プロローグ
大きな戦いが終わって、そして黒幕とも言える敵がわかった。
ウィンクルム達はもう一度大きな戦いに身を投じる事となるだろう。何しろこの戦いの結末によっては、世界は滅びるかもしれないのだから。自分達は死んでしまうのかもしれないのだから。
だからこそ、ふと考える。
「どうした?」
戦いの準備だったり日常の整理だったりで動かしていた手を止めた神人に気付き、精霊は何かあったのかと声をかける。
「ううん、何でもない。ただちょっと……思い出してただけ」
こんな事になるとは思っていなかった。
自分がウィンクルムになる事も、パートナーがこの精霊である事も、そして世界を揺るがす戦いに向かう事も。
顕現する前には想像もしていなかった未来へとたどり着いた。
「いつのまに、ここまで来たんだろうね」
ぽつりと零すと、精霊も今までを振り返り始めた。
初めて会った時の事を、初めて依頼を受けた時の事を、初めてデートをした時の事を、初めて心を開いた時の事を、初めて傷つけてしまった時の事を、初めて想いを通じ合わせた時の事を。
沢山の事を二人で積み上げてきた。
「……くくっ」
「何?」
「いや、お前が海で盛大に転んだ時の事を思い出した」
「そ、それは忘れていいから!」
顔を赤くする神人に、精霊はますますおかしくなって声に出して笑う。怒っていた神人もつられるように笑い出し「大体あなただってねぇ」と思い出を語りだす。
最後の戦いの前のひと時。
語るのは自然と楽しかった思い出、嬉しかった思い出ばかりになる。まるでこの先に不安を払拭するかのように。
貴方達はどんな平和な思い出を語り合いますか?
解説
二人の平和な思い出を語り合ってください
●平和な思い出
・一般的に平和な内容ならどんなものでも構いません
逆に平和じゃない内容は失敗になります
(例:トラウマを語り動揺する、喧嘩を思い出し気まずくなる)
・過去エピを掘り下げたり、過去エピのアフターストーリーでも構いません
ただし、その場合はどのエピソードかをプランに書いてください
また、過去エピを否定する内容は失敗となります
(例:プレゼントを貰って喜んだ過去エピ→実はプレゼントは貰ってない、実は喜んでない等)
・勿論、過去エピに無い思い出も大歓迎です
・全年齢のゲームって事だけ覚えていてください
●プランについて
・平和な思い出を語り合う形でも、平和な思い出そのものの形でも構いません
プランに合わせたリザルトの形となります
●色々準備とかしてたら色々買ってたようですね
・300Jrいただきます
ゲームマスターより
貴方達の大切な思い出を是非教えてください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
郊外の公園 涼しい木陰の中を歩きながら 隣りを歩くシリウスを見上げる 綺麗な翡翠の瞳 整った顔立ち 強くて優しくて 時々いじっぱりなところもある大切なパートナー そっと指を絡めると握り返してくれる それが嬉しくて 頬を染め あのね 前にレティシアさんに描いてもらった絵…覚えてる? 包みを開けた時のシリウスの顔 忘れられない 小さくぼやく彼が いつもより子どもっぽく見えて笑う とても素敵だった レティシアさん 本当に見たみたいに描いてくれて… 絵描きさんてすごいのね 自分を見るシリウスに気づき小首を傾げる なあに? 小さな囁きに一拍置いて真っ赤 言葉が少ないけれど シリウスの台詞は自分をどきどきさせる 笑う彼に 意地悪と 恥ずかしそうに笑いながら |
月野 輝(アルベルト)
