蝶の咲く木にご用心(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●蝶と花見と陰謀と
「えーっと……『宝石のような蝶が咲く木の下で、一風変わったお花見はいかがでしょうか?』」
たどたどしくメモを読み上げる、ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクター。メモを読み終えて顔を上げれば、溢れるのは笑顔と、彼自身の心が紡ぐ言葉。
「タブロス市の外れにさ、『輝石蝶』っていう宝石のような羽を持った蝶が、好んでとまる不思議な木が幾らも生えてるんだって! 色とりどりの輝石蝶がいっぱいとまった木は、まるで宝石の花が咲き乱れてるみたいに見えて、圧巻らしいよ」
だから、その木の下で花見と洒落こみませんか? というお誘いだ。花見の季節は過ぎたけれども、散らない花で花見の気分を味わおうと。
なかなか風情のある話じゃないかと、集まっていた内のひとりが言った。ツアーの値段は幾らなのかと、問いがとぶ。
すると、何故だか青年は視線を逸らし、気拙げに目を泳がせた。
「え、えぇっとねぇ……お値段はなんと、お花見弁当2人前付きで、ウィンクルムさまお一組につきたったの100ジェール、です。我々ミラクル・トラベル・カンパニーは、今回実費以外いただきませんです、はい」
……何だか怪しい。いかにも裏がありそうだ。
集まった面々に目で射抜かれて、青年は「降参」というふうに両手を上げた。そうして、話の続きを語り出す。
「うちとしてはさぁ、折角そんな素敵に面白い場所があるなら、ぜひ正式なツアーを組みたいわけよ。でもその、ちょーっと問題があってね。試験的にお試しツアーを開催してみて、いけそうなら本格的にツアー化しようっていうか、ウィンクルムの皆さんにモニターになってもらえないかなー、みたいな」
青年曰く、輝石蝶の鱗粉には、人の気持ちを操る厄介な効果があるのだとか。
「例えば、緑色の翡翠の蝶の鱗粉を吸い込んじゃうと、その人は自分の気持ちに素直になっちゃう。赤色の柘榴石の蝶の鱗粉なら、お酒も入ってないのにハイになって何だか楽しくなっちゃったり、とか……」
どうやら、蝶の色によって引き起こされる効果は様々らしい。
「っていうわけで、お願い!!」
青年が手を合わせる。
「モニターさん見つけられなかったら、俺、上司に怒られちゃう! 安いし! 蝶の咲く木は本当に綺麗だし! 鱗粉もそうそう吸い込むことはないと思うから! ね?」
頼むから誰か協力してくれと、青年ツアーコンダクターは頭を下げた。

解説

●蝶の咲く木のお花見について
概要はプロローグをご参照願えればと思います。
参加費はウィンクルムさまお一組につき100ジェール。
お花見ツアーは日中となります。昼頃から開始で、夕方にはバスでタブロスへ戻ります。

●お花見弁当について
参加者全員に配られるお弁当です。
ミラクル・トラベル・カンパニーが、神人と精霊の2人分・2個を準備させていただきます。
内容はご飯の上に桜でんぷで蝶が描かれている以外は普通のお弁当ですが、「こんなおかず入れて!」という希望がありましたら、プランにご記入いただきますとできる限り反映させていただきます。

●飲食物の持ち込みについて
飲食物の持ち込みは自由です。
ただし、未成年の飲酒は描写いたしかねます。
基本は外見年齢で判断させていただきますが、自由設定欄やプラン(アクションプランのみ)に実年齢20歳以上であることが明記されていればその限りではありません。

