さつきのきつさ〜店長をさがせ!(キユキ マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●ここは駆け込み寺ではありません。
「お願いします! 店長を捜して下さい!!」
 勢い良く下げられた頭。その前でパン! と合わせられた両手。
 対した受付の者はというと、ただひと言。
「( ゚д゚)ポカーン」

 あっ、言葉ですらなかった!


●仕切り直し
「す、すみません……。勢い余ってしまって」
「いえ。しかし申し上げました通り、こちらは斡旋所ではありませんので……」
「デスヨネ……」
 あー、うー、どうしよう……。
 ここはA.R.O.A.。
 依頼者用に設えてある部屋へ先の人物を案内し、とりあえず話を聞いてみたところが以下となる。

 目の前で項垂れる女性の名はミユキ。タブロス郊外にある<さつきのきつさ>という庭園の職員だ。
 <さつきのきつさ>と言えば、毎月何かしらの花が満開となり、その見事さで他の追随を許さぬ庭園である。一般によく知られた植物からマニアックなものまで、守備範囲はやたらと広い。さらには店長が無類の『パズル』好きで、謎解きからはたまた迷路まで、イベントごとにも事欠かない。

 基本的には己の庭園ですべてを賄える<さつきのきつさ>だが、偶に外へ出展することがある。他社の開く品評会や講演会が主らしいが、今回はそれとは趣が異なっていた。

「深樹寺(しんじゅじ)のほおずき市…。これ、確か参拝客が物凄く来る日にやっているヤツですよね?」
「あっ、ご存知ですか!」

 深樹寺はその成り立ちが千年前とも囁かれる、故人を弔うための菩提寺である。場所はタブロス市旧市街の東端、敷地はかなり広い。もっとも、宗教色は余り濃くなく、『先祖を敬う心があれば来る者拒まず』というスタンスを貫いている。
 それは寺という存在が、スペクルム連邦において非常に稀であることも要因だろう。

 史跡であり、また故人の菩提を守る場所であるがため、深樹寺には数多くの人々や精霊が訪れる。タブロス観光名所の1つであり(先に述べた通り、まず寺がほとんど無いので珍しい)、市街や国外の観光客にも滅法人気だ。
 由緒に合わせ季節や暦の行事も数多くあり、『ほおずき市』は深樹寺において、夏を彩る大きなイベントでもあった。
 <さつきのきつさ>は深樹寺の『ほおずき市』に毎年出店しており、ミユキと彼女の上司であり庭園責任者の『店長』が、その役目を担っている。
 彼女の相談事は、出店に際するちょっとした問題についてだった。

 <さつきのきつさ>店長はその職業柄、同業者に知り合いや友人が非常に多い。庭園外では園芸アドバイザーなる肩書を持っており、庭園を訪れる客には常連も多い。店長は様々な人々に挨拶される側なのだ。
 普段からそのような状態であれば、同業者が一堂に会するこのような行事、彼があちこちへ呼ばれ、また訪われることは想像に難くない。

「その『ほおずき市』で店長が店を離れてしまうと回らなくなるので、店長を捜す人出が欲しい、と」
「そうなんです……」
 店を離れるな、とは言えない。毎年寺の責任者への挨拶や、もちろんお参りだってしている。だから、基本的には店を離れることを引き止めはしない。ただ、必要なときに迅速に戻ってきて欲しいのだ。
 ちなみにスマートフォンがあれば何とかなる、という考えは甘い。それはミユキが昨年実感したことだった。
「あんまりにも人出が多いので、繋がらないんです。スマホ」
「あー……」
 あるある。某所の即売会とかライブ会場とか凄いよね。
「人が多いので、声も聞こえづらいですし」
「そうですね」
「それならもう、足で捜すしか無いですよね」
「仰るとおりです」
 しかし先も申し上げました通り、うちは斡旋所ではないんですよ。
 残念、職員は絆されなかった!
「じゃ、じゃあせめて、DM(ダイレクトメール)を流す許可だけでも!」
 残念、ミユキさんも強かだった!