色々あったけど、まさか初恋の人と結婚することになるとは思ってなかったわね 言ったこと無かった? 私の初恋『アルお兄ちゃん』なのよ くすっと笑い 気付かないまま契約して、最初は人をからかってばかりの嫌な人だって思ってたのに 何故かもう一度アルを好きになっちゃたのよね、不思議 ねえ、聞いていい? アルはいつから私のことを? 出会った三歳の頃?……え、まさかロリコン? あ、そうよね、そうだったら良かったなってちょっとだけ思っちゃって え!?待って、それは忘れて欲しいんだけどっ アルのエッチっ!! え、それって… (私は特別って事よね) 心の中で反芻してたら思いがけない言葉 私もアルの初恋なの?本当に? とても嬉しいわ(頬に口づけて |
かのん(天藍)
いつもと変わらない普段どおりの朝 まだ1年と少ししか経っていない日常で 2人で暮らすために家の修繕を始めた頃を思い出す (履歴170の後 まさか屋根の上にまで上がるなんて思っていませんでした 落ちたりしないか心配だったんですよ すごいですよね 開けにくい扉がすっと開いて、締まりの悪い蛇口がきちっと止まるようになるんですもの あれはー 少し珍しい種類や色の物だと、苗の手配をするより種から育てた方が確実だったんです…… 流石に増やしすぎたと思ったのでかなり片付けたじゃないですか 庭の温室で十分です(天藍が笑うので拗ねた振り 庭の一番大きな木に小さなツリーハウスですか? 提案に目を輝かす すごく楽しそう、私も一緒に作りたいです |
豊村 刹那(逆月)
場所:自宅アパートリビング 「そういえば……」(エアコンをリモコンで調節中にふと 「あ、いや。逆月と最初に出かけたのも、この時期だったなあと思って」 あのときは、まだ逆月も心ここに非ず、って感じだったよな。 今は、一応そんな感じしないけど。(ちらっと横を見る 「……覚えてるか?」 「そりゃ止めるわ! あのときは本当にびっくりしたよ」(やれやれと首を軽く振る 「ああ、よく覚えてるな。なんだっけ、人魚……?」(思い出したように頷いてから、首を傾ぐ 「よく、覚えてるな」 「ん? ぉぉ?」(尾にされるがまま 「……逆月?」尾で囲むの癖なの、か?(やや頬が赤くなる 「たぶん、机の中に……」 あ、あれ。なんだこの流れ。もしかして―― |
■作りあげていくもの
それは『かのん』と『天藍』にとって、いつもと変わらない朝。
透き通るような青空には鳥達が気ままに鳴き、植物の何処か瑞々しい香りが空気いっぱいに広がっている。
平和、というものを形にするとしたらこういう朝かもしれない。そんな朝だった。
とても、大きな戦いを終え、更なる戦いを控えているとは思えないほど、平和な。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様」
今日の朝食は野菜がたっぷり入ったパストラミサンドと冷製コーンスープ、それに葡萄を少し。
天藍が用意したそれらを二人で美味しく綺麗にたいらげると、かのんが後片付けを始めた。
こうしよう、と決めたわけではないが、なんとなく朝食の支度は天藍が、後片付けはかのんが行うようになっていた。それが二人の当たり前になっていた。
(目が覚めてからの身支度の時間を考えたら実際効率が良いんだが)
天藍の視線の先には、手早く皿を洗っていくかのんの姿がある。効率が良い、というのは事実だ。だがそれに加えて、腹が満たされ一休みしている時に好きな相手を眺めていられる、となると何だか得しているような気もしてくるから不思議だ。
キュ、と流れていた水が止められる音が響く。洗い物も終わったのだろう。
そこでふと、かのんが気になる表情をしていた。
タオルで手を拭きながら、何処か遠くを見るような、それでも身近なものを見ているような微笑み。
さて、あれは何を考えているのか。
軽い疑問と好奇心に誘われて、天藍はかのんに「どうした?」と声をかけた。
洗い物をしながら、かのんはふと一年と少し前の事を思い出していた。