●輝石蝶について
宝石のような羽と人の心を惑わせる鱗粉を持った、美しいけれど少々厄介な蝶です。
鱗粉の効果は蝶の色によって異なります。(以下参照)
柘榴石(赤)の蝶:わけもなく楽しくハイになり、浮かれ気分に。
翡翠(緑)の蝶:普段自分の気持ちを隠している人も、自分の心に素直になってしまいます。
珊瑚(ピンク)の蝶:一時的に精神年齢が下がり、子どもっぽくなってしまいます。
天藍石(青)の蝶:悲しい思い出が想起され、辛い気持ちを胸にしまっておけなくなります。
鱗粉の効果は数分から長くても数十分で切れます。
副作用等はありませんが、記憶はばっちり残りますのでご注意を。
不思議な蝶に惑わされたい場合は、プランにて蝶の種類と鱗粉を吸い込んだ時の言動をご指定ください。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなりますので、お気をつけくださいませ。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

桜の時期にお花見のエピソードを出し損なってしまったので、ちょっと変わり種を。
楽しくお花見なプランも、厄介者の蝶に振り回されるプランも両方大歓迎です。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  蝶が咲くとはまた面白い表現だな
……大分厄介そうだが。
ま、鱗粉吸わなきゃいいんだから何とかなるだろう

何があってもいいように他参加者とは距離を置き
ん、青?……っ、イグニス待て青はもっと駄目だっ……!?
(青い蝶が顔面掠めて飛び去り)

ああくそ、これだけは嫌だったんだよ
イグニス、後ろ向くなよ(とん、と肩口に額を寄せ)
……お前に会う前の、神人になる前の話だ
婚約者がいたけどな、親友だった奴に奪われた
情けない話だろ、笑っていいぞ……イグニス?
ちょ、ちょっと待て落ち着け泣いてない!泣いてないから!
幸せにってお前……まあ、ありがたく受け取っとく

全く、しんみりする暇もない
……あいつ鱗粉吸ったのか?


スウィン(イルド)
  宝石のような蝶が咲く、ねぇ
どうせなら本物の宝石が咲いてくれればありがたく貰って帰るのに
や~ね、冗談よ~
ふふ、綺麗ね。でも鱗粉が厄介なんだっけ?
そうそう吸い込む事はないって事だから、大丈夫とは思うけど…
…?どしたの?

ちょ、ちょっとほんとにどうしちゃったのよ?!
あ、こ、これが厄介な効果?!
いつもの素直じゃないイルドはどこいったのよ?!
どどどどうやったら元に戻るのよ?!
効果切れるまで待つしかないの?!
(珍しくイルド相手に余裕をなくし赤面
身を乗り出してくるのを慌てて片手で押し戻す)

(効果が切れた後、調子を取り戻してにやにやとからかう)
守ってやりてーと思ってる…ねぇ…。熱烈な告白だったわ~♪


アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  旅行社さんにはお世話になってるからな
俺達で良ければモニターするさ

積極的に蝶を観察して香りを嗅ぐ
記憶も残るし長くて数十分で消えるってんなら、全部体験して比較するのがモニターだろ
できたらデータは複数ほしいから、ランスも頼んだぞ(ヤルキ

赤:モニターをヤルキマッハになる
緑:真っ赤)言わせんなよ、察しろよ(ランスを盗み見る
桃:ランスじゃなかったら男にキスしないんだからっ(ぽかすか
青:…待っててくれてるのに、素直になれなくてゴメン(ギュー
*なんだか全部混ざりそうです

ランスにギュッてされたら上記色に即した反応
ランスは俺のどこが好き…なの?

⇒正気に返ったらギャーッと叫んで悶絶
忘れろ!忘れてくれえええ(七転八倒



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  ラキアが樹と蝶の観察をしているので、俺も寄って一緒に観察。「蝶、捕まえてみようか」とラキアに笑顔。
珊瑚の鱗粉の効果と思いきや、これは柘榴石の蝶のせいですっかり楽しくなったせい。男ってのは自然の中では冒険したくなるものさ。昆虫を見ると捕まえたくなるのは仕様なんだ。小さい時は良く虫取りしたし。
こんな事もあろうかと虫籠用意してきたし!
(最初から取る気満々とか言わない)
そーっと近づいて、パッと羽根持てばこう簡単に、な。
でも連れて帰るのは可哀想だから暫く姿を堪能(観察?)した後ちゃんと放すぜ。

お弁当にはスペインオムレツと唐揚げとソーセージは欠かせない。判ったよ、サラダもちゃんとパンに挟んで食べるから。



アイオライト・セプテンバー(白露)
  お花見じゃなくて蝶々見?

