薔薇園のお茶会~俺が薔薇でお前も薔薇で~(塩坂越ゆき マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「やぁ、よく来たね諸君」
会議室の一番奥に座した職員が、集まったメンバーを招き入れる。
「今回君達に話したいのは、この近くにある大きなお屋敷からのお茶会のお誘いだよ」
テーブルに肩肘をついて、職員は意味深に瞳を細めた。

件の御屋敷はここから歩いて行ける距離にある、大きな白い壁の洋館。
その中庭に植えられているピンクの薔薇が丁度今見ごろなのだとか。
「お声を掛けてくれたのは、そのお屋敷のご令息でね。
彼女の愛する綺麗な薔薇に囲まれて、季節のフルーツで彩った沢山のスイーツと、執事が入れる自慢の紅茶で、素敵なお茶会を催したいとのことだよ。」

けれど悲しきかな。
身体が弱くお屋敷から滅多に出ない彼女には、友と呼べる存在がいない。
伝手をめぐりめぐって、このA.R.O.A.の職員に話が流れてきたらしい。

「残念ながら、ボクはその日用事があってさぁ。
……それに、何やら世間が騒がしいこんな時勢だからこそ、慰労の時間も必要だろう?」
だから普段身体を張って頑張っている君達に声を掛けた次第だ。
煙草に火を点けながら、職員は横目でウィンクルムを見やる。
「お前、実は良いヤツだったんだな……普段は嫌な仕事ばっか押し付けてくるけど」
「後者は余計だ。――――ああ、そうだ」
紫煙を躍らせながら、ふと思い出したように職員が顔をあげる。
「このお茶会に参加するにはドレスコードがあってね」

さすがお金持ちの主催するお茶会。
景観を大事にしているのなら、それくらいは当然だろうな。
その場にいた面々は各々の解釈をするが、職員が次に告げた言葉は予想外のもので。

「全員ドレス着用のこと、だってサ。女の子のね」
「はぁぁあああ!?」
そう広くない会議室に、男性の複数の叫び声が響いた。

要は女装しろってことか。
その通り。
職員は悪戯な笑みを浮かべ舌を出した。
「ごめんね、忘れてた☆」
こいつ、絶対にわざとだな。
場にいるメンバー全員の心がシンクロした瞬間である。

「彼……彼女はまぁ、端的に言えば女装が趣味でね。
同志を集めてきゃっきゃしたいっていう、それだけなんだよ」
「友達がいないってそういうことかよ……」
「ご令息なのに彼女って変だと思ったー」
困惑から口々に零すウィンクルム達を適当に宥めながら、その元凶である職員はへらりと笑ってみせた。
「そう言うなって。
ボクの最初に話した情報は嘘じゃない。
ドレスコードにさえ目を瞑れば、それはもう本当に素敵なお茶会だと思うよ。タダだし」
綺麗な薔薇には棘がある、美味しい話もまた然り。
女装?むしろ普段着ですけどって人も、これを期に新たな扉を開きたいって人も、単に甘いもの目当てで色々捨てようと思ってる人も、事情を知らないまま巻き込まれてしまった可哀想な人も。
薔薇の花弁のように美しく装いさえすれば、美しい庭園は平等に君達を迎えてくれる。

それを楽しむかどうかは、君達次第である。

解説

●女装
クオリティは問いません。
自前で用意してくださっても構いませんし、
お屋敷のメイドさん達に好きにいじって頂く事も可能です。
どういう方向に転がりたいのか、どういう心情で臨むのかを綴って頂ければ幸いです。
(無記入の場合は無難な感じにまとまります)

●ご令息
特に用事が無ければ出て参りませんが、声を掛けて頂ければ反応は致します。
彼の女装は特段綺麗という訳でもありません。
線が細いので遠目でみれば女性のようにも見える感じです。

