ミオソティス(紺一詠 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 もう忘れてしまいたいの、
 ――……それは、ありとあらゆるものをなくしてしまいということ?
 そうではないけれども、ううん、かまやしない、なんだったらそれでもいいわ。この苦しみが取り除かれるなら。
 ――……これはこれは、すこぶる苛烈で身勝手なおひいさまだ。ずいぶんといい性格をしているね。
 楽になりたいだけよ、なにがいけないの、
 ――……いいや、自分の気持ちに正直な人は好きだよ。だから、ちょっぴり手助けをしてあげようか。こんなのは如何かな?
 これは、なに、
 ――……忘れてしまいたいんだろう? ならば、忘れればいい。名前も、家族も、恋人も、故郷も。忘れてしまえばいい、そして自己をいつもと異なる不透明の水彩に塗り替えればいい。ただし1日だけね。1日だけ、乳飲み子みたいにまっさらな精神になってみればいい。
 そうして、手ずからなくそうとしているものの値打ちを、とっくりと考えてみるといいよ。
 愛しい愛しい、僕のおひいさま。


 街角で行き合った怪しげな物売りの相手をして、暇を潰す。他愛ない遣り取りはくゆる紫煙に似て、あとに残るは、すこしの焚き殻のみ。燃え差しの記憶。
 掌にとどまった煙硝子の薬壜、小指ほどの大きさの。コルク栓で封がされている。「Drink Me !」のラベル。
 ゆだねられた運命を、一度、揺する。壜の中の流体が、ことり、手招きするように波を打つ。

解説

わかりにくいですが、「1日だけ記憶喪失になれる薬があるけど、飲むよね?(確定)」なかんじです。

・薬は呑んですぐ効果が出ます。ですから、確実に介抱してくれる人が傍にいるときの摂取をお薦めします。
・翌朝にはちゃんと戻ってますので、安心してください。
・そんなわけで、1本300ジェールです。おありがとうございます(チャリーン)。
・人間でも精霊でも効くようです。どちらが呑むか、プランで御指定ください。どの程度の記憶喪失にするかも、御指定いただけるとありがたいです。
ウィンクルムお二人とも呑むのはあまりお薦めしません。面倒みる人がいなくなっちゃう。
・記憶喪失のあいだの出来事は忘れてもいいですし、おぼえていてもいいですし。
・ちょっと特殊な使い方として「記憶喪失の設定を持つ方が、失くした過去を思い出す」きっかけにしてもいいんじゃないかと思います。
・こちらの場合も、薬が効いているあいだの記憶(要するに、昔の記憶)は残してもいいですし、きれいさっぱりなくしてもいいですし。

ゲームマスターより

ぱんつ被ってカーニバルしても、記憶喪失のあいだの出来事だから大丈夫だよ♪
※そういうエピじゃない予定です

ミオソティスは勿忘草の学名です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

油屋。(サマエル)

  もう忘れてしまいたいの
迫りくる定期テスト 溜まった課題の山

い 一日だけ!一日だけだしっ!

悪魔の誘いに乗って飲んでしまう


名前?あれ、何だっけ 何も思い出せない
急に不安になり、パニック状態

さ、ま……える…?
何故か名前だけは憶えている

サマエル 怖いよ!助けて 助けて…!
(泣きじゃくる)

アタシにはサマエルだけ
この先もずっと一緒……
不安でサマエルの手に頬を摺り寄せる

安心したのかそのまま寝てしまう


記憶喪失の時の事は憶えていない

うぎゃああ!結局一日無駄にしちゃった
アタシのバカぁーッ!!
精霊がやけに上機嫌なのが気になる

……サマエル ずっと一緒だよ

ってあれ?何言ってんだろ 
ああごめん 気にしないで

※アドリブ歓迎



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  ディエゴさんの、辛い過去の記憶だけを消してみたよ
過去の事がなければ、彼は眼鏡をかける事も真っ黒の服を着る事も無く…真面目で穏やかに笑う人だった。

