プロローグ
●発端
A.R.O.A.本部にて、とある公募が始まった。
所属する者全員へのメーリングリストには、こんな件名が。
『 Mikan.Inc、新製品テスターを募集! 』
<募集要項・概要>
企画元:Mikan.Inc(ミカン・インコーポレーテッド)
参加人数:4名(パートナー含め8名)まで。
場所:リンボ弊社本部、および指定の各地。
日時:某日13:00より。
指定場所により開始時刻は変動。
所要時間:1時間〜2時間。
内容:次世代通信スマートフォンの通話テスト。
その他:社外秘事項を含むため、詳細は参加者にのみお知らせします。
参加者のご連絡は、Mikan技術本部『xxx-xxxx』まで。
●依頼
タブロス市新市街北部にある一部地域は、『リンボ』と呼ばれる。
流星融合以降、なぜかこの地域だけ科学技術の発展が飛び抜けて凄まじく、他地域が呆気に取られて置いて行かれたほどである。
と言っても住んでみれば案外普通で、他に比べると電気の恩恵を多量に受けているくらいだ。
リンボは我々の世界で云う『シリコンバレー』であり、科学技術のメッカ、新たなものが生まれる地。今回の依頼主たるMikan.Incもまた、リンボにおける革命児だ。
皆の電話の概念を塗り替えたことは記憶に新しい。
「さて、皆様。本日はお集まり頂きまして、誠にありがとうございます」
建物の頂上で、メタリックに印字されたミカンのマークが光を反射し輝いている。
Simple is the Best.を体現する、スタイリッシュなMikan.Inc本社にて。物珍しさに周りを見回す面々に、担当者が声を掛けた。
「わたくし、本日皆様を担当いたしますシーヴと申します。短い時間ですが、どうぞよろしく」
会議室へ移動すると、シーヴが早速本題に入りましょう、と話し始める。
「皆様の前に箱がありますね。ええ、開けてください。スマートフォンが入っていますね」
小振りの真っ白な箱の中には、Mikan最新モデルのスマートフォンが入っていた。各々が手に取り画面をタップすると、電源はすでに入っていたようでホーム画面が現れる。
「はい、それでは通話アイコン…電話のマークですね。それをタップしてください。あ、ちなみに通話アイコン以外は操作出来ませんので、あしからず」
確かに、メールやWebブラウザのアイコンを押してみても、何も起きない。
担当者のシーヴはにや、と口角を上げる。
「皆様も、弊社の新商品やサービスに関するリーク記事をご覧になったことがあると思います。あれはすべて根拠のないただの噂ですが、弊社の秘密主義は事実ですのでね」
というわけで、皆様も可能な限り、今回の件はお口にチャックですよ?
人差し指を口許にウィンクまで付けられて、誰かがクスリと噴き出してしまった。シーヴは満足げに笑う。
「本題を進めましょうか。まずは自分の番号を確認します…分からない場合は遠慮なく聞いて…、はい、今行きますね」
シーヴの指示に従い、全員が自分のスマホの番号と、電話帳に登録されている番号を確認した。電話帳に登録されている番号はひとつだけで、これはパートナーのスマホのものだ。
「さて、」
パン、とシーヴが手を叩いた。
「通話の確認も終わりましたので、移動を始めましょう。すでに決めて頂いた通り、パートナーの方のおひとりはリンボに。もうおひとりは、弊社指定の場所へ移動頂きます」
文字通りの『通話テスト』です、とシーヴは締め括る。
「スマートフォンのネットワーク位置情報機能で、弊社がテスト開始を判断します。開始時は画面に自動でポップアップが表示されますので、以降、お好きに通話してくださればOK。もちろん、ずっと通話である必要はありません。休憩等、適時お取りください」
終了時も開始時と同じくポップアップが出ますので、そこで通話テストは終了です。
「各施設はお配りしましたネームタグを見せて頂ければ、入ることが出来ます。施設の利用は出来ませんが」
施設の使用は、次のデートのときにでも。
茶目っ気たっぷりに笑うシーヴに見送られ、参加者たちはMikan.Inc本社を出た。
解説
