冬花を見に(月島はな マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 タブロス市近郊の町に、古い植物園があるという。
 偶然にも広告を見かけた貴方と精霊は、たまにはそんな場所でのデートも良いだろうと、予定を合わせてその植物園を訪れた。

 いざ辿り着いたその場所は、冬らしく彩が少なかった。葉の少ない枝の隙間を寒風が抜け、樹皮を撫でている。他に客の姿がないのは……やはり寒いから、だろうか。
「はい、入場チケット確認したよ。いってらっしゃい」
 入り口ゲートで半券を千切ったスタッフのおばちゃんは、貴方たちが寂しげに震える植物を眺めているのに気が付いたのだろう。余計なおせっかいかも~などと言いながら、笑ってお勧めの見学スポットを列挙し始めた。
 寒椿はどこに咲いている、今なら水仙も綺麗だ、温室にはサボテンが並んでいる。
 何分古い植物園だから、そんなに珍しいものはないけれど――。
「その分、近くでじっくり眺めて触って、冬の植物を堪能してもらえるのが自慢なんだよ」
 無料配布のパンフレットを貴方たちに押し付けると、おばちゃんは思い出したようにこう付け加えた。
「そういえばね、一輪だけ冬薔薇が咲いているのよ」
 秋に咲いた薔薇の名残が、今になって急に顔を出したとのこと。
 秋に間に合わない寝坊助なのか、春を待てないあわてんぼうなのか。そう言っておばちゃんは笑う。
「結構綺麗だよ。何なら、探してみてもいいかもね」

***

 植物園は、東西南北と中央の5つのゾーンに分かれている。今貴方たちが立っている植物園の入り口ゲートは南ゾーンに当たるらしい。

 中央には泉がある。寒い中をアヒルがのんきに泳ぎ、その周りを整えられた木々や草花が囲んでいる。クリスマスローズが多く咲き、また水仙もここにあるようだ。
 東が薔薇園。冬薔薇を見るならばここだろう。見頃ならば美しいはずの蔓薔薇のアーチなどもあるが、今は少し寂しい風情だ。
 西が野草・薬草園。雑多に生きる植物たちの逞しい姿が見られる。ハーブが好きならば見どころもあるかもしれない。
 北は温室。中は温かく、シュロ植物や大きなサボテンなどを堪能することができる。
 南には入り口ゲートの他にも細々としたシンボルが詰め込まれている。よく手入れされた生垣と動物の形に整えられたトピアリー、小さな噴水、建物。椿はこの辺りにあるらしい。
 建物の正体は売店であり、園で育てたハーブを用いたハーブティーを売っている。他にも軽食がとれる屋内のレストランや、温かな飲み物とおやつが並ぶ屋台などがある。

 さて、どこから回ろうか。

解説

 入場料として300Jrを消費します。
 またハーブティーなどの飲み物・おやつを購入した場合1杯30Jr、軽食1人前50Jrいただきます。

 植物園はさして大きくなく、1日あればぐるりと全てを見て回ることができます。

ゲームマスターより

 初めまして。今回よりGMをさせていただくこととなりました、月島はなです。よろしくお願いいたします。
 とても平凡な日常、というイメージです。何でもない時間の積み重ねが絆を育む……みたいな……。

 花を愛でたり、寒さを理由に触れ合ったり、静かな木々に囲まれながら語らったり。
 のんびり穏やかなデートをご堪能ください。ご参加お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  植物園ですか?
はい!勿論行きたいです
…あ、でも、良いんですか?

過去に何度か、庭園や見たことのない花園に行った時に天藍を放って草花に夢中になった覚え有り(殆ど職業病

…気を付けますけど、ちょっと自信ないです


動物の形のトピアリー、刈り込み方が気になって中の枝振りまで覗き込み
薔薇園、一輪だけ咲いた冬薔薇はどこでしょう
探しながら、春を待つ蔓や樹形の様子を見て、咲く薔薇の種類を推測
どんな色の花が咲くのかは分からないですけれど、種類も沢山ありますし今と花の盛りの頃とは今と大分雰囲気が違うと思います
できれば一番花の咲く時期に来てみたいです

天藍からお茶を受け取り一休み
花の綺麗な時期にまた一緒に来ましょうねと約束


フィーリア・セオフィラス(ジュスト・レヴィン)
  「…冬薔薇?…冬薔薇、見て、みたい。
あ、でも、他の…、椿も、水仙、クリスマスローズ…」

…冬の、お花は…、気候が、厳しい、から。その分、綺麗、で、…力強い、気が、する…。
外は、ちょっと、…寒い、けど。

冬薔薇、一輪だけ…。きっと、小さい花、ね。…見つけられる、かしら…?