それは二人で暮らす為にこの家の修繕を始めた頃の事。
「どうした?」
手を拭き終わったところで声をかけられたかのんは、天藍の顔を見てついクスリと笑う。
「ちょっと思い出して……」
「何を?」
笑われるような事を思い出されたのかと若干の居心地の悪さを感じていると、かのんの口から出たのは「この家を直してた時の事です」という平和で懐かしい過去だった。
「まさか屋根の上にまで上がるなんて思っていませんでした。落ちたりしないか心配だったんですよ」
「まぁ、普通自分の家でも屋根の上には上らないよな」
それは確かに驚かせたのだろう。今となっては笑い話になる程度には。
だが、天藍にしてみれば、思ったよりも年季が入っていたのでこの際徹底的に、と思っての行動だったのだから、思わず苦笑がもれてしまう。実際、少し手を入れた方が良い所も幾つかあったのだ。
それらを口にすれば、かのんも大きく頷き返す。
「すごいですよね。開けにくい扉がすっと開いて、締まりの悪い蛇口がきちっと止まるようになるんですもの」
「そんなにたいしたことはしてないけどな」
かのんにとっての大切な家。自分もこれから過ごしていく大切な家。だから少しでも綺麗に、少しでも過ごしやすいように、と天藍は動き始めたのだが、ちょっとした修繕でもかのんがすごく喜んでくれるので、その様子に嬉しくなって止まらなくなった。
植物の事ならいざ知らず、家の修繕となると正直かのんにはお手上げだった。また、少しずつ不具合が出ていても完全に故障していたわけでもなく、自分で直そう、業者に頼もう、とまで思い切れないものだったのだ。
そのこまごまとした不便さに、天藍が取り掛かってくれたのだ。
あちらも直しこちらも直し、そうして気付けば屋根にも上ってしまって、家はすっかり直されて綺麗になっていた。
そんな事を思い出していると、天藍も仕返しとばかりに、にやりと笑いながら懐かしい思い出をかのんに告げる。
「客間がほんとに植木鉢だらけだったのには驚いた」
「あれは――」
かのんが少し頬を染めながら言い訳をする。いや、正しく理由を説明する。
「少し珍しい種類や色の物だと、苗の手配をするより種から育てた方が確実だったんです……」
正しく理由を説明している筈なのに、どうにももじもじしてしまうのは、自分でもこれはやりすぎたかもしれない、という自覚があったからだ。正確には、ちょっと目を丸くして驚いていた天藍を見て思い知ったというか。
「流石に増やしすぎたと思ったのでかなり片付けたじゃないですか」
むぅ、とその後を語るものの、そんなかのんの様子が面白かったのか、天藍はさらにからかうように笑いながら言う。
「いっそ窓を大きくしてサンルームにしても良かったかもな」
「庭の温室で十分です」
ぷいっとそっぽを向いて拗ねてみる。勿論、本当に拗ねたわけではなく。
だからこそ天藍も笑いながらかのんの顔を覗きこむ。その様子に耐えられなくなって、かのんもつい口元が緩んでプッと笑い出す。拗ねたふりはそこで終わり。二人でクスクスと笑いあう。二人の日常の始まりを思い出しながら、語り合いながら。
「実はもう少しやりたい事がある」
ひとしきり二人で笑いあってから天藍が言う。
「何をやりたいんですか?」
かのんが訊ねれば、天藍は柔らかく微笑んでから、かのんの耳元でそっと囁く。
「できれば子供ができて少し大きくなってから」
かのんは瞬間頬を赤らめ、けれどすぐに同じように柔らかく微笑んで先を促せば、語られるのは未来の夢。
「小さなツリーハウスを作りたい。ほら、庭にある一番大きな木、あそこに」
「庭の一番大きな木に小さなツリーハウスですか?」
繰り返すように言って、そしてかのんは目を輝かせる。それはとても素敵な提案で、とても心が躍る夢だった。まるで物語の中のワンシーンのような。