●スイーツ
色んな種類があるので、お好きな物にきっと出会えるはずです。
ローズジャムを使ったケーキとか、ローズヒップティがおススメらしいですよ。

ゲームマスターより

はじめまして。
塩坂越ゆきと申します。

薔薇薔薇な感じで最初のエピソードをかいてみました。
コミカル路線を想定していますが、プラン次第で如何様にも転ぶかと。
物語を動かすのは――――貴方です(きりっ)

似合っていても、似合わなくても。
堂々としていても、恥じらっていても。
脛毛があってもなくても。

女装はよいものです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイヤ・ツァーリス(エリクシア)

  えと、ど、ドレスコードはまもらなくちゃだけど……どんな服をきたらいいんだろう。
お、女の子の服って良くわからないし……誰かに聞いてみようかなあ。
雨佳さんや他の参加者さんとか……あとはメイドさん、とか、かな。女の子ってよくわからないよぉ……。

あ、お茶会では礼法のスキルを使ってマナーを守れるよう頑張り、ます。
あと招いてくれた人にもお礼を言わないと、ですね。
遠くからみたときは女の人みたいだったのに、男の人だった、ですね。そういえば職員の人はご令息っていってた、です。
薔薇も綺麗だし、ここにこれてよかった、です。
エリクやみんなとのんびり過ごせたらいいな……。


(桐華)
  さ、桐華。素敵なメイクアップのお時間ですよー
任せてよ任せてよ。こういう時の為にメイクアップ習得してるんだから

あ、僕はとりあえずゆったーりしたAライン系のドレスをふわっと着とくね
諸々の処理くらいはするけど、まぁ、ドレスコードに引っかからなきゃいいやぐらいで
駄目っぽかったらメイドさんに直してもらう

それよりおやつと桐華さんですよ
僕が桐華を飛び切りの美人さんにしてあげる

一応年相応に常識くらいはあるつもりだから、粗相しないようにしたい
ローズヒップティがお勧めらしいし、のんびりと味わえたら嬉しいな
お勧めのケーキも、気になる
ご令息さんに、女装のこだわりとか有ったら聞いてみよう
こういうお話聞くのは、楽しいもの


木之下若葉(アクア・グレイ)
  趣味なんて人それぞれだし
いいんじゃない。別に女装が趣味でも
「…自分が着るとなると話は別だけれど、ね」

とは言っても女物なんて持って無いしね
屋敷に行ったらメイドさん方に頼もうかな
この身長に合う女物があれば、だけれど
うーん。ひらひらふわふわって年でも無いしね
シックな感じに纏めてもらえれば嬉しいけれど

ん?アクアはふわふわでもいいんじゃない
髪の毛ふわふわだし。もこもこしてるし

ご令息にお茶会の感謝を伝えたら
どうしても慣れないスカートが動き難いから座ってのんびり

紅茶の香りと綺麗な景色を楽しんで
何かもう開き直った方が楽だよね。色々と

え。似合ってる?
「アクア…それはどうだろう」
ああ、空がキレイダナー……



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  ドレスコードが女装、かぁ
お茶会が楽しみで全然気付かなかった
同好の士じゃなくてご令息に申し訳ない気持ちと、恥ずかしさが…!
メイドさんにお任せすれば大丈夫、かな?

ラセルタさん、嫌がっていた割には随分ノリノリだね?!
俺はその、着慣れないこの格好が、恥ずかしくて(俯き赤面)
暫くはラセルタさんの後ろに隠れていてもいい…?

此処で何も食べずに帰る訳にはいかないよね
薔薇を使ったケーキと紅茶をいただくよ
でも、フルーツのも捨て難いな…半分ずつ食べない?
…薔薇を愛でるラセルタさん、その恰好でも似合うなぁ

お茶会のお礼を伝えに、ご令息の所へ行こうか
女装は恥ずかしかったけれど…
また一緒にお茶を飲めたら良いなって


栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
  綺麗な薔薇を見ながらお茶会…か。優雅だね
絵描き道具一式持って行ったら怒られちゃうかな?スケッチくらいさせて貰えると嬉しいのだけど

