暖かな炎は未来を照らす(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 金の鈴に赤いリボン、モミの木にポインセチア、点滅するイルミネーション。クリスマスが近づくにつれ、街は華やぐ。
 そんな中を歩くだけで心もうきうきとしてきてしまい、この週末、神人は精霊と共にクリスマスの買い物に出ることにしたのだ。
 ショッピングモールには大きなツリーが飾られ、吊るされたオーナメントのボールには行き交う人々の幸せそうな笑顔が映る。
「今年は新しいオーナメントが欲しいなぁ」
「それじゃあ、雑貨店を覗いてみようか」
 神人と精霊も幸せな笑顔で言葉を交わし……。
「あ……っ」
 小さな段差に踵を取られたのか、神人がふらりとよろけた。
「おっ、と」
 すかさず精霊は神人の背に手を回して体を支えた。
「大丈夫?」
「あは、ごめん。平気平気」
 顔を赤らめて苦笑し、精霊から体を離して再び歩き出そうと足を踏み出す。
「……っ?」
 その足に、力が入らない。くたりと膝をつきそうになって、慌てて精霊のジャケットの袖に縋る。
「どうしたの?」
 流石に精霊は真剣な面持ちになる。
「わかんない……なんだか、目が回る」
 精霊はさっと周囲に視線を走らせ通路脇のベンチを見つけると、神人の体を支えながら彼女をそこまで連れていく。
「人混みに酔いでもしたかい?少し休もうか」
「……うん、ごめんね」
 申し訳なさそうに眉を下げる神人に、精霊は首を振る。
「飲み物買ってくるよ」
 と、神人を気にかけながらもその場を離れた。
 彼が手近な飲食店でテイクアウトのドリンクを買って急ぎ戻ってみると。
(誰だろう?)
神人のそばにしゃがみ込んで、話しかけている1人の少女。腕には籠を下げている。
「どうか、したの?」
 そばに駆けつけて怪訝そうに精霊が声をかけると、少女は顔をあげた。まだあどけない顔立ちの少女だった。彼女の持つ籠の中には、たくさんのマッチ箱が詰まっていた。
「呪いを解きに来たのよ」
「呪い?」
 精霊は眉根の皺を深める。が、少女が嘘や冗談を言っているようにも見えなかった。
「お姉さんをね、強く恨んでいる人がいるの」
 少女が神人に視線を移す。精霊もつられて神人を見れば、彼女は先ほどよりも苦しそうに、胸を押さえていた。
「それは……誰だ?」
 精霊は低い声で問う。それが何者であっても許せない、と。
「それはね」
 少女は口を開く。
「過去の、お姉さん」
 言った瞬間、がしゃんとガラスの割れる音が聞こえたような気がした。同時に、周囲の風景が一気に変わる。
 人々の喧騒は消え、真っ暗な色の無い世界へ。そこに、精霊と神人、そして籠を持つ少女だけが存在している。
 精霊が困惑するなか、暗中にぽかりと一箇所だけほんのり光が浮かびあがり、膝を抱える少女の姿が現れた。その髪の色などから、精霊は、それが自分の大切な神人の過去の姿だと認識した。
 ベンチに座る神人も、顔をあげる。籠を持つ少女は神人に話しかけた。
「覚えているわね?あの頃のあなたは、世界の全てに絶望していた」
 神人はゆっくりと頷いた。
「そして、未来の自分、即ち今のあなたの存在をも否定していた。つまり、今のあなたを消そうとしているのは、過去のあなたなの」
 少女は籠を提げていない方の腕を伸ばし、膝を抱える過去の神人を指差した。
「どうすれば?」
 精霊が訊ねると、少女は籠の中からマッチ箱を取り出し、マッチをひとつ、擦る。
 ぽうっと柔らかな火が灯る。
「夢を、見せてあげて」
 揺れる小さな炎、その光の中に、先程楽しげにモールを歩いていた2人の姿が浮かび上がった。
「未来はこんなにも素晴らしいのだと教えてあげて」
 マッチの炎が消えると、映像も消えた。
 少女は精霊にマッチ箱を手渡す。
「あなたたちは、2人で過ごした嬉しい時間、幸せな時間を思い出すだけでいいわ」
 あとは、私に任せて。そう言うと少女は闇の中に足を踏み出す。うずくまっている過去の神人の元へと。
 距離があるため声は聞こえない。
 だが、少女が過去の神人に話しかけ、マッチ箱を差し出すのが見えた。
 少女の姿はそのまま薄らいで消えていく。
 過去の神人がマッチを1本、手に取り擦った。
 ぼわりと炎が生まれ、その周囲を橙色の光で染める。
『幸せな時間を思い出すだけでいいわ』
 少女の言葉を思い出し、精霊はマッチ箱を手で包み込むと、神人と出会った日のことを思い出した。
 すると、過去の神人が持つマッチの炎の灯の中に、その時の映像が浮かび上がった。
 過去の神人は眼を見張る。
「そうだよ、君はいずれ、僕と出会う。僕は一生懸命、君を幸せにするから」
 精霊は知らず、彼女に語りかけていた。
 マッチの炎が消え、過去の神人は先ほどの映像を確かめようとまたもう1本、マッチを擦る。
「一緒に、いろんなところに出かけて」
 炎の周辺に、ボートに乗る精霊と神人の姿。
 幸せな映像を貪るように、過去の神人は次々とマッチを擦っていった。
 その度に精霊との笑顔の映像が浮かびあがって。
 いつしか精霊は神人と手を重ね、2人で、出会ってからこれまでのことを思い出していた。
「あれは、初めて私があなたに料理を作ったときね」
「うん、焦げてたけど嬉しかった」
「焦げてた、は余計よ」
「あ、今度は、遊園地に行ったときの映像じゃないかな」
「ほんとだ」
 マッチに浮かび上がっていく映像に、2人は懐かしく笑う。
「ウィンクルムになってから、大変なことももちろん多いけど。幸せって思うことの方が多かったなぁ」
 独り言のように神人は呟く。
 過去の神人の手の中に、もうマッチは残っていないようだった。
 過去の神人が、こちらを見る。
 2人は彼女に笑顔を向ける。
 彼女が、頷いたような気がした。笑ったような気がした。
 緩やかに彼女の姿は消え、同時に周囲の色が、音が戻ってくる。
 気がつけばそこは変わりなく賑やかなショッピングモール。
 神人と精霊は顔を見合わせる。
「体は、もう平気?」
 訊ねると、神人は小さく頷いた。
「うん、もうなんともないわ」
 精霊はベンチに置いておいたドリンクを手に取ると、神人に渡す。
「一休みしたら、オーナメントを探しに行こうか」
「そうだね」
 喉を潤している神人の横顔を見つめ、精霊は「出会えて良かった」と微笑んだ。