「すごく楽しそう、私も一緒に作りたいです」
「ああ、一緒に作ろう」
そのまま二人はツリーハウスの構想を語りあう。こんなふうにしよう、あんなふうにしよう、出来上がったらこんな風に過ごそう、と。未来の予定を組み立てていく。
この後、大きな戦いがあるだろう。それでもきっとその先の世界が、未来が待っている。
きっと透き通るような青空には鳥達が気ままに鳴き、植物の何処か瑞々しい香りが空気いっぱいに広がっているだろう。
そして温もりを感じるツリーハウスの中で、かのんと天藍、それからまだ見ぬ子供と一緒に肩を寄せ合い、今日のように美味しい朝食をとるのだ。当たり前のものとして。
そんな平和が、二人を待っている。
■花よりもなお
郊外の公園は濃い緑と鮮やかな色彩の花に彩られていた。
『リチェルカーレ』と『シリウス』はそんな公園の、涼しい木陰の中を並んで歩いていた。
「あ、向日葵。それにカサブランカ。あ、ほら……あれは百日紅ね」
その公園は沢山の植物が互いを邪魔しないように丁寧に配置されていた。だから歩くたびに様々な花が見えるようになる。目に飛び込んでくる美しい夏の花を指差しながら、リチェルカーレは楽しそうに話す。シリウスはその明るく心地良い声に耳を傾けていた。
空の青、葉の緑、花の黄、白、ピンク。世界は色彩に溢れ、空気は熱を帯び、それでも風は爽やかで、全てが鮮明で印象的だった。
きっとシリウス一人で歩いていたら、こんなに花が溢れている事に気がつかなかっただろう。いや、そもそも一人だったら公園になど来ていなかっただろう。
リチェルカーレの目を通してみる世界は、色鮮やかで優しくて。たまに、本当に同じ世界を生きているのかと、不思議に思うし少し驚いてしまう。
けれどそれが嫌ではない。いや、むしろ好ましい。
「見て、芙蓉の花も咲いてる」
言いながらリチェルカーレは隣を歩くシリウスを見上げる。
そこで、不意に見とれてしまう。
綺麗な翡翠の瞳は、この公園にあるどの植物よりも鮮やかできらめいていて、けれどとても静かで、整った顔立ちは夏の暑さもあまり感じていないかのように涼やかだ。
(……強くて優しくて、時々いじっぱりなところもある大切なパートナー)
リチェルカーレの好きな人。
すぐ近くにある手に、静かに触れる。そっと指を絡める。気付いたシリウスはその仕草に目を眇め、自分の指に力を入れる事で握り返す。
想いが通じ合っているからこそのそのさり気ない行為が嬉しくて、リチェルカーレは頬を染めてふわりと微笑む。
涼しい木陰の中で、その手の温もりだけが熱い位だった。
「あのね 前にレティシアさんに描いてもらった絵……覚えてる?」
手を繋いだまましばし歩くと、リチェルカーレが不意にシリウスに訊ねた。突然の問いかけに、シリウスは瞬きを一つして、そして件の絵を思い出す。
(包みを開けた時のシリウスの顔、忘れられない)
その時を思い出して、リチェルカーレはクスクスと笑い出す。それに反するように、シリウスは決まり悪そうに目を逸らす。
「……レティシアがああいう悪ふざけをするとは思わなかった」
小さくぼやくシリウスの脳裏には、過去の依頼で知り合った肖像画家のレティシアに描いてもらったリチェルカーレとシリウスの肖像画があった。
リチェルカーレとしては、そのぼやきがいつものシリウスよりも子供っぽく見えて、またクスクスと笑ってしまう。
「とても素敵だった」
にこにこと本当に嬉しそうなリチェルカーレに、シリウスとしては何も言えなくなってただ困ったように顔が少し歪ませる。
「レティシアさん、本当に見たみたいに描いてくれて……」
絵描きさんてすごいのね、とリチェルカーレはご機嫌だ。
そう、レティシアは二人の肖像画を描いたのだが、二人を見たそのまま描いたわけではなかった。