僕は家庭の事情で結構いい歳まで女物着てたからね
あまり抵抗はないよ。郷に入らずんば郷に従え
ドレスコードがそれならば仕方が無いよ
美味しいお茶飲みたいし

この間の依頼で使ったワンピースにストール羽織ればいいかな?
もう使わないと思ってたけど割と重宝するね…(苦笑)
アルはメイドさん達にお願いすると良いよきっと綺麗にしてくれるから

わぁ。アル似合うよ

お招きいただきありがとうございます。素敵な薔薇ですね
今日のお召物も庭園の薔薇にも負けず素敵です

挨拶も済んだし、薔薇を描かせて貰おう


●ようこそローズガーデンへ
大きなお屋敷の門をくぐり、豪華なシャンデリアが見下ろす広いエントランスを抜け、赤いじゅうたんの敷かれた廊下を渡る。

「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
 メイドに案内されるままに、中庭へと抜けるガラスの扉を開くとそこは――――。
「……わぁ!」
アクア・グレイは思わず感嘆の声を漏らした。
幾重にも重なる薔薇のアーチをくぐれば、見渡す限りの薔薇の海が広がる。
ぬけるような青空の下、淡いピンクの薔薇の花弁と瑞々しい葉の緑のコントラストが噴水の飛沫を浴びてキラキラと輝き、優しい風が甘く優美な薔薇の香りを運んでくる。
「聞いていた通り、けれど実際目にすると一段と素晴らしい庭園だな」
 桐華の呟きに、叶もうんうんと首を縦に振る。
街中の一角のはずなのに、喧騒は遠く。お屋敷お抱えの楽師が奏でるゆったりとした曲が耳に心地いい。
まるで夢の中にでもいるみたいですね。
エリクシアは言葉も無く巡らせた。

薔薇に満ちた庭園の中心、シンプルな純白のドレスを纏い、参加者に背を向けるように立っていたスレンダーな人物が振り返る。
華奢な体躯、白い肌。緩くウェーブのかかるブルネット。
髪の間から覗くサファイアのような深い青の瞳はまさに美しい女性……かと思いきや。
「ようこそ、私自慢の薔薇の庭園へ」
 予想外に低い声に、全員の表情が一瞬固まった。
(……あ、声は普通に男の人なんだ)
そういえば、『ご令息』って職員の人が言っていた、です。
セイヤ・ツァーリスは大事な事を思い出した。
そんな感想が、ちょっとだけ彼らの心を現実に引き戻す。

「お招きいただきありがとうございます。素敵な薔薇園ですね」
 今日のお召し物も薔薇に負けず素敵です。
そんな微妙な空気を露ほど気にせず、栗花落 雨佳はこの会の主催であるご令息に丁寧に頭を下げる。
その横でアルヴァード=ヴィスナーは驚きとも感心ともつかない、なんとも微妙な表情を浮かべていた。
「ええと、同好の士ではなくて申し訳ないんですが……」
 どう振舞えばいいのか分からない、困惑と恥ずかしさぽりぽりと頬をかきながら苦笑する羽瀬川 千代に、いいえ、とご令息は頭を振る。
千代に限らず、今回のメンバーの中に女装を趣味とする人は居ない。
中にはあからさまに嫌そうな顔をしている者も幾人か見受けられるが、ご令息はそんな些細な事は気にしなかった。
「奇異なる趣味である事は元より存じています。ですがそれを加味した上で、こうしてこの庭に興味を持ち、足を運んで下さった事が私は嬉しい。それに……」
 言い置いて、ご令息は入口前に並んでいる此度のゲストを見やる。
「それに、今の貴方達の装いも、とても素敵ですよ」
「は、はは……ドウモー」
 叶の苦笑に、更に苦さが増した。
隣でラセルタ=ブラドッツは、そうだろう?とでも言いたげな満足げな顔をしていて、さらに恥ずかしさを掻き立てられる。
これを期に趣味の一つとして取り入れてみては、という提案はお断りした。
丁重に三度くらいお断りした。

