【ハロウィン・トリート】月光蝶と秘密の洞(柚烏 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ――死者の魂が還る森、と呼ばれる場所がある。
 さやさやと木々は優しく枝葉を揺らして、静かに古歌を口ずさみ――時折吹く夜風が、肌をくすぐるようにそっと来訪者を森の奥へと誘う。
 ひらり、と風に乗って儚く舞うのは、仄かな青を宿した白い花弁。奥へ奥へと進むにつれて、風に舞う花弁はその数を増していく。やがてその白がぽつぽつと、まるでしるべのように姿を現していくと。
(ざぁ、っ――……)
 現われたのは、木々の合間に開けた秘密の花園。見渡す限り辺り一面に咲き誇る白花は、月の光を浴びて淡く輝いているように見える。そして――その花たちに集うように、青白い燐光を放つ蝶たちが羽を揺らしてひらひらと戯れていた。
 その花園の中央に在るのは、大きな大きな古びた大樹。そのうろはぽっかりと大きな口を開けていて、ひとふたりくらいなら呑み込んでしまえそう。
(ああ、蝶とは、死者の魂なのだと言うけれど)
 ――魔が騒ぐと言われる、こんな月夜ならば。儚き幻のようなこの光景の中で、記憶の中にあるあのひとを夢見ることが出来るのだろうか。
 そして、お化け南瓜のランタンに火を灯して、木のうろの中でふたり、秘密をささやき合えば――唇から零れた想いが、或いは叶うのかもしれない。

 タブロス郊外にある小さな森の話を、そのA.R.O.A.職員はふいに囁いた。地元の人達からは『死者の魂が還る森』と言い伝えられているその森の奥には、薄らと青が溶けた白い花が咲き誇る場所があるのだとか。
「このハロウィンの時期、丁度その花が見頃なのだそうですよ」
 秘密の花園のような其処には、月の輝く夜――白花に誘われて青白く光る蝶たちが集うのだそう。古来より蝶は、ひとの魂の化身だと言う言い伝えがある。月夜に戯れるその月光蝶の群れを見て、人々はその森を死者の魂が還る森、と呼んだのかもしれない。
「折角ですし、ハロウィンの夜に。皆さんで仮装をして、お化け南瓜のランタンを作って。紅茶とお菓子を持ち寄って花園で寛いでくる、というのは如何でしょう?」
 それに――と、その職員は悪戯っぽく瞬きをして、森の奥の花園にある古い大樹の話をする。何でもその花園の中央には、大きなうろを持つ大樹がそびえているのだとか。ふたりくらいなら余裕で入れるそのうろは、現と幻――或いは生と死の境界だとも、言い伝えられているらしい。
「そこにふたりで入って、南瓜のランタンの灯りを翳せば。今は亡き大切なひとの幻を、見ることが出来るのだとも言われているんです」
 そうして密やかに、過去の思い出に浸るもよし。或いは、過去を振り返らずに未来を見たいと願うのであれば――うろの中でふたり、想いを囁き合うのもいい。
「言葉にした願いは未来に届き、いつか叶うとも言われています。もちろん、願掛けなどなさらず、ただふたりで楽しくお喋りするのも素敵だと思います」
 静かな月夜に、白花の花園で蝶と戯れる――そんなハロウィンの夜を過ごすのも良いと思えたのなら。お化け南瓜のランタンを持って、あのひとと手を繋いで歩いて行こう。
 ――死者の魂が還る森、生と死のはざまにある大樹のうろへ。

解説

●白花の花園
タブロス郊外にある、小さな森。そこは近隣の人々から『死者の魂が還る森』と呼ばれてきました。森の奥の開けた場所には白花が咲き誇り、月夜に戯れる青白い蝶が集まっています。その中央には大きなうろを持つ、古い大樹があります。

●大樹の言い伝え
お化け南瓜のランタンに火を灯し、うろに入った者は、過去に亡くした大切なひとの姿を見ることが出来ると言われています。もしくは、うろの中で言葉にした願いは未来に届き、いつか叶うとも伝えられています。

●夜のピクニック
ハロウィンの仮装をして、お化け南瓜のランタンを携えて。お茶とお菓子を持ち寄って、月夜に秘密の花園へピクニックという流れです。花畑でくつろいだり、蝶々と戯れたり、大樹のうろへ潜り込んだり。パートナーと一緒に、素敵なひとときを過ごしてください。ただし、大樹の言い伝えは過去か未来のどちらかひとつ。敢えてどちらも選ばず、ただお話しするというのでもいいです。