ふふふ、おもしろい話聞いちゃった。でも、パパには内緒。そんで、パパに珊瑚の蝶の鱗粉をかぶってもらうんだ。
だってパパはいつもあたしを子ども扱いするんだもん。
ずるいよね。だから、今日はあたしがパパをかわいがってあげるの。
お花見しながら「ほら、あーんして。お弁当美味しいですよー」って、食べさせてあげたいな。
あたしのことはお姉様と呼ぶように。眠くなったら、膝枕もしてあげよう(偉そう) って、お、重い。ってゆうか、おなかいっぱいであたしも眠い……。

そうだ、帰る前に蝶々さんにありがとうしとかないと。
素敵な思い出ありがとうって。
でも、女の子になれる蝶々さんもいたらよかったのになあ。



●ほんとの気持ちを伝えます
「宝石のような蝶が咲く、ねぇ」
イルドと2人レジャーシートに座り、スウィンは蝶の咲く木を見上げた。沢山の蝶が止まった木は、本当に宝石の花が咲いているかのような美しさだ。
「どうせなら本物の宝石が咲いてくれれば、ありがたく貰って帰るのに」
スウィンの言葉に、イルドがため息を零した。
「あのなぁ……」
「あら? や~ね、イルドったら。冗談よ~」
きゃらきゃらと笑った後で、「さてお弁当お弁当」とスウィンは弁当の包みを解き始める。そんなスウィンを呆れ顔で見ていたイルドの前を、翡翠の蝶がふわりと横切った。イルドの視界に、煌めきの粉が舞う。ヤバい、と鼻と口を覆おうとした瞬間。
――くらり。
軽い目眩が、イルドを襲った。
「あ! 今飛んでったの、輝石蝶じゃない?」
そんな相棒の異変には気づかずに、スウィンは飛び去っていく蝶に視線をやって明るい声をあげる。
「ふふ、綺麗ね。でも鱗粉が厄介なんだっけ? ま、そうそう吸い込むことはないってことだから、大丈夫とは思うけど……」
「――スウィン」
「……? どしたの、イルド?」
イルドから、常は『おっさん』と呼ばれることが多いスウィンである。突然の名前呼びにちょっとした違和を感じ、首を傾げつつイルドへと視線を戻す。イルドの赤の瞳はあまりにも真っ直ぐに、けれどどこかとろりと溶けるような色を帯びて、スウィンのことを見つめていた。
「……蝶に目ェ輝かせたりしてさ、スウィンは子供っぽいとこあるよな。そこも、おもしれーけど」
「へっ? ヤダ、イルドったら何言ってるの? あ、もしかしておっさんのことを遠回しに馬鹿にして……」
「馬鹿になんかしてねーよ。俺は、そんなお前に振り回されんのも、最近じゃ悪くねーと思ってる」
「なっ、ちょ、ちょっとほんとにどうしちゃったのよ?!」
じぃと見つめられたままむず痒いような言葉を零されて、スウィンは狼狽する。何とか状況を把握しようと思考を巡らせて――スウィンは、先ほどすぐ近くを飛んでいった蝶のことを思い出した。
「あ、さっきの蝶! こ、これが厄介な効果?!」
相変わらず、とろけるような赤がスウィンのことを見つめている。
「スウィン、そんな困った顔すんなよ。俺は、お前の笑顔が……」
「ああああもう! ストップ! いつもの素直じゃないイルドはどこいったのよ?!」
耳がくすぐったくて思わず叫べば、イルドは両の手で、スウィンの右手をしっかりと握った。そして、あまりの出来事に硬直するスウィンの方へと身を乗り出し、真面目な顔で言葉を紡ぎ始める。
「そう、だな。いつも素直じゃなくてわりぃ……今なら、言える気がする」
「い、言わなくていいっ! 何だかわからないけど言わなくっていいからぁ!!」
包み込まれた手が熱い、見つめられっぱなしの顔が熱い。いつもの余裕はどこへやら、スウィンは真っ赤になりながら、ぐいと顔を寄せるイルドを空いている方の手で押し戻そうと奮闘する。
「いや、言わせてくれ。俺は、明るく笑うお前を守ってやりてーと思ってる……」
スウィンにぐいぐいと押されながらも、イルドはめげることなく喋り続ける。パニックになりながらスウィンは叫んだ。
「どどどどうやったら元に戻るのよ?! 効果切れるまで待つしかないの?!」
と、その時。
「……あ、れ?」
イルドの様子が変わった。目をぱちぱちとして――自分の手がスウィンの手を握っていることに驚いたように、はねるように手を離す。
「お、俺……何やってんだ俺……!」
(あら? 元に戻ったみたい……?)
赤面するイルドを見て、スウィンはやっといつもの調子を取り戻した。にやりと笑って、
「守ってやりてーと思ってる、ねぇ……」
「なっ?!」
我に返ったイルドが、目に見えて慌てる。
「ほんと、熱烈な告白だったわ~♪」
「わ、忘れろ! 何かの間違いだ! にやにやすんな、おっさん!」
いつも通りのイルドの態度に内心ほっとするスウィンと、数分前までの自分を殴り飛ばしたい衝動にかられるイルドだった。