私もディエゴさんも過去を忘れる事ができれば幸せになれる?……それは違う
記憶を取り戻してわかった事
それは私がまだ騎手としてやり直したい気持ちがある事
騎手としては有能でも、スポーツ選手として私は最低だったと思う
…例えあの世界で私の居場所が既に無かったとしても、私はまたターフに戻りたい

だから…効果が切れる直前になっちゃったけど
ディエゴさんに改めて忘れてしまった記憶の事を話そうと思う、きっと受け入れられないと思う「俺がそんな事をするはずがない」って



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  クレちゃんの家(自宅兼研究室)へ薬とおやつ用にホットケーキの材料を持って行く。
物売りとの会話を伝え薬を渡す
一日だけ記憶が無くなる薬なんだって。
あ、あと愛しい愛しい、僕のおひいさまって売ってた人が私に言ってたんだけど、おひいさまって何?クレちゃん知ってる?

ちょ、クレちゃん!?
てっきり十分に分析してから試すと思ったのに…
お、お姉ちゃん!?え、あー私はロアだよ、怖くないよー。今何歳かな?(どこまで記憶失ってるんだろ)
(クレの境遇を聞いて衝撃を受けつつ、頭と角を撫でて抱きしめる)
辛かったね…クレちゃんは悪くない。オーガの仲間なんかじゃなく立派な精霊だよ。

あ、そうだおやつにホットケーキ作ってあげるね!



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  ・忘れるのはラルクと出会う少し前、姉が亡くなる前から現在まで(一年前)

結構です…そう言おうと思ってたのに気付けば買ってしまってた
馬鹿げてるって笑い飛ばせれば楽だったのに
幼い姉妹が走っていくのを見たら…駄目、止められない
衝動的に飲み干してしまう

ここは…?
どうしてこんな所に、いけない、急いで帰らないと
…あの、どちら様でしょうか?お会いしたことがありましたか?
聞かれた事には素直に答えて、説明を聞く

なんだか不思議
姉さまが顕現したばかりなのに、私もだなんて
そうだ、姉は今、どうしているのでしょうか?
…そうですね、きっと姉も忙しいのでしょう
苦く笑う

それにしても、貴方みたいな優しい精霊でよかった
にっこり笑う


●過去と過去
 ディエゴ・ルナ・クィンテロが薬を飲み干すのを、ハロルドはじっと見守っていた。
栄養剤だと偽って彼女が渡せば、ディエゴは疑うことなく受け取った。
 ディエゴがふらついたのを見てハロルドは慌てて支えに行く。
身長の差はとても大きいが、ディエゴ自身が持ち直したこともあり、ハロルドでも充分支えきれた。
「……エクレール?」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だが……」
 ディエゴは言いながらも、何故かけているのか分からないとばかりに眼鏡を外した。
今の彼からは常に感じる影を感じない。そのことにハロルドはほっとした。
そうなるように願ったから。彼の影の原因を忘れるように、願ったから。
「どうかしたのか?」
 そんなハロルドに、何かを感じ取ったであろう。
問い掛けてきたディエゴは穏やかな笑みを浮かべている。こんな笑みのディエゴを見るのは初めてかもしれない。

 ディエゴとハロルド、それぞれが持つ過去は暗く、重い。
過去を忘れれば幸せになれるかと言われれば、違うと答えるしかない。
 では、どうすべきか?
 ハロルドには記憶を取り戻して分かったことがある。
騎手としてやりたいという、自身の願い。騎手として有能だったこと、それは過去でも今でも否定はしない。
 けれどスポーツ選手としては……最低だった。
過去の己の振る舞いを思い返せば、良い選手だったとはとてもじゃないが言えない。
アスリートとは己を知った上で上を目指す者だ。そこには自身の振る舞いなども含まれる。
 それでも、だ。
それでも、ハロルドはターフに、馬たちが駆けていくあの美しく輝く緑の上に戻りたいと願う。