●参加費
ピクニックの準備費用として、一組300ジェール消費します。仮装やランタン、お茶とお菓子代込みです。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。月夜の幻想的なハロウィンのお誘いです。秘密の花園で蝶と戯れ、不思議なうろで夢と現のはざまに揺蕩うのは如何でしょうか。
 ひとの魂だと言い伝えられる蝶が、儚くて好きです。素敵な夜を過ごせますよう、頑張ってお手伝いをしたいと思います。それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

手屋 笹(カガヤ・アクショア)

  仮装:ハロウィン魔女

蝶が舞う月夜の花畑のハロウィン…幻想的でいいですね…
綺麗な光景を見る事が出来て満足です。

「…はいはい、トリートトリート」
憐憫の表情で飴玉を何個か投げてぶつけます。
(※参加エピ32にて覗き
+一緒に怒られた事を引きずり中)

「…元気な所はよいのですが…
程度は弁えて下さい…反省しました?」
少し強めに言いましょう。
様子を見て飴をひとつ開け
カガヤの口の前につまんで差し出します。
「反省したよい子にはトリート」
カガヤが珍しく躊躇しましたね?

そういえば洞の噂(未来)…気になっていたんです…洞の中で
今の思いを囁いてみます。
「こんなわたくしでもまだカガヤと一緒にウィンクルムで居たいです」



かのん(天藍)
  赤ずきんの仮装、バスケット抱えて

白花の花園を散策
花弁にそっと触れる

天藍の問い掛けに、青髭の一件で槍に刺されたが懐中時計で事なきを得た事
思い出すと手が震え、目覚めの悪い夢の様に串刺しにされた瞬間が頭に浮かぶ事を答える

絶句する天藍に私の対応が拙かったのが原因なのですけどねと苦笑
依頼を受ける事が怖い気もしますが、それでも出来る事があるのなら逃げたくもないですしと

天藍の言葉に寄り添い腕に手をかけ誘われるまま洞へ

天藍の誓いに、私も天藍の隣で貴方を支えたいと願いを告げる
改めて契約を結ぶような天藍の行動に合わせ手を取り彼の手の甲の紋章へ唇を寄せる

どうか傍に居てください
天藍と一緒なら私も前に進めると思うのです



アマリリス(ヴェルナー)
  仮装:魔女

幻想的な光景ですわね
まるで別の世界に迷い込んでしまったかのよう

一緒にうろの中へ
ヴェルナーから行きたいと言うなんて珍しいですわね
誰か会いたい方でもいるかしら
女性だったり、するのでしょうか
お爺様でしたか
…何で今ほっとしたのかしら

よく似ていますのね
きっとヴェルナーも年を重ねればこのようになるのでしょうね
ええ、確かめるためにも是非長生きして下さいませ

(ええ、「神人」であるわたくしが、ですわよね
ヴェルナーの事だからそんな所でしょう
他意などないのでしょうね
でも、今はそれで充分ですわ)

あら、追いつくだけでよろしいの?
追い抜かしてくださいませ
貴方ならできますわ

期待していますわ
わたくしの騎士様



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  仮装は王道の魔女
姉様の姿が見たくて、ラルクさんに我侭を言いました

蝶…死者の魂
でも、きっとこの中に姉様はいない

南瓜ランタンに火を灯し花畑を横切って大樹の洞の中へ
姉様は青や白が似合う人だったなんて思い出しながら
洞の中でも黙って幻が見えるのを待っていましたが……どうしてでしょうね
姉様が泣いてるように見えるんです
笑う姿ばかり覚えてるのに…泣いてる姿なんて、見たこともがないのに

ラルクさんに姉のことを話すつもりはありませんでしたが…
こうして私の我侭に付き合って頂いた以上、話さない訳にはいきませんね
いつか必ずお話します

ラルクさんが励ましてくれてるのか、それとも本音なのかは分かりませんが
ありがとうございます



ユラ(ルーク)
  アドリブ歓迎
黒いマントにお化け南瓜の被り物

『死者の魂が還る森』か……
確かにとても綺麗だけど、なんていうのかな…
どこか寂しい感じがする

えっ、だってハロウィンっていったら南瓜でしょ
ほら蝶々も集まってくるし
それよりせっかくだから言い伝え試してみる?