電話デートです。電話ということで、相手の顔が見えません。
面と向かっては言い難いことも、伝えやすいかもしれませんね。
行き先は以下の4箇所です。誰がどこへ行くか、皆さんでご相談ください。
(行き先は被らないようにお願いいたします)
・マーメイド・レジェンディア(タブロス市最大の遊園地)
・ケント伯爵狩猟場公園(緑溢れる森林公園、野生動物の楽園)
・ケント伯爵コレクション(国宝級を幾つも有する、タブロス最大の美術館)
・フィールレイク(人工島を持つ巨大な湖、デートスポットとしても有名)
リンボに残る方も、以下の3箇所へ遊びに行くことが出来ます。
・ウルビスゲームワールド
アーケードゲームからボーリングといった遊戯施設、クレーンゲーム等も並ぶ大型ゲームセンターです。
フォトプリ(プリクラ)は1回30Jr、バードキャッチャー(UFOキャッチャー)は1回10Jr。アーケードゲームは1プレイ10Jr。
※キャッチャーで手に入る商品は、すべて菓子類となっています。
・ハト公園
リンボからも程近い、新市街北部にある公園です。ハトがたくさん居る公園は、タブロス市広しといえどここだけです。
また「青い鳩」を見つけると恋が叶う、という都市伝説があります。
・Mikan.Inc本社の公開ギャラリー
手軽につまめるライトフード、ドリンクがあり、またMikanの新製品群を試用出来ます。
全面ガラス張りのフロアの11Fにあり、リンボ以南が一望可能です。
※注意
リンボから遠隔地へ向かうのは、神人の皆様です。
また、テスト開始後初めに電話を掛けるのは、リンボから出掛ける神人の皆様となります。
ゲームマスターより
キユキと申します。
初めましての方もそうでない方も、エピソードをご覧下さりありがとうございました。
なぜミカンか? それは連想ゲームの結末。RINGOではなくMIKANなのです!
今回はハピネス、それも声だけの通話デートです。
こんな話をしてみたいな、という希望を、是非にプランへお書きくださいませ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
篠宮潤(ヒュリアス)
神人となって数か月 自精霊の事を何も知らないことに気付く 狩猟公園内。森の葉音、動物の自然の姿。深呼吸 「も、もしもしヒューリ?うん、聞こえる、よ」 (たどたどしく雑談) 今更気になった質問を 「その…どうして僕と…パートナーになってくれたの、かなって…」 適正が合った、義務、とは聞いていた。しかし拒否権はあったんじゃ…と 突如携帯切れる。 「!?…ど、どうしようっ…触れられたくない…ことだったのかな…」 自己嫌悪と謝罪の練習で40分後 「…ヒューリ… ごめん…っ言いたくないこと…あるよね…っ」 オロオロ。噛んだり。 「え?この後買い物?う、うん、頼まれてるけど…。 …ありがとう…」 気遣いに気付く。焦らずやっていこう |
葵(レント)
マーメイド・レジェンディアで 施設内を歩き回りながら電話を待ちます 掛かってきたら一旦道の脇で止まって電話を取ります 「もしもし、あ、レント君ですね、こんにちは」 「聞こえますか?周りの音とか、大丈夫ですか?」 レント君がリンボでどこを見てるか、どんな風かを聞いて見ます 私だけ遊園地で、退屈させてたらかわいそうですしね こちらの話では散策しながら周りを見回して、 アトラクションを紹介して回ります その間隠しきれないレント君のハイテンションにおかしくなってみたり 「今度は一緒に来れると良いですね。きっと楽しいですよ」 周囲の音でレント君の返事が聞こえなかったら聞き返し 「ごめんなさい、何ですか?」 |
コカコ(ポヴァラ)
●動機 精霊が興味を持った為勧められるままモニターに 精密機器には縁がなかったので若干よくわかっていない ●服装 悩みぬいた末普段通りの私服で、 パン屋で使用していた三角巾とエプロンだけ置いてきた ●行き先 ケント伯爵コレクション 「ん、と…ここのマークを指で…こう…、…こう?」 たどたどしく新製品を操作、壊さないかおっかなびっくり テスターになったものの具体的に想像していなかったので 会話を続けるなんてどうしたらと、足取り重く美術館へ ●通話 「えっと…びっくりするくらい、沢山あり、ます…」 主に美術館内の様子を伝え続ける 美術品の価値は分からないながらも目を奪われ珍しく興奮気味 (実際は少しだけ声が大きく早口になる程度) |