シリウスはレティシアの前で微笑んだ覚えはない。にもかかわらず、出来上がった肖像画の中で、シリウスは確かに微笑んでいたのだ。
ちなみに、こっそりとリチェルカーレがレティシアに「シリウス……ちょっとだけ笑顔に、なりませんか?」と頼んだ結果という事は秘密だ。これぐらいは乙女の可愛いお願い兼いたずらとして許されるだろう。
「私、あの肖像画好きよ。シリウスの笑顔が好き」
リチェルカーレが微笑みながら告げれば、シリウスは言葉に詰まってしまう。
……リチェルカーレがシリウスに対して「笑った顔が好き」と言うのは、別にこれが初めてではない。その言葉に嘘はないのだろう。それはわかる。
しかし、あの肖像画の自分を見て「誰だ」と思うほど、シリウスは自分が笑うということに違和感しかないのだ。だからこそ困ってしまう。「素敵だった」という言葉を上手く受取れない。
それに……。
「なあに?」
リチェルカーレが自分をじっと見るシリウスに気付き、小首を傾げながら訊ねる。すると言葉に詰まっていたシリウスが声を紡ぐ。
「……俺は、お前の笑った顔の方が好きだけどな」
ぽつり、呟かれたその破壊力。だが、シリウスにとっては隠す必要の無い本音。素敵だと言うのならば、どう考えても自分の笑顔よりもリチェルカーレの笑顔だ。
決して大きくはない小さな囁きをリチェルカーレは瞬時に理解する事が出来ず、一拍置いてから急速に脳が発言内容を噛み砕く事に成功し、そして一気に顔を真っ赤にさせる。
さて、言ったシリウス本人も実は僅かに頬を染めていたが、そんな自分とは比べ物にならないほど真っ赤になったリチェルカーレを見て、思わず頬が緩み小さく笑う。
その微笑み。肖像画のままの、いや、それよりももっと素敵な。
この鮮やかな世界の中で、何よりもリチェルカーレの印象に残るもの。
言葉が多いわけじゃない。むしろほかと比べれば少ない方だろう。けれど、シリウスの台詞はリチェルカーレの胸をどきどきと高鳴らせる。言葉が少ないからこそ、そこに嘘はなく、大切な事や必要なものだけが紡がれるからだ。
夏の陽射しより、彩り豊かな花より、ずっとずっと印象に残る笑顔。それを大切に見つめながら、焼き付けながら、リチェルカーレは「意地悪」と呟いた。
呟いたけれど、その顔は恥ずかしそうに笑っている。だから、シリウスもまだ微笑んだままでいる。
世界は平和で色彩に溢れている。その中でもなんとも可愛らしい青色を纏う少女。リチェルカーレにとってシリウスの微笑みが一番心に残るように、シリウスにとっては溢れる花々よりもリチェルカーレが纏う銀青色が、青と碧が、そして頬の赤が一番心に残った。
「リチェ、あの花は?」
「え、あ、ああ、あれはね……」
時計草、凌霄花、クレマチス。太陽は高く、公園は広く、まだまだ花は見つかるだろう。そしてそれらの名前を呼んで、互いの世界を美しく彩っていく。歩くたびに二人の世界は色を増して輝いていく。それでも心の中心にあるのは……。
涼やかな木陰の中、手の温もりを感じながらの二人の平和で甘い散歩は、暫く続きそうだった。
■その愛は死が二人を別つとも
暑さが増してきたある夏の日、『豊村 刹那』と『逆月』の二人は、自宅アパートのリビングにあるソファに並んで座って寛いでいた。
窓越しに、外からは蝉の声が薄っすらと聞こえてくる。窓一枚を隔てた向こうは、部屋の中のような快適な空気ではなく、高い湿度と温度が充満しているのだろう。
本格的に夏が来たんだなぁ、と刹那がぼんやりと思いながら、温度調節をしようとエアコンのリモコンに手を伸ばす。
「そういえば……」
リモコンを操作しながら刹那はぽつりと零す。それは聞かせようとして呟いた声ではない。本当に意識せず零れ落ちた類のものだった。
それでも逆月は聞き逃す事無く、どうしたのかと刹那へと視線を向ける。
「あ、いや」