●子どものようにはしゃぎます
「綺麗な蝶が花代わりというのも、変わっていて良いかも」
咲き乱れる蝶を見上げ呟いてから、ラキア・ジェイドバインはそっと木の幹に触れる。
「樹に集まるのは、何か特別な樹液が出ていて蝶が吸うのかな。どうしてこの種類の樹に集まるのか興味あるよ」
植物好きのラキアは、蝶の集う不思議な木に興味津々だ。蝶の鱗粉にも臆することなく、優しい手つきと眼差しで木を調べていく。
「なあ、ラキア。夢中になるのはいいけど、あんまり無茶するなよー?」
木の観察に忙しいラキアの傍へと寄り、セイリュー・グラシアはそう声をかける。普段なら無茶をするのはセイリューの仕事なのだが、大好きな植物のこととなるとラキアもいい加減大胆だ。
「うん、わかってるよ」
と振り向きもせずに答えるラキアの姿を眺めつつ、セイリューは笑み零した。ラキアが楽しそうだと、自分まで嬉しくなるセイリューである。自分も一緒に木の観察をしようとセイリューが思った、その時。
柘榴石色の蝶が、セイリューの鼻先を掠めた。蝶の羽と同じ色の粉がふわと舞い、セイリューをくらりとさせる。飛び去っていく蝶をぼんやりと見やりながら、セイリューは胸がうずうずするのを感じた。もう、堪え切れない!
「ラキアっ」
呼ばれて、ラキアが振り返る。
「どうしたの、セイリュー?」
「蝶、捕まえてみようか」
にっと笑み零しすセイリュー。呆気に取られるラキアを余所に、セイリューは身軽に木を登っていく。
「ちょ、セイリュー? 急にどうしちゃったの?」
「急にも何も、男ってのは自然の中では冒険したくなるものさ。昆虫を見ると捕まえたくなるのは仕様なんだ。小さい時はよく虫取りしたし」
「! まさか君、鱗粉吸い込んじゃったんじゃ……!」
気づいて、口元に手を当てるラキアに、セイリューの言葉が降った。
「それに、こんな事もあろうかと虫籠用意してきたし!」
セイリューの発言に、がっくりと脱力するラキア。
「って、最初から捕まえる気満々だったんじゃない……」
呆れ返るラキアを置いてきぼりにして、セイリューは低い位置の枝に止まった蝶へとそーっと手を伸ばす。ぱっと羽を摘まめば、蝶は大人しく捕まってくれた。
「なっ、簡単!」
するりと降りてきたセイリューに笑いかけられて、思わずラキアも笑顔になる。
「蝶を捕まえるって、子供っぽいところあるんだね。……ちょっと可愛い」
「へ? 何、ラキア?」
「あ、れ……? な、何でもないよ! 俺ってば何言って……」
狼狽するラキアの頭上には、人の心を素直にさせる翡翠色の蝶が舞っていた。
「と、とにかく! 蝶にあまり乱暴すると可哀想だよ。指を近づけたら、寄ってきて指に止まってくれるかも」
言われて、セイリューはそっと捕まえた蝶を放す。蝶はひらりと舞い、すらりと伸ばされたラキアの指先へとぴたと止まった。
「ほら、こんなふうに。こちらから寄り添えば自然はちゃんと応じてくれるよ」
「おおお! すごいな、ラキア!」
目を輝かせて言うセイリューに、ラキアはふんわりと笑みを返す。
「蝶の美しさも堪能したし……そろそろお弁当、食べようか?」