●根負けしたのは職員の方でした。
 翌日、A.R.O.A.所属ウィンクルムたちの連絡端末に、こんなDMが届いた。


 ーーーーーーーーーー
 <さつきの喫茶より、店舗手伝い募集のお知らせ>

 みなさま、元気にお過ごしでしょうか? <さつきのきつさ>店員のミユキです。

 来る某日、タブロスきっての観光地である『深樹寺』にて、夏恒例の『ほおずき市』が開催されます。
 登園も毎年出展しておりますが、少々笑えるような事情により、今夏より有志の手伝いを募集することにいたしました。
 多くの観光客で賑わう『ほおずき市』を、出展者として楽しんでみませんか?
 ついでに深樹寺の観光も出来ます!♪(*^o^)/\(^-^*)♪

 <募集要項>
 場所:タブロス旧市街東端『深樹寺』
 募集人数:5組(精霊含め10名まで)
 内容:店を離れる店長を、必要なときに迅速に連れ戻すこと。
    忙しさによっては、店でミユキの手伝いをお願いするやもしれません。

 皆さまのご参加、お待ちしております!
 あっ、ちゃんとお礼もしますよ!!(;゜∀゜)
 ーーーーーーーーーー


 余談であるが。
 そのDMを配信前に確認した職員は、こう思ったという。
「……あの店長にして、この店員あり……か」

解説

さつきのきつさ〜店長をさがせ!(※「ウ○ーリーをさがせ!」のノリで) ←タイトル全文

夏のひとコマ。色鮮やかな鬼灯と、賑わう市をお楽しみください。
タブロス唯一と言っても良い寺院の観光ついでに、店長を捜すお手伝いをしましょう。

>> 捜索対象(店長)の詳細
白髪混じりの紳士然とした男性。
ビニールコーティングの白いエプロンをして、腰には園芸用品の詰まった革鞄。店舗名の書かれた法被を着て、麦わら帽子を被っています。背が高めなので、捜すのはそれほど難しくありません。
「さつきの店長!」と呼べば振り返ってくれます。
※市には店長店主がたくさん居るので、店舗名を付けないと誰のことか分からないそうです。

>> 店長の捜索
携帯電話かスマホ(なければ支給)で、ミユキさんが捜索願いを出してきます(電話、メール、SMSのいずれか)
基本的には自分の捜索場所辺りを散策し、連絡が来たらその周辺で捜す形です。
また、店舗名の書かれた法被を着ることになります。どんな服の上からでも着られますので、ご心配なく。

>> 捜索場所
全部で5箇所です。行き先が被らないよう、皆さんでご相談ください。

・ほおずき市会場(ほおずき市の会場。店舗数は100軒程とのこと)
・本堂周辺(ほおずき市のすぐ奥にある深樹寺本堂。参拝客でいっぱい)
・五重塔周辺(深樹寺でもっとも背の高い建造物。傍には別の寺院のお堂が幾つもある)
・みやげ屋通り(表門から境内入り口の内門まで60m程の通り。観光客相手の土産物屋や屋台がたくさん)
・書院造り庭園(奥ゆかしい旧屋敷と庭が幾つかある。変わったお堂も幾つか。社務所もここ)


※プランに「店長を見つけるシチュエーション」が1行あると、大変助かります。
 例1)店長を見つけた。鬼灯の植木鉢を持った子どもと話してる?
 例2)店長はベンチに座って休憩中? 隣で猫が寝てる…。

ゲームマスターより

キユキと申します。
初めましての方もそうでない方も、エピソードをご覧下さりありがとうございました!

意外と好評でしたので、<さつきのきつさ>第2弾でございます。
あの店長にして、この店員あり。どこかズレたミユキさんと仲良くなるのも楽しそうです。
今回パズルはありませんが、店長が鬼灯や深樹寺についていろいろ教えてくれるかもしれません。
敷地内は人混みが凄いので、ドサクサに紛れて手を繋いだりするチャンスかも…?

察しの良いPLの皆様は、苦し紛れのお寺の名前でこっそり笑ってあげて下さい(苦笑)

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  ミユキ、さん。捜索無い間は…その、お寺とか…見ていても、いいかな?
(わくわく。こんな嬉しそうな顔は稀)
 
●書院造り庭園・付近
「…すごい…すごい、ねっ。庭も、お寺も」
感激。あまり人っ気がないのをいいことにじっくり見てる
「ヒューリは、興味ない?
 うん、昔の人がどんな暮らししてたか、何を思っていたかが分かる…
 唯一『さわれる過去』だから…。なんて、先生の受け売りだけど、ね」
珍しく饒舌
社務所の人いれば歴史聞いたりして夢中
 
●店長
あ。社務所の中で休んでたんだねっ
あの…お店戻ってくださ、え?(お話(うんちくOK☆)にうっかり食いつき)

こっこのまま歩く、の?
ヒュ、ヒューリ!しまってる絞まってる!ごめんーッ;



フィーリア・セオフィラス(ジュスト・レヴィン)
  (さつきの喫茶からのDMを見ながら)
リア:「…こういう、のも、…ウィンクルムの、お仕事、なの…?」
ジュスト:「…、…違うだろう」
リア:「…あ、そう、なんだ…。…でも、ほおずき、たくさん、見てみたい、な…」

そんな感じで、参加した訳で。
でもちゃんと店長さん探しのお手伝いをする気はあります。
ただ、おとなしい性格なだけに、人の多い場所でどれだけ役に立てるかは…?
あと、付いてきてくれた精霊に、お礼のつもりでほおずきの鉢をプレゼント…。

○捜索場所
ほおずき市会場

○店長を見つけるシチュエーション
ここだとやっぱり、他の店舗の人たちとご挨拶したりお話したり…?
他は、お客さんと同じように、かも?


