君への特効薬(北乃わかめ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 喉がなんだかイガイガする。
 いつもより、鼻をかむ回数が増えている気がする。
 熱っぽいような、肌寒いような。

「まぁ、秋だし。空気が乾燥してるのかなー」

 体からのSOSにも気づかず、あなたは平然と寒くなった秋空の下を歩く。
 ウィンクルムとして、いつも通り任務をこなし、いつも通りパートナーとデートを重ねて。いつも通り帰宅して、シャワーを浴びてベッドに入った。
 明くる日。

「……お前は」
「す、すみません……」

 ごほごほと咳き込むあなたを、パートナーが見下ろす。呆れたような視線に居たたまれないが、回避するのは不可能だった。
 なぜならここは、あなたの部屋。もっと言うならいつものベッドの中なのだ。

「常日頃から、体調管理には気をつけろと言っていたはずだが?」

 朝目覚めてから感じていた肌寒さとだるさを伝えれば、光の速さで病院に連れて行かれたのが数十分前。
 大げさな、と笑ったのだが、担当してくれた医師から告げられたのは、「風邪ですねぇ」となんとも間延びした言葉だった。

「不調があったときはすぐに知らせろと、あれほど……」
「返す言葉もないです……」

 口うるさく小言を言うパートナーは、まるでドラマに出てくる意地悪な姑に見える。そんなことを言えば、更にこっぴどく叱られそうだが。
 やれやれ、と溜息を吐くパートナーに、だったら早く帰ればいいのにと呟きそうになったそのとき。パートナーは持ってきていたカバンから、一本のネギを取り出した。
 ……ネギ?

「え、なにそれ」
「知らんのか。風邪を引いたときは、ネギを首に巻くといい」
「いや、まぁ聞いたことくらいは……いや、でも」
「それから、林檎を持ってきた。あぁ、台所を借りるぞ。ついでに生姜湯も作ってやろう」
「ちょっと待って頭全然回ってないどういうこと!?」

 風邪を治そうとしてくれているのはわかるけど、そんな急におばあちゃんの知恵みたいな情報を出されても! と抗議するあなたをよそに、パートナーはキッチンへ姿を消した。
 傍らには、病院で処方された薬が置かれているというのに。パートナーももしかしたら、急な風邪に戸惑っていたのかもしれない。

「……あぁ、もう」

 あなたは起こしかけた体をベッドに沈めた。
 おなかもすいたし、パートナーの持ってくる林檎と生姜湯を楽しみにしようかな。そんなことを思いながら、パートナーを待つのだった。

(ネギは勘弁だけど!!)

解説

 季節の変わり目なので、風邪を引きました。

 神人もしくは精霊が風邪を引いてしまいます。
 風邪の程度は自由です。ベッドから出られないような高熱、ちょっと喉が痛む、鼻水がひどいなどなど。
 プロローグでは神人の部屋で看病をしておりますが、場所も特別指定はありません。外出先で咳がひどかったからのど飴を渡すなど、部屋以外でもシチュエーションに沿った状態ならばOKです。

 プランには必ず、場所と、どちらが風邪を引いたのかを記載いただきますようお願いいたします。

※個別描写になります。
※風邪を治すためにいろいろ買い物をしました。300jr消費します。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております、北乃わかめです。
この時期、体調を崩される人が多いようです。無駄に頑丈なのでめったに風邪を引くことはないのですが、地味な喉の痛みに悩まされます。
エピソードでは風邪を引いてしまいますが、皆さまも体調には充分お気を付けくださいませ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アイオライト・セプテンバー(白露)

  at自宅
(気持ちだけは)看病する側

パパ、なんでベッドに寝てるの?
もしかして気持ち悪いの?