「スペインオムレツ、唐揚げ、ソーセージ……! うん、完っ璧! やっぱお弁当には、この3つは欠かせないよな」
「セイリュー」
ご機嫌でおかずを口へと運ぶセイリューに、ラキアが声をかける。
「肉ばっかり食べていないで、ちゃんと野菜も食べようね」
にっこり。笑顔の圧力に、たじろぐセイリューである。
「わ、わかったよ。サラダも、ちゃんとパンに挟んで食べるから……!」
よろしい、というふうにラキアが笑顔のまま頷く。
「な、ラキア」
有言実行。パンに野菜を乗せながら、セイリューが言った。
「食べ終わったらさ、また木のところ行ってみないか?」
「いいね。蝶の集まる理由、知りたいし」
「やった! 決まりだな!」
顔を見合わせて、2人は笑った。楽しい時間は、まだまだ続きそうだ。

●溢れる想いを零します
「蝶が咲くとは、また面白い表現だな」
言って、初瀬=秀は宝石の木を見やりその輝きに目を細めた。と、その木から宝石の蝶が、ふわと飛ぶ。煌めきの粉がちらちらと舞うのが、見えたような気がした。
「あー……大分厄介そうだが。ま、鱗粉吸わなきゃいいんだから何とかなるだろう」
「お花見ですよ秀様! あれ、花咲いてないから蝶見ですか? お弁当も楽しみですねー」
苦笑する秀の隣で、イグニス=アルデバランは「卵焼き卵焼き」と子どものようにはしゃいでいる。ちなみに、鱗粉は一切吸っていないのにこのテンション。
「イグニス。念のため、他の参加者とは距離を置くぞ」
「了解です! ご迷惑になったら大変ですもんね」
レジャーシートを抱えたイグニスが、元気よく応じる。と。
「あ!」
何かに気づいたイグニスが、明るい声をあげた。視線の先には、青色の蝶が集う天藍石の木。
「秀様、あそこにしましょう! 青いの! すごい綺麗ですよ!」
「ん、青? ……っ、イグニス待て! 青は駄目だっ!」
ぐいぐいと自分の手を引いていくイグニスに、秀は引き絞るような声で制止の言葉をかける。秀の剣幕に違和を感じたイグニスが立ち止まるも、その時無情にも、群れを外れた青い蝶が、秀の顔面を掠めて飛び去った。軽い目眩と共に秀を襲うのは、息苦しくなるような胸の痛み。
「おお、何か神秘的……!」
飛び去っていく蝶を見やって目を輝かせるイグニスの肩口に、秀はとんと額を寄せた。
「……秀様?」
「ああくそ、これだけは嫌だったんだよ。……イグニス、後ろ向くなよ」
イグニスの耳に届いたのは、風に消えてしまいそうな脆く儚い声。秀の温度と軽い重みを肩に感じながら、イグニスは秀の言いつけ通り、振り返ることなく秀の言葉に耳を澄ませた。
「……お前に会う前の、神人になる前の話だ」
押し隠してきた悲しみが、堰を切ったように溢れ出し秀の胸を締めつける。
「婚約者がいたけどな、親友だった奴に奪われた。……情けない話だろ、笑っていいぞ」
言って、秀は自分も笑おうとした。けれど、上手く笑えない。言葉にして零してしまえば痛みは幾らか収まったけれど、何だか酷く疲れているような気がした。と、じぃと黙って秀の話を聞いていたイグニスの肩が、ふるふると震え出す。
「……イグニス?」
「……秀様を! 泣かせるような人は!! 私が許しません!!!」
イグニスは怒っているのだった。ただただ、秀のために。全力で。が。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け! 泣いてない! 泣いてないから!」
もう肩に頭を預けていられるような状況ではない。秀は慌てて、ぷんすかと怒り狂うイグニスを宥めにかかる羽目となった。
「どこのどなたですか! 天誅です、天誅!」
「だから落ち着けって!」
イグニスは、今ここに『秀様を泣かせるような人』がいたならば、攻撃魔法の一つも発動させそうな勢いだ。
「秀様! もう振り返ってもいいですよね?!」
「あ? ああ……」
お許しが出れば、イグニスはくるりと秀へと向き直り。呆気に取られる秀の手をぎゅっと握り締め、真っ直ぐに秀の目を見つめて、言った。
「秀様、ご安心ください! 私が幸せにしますから!」
「幸せにってお前……まあ、ありがたく受け取っとく」
苦笑交じりに応じれば、イグニスはこれでよし、とばかりに力強く頷いて、
「とりあえず今日はお弁当食べましょうか!」
今までの荒れ狂いようが嘘のように、けろっとして笑みを向けるのだった。そして、「卵焼き卵焼き」と自作の歌を歌いながら、蝶の木から離れた場所にレジャーシートを広げ始める。
「……全く、しんみりする暇もない」
そう零すも、秀の口元には淡く笑みが浮かんでいた。やれやれと首を振り、準備に苦戦するイグニスを手伝おうと歩き出す。
(しかし……あいつ、鱗粉吸ったのか?)
首を傾げるも、その問いに答えられる者はいなかった。