ジゼル・シュナイダー(ヘルムート・セヴラン)
  店長がそんなにふらふらしててもいいのかな
偉い人って何か変わった人が多いよね

私達はみやげ屋通りに行く
携帯に連絡くるまでは観光してよう
屋台とかたくさんあるし見てるだけでも面白いと思う

人も多いしこれははぐれそうな気がする
別行動でも構わないけどこれじゃはぐれたら多分合流むり
…と言った傍からどこいくの
ヘルムートすっごいふらふらしてるから服掴んどく
あとでゆっくり見てっていいから今は大人しく店長さがそ

店長どこだろうね
私達声張るの向いてないし丁度よく目に付く場所にいてくれると助かるけど
え、何?急に引っ張って
ああ、何かそれっぽい人がいるね
見つけて偉い偉い
でももうちょっと言葉にして欲しかった気もする
…びっくりした



メリッサ・クロフォード(キース・バラクロフ)
  深樹寺のほおずき市。
人が多いところに行くことがあまりなかったので、任務だが内心ワクワクしてしまう。

店長を探しに「五重塔周辺」に行ってみる。
初めて見た五重塔に興味深々。

店員さんに店長の容姿などについては携帯のメールで確認。
周囲をよく探すが、まだまだ幼く小柄なので多くの人を見上げる形になってしまい、ちょっと大変。

キースの提案に、小さい頃はよくおんぶしてもらったが、今はそんな年じゃないと断る。
キースの言葉に、言葉を詰まらせ、渋々了承。
久しぶりのキースの背中はやはり大きくて温かくて安心する。

キースのおかげで視界が変わったので、探すのも楽になった。
だが、やはり恥ずかしい…。
早く見つけないと!



市原 陽奈(日暮 宵)
  「寺」の雰囲気は独特で好きですね。
深樹寺ではないですがうちも菩提寺がありますからそこには何度か訪れたことがあります。

こういう依頼に応えるのも大事なんでしょうね。しっかり勤めなければ。

我々が店長さんを探すのは主に本堂周辺ですね…。
やはり人が多い。
宵、離れないように気を付けましょう?
妙案ですか?あぁ、手を繋ぐ?
そうですね、手を繋ぎましょう。
木乃伊取りが木乃伊になっては困りますしね。
貴方と手を繋ぐなんて子供の時以来ですね。
なんだか懐かしい。

ほら、あの鬼灯。貴方の目のような色をしていますよ。
私、昔から貴方の目の色好きだったんですよ。

あ、あれは店長さんじゃないですか?誰かと話してらっしゃるんでしょうか?


●深樹寺
 がやがや、がやがや。
 表門には、寺の名を書いた巨大な提灯。潜り抜ければ土産物屋がずらりと並び、通りの左手には奥ゆかしい屋敷門。さらに先には内門があり、内門の両端には体高5mはあろうかという仁王像。内門を通り抜ければ、護り札や本堂での祈祷を受け付ける授与所。その左手には五重塔が見えた。授与所の先には本堂があり、参拝客たちがめいめいに本堂への階段を上っていく。

「鬼灯(ほおずき)いかがですかー!」

 土産物屋を過ぎると、そんな声が飛び交い始めた。各店舗は鉄骨を組みビニールシートを掛けただけの簡易なもので、それらが境内のスペースに沿ってずらりと並んでいる。色鮮やかな橙色と緑の鉢植え、それからチリンと鳴る風鈴の音。涼やかな音色と売り手の掛け声は、なるほど、夏の風物詩だ。