…あの、ね、お弁当、作ってきたん、だけど…。
ホットサンド、サラダと、…温かい紅茶。
えっと、暖かい所で…、食べられると、いい、けど…。
北の温室…、お弁当、食べられる場所、ある、かしら?あ、駄目、なら、他の場所、でも…。

ジュスト、…一緒に、来てくれて、ありがとう。


和泉 羽海(セララ)
  寒い…
けど、せっかくだから…冬薔薇見に行きたいな
…ありがとう(気を遣ってくれて

本当に…一輪だけ、咲いてるんだ…
他に何もないからかな…とても綺麗……だけど…
『さみしくないかな』
せっかく…綺麗に咲いたのに……周りは誰もいないし…
寒空の下で、一人ぼっちだから…
確かに…そうかも…
たくさん咲いてたら、きっと埋もれちゃって…
この子だけを見るなんてできなかっただろうし……
(すごいな…そんな風に考えられるの…
この人のそういうところは…尊敬するっていうか…見習いたいって思う…

……前言撤回
ちょっと感動したのに、台無しだ…
冷えてきたし、温室にいこうかな(精霊は放置
…あの人、サボテンのトゲに刺されてしまえばいいのに…


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  ハーブティー購入
南の噴水近くで頂きます

(既にぐるっと一周してから)
はー、良い気分転換になった
薔薇園は、物寂しい中に咲く綺麗な冬薔薇が印象的で
野草園の野の花も可愛いのが色々あったよね
椿に水仙も冬の空気や色彩によく映えてたし

……うん?
ああ、そう言えばそうだね
ラグ君とお出かけ、って思ったら忘れちゃってた
まあ、いつでも来れるしまた今度ね
冬薔薇はその時はもうないかも知れないけど
また違った花や緑が迎えてくれるだろうし……

……何だか嬉しそうだね?
ふふ、私も何だか嬉しくなってきた

え、良いの?
わあ、有難う!
うん、約束
えへへ、楽しみだなあ

(一緒にいられるのが嬉しい
趣味や時間を共有出来るのが嬉しい
ああ、幸せだなあ)


アクア・ウェルテクス(リクト・ミディアス)
  いいよー
1人で見るより誰かと言った方が色々違うと思うし

順番に見るOK
リク兄は南で、リュー兄は東なんだー
私は中央かな
アヒルみたい!

リク兄凄い楽しそうに見てる
本当に好きなんだなー
リュー兄も似たような感じなのかな
かなり性格違うけど

どのエリアも手が込んでるのは私でも判る
植物が好きな人が手入れしてるんだろうな

南でホットレモネード購入
温かいv

最後は中央
アヒル可愛いなぁ
クリスマスローズと水仙も綺麗だし

普通手の甲を見て生活するなんてしないもん
正直言われてビックリしたし

リク兄とリュー兄が一緒なら百人力だよー
知らない人だったら困ったかもしれないけど、ホント、ありがと
あはは、了解
(そっか、カノジョいないんだー)


●寂しくない薔薇(羽海&セララ編)
「へぇ、冬に咲く花って結構あるんだね!」
 おばちゃんの説明を聞いて、パンフレットを眺めて――と、そこで風が吹く。ひゅるると冷たく空気を裂くそれを思い切り浴びて、セララはぶるると身震いをした。
「でもやっぱりちょっと寒いよね。サボテンでも見に行く?」
 問いを投げかけられ、和泉 羽海は少し考える仕草を見せた。
 確かに寒い、けれど。
『せっかくだから……冬薔薇見に行きたいな』
 唇をそう動かせば、セララは先程まで寒がっていたのが嘘のように大きな仕草で、羽海を手招いた。
「そうだね! おばちゃんのおススメだしね! じゃあ、行こうか」
 ――気を遣ってくれたのだろうか。
 ありがとう、そう唇を動かす。
「? どういたしまして」
 何だかよく分かっていない様子で、彼はにっこり微笑んだ。