解説

何かに絶望していた過去を持つ神人、精霊向けのエピソードです。
2人で楽しくショッピング中に、過去の自分が生み出した呪いのために体調を崩します。現れる「過去の自分」は神人、精霊どちらか一方です。
(相手は本物の「過去の神人・精霊」ではなく、「過去の神人・精霊の絶望感等負の感情が具現化した存在」のようです)
マッチの光を通して、神人と精霊の幸せな思い出を見せてあげてください。
未来に幸せが待っていると、過去の神人もしくは精霊が希望を持てたらこのエピソードは成功です。
過去の神人・精霊にはあなたたちの姿は見えず声も聞こえませんが、希望を持たせることに成功すれば、プロローグ本文のように最後の数秒だけ意思の疎通が可能になります。

プランには、呪われるのはどちらか、どんな思い出を見せるかを記載してください。
見せる思い出はいくつでも良いです。思い入れのある思い出について語り合うと、一層幸せ感が伝わるかもしれません。
プロローグでは風景は闇一色でしたが、プランに絶望していた頃の風景(心象風景でも可)を書いていただけましたら、リザルト内で描写いたします。
また、この機会に自分の過去をパートナーに打ち明けてみてもいいかもしれません。

奮発してちょっと良いオーナメントのセット買っちゃいました。300ジェール消費します。

ゲームマスターより

12月なので、マッチ売りの少女モチーフのエピソードです。
興味がございましたら、参加していただけると嬉しいです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  あの小さなシリウスが、シリウスを呪って?
あどけなさの残る柔らかな輪郭 印象的なマキナの耳
大好きな人の面影を宿した 小さな男の子
その子を見つめるシリウスの顔が痛々しくて
彼の手をぎゅっと握る
あの子に 思い出を伝えればいいのよね?
少女に確認した後 マッチ箱を握って瞳を伏せる