●徹底的に調査します
「旅行社さんにはお世話になってるからな。俺たちで良ければモニターするさ」
蝶の咲く木を見上げて気合十分、アキ・セイジはごくごく真剣な顔で宣言した。仕事に真面目な所もセイジの魅力だな、と思わず頬が緩みそうになるのを抑えつつ、ヴェルトール・ランスはそんなセイジに問いを投げる。
「で、やる気満々だけどモニターって具体的に何したらいいんだ?」
「花見を楽しんで感想を伝えればそれでいいそうだが……ここは敢えて、積極的に蝶を観察して鱗粉を浴びようと思う」
「え」
「記憶も残るし効果も長くて数十分で消えるってんなら、全部体験して比較するのがモニターだろ」
できたらデータは複数ほしいからランスも頼んだぞ、と手でも握られそうな距離と勢いで言われてランスは戸惑う――ことはなく、これは役得だなぁなんて思ったり。
「いや、変化している間の客観的なデータが必要だから、俺は観察に専念するよ」
「成る程。それも一理あるな……。うん、よろしく頼む」
じゃあ始めるぞと歩き出すセイジの後ろ姿を眺めながら、ランスは密かにやりとする。客観的なデータ云々は建前だ。観察に専念するのはいつもと違うセイジをじっくり楽しみたいから……という本当の理由は勿論内緒。
(報告書にはそういう使い方も有りって書いておこう)
と、くすりと笑うランスだった。
最初に捕まえたのは、赤の蝶。柘榴石の煌めきが瞬けば、何だか心がふわふわとしてきて。今の自分にだったら何でもできるような気が……いや、できる!
「セイジ、どんな感じ?」
観察担当のランスが問えば、セイジはくると振り返っておもむろにランスの手を力強く握った。
「ランス! モニター、頑張ろうなっ! 大丈夫、俺たち2人ならできるっ!!」
さあ次の蝶だと意気揚々と歩き出すセイジ。握られた手の感触と『俺たち2人なら』とのお言葉に笑み零しつつ、ランスはその後を追った。
次に捕まえたのは緑の蝶。ちらと舞う翡翠の粉を吸い込めば、とろりと心がとろける。
「どう? 今どんな気持ち?」
問うも、セイジはランスの方を見ようとしない。けれど、その耳や首筋にまで朱が差しているのが傍目にもわかるほどで。
「……言わせんなよ、察しろよ」
真っ赤になりながらランスをちらと盗み見るセイジの瞳は、とろけるような熱っぽさを帯びていた。
(これは……今ならいけるんじゃ……)
素直になったセイジと距離を縮められるのではと期待するランスを尻目に、セイジは次の蝶を目指す。照れからか、それとも生粋の真面目さがそうさせるのか。ともかくも、ランスはがっかりと尻尾を垂らした。
次に捕まえたのは青の蝶。天藍石の輝きを吸い込めば、セイジの胸はきゅうと締めつけられて。
「……待っててくれてるのに、素直になれなくてゴメン」
目を伏せる姿はあまりにも痛々しくて。ランスは早く次の蝶を探そうとセイジを誘った。
最後はピンクの蝶だ。珊瑚色の煌めきが眼前に広がった瞬間、ふにゃりと思考が瓦解する。
「うー……」
「? セイジ?」
「ランスの馬鹿ぁ! ランスじゃなかったら男にキスしないんだからっ」
むくれたような顔をして、ぽかすかとランスに殴りかかるセイジ。流石お子様、言っていることとやってることが噛み合っていない。けれど、ランスは口元を緩めた。同性愛を忌避しているセイジが『ランスだから』キスするのだと言葉で伝わる。そのことが嬉しくて。
「最高の告白だよ」
と、ランスはセイジをぎゅうと抱き締めた。その腕の中で、子ども返りしたセイジが上目遣いに問う。
「ランスは俺のどこが好き……なの?」
「不器用な所も真面目な所も、全部。そのままのセイジが好きなんだ」
伝えれば、セイジはふにゃりと幸せそうに笑った。