「それにしても、こうしてみると結構凄い光景だよね……」
 ぐるりと一周見回した木之下若葉は、驚きのような感嘆のような、覚束ない声をあげる。
薔薇に囲まれた美しい庭園に、ドレスを纏った美人が10人余り。
その表情は喜怒哀楽様々で、ドレスのデザインも皆異なっているが、ある一点については共通していた。
それは参加者全員が男であるという事。

「色々戸惑う所もあるけど、折角だしこのお茶会を楽しむとしようか」
 若葉の声を皮切りに、ぱっと見は優美な、蓋を開ければ珍妙なお茶会が幕を開けたのである。


●優美?お嬢様達のお茶会
真っ白なテーブルの上に、繊細なデザインのティーカップと、その中に満たされる澄んだ琥珀色の紅茶。
可愛らしく花の形を模ったクッキーに、アイシングでレース等の絵の描かれたカップケーキ。
鳥かごを模したケーキスタンドには、色とりどりのケーキが並ぶ。
マンゴーを薔薇に見立てて飾った華やかなタルトに、瑞々しいキウイとベリーの色鮮やかなベイクドチーズケーキ、そして中でも特に目を引くのは、薔薇を飾った乙女のドレスの様なピンクのケーキである。
「こちらのケーキには、この庭園で詰んだ新鮮な薔薇の花弁をジャムにしたものを使用しています」
 メイド(性別不詳)の掌に収まる小瓶には、瑞々しいく艶のあるピンクのジャムが満たされている。
風味と色味を生かすのに、お抱えのパティシエが思考錯誤した自慢の逸品だとか。
「そのまま召しあがるのは勿論、紅茶や炭酸、お水に入れても美味しいんですよ」
 女性にしては比較的低めの声で説明されるので、説明を受けている面々はそれどころではなかったりするのだけれど。


「どうされました、セイヤ様?」
メイドからティーポットを借り、手慣れた手つきで紅茶を入れるエリクシアの無駄のない動作に見入っていたセイヤははたと我に返る。
「ドレスがお気に召しませんでしたか?」
「う、ううん!」
 重ねて問われ、ぶんぶんと頭を振ると、サイドに飾っていた大きな薔薇の飾りが少しだけ傾く。
穏やかな笑顔を浮かべたまま、繊細な指先がそれを元の位置に戻した。
よく知っているエリクの手。でもいつもと違う格好というだけで、ちょっとだけ落ち着かない。
チョコレートのようなダークブラウンを基調に、アンバーローズがアクセントの大人びたドレスを纏うエリクシアは、見まごう事なき男だが自然に着こなしているように見えるし、よく似合っている。
もっとも、いつもと違う装いなのは相手だけではないのだけれど。
どこまでも澄んだ海の様なセルリアンブルーに、ひらひらとした羽根のような柔らかなレース。ボリュームはあるけれど動きやすいデザインは、メイドが用意した数多の衣装の中からエリクシアがチョイスしたものだ。
「……えへへ、なんかいつもと違う格好でお茶するのは変な感じだね」
「そうですね」
 穏やかな笑みと、淹れたての紅茶の温かな湯気。
繊細な指先が、音を立てないように静かにカップをエリクの前に置く。
うん、着ている服は違っても、やっぱりエリクはエリクだ。
納得したように心の内で呟いて、エリクはぴょいと椅子から飛び降りる。
「ね、エリク。何食べたい? 僕持ってきてあげるねっ」
答えなんて聞かなくても分かってる。
「「セイヤ様と同じもので」」
「……」
「でしょ?」
 二人の声が綺麗に重なって、セイヤは嬉しそうにケーキの並んでいる中央のテーブルに向って掛けて行く。
彼がタルトやクッキーを乗せたお皿を持ってエリクシアの元に戻り、危うくこけそうになった所を華麗に助けられるのは、もうちょっと先の事。