春の花咲く野で 作った花冠をシリウスの頭に乗せた時
困った顔をして でも、されるがままだった彼
夏の川辺で ふたりして水をかけあったこと
笑うのが苦手って言うけれど ねえ、見えるでしょう?
こんなに優しい笑顔なの わたしの、一番好きな顔

あなたに会えて嬉しい
あなたが生きていてくれて良かった
だからお願い 生きることを諦めないで
贈られた指輪を見せ 泣きそうな笑顔


かのん(天藍)
  小熊さんに硝子玉を届けた時
青小熊さんとダンスをしようとして…
照れ隠しなのか明後日の方向を見る天藍にくすりと笑ってしまう

次の年のクリスマス
プレゼントは何にしようとか、お料理は何を用意しようと考えているだけで楽しくて
天藍が身に付けているマフラー見て微笑む(当時のクリスマスプレゼント)今も使ってくれている事が嬉しい
普段使いのピアスはいくつかありますけど、一番のお気に入りなんです

今進めているクリスマスの飾り付け
居間にツリーを飾って玄関にリースをつけて
雪かきしながら雪だるま作ったのは子供の頃以来ですけど楽しかったです
(それなりの大きさのが門扉の脇に鎮座してる

来年も再来年も今年のように過ごせたら良いですね


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  ▼呪
私のせいだ
私のせいで、姉さんと義兄さんは死んだんだ
私なんかいなきゃよかった
生まれてこなきゃよかった
ごめんなさい、ごめんなさい
(EP8、10)

▼想
(切なげに眉尻を下げ)
……やっぱり今でも思い出すと辛いや
でも、大丈夫
今の私には、ラグ君がいるからね
そう、いつだって、何処にいたって――

そう言ってくれたのは去年の冬だったね
寒くて、でも空気が澄んで綺麗な星が見えた
だからラグ君の言葉も、ゆっくり受け止めようって思えた
最初は戸惑ったけどね(たは)

そうだね、あんまりに花が澄んでいたから
全部打ち明けようって思ったの
誰よりも大切なラグ君に、本当の事を

▼夢
今は無理かも知れないけど
生きてみて、きっと希望は見えるから


星宮・あきの(レオ・ユリシーズ)
  (表情なく崖の上で佇む過去の自分を見)
あ、やっぱり何となく予想はしてたけど……
……何と言うか、ごめんね?(苦笑)

でもあの時の言葉、私は嬉しかったよ
そりゃあまだ、いいのかなって思う時はあるよ
だけどあの言葉がなければ私は前に進めなかった
私の時間は止まったままだった
ふふ、レオ君カウンセラーみたいだったね
でもそれだけ私の事見て、考えてくれてたんだよね
改めて、いつも有難う

……劇団の皆が、私を想ってくれてるって知れた事
レオ君がそれを、彼の言葉で伝えてくれた事
それが前を向く助けになった
だから今は、絶望の風から希望の灯を守ってみようって思える
だから……

ほら、すぐそこに手は伸ばされてる
その手を掴んで、離さないで


イザベラ(ディノ)
  絶望:精霊
貧弱だが何処となく面影がある。

幸せと言われても、思考を放棄して生きてきた自分には難しい。
真剣に考えるが上手く纏まらず、精霊に任せる。

思い出①:
8年前の初邂逅。
チンピラ達に絡まれている精霊を助ける為、
血と泥に塗れながら乱闘中の神人。
劣勢且つ無様な泥仕合だが、恐ろしい程に怯まない。
「…おい」
貶しつつも優しく微笑む精霊に何も言えない。