「す、すごい人だ、ね……」
『篠宮潤』の思わずといった呟きに、『ヒュリアス』も周囲を見て唸る。
「うむ……。はぐれると苦労しそうだな」
 法被に袖を通しながら、『市原陽奈』が苦笑した。
「同じ菩提寺でも、こんなに違うものなんですね」
 陽奈の実家はスペクルム連邦でも珍しく、菩提寺がある。なので少し身近だ。
「……しかし、この人出での人捜しは苦労しそうだ」
『日暮宵』が溢した隣で、<さつきのきつさ>店長が空を見上げた。
「今日は天候に恵まれましたからね」
 店長は、白髪混じりの紳士然とした男性だった。法被に麦わら帽子を被り手拭いを首に巻いて、夏の暑さ対策のお手本のようだ。
「店長、今回こそは行き先言ってくださいよ!」
 ミユキの苦言に、店長は笑って頷く。
「ええ。大丈夫ですよ、ミユキさん」
 その様子を見て、『ジゼル・シュナイダー』は一抹の不安を覚えた。
(店長がそんなにふらふらしててもいいのかな……)
 偉い人って何か変わった人が多いよね、と胸中で呟く。
(大丈夫じゃなさそう……)
 隣の『ヘルムート・セヴラン』もまた、ジゼルと似たようなことを思った。
 携帯電話には、事前に店長の写メが撮られ保存されている。写真を表示させ、『メリッサ・クロフォード』は目の前の本人と見比べた。
「これなら、すぐに確認出来ますわね」
「似た格好の奴が多いから、そこだけは注意だな」
『キース・バラクロフ』が他の店舗を観察し、ふむと首肯した。
 携帯電話を仕舞った『フィーリア・セオフィラス』は、屋根下の竿から吊るされた鬼灯の鉢植えに見入っている。
「これが、鬼灯……」
 『ジュスト・レヴィン』は、その小さな言葉を拾った。
 ーーーこういう、のも、……ウィンクルムの、お仕事、なの……?
 ーーー……違うだろう。
 来る前にそんな会話を成したが、喜んでいるので良しとしよう。

 全員へ携帯電話を渡し終えたミユキが、ぺこりと頭を下げる。
「それでは皆さん、本日はよろしくお願いします!」
「お手数をお掛けします」
 店長もまたぺこりと会釈した。

 ここは深樹寺、タブロスの一大観光地である。



●深樹寺・書院造り庭園
『下馬』とある立て札を過ぎると、そこには書院造りの屋敷。中には上がれないが、外に面している部屋の障子は開け放たれていた。
「……すごい……すごい、ねっ。庭も、お寺も」
 潤は庭へ足を踏み入れるなり歓声を上げた。確かにこのような場所はタブロスには滅多に無いが、ヒュリアスは潤がこの依頼を受けたことが不思議だった。
(人が多いのは苦手なはずでは……)
「ヒューリは興味ない?」
 ワクワク、という様子を隠さぬ潤がヒュリアスへ尋ね、彼は緩く首を振った。
「そうだな。過去自体にはあまり興味はない。が、先人たちに学ぶことを否定はせんよ」
 彼女が史学科の学生であることを思い出し、その浮かれように納得する。潤は自分がはしゃいでいることに気づき、少し照れた。
「昔の人がどんな暮らしをしてたか、何を思っていたかが分かる……。唯一『さわれる過去』だから……」
 なんて、先生の受け売りだけど、ね。
 余程好きなのだろう、饒舌だ。
「……あれ?」
 潤は携帯電話を取り出した。SMSが届いている。

『すみません、店長がそちらに居ると思うので連れてきてください!』

「どうやら、店長がここらに居るようだな」
「そうだ、ね。捜さなくちゃ」
 庭にある池の外周を周ると、小さな祠があった。『針供養』と書かれ、裁縫の針を年に一度供養すると立て札にある。
「へえぇ……」
 ヒュリアスが後ろからせっついた。
「ウル。店長を捜すぞ」
「わ、わかってる、よ」
 屋敷の傍へ戻ると、六角形のお堂に気がつく。中は金網に遮られ見えないが、地蔵尊と呼ばれるものが祀られているらしい。
「へえぇ……!」
 ヒュリアスは溜め息を堪え、額を抑えた。
「……ウルよ」
「ご、ごめんヒューリ! あ、ほら、寺務所の入り口がある、よ! 見てみよう!」
 つい夢中になってしまい、潤は焦りながら寺務所の中を覗く。
「あっ!」
 奥にある畳の部屋で、店長が茶を飲んでいた。向かいでも僧が1人、同様に茶を喫している。
「おや、潤さんにヒュリアスさんですか」
 彼は少し前からここに居たようだ。
「寺務所の中で休んでたんだねっ。あの、お店戻ってくださ、……ヒューリ?」
 ヒュリアスは潤に続いて入ろうとして、鴨居から下がる赤い何かにこつんと頭をぶつけた。
「いや……何だね? これは」
「それは赤とうもろこしですよ」
 やって来た店長が答える。
「ずっと昔、落雷のあった村で『赤とうもろこし』を吊るしていた農家だけが無事だった、という逸話がありましてね」
「えっ!」
 潤が食い付いてしまった。これは不味い。
(俺のせいか……)
 この日だけ『雷除け』という護符を授与するんですよ、という店長の話を、ヒュリアスは何とか遮った。
「店長、ミユキ店員が呼んでいる」
「おお、そうでしたね。行きましょうか」