そんじゃ、パパはゆっくりしててね
お見舞いにこれあげる
あたしのぱんつ
とっても大切なぱんつだけど、パパのこともとってもとっても大切だから、これで元気出してね

えっと、おやつ…
いいこと思い付いた、パパの分も用意してあげようっと
おいしいもの食べたらきっと早く元気になるよね(ごそごそ
マシュマロとクッキーとチョコレートとポテトチップスとキャンディと
それから、風邪引いたときは水をいっぱい飲みなさいってパパが言ってたから、ミルクとオレンジジュースと

パパーまたお見舞いに来たよっ
いっぱい食べて、早くあたしをなでなでぎゅってしてね


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  同居中
いつも通りの朝
いつも通りのフィンの笑顔と美味い朝食だけど…フィンの様子がおかしい?
フィン、顔赤くないか?
手を伸ばして触れたら…びっくりする程熱かった

フィンを強引に引っ張って近所の病院へ
熱を測れば…やっぱり高熱
医師にただの風邪と言われて安堵するけど、今日はフィンは寝てろ

バカ
風邪を引くのに格好良いとか悪いとかあるか
引く時は引く
偶にはゆっくり休めっていう事だろ
起きるの禁止
…傍に居るから、ゆっくり寝てろ
手を握り寝顔を見守る
寝たのを見計らい、行動開始
フィンが起きた時飲めるように、栄養ドリンクを買ってきて
家事って、意外と大変…いつもやってくれるフィンに改めて感謝だな
玉子雑炊と甘酒を作る
早く良くなれよ


カイエル・シェナー(エルディス・シュア)
  同居自室・引いた側

「…小言は聞かんぞ」
ベッドから動けず、せめてもと向けた背中に浴びせられる言葉の数々

…見事に全てが正論だ
聞かなかった事にしよう

しかし、ベッドで横になっているのに酷くなる眩暈とはなんだ
…しまった、一緒に暮らすとは、日常からこういった弱味までもが赤裸々か。それは思案しなかった

『あまり見られたくない』と思い
更にシーツを被ろうとした手を止められ捲られる
「!…え? あ、ああ」

上半身を起こす
渡されたカップで薬を飲んで

不意の眩暈に、咄嗟にカップをテーブルに置いて
相手の襟首を掴んでベッドに引き寄せ
その胸に身を預け落とした

「お前の前で無様に倒れるよりましだ…熱が下がるまでそのまま大人しくしていろ」


テオドア・バークリー(ハルト)
  常日頃気をつけてはいてもかかる時はかかるもんなんだよなぁ…
熱が出たもんだから流石に学校は休んだ。
静かに寝てれば明日には回復するかななんて思いながら
やることもなくただベッドでウトウトしてたら
突然学校帰りのハルが見舞いだーって押しかけてきて今に至る。

ん…ありがと、そこ置いておい…何それ。
いや、分かるけどさ…そのガタイでウサギさん言うな!
そうだな…色々言いたいことはあるけどとりあえず静かに寝たい。

ついハルに背を向けて横になったけど、退屈とか心細さは
隣で色々騒いでくれたハルのおかげでいつの間にか消えてた。
昔から精神的に弱ってる時って必ずハル近くにいるよな…
ほんと、よく見てるよ…

…ありがとな、ハル。


咲祈(ティミラ)
  風邪/精霊宅
昨日から鼻の通りが悪く、ずっと鼻をかんでいる
なんでだい
……ああ。言われてみれば通りが悪い(ずびっ
あー……毛布とか突然引っ張ってきたり、夜更かしさせてくれなくなった
堅苦しい? ……まあ、口うるさい時はうるさいかな

…………薬、かい。なにも飲まなくても大丈夫さ
差し出された薬を見て、どこか嫌そう
僕は、苦手だったの?
お祈り。大袈裟じゃないのかい
……そう、かい
なぜ、撫でるんだい……
君は相変わらずだね、ティミラ


●ウサギさん

 ぼんやりと霞む視界には、見慣れた天井しか映っていない。
 瞬きをするだけでもだるくて、テオドア・バークリーはそのまま目を閉じる。だけど、眠気はまだ来ないようだ。

(常日頃気をつけてはいても、かかる時はかかるもんなんだよなぁ……)

 吐き出す息は熱っぽく、しばらく下がりそうにない。憂鬱だ。
 熱が出てしまったために、さすがに学校は休むことにした。学校に連絡を入れてくれた母も姉二人も、もう外出している。
 家にひとり、物音のないそこはとても静かだ。

(静かに寝てれば、明日には回復するかな)