思い出②:
最近の姿。他のウィンクルム達と協力しながら敵と戦闘。
「お前にとって、これは幸せなのか」
「……ああ。そうだな。…そうだ、幸せな事だ」

「顔を上げろ。前を向け。胸を張れ。
お前は将来、私と共に正義を為すのだ」
過去の精霊へ、張りのある声で厳しく叱咤激励。



 気がつけばそこは、どこか懐かしい雰囲気の街角だった。
 粉雪舞う中所在なさげに佇む、まだ少女のあどけなさを残したかのん。
 その姿を見ただけで、天藍は胸が押し潰されそうだった。
(この時期の街はどこを見ても幸せそうだから、1人はよけいに辛いよな)
 過去のかのんは、先ほど見知らぬ少女に渡されたマッチ箱を、不思議そうに眺めていた。
 天藍は思わず彼女に駆け寄って、その細い手を自らの温かく大きな手で包み込む。
 天藍のあとから、現在のかのんも息苦しい胸を押さえながらやってくる。
「少し待たせてしまうけれど、ずっと1人なわけじゃないからな」
 天藍が語りかけるも、過去のかのんには現在の2人の姿は見えていない。
 過去のかのんは小首を傾げながら、マッチ棒を1本取り出し、火を点ける。
 途端に、ぽわっと青い毛色の小熊が現れた。
そして、小熊に青い硝子玉を手渡すかのんと天藍。
 これは、天藍がかのんに恋人になって欲しいと告げた日の思い出だ。
 映像の中、かのんと小熊がダンスをしようとお互いの手を差し伸べて……そして天藍が小熊の手を取りそれを阻んだ。
 なんてわかりやすいヤキモチなのだろう。
 天藍は照れ隠しなのか、明後日の方向を見て頬を掻く。
「……今更だとは思うが、大人気無かった事は認める。あの時はどうしても小熊に譲れなかった」
 天藍の様子に、かのんはくすりと笑みが零れた。
 過去のかのんは、その光景を信じられないもののように見つめていたが、マッチの火が消えると、寂しそうに視線を落とす。そして、箱の中にまだマッチ棒が残っているのを見ると、2本目に火を点けた。
 次に浮かび上がったのは、小声で歌いながらマフラーを包装紙に包むかのんの姿。
「次の年のクリスマスですね」
 かのんが微笑みながら言う。
 プレゼントは何にしようとか、お料理は何を用意しようと考えているだけで楽しかった。
 映像の中ではやがて天藍がやってきて、互いのプレゼントを身に付け笑顔を交わしている。
 天藍の首元にはマフラー、かのんの耳には薔薇の形の小さな青いピアス。
 そのマフラーは、あれからずっと天藍の愛用品だ。
「今も使ってくれている事が嬉しいです」
 かのんが天藍の首元を見て言う。
「ちくちくしないから当分手放せそうにない。かのんも頻繁に着けてくれているよな」
 天藍がかのんの耳元に手を伸ばすと、かのんは擽ったそうに目を細めた。
「普段使いのピアスはいくつかありますけど、一番のお気に入りなんです」
 幸せな映像に、過去のかのんの口元にも笑みが広がっていったが、映像は一瞬ぶれると、炎とともに消えてしまった。
 幸せな夢を、もう少しだけ見たい。
 過去のかのんは最後の1本を取り出した。
 次に現れたのは、大人の背丈ほどもあるクリスマスツリー。
 そこに、かのんと天藍がオーナメントや綿の雪、電飾と最後に星を付けて。
 それから、ツリーが置かれている部屋も、ガーランドや花の鉢で華やかに変えていく。
「つい先日のことですね」
「本格的な準備は今年が始めてだよな。何を飾るか、料理はどうするか。ひとつひとつ相談するのも楽しかったな」
 玄関にはリースを飾って、門扉の横には大きな雪だるま。
「雪かきしながら雪だるま作ったのは子供の頃以来ですけど楽しかったです」
「作り始めたらつい本気になってしまったな」
雪だるまが巨大なのは、そういう理由だ。
「でも、我ながら良い出来だと思う」
 過去のかのんも、絵本のように美しく幸せなクリスマスの様子に顔を綻ばせている。
「来年も再来年も今年のように過ごせたら良いですね」
 そっと天藍に身を寄せて、かのんは告げる。
 天藍もこくりと頷き、マッチ箱を持っている過去のかのんの手をもう一度、包み込んだ。
 過去のかのんが、はっとして顔をあげる。もう片方の手からマッチ棒が滑り落ち、炎が消えた。
 けれども、彼女に宿った希望はもう消えないだろう。
 そこに、自分の未来が……優しい笑顔のかのんと天藍が見えたから。