 市へ戻る間も、彼らの足は遅かった。
「店長さん。じゃあ鬼灯にも、意味があったり、する?」
「もちろん。鬼灯は薬草ですから」
「えっ、薬になる、の?!」
 これは駄目だ。溜め息を吐いたヒュリアスは潤の首元へ腕を回し、ぐい、と手加減しつつも締め上げた。
「なな、なに、ヒューリ?!」
「すぐふらふらと行くだろう。俺の効率が悪くなる」
 ぐいぐい、と引き摺るように歩き出す。
「こっ、このまま歩く、の? ヒュ、ヒューリ! しまってる絞まってる!」
 ごめんーっ! と騒ぐ潤と苦笑する店長を引き連れて、ヒュリアスは足早に市へと戻った。
(まぁ、珍しいウルが見れたがね)
 また時間があるときにな、と微かに笑みを浮かべた。もちろん、こっそりと。



●深樹寺・本堂
 深樹寺本堂は、内部へ繋がる階段まで参拝客で溢れている。
「宵、離れないように気を付けましょう?」
「そうですね。ああ、お嬢」
 人が多いですから、手でも繋ぎますかい?
 陽奈が宵へ話し掛ければ、彼はそんな妙案を出してきた。理に適ったそれを、陽奈が断る理由はない。
「そうですね、手を繋ぎましょう」
 木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になっては困りますしね。
 陽奈が手を差し出してきたので、宵も手を出し互いに繋ぐ。
(そんな抵抗なく手を出されると、少し寂しいな)
 宵は複雑な心境に陥りながら、陽奈と手を繋ぎ本堂へ向かう。
(私としては、もっと意識してくれたりすれば希望も持てるんですが)
 胸中で呟いてから、はたと気づく。
(希望って何だ、そんなもの。はなからありゃしないのに……)
 彼の葛藤に気づくことなく、陽奈は授与所に並ぶ守り袋や護り札を眺める。宵は思い出したように告げた。
「お嬢は、こういう古い史跡が好きでしたね」
 ふとしたような言葉に、陽奈はくすりと笑った。
「ええ。そういえば、貴方と手を繋ぐなんて子供の時以来ですね」
 なんだか懐かしい。
「こういう依頼に応えるのも大事なんでしょうね。しっかり勤めなければ」
 人混みに負けじとする彼女に、宵もようやく笑みを返した。
「今日はついでに楽しむくらいの勢いでいいと思いますぜ。お嬢は植物を見るのも好きですし」
 本堂へ登る階段の手前は広く通路となっており、その両脇にも鬼灯の店が並んでいる。陽奈は並ぶ橙を指さした。
「ほら、あの鬼灯。貴方の目のような色をしていますよ」
 私、昔から貴方の目の色好きだったんですよ。
「私の瞳が鬼灯みたいで好き?」
 ……それは初めて知りました。
 何と返せば良いのか、宵は戸惑う。

「……あら?」
 携帯電話が震えた気がして取り出した陽奈は、着信履歴の数に声を上げた。
「ミユキさんは、『着信が2回連続であったら捜してくれ』と仰ってましたね」
「店長さんがこの辺りに……?」
 授与所の近辺を見てみるが、人混みの中にそれらしい人影はない。
「お嬢、本堂に入ってみやしょう」
 宵の言葉に頷き、2人は本堂への階段を登った。

 多くの人の向こうに、賽銭箱。御簾の奥では祈祷が為され、深樹寺の御本尊が安置されている厨子が見えた。
「賽銭と挨拶は、後に回させて貰いやしょうか」
「ええ」
 それぞれに本堂の中を見回す。薄暗い本堂の中は外よりも見えず、頼りになるのは背格好だけ。

 本堂内側の壁に、この日だけ授与される護り札が貼ってある。それに視線を向けた陽奈は、すぐ脇に求めていた背格好を捉えた。
「あ、あれは店長さんじゃないですか?」
 正面から見て左の出口。そこで袈裟を掛けた僧と話す、法被姿の人物。宵もそちらへ目を凝らす。
「本当だ、店長さんでないですかい?」
 無事役目も果たせそうですね。
 宵は陽奈の手を引き、店長と思われる人物の傍へ寄った。