向けられた視線に、そんな重要な事じゃないと苦笑しながら、それでも刹那は呟いたその内容を説明する。
「逆月と最初に出かけたのも、この時期だったなあと思って」
女性なんだか男性なんだかわからないガイドに誘われて、辿り着いたのはパシオン・シーにある白い砂浜の無人島。
(あのときは、まだ逆月も心ここに非ず、って感じだったよな)
出会って間もない頃、僻地の村で蛇神様の化身と崇められていたという過去を持つ逆月は、オーガによりその村を失い、保護された時には自失状態になっていた。
村から出た事のなかった逆月は、見た事も無い場所で聞いた事も無い状況で、流されるように刹那と契約を結んだのだった。
(今は、一応そんな感じしないけど)
ちらっと横を見ると、そこには表情こそ乏しくとも無気力さはない、しっかりとした横顔があった。
その逆月は、刹那が言った事で意識が過去へと飛んでいた。
素足になって波の中に入り、海水とは心地良いのにべたつきもするのだという事を知った。それは確かに今と同じように夏も暑さを増し始めた頃だった。
「あの時、初めて海を見た」
自失状態にあっても、見るもの触るもの初めてのものばかりだったという事は胸に刻まれた。
「……覚えてるか?」
少し驚いた様子の刹那に、逆月はこくりと頷く。
「海の水を飲もうとして、刹那が止めた」
「そりゃ止めるわ! あのときは本当にびっくりしたよ」
やれやれ、と首を軽く振る。けれど同時に、顔が少し緩む。初めて一緒に出かけた事を、あの時の状態の逆月がそれでも覚えていた事が嬉しくて。
「逆月はあの時、ヤシの実のジュースもソーダも一気に飲んでたもんなぁ」
「あまり自覚は無かったが、喉が渇いていたようだった」
「だろうな」
一気に消えていく飲み物に、逆月は暑さに弱いのかも、と気遣ったあの頃。刹那の中にあった感情は保護者のようなものだったのに、それが、いまや。
恥ずかしいようなくすぐったいような想いに襲われながらも、刹那はこの会話だけで大分満足していた。だが、逆月はまだ覚えている事があった。
初めての海。初めての飲み物。それと……。
「藍の雫、と言ったか。石を探した」
「ああ、よく覚えてるな。なんだっけ、人魚……?」
藍の雫、というものは思い出して頷いたが、それに付随する話もあった筈で、しかしそれがはっきりと思い出せずに刹那は首を傾げる。
「愛する者と一つずつ持つことで、永遠に結ばれる。という伝承の類ではなかったか?」
すると逆月がそれを補完するようにスラリと答えた。
美しい人魚と人間の王子の悲しくも美しい愛の物語。どんな事情があったのか結ばれなかった二人は、それでも最後まで互いを想い合って、だからこそ自分達のような悲しい恋人たちが出ないように藍の雫をもたらした。
その時はただの好奇心で藍の雫を探したけれど、ちゃんと想い合う仲になった今にしてみれば、なんと心強いお守りを手に入れたことだろう。
「よく、覚えてるな」
「あの者は、記憶によく残る」
その言葉に、刹那と逆月二人の脳裏には女性なんだか男性なんだかわからないガイドの姿がポン! と出てくる。確かに、しっかりバッチリ記憶に残る、商魂たくましい人物だった。あの流れるようなセールストークと行動力は、どうしたって忘れられない。
そんな人物を思い出したせいか、それとも逆月が初めて一緒に行った時の事を覚えていてくれたせいか、刹那は何だか楽しくなって知らず笑っていた。
そして、その笑顔を隣で見ていた逆月は。
「ん? ぉぉ?」
逆月の蛇の尾が刹那の体を逆月の方へと押す。引き寄せる。
それは衝動的な行動だった。隣で笑う刹那に触れたい、もっと感じたい、と、ただそれだけに押し出された結果の行動だった。
尾にされるがままになっていた刹那は、結果ぴたりとくっつく状態になって少し鼓動を早めて頬を赤くする。