ひろの(ルシエロ=ザガン)
行先:フィールレイク 電話か……。 何話せばいいのかな。 電話しないってのは、引き受けた時点で駄目だよね。 □ ルシエロには早く慣れようと意識してタメ口。 少々まごついた後、素直に「何を話せばいい?」とか言い出す。 普段あまり長く喋らない為に、途中で咳き込む。 飲み物を探して購入。ココアが飲みたい気分。 湖の大きさ圧倒される。 湖に近づいて何かいないか、確認する。 『祈りの泉』というのは、ルシエロに言われて初めて知った。 大切な人と言われても誰も思い浮かばない。 愛とか何それ恥ずかしいという感想。 途中、日向でうとうとしかける。 □ 今更な呼び方の確認。 「あの、さ。……ルシェって呼んでいいん、だよね?」 |
●精霊陣、待機中
Mikan.Inc本社・11Fにある公開ギャラリーは、2つのフロアに分かれている。右手側は現在消灯されているが、奥へ行くほど座席位置の低いシアターのような造りで、大きなプロジェクターと登壇スペースがある。ここで講座やイベントを行っているのだろう。左手側は窓が全面硝子張りで、眼下に街が一望出来る。部屋の中にはシンプルな机や椅子、そして展示と試用に並ぶ製品群。
一番に左手のギャラリーへ足を踏み入れた『レント』は、視界の端で何かがひよひよと動く様を捉えた。
「なんだ……?」
真っ白な壁に、映像で色とりどりの硝子玉が描かれている。何となく気になって、レントは硝子玉の映る壁に触れてみた。
ひよひよひよ!
「うわっ?!」
レントの触れた硝子玉が小さな硝子玉となって弾け飛び、ビー玉をぶつけるような涼やかな音と鳥の声が響いた。あまりに驚いて、耳と尾の毛が逆立ってしまう。これは映像なのに?
「な、な、……」
「お、インタラクティブアートか」
突然の声に振り返る。ワインレッドの髪をしたディアボロの青年『ルシエロ=ザガン』が、色鮮やかな壁の映像を興味深げに眺めていた。
「いんたらくてぃぶ……?」
「簡単に言うと、観客参加型アートってとこだな」
オマエ、確かレントだったか、一緒に依頼こなしたことあったな? あ、そうです、お久しぶりですルシエロさん。
顔見知りである気安さも手伝い挨拶をして、レントはまた映像に触れてみる。原理はさっぱり解らないが、楽しい。飛び散る硝子玉の中にメタリックなミカンが混ざっていて、ちょっと笑った。
ルシエロは並ぶ製品群へ近づき、タブレットを手に取る。
(何も知らなくても触れる。中々だな……)
こういったシンプルなものなら、パートナーの少女も使いこなせるのではないだろうか。
もう1つ、足音が入ってきた。
「ああ、これは素晴らしい」
すらりとした体躯の、誰もが美青年と答えるであろうディアボロの青年だ。彼は硝子に隔てられた景色に目を奪われたらしい。
晴れの日が幸いし、街の南に面するギャラリーからは遠目に新市街と旧市街も見えた。ただし、標高の低い旧市街は屋根しか見えない。景色を堪能しながら青年……『ポヴァラ』は口を開く。
「この会社の目指す高みは、万人が評価出来る美しさだとは思いませんか?」
ポヴァラが問うた先の2名は一瞬呆けたが、遅れて頷いた。
「そうだな。無駄がまったく無い」
「僕は機械には不慣れですが、ここの製品は何というか……綺麗ですよね」
それぞれ簡潔に名を名乗り、ポヴァラはもう一度眼下へ視線を戻す。
(なるほど。こういったロケーションで舞を披露するのも、良いかもしれません)
上の階へ向かった他の参加者を横目に、『ヒュリアス』はリンボの街へと繰り出した。参加者の中に他の依頼を共にした者たちが居たな、と思い出す。
リンボの街並は、金属と硝子素材を惜しむこと無く上へと伸ばしているように感じる。なんというか、携帯電話すらろくに持たないヒュリアスには、縁が薄い。
バタバタバタ!
