締めろ』って意味なんだって。だから気を付けていれば良い事があるんだよ。ま、まぁアンタ顔は良いんだし今年じゃなくてもいつかお嫁さん見つかるよ」
ついと目を逸らしつつ、油屋は小さい子をあやすようにサマエルの頭を撫でる。
「ところでサマエル、アタシのおみくじに『待ち人くる』って書いてあるんだけど、待ち人って誰? 待ち伏せしてる敵?」
「物騒なことを言うな。『自分の運命を良い方向に導いてくれる人』が現れるという通説だ」
「運命の人……。もしかして、王子様がアタシを迎えに来てくれるのかな……?」
どきどきと顔を赤らめる油屋の言葉を聞いて、サマエルは複雑な気持ちになる。
(何故、俺の気持ちに気づかない、早瀬)
本当は、彼女にたくさん愛して欲しい。
だが、魔王はサディスト故に、お姫様に思いを伝えられないのだ。
自分で告白なんて、負けを認めるようなものだと思っているから。
だから、その気持ちを全身で伝えるように、魔王はお姫様の体に腕を回し、後ろから抱きしめる。
「よしよし、今日は甘えん坊だなぁ」
油屋の優しい声音が、背中のサマエルに掛けられる。
それを心地よく聞きながら、魔王は彼女の背中に顔をうずめて幸せそうに笑う。
今は、こうして彼女に触れられるだけで充分なのかもしれない。
だから。
――どうかもう少しだけ、このままで。
「逆月、おみくじを引こうか」
おみくじを引きにやってきた刹那は、隣に立つ逆月を仰ぎ見る。
彼女に促され、逆月は人生で初めておみくじを引いた。
すると、二人とも、まるで申し合わせたかのように『肉吉』の結果。
「『肉吉』とは何だろうか……」
至極真面目に問いかける逆月に、刹那も困惑して首を傾げる。
「肉吉……。初めて聞く、というか初めて見るぞ。肉料理でも作ればいいのかな。逆月、今日はハンバーグでもいいか?」
さっそく肉を使った物を作るらしい刹那に、逆月は納得したように頷いた。
「成程。『肉吉』とは、肉料理を食せば運気が上がるということか」
「たぶん、そういうことかな」
ふ、と刹那が軽く笑い、逆月に向かって手を差し出す。
「逆月、新年の挨拶がまだだったな。今年もよろしくな」
「ああ。今年も、よろしく頼む」
(そういえば、共にあるのだったな)
刹那と握手をしながら、逆月は今年も彼女と一緒にいられることを嬉しく思う。
彼女が傍にいてくれるだけで、孤独を感じることはない。
このぬくもりを失うまいと、逆月は刹那に向かって再度腕を伸ばした。
「刹那、帰路も参道は混んでいるだろう。手を……」
「あ、ああ。そうだな」
やはり頬を染める刹那に首を傾げつつ、逆月は彼女の手を取る。
今年も、来年も、ずっと彼女と共にいられるといいと、心の中で願いながら。
所変わって、おみくじを前にアンダンテがわくわくと目を輝かせていた。
「今なら大吉が引ける気がするわ。えい! あら、中吉……」
おみくじの紙を開いて、アンダンテが少し残念そうに頬に片手を当てる。
「待ち人は……来ず!? そう、なのかしら……」
明らかに沈んでいるアンダンテの横で、サフィールは自分のおみくじを握りしめる。
(もしかして、俺の参拝効果のせいか……?)