……そう、じゃあ止めとこうか
うーん、気にならないわけじゃないけど……
誰だって言いたくないことの一つや二つあるでしょ
私達はさ、まだスタートしたばかりなんだから
そんなに急ぐことはないと思うんだ
だからルークが話したくなった時でいいよ

そういえばここって願い事したら叶うんだっけ
じゃあ約束しようよ
来年も一緒にここに来れますようにって

大丈夫だって
私、約束は守るタイプだよ



●仲直りの魔法
 お化け南瓜のランタンを、ゆらゆらと揺らしながら。あのひとと寄り添って、夜の森をゆこう。ちいさな灯火が淡く周囲を照らすと――仄かな青を滲ませた白の花弁を、ぼぅと浮かび上がらせた。
 ひらひらと風に舞う花弁に導かれて、木々の合間を抜ければ其処には――大きな古木を臨む、白の花園が待っている。月明かりを受けて、花園に舞うのは青白い燐光を放つ蝶の群れ。古来、ひとの魂は蝶に例えられてきたと言うから、その森はこう呼ばれている。
 ――死者の魂が還る森、と。
(蝶が舞う月夜の花畑のハロウィン……幻想的でいいですね……)
 うっとりと愛らしい瞳を細めながら、手屋 笹は「ほぅ」と吐息を零す。仄かな青と白に彩られた森は、静謐な雰囲気を漂わせ――魔が騒ぐ夜なればこそ、何かが起こりそうな、そんな不思議な予感を孕んでいた。
 そんな笹のハロウィンの仮装は、可愛らしい魔女。綺麗な光景を見る事が出来て満足です、と頷く彼女の元へ、その時不意に、場違いなほどに明るい声が投げかけられた。
「笹ちゃん、トリックオアトリート!」
 ハロウィンと言えばこの言葉――笹の持ったお菓子を見つつ、両手を広げてにこやかに笑ったのは、カガヤ・アクショア。その衣装は闇夜に溶けるような吸血鬼のものだ。
「……はいはい、トリートトリート」
 が。当の笹は絶対零度の眼差しでカガヤを射抜くと、憐憫の表情で飴玉を何個か投げてぶつけて寄越す。折角のお出かけだと言うのに、ふたりの間に漂う空気は冷え切っていて。思い当たる節がありすぎたカガヤは、あああと肩を落とした。
(……どうしよう……完全に温泉の一件以降、依頼以外だと距離置かれてる……)
 先日笹と行った温泉で、覗きをして。ついでに悪ふざけが過ぎて、施設のオーナーに一緒に怒られた。きっと笹も、その件を引きずっているのだろう。だからカガヤは、下手な小細工などせずに真正面から頭を下げた。
「……温泉の件はご、ごめんなさい……」
 言い訳はしない。気まずいままよりは、きちんと謝ろう。可愛がるノリでやっちゃったけれど、よく考えたらとんでもない事をしていたと思うから。
(笹ちゃんも女の子なんだから)
 そんな彼の想いが通じたのか――ややあってから、笹が小さく溜息を吐いて唇を開いた。そこから紡がれる言葉は、やはり少し強めのものだったけれど。
「……元気な所はよいのですが……程度は弁えて下さい……反省しました?」
 はい、としおらしく項垂れるカガヤの様子を見た笹は、飴をひとつ取り出すと――包装を開けてから、カガヤの口の前につまんで差し出した。
「反省したよい子にはトリート」
「ありがとう……」
 包装したままの状態でいいのに、何で「あーん」の状態なんだろうと思いながら――カガヤは珍しく躊躇している自分に気付いた。何か変だ、と思う。いつもならこんなのは平気で食べていたはずなのに、何処かくすぐったいような。けれど決して居心地が悪い訳では無く、ふわりと心が浮き立つような感じ。
(えーい、頂きます!)
 ぱくっと、差し出された飴玉を口にするカガヤは気付いただろうか。笹を女の子として意識した途端、普通に接するのが難しくなったと言う事に。
 ――とにかく、これで何とか仲直りが出来た。思えば温泉での一件のフォローに終始してしまい、折角やって来た森で過ごすと言う目的が果たされていないような気もするが――せめて最後だけは、とふたりは顔を見合わせる。
「そう言えば、洞の噂……気になっていたんです」
 言葉にした願いが未来へ届くと言う言い伝え、それを囁き合ってみようと、笹とカガヤは洞の中に潜り込んでいった。
「こんなわたくしでも、まだカガヤと一緒にウィンクルムで居たいです」
「こんな俺でも、まだ一緒にウィンクルムやってください」
 ――口にした願いは同じ。ならばいつか未来へ届くだろうと、ふたりは暫し洞の中から白花の花園を見つめていた。