 風邪を引いてしまったとき、こういう暇な時間も悩みのひとつだろう。起き上がることもできず、ただただ横になって熱が治まるのを待つだけ。本を読もうにも視点が定まらないため逆に気持ち悪くなってしまう。
 厄介だ、そう思いながら、ただベッドの上でうとうとするばかりだった。



「――テオくーん、林檎切ってきたぞーう!」

 不意に、耳に入ってきたハルトの声。先ほど、学校帰りに「見舞いだー」と押しかけて来たのだ。底抜けに元気な声に、胸のあたりが軽くなるのを感じる。

「ん……ありがと、そこに置いておい……何それ」
「何って……どこからどう見てもりんごじゃないかコレ」

 お皿片手に現れたハルトが、林檎をひとつ爪楊枝に刺して見せる。テオドアの視界に入ったそれは赤い耳を携えていた。
 林檎を切ってくれたのはありがたい。だがしかし、なんでまたこんな形にしているのか。素直に疑問をぶつければ、ハルトは「馬鹿!」と主張した。

「りんごはウサギさんにしてこそだろ! そしてウサギさんにしてこそのりんごだろ!」
「いや、分かるけどさ……そのガタイでウサギさん言うな!」

 ガンガン頭に響くのも気にしない。ハルトの気持ちはわかるが、そのアンバランスさにツッコミを入れずにはいられなかった。
 それでも、熱にうなされていた体に甘い林檎は最適だ。テオドアはゆっくり咀嚼しながら、およそ半分ほどを胃の中に収めた。残りはどうにも食が進まなくなってしまったので、ハルトの胃袋行きだ。
 だいぶ、調子が戻ってきた気もする。これなら、きっと明日には元通りだろう。

「なあなあ熱下がったー? 他にも何か食べたいものとかないー?」
「そうだな……」
「体拭こっかー? あ、いえ別にやましいこととか何も考えてないですええ全く。俺に何かして欲しいことあるー?」
「……色々言いたいことはあるけどとりあえず静かに寝たい」
「あっはい静かにしてまーす」

 まったく、とハルトの言葉に呆れながら、再びベッドに潜るテオドア。ハルトは言葉通り静かになり、ベッドの脇でマンガを読み始めた。病人をひとりにするつもりなんて毛頭ないので、テオドアの母親が帰るまでは居座ることにしたのだ。

(昔から、精神的に弱ってる時って必ずハル近くにいたよな……)

 そういえば、と思い返すテオドア。ついハルトに背を向ける形で横になったテオドアだが、朝のような心細さはもう感じていなかった。ページを捲る音や、ハルトの呼吸音が時折聞こえてくるだけで、ひとりではないのだとわかるから。
 ちら、と背中越しにハルトを盗み見る。ベッドに背を預けるハルトの表情は読めないが、やっぱりいざというとき、頼りになってくれる。

(ほんと、よく見てるよ……)

 一方で、ハルトもテオドアのことを考えていた。
 親同士の仲が良くて、小学生の頃からお互いを知っている。幼馴染で、ウィンクルムで。昔から知っているからこそ、知りたいことも知られたくないこともあるわけで。

(普段一人で頑張りすぎる分、こういう時くらい甘えてくれたっていいのになぁ……絶対無理するからこうして見に来た訳だけど)

 真面目で強がりなパートナーは、そう甘えてくれない。今日だって、風邪を引いてひとりぼっちで寂しかっただろうに、ひとつの連絡もくれなかった。もちろん、それがテオドアらしいと言えばそうなのだが。
 背中に感じるテオドアの気配を気にしながら、ハルトはマンガのページを捲っていく。その中身が頭に入っているかどうかはわからない。