複数の羽音が頭上を通り過ぎ、その鳥影を見送る。初めて見る鳥類だ。
「……ハト、か」
ヒュリアスの足は公園へ向けられた。
●こちらフィールレイク
目の前に広がるこれは、湖だ。
池よりはずっと広い、海よりはずっと小さい。だから、湖であることは間違いない。間違いないのだが。
「ひ、広い……」
『ひろの』は広がる深い水色に、呆然と目を見張った。人工の湖、という話が近くの看板に書いてあったが、人間の手でこんなものが作れるものなのか。湖の中には遠目に島がいくつかあり、あれもまた人工物なのかと思うと目眩がする。
「あっ、そうだ。スマホ」
ひろのはポケットから借り受けたスマートフォンを取り出し、画面下にある□ボタンを押した。するとホーム画面が表示され、アイコンが1つ飛び跳ねている。それに触れると、吹き出しでメッセージが表示された。
『現在地:フィールレイクを確認しました。テストを開始してください』
さて、ルシエロへ電話を掛けなければならない。
(何話せばいいのかな)
電話しないってのは、引き受けた時点で駄目だよね……。
じっとスマホの画面を見つめて、ひろのはダイヤルボタンをタップした。軽快なコール音が鳴り響き、途切れる。
「も、もしもし」
『もしもし、ヒロノか。……フィールレイクに着いたのか』
「う、うん」
本当に、何を話せば良いのだろう?
そういえば、ルシエロはどこに居るのだろうか。尋ねようとして、ひろのははたと気がつく。
「あの、さ。……ルシェって呼んでいいん、だよね?」
今更だ、と思わないでもなかったが、ルシエロは通話向こうの相手へ頷いた。
「ああ、構わない」
『わ、分かった』
「……」
『……何を話せばいい?』
ひろのはまだ、ルシエロに慣れていない。たどたどしいタメ口が良い証拠だ。ルシエロはこちらから尋ねることにする。
「それじゃ、フィールレイクってのはどんなところなんだ?」
『あ、えっと……。すごく広い、湖。大きな島も浮かんでて、人工とか信じられない」
「確かそこ、『祈りの泉』ってのがあるらしいが」
『? なにそれ?』
まさか、知らないのか。
「そこはデートスポットで有名だからな。『大切な人と訪れると永遠の愛が誓われる』とかいう話だ」
『へえ……』
大切な人、ってなんだろう。ひろのには誰も思い浮かばない。
(愛とか何それ……恥ずかしい……)
『オレはMikanのギャラリーに居るが、ヒロノはここの製品、どう思う?』
「どうって?」
『オマエの持ち物、機能的なもんが多い気がしてな』
確かに、ひろのはシンプルで機能的なものが好きだ。スマホを耳から離して、眺めてみる。
(うん、……これ、好みかも)
「シンプルで、説明書読まなくても使えそう、だし。うん……持つなら、これが良いかもしれない」
話しながら、ひろのは湖を囲う柵から水面を覗き込んだ。
「湖に魚はいないね」
『釣りは出来ねえのか?』
「さあ……。足で漕ぐボートはあるみたいだけど」
喉がイガイガして、ひろのは咳き込んだ。折よく、自販機が目に入る。
「ごめん、ちょっと飲み物探してくるから、切っても良い?」
『ああ、分かった。じゃあまた後でな』
ひろのは通話を一旦切り、ふぅと息をついた。自販機を眺め、アイスココアを購入する。ベンチを探して腰を下ろせば、そよそよと吹く風が気持ち良い。
(ルシェもこのスマホ、気に入ったのかな)
木漏れ日に暖められ、ついウトウトとしてしまった。
スマホを仕舞い、ルシエロはギャラリーに設置されているドリンクサーバーでアイスコーヒーを入れた。
正直、ひろのとの距離は未だに掴めていない。彼女はどう考えても子どもで、だからこそ若干の苦手意識も出てきてしまう。
(まあ、これはお互い様か)
互いに何とかするしかないな、とルシエロは目を細める。
(15分経っても掛かって来なかったら、こっちから掛けるか)
そう決めて、彼は外の景色を眺めた。
●こちらケント伯爵狩猟場公園
草木の芽吹く春は過ぎ、季節は初夏。緑が生い茂る夏の手前、若緑の森が広がっている。
「ここがケント伯爵狩猟場公園か……」
元が狩猟場であった為か、森だけでなく広々とした草原も目につく。
『篠宮潤』は森へ続く小道の手前で立ち止まり、背伸びをして深呼吸。
「う~ん、気持ち良いな……」
上を向いていた潤の視界に、黒いものがひらりと掠める。
「あっ、ツバメだ!」
今日は晴天。目を凝らしてみると、随分高いところまでツバメたちが飛んでいる。別の方角遠くに見えるのは鳶だろう。
視線を正面に戻すと、草原の途中でひょこひょこと何かが遠目に動いた。
「あっ、兎!」
その足の長さから速さの窺える兎が3羽、日向で草を食んでいるようだ。その脇を、カササギが歩いている。森の中からは鳥の囀りが他にも聴こえ、そよぐ梢の音が心地良く響く。
森の入口には、大きな木造りの地図があった。どうやら、幾つかの散歩コースが存在するようだ。最長24㎞、という文字を発見して、潤はぽかんとしてしまう。
「24㎞……は、さすがにキツイよ、ね……」
思わず苦笑が浮かぶ。
スマートフォンを取り出し画面を表示させると、メッセージが届いていた。
『現在地:ケント伯爵狩猟場公園を確認しました。テストを開始してください』
潤は散歩コースと示された森の小道(もちろん短いコース)を歩き始める。
(よし、電話……!)