一方隣のテーブルでは。
「綺麗な景色と美味しいお菓子、とっても素敵ですね!」
「……あー、うん。そうだね」
 自分の椅子の周りをくるくると踊るようにはしゃぐアクアを視界に、若葉は気もそぞろな返事を返す。
確かにアクアの言う通り、景色も綺麗だしお茶もお菓子も美味しい。
けれどどうにも、時折自分の視界に入るグリーンとアイボリーのシックなドレスが若葉の意識を占領していた。
趣味なんて人それぞれだし、別に女装が趣味でもいいんじゃないとは思う。
けれど自分が着るとなると話は別だ。
着替えた後でも未だ割りきれない若葉は隣を見やる。
アクアはといえば、若葉の選んだボリュームのあるレースが幾重にも重なった、綿毛のように白いふわふわのドレスを纏い、隣でにこにこと笑みを浮かべていた。
元よりふわふわしているし違和感がないというか……。
「似合ってるよね、もこもこ」
「ありがとうございます。ワカバさんの見立てのお陰ですね! それにしてもワカバさん……僕の事毛玉か羊だと思ってません?」
ふわふわ、もこもこと形容される事が多いため、兼ねてから気になっていたアクアが怪訝そうに首を傾げる。
「んー……アクアだとは思ってるけれど、もこもこ」
 どう解釈してよいのか測りかねているアクアに、若葉はまあまあとケーキを勧めた。
「これさ、花みたいな形のホールケーキなんだけど、カットしたら1ピースがハートの形になるんだね」
「わあ、かわいいです!」
早々に気が逸れた様子のアクアに苦笑しつつも、若葉も目の前の楽しいお茶会を楽しむことにした。
何かもう開き直った方が楽だよね、色々と。
「あ、そうだ。言いそびれてたんですが、ワカバさんも大人っぽい感じで似合ってますよ!」
「アクア……それはどうだろう」
逃避に失敗した若葉は空を仰ぎ見る。
澄んだ青が、ちょっとだけ目に染みた。


「んー、一応は見れる形になったかなぁ」
 ドレスコードにひっかからないといいけど。
シルエットが美しい、ゆったりしたAラインのワンピースの裾を気にしながら、叶はくるりとまわって見せた。
いつもと違う装いに反し、中身は至っていつも通りである。
そんな叶の横に、桐華は心底憔悴した様子で立っていた。
マーメイドラインの夜空を思わせる蒼紫の綺麗なドレスに、それに合わせた叶手製の薔薇の髪飾りが凝った編み込みのサイドテールに映える。
表情や立ち振る舞いはアレだけど、中々の出来だと元凶……もとい全体をプロデュースした叶は満足げに頷いた。
「なぜお前はこの格好で平気なんだ……」
「そう体型が強調されるデザインでも無いしね。着てしまえばそんな気にならないかな」
解せぬ、という様子で眉根を寄せる桐華に、叶は困ったような笑みを向ける。
「嫌だったら嫌でいいんだけど……ここまで来たんだし、折角だから、お茶会楽しもう?」
メイドがテーブルまで運んでくれた淹れたてのローズヒップティと、お勧めのマンゴーのタルトを桐華の目の前に置いて、叶は困ったように小首を傾げる。
仕草はいつも通りの叶なのに、纏う衣装が違うだけでこんなにも印象が変わるのか……。
似合うというのも褒め言葉ではない気がして、返す言葉を探す。
暫し思案してから、桐華は眉根を寄せたまま、甘酸っぱい香りを漂わせるローズヒップティを口に運んだ。
爽やかで優しい酸っぱさが口いっぱいに広がり、桐華の心根を少しだけ落ち着かせる。
「今回だけだからな」
 そう言い置いて、桐華は大きく溜息をついたかと吐いたかと思うと、肩の力を抜く。
「……うん」
 短く答えた叶の声音は穏やかさに満ちていて。
二人の間を、薔薇の匂いを帯びた風がゆるりと通り過ぎていった。