「……ありがとな、ハル」
「ん、とっとと治して遊びに行こうぜー」

 だけど今日、テオドアのその一言で、ハルトも少し報われた気がしたのだった。



●苦手な薬
 ぐしゃ、ぽい。……ぐしゃ、ぽい。

「……ツバキ、風邪引いたのか?」

 訪れたティミラの家でひたすら鼻をかんでいる咲祈に、たまらず声をかけた。当事者はと言えば、手にしたティッシュからティミラに視線を向け、首を傾げる。

「なんでだい」
「いやさっきから鼻ずるずるさせてるし、ティッシュの山も……ね?」

 ティミラが見つめるゴミ箱には、咲祈が先ほどから量産している丸まったティッシュの山ができていた。さすがに、これは心配にもなる。
 しかし。

「……ああ。言われてみれば通りが悪い」

 言いながら、ずびっと鼻をすする咲祈。どこか他人事のように言う咲祈に、ティミラはやれやれと息を吐いた。
 どこまでもマイペースな弟を、豪胆と言うべきか無頓着と言うべきか。せめて風邪を引いた自覚くらいはしてほしいところだ。

「サフィニアはなんも言わないの?」
「あー……」

 ティミラに言われ、咲祈はもうひとりの精霊のことを思い浮かべる。

「毛布とか突然引っ張ってきたり、夜更かしさせてくれなくなった」
「わあ……やっぱ? なんか堅苦しい真面目な性格してそうだし」
「堅苦しい? ……まあ、口うるさい時はうるさいかな」

 あったかくしないと、早く寝ないと、と脳内で再生される声。それらはすべて咲祈の風邪を心配しての行動だったのだが、悲しきかな、本人にはひとつも届いていなかったようだ。

「薬は? 飲んだ?」
「…………薬、かい」

 たっぷりと間をあけた咲祈に、ティミラの目が光る。もしやと思いもう一度「薬は?」と聞けば、咲祈はティッシュに目を落とした。

「なにも飲まなくても大丈夫さ」
「だーめ。悪化するだろ。つべこべ言わず飲みな?」

 ティミラは言うが早いか、常備薬の中から風邪薬を取り出し、水と共に差し出した。それを見た咲祈が、わずかに眉をしかめる。とりあえず、嫌そうだということはティミラにもわかった。
 幼い子どものようなその態度に、ティミラはそっと目を細める。

「……苦手な物は、記憶なくても変わんないんだな。少し、安心した」

 ティミラの脳裏には、薬を嫌がる幼い咲祈の姿が浮かんでいた。
 記憶がなく、自分の知る「ツバキ」ではなく「咲祈」として生きている実の弟に、何も感じないわけではない。自分が知らない「咲祈」を見るたび、寂しさだって感じる。
 だけど時々、こうして昔の姿を垣間見せるときがある。「ツバキ」だと思える瞬間があるから、ティミラはやはり兄として、手を尽くしたくなるのだ。

「僕は、苦手だったの?」

 薬、と続けられた言葉に、ティミラは笑いながら肯定した。

「まあね。母さん、ツバキが風邪引く度に教会でお祈りしてた」
「お祈り」

 オウムのように言葉を繰り返す咲祈。
 以前、ティミラが会わせてくれた母が、自分のためにお祈りをしてくれたのか。早く風邪が治りますように、良く治りますように、と。

「大袈裟じゃないのかい」
「ま、そんくらい信じてるってことでしょ。神様を」
「……そう、かい」

 鼻は変わらずむずむずするが、それとは別に胸の奥も、なんだかくすぐったい。神様、というものがいまいちピンときていないが、それでも心配してくれる誰かがいたことは有難いと思うのだ。
 差し出された薬と水を受け取った咲祈は、意を決してそれらを口に放り込んだ。薬の苦みが襲ってこないうちに、ごくりと喉を鳴らして飲み込む。

「飲んだ?」

 ぷは、と息を吐き出した咲祈は、ティミラの問いかけに小さく頷いた。

「よしよし。いい子だねツバキ」
「なぜ、撫でるんだい……」
「え、そりゃツバキがかわいいから?」

 自分より下の位置にある咲祈の頭は、ティミラにとってとても撫でやすい。
 あやすように頭を撫で、平然とそう言ってのければ、「相変わらずだね」と咲祈はふと笑みをこぼしたのだった。



●お菓子とミルクとオレンジジュース

(……参りました)

 お手上げだ、という風に口から漏れた息は熱い。
 朝から感じていた怠さを解消するため、昼寝をしようとベッドで横になった白露。しかしどうだろう、結果としてそこから動けずにいる。