そして、やがて鱗粉の効果は切れて。
「忘れろ! 忘れてくれえええ!!!」
羞恥に悶えながら叫ぶセイジを横目に、ランスは緻密で完璧な報告書を書き上げた。
「これ、役立つといいなぁ」
その報告書が、次回のツアーにどんな影響を与えるのかはまた別のお話。

●思いっきり可愛がります
「パパ早く早く! お花見……じゃなくて蝶々見? 始めるんだから!」
「はいはい。すぐに準備しますから、もうちょっと待ってくださいね」
アイオライト・セプテンバーに急かされながら、『パパ』こと白露は蝶の咲く木の下にレジャーシートを広げる。次いでお弁当の包みを開き――ふと宝石の花が咲いたような木を見上げて、難しい顔をした。
(確かに美しくはありますが……何だか、凄くイヤな予感がします……)
勝手に申し込んできたツアーの詳細を、アイオライトは頑なに語ろうとしない。その辺りが何だか怪しいような気がする白露である。そして、その勘は見事に当たっていた。
(ふふふ、パパには鱗粉のことは内緒。そんで、珊瑚の蝶の鱗粉をかぶってもらうんだ)
だってパパはいつもあたしを子ども扱いするんだもん、というのがアイオライトの言い分だ。
(ずるいよね。だから、今日はあたしがパパを可愛がってあげるの)
そのことを想像してひとり頬を緩めるアイオライト。そんな彼を、準備を終えた白露がじとーっと疑るような目つきで見つめている。
「アイ、何か企んでいないでしょうね?」
ため息混じりに零した白露の後ろに、珊瑚の蝶がひらひらしているのをアイオライトは見た。
「あーっ!」
「な、何ですかアイ?!」
「パパ! あのピンクの蝶々さん捕まえてっ! ピンクの蝶を捕まえたら……えーっと、幸せになるっていう言い伝えがあったようななかったような……!」
「何でそんなあやふや……」
「いいから早く! 幸せが逃げちゃう!」
アイオライトの勢いに気圧されて、白露はため息一つ蝶を捕まえにかかる。そっと距離を詰めたところに、蝶から零れた煌めきが舞った。それを吸い込んだ瞬間、頭がくらりとする。思考が上手く纏まらない。白露はその場にふにゃりとへたりこんだ。何だか――。
「何だかヘン、です……」
やや舌足らずに呟く白露を見て、アイオライトは目を輝かせた。
「ほらパパ、こっちこっち! お弁当食べますよー」
「ふえ……?」
中身だけ幼児退行してしまった白露は、ちょっと怯えたような目でアイオライトのことを見つめている。
「じゃーん! ほらほら、大好きな牛乳だよー」
「はう、牛乳飲みたいです」
「じゃあこっちおいでっ」
「うー……」
逡巡した結果アイオライトのところまで戻ってくる白露。くぴくぴと牛乳を飲んで口元を汚してしまう辺りなど、本当に子どものようだ。アイオライトはにこにこしながら白露の口元をハンカチで綺麗にしてやった。
「あたしのことはお姉様と呼ぶように。そうだ、次はお弁当! ほら、あーんして。美味しいですよー」
「あ、あーん」