そんなゆるやかな空気の叶達のテーブルの向こう側、アルヴァートは大層ゲッソリした様子で椅子に座っていた。
「……どうして俺はここにいるんだ」
「お茶会に行きたいっていう、僕の要望に応えてくれたからかな」
 消え入りそうな呟きに、穏やかな声音で雨佳が返す。
「それは確かにOKしたがな、ドレスコードがあるなんて聞いてねぇぞっ!」
 アルヴァートの疲弊は着ている衣装に対しての心労は勿論だが、抵抗をものともせず着付けその他諸々を全力で手伝ってくれたメイド達のせいでもある。
何でメイドがあんなノリノリなんだよ。
っていうか何人か男混ざっていなかったか?
ぶちぶちと不満を呟きながら椅子にどっかりと座るアルヴァートは、黒いチャイナドレスのスリットから惜しげもなくおみ足を曝す様に足を組んでいる。
本人は意図していないだろうが大層セクシーです。
「アル、似合ってるよ」
「そりゃどうも。全然嬉しかねぇけどな……しかし雨佳は違和感ないっつーかなんつーか……」
「ふふ、似合う?」
 問われ、アルヴァートは改めて雨佳の全身を一通り眺め見る。
白の清楚なワンピースと紺のボレロ。
家庭の事情で昔は女物を着ていた雨佳は、着なれている事もあり女性そのものに見える。
「そりゃ似合うかどうかって聞かれたら似合うとしか……ってこないだも聞いただろそれ!」
うっかり色々零しそうになった口を噤み、ぷいとそっぽを向いたアルヴァートに、言わんとした事を察した雨佳は穏やかに笑みを深める。
まさかこの間の依頼で使った衣装が役立つとは思わなかったけれど、こういう珍しい顔が見られるならたまにはいいのかな。
なんて事を考えながら、雨佳はテーブルに置いていたスケッチブックに手を伸ばす。
「おい、絵描くのは後でいいだろ。こーなりゃヤケだ。たらふく食って帰ってやろうぜ」
「アル……ほどほどにね?」
 窘めるように言いながらも、雨佳の声音は至極穏やかなものだった。



「ラセルタさん、嫌がっていた割には随分ノリノリだね……?」
 長い髪のウィッグ、薄桃色のドレスにボレロと着なれない格好が気恥ずかしい。
小さく縮こまっている千代は、反して堂々と、かつ優美に振舞うラセルタを見て意外そうに相手を見やる。
黒基調のゴシックでエレガントなドレスを身に纏い、薔薇の髪飾りを揺らしながらラセルタは優雅な立ち振舞いに反して、鼻で笑った。
元より薔薇の似合う人だけれど、衣装が変わった所でそれが変わる訳でもなく、何だか複雑な気持ちである。
「ふん。話を聞いた時は不愉快極まりなかったがな……どうせドレスを着るならば半端な事をするより、いっそ美を追求した方が有意義だろう? それに……」
「それに?」
「俺様が見立てたラセルタのドレスも中々のものだしな。似合っているぞ、千代」
 囁くようにそう言われ、ぼっと火が灯るかのように一瞬にして千代の頬が朱に染まる。
「にににに似合ってるとかそんな」
 どうしよう、恥ずかしい。
そもそも薔薇の庭園でのお茶会としか聞いていなかった千代にとっては、自分が女装をすることも含め全てが想定外である。
反射でラセルタの後ろに隠れようとするが、彼はそれを許さなかった。
「おい。そんなに縮こまっていては折角俺様が選んでやった服が見えないではないか」
 縮こまらせているのは誰なのかと。
視線だけで訴えるがラセルタはどこ吹く風。
しかしいつまでもこうしている訳にもいかないし、折角恥を忍んでまで着替えたのだから、庭園の薔薇もケーキも堪能したい。
大きく吸った息を静かに吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
柔らかな優しい薔薇の香りが、少しだけ千代の心を軽くさせた。
「うう……正直恥ずかしいけど、何もしないで帰る訳にはいかないよね。ラセルタさん、ケーキ食べよう!」
 薔薇のとフルーツのとどっちがいいかな……と真剣に物色し始めた千代の横顔を、ラセルタは目を細め見やる。
(妙な気分だな……相手は千代だというのに)
再び恥ずかしがって小さくなる様が目に浮かぶので、口に出しては言わないけれど。