アンダンテの結果に、来年も彼女と一緒にいたいと願った自分の我侭に罪悪感を抱いてしまう。
なぜなら、自分の引いたおみくじが『大吉』で、自分の願いを何事も叶えてくれるような結果だったからだ。
「サフィールさんは大吉なの? 羨ましいわ……。あ、でも私も商売はいい感じね! よかった……」
サフィールのおみくじと自分のそれを見比べて、アンダンテが嬉しそうに笑う。
彼女は、表情がころころとよく変わって、本当に可愛らしい。
(やはりアンダンテは、笑顔が一番似合いますね)
そんな彼女と、来年も一緒に初詣に来られたらいい。
彼女が一座と合流して旅に出ることになれば、仕立て屋の家業を継ぐ自分とは違う道を歩むことになるかもしれない。
それはとても、寂しいことだから。
だから、今だけは、来年も彼女とここを訪れる未来を願っていたい。
サフィールは、アンダンテの傍にいたいと思うほのかな想いに、少しずつ気づき始めていくのだった。
『お前がおみくじでいいの引いたら、俺の家族や過去の話を、少し話そうか』
一方、レオンの思いがけない提案に、ガートルードが目を丸くしていた。
「いいのか?」
「ああ。男に二言はないぜ」
気前よく笑うレオンに頷いておみくじを引いてみれば、出たのは凶。
黄昏れるガートルードに、レオンが「ぶはっ」と吹き出す。
「んじゃ、まだ駄目って神様が言ったんだな」
「そうなのか……」
くすくすと笑えば、ガートルードが残念そうに肩を落とす。
自分の家族や過去の話を、いつか、彼女に話す日が来るのだろうか。
彼女ならきっと、受け止めてくれるはずだ。
あとは、その機会を待つだけなのかもしれない。
「生まれて初めて引いたな、凶……。しかしまあ、大吉を引くよりましか。私は、大吉を引いた年にギルティに遭遇したからな」
過去を思い出すように宙を見上げるガートルードに、レオンがまばたきする。
「ああ、そんなことがあったのか。んじゃ、俺もおみくじ引いてみるかな。――中吉。まあ、普通だな!」
可もなく不可もなくってところか、とレオンは頷く。
そうして、レオンとガートルードは、近くの木におみくじを結びつける。
帰り際、隣を歩く彼女に、レオンがぼそっと真面目に問いかけた。
「……ガーティー、過去を語らない男は信用できねえか?」
そう不安に思ってしまうほど、自分は彼女のことを特別に想っているのかもしれない。
少し緊張気味に返事を待つレオンに、ガートルードは微笑んで緩く首を振る。
「そんな事はないよ。話したくなければいい。今のお前が、隣にいてくれれば」
うっすらと頬を染めるガートルードに、彼女の返事にほっとしたレオンは、来た時と同じように彼女の腕を自分のそれに絡める。
「レオン……?」
「大丈夫だ。お前の傍にいるよ。ずっと、お前を護ってやるからな」
だから安心しろ、と彼女に笑いかける。
彼女が自分を護ろうとしてくれるように、自分も力の限り彼女を護ろう。
人を愛すること、愛されることは、相手の幸せを願い、守ることだと思うから。
参拝を終えて鳥居まで歩くと、木陰でレオン達を見守っていた織夜が駆け寄ってくる。
「織夜君、今日は楽しかったな。また会おう」
ガートルードが笑顔で織夜に手を振り、レオンがそんな彼女を優しい眼差しで見つめる。
織夜も精一杯手を振り返しながら、帰路につくウィンクルム達の姿を、憧れるようにいつまでも見送るのだった。
後日、天界にある初恋宮の一室で。
織夜が、先日の初詣の様子を報告書にしたためていた。
油屋とサマエルからは、伝えられない恋の美しさを教わった。
刹那と逆月からは、二人一緒にいることで孤独を癒す絆を教わった。
ガートルードとレオンからは、相手を信じて傍に寄り添う優しさを教わった。
そして、アンダンテとサフィールからは、未来の約束をして想いを重ね合うことを教わった。
この素晴らしい想いの力を、人間界から奪ってしまうわけにはいかない。
恋愛の大切さを知った彼は、報告書を抱えて部屋を飛び出す。
姫が、そして自分が変わるための新しい一歩を、踏み出すために。
そうして、織夜は回廊から覗く空に向かい、祈るように手を合わせる。
皆の今年一年がよい年であるように、願いを込めて。
依頼結果:成功
MVP:
名前:アンダンテ 呼び名:アンダンテ |
名前:サフィール 呼び名:サフィールさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 山崎つかさ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月04日 |
出発日 | 01月11日 00:00 |
予定納品日 | 01月21日 |
参加者
- 油屋。(サマエル)
- ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
- 豊村 刹那(逆月)
- アンダンテ(サフィール)
会議室
-
2015/01/10-19:37
おみくじの結果も各自個性がでていて面白いわね。
みんな1個しか入ってないものを引き当てていて羨ましいわ…。
私もその運にあやかりたいわね。
もうすぐ出発ね。
着物も参拝も気になるし楽しみだわ!