「……逆月?」
尾で囲むの癖なの、か? などと、現状を冷静に分析しているつもりで、けれど分析しきれていない刹那の頬に、逆月の白い手がすり、と寄せられる。
「あの石は、まだ持っているか?」
刹那の頬を撫でながら訊ねれば、刹那は頬に意識を取られながらも記憶を辿る。
「たぶん、机の中に……」
逆月が見つけたものと取り替えた藍の雫。クラックのない綺麗な結晶は、今も机の中で眠っている筈だ。
「俺も持ったままだ」
そして逆月のところには刹那が見つけた藍の雫が。クラックの入ったそれを「鱗みたいだ」と嬉しそうに見ていたのを刹那は覚えている。
逆月は頬を撫でていた手を後頭部へと滑らす。刹那をその場へ縫い止めるように。逃がさないかのように。
(あ、あれ。なんだこの流れ。もしかして――)
ここでようやく正しく現状を分析出来た刹那だったが、もう遅かった。いや、きっと先に分析出来ていたとしても……。
逆月の顔が近づいてくる。二人の唇の距離がゼロになる。
二人は自然と目を閉じていた。
暗くなった視界の中で、藍の雫の言い伝えを思い出す。愛の雫のきらめきを思い出す。
『二つ拾って、愛する人と一つずつ持っていると、人魚が二人を永遠の絆で結んでくれる』
ああ、そうだ。祈りの泉へ行かなかったとしても。
もっとずっと前から永遠の絆で結ばれる事になっていたのだ。
この平和なひと時でも、戦いの後でも、来世でも、ずっとずっと――。
エアコンの稼動している音が耳に入る。部屋は快適な温度に保たれている。そんな中で、二人は熱を分け合うように口付けていた。
■ここまでの軌跡と奇跡
「色々あったけど、まさか初恋の人と結婚することになるとは思ってなかったわね」
「初恋?」
戦いの準備もひと段落して、『月野 輝』と『アルベルト』は少し休憩する事にした。
ミント水の入ったコップを渡しながら輝が言うと、アルベルトは首を傾げつつも笑って返す。すると、輝もくすりと笑いながら告白する。
「言ったこと無かった? 私の初恋『アルお兄ちゃん』なのよ」
「そうだったのか。輝はませてたんだな」
互いにクスクスと笑いながらミント水を飲む。爽やかに喉を潤してくれるそれは、夏にもぴったりだし作業の休憩に補充するものとしてもぴったりだ。
作業、それはウィンクルムとして、最後の戦いの準備。
輝はウィンクルムとしての今までを振り返る。
出会った時は、アルベルトが『アルお兄ちゃん』だとは気付かなかった。結びつきすらしなかった。
(気付かないまま契約して、最初は人をからかってばかりの嫌な人だって思ってたのに)
そんなだから輝もついむきになったり、意地を張ったりした事もあった。
そう、色々な事をウィンクルムとして二人で経験してきたのだ。
そうしていつしか……
(何故かもう一度アルを好きになっちゃったのよね、不思議)
好きになって、好きになってもらって、結ばれて、今日この日まで辿り着いた。その辿ってきた道のりを振り返れば、やはり『不思議』という言葉がぴったりだろう。
と、そこまで考えて、輝はふとある事に気がついた。
「ねえ、聞いていい?」
「どうした?」
輝はコップを置いて笑顔を消し、少し考え込んだような不思議そうな顔をして訊ねてくる。
「アルはいつから私のことを?」
純粋な疑問。
問われたアルベルトも一瞬目を丸くする。
今この瞬間、間違いなくアルベルトに想われている事は分かる。けれど、それはいつからだったのか。そこがわからない。そこが知りたい。
純粋な疑問は同時に何処か心踊るものでもあり、輝はドキドキしながらアルベルトの返答を待った。
「私は……幼い頃の輝も好きだったが」
そして同じようにコップを横に置きながら返された答えに、今度は輝が目を丸くする。
幼い頃の輝。それはつまり、出会った三歳の頃という事は?