●茶会のあとで
気付けば日が傾き、夕日は鮮やかな橙色。
当初は色々危ぶまれていたお茶会も、気付けば閉会の時間が近づいていた。
「いかがですか、少しはお楽しみ頂けたのでしょうか?」
 もうすっかり慣れてしまったご令息の(見た目より)低い声に、そこにいたメンバー達は首を縦に振る。
「うん。薔薇も綺麗だし、お茶もケーキも美味しかったし」
「時間を忘れてゆっくりと楽しむことができました」
 すぐさま返ってくる答えは決して社交辞令ではなく。
穏やかな時間とともに、ゆっくりと溶けていった躊躇いや羞恥といったものはすっかり成りを潜めていた。
それはこの庭の素敵な雰囲気の成したものか、慣れや諦めなのかはさておいて。

「坊ちゃまも、満足頂けました?」
「ええ、それはもう!」
 ご満悦のご令息に、仕えているメイド達もほっと胸をなでおろす。
「これを期に、定期的に催したいですね」
 またいつでも遊びに来てくださいというご令息の申し出には、何人かがすごい勢いで首を振ったとか。

今日この会に限らず、薔薇の花弁のように美しく装いさえすれば、美しい庭園は平等に君達を迎えてくれる。
――――それをどう楽しむかは、貴方達次第。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター:  )


エピソード情報

マスター 塩坂越ゆき
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月24日
出発日 06月04日 00:00
予定納品日 06月14日

参加者

会議室

  • [6]栗花落 雨佳

    2014/05/31-23:22 


    ふふふ。皆そんなに深く考えずに美味しいお茶と綺麗な薔薇を楽しめばいいんですよ。

    服なんてどうせ体をある程度の怪我から守ったり、体温の調節する程度の物なのですから、男モノも女モノも変わらないですよ。

    アル『………もう帰りたい…』

  • [5]セイヤ・ツァーリス

    2014/05/31-08:39 

    セイヤ、です。あとパートナーのエリク……エリクシア、です。
    …バラ園のお茶会、たのしみ、です。

    けど……ドレスコードが……あの、その、ふぁ……。

  • [4]羽瀬川 千代

    2014/05/31-00:56 

    こんばんは。羽瀬川千代とパートナーのラセルタさん、です。
    宜しくお願いしますね。

    ……お茶会に気を取られてドレスコードの部分を失念してしまっ、て。
    平穏無事に終わってくれると、いいな(視線泳がせ)

  • [3]木之下若葉

    2014/05/29-22:29 

    今晩は、木之下だよ。
    隣はパートナーのアクア。揃ってどうぞ宜しく、だね。

    こっちはアクアが行きたいって言ったからね。
    まあ、お茶は楽しみだけれど。

    何かもう、俺はオマケだと思って……思って……うん。
    ……空がキレイダナー(遠い目)

  • [2]叶

    2014/05/28-22:35 

    や、お邪魔様。叶っていいまーす。パートナーは桐華。

    ドレスコードに関しては、頑張った感を醸し出すような、極々残念な感じになると思うけど…
    それはそれとしてお茶会が普通にとっても楽しみな僕です。
    よろしくねー。

  • [1]栗花落 雨佳

    2014/05/28-17:45 

    こんにちは。

    栗花落雨佳と相方のアルヴァード=ヴィスナーです。

    ふふ。お茶会楽しみですねぇ。
    良い所のおうちの薔薇園もですし……。

    あ、アルが死んだ顔してますが、気にしないで上げてくださいね(笑)


PAGE TOP