「さつきの店長」

 僧と別れた彼に声を掛ける。店長はすぐに2人の姿を認めた。
「おや、陽奈さんに宵さん。私をお捜しでしたか」
 早く戻らねばなりませんね。

 陽奈と宵は、店長と共に本堂の階段を下りた。まだ、手は繋いだままで。



●深樹寺・みやげ屋通り
 みやげ屋通りに並ぶ店は、食べ物からアクセサリー、ファッションまで選り取りみどり。
「人も多いし、これははぐれそうな気がする……」
 ジゼルは行く道を遮る人の数に唖然とした。ヘルムートは店に気を取られている。
(すごい、屋台が一杯ある。……ん、あの屋台何置いてるんだろ?)
「……言った傍からどこいくの」
 視界から消えかけたヘルムートに、驚いたジゼルは慌てて彼の服を掴んだ。
(そんなに引っ張らなくても、置いてはいかないけど)
 ヘルムートはくん、と引かれる感覚にジゼルを振り返りつつも、歩みは止めない。
 携帯電話が震え、ジゼルがメール画面を開いた。

『すみません! 店長をそこから連れてきてください!』

 早速人捜しの開始だ。
(……もう、ヘルムートすっごいふらふらしてるから、服掴んどく)
 ジゼルは溜め息代わりに口を開いた。
「あとでゆっくり見てっていいから、今は大人しく店長さがそ」
 聞こえたかどうかは、喧騒のせいで分からない。服を掴むジゼルの少し前を歩きながら、ヘルムートは人の波を縫った。
(店長、どこにいるんだろ。捜すの面倒だし、早く見つかればいいんだけど)
 そこで目についた屋台の一角。
(ん、あそこで屋台覗いてる人、店長の特徴と一致するような)
 ジゼルは人に埋もれて見えてなさそうだ、小さいもんな、なんて言葉に出さず思う。案の定、彼女の大きくはない声が聞こえた。
「店長、どこだろうね」
 私たち声張るの向いてないし、丁度よく目に付く場所にいてくれると助かるけど。
「え、何? 急に引っ張って」
 突然ヘルムートに腕を掴まれ、ジゼルは目を瞬く。
「ん」
 彼に目線で示された、屋台の軒先。
「ああ、何かそれっぽい人がいるね」
 なんだっけ名前、と考えたヘルムートは思い出す。

「さつきの店長」

 声を投げれば、相手がこちらを振り向いた。間違いない。
 よし、店長確保。
「ヘルムートさんにジゼルさん。ミユキが呼んでいましたか」
 揃って頷けば、店長もまた首肯した。

 店長を見つけて偉い偉い。
 なんて思いながらも、ジゼルは胸中で零す。
(もうちょっと、言葉にして欲しかった気もする。びっくりした……)
 逸れないようヘルムートの服の裾を掴んだままのジゼルは、もやもやしている。
(店長、何か花持ってないかな…)
 ジゼルに気付かれぬよう、ヘルムートは小声で店長へ話し掛けた。
「花、ですか。残念ながら、今日は売り物しかないのです」
 そうだろうな、とは思っていた。
(女の子の機嫌が悪そうだったら、花でも贈って取り繕っとけって誰かが言ってた)
 何で機嫌悪そうなのかは知らないけど。
 すると店長がエプロンのポケットから何かを取り出し、ヘルムートの掌へ乗せた。
「……お菓子?」
 茶色くカステラのような生地で、小さなもの。店長はにこりと笑った。
「人形焼きです。この寺院でしか売っていない、本堂を象ったものですよ」
 みやげ屋通りに何店かそんな店があった。これでどうですか? という眼差しで問われ、ヘルムートは頷く。
「ん、」
 ありがと店長。

 ほおずき市のさつきのスペースへ、店長を連れて戻る。
「ありがとうございますジゼルさん! ヘルムートさん!」
「いえ……」
 真正面からミユキに礼を言われ、ジゼルは照れと困惑に言葉少なになってしまう。そこへとんとん、と肩を叩かれ、振り仰げばヘルムートがこちらを見下ろしていた。
「なに?」
「ん、」
 ヘルムートは、空いた彼女の掌へ人形焼きを置く。
「え、えっと……私に?」
 相変わらず言葉にしてくれないヘルムートだが、彼は頷いた。困惑しながらも、ジゼルは礼を言う。
「あ、ありがと……」
 まだほかほかと温かい人形焼きは、夏の暑さとはまた違って感じられた。