 東の薔薇園は、見るからに物寂しい光景となっていた。
 葉を散らし、大きく空いた枝の隙間。空気はそこを通り抜けて、僅かに残った色の暗い葉を揺らしている。
 ……羽海が薔薇を探して歩き、その後ろをセララが付いて行く。
 冬薔薇は中々見つからない。一体どこにあるんだろう? 寒いけれど、地道に探していくしか――。
「疲れてない? 休まなくても大丈夫?」
 セララがそう言ったのは、きっと近くにガゼボが在ったからだろう。だがもう少しだけ探したい。精霊の言葉に首を振って大丈夫の意を伝え、羽海がガゼボの周囲を巡るように歩みを進める――と。
(……あった)
 角度が変わったから、見えた。ガゼボの裏側に花開く、ピンク色。
「どうしたの……あ! あれだね!」
 セララも同じように薔薇を見つけたらしい。快哉を上げ、2人からは少し遠いそれをもっとよく見ようと、背伸びをする。
(本当に……一輪だけ、咲いてるんだ……)
 中に入りたいとでも言うかのように、ガゼボへ向かって咲いている。
(……とても綺麗…………だけど……)
「? 羽海ちゃ~ん?」
 目の前でぷらぷらと手を振るセララへ、羽海は――何となく口パクを避け、手帳の頁にペンを滑らせた。
『さみしくないかな』
「寂しい?」
 せっかく綺麗に咲いたのに、周りには誰もいなくて、寒空の下で一人ぼっち。
 ガゼボに向けて一生懸命に身体を伸ばしているのも、まるで人の温度に縋っているようで……。
「そっか~羽海ちゃんは優しいね!」
(……どうして何でも褒める事に繋がるの)
 本当に頭のネジが足りていないんだ、と……そんな風に廻った思考は、次の言葉で吹っ飛んだ。
「でもさ、案外ただの目立ちたがりかもしれないよ」
(……え?)
 驚きを込めて、セララを見上げる。
「だって季節外れに咲いたおかげで、わざわざ探しにくる人もいるわけでしょ? オレ達みたいな、さ!」
 再度、薔薇を見る。
(確かに……そうかも……)
 言われてみれば、薔薇は寂しげに震え、縮こまっている訳ではなかった。
 自分を見てほしいと主張している。寒空の中で一人だけ咲いているのに、誰かのいる方へ身体を伸ばして。
 たくさん咲いてたら、きっと多種多様な色彩に包まれて、あの薔薇だけを見るなんてできなかっただろう。
(すごいな……そんな風に考えられるの……)
 セララの考え方はいつだって前向きで、時折思わぬ発見をくれる。
(そういうところは……尊敬するっていうか……見習いたいって思う……)
「花は愛でるものっていうし、たくさん綺麗だねって褒めてあげればきっと寂しいなんて気持ちも忘れちゃうよ!」
 思……ったんだ、けれど。
「褒めた分だけ綺麗になるなんて、女の子と一緒だね!」
(……前言撤回)
 感動は冷えていく。半眼でセララを眺めた後、羽海はするりと踵を返す。
「えっあれ、もう行っちゃうの?! あ、冷えたなら、オレが暖めて……」
 ぐんぐん下がる感動ゲージ。静寂を割るセララの喚き声が、全く腹立たしい。
「待ってよ、羽海ちゃ~ん?!」
 無視。
 あの人なんて、サボテンのトゲに刺されてしまえばいいのに――。


●また、あなたと(かのん&天藍編)
 丁寧に枝を整えられ、形を成すトピアリー。ライオンやキリンなど動物園のメジャー格を象っているのは、訪れる子どもを楽しませる為なのかもしれないが、なまじ華やかなだけに、静けさが包む今の植物園にはあまり似合っていないように思われた。
 兎のトピアリーを覗き込んで、かのんはその仕事ぶりに感心の声を零す。良い仕事だった。
 細部に至るまで矯めつ眇めつ……そうして天藍が放ったらかされるのは、元々の予想どおりで――。