みんな素敵な時間を過ごせますように。 -
2015/01/09-19:40
クリスマスは血涙を流しながらお仕事へ行ってきました。
年の始めぐらいはのんびり楽しく過ごしたいものです。
そういえばうちの乳ゴリラはお受験生でした。
お守りぐらいは買ってやっても良いかもしれません。
では皆様、どうぞ良いお正月を★ -
2015/01/09-15:14
俺らもプラン提出したよー。
相方のガーティーは大吉を引いた年にギルティに遭遇したそうだ。
(プランに盛れなかったので独り言(笑))
それぞれにいい初詣になるといいな。俺のもそうだが、みんなの様子も楽しみにしてるぜ。
それではよろしくな。 -
2015/01/09-13:13
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2015/01/09-11:41
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2015/01/07-22:53
フレイムさんは夏以来か。久しぶり。
私も会えて嬉しいよ。
油屋さんと、サマエルさんは元気だな。(若いっていいなと、微笑ましく見守る)
お御籤は、私は中吉ぐらいが一番無難で落ち着くけど。
確かに大吉は羨ましいものがあるかな。 -
2015/01/07-22:40
サ「れんあいうん最凶……?えたーなるぼっち……??(プルプル)」
油「お、皆結果が出たんだね!肉吉良いなぁ 美味しそう!(じゅるり)」
油「凶って運勢最悪って事じゃなくて『気を引き締めろ』って意味なんだって!
だから気を付けていれば良い事があるんだよ。
ま、まぁアンタ顔は良いんだし今年じゃなくてもいつかお嫁さん見つかるよ(目逸らし)」
サ「うるさい黙れ乳ゴリラ(ムスーッ」
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2015/01/07-22:14
中吉と大吉ね!
いいなぁ、大吉いいなぁ…。 -
2015/01/07-22:12
あけましておめでとう。
私はアンダンテでこちらはサフィールさんよ。
よろしくね。
それじゃあ早速おみくじ引いてみるわね。
何がでるのかしら…。
【ダイスA(6面):3】【ダイスB(6面):1】 -
2015/01/07-18:08
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2015/01/07-13:45
凶…生まれて初めて引いたな、凶…(汗)
しかしまあ、大吉を引くよりましか。
(彼女の人生、大吉を引くと良くないことがおこるらしい。) -
2015/01/07-13:43
あけましておめでとう。今年もよろしくな。
抽選落ちるものとばかり思っていたから、これは新年から幸先がいいな。
油屋さんとは会っていなかったか…いろいろ記憶が混乱していてな(笑)。
刹那さんとアンダンテさんとはまたお会いできて嬉しいよ。
【ダイスA(6面):6】【ダイスB(6面):4】 -
2015/01/07-09:19
これは、また……反応に困る結果だな。
初めてみたぞ、肉吉とか。
とりあえず、今年は肉を食べろってことなのか……?
しかも二人ともだし。(困惑 -
2015/01/07-09:16
明けましておめでとうございます。
今回はよろしくな。
さて。早速お御籤でも確かめるか。
【ダイスA(6面):5】【ダイスB(6面):5】 -
2015/01/07-00:25
油:やたー!大吉だーっ!!サマエル見て見てー大吉だったー!!(ドヤ
サ:(白目) -
2015/01/07-00:18
こんちはー!じゃなくて、あけましておめでとうございまーす!!
油屋。とサマエル だよーっ!!!
あ、皆初めましてだね!宜しくお願いします(ぺこっ
さぁーってと、おみくじは何が出るのかなーるんるんッ♪
【ダイスA(6面):1】【ダイスB(6面):6】