 リチェルカーレとシリウスは、色の無い出口のない部屋に迷い込んでいた。
 シリウスはこの場所に見覚えがあった。
 なぜなら、自身が子供時代を過ごした孤児院の一室だったから。
 実際には色も出口もある部屋だったのだろうが、当時のシリウスには、そんなものあって無きが如しだ。
「あの子……」
 リチェルカーレが細い声を出す。部屋の隅、影のように子供がいた。
 あどけなさの残る柔らかな輪郭。印象的なマキナの耳。
 大好きな人の面影を宿した、小さな男の子。
(あの小さなシリウスが、シリウスを呪って?)
 リチェルカーレは過去と現在、2人のシリウスを見比べた。
 そして、現在のシリウスの顔にふっとなんとも言えない昏い笑みが宿るのを見て、その痛々しさに胸が締め付けられた。
 家族も故郷もなくした後、どうしても周りと馴染めなくて。夜毎訪れる悪夢も、歯を食いしばって耐えるしかなく。生きていてはいけないと思っていた幼い自分を見て、彼が何を感じているのか。それを想像すると、リチェルカーレの胸が痛む。
 リチェルカーレはシリウスの手を取りぎゅうと握り締めた。
 その手の温もりに、シリウスは、はっと我に返った。
 リチェルカーレはシリウスの手を離さないままで、少女に確認する。
「あの子に、思い出を伝えればいいのよね?」
 リチェルカーレは少女から受け取ったマッチ箱をもう片方の手で握りしめると、そっと目を閉じた。
 思い出すのだ。2人の日々を。
 春の花咲く野で、作った花冠をシリウスの頭に乗せた時。
 困った顔をして、でも、されるがままだった彼。
 夏の川辺で、ふたりして水をかけあったこと。
 リチェルカーレが見せる思い出の数々に、過去のシリウスだけではなく、現在のシリウスも瞬きせずに見入っていた。
 リチェルカーレの笑顔はいつだって色とりどりの花のようで。そして、共にいる自分が、こんなにも穏やかな表情でいたのだとシリウスは驚かされた。
 色鮮やかな季節の中、リチェルカーレはいつだって自分をまっすぐ見つめてくれていた。
 無垢な眼差しと混じり気のない好意が自分を救ってくれていたことに、シリウスは改めて気付かされる。
「笑うのが苦手って言うけれど、ねえ、見えるでしょう?こんなに優しい笑顔なの。わたしの、一番好きな顔」
 どちらのシリウスに語りかけたのかは定かではないが、『一番好きな』と口にしたときのリチェルカーレの表情は愛しさに溢れていた。
 シリウスは、リチェルカーレが怪我をした自分の手に泣きながら包帯を巻いていた姿を思い出した。
 悪夢の名残で震えが収まらない手をリチェルカーレはしっかりと握ってくれた。
 シリウスが思い出したその場面は、そのまま映像となって過去のシリウスの前に現れる。
 過去の自分が驚き目を見開いているのを見て、シリウスは苦笑を浮かべる。
(そんな存在ができるなんて信じられないだろう)
 何しろ当時の自分は、孤独が永遠に続くと思っていたのだから。
 リチェルカーレの唇から、優しい呪文が囁かれる。
「あなたに会えて嬉しい。あなたが生きていてくれて良かった。だからお願い、生きることを諦めないで」
 シリウスは目を伏せ、それを噛みしめるように聞いていた。リチェルカーレの言葉のひとつひとつが、心地よくシリウスの胸に響く。淡い微笑がその顔に浮かぶ。
(……今はひとりじゃない)
 そのことを、実感した。
 子どものシリウスにも声が届いたのだろうか、彼がゆっくりと顔を上げこちらを見た。
 リチェルカーレははっとして、それから急いで指輪をはめた手を掲げる。
 スノーウッドの森でシリウスから贈られた指輪。2人の幸せの象徴が、過去のシリウスにも見えただろうか。
 あなたがどんなに辛くとも、必ず幸せが待っているから。
 リチェルカーレは泣きそうな笑顔を見せる。
 過去のシリウスは、表情を変えない。けれどきっと、伝わっている。
 いつのまにか部屋には出口が現れて、彼はしっかりと顔を上げ、部屋から駆け出て行った。