 一日を終え、それぞれの寝室に引き上げる間際。
ハロルドはディエゴを引き止めた。
「……今は忘れてしまっているだろうけど。ディエゴさんは軍にいた頃、機密を敵に売ってしまったんだよ」
「まさか、俺がそんなことをするはずがない」
 冗談にしても性質が悪いといわんばかりにディエゴは眉を顰める。
今のディエゴには受け入れられないということはハロルドには分かっていた。
ああ、こんなにも……今と昔の彼は違う。それを実感する。
 ハロルドが否定しないことに、ディエゴは僅かながらも動揺を見せる。
軍にいた頃のことは忘れても、二人で重ねてきた時間はそのまま。だからこそ、嘘ではないのだと分かる。
「……私の過去も、辛い記憶だった。私達は、自分が起こしてしまった行動に今も苦しんでいる」
 だけど、いつかは過去に決着をつけなくてはいけない。
今は二人ともがマイナスでも、ゼロに向かって歩いていかなくてはいけない。
 ハロルドは一歩、踏み出した。
今までは決して詰めることのなかった一歩。
「二人で支えながらいけば大丈夫。きっと……ディエゴさんにあげた勿忘草が咲く頃には、傷は癒えてる。私がそうする」
 精一杯背伸びをしながらハロルドはディエゴの頭を引き寄せる。
ディエゴは驚きのあまり、反応できないように見えた。
「だって、ディエゴさんが好きだから。男の人として、一人の異性として」
 トランスとは違う、愛情を示す為の口付け。
ディエゴの唇の端に触れた一瞬が、ハロルドには永遠のように思えた。
 ハロルドはディエゴの顔を見ることなく、自分の寝室へと駆け込んだ。
異常なまでの胸の高鳴りは恋慕と恐れの表れだ。
扉の前にディエゴの気配を感じてもハロルドは決して部屋から出ることはなかった。
己の気持ちを再び押し込める為だったのかもしれない。

 翌朝、部屋から出てきたハロルドにディエゴはいつものように挨拶をした。
昨日のことは、あまり覚えていない。
 ハロルドが己の過去について励ましてくれたということをぼんやりと覚えているだけ。
何か大事なことを忘れてしまった気がするが……何かは思い出せない。
ハロルドの様子がどこか違って見えるが、聞くのは何故か気がひけた。だから今は、このまま。
「朝食にするか」
 いつもと同じで、いつもと違う一日が始まりを告げた。



●執着と幼心
 ロア・ディヒラーは物売りの言葉に首を傾げた。
どういうことかは分からないが、兎に角この薬は迂闊に飲まない方がいいだろう。
ホットケーキの材料を入れた鞄の中に瓶を押し込み、クレドリックの家へ急いだ。
クレドリックならこの薬の成分を分析してくれる、なんて考えながら。