「植物園、ですか?」
 天藍が今日のデートを持ち掛けた時、かのんは最初、オウム返しにそう聞いて。
「はい! 勿論行きたいです」
 その後、ぱあっと表情を華やがせた。
 だが折角明るく染まった顔は、すぐにしおしおと萎れてしまって……。
「どうした」
 目まぐるしい変化。天藍は少し不安に駆られつつ尋ねた。
 ガーデナーである彼女。言うなれば植物園は、彼女とのデートにおいて鉄板の選択肢である筈なのだ。
 なのに、このリアクション。
 草花へ密に接する彼女だからこそ、何か地雷があったのだろうか……?
 だがそんな不安を知らないまま、彼女は萎れた様子で答えた。
「その、また草花に夢中になってしまうのではと」
 職業が職業だからか、或いはあまりにも草花を愛しすぎている為か――夢中になるあまり、デートであることを忘れはしないかと。
「……気を付けますけど、ちょっと自信ないです」
 見るからに下がった両肩がおかしくて、天藍はついと視線を背けた。
 必死に笑いを我慢したけれど、両肩が震えることまでは止められない。
「天藍」
 彼女の恨めしそうな声に、いよいよもって噴き出しそうになったけれど。それはどうにか堪えて。
「知ってる、そこも踏まえて誘ってる」
 放っておかれるのが好きというわけではないけれど、それでも恋しい人に好きなものを見せたいという気持ちと。
「かのんが草花に夢中になっているのを端から見るのは楽しい」
「……」
 植物園の楽しみ方ではない。
 彼女はむくれる代わりに、そんな抗議を視線で雄弁に伝えてきた。

 その視線が、今や予想どおりに熱心に植物たちへと注がれているのだから、やはりこれはかのんの横顔を見つめていていいということなのだろう。そうに違いない。
 真剣なかんばせを、たっぷりと堪能する天藍。いつも自分に向けられるものとは違う、仕事への熱意が込められた眼差し。それは天藍にとって、とても新鮮に感じられるものだった。
「薔薇園、一輪だけ咲いた冬薔薇はどこでしょう」
 トピアリーを堪能した二人は、東の薔薇園へ足を向ける。
 道中、天藍が2人分のお茶を購入した。ほかほかと湯気の立つそれを大切に握りながら歩けば、程なく寂しげな木々が2人を迎えた。
 蔓や樹形を眺め、かのんは口を開く。
「あれは八重のものが咲くと思います。そっちの蔓は反対に花びらの少ないものが」
 言いながら蔓の絡んだアーチを潜ると、そこにはまた違った形の棘を備えた薔薇の木と、寂しげに佇む小さなガゼボがあった。中に入り、備えられたベンチに腰掛けると、ひんやりとした感触が二人を襲う。
「どんな色の花が咲くのかは分からないですけれど、種類も沢山ありますし」
 徐々に熱を失いつつあるお茶を、一口含んで。
「花の盛りの頃とは今と大分雰囲気が違うと思います」
 冷える身体に沁みていく温度を、かのんは確かに感じている様だった。ほっと吐いた息は白く煙り、かのんに伝わった熱と周囲の空気の冷たさを同時に知らせる。
「できれば一番花の咲く時期に来てみたいです」
「その時はまた放ったらかされるのか」
「それは」
 恥ずかしげに視線を逸らす、かのん。意地悪な冗談だったかと、天藍は笑う。
 だが彼女は中々こちらへ視線を戻さない。不思議に思い、その瞳が見つめる先を追いかけると――。
「ありました」
 乏しい色彩の中に、ふわりと柔らかな花弁を纏うピンク色の薔薇。
 それは綺麗で、でもやっぱり一人きりで寒そうだ。
「花の綺麗な時期にまた一緒に来ましょうね」
 その時はきっと、薔薇たちも寒くないだろうから。