●追憶と約束
 森へ、生と死のはざまにある大樹の洞へ行きたいのだと、アイリス・ケリーは珍しく強い口調で、ウィンクルムたる片割れのラルク・ラエビガータへと告げた。
 過去に亡くした、大切なひとの姿を見られる――そんな不思議な言い伝えに、アイリスは心動かされたのだろう。その碧玉の瞳が追い求めるのは、今は亡き姉の姿。その存在の為に生きてきた――いや、生きていく筈、だった。
(来たいって強く強請ってきたのは珍しいから来たが……これもパートナーの務めだろう)
 付き合ってやるさ、と呟いて、キョンシーの仮装をしたラルクは静かな足取りでアイリスの後に付いて行く。ちなみに彼女の仮装は王道の魔女。ラルクに我侭を言ったと思っているものの――南瓜のランタンに火を灯し、白の花畑を横切るふたりはお互い黙ったままだ。
 ――いや、アイリスが話したがらないように見えると、ラルクは感じた。夜風に靡く彼女の長い髪は美しく、きゅっと引き締めた口元は、何かに耐えているようで。
(俺に話すことはないしな、何も言わないでいてやる)
 無言のラルクの優しさに、果たしてアイリスは気付いていたのか。頬をくすぐった髪の毛をかき上げようとした手が、不意に月光蝶を掠めた。
(蝶……死者の魂。でも、きっとこの中に姉様はいない)
 ああ、けれど、姉様は青や白が似合う人だったと思い出しながら、アイリスとラルクは古木の洞に潜り込む。そっと静かに身を寄せ合って、ランタンの光が洞を照らすのをぼんやりと見守りながら――ふたりは黙って、幻が現われるのを待った。
「あ……」
 ほんとうに、かすかに。夢と現のはざまを垣間見るように、ふっと。アイリスの瞳が懐かしい姿を捉える。それは、あの日のままの姉様で。
「……どうしてでしょうね」
 知らず知らず、アイリスの唇が言葉を紡いだ。ゆらりと灯が揺れて、彼女の端正な横顔を映し出す。
「姉様が泣いてるように見えるんです。笑う姿ばかり覚えてるのに……泣いてる姿なんて、見たこともないのに」
「泣いて見える、ねぇ」
 普段の茶化すような声音ではなく、ラルクはただそれだけを呟いて、続くアイリスの言葉を待った。彼女が何を胸の裡に秘めているのか――気にはなったが、黙って聞こうと思ったから。
「ラルクさんに姉のことを話すつもりはありませんでしたが……こうして私の我侭に付き合って頂いた以上、話さない訳にはいきませんね」
 いつか、必ずお話します――そう言って、真っ直ぐ自分を見つめたアイリスの姿を、きっとラルクは忘れないだろう。彼はそのまま、静かに頷いて「そうだな」と秘密を囁くように告げた。
「こうなると理由は話してもらいたいもんだ。アンタの姉とやらに、何かがあったっていうのは気付いていたしな」
 けれど、ラルクは急かす事は無く。気が向いたらでいいと言った。アンタの根っこに関わることのようだしな――そう呟きながら、彼はバスケットを開けてお茶会の準備を始める。
「……ほれ、折角の茶と菓子だ。洞の中とはいえ、随分冷えてきてる。食っとけ、甘いものは好きだろ?」
 ぽん、とアイリスの手に乗せられたのは、香ばしい匂いを漂わせるマフィン。ポットから熱い紅茶も注いでやって、ふたりは洞の中でささやかなお茶会を楽しんだ。
「アンタに倒れられると、いざというとき困るからな」
 そう言ったラルクが励ましてくれているのか、それとも本音なのかはアイリスには分からなかったけれど――湯気の立つカップを両手で抱きしめながら、彼女はほんの少し、顔を綻ばせて微笑む。
「……ありがとうございます」
 ――いつか、必ず。その約束を胸に刻んで、ふたりは一夜の夢を楽しんだ。