「お邪魔しまーす。はい、クレちゃん、お土産」
「これはなんだ?」
 出迎えのクレドリックに瓶を渡し、勝手知ったるなんとやらでロアは台所へと向かう。
そのロアを追いながらも、クレドリックは興味深そうに瓶を眺めている。
「変な物売りに押し売りされたの。一日だけ記憶が無くなる薬なんだって」
「記憶を消す薬、だと?ふむ、夢蜜房で懲りたようだな。だが……なかなか興味深い」
 鞄からホットケーキミックスや牛乳、卵を取り出していたロアは、ふいに手を止めた。
「あ、あと愛しい愛しい、僕のおひいさまって売ってた人が私に言ってたんだけど、おひいさまって何?クレちゃん知ってる?」
 純粋な疑問だった。
だからこそ、執着心の強い男を嫉妬させるには充分。
「それはお姫様だとかそういう意味の言葉だ」
 『僕の』だという言い方が特に気に食わない。ロアは自分の研究対象だ。
そんな苛立ちが胸に巣くい、衝動のままにクレドリックは薬を飲み干した。
「ちょ、クレちゃん!?」
 充分に分析してから試すと思っていたのに!
予想外の行動にロアは慌てふためく。物売りの説明通りの代物なら……――
焦りながらも慎重にクレドリックの様子を見守る。
 クレドリックはきょとんとしていた。
きょろきょろと、どこか幼さを感じる様子で周囲を見回し、ロアに気付いた瞬間。
怯えた様子で机に隠れたのだ。
 絶句するロアに、さらなる衝撃の言葉。
「ここ、どこ?お姉ちゃん、誰?」
 お、お姉ちゃん!!??
予想もしていなかった呼び方。それでもロアは混乱しながらも懸命に自分自身を宥めた。
「え、あー、私はロアだよ、怖くないよー」
「ロ、ア?」
 むしろ色んな意味で怖いのはロアの方だろうが、そんなことを言っている場合ではない。
彼の記憶がどこまで失われているのかを確認しなくては。怯えさせないようゆっくり、クレドリックに近寄って目線を合わせる。
「今何歳かな?」
「5歳、だよ」
 5歳……どうするべきかと、ロアは項垂れた。
そんなロアを他所に、クレドリックの顔がぱぁっと輝いた。
「その手の文様!ロアお姉ちゃん神人なの!?」
「え、そうだよ。お姉ちゃん、ウィンクルムとして頑張ってるところなんだよ」
 先程までの怯えた様子は綺麗になくなっている。
ロアはほっとした。外見は兎も角、五歳の怯えている子供にどう接すればいいか分からなかったからだ。
「じゃあ怖くないや。ウィンクルムはオーガから助けてくれたの」
 にこにこと笑うクレドリックの顔が、ふいに曇る。
「……でも、おとーさんとおかーさん死んじゃった。
皆、僕に角が生えてるから襲われたんだって言うの。オーガの仲間なんじゃないかって」
 ロアは息を呑んだ。両親を失ったばかりか、その原因が自分にあると責められるだなんて。
幼い心が傷付かない筈が無い。クレドリックが怯えていた理由が嫌でも分かる。
 そっと、優しい手つきで頭と角を撫でてやる。
びくり、体を跳ねさせたクレドリックも、自身を慈しんでくれる手に抵抗することは無い。
緊張の解れた体を抱きしめてやると、安堵したように身を預けてくる。
「辛かったね……クレちゃんは悪くない。オーガの仲間なんかじゃなく立派な精霊だよ」
「あ、りがと……」
 泣いているのだろうか。抱きしめたクレドリックの体温が上がったように感じた。
ふふっと、クレドリックが笑う。
「あとね、久しぶりにクレちゃんって呼ばれて嬉しい。おとーさんとおかーさんが呼んでくれてたの」
 だからすごく嬉しいのだと言いたげなクレドリックを、さらに強く抱く。
訳が分からないクレドリックは抗議の声を上げた。
「お姉ちゃん、苦しいよ」
「ごめん、ごめん。そうだ、おやつにホットケーキ作ってあげるね!」
「本当!?僕ホットケーキ大好きなんだ、嬉しい!」
 ロアは体を離す前に、浮かんだ涙を拭った。小さな子供に涙を見せるわけにはいかない。
『クレちゃん』と呼ばれたがる、小さな子供の為にロアは立ち上がった。

 僅かな時間に刻まれた記憶は、消えること無く二人の心に刻まれる。
刻まれた記憶がどんな物語を紡いでいくかは、これからの二人次第。けれど、きっと――



●過去と現在
 結構です。そう言おうと思っていた。馬鹿げてる。そう笑い飛ばせれば楽だった。
けれど気付けば手の中には薬瓶が収まっている。アイリス・ケリーは呆然とそれを見つめていた。
 そんな彼女の横を、仲の良さそうな幼い姉妹が笑い声を上げて駆けて行った。
自然と、目が姉妹を追う。胸が締め付けられる。
 アイリスは追い詰められたように、衝動的に瓶に口をつけ、そのまま一息に――