(アイのおやつを支度しなきゃいけないのに、ベッドから起き上がれません……)

 もうすぐアイオライト・セプテンバーのおやつの時間であるというのに、起き上がろうとしても体に力がまったく入らないのだ。わずかに体を持ち上げても、三秒満たないうちにベッドへ逆戻りである。
 さてどうしようか、と回りにくくなっている頭で考えていると、ベッドの脇からにょきりと金色の物体が出てきた。

「パパ、なんでベッドに寝てるの? もしかして気持ち悪いの?」

 いつの間に入ってきたのか、という疑問は置いておいて。体を横に向け、覗き込んでくるアイオライトと視線を合わせる。

「アイ、すみません。おやつは戸棚から好きに取っていいですから、もうしばらく休ませてください」

 言い聞かせるように伝えれば、いつになく弱っている白露を見てアイオライトは素直に頷いた。

「そんじゃ、パパはゆっくりしててね。お見舞いにこれあげる」

 はい、と差し出された物体。否、これは。

「あたしのぱんつ」
「……はあ、ありがとうございます」
「とっても大切なぱんつだけど、パパのこともとってもとっても大切だから、これで元気出してね」

 そう言って、アイオライトはぱたぱたと走っていった。残ったのは、ベッドに横たわる白露と、渡されたぱんつ。
 どこに持っていたのか、というか持ち歩いていたのか。こんなときに疑問が次々と湧いてくる。

「このぱんつ……あとで洗って返しましょう……」
(いつか私がなくしたぱんつのような気もしますが、深く考えたら負けです)

 ゆっくり休もう、と目を閉じる。しかしどうしても、元気のかたまりのようなアイオライトの動向が心配だ。

(アイはおやつを食べすぎたりしてないでしょうか……)

 こんなときでも気にかけてしまうのだから、白露の気苦労は今後も絶えないようである。

 一方で、アイオライトはおやつが置いてある戸棚の前に来ていた。何を食べようか、そう思いながら戸棚を開ける。

「いいこと思い付いた、パパの分も用意してあげようっと」

 ナイスアイディア、とおやつを探る。アイオライトもまた、弱々しい白露を心配しているのだ。その方向が斜め上に飛んでいようとも。

「おいしいもの食べたらきっと早く元気になるよね」

 言いながら、おやつをひとつひとつ抱えていくアイオライト。
 マシュマロと、クッキーと、チョコレートと、ポテトチップスと、キャンディとー……。
 いやいやそのラインナップは病人には厳しいですよ、と言ってくれる人は残念ながらこの場にいない。

「それから、風邪引いたときは水をいっぱい飲みなさいってパパが言ってたから」

 ミルクと、オレンジジュースと。
 両手では足りず、大きなカゴにおやつを入れて諸々抱えるアイオライト。そうしてくるりと方向転換し、元来た道を戻っていく。目指すは、パパのもとへ。

「パパー! またお見舞いに来たよっ」

 どーん! と効果音が付かんばかりに登場したアイオライト。おやつが大量に入ったカゴを見て、白露は痛む頭を押さえた。白露の心配は、どうやら半分ほど当たってしまったようだ。
 だけど、なぜだろう。にこにこと笑い、風邪とは縁遠い溌溂なアイオライトを見ていると、なんだか胸の内が軽くなってくる。

「いっぱい食べて、早くあたしをなでなでぎゅってしてね」
「……こんなに沢山食べられませんが、気持ちは嬉しいですよ」

 厚意を無碍にするつもりはない。それに、純粋に嬉しいアイオライトの行動に、白露はそっと微笑んだ。

「アイ、ありがとうございます」

 アイオライトに抱えられたミルクと、チョコレートをひとつ貰って。白露は感謝の気持ちを込めて、アイオライトの頭を撫でたのだった。



●雑炊と甘酒

(これは風邪かな……)

 はぁ、と熱を帯びた息を吐くフィン・ブラーシュ。
 起きたときから感じた、体の怠さと熱っぽさ。気のせいと思おうとしたが、立ち上がった途端に襲ってきた眩暈が違うと否定してくる。