●王子様になれるのは(アクア&リクト編)
「付き合って貰って悪いな」
「ううん、そんなことないよ……あ、アヒルみたい!」
 リクト・ミディアスの言葉をさらりと流し、アクア・ウェルテクスは早く早くと泉へ向かって駆けていく。
「待ってって。パンフレット見て、順に回ろうぜ」
 俺トピアリー見たいし。そう付け加えられ、アクアは素直にリクトの近くに戻る。
「ありがとうな、流石俺の可愛い従妹」
「どういたしまして。1人で見るより誰かと行った方が色々違うと思うし」
 そっか、と言うリクトの瞳は、既にトピアリーを捉えていて。
 近寄って、ゾウを模したそれを様々な角度からじっくり眺める。丁寧に刈り取られた表面は綺麗な流線。冬だから枝葉が伸びにくいということもあるかもしれないが、それ以上に小まめに手入れがなされていることが伺えるものだった。
(かなり手が込んでいるのは私にもわかるけど)
 アクアが感心しながらリクトへ視線を移せば、当然彼も目の前に広がる素晴らしい仕事を読み取っていて……瞳のみならず、表情までもがきらきらと輝いている。
(本当に好きなんだなー)
 あまりにも楽しそうなその様子を、感心しながら見つめるアクア。
(リュー兄も似たような感じなのかな……かなり性格違うけど)
 思考は、目の前にいる人の向こう側……彼の双子の兄へと飛んで行く。

「やっぱり南が一番すごいな」
「野草園もきちんとしてたね。植物が好きな人が手入れしてるんだろうな」
 喋りながら、園内をぐるりと回って……寒さに耐え兼ねて飲み物を買って。
「私ホットレモネード!」
「俺ココアね」
 そうして最後には中央、池のほとり。泳ぐアヒルたちを、並んで眺める。
「クリスマスローズ可愛かったなー。水仙も綺麗だったし」
 水際で感想を語り合っている中、ふとリクトはかねてからの想いを零す。
「しかし、アクアも顕現するとは思わなかったな」
 リクトには他にも、ごく身近に神人として顕現している人物がいる。その上更に従兄妹のアクアまでとなれば、驚きを感じても仕方あるまい。
「指摘されるまで気づかなかったのがアクアらしいけど」
「普通手の甲を見て生活するなんてしないもん」
 少しだけ意地悪な言い方に、アクアはすぐに反論する。
「正直言われてビックリしたし……」
 続けた言葉には、少し戸惑いのようなものが滲んでしまった気がする。それは神人になっていたと気付いた時の驚きを、思い出してしまったからかもしれない。
「ま、俺達がちゃんと護るから、安心しとけって」
 リクトもそれを察知したのだろう、からかうような声音は瞬時に優しいものへと変化した。
「うん。リク兄とリュー兄が一緒なら百人力だよー」
 それは、本心からの言葉。
 リクトと、リクトの双子の兄と。見知った二人が傍にいてくれるなら、神人として頑張れる気がする。
「知らない人だったら困ったかもしれないけど、ホント、ありがと」
「任せとけって。俺は王子様にはなれないけど、兄貴ならまだ売れ残ってるし」
 ぽろりと零れた言葉。
 口から漏れ出た途端にヤバイと思ったのか、リクトは急いで言葉を続ける。
「……あ、今の兄貴に内緒な。今カノジョいないのバラしたら張り倒される」
「あはは、了解」
 頼むね、と拝むようなポーズのリクトに笑顔を返すアクア。
 そのまま、自然な流れで会話は途切れる。
 アヒルがグワ、と大きな鳴き声を響かせて。
(そっか、カノジョいないんだー)
 アクアが一口流し込んだレモネードは、さっきよりどことなく甘酸っぱく感じられた。

●伸ばしかけた手(フィーリア&ジュスト編)
「……冬薔薇? ……冬薔薇、見て、みたい」
 おばちゃんの話を聞いたフィーリア・セオフィラスは、途端に瞳を輝かせる。
「あ、でも、他の…、椿も、水仙、クリスマスローズ…」
「リアが行きたいなら、いいよ。……一日で回れる広さらしいから。一周すればいい」
 迷う彼女へジュスト・レヴィンがすかさず助け船。
 願望を認められたフィーリアの表情が、ふんわりと柔らかな幸せで彩られる。