ほんの少しだけ気合を入れて、スマホのダイヤルボタンをタップした。コールは1回、2回……5回、そして繋がる。
「も、もしもしヒューリ?」
『……ああ、ウルか。聞こえているか?』
「うん、聞こえる、よ」
さて、何を話せば良いだろう?
「あの、ヒューリは今、どこに?」
『俺か。ハト公園とやらに来ている』
「ハト、かあ。こっちは兎とか、カササギとか……狐とか鹿も居る、みたい」
そうだ、1つ聞いてみたいことがあった。
「あ、あの……ヒューリ?」
『うん? 何だね?』
「その……どうして僕と、パートナーになってくれたの、かなって……」
適正と義務の話は分かるが、それでも拒否権はある。だからこそ、潤は理由が知りたかった。
どう答えるべきか、ヒュリアスは思案する。考え込む中プツンと通話が途切れ、ツー、ツー、と切断を示す音が。
(しまった……)
スマホを握る指先が、通話終了ボタンを押してしまったらしい。
「まあ、仕方ない。しばし考えておくとするかね……」
ヒュリアスは、ハトがそこかしこでクルックーと鳴く中をぶらり歩く。
一方の潤は、突然通話が切れたことで酷く動揺した。
「ど、どうしようっ……触れられたくない……ことだったのかな……!」
どうしよう、謝らないと……!
その場でグルグルと歩き回り、潤はどう謝れば良いのかと泣きそうになった。
こちらから掛け直すべきかと悩んでいたヒュリアスは、かれこれ30分以上経っていることに気づく。
(さすがに掛けるべきか)
と思ったところでコール音が鳴り、電話を取る。
「もしもし?」
『……ヒューリ、ごめん……っ。言いたくないこと、あるよね……っ』
オロオロしていることが即座に分かる声で、開口一番に謝罪されてしまった。誤解だ。
(誤解だが……)
また同様の問いを投げられても、ヒュリアスはまだ、語る決心がついていない。けれど、いつかは。
「……うむ? いや……それほど気にするな、ウル」
『で、でもっ……』
ヒュリアスの『気にするな』が上手く届いていないのか、潤はそれでも続けようとする。その必死っぷりに、ヒュリアスの口許が笑みを象った。
当人は気付いていなかったが。
「……ウルよ。夕食の買い出しを頼まれたと言っていたな」
俺も付き合って良いかね? 荷物持ちくらいにはなる。
潤は通話向こうの言葉に、きょとんと目を瞬いた。
「え? この後買い物? う、うん、頼まれてるけど……」
もしかして、気を遣ってくれた……? 潤はほぅ、と息をつく。
買い物、か。
「うん、分かった。ありがとう……」
一旦通話を切って、もう一度深呼吸。
(戻ったら、ちゃんと謝って……それ、から)
焦らずに、やっていこう。
潤は樹々に囲まれた空間で、心の落ち着きを取り戻した。
●こちらマーメイド・レジェンディア
尖塔を幾つか持つ古城は、この遊園地のシンボルだ。その反対側は海で、潮風が吹いてくる。城が見えてきた頃から、『葵』の周りは浮かれる家族連れやカップル、友人グループでいっぱいだった。
葵は入り口脇のインフォメーションへ向かう。
「あの、Mikan.Incのテスターの者なんですが」
ネームタグと共に名乗ると、受付の女性がぺこりと頭を下げた。