(海十にいつも言ってる癖にね……)

 合わせる顔がないな、と自嘲するフィン。
 パートナーである蒼崎 海十はまだ夢の中だ。風邪を引いているなんて気づかれたくなくて、フィンは自分の身体に鞭を打ちながらいつものように朝食の準備に取りかかった。

「――おはよ、フィン」

 やがて起きてきた海十に、フィンもキッチンからおはよう、と返す。いつもの、朝の風景だ。
 だけど、と海十はフィンを窺う。いつもと変わらないフィンの笑顔、それから美味しい朝ごはん。それなのに、そこはかとなく感じる違和感はなんだろう?
 ……フィンの様子が、おかしい?

「フィン、顔赤くないか?」

 ひた、と触れた頬。そこから伝わってきた尋常ではない熱に、海十は目を丸くする。
 咎めるような視線を向ければ、フィンはぐっと言葉に詰まって、それから取り繕うように笑って見せた。

「オニーサンは大丈夫だから……」
「――そんなわけ、ないだろ」

 痛々しさすら感じる笑顔が見ていられなくて、海十は手早く身支度を済ませてすぐさま近くの病院へフィンを引っ張った。
 ただの風邪と診断されてひとまず安堵する海十だったが、何も頼ってくれなかったフィンへの憤りは消えない。帰宅すると、フィンの背中を支えながらベッドに押し込んだ。

「俺って格好悪いよね……」

 面目次第もない、と目を伏せるフィン。風邪と自覚してしまえば、単純なもので朝よりも随分と気分が悪く感じる。頭は熱でぼうっとするのに、首から下は冷水に浸かったように震えが止まらなかった。

「……バカ。風邪を引くのに格好良いとか悪いとかあるか。引く時は引く」
「海十……」

 これでもかと重ねられた毛布の上から、フィンの胸あたりをそっと撫でる。いつもより早く上下するそこは、確かに普段のフィンからすれば『らしく』ないのだろう。
 だけど海十から言わせてみれば、生きているのだから少しくらい不安定になったって仕方がないのだ。調子が悪いときなんて、誰でもある。

「偶にはゆっくり休めっていう事だろ」

 思えば、最近は精神的に不安定になっていた。碑文の影響で本心が出やすくなったり、それを隠そうとしたり。疲労が溜まっていたのだろう。
 でも、と納得していない様子のフィン。それを見て、海十は胸の上から手を離し、毛布の隙間に手を滑り込ませた。
 今日くらいは、風邪に甘んじたっていいじゃないか。

「起きるの禁止。……傍に居るから、ゆっくり寝てろ」

 触れたフィンの指先は冷たい。海十は自分の熱を分けるように、ぎゅっと包むように握りこんだ。
 ――うん、おやすみ……海十
 消え入りそうな声でそう呟いたフィンは、熱で潤んだ瞳をゆっくりと閉じた。次第に、穏やかな寝息が聞こえてくる。

 眠ったのを見届けた海十は、フィンが起きたときのために行動を開始した。
近くのドラッグストアで栄養ドリンクを購入して、家に戻ると玉子雑炊と甘酒を作り始める。普段フィンに任せっきりなせいか、海十は慣れない手つきでそれらを何とか作り上げた。
 香るやさしい匂いに惹かれて、フィンが目を覚ます。タイミングよく持ってこられたお盆に乗る雑炊と甘酒に、ふと顔を綻ばせた。海十が自分のために作ってくれたのだ、嬉しくないわけがない。

「早く良くなれよ」
「ふふ、有難う。……凄く美味しくて……幸せ」

 緩む頬を抑えられないフィンは、海十が掬ってくれた雑炊をあーんと頬張る。弱っている、という口実のもとでのおねだりは、成功したようだ。
 自分と負けないくらい頬を染める海十は口づけしたくなるほど愛おしい。だが残念なことに、自分は病人である。
 自制心を利かせたフィンは、そっと海十の指に自分の指を絡めたのだった。