 中央を抜け、東のゾーンへ。
「冬薔薇、一輪だけ……」
 物寂しい中で、たった一輪で咲いている。その情報は、フィーリアに儚げな印象を抱かせたようだ。
「きっと、小さい花、ね。……見つけられる、かしら……?」
 よく探さなくては。忙しなく視線を彷徨わせるフィーリア。
 見かねたジュストが口を開く。
「……リア、前も見た方が……」
「きゃっ」
「……」
 遅かった。
 アーチから零れた薔薇の蔓に髪先を絡めとられ、フィーリアは驚きで身を竦ませる。幸い蔓はすぐ取れたけれど、小さいとはいえ棘があるのだから、もっと近づいて皮膚を擦っていたら怪我をしていたかもしれない。
 だから言ったのに、と。そんな空気を感じ取ってしまったか、彼女は少しだけ肩を落とし。
「あ、でも……あそこ」
 少し遠くに佇むガゼボ。その傍で、ピンク色が揺れているのを見つけたフィーリア。噂の冬薔薇を発見できた嬉しさから、彼女は駆けださんばかりの勢いでそれに近づいて行く。
 だから、彼女は気づかなかった。
 転んだ時に備え、助けようとしたかのように。
 悲鳴の瞬間、ジュストの手が伸びていた、と。

 冬薔薇を眺め、その後二人は北の温室へ。
 気候が厳しい中で咲く花は、他の季節よりも力強く感じられた。件の冬薔薇も予想に反して美しく咲き誇っており、逞しさからなる魅力を二人の脳裏に強く印象付けていた。
 対してここに広がるサボテンや草花は、陽気さと共に内から輝くような別種の生命力を感じさせる。
「……あの、ね、お弁当、作ってきたん、だけど……」
 温室の中にはごくごく小さな休憩スペースも設置されていた。ここなら寒さに震えることなく、ゆっくりと休憩できるだろう。
 備え付けの小テーブルに、荷物を開く。
 華やかな色柄の布の中から覗いたのはホットサンドとサラダ、そして隣には水筒に入れられた温かな紅茶が置かれる。
「有難いな。いただきます」
「うん」
 淡々と口へ運ぶジュストの姿に、美味しいかどうか不安になるけれど。
 それでも彼は、用意したもの全てを綺麗に平らげた。

 そして二人は西へ、南へ……いつのまにか、すっかり日暮れ。
 ぐるりと一周した足は、少しの疲れを訴えていた。
 帰る前に、小休憩。フィーリアがベンチに腰掛けると、ジュストは「少し待ってて」と立ち上がる。
 言われたとおりに佇んでいると、やがてジュストは温かな湯気を立てるハーブティーを買って戻ってきた。
 2つの内の片方を差し出され、フィーリアは手を伸ばす。冷えた指先は紙コップ越しの熱でじんじんと温まり、ハーブの優しい香りが心と身体を癒していく。
 ――これを選んで買ってきてくれたのは、凍えないようにだろうか、それとも疲れている様を見たから?
 何にせよ、フィーリアの胸にはたっぷりの感謝が宿る。
「ジュスト、……一緒に、来てくれて、ありがとう」
「……どういたしまして」

 お茶を飲み干して立ち上がり、『また来てね』と書かれた出入り口を潜る2人。
 風が吹く。しかし寒さの中でも、ジュストの心は温かなものだった。
(リアの楽しそうな顔、見れたから)
 薔薇を見つけた瞬間、弁当を綺麗に食べ切った瞬間。他にもたくさん、身体中から喜びを発するかのような彼女の様子が見られた。その様子は、冬薔薇に似ていた、とも。
 だから今日は、とても有意義だったと。そう思う。
「きゃ」
 急に強い風が吹き、フィーリアの小さな悲鳴が響く。煽られて散らばった長い髪。縺れを直してやろうと、指を伸ばし――。
「……どうした、の?」
 自分の所作を見つめるフィーリアの視線に、射すくめられて。
「…………何でも、ない」
 ざわつく心を押し込めて、ジュストはゆっくりと手を降ろした。