『私のせいだ』
 そこは、不思議な空間だった。
 赤とも言えぬ青とも言えぬ暗色で埋め尽くされて。
『私のせいで、姉さんと義兄さんは死んだんだ』
 時折、力無い声が響いてくる。
『私なんかいなきゃよかった。生まれてこなきゃよかった』
 その只中に、胎児のように丸まって膝を抱えた少女、あれは。
(ちひろだ)
 スマラグドは響く声と少女の姿から、顔は見えなくとも確信を得た。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
 延々と謝罪の言葉が続く。
 となりに立つ鬼灯・千翡露が切なげに眉尻を下げ胸を押さえる。
「……やっぱり今でも思い出すと辛いや」
 千翡露の姉夫婦のことについては、スマラグドも聞いていた。
 彼らが千翡露を守るために命を落としたことを。
 そんな過去を知って、自分を責めるな、なんて簡単には言えない。
 スマラグドは千翡露に身を寄せると、そっと彼女の背に手を添えた。
「……そう簡単に消えるもんじゃないよね」
 そのくらい、スマラグドだって解っている。
(でも、決めたんだ。時間がかかっても、俺が幸せにするんだって)
 千翡露はくいと顔を上げると、スマラグドに笑顔を作って見せた。
「でも、大丈夫。今の私には、ラグ君がいるからね」
 スマラグドは、当然だと言わんばかりに笑ってみせる。
 千翡露を幸せにするために、傍にいる。

そう、いつだって、何処にいたって――

 過去の千翡露がマッチを擦ると、星空の下、森の雪面を歩く千翡露とスマラグドの姿が現れた。
「いつだって、何処にいたって――そう言ってくれたのは去年の冬だったね」
 千翡露は目を細めてあの夜を思い出す。
「寒くて、でも空気が澄んで綺麗な星が見えた。だからラグ君の言葉も、ゆっくり受け止めようって思えた」
「そう星が、俺を後押ししてくれた」
 スマラグドは、炎に映る星空をあの夜と同じ気持ちで見つめる。
「あの時あそこに行ったのは、正解だった。曇りひとつない晴れ空だったからね」
 星空から千翡露へと視線を移し、しっかり言い聞かせるようにスマラグドは言う。
「だからあれは、俺の絶対の本心」
「最初は戸惑ったけどね」
 千翡露は、たは、と苦笑する。
 戸惑っているのは、この空間にいる過去の千翡露も同じようだ。
 怪訝な顔で、2本目のマッチを擦った。
 すると、月光を浴びて輝く花が一面に広がった。
「答えを貰ったのは今年の夏か」
 スマラグドは、月の光を受けて白く抜いたみたいに透き通って光る花を見つめる。
 千翡露も、その光景をよく覚えている。
「そうだね、あんまりに花が澄んでいたから、全部打ち明けようって思ったの」
 千翡露がスマラグドに視線を移すと、スマラグドも千翡露を見返して。2人は見つめ合う。
「誰よりも大切なラグ君に、本当の事を」
 星に後押しされて心を伝えたスマラグドと同じように、花が千翡露の後押しをした。
 だから。
 スマラグドは確信を持って言う。
「ちひろのあの時の言葉も本心だよね?」
 千翡露ははにかみながらも頷いた。
 あの日、2人の心は通じ合ったのだ。
 映像が消えると、過去の千翡露はやっぱり不思議そうな顔で、こちらを見やる。
自分に、想いを通わせる相手が現れることなんてにわかに信じがたい、その表情はそう語っていた。
 でも、心のどこかで。そんな未来もあるのだろうかと、小さな期待も芽吹いているのだろう。
 空間に響く贖罪の声はだんだん小さく、そして消えていった。
 千翡露とスマラグドは彼女に、声をかけた。
「今は無理かも知れないけど。生きてみて、きっと希望は見えるから」
「ああ、俺達は大丈夫。ちゃんと『未来への憧れ』は忘れてない。待っていて、いつか其処から救い出す」
 スマラグドが過去の千翡露にぴっと指を突きつけると、彼女の唇は、戸惑いながらも『待ってる』と動いた。
 それを見たスマラグドは満足そうな笑顔になった。