●深樹寺・ほおずき市会場

 ほおずき市の中に建つ、<さつきのきつさ>のスペース。簡素な屋根を見上げれば、『5』という数字の札と店名の書かれた札が下がっている。すぐ隣りの店の上部を見上げてみれば、そこには店名と『6』という数字。
「これ、お店の数……?」
 フィーリアの疑問に、ミユキが微笑んだ。
「そうですよ。今年は122番まであります」
「そんなに……」
「鉢植えの値段が同じなのは、何か意味が?」
 ジュストの問いには、深樹寺と店舗組合の契約で、という答えが返る。
 客の流れが一段落している頃合いに、フィーリアとジュストは市の他の店舗を見にミユキへ断りを入れた。

「鬼灯……たくさん、あるね」
 フィーリアは控えめに、けれど興味を示しながら店舗の鬼灯を見ていく。
 鉢植えから、実……正確には萼(がく)だけを袋詰めにしたもの。背の高い茎ごと吊るされているもの。同じ鬼灯だが、どこか違う。
 ジュストは店員に声を掛けられ狼狽える彼女を助けながら、市を眺めた。
「……? もしもし、」
 着信のあった携帯電話を取ると、申し訳無さそうなミユキの声が。

『すみません……店長捜してきて貰えますか?』

 ジュストは植木鉢に吊られた風鈴を気にするフィーリアを呼ぶ。
「リア。ミユキさんから連絡だ」
「あ……店長さん、捜し?」
「ああ」
 たくさんの人、たくさんの店の人、そしてたくさんの鬼灯。法被と麦わら帽子を目印に、店長の姿を捜す。
 するとフィーリアの視界に、それらしい人物が映った。
「あ、店長さん……!」
 彼女の口から大きな声は出ず、人の波に足踏み状態だ。ジュストは代わりに声を張り上げる。
「さつきの店長!」
 彼はすぐに気づいてくれた。
「ジュストさんにフィーリアさん。ミユキが呼んでいましたか」
 3人で店へ戻る。
 見つけられて良かった、と2人はそっと息を吐いた。

「あ、あの……ジュスト、これ……」
 落ち着いた頃、ジュストに差し出されたのは鬼灯を象る飴細工。ジュストはフィーリアを見返した。
「えっと、今日、ここに一緒に……来て、くれたから……」
 お礼、と蚊の鳴くような声で言われたもので、益々驚いたが。
「そう、か。ありがとう」
 鬼灯を象る水飴細工を、ジュストは有難く受け取る。フィーリアは嬉しそうに笑った。
(本当、は……鬼灯が良かったけど……)
 どれを買えば良いのか迷ってしまって、そうしたら店長がこの水飴をくれたのだ。
(喜んで、くれて……良かった)



●深樹寺・五重塔

 人の多い場所へあまり赴いたことのなかったメリッサは、今とても楽しい。彼女は色鮮やかな鬼灯に囲まれ、キースと共に<さつきのきつさ>の店を手伝っている。
「メリッサさん、そこの白いビニール袋を取って貰えますか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
 ミユキが鬼灯の鉢植えを袋に入れ、代金を受け取り客に渡す。そうして幾つもの鬼灯が、店から旅立っていく。
「ところで、店長はどこへ行ったんだ?」
 キースがミユキへ尋ねると、彼女はメリッサの視線の先を指さした。
「去年は行く時間がなかったので、五重塔を観に行くと言って……あっ!」
 彼女は己の腕時計を見下ろし、唐突に慌てた。
「やばっ! 20分後にxxxの店長さんが来るんだった!」
 ごめんなさい、店長捜してきて貰えますか?!
 これまた唐突に頼まれたが、それが元々の役目だ。
「分かりましたわ」
 行ってまいりますね、とメリッサとキースは五重塔へ向かった。

 五重塔へは、本堂手前の授与所を横断しなければならない。道行く途中で捜し人に出会うことも無きにしも非ず、しかし人出が多過ぎる。
 この人出にメリッサが慣れているわけもなく、しかも彼女はまだ背が低い。
(ずっと見上げたままってのもな……)
「メリッサ」
 呼び掛ければ、携帯電話の保存写真で店長を確かめていたメリッサが、キースを見上げた。
「俺の背におぶされよ」
「……今はもう、そんな歳ではありませんわ」
 昔はよくおんぶしてもらっていたけれど。
(もう、子どもじゃありませんの)
 するとキースが苦笑する。
「まあそうだが。これも任務で、ちゃんとターゲットを見つけないといけないだろう」
 そうやって捜していたら、効率も下がる。
「……そう、ですけど」
 背の高いキースの方が、人を見つけ易いのは分かっている。言葉に詰まったメリッサへ、キースは畳み掛けた。
「大人しくおぶされよ。じゃなきゃ無理やり肩車しちまうぞ?」
「うっ……」
 それは嫌だ。もっと恥ずかしい。
「し、仕方ありませんわね。任務達成のためですわ!」
 メリッサのさっぱり素直じゃない返答にも、キースは大らかに笑う。
「そう、任務のためだ」
 よっと。