「ここは……?」
 気がつけば全く見知らぬ土地。
アイリスには訳が分からなかった。困ったように周囲を眺める。
「どうしてこんな所に、いけない、急いで帰らないと」
 けれど、今時分がいる場所がどこなのかが分からない。
身動きが取れず、ただきょろきょろと辺りを窺うだけのアイリスに、離れていたパートナー、ラルク・ラエビガータが気付いた。
彼は悠然とした足取りでアイリスの下に歩み寄る。
「悪い、待たせた」
 共に行動する人を一人にしたのであれば断るのが礼儀。彼はそれに倣っただけだ。
しかし、彼のパートナーは心底不思議そうに首を傾げた。
「…あの、どちら様でしょうか?お会いしたことがありましたか?」
 またタチの悪い冗談を言っているのだろうか。いや、違う。ラルクはすぐにその考えを捨てた。
アイリスの様子からすると、本気でそう思っているように見える。
 それ以上に、いつもと違う何かを感じる。
それが何かは分からないが、兎に角、現状を把握しなくてはいけない。
「俺はラルクだ。一応、アンタとは知り合いなんだが……ところでアンタ、自分の名前や年齢は覚えているか?」
「え……アイリス・ケリーと申します。21です」
 今のアイリスは22歳。しかし本人は21歳だと言う。
ということは、ここ一年の記憶が飛んでいるということだろうか。
「自分が顕現したことは?」
「いえ……私が、顕現だなんて」
 ふむと、ラルクは思考する。一体どうしてこうなったのかを予想してみるものの、考えたところで出来る事はないだろう。
一先ず、アイリスに現状を説明してやった。
「なんだか不思議」
「ん?」
「姉様が顕現したばかりなのに、私もだなんて。……そうだ、姉は今、どうしているのでしょうか?」
 とても気になるといったアイリスの問い掛けだが、ラルクは彼女に応えてやれない。
その答えを持っていないからだ。
「アンタの姉貴の話なんて聞いたことはないぞ?アンタからもA.R.O.A.でも」
「そう、ですか……」
 見るからに落ち込んだ様子。
心を動かされた訳ではないのだろうが、ラルクはすぐに付け加えた。
「ウィンクルムといってもそれなりにいるからな。活動してる範囲が違うだけかも知れないだろ」
「……そうですね、きっと姉も忙しいのでしょう」
 アイリスは苦く笑う。
パートナーのラルクが知らないということは、連絡がないという可能性に気付いているのだろう。
 ふいにアイリスは顔をあげ、しっかりとラルクを見つめた。
一体なんだと、ラルクは怪訝な表情を浮かべる。
「それにしても、貴方みたいな優しい精霊でよかった」
 にっこりと彼女は笑う。
ラルクはパートナーとして、今後に支障を来たしかねないことだからと対応しただけなのだが、今のアイリスはそう思わなかったようだ。
 ここでラルクは先程の違和感の正体に気付いた。
アイリスはいつも笑っているが、今のように笑うことは無い。いつもは能面のように笑っているだけで、感情の色は無い。
 ラルクと出会うまでの一年の間に何があったというのだろうか。
気にはなるものの、今の彼女がその答えを持っていないことをラルクは分かっていた。

 次の日のアイリスの態度は、いつもと同じだった。
ラルクも、何事もなかったかのように普段通り接した。
 記憶を失った僅かな時間のことを覚えているかどうか。ラルクだけのものとなったのか、共有のものとなったのか――
ラルクがそれを確認することはなかった。



●課題と現実
「忘れてしまいたいの……」
 サマエルの部屋に油屋。の怨嗟の声が響く。直撃すれば致命傷を受けそうな、そんな声。
しかし当の本人は滂沱の涙を流している。
ばきり、彼女が握るペンが怪しげな音を立てたのはきっと気のせいだ。
 テーブルに突っ伏しながらも、彼女はすぐ側にある山を見る。そう、山。課題の山だ。
しかも定期テストが迫ってきている。
 そんな彼女に悪魔の囁き。
「そんな早瀬ちゃんには良い物をあげよう」
 ことり、サマエルが油屋。の眼前に薬瓶を置く。
正体が分からない薬瓶を油屋はペン先でつついた。
「何、これ?」
「これを飲むと嫌な事から現実逃避出来ちゃうんだ★」
 油屋。は課題の山を崩すこともお構い無しに、勢い良く瓶を掴んだ。
現実逃避したい今に、これ以上のものがあるだろうか。
「い、一日だけ!一日だけだしっ!」
 言い訳を正当化するように、彼女はぐいと薬を飲み干した。
悪魔の笑みに気づかないまま――