●未来へ歩いていく
「死者の魂が還る森、か……。確かにとても綺麗だけど、なんていうのかな……どこか寂しい感じがする」
 その言葉だけを聞いたのなら、物憂げな乙女が花園で蝶と戯れる、儚くも優美な光景を想像しただろう。けれどその乙女――ユラの姿はと言えば、黒いマントにお化け南瓜の被り物という出で立ちだ。
 ……ちゃんと前が見えているのだろうか、などと要らぬ心配をしてしまうのは、精霊のルーク。こちらは黒いフードの死神の姿だが、南瓜姿のユラと夜の森を歩く姿は、何となくシュールだ。
(……なんでだろう。すごく幻想的な風景なのに、こいつの仮装のせいで全然そんな風に見えない)
 淡い青を溶かした白花、舞い踊る蝶。その間を悠然と進んでいく――南瓜頭のユラ。
「なんで南瓜? もっと他にあっただろ!? しかも大きすぎてちょっとフラフラしてるし!」
 けれどルークのツッコミにも動じる事は無く、ユラはのんびりマイペースに大きな南瓜頭を傾げた――ら重みで傾いたので、慌ててルークがバランスを調整した。
「えっ、だってハロウィンっていったら南瓜でしょ。ほら、蝶々も集まってくるし。それよりせっかくだから言い伝え試してみる?」
 そう言いながら花畑でくるりと回るユラは、愛嬌があって可愛らしい。しかし言い伝えと聞いて、ルークの瞳が僅かに陰った。過去に亡くした大切なひと、と聞けば――思い出すのは、前に契約をしていた神人の姿だったから。それは自らの驕りが招いた死、だった。
「はぁ……俺はいいから、試すならユラ一人でやれよ」
 きっと、自分は恨まれているだろうから。例え幻でも会いたくない、とルークは思う。
「……そう、じゃあ止めとこうか」
 しかし、ただそれだけをさらりと呟いて、あっさりとユラは引き下がった。え、とルークはその反応に瞬きをして。次の瞬間、彼は素直に思った事を口にしていた。
「お前、なんで何も聞かないんだ? 普通気になるだろ。つーか、俺だったら絶対聞き出すと思うし」
「うーん、気にならないわけじゃないけど……」
 小首を傾げてユラは思案するが――ついでに南瓜の被り物の重みで頭が揺れるのを、ルークが再び支えたが――彼女はルークに向き直って、ふわりと告げる。
「誰だって、言いたくないことの一つや二つあるでしょ。私達はさ、まだスタートしたばかりなんだから、そんなに急ぐことはないと思うんだ」
 ――だから、ルークが話したくなった時でいいよ。そうきっぱりと言い切ったユラの姿に、ルークは胸につかえていた重みが軽くなったような――目の前を覆う霞のヴェールが一枚取り払われたような、そんな気分になった。
「そういえばここって、願い事したら叶うんだっけ」
 過去は見ない。ならば、未来を夢見ることは出来るだろうか。洞の中を興味深そうに覗き込むユラと一緒に、ルークは灯りを翳しながらそっとその奥へと潜り込む。洞は仄かに温かく、何か大きくて優しいものに抱きしめられているような、不思議な感覚がした。
「じゃあ約束しようよ。来年も一緒にここに来れますようにって」
 ユラの声を聞きながら、ルークはそっと思案する。少しずつ自分は、変わっていけるのだろうかと思う。
(俺が話したくなったら……か。そんな時来んのかな……全っ然想像つかねぇけど。でも、とりあえず……)
 ――そして、そっと、彼は震える唇を開く。
「……俺もまた来たい。来年も一緒に」
 約束、したからなと頷くルークへ、ユラは穏やかに笑って胸をとん、と叩いた。
「大丈夫だって。私、約束は守るタイプだよ」
 歩くような速さで、けれど確実に一歩ずつ――さあ、未来へ向かって歩いて行こう。