●君の体温

「……小言は聞かんぞ」

 ベッドの中から発せられたカイエル・シェナーの声は、随分と弱々しい。
 言われたエルディス・シュアはと言えば、怒りにも似た感情のまま長く息を吐いた。こうなってしまった原因が、わかり切っているからである。
 三日ほど仕事場に泊まり込むとは聞いていた。しっかりと報告は受けているし、カイエルが真面目なことは重々承知であったためにエルディスも了承したのだ。
 それはいい。それ自体、悪いわけではない。

「だがな……なんでそれで重病人になって帰ってくるかな! どうせ飯三食抜いたとか、そんな理由だろこの馬鹿!」

 説教するかの如く張り上げた言葉の数々。エルディスなりにカイエルを心配しているために出てきた言葉なのだが、果たしてそれらがしっかり届いているかと言えば……

(……見事に全てが正論だ。聞かなかった事にしよう)

 答えは、否である。せめてもの反抗か、背中にびしびしと浴びせられる言葉も、カイエルに響くことはない。

(……あ。ぜってー聞いてないコイツ)

 そんなカイエルの態度に気づいたエルディス。カイエルの耳に入るどころか、何ひとつ寄せ付けないその背中に阻まれている。
 しかし、寝たままで具合が良くなるわけもない。横になっているはずなのに眩暈は酷くなる一方だ。カイエルは眉間にぐっとしわを寄せ、痛みに耐えようと試みる。

(……しまった、一緒に暮らすとは、日常からこういった弱味までもが赤裸々か。それは思案しなかった)

 なんてことだ、と眩暈に悩まされながらも愕然とするカイエル。
 共に過ごす時間が増えれば増えるほど、自分が意図しないところで見せてしまう失態。カイエルにとって、今の自分の姿は『あまり見られたくない』のだ。
 視線から逃れるように、肩までかけていたシーツを更に上げようとしたら。

「!」
「ホラ、薬飲め! 用意してやるから」
「……え? あ、ああ」

 シーツを引っ張ろうとした手をエルディスに止められ、加えてシーツを捲られてしまった。
 エルディスの言葉に一瞬動きを止めたカイエルだったが、すぐに理解し素直に頷く。こんな事態、さっさと治すに限る。

(何だ、この見てはならないものを見た気分……)

 薬を用意しながら、エルディスは困惑していた。
 手を掴んだときに見えた、さっきの表情。たった一瞬だったが、カイエルの驚いた顔が目に焼き付いて離れない。
 なんなんだ、と混乱する頭を数度振り、いつもの自分を取り戻す。ベッドの上で体を起こしたカイエルに、薬と水の入ったカップを渡した。

「っ……」

 ――ぐらり。
 薬を飲み込んだ直後、不意に襲ってきた強い眩暈。視界がぐにゃりと歪む。
 咄嗟にカップをテーブルに置いたのは、さすがとしか言いようがないが。次いで来るだろう衝撃を抑えるため、カイエルは傍らのエルディスに手を伸ばした。

「――!?」

 強引に掴まれた襟首。病人とは思えないほど力強く引き寄せられたエルディスは、抵抗する間もなくベッドへ倒れこんだ。
 反転する視界。それから、胸元に感じる重み。目の前の金色に、一瞬何事かと理解が遅れた。

「お前の前で無様に倒れるよりましだ……熱が下がるまでそのまま大人しくしていろ」
「いや! 逆の方がマシだと思……」

 はぁ、と胸に響く熱。エルディスはぐ、と言葉に詰まった。
 やはり重病人には違いなく、カイエルはその体勢のまま苦しげに顔を歪めている。
 それが、先ほど垣間見えた表情と重なって。紅潮した頬と、荒い呼吸。目尻に滲んだ涙が、脳裏に蘇って。
 気がつけば、エルディスの両手はカイエルの背に回っていた。息苦しくないよう気をつけながら抱きしめる。――強く、強く。
 やがて落ち着きを取り戻したカイエルの呼吸。眉間のしわもいつの間にか消えていて。ほっと安堵したエルディスは、そのまま二人一緒に眠りに落ちた。

 翌日。嘘のようにケロリと回復したカイエルを見て、少しばかり残念に思ったことは内緒である。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月25日
出発日 11月01日 00:00
予定納品日 11月11日

参加者

会議室


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