素直に口を開けるお子様白露は、アイオライトに懐いているというよりは怖くて逆らえないといった様子だ。そして。
「ん……」
蝶の形の胡瓜の飾り切りとうずらの卵を串に刺した物をちょっとずつもぐもぐしているうちに、白露はうつらうつらしてきた。その様子を見て、アイオライトはまたまた目を輝かせる。
「パパ、眠くなった? そしたら、膝枕してあげよう!」
やや上から目線でそう言って膝をぽんぽんと叩けば、びくびくしながらも白露は頭をアイオライトの膝に預けた。
「って、お、重い。ってゆうか、お腹いっぱいであたしも眠い……」
そしてそのまま、2人は夢の世界に落ちていく。

アイオライトが目を覚ますと白露の鱗粉の効果はもうとっくに切れていた。そろそろ、バスに乗る時間だ。
「そうだ、帰る前に蝶々さんにありがとうしとかないと。素敵な思い出ありがとうって」
「私は今日は散々でした……帰ったら、アイの夕飯のデザートは抜きにしましょう」
「ええーっ?! 可愛がってあげたのに、パパったらひどーい!」
口を尖らせて言った後、アイオライトは蝶の咲く木の方を振り返る。
「蝶々さんありがとうっ! ……でも、女の子になれる蝶々さんもいたらよかったのになあ」
「アイ。ほら、行きますよ」
「はーい」
答えて、バスへと向かう白露の背をアイオライトは追いかけた。



依頼結果:成功
MVP
名前:初瀬=秀
呼び名:秀様
  名前:イグニス=アルデバラン
呼び名:イグニス

 

名前:スウィン
呼び名:スウィン、おっさん
  名前:イルド
呼び名:イルド、若者

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月28日
出発日 06月04日 00:00
予定納品日 06月14日

参加者

会議室

  • セイリュー・グラシアだ。

    蝶と戯れるのも楽しみだけど、
    お弁当が楽しみだよな!
    楽しく遊ぶ事にした。

  • [4]アキ・セイジ

    2014/06/03-21:41 

    よし、モニターだな。任せてもらおう(ヤルキ

    PL:積極的に蝶を構う予定です。

  • [3]初瀬=秀

    2014/06/01-22:19 

    初瀬だ。よろしく。
    青か緑の被害に遭う予定。
    あんまり深刻にはならないと思うがちっとしんみりな感じかもな。
    とはいえ相方の動向次第でどうにでも転ぶんだが(苦笑)

  • どもー。いつもお世話になってます、アイだよっ。
    うちはパパに蝶々の被害に遭ってもらおっかなー。今のところピンクの予定。
    おっべんと楽しみっ。

  • [1]スウィン

    2014/06/01-21:07 

    こんちは、スウィンよ。蝶に振り回される方でいくわ。
    どうなる事やら…。お互い楽しみましょうね♪


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