●誓いの契約
 お伽噺の赤ずきんに扮したかのんが、バスケットを抱えて花園をゆく。隣に立つのは精霊の天藍――こちらはまるで、愛らしい赤ずきんを狙うかのような狼男の仮装だ。
 ――けれど、その狼男の正体は、赤ずきんを守る勇敢な騎士で。天藍の片手はお化け南瓜のランタンを携え、空いた手は隣のかのんと共に、指を絡めて繋いでいた。
「綺麗ですね……」
 さやさやと、秋の気配を増した夜風が白花を揺らす。その風に踊る花弁のひとひらに、そっとかのんの指先が触れた。そうして、白花の花園を散策するふたりだったが――ふと、天藍がかのんの顔を見下ろして、微かに眉根を寄せる。
「なあ、かのん……あの時、何があったんだ?」
 先日の依頼を終わらせて以降、かのんは憂いを帯びた表情を見せるようになった。依頼の最中、愛する者の生命の危機を知らせる羅針盤が明滅した事もあり、何があったのかと天藍は気にしていたのだが。
「……懐中時計で事なきを得たのですが」
 そう前置きしてかのんが伝えたのは、敵――トラオム・オーガの槍に刺されそうになったという事実。その事を思い出すと手が震え、まるで目覚めの悪い夢の様にその時の――串刺しにされた瞬間が頭に浮かぶのだと、彼女は言った。
「……っ」
 その話を聞いた天藍は絶句し、血の気が引いて。あの時何も出来なかった事に対し、無力感に苛まれた感覚が蘇った。
「私の対応が拙かったのが原因なのですけどね。……依頼を受ける事が怖い気もしますが、それでも出来る事があるのなら逃げたくないですし」
 そう言ってかのんは苦笑するが、二度は無いと天藍は自らに誓う。そして思った――それより前の依頼での、かのんの気持ちが今なら分かる気がする、と。
「……そうだ、洞の話。一緒に確かめてみないか?」
 かぶりを振って気持ちを入れ替える天藍に頷き、かのんは彼の身体にそっと寄り添い――その腕に手を掛け、誘われるままに洞へと足を踏み入れる。
 仄かなランタンの灯りに照らされた洞で、互いに身を寄せ合い見つめ合って。天藍は改めてかのんの手を取り、誓いの言葉を静かに紡いでいった。
「これから進む先でも、最も近い場所でかのんを守りたい」
「……私も、天藍の隣で貴方を支えたい」
 それに応えるのは、かのんの願い。そしてふたりは、契約をする時のように跪き――かのんの手の甲の紋章へ、静かに天藍が唇を寄せた。そしてかのんもまた、天藍の紋章へと唇を寄せ、ふたりは密かに誓いを交わす。
「どうか傍に居てください。天藍と一緒なら、私も前に進めると思うのです」
 そう言ったかのんの瞳が潤んでいるように見えたのは、仄かな灯りが見せた幻だろうか。ああ、と天藍は頷き、吐息がかかりそうな距離で彼女を見つめ――自身の願いでもあり誓いでもある言葉を、確りと伝えた。
「傍に居る。足りない所はふたりで補いながら……前へ進もう」