「はい、伺っております。葵様ですね。それでは、こちらの入場パスをどうぞ」
ネックストラップ型の入場パスは、入園受付時に渡されるものとは色が違った。
「こちら、入園は可能ですが、施設の利用は出来ません。予めご了承ください」
葵は頷き、入場パスを首に下げる。
「テストが終了しましたら、当インフォメーションまでお越しください」
それでは、いってらっしゃいませ。
受付の女性に見送られ、葵は入園ゲートを潜った。
ゲートを入ってすぐの場所に、大きな園内マップが立っている。それを見上げながらスマートフォンを立ち上げてみると、ポップアップが表示されていた。
『現在地:マーメイド・レジェンディアを確認しました。テストを開始してください』
あ、と葵は思い出した。
(そっか。こっちから電話しないといけないんだ)
まずはメリーゴーランドを目指すことに決め、葵はスマホのダイヤルボタンをタップした。プルルル、と呼び出し音が1回、2回、3回、と響く。
『も、もしもし!』
非常に元気な声が返ってきて、葵はクスリと小さく微笑った。
「もしもし、あ、レント君ですね。こんにちは」
聞こえますか? 周りの音とか、大丈夫ですか?
『は、はい。大丈夫です。葵さんはどうですか? なんか、賑やかですね』
どうやら、賑やかな様子は音を通しても聴こえるらしい。
「今メリーゴーランドの前に居るの。ただ回るんじゃなくて、人魚姫の物語の映像に変わるんだって」
メリーゴーランドはこの園でも目玉のようで、待機の列がメリーゴーランドに沿って伸びている。
「レント君はどこに居るんですか?」
『あ、僕はMikan.Incのギャラリーに来ています』
ギャラリーの窓際に据えられているベンチに腰掛け、レントは自分が見ているものを伝える。
「なんか、知らない物ばっかりで……ちょっと緊張しますね」
こんなに進んだIT機器には不慣れとしか言い様がないが、先ほどの映像のように楽しい物があることも分かった。
「壁に映ってる映像なのに、触ったら動いて音が出たり。それから、ノートみたいに薄いコンピュータもあります」
『触ったら動く……。似たようなもの、こっちにもありますよ』
「ほんとですか?」
『うん。ええっと……真っ暗な中で出てくる映像をタッチしたり、追い掛けたり、そういうアトラクションみたい』
歩いたら足元で草木が生えたり、これもきっと映像だと思います。
「へえぇ! 他にはどんなアトラクションがあるんですか?」
『そうですね……。ウォータースライダーは、熱帯雨林の中を進む冒険要素もあるんだって』
「楽しそうですね」
口調は平静を装っているが、レントの尾は彼の感情をそのまま写し、左右に落ち着きなく振られている。
パタパタと、何かを叩く柔らかな感触の音。
(もしかしてこれ、レント君の尻尾が何か叩いてる?)
気づいてしまい、葵は思わず笑ってしまった。
「今度は一緒に来れると良いですね。きっと楽しいですよ」
ウォータースライダーの傍を歩いていると、上からスライダーが勢い良く下って来る。
『あ、あの、じゃあ……』
キャー! うわー!
バッシャァアン!!