 久々におぶさったキースの背中はやはり大きく、温かくて安心する。視界も高くなり、人の顔がよく見えた。
(は、早く見つけませんと……)
 捜すのは楽になったが、どうしたって恥ずかしい。メリッサは羞恥を隠すように、きょろきょろと忙しなく周囲を見回した。

 背中の幼い体温は、昔から馴染みがある。
(メリッサが小さかった頃は、よくおんぶして散歩したな……)
 懐古していたキースの目に、見覚えのある姿が留まる。パンフレットを片手に、五重塔を見上げている男性。

「さつきの店長!」

 呼び声に、相手が振り返った。
「メリッサさんにキースさん。……そうでした、約束の時間でしたね」
 お手数お掛けしました、と店長が隣へ並び、来た道を引き返す。
「随分熱心に見ていたが、あの塔には何か意味が?」
「最上階に仏舎利……現地の言葉で『釈迦』と云うのですが、その遺骨が祀られているんですよ」
 墓みたいなもんか、と呟くキースの背で、メリッサは我に返った。
「キース! 店長を見つけたのですから、下ろして!」
「おう。店に戻ったらな」
「?!」
 文句は笑って言い包められてしまい、メリッサの要求が通ることはなかった。



●任務完了!

「皆さん、今日は本っ当にありがとうございました!」
 深々とお辞儀したミユキは、協力してくれた面々へ掌大の包みを手渡した。中には小さな竹筒と、竹楊枝。
「これ、<さつきの喫茶>で次に出すお茶菓子なんです」
 竹筒の中身は水羊羹、冷やしてから食べるともっと美味しくなるという。
「あとこっちは手軽に飲める抹茶ですから、どうぞ一緒に」
 小振りの茶筒も一緒に渡された。中身は粉末状の抹茶で、水に溶かすだけで抹茶が飲める画期的商品だ。

「次はぜひ、うちの庭園にも来てください!」

 今度は自慢のパズルでおもてなししますから!
 ミユキの元気な笑顔と店長の朗らかな笑顔に見送られ、ウィンクルムたちは深樹寺を後にした。



 End.



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター キユキ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月09日
出発日 07月17日 00:00
予定納品日 07月27日

参加者

会議室

  • [6]篠宮潤

    2014/07/15-09:20 

    市原、さん、多大にご協力して頂いた気が…ごめん、よ;ありがとうっ
     
    うん。上手く行く場所決まったみたい、だね。
    ほおずき市楽しもう。……ぁっ。て、店長も、頑張って探そう、ねッ(焦)

  • [5]市原 陽奈

    2014/07/13-06:04 

    こんにちは、市原陽奈といいます。
    よろしくお願いします(礼)

    ちょうどみなさんばらけてますし私は本堂周辺を捜索しますね。
    これでみなさん被ってないと思うのですがよろしいでしょうか?

  • …あの、…フィーリア・セオフィラス、です。…よろしく、お願いします。
    パートナーは、ジュスト・レヴィン、…です。

    …希望は、「ほおずき市会場」に、してみます、ね。
    たくさんのほおずき、見てみたくて…、でも、人もたくさん、で…。
    …ちゃんと、お手伝い、できるといい、な…。

  • みなさま、お初にお目にかかります。
    メリッサ・クロフォードと申します。
    よろしくお願いいたしますわ。
    (ぺこり)

    人がたくさんいるのですね。
    早く店長さんを見つけないと、店員さん困ってしまわれますわね…。

    捜索場所は、「五重塔周辺」を希望したいと思います。

  • 私はジゼル・シュナイダー。精霊はヘルムート。
    よろしく。

    店長って結構ふらふらしているものなんだね。
    探すの面倒だしさっさと見つかればいいんだけど。
    私は「みやげ屋通り」を希望しとこうかな。

  • [1]篠宮潤

    2014/07/12-20:46 

    史跡、と聞いて居てもたってもいられなかったんだ……(独り言)
     
    初めまして。ボクは篠宮潤(しのみや うる)、パートナーはヒュリアス、だよ。
    よろしく、ね。
    人、が多い中で…店長を探すの、じ、自信あるわけじゃない、けど…
    寺院見ながらでも、見つけられたらなって思ってる、よ(←むしろ寺院見学がメインな可能性)

    「書院造り庭園」が今のところ希望ではある、けど
    どこの場所でも、寺院は意外とありそう、だし、被ったら変更OKだから、ね。


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