 サマエルは注意深く油屋を観察していた。
彼女がぽかんとした表情を浮かべたことに気付き、ほくそ笑む。
「お名前わかりまちゅかー?」
 幼子をあやす様なサマエルの物言い。普段の油屋であれば怒りを買っていただろう。
しかし今の油屋。は違った。
「名前?あれ、何だっけ 何も思い出せない」
 胸を満たす不安から、油屋。はパニックに陥った。何も思い出せないのだから無理も無い。
そこに、救いを装った悪魔が手を差し伸べた。
「『早瀬』だろ?可哀そうになぁ。よしよし、そう怯えるな」
 油屋。を宥めるその手つきは、小さな子供をあやすようですらある。
サマエルの表情も穏やかで優しげなものに見える。
「憶えていないはずはない。思い出してごらん?俺の名前を……」
「さ、ま……える……?」
 何も思い出せないのに、どうしてその名だけは覚えているのか。
勿論、油屋。にそれが分かるはずは無いが、サマエルの予想通りであったようだ。
その証拠にサマエルの笑みには満足の色が浮かんでいる。
 覚えているただ一人の存在に安堵した油屋。の両目から涙が零れ始めた。
ぽろぽろと流していた涙は、次第に勢いを増す。
泣きじゃくる油屋。は救いを求めた。
「サマエル、怖いよ!助けて、助けて……!」
「何も考えるな 全て委ねれば良い。さぁ、おいで」
 サマエルの言葉のまま、油屋。はその腕に身を委ねた。
そこ以外に安全な場所などないと思っているかのように。
 腕の中に収まった油屋。の頬に触れながらサマエルは囁きかける。
「お前には俺が居る。いや、俺しか居ないんだ。忘れるなよ、この先も永遠に……」
「アタシにはサマエルだけ。この先もずっと一緒……」
 不安を消し去りたい一心で、油屋。はサマエルの手に頬を摺り寄せる。
頬に感じるサマエルの体温は油屋。を安心させるには充分で。油屋。はそのまま夢の中へと沈んでいった。

「うぎゃああ!!結局一日無駄にしちゃった、アタシのバカぁーッ!!」
 油屋。の悲鳴が響く。進んでいない課題と一日近づいた定期テストが彼女を苛む。
そんな油屋。を、サマエルは指差して笑った。
「貴重な一日を無駄にしちゃって、今どんな気持ち?」
 ねぇねぇと、油屋。の顔を覗きこんでくる。
馬鹿にする言葉から、油屋。は彼の機嫌の良さを感じ取った。
 何だろう、気になる。
油屋。が問い掛けようとしたところに、サマエルが油屋。の頬に手を滑らせた。すると――
「……サマエル。ずっと一緒だよ」
 口から出た言葉は、予定していたものとは別のもの。
「って、あれ?何言ってんだろ?」
 ごめん、気にしないでと告げて、油屋。は課題の山へと立ち向かう。
強敵に挑む油屋。は気づいていなかった。
サマエルの笑みと、その意味に。
 真っ白な油屋。に、自分という存在を刷り込むという目的は、叶った。
さあ、次はどうしようか……?


(このリザルトノベルは、こーやマスターが代筆いたしました。)



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 10月02日
出発日 10月08日 00:00
予定納品日 10月18日

参加者

会議室

  • [8]ハロルド

    2014/10/07-23:04 

  • [7]ロア・ディヒラー

    2014/10/07-22:52 

  • [6]ハロルド

    2014/10/07-00:50 

  • [5]油屋。

    2014/10/05-21:22 


    油:ギュウドンチケットモラッター!
    サ:うちの子が申し訳ありませんっ(ぺこぺこ

  • [4]アイリス・ケリー

    2014/10/05-15:12 

    アイリスです。
    皆さん、どうぞ今回もよろしくお願いいたします。
    ……(持っていた牛丼屋のチケットをそっと置く)

  • [3]ロア・ディヒラー

    2014/10/05-10:27 

  • [2]油屋。

    2014/10/05-00:54 


    サ:こんにちは、今回もどうぞ宜しくお願い致します。
      怪しい薬だったので迷わず油屋に毒見させたら大変な事に……。

    油:ココハドコ ワタシハダレ ギュウドンナミモリ ツユオオメ

    サ:(アカン)

  • [1]ハロルド

    2014/10/05-00:13 


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