「……え、まさかロリコン?」
「いや、恋愛の好きじゃなく純粋な好意の好きだよ」
思わず素早く訂正を挟む。正直そこは誤解されたくない。アルベルトにそういう趣味は断じてない。誰よりも輝にだけは誤解されたくない。
「可愛いなとは思ったが、さすがに恋愛対象ではなかったな。私は既に十一だったからね」
もっと年の差が近ければ、また違った感情があったのかもしれない。けれどそうなったら、逆に輝がアルベルトへの想いを別のものにしたかもしれない。それを考えれば、辛い事も悲しい事も含め、現実の過去こそがここへ辿り着く為に必要だったのだろう。
そんなアルベルトの追加説明を受け、輝はホッとしたように肩の力を抜いて、けれど少しだけ恥ずかしげに苦笑した。
「あ、そうよね、そうだったら良かったなってちょっとだけ思っちゃって」
自分の初恋がアルベルトだったように、アルベルトの初恋が自分だったら、なんて。
もしそうなら素敵だったけれど、流石にそれは無理があったようだ。
アルベルトはそんな輝の発言と様子に、クスリと笑いながら話を元に戻す。
「輝を想うようになったのは契約してから自然にだったが、決定的だったのは、輝の水着が流されてしまった時だったかな」
「え!? 待って、それは忘れて欲しいんだけどっ! アルのエッチっ!!」
それはパシオン・シーにある高級ホテル所有のプライベートビーチでの出来事。水着のモニターを務めた結果起きてしまった美味しい、ではなくて、悲しい事故。大人っぽい水着は流され、それをどうにかしようと慌てた輝は逆に溺れてしまった。アルベルトに助け出されたものの、結果、露わになった胸を見られてしまったのである。ああ、なんて楽しい、じゃなくて、悲しい事故。
プライベートビーチと言うだけあって、そこには輝とアルベルトしかいなかった。なので、輝の上半身の裸体が衆目に晒されたわけではないが、それでも、それでも、だ。よりにもよって好きな相手のアルベルトに見られたのである。恥ずかしさは容易く上限突破する。
「はは、そういう風に取られると思うから今まで言えなかったんだけどな」
恥ずかしさで顔を赤くして怒る輝を宥めながら、アルベルトは大切な事を続ける。
「私は医者だから、普段は女性の裸体を見ても何とも思わないんだよ」
そう、特に溺れていた、というような救命のシーンにおいては、さらに裸体がどうこうという話ではなくなる。それが医師というものだ。
「だけど、あの時は、輝の身体がまぶしかった」
何とも思わない、などと流せなかった。
「え、それって……」
輝は一度ポカンとして、けれどすぐにその意味を理解する。
(私は特別って事よね)
理解して、さっきまでとは違う意味で顔を赤くする。
『普段は女性の裸体を見ても何とも思わない』『輝の身体がまぶしかった』
他の人とは違う、私だけ、特別。その事実を心の中で反芻していると、アルベルトはさらに追撃する。
「女性を見てあんな気持ちになったのは初めてだった」
女性への特別な想い。初めて。それはつまり……。
「ある意味、初恋じゃないか、これも」
思いがけないアルベルトの言葉に、輝の胸はいっぱいになる。
自分の初恋がアルベルトだったように、アルベルトの初恋が自分だったら、なんて。
もしそうなら素敵だったけれど、流石にそれは無理があったと、さっき思ったばかりだったのに。実際にそれは無理ではなかった。真実だったのだ。
「私もアルの初恋なの? 本当に?」
アルベルトはただ微笑んだまま頷く。それを見て、輝もまた輝くばかりの笑顔になる。
「とても嬉しいわ」
運命のように、初めての恋と初めての恋は巡りあって結ばれた。
カラリ、と横に置いた二つのコップの中で、氷が解けて動いた。心地良い澄んだ音は、まるで二人を祝福しているようで。
輝はアルベルトの頬に口を寄せて可愛らしくキスを贈り、ふふ、と笑う。
アルベルトもまた喉を震わせて笑い、そして輝の頬に手を添えると。
お返しのように輝の唇へとキスを贈った。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 4 / 3 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月21日 |
出発日 | 07月27日 00:00 |
予定納品日 | 08月06日 |