運悪く、レントの声がウォータースライダーの派手な音で聞き取れなかった。葵は先の言葉を尋ね返す。
「ごめんなさい、何ですか?」
周りの音で聞こえなくて。
『……あ、な、何でもないです!』
どこか慌てたような彼の声に、葵は首を傾げた。
スマホの通話口を押さえて、レントは溜め息を吐く。
『一緒に、で、デート、い、行きませんか……っ?』
まさか聞こえなかったとは。もう一度言う勇気は、ない。受話口から葵の声が聞こえ、ハッとスマホを耳に当て直す。
月光華という花がたくさん咲いている、という彼女に、レントは気を取り直して相槌を打った。
●こちらケント伯爵コレクション
ほけ、と。『コカコ』は砂利道の先にある建物に唖然とした。
「お、お城……?」
山間ではなく平地に建つ、宮殿のような建物がある。美術館に来たはずなのだが。
どぎまぎしながら宮殿へ近づけば、やはり美術館だ。コカコは受付へ向かう。
「あ、あの……」
Mikan.Incで手渡されたネームタグを見せると、受付の女性はにこりと笑った。
「はい、Mikan.Incのテスターの方ですね。こちらのプレートを首にお下げください」
ネックストラップに下がるプレートには、『STAFF/作業中』と書かれている。受付の女性がにこやかと告げた。
「当館、フロアを4つ廻ると1日が終わってしまいますので、お気をつけ下さい」
絶句という言葉を、コカコが身をもって学んだ瞬間である。
館内へ足を踏み入れ、彼女は艶やかな木目の廊下の手前で立ち止まった。
「ん、と……ここのマークを指でこう……、こう?」
コカコは借り受けたスマートフォンを取り出し、たどたどしく操作する。
(こ、壊しちゃったらどうしよう……!)
おっかなびっくりしているところへ画面のアイコンが飛び跳ね、驚きに肩も跳ねた。恐る恐る跳ねるアイコンに触れると、ポン! と吹き出しが現れる。
『現在地:ケント伯爵コレクションを確認しました。テストを開始してください』
(電話、しなくちゃ…)
会話を続けるなんて、どうすれば良いのか。
気が重くなりながらも、コカコはダイヤルボタンをタップした。コール音が鳴って、途切れる。
「も、もしもし」
『電話から聞こえる俺の声は、いつも通りの美しさですか?』
「は、はあ……?」
何を聞かれているのか、よく理解出来なかった。とりあえず答えてみる。
「え、えっと……いつもと変わらないように、聞こえますが……」
『そうですか。それは良かった』
何なのだろうか。コカコは首を捻る。
『美術館はどんな様子ですか?』
「えっと……びっくりするくらい、展示が沢山あります…」
受付の方が、4フロア廻ったら1日掛かるって。
『それは素晴らしいコレクション群です。全部でどれくらいと?』
「14フロアって言ってましたから……」
すべて見るには、単純に丸4日は必要だ。フロアを縦断する廊下ですら、とても長い。
(でも、人が少なくて、静かで良い……)
何だかきらびやかなフロアがあり、コカコは思わず足を踏み入れた。
「す、すごい……!」
フロアには、ヤール王朝における大理石を筆頭とした鉱石群の加工の歴史が、広く紐解かれていた。
『どうしました?』
受話口からの問い掛けに、ハッと我に返る。
「いえ、あの、大理石で創られたいろんな彫刻や装飾品が並んでいて、とても綺麗で……」
心無しか、声もやや大きく早口になってしまう。興味深げな感嘆が、コカコの耳に届いた。
『なるほど。やはり美術館には、美しく価値あるものが数多くあるのですね』
ポヴァラなら、このフロアに違和感なく佇んでいそうだ。コカコは自身の服装を見下ろして、溜め息を堪えた。
「そういえばコカコさん、ハト公園ってご存知ですか?」
群れを成し飛び交うハトを見上げて、ポヴァラは公園をぐるりと見回す。
『リンボにしか居ない、ハトっていう鳥ですか?』
「ええ、そのハトが群れる公園です。そこに1羽だけ、『青いハト』が居るそうです」
『青? えっと、それってどんなハトなんでしょうか……?」
公園で見るハトをそのまま青くしても、綺麗なものとは思えない。が、実物と想像は違う。
すべては美しい自身を飾るもの、とポヴァラは軽く笑む。
「『青いハトを見つけると恋が叶う』という、都市伝説があるそうですよ」
コカコさんも探してみますか? と尋ねれば、あわあわと言葉になっていない声が返る。ともあれ、と続けて。
「そのコレクションは俺も観たいので、後日改めて行きませんか?」
コカコさんも、展示をゆっくり観たいでしょう?
そんなことを言われては、本心その通りであるコカコは了承を返すしかなかった。
(また、ポヴァラさんにからかわれた……)
その自信溢れる態度は、羨望するものがあるけれど。
●テスト終了
テスト参加者たちを見送るため、担当のシーヴが表玄関まで出てきた。
「それでは皆様。本日は、ご参加ありがとうございました」
今後とも、弊社と弊社商品を、よろしくお願いいたします。
綺麗な辞儀を寄越すシーヴに倣うかのように、メタリックなミカンのマークが青空にキラリと輝いた。
End.