●大切な君の大切なもの(千翡露&スマラグド編)
「はー、良い気分転換になった」
 噴水の水音に紛れて、息を吐く鬼灯・千翡露。
 開園時間の少し後に着き、園内の全てのゾーンをぐるりと回り切った頃には既に茜日。温かな日差しと吹き抜ける寒風がミスマッチで、春の息吹を感じつつも、同時にまだまだ冬だと思わされる。
 薔薇園は、物寂しい中に咲く綺麗な冬薔薇が印象的だった。
 野草園の野の花は小さく逞しく、可愛らしいものが多かった。
 物静かな冬の空気に、椿の鮮やかな紅が浮かぶ姿は美しかったし――。
「水仙も良かったな。凛と真直ぐ立っている感じが、周りにもよく映えてた」
「ちひろ、こういうの好きそうだもんね。花とか植物とか」
 感想を語る千翡露を、スマラグドは内心嬉しく思う。
 植物は自分にとっても知識のある分野だ。共通の趣味や話題があり、良いと思うものが似通うのは嬉しいことだ。
 そんな風に思いながらのスマラグドが差し出すのは、ふんわりと優しく香るハーブティー。カモミールがベースで、どこか落ち着く香りがする。
 ありがとうと零す千翡露の表情には、大きな変化は見られない。
 だが、ほんの僅かに纏う空気が和らいでいる。それは感情表現が決して大きくはない千翡露にとっては確かな変化だ。取りこぼすことなくそれを捉えるスマラグド。
 ……2人で歩いた時間を、よかったと思ってもらえて。
 そして今、ハーブティーも喜んでもらえたという確信がスマラグドにはあった。
 だからだろうか。気になっていた事を、問うてみようという気になったのは。
「そう言えば今日はスケッチブック持ってきてないんだね」
 いつもだったら出先には絶対持って行こうとする筈。なのに、今日の彼女の手にそれはない。
「……うん? ああ、そう言えばそうだね」
 今思い出したというように、千翡露は瞬いて。
「でも、止めるでしょ?」
「止めただろうけど」
 過去、持って行くのを止めた事もあったと記憶しているから、問いに対してスマラグドは間髪入れずに言葉を返す。
「ラグ君とお出かけ、って思ったら忘れちゃってた」
「そう、なの?」
 小さく目を開いて、スマラグドは揺さぶられる胸を抑えた。
「まあ、いつでも来れるしまた今度ね」
 寂しげに揺れる冬薔薇はもう、姿を留めてはいないかもしれないけれど。
 その時はまた違う花や緑が、賑やかに二人を出迎えてくれることだろう。
「……そっか」
 ――スマラグドは、さして絵に明るくはない。
 だが、千翡露の夢を馬鹿にしているわけではない。それは大切なもので、彼女の中で一番大きかったものだと知っていて、だからこそ尊重していた。
 だが彼女は今、その夢への階梯よりも、スマラグドとの時間を優先してくれたのだ。
「……何だか嬉しそうだね?」
「そんな、こと」
「ふふ、私も何だか嬉しくなってきた」
「違う」
 視線を逸らすスマラグドを、言葉どおり嬉しそうに笑って見つめる千翡露。温かな微笑みはますますスマラグドの座りを悪くする。
 誤魔化すように、ハーブティーを飲み込む。すっきりとした香りが落ち着きを呼び、彼はふうと溜息を吐いた。吐息は白く濁って、ふわりと辺りへ溶けていく。
 ……本当は違わない。嬉しかった。
 でもそれを素直に伝えることも今更難しい。
 どうしたものか――考えて、スマラグドはこう言った。
「じゃあ、今度は僕がスケッチに付き合ってあげる」
「え、良いの?」
 今度は千翡露が驚く番だった。相変わらずあまり大きく表情が動くことはないけれど、僅かに動いた瞳は、意外さを滲ませてスマラグドを映している。
「約束させてくれる?」
「うん、約束。えへへ、楽しみだなあ」
 そして、瞳はまた動く。柔らかさを纏って、温かく笑みの形へ変じていく。
(――笑ってる)
 自分の言葉に心動かしている。
 小さな驚き、温かな微笑み。ラグ君と呼び、確かな喜びを滲ませてくれている。
 スマラグドの、すぐ傍で。
(今は、それで十分)
 楽しみだね、と零す千翡露の姿が、スマラグドには眩しく映った。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 月島はな
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月25日
出発日 02月02日 00:00
予定納品日 02月12日

参加者

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