 切り立った崖の上。
 強い風が音を立てて吹き上がり、黄色に近い濃い金色の髪を踊らせる。
 あと一歩前へ出れば、きっと彼女の身体は……。
「あきのさんが崖の上ー!!」
 その光景に、レオ・ユリシーズは肝を潰し、両手で頬を押さえる。
 当の星宮・あきの本人は、表情なく崖の上で佇む過去の自分を見ても、(あ、やっぱり何となく予想はしてたけど……)と冷静であった。
 真っ青になっているレオの袖をちょいちょいと引っ張ると、レオは我に返ったようだ。
「いや見えてる光景から察するにこの後私が回収するんだけどね!!」
「……何と言うか、ごめんね?」
 あきのが苦笑すると、レオは胸を押さえて呼吸を整える。
「いつ見たって心臓に悪いよもー……」
 それにしたって、過去のあきのが、現在のあきのを呪うだなんて。
「いや、解ってる。こないだ少し溜まってたもの吐き出せたみたいだけどあれで全部一件落着ってわけじゃないんでしょう」
 先日あきのが涙と共に語ってくれた彼女の壮絶な過去。
 しかし、それを知っただけで彼女を救った気になるほど、レオは傲慢ではない。
 けれど、救いきれていないことが少し悔しくて、レオの表情が僅かに曇る。
「でもあの時の言葉、私は嬉しかったよ」
 あきのがレオの顔を覗き込むように見上げる。
「……そ、そう?」
 レオの顔から、曇りが払拭されていく。
「そりゃあまだ、いいのかなって思う時はあるよ。だけどあの言葉がなければ私は前に進めなかった。私の時間は止まったままだった」
 あきのが言葉を重ねるごとに、レオの顔に安堵の色が広がっていく。
「少しでもあきのさんの力になれたなら、よかった」
「ふふ、レオ君カウンセラーみたいだったね」
「ってもう、笑わないでよ」
 レオが唇を尖らせるが、あきのはうふふ、と笑っている。
「でもそれだけ私の事見て、考えてくれてたんだよね」
「そりゃあ、私があきのさんの事は守るんだもの」
 ウィンクルムとして、敵からは勿論、その心も、いつかはちゃんと守れるようにと願って止まない。
「改めて、いつも有難う」
 あきのはレオに向き合い、笑顔を向ける。
「ふふ、どういたしまして」
 レオが笑うと、あきのはくるりと身を返し、崖の淵に立つ過去の自分に目を向ける。
 彼女は、少女から受け取ったマッチ箱を興味もなさそうに眺めている。
 だが、この世の最期の戯れとでも思ったのか、無表情のままマッチに火を灯した。
「……劇団の皆が、私を想ってくれてるって知れた事。レオ君がそれを、彼の言葉で伝えてくれた事。それが前を向く助けになった。だから今は……」
 あきのは祈るように胸の前で手を組んだ。
「だから今は、絶望の風から希望の灯を守ってみようって思える。だから……」
 炎の中に映るのは、優しい笑顔であきのを受け止めてくれている、レオの姿。
 吹き上げる風が炎を揺らすが不思議とその火は消えず、また違う映像を生み出した。
 それは、崖の淵に立つあきのの後ろ姿。だが、そこへ向かって、1つの手が差し伸べられている。
 レオにはすぐに、その手が自分のものだとわかった。
(守るべき、大切な人)
 レオは、現在のあきのと過去のあきの、2人の姿を愛しそうに見つめる。
 彼女に向ける想い、まだその名前が何なのか、答えは見えないけれど。
(だけど、貴女がいないと知る事も出来ないから……だから手を伸ばすよ)
 過去のあきのがゆっくり後ろを振り返る。
「ほら、すぐそこに手は伸ばされてる。その手を掴んで、離さないで」
「捕まえるから、離れないで」
 あきのとレオは、同時に言葉を紡ぐ。
 過去のあきのは何かを見つけたように、手を伸ばした。
 それと同時に炎が大きな光となり、全てを包み込み……気がつくと2人は、現実の喧騒の中に帰ってきていた。
「あきのさん、体調は?」
「もう、なんともないよ」
 その答えにレオは安心して笑うと、あきのに手を差し伸べた。
 離さないで。離れないで。