●騎士と主人の不思議な関係
 幻想的な光景ですわね、とアマリリスが微笑んだ。まるで別の世界に迷い込んでしまったかのよう――そう謳うように呟けば、魔女の帽子がふわりと揺れる。
 愛らしくも美しい令嬢である、と誰もが彼女を称しただろう。しかし――その天使のような笑顔の裏に潜むのは、正しく狡猾な魔女なのだとは、恐らくパートナーのヴェルナーも気付いてはいまい。
「ええ、本当に」
 誠実に頷く彼の姿は吸血鬼。よく分からなかったので見立てて貰ったとの事だが、高貴で凛々しいヴェルナーの風貌には良く似合っている。そんな風にぼんやりとヴェルナーを見つめていたアマリリスは、慌ててかぶりを振った。
(断じて見とれていた訳ではないわ……!)
 そんな彼女の元へ、恭しくヴェルナーが手を差し伸べて告げる。
「会いたい人がいるんです。うろに入ってもよろしいでしょうか?」
「ヴェルナーから行きたいと言うなんて珍しいですわね」
 どちらかと言えば、控えめで従順な彼のこと。会いたいと言うのは、よほどのことなのだろう。もしかして、女性だったり――そこまでアマリリスが想いを巡らせた所で、「ああ」とヴェルナーは彼女の視線に気付いて言った。
「会いたい人は、祖父です。私に騎士としての生き様を教えてくれた人です」
(……何で今ほっとしたのかしら)
 ふたりで灯りをともしながら、洞の中へ。不思議な不思議な森の中、月明かりに蝶が舞う花園で。ぼぅ、とランタンの火に照らされて瞬きをすれば、ほんの微かに――厳格な中にも優しさを秘めた、澄んだ青い瞳の老騎士の姿が見えたような気がした。
「よく似ていますのね。きっとヴェルナーも、年を重ねればこのようになるのでしょうね」
 はい、とヴェルナーは真っ直ぐな瞳で祖父の幻を見つめる。その眼差しには深い憧憬と、過ぎ去った日々を惜しむ――微かな哀切さが宿っているようで。それでも彼は、前へ進む事を善しとするのだろう。
「……よく言われました。祖父は私の憧れの人です。姿形だけでなく、あの人のようになれればと」
「ええ、確かめるためにも是非長生きして下さいませ」
 そのアマリリスの言葉に、ふっと相好を崩して――ヴェルナーは祖父の思い出を語る。厳しい人だったこと。自分の両親は多忙で、よく祖父に預けられたこと。そこで現役時代の話を聞かせてくれたり、訓練に付き合ってくれたこと。誇らしげに思い出を語るヴェルナーを、アマリリスはただ静かに見守っていた。
「今の私があるのは祖父のおかげです。あの頃の事は、きっと一生忘れる事はないでしょう」
 そこで一呼吸おいてから、ヴェルナーはじっとアマリリスを見つめる。どこまでも真っ直ぐな瞳が眩しくて――ああ、自分はこんな所に惹かれたのかもしれない、とアマリリスは心の片隅で思っていた。
「まだ祖父には遠く及びませんが、いつか必ず追いつきたいと思っています。その為には貴方が必要なんです……騎士として、命を懸けて守るべき主人が」
 貴方が必要、と言われて、不意にアマリリスの心がざわめく。しかし、続く主人と言う言葉にああ、と頷き、直ぐに彼女は優雅な表情を取り戻していた。
(ええ、『神人』であるわたくしが、ですわよね。ヴェルナーの事だからそんな所でしょう。他意などないのでしょうね)
 それでも、今はそれで充分だと思う。だからアマリリスは悪戯っぽく瞳を細め、挑戦するようにヴェルナーの顔を覗き込んだ。
「あら、追いつくだけでよろしいの? 追い抜かしてくださいませ。貴方ならできますわ」
「……そうですね。貴方となら、きっと」
 その応えに、アマリリスは満足そうに微笑んで。そっと、彼の耳元で囁いた。
「期待していますわ。わたくしの騎士様」

 ――これは、月夜に起こった秘密のお話。ふたりの間に何があったのかは、咲き誇る白花と燐光を放つ蝶たちだけが知っている。
 ああ。あなたも、過去と向き合い――或いは未来に想いを繋ぐのであれば、死者の魂が還る森へ向かうといい。
 そこに佇む大樹――生と死のはざまにあるその洞は、きっとあなたの望むものを与えてくれるだろうから。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月20日
出発日 10月28日 00:00
予定納品日 11月07日

参加者

会議室

  • [6]アマリリス

    2014/10/26-00:29 

    ごきげんよう、アマリリスと申します。
    初めましての方もお久しぶりの方もよろしくお願いいたします。
    月夜の花畑だなんて幻想的で素敵ですね。
    どんな時間を過ごせるのか楽しみにしていますわ。

  • [5]手屋 笹

    2014/10/25-23:51 

    かのんさん、アマリリスさんは今回もよろしくお願いします。
    アイリスさんとユラさんは初めましてですね。よろしくお願いします。

    洞の話、気になりますが特に身近で亡くなった方も居ませんし
    未来への願いにあやかりたいですわね。

  • [4]かのん

    2014/10/24-22:07 

    笹さん、アマリリスさんお久しぶりです
    アイリスさんとユラさんは初めまして、かのんと申します
    白花の中を散策して最近の事を振り返りながら、これからの事を少し考えられると良いのですけれど
    どうぞ皆様よろしくお願いします

  • [2]ユラ

    2014/10/23-22:31 

    どうも、ユラです。
    アイリスさんはお久しぶりです。他の方ははじめましてかな。
    幻を見るか、未来を語るかはルー君次第だけど、とりあえず
    幻想的な光景を楽しめたらいいかなー。
    なにはともあれ、よろしくお願いします。

  • [1]アイリス・ケリー

    2014/10/23-19:33 

    アイリス・ケリーと申します。
    大樹の言い伝えに、あやかりたいと思いまして。
    うろの中で幻を待とうと考えております。
    それでは、初めましての方も、お久しぶりになりますユラさんも、よろしくお願いいたします。


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