依頼結果:普通
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | キユキ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月12日 |
出発日 | 05月20日 00:00 |
予定納品日 | 05月30日 |
参加者
会議室
-
2014/05/17-00:01
葵さんありがとう。ちょっと安心した、よ(ホッ)
コカコさん。最終確認、ありがとう。
うん、大丈夫、だと思う。
みんなが電話でどんなお話をしているのか、気になる、けど…
電話…電、話……ホントに、どう切り出して話そう……(ぽそり)
当日、うん。楽しもうね…ッ -
2014/05/16-23:18
そうでしたか…っ、答えてくれて、ありがとうございます、
で、では…それぞれ
・マーメイド・レジェンディア→葵さん
・ケント伯爵狩猟場公園→篠宮潤さん
・ケント伯爵コレクション→コカコ
・フィールレイク→ひろのさん
という分かれ方で、いいでしょうか…?
それぞれバラバラにはなっちゃいますけど、当日が、楽しみです。 -
2014/05/16-22:21
あ、私は、うん、大丈夫ですよ、気をつかわせちゃってごめんなさい
その、そもそもモニターに興味あって場所決めノープランで…
どこで行こうか迷って決めれなくなりそうですし、
結構遊園地でしたいことも色々思いついてきてますし
ちょうど良かったですよー -
2014/05/16-18:00
あっ、はい…っそうですね、
希望だけ言うとあげた二つのどちらかに行けたら、という所なので、
今の感じだとわたしがケント伯爵コレクション、の方で…おねがいしますっ>ひろのさん
せっかくの相談場、という事なので…っ葵さんも元々希望があって、
という事なら言ってください、ね。 -
2014/05/16-11:33
……え、と。
コカコさん。
私がフィールレイクに行っても、いいです……? -
2014/05/15-23:35
あっひろのさん。またよろしくだね(嬉しそうに)
うん、コカコさんと葵さん、初めまして、どうぞよろしく。
葵、さん、空いているところで…いいのかい…っ?
その…早い者勝ちなワケじゃないし、コカコさんのように
静かな方が好き、とか、実は精霊殿は人込みがちょっと…、とかあったら
気にせず言っておくれね。
なんならじゃんけんとかでも…!(※物理的にどうやってだろう←) -
2014/05/15-23:12
ひろのさんはこんにちは、
コカコさんと篠宮さんははじめまして、
葵っていいます、よろしくお願いしますー
行きたいところ、だいたい皆さんで散ってますね
じゃあえっと、あいてるのはマーメイドレジェンディアですね
私はそこで行きますけど、方針変更とかあったら言ってください、
早い段階なら交代とかでも全然おっけーなのでっ -
2014/05/15-10:20
はっ…あ、皆さん、始めまして…っ
コカコといいます、こちらは、精霊のポヴァラさん、です。
よろしく、お願いします…っ
テストで出向く先、色々で迷います、ね…。
静かめな方が、その…好きなので、
美術館【ケント伯爵コレクション】か湖【フィールレイク】
を歩けたらいいな、と…思っています、けど、別の場所でも、問題ないです。
ポヴァラさんは、リンボを満喫するみたいですし、精霊さん同士会うかも、です、ね。
ギャラリーから、時間があれば別の場所…と言っていました。 -
2014/05/15-09:47
あ……、篠宮さん。こんにちわ。
葵さんも、こんにちわ……です。
コカコさん、はじめまして。
えーと、私は。フィールレイク? に行ってみたいです。
他に行きたい方がいるなら、余ったとこでもいいです。 -
2014/05/15-07:46
えっと、いい・・・のかな(第一発言が初で若干挙動不審にキョロキョロ)
篠宮 潤というよ。今回はどうぞよろしく、だ。
僕たち神人が遠隔地で…誰かと同じ場所は、ダメなんだ、ね
リンボに残る精霊さんたちは、バッタリ会ってもいい…のかな
ん。ケント伯爵狩猟場公園…かなと今のところ僕は思ってるけど
どなたかと被ったら、遠慮なく言っておくれ、ね。違う場所でも構わないよ。
ヒューリ(自精霊)は…分からない、けど…ゲームセンターには、近づか無そうかなぁ…