 外界との接触を全て遮断したような闇と静寂の空間の中に、沈むように佇んでいるのは痩せっぽちのテイルスの子だった。
 イザベラは傍らの精霊ディノと数回見比べ、そのテイルスの子にディノの面影を見つける。
「あれは、お前だな」
「オーガに襲われた後の、俺です」
 ディノは今でも思い出すことができた。
 逃げ惑う人々。オーガは狙い易い子供達から真っ先に襲い、大人たちはその隙に皆逃げ出した。
 ディノは友人と手を取り走る。だが、オーガの爪が自分ではなく友人の背を引っ掛けたとき。
 ディノは、転げた友人を引き起こすことなく、止まらず走ってオーガから逃げた。
 その騒動の後から、ディノは心を閉ざした。
 人は所詮、己の保身しか考えられないのだと。
「幸せ……幸せ……?」
 過去のディノに幸せな思い出を見せてやれと言われても、これまで思考を放棄して生きてきたイザベラにはなにが幸せなのか皆目見当もつかなかった。
 いくら真剣に考えても上手く纏まらない。
「俺に任せて貰えませんか」
 ディノが申し出る。
 あれが自分の過去の姿であるなら、見せたいものは決まっている。
「ああ、任せよう」
 過去のディノが、訝しげな表情でマッチを擦る。
 ぽわりと広がる光。そこに向けて、ディノは意識を集中させた。
 思い出すのは、イザベラと出会った8年前。
 屍のように生きていたディノは、僅かな食事を求めふらふらと夜の飲食店街を彷徨っていた。
 運悪く、小石に躓き倒れ込んだのが酒に酔ったチンピラ一団の目前で。
 ディノは訳も分からぬまま彼らに難癖をつけられた。
 このまま殴り殺される人生でも、まあいいか。
 無気力にそんなことを考えていた。
 拳が頬を殴り飛ばす鈍い音が響く。
 が、吹っ飛んでいったのは、酔っ払いの方だった。
 不審に思い顔を上げたディノの目に飛び込んできたのは、真夏の空のようにギラギラと燃える、アイスブルーの瞳。
 ディノはただ呆気にとられて、その瞳の持ち主が乱闘で泥と血に塗れて行くのを見ていた。
 劣勢且つ無様な泥仕合だが、彼女は恐ろしい程に怯まない。倒れても倒れても立ち上がる姿に、とうとうチンピラどもは捨て台詞を吐き去っていった。
 炎に映る光景をイザベラは懐かしく見ていた。
「お礼を言ったら貴方、『当たり前の事に対して『有難う』だなんて、お前頭大丈夫か。』……なんて返すから。面食らいましたよ」
 ため息混じりにディノが言う。
「言っておきますけどね、頭おかしいのは貴方の方ですから」
「……おい」
 随分な言われようにイザベラは一言言い返してやろうとしたが、ディノの顔に優しい微笑みが浮かんでいるのに気づくと、喉元まで出かかっていた文句は引っ込んでしまった。
「……ずっと、支えでした。貴方のその、ギラギラと輝く青い瞳が。刺す様に鋭く、燃える様に熱い、氷の色の瞳が。……8年前からずっと」
 ディノの熱のこもった声を、イザベラはただ無言で聞いていた。
 そうこうするうちに、マッチの火は消えた。
 過去のディノは、何かを渇望するように、すぐさまもう一本のマッチに火を点ける。
 今度はどんな映像なのかと、イザベラも目を凝らす。
 そしてきょとんと目を瞬かせた。
「お前にとって、これは幸せなのか」
 映っていたのは、つい最近の映像。
 イザベラと共に、他のウィンクルム達と協力しながらオーガと闘うディノの姿だった。
「他人の為に戦えるというのは、幸せな事だと思います」
 どこか遠い目で、ディノは言う。
 あの頃の自分は力を持てず、戦えなかった。そして多くのものを失った。
 だからこそ身に沁みる、戦えるという幸せ。
「……ああ。そうだな。……そうだ、幸せな事だ」
 イザベラは静かに瞳を閉じる。
 そして再び瞼を開けた時、その瞳はいつかのようにギラギラと輝いて。その視線に射抜かれたのか、過去のディノが弾かれたようにこちらを見た。
 イザベラは声を張り上げる。
「顔を上げろ。前を向け。胸を張れ。お前は将来、私と共に正義を為すのだ」
 貧相な熊テイルスはひどく驚いた顔をした。
 だが、そこにはどんよりとした死相めいたものはもう消えていることに、イザベラもディノも気が付いた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:イザベラ
呼び名:イザベラさん/貴方
  名前:ディノ
呼び名:ディノ/お前/あれ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 12月09日
出発日 12月15日 00:00
予定納品日 12月25日

参加者

会議室


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