プロローグ
しつこかった残暑も少しずつ大人しくなっていき、そこかしこに秋の気配が混ざり始めた。
まるまると夜空に浮かぶルーメンの形は、あと数日もすれば完璧な満月となるだろう。ここ一週間は安定した天候が続いており、今のところ満月の夜も雨の心配はない。絶好のお月見日和になるはずだ。
雨の心配は、ないのだが。
「どうすんの? このままじゃ主役不在で儀式することになっちゃうよ~? やばくね?」
「やべえっつってんだろ! わかってる!」
「カリカリすんなって。なに? アレが近いの?」
「……」
頭を抱えて、はあ、と大きく溜息をついたのは、掛襟や飾り紐が鮮やかな水色の巫女装束に身を包むひとりの女性だった。もちろん袴も夏の空のような色だ。
色違いの装束を着たもうひとりの女性も、茶化すようなことを言いつつ真面目な顔をして月を見上げる。こちらの女性が着る装束は鶯色をしていた。
色違いの服を着たふたりは、この小さな神社の巫女である。
そしてこの神社では、毎年満月の夜にとある儀式を連綿と続けていた。
ルーメンと、ふたりの巫女には決して見ることのできないテネブラの、ふたつの月へと一年の豊穣を祈願する儀式。
祝詞と舞を奉納する儀式当日には、朝から境内の中と外に出店も出るので、近辺の住民たちのお楽しみでもあるのだ。
祝詞をあげるのはここで頭を痛めている巫女ふたり。言動こそがさつだが、普段の業務に支障はない。
舞を披露するのは年頃の子供たちが数人。既に何度も練習をしたので、なんの心配もない。
彼女らが頭を痛めている原因は、現在この町出身の中に神人となった者がいないから、だった。
「少子化問題がこんなところにまで……」
「仕方ねえ、A.R.O.Aに頼んでみる」
去年も一昨年もその前も、偶然近くを訪れていた神人に頼み込み依頼していた「儀式の主役」の打診を。今年は運悪く、春先以来ここいらではウィンクルムたちを見かけていなかった。観光地でもなんでもない平凡且つ平和な町なので、それも致し方ないことだ。
「オーガ特務機関サマが、こーんな依頼請け負ってくれるかね?」
「うるせえ。こっちにとっちゃオーガと同じぐれえ死活問題なんだ」
―-精霊と契約した神人が、「男の神人」の格好をして、日の入りから日の出までの時間を境内の中で過ごす。男の神人を数人贄として差し出し、豊かな一年を神から与えていただく、というのが儀式の全貌だった。
平凡な人間の男でもなく、男の精霊でもなく、女の神人が男装する、というのが、昔から伝わる数少ない制約なのだ。古い書によると、なんでもこの神社に御座す神は、本来存在しないはずの男の神人が大層お好きなようだ。それも見た目の麗しい神人が。
「別に、一日だけ男装して神社の中で過ごすだけでいいんだ。簡単だろ? 祭りを楽しむも良し、寝ても良し。災厄なんぞも一切ねえ」
「まあね? 祝詞あげるアタシらのほうが激務だけどよ」
「決まりだな」
「で? 神人が来てくれなかったらどーすんの」
「……来てくれるよう、今から祈る」
解説
男装イベントです。和装・洋装問いません。
面食いな神様への奉納の一部ですので、「似合う」ことを前提に、普段とは違う美しさを身につけてみませんか?
■当日の流れ
・日の出(05時50分)~日の入り(17時50分)までは、神社の敷地内から出られません
・日の出前に神社に入り、社務所の中で着替えます
・衣裳はこちらでも多種多様なものを用意しますが、もちろん持ち込みも可
・祝詞は正午から、子供らの舞は17時から開始
・日の入り後は、すぐに帰宅するも良し、祭りを楽しむも良し
・祭りは朝10時~夜20時前後まで出店が開き、多くの人で賑わっています
・男装をしていれば、全ての出店の商品が【半額】になります!
■神社について
・鳥居があり参道があり手水舎があり、賽銭箱があり本殿があり舞殿があり社務所があり、厄除けや絵馬を販売している至って平凡な神社です
・敷地内は広く、出店がいくつも作れるスペースや池、桜などの木も多く植えてあるので、散歩にも最適
※現地への往復交通費として、300Jrを消費
ゲームマスターより
こんにちは、ナオキです。祭りでは絶対にクレープを食べることを信条としています。
夏よりは涼しく、秋よりはまだ暖かいこの季節、お好きな男装を楽しんでみるのは如何でしょうか。
恥ずかしがっても良し、堂々と男らしく振る舞うも良し。素敵な男装の麗人が参加していただけたら嬉しいです。わたしが。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
シルキア・スー(クラウス)
境内をゆるり散策中 口を押え小さく欠伸 見られてた!コホン 「気は抜けぬからな ほらまた 目を細め男前意識した微笑で応える 狩衣 白 袴 濃紫 単 濃橙 横髪は垂らし後ろは結い烏帽子に収納 顔には化粧を施し 頬に陰を入れほっそり印象 眉を足しきりりと 目尻も切れ長に 「! そうか クラウスに言って貰えるなら心強い 「見本がいるからな 彼を見て頷く ふふっと 舞は興味深くきちんと拝覧 終わった後広めの場所で 「こうだったか 真似て舞ってみる(ダンス2 拍手に照れ 気付けばギャラリーちらほら 促され舞えば笛の音 驚くが彼が頷くので舞続行 舞終わりギャラリーにお辞儀し移動 素が出て 「…笛の趣味あったんだ 狩衣に横笛なんて最強!(少し興奮 頷く 「神様喜んでくれたかな |
クロス(ディオス)
☆男装 サラシで胸潰し 紺色の桜柄着流し 高めな黒ブーツ 薄い水色の十字架柄羽織 へぇ男装して神様への奉納… 面白そう! ――ん、こんなもんかね? ククッ、アイツ絶対ビックリするだろうなぁ♪ ディーオ! 待たせちまって御免な? ふはっ、伊達に普段から男装してねぇよ(笑 (全て終わってから祭りを楽しむ さぁて此処からは祭りを楽しもうぜ! あぁ良いよ、俺が買って来る ちょっと待ってろよ? (戻ると逆ナンされてる精霊を助ける 待たせたな お嬢さん達コイツに何か用? わりぃな、ディオは俺のなんだ(肩抱き寄せ 可憐なお嬢さん達なら俺達より良い男見付かるさ だから又今度、な(妖艶笑 ディオ、大丈夫か? それなら良かった どういたしまして(精霊から口キス |
八神 伊万里(蒼龍・シンフェーア)
衣装 ブレザーの男子学生服 髪はまとめて帽子の中へ 眼鏡 コンセプトは、自分がもし男だったらこんな感じ 今日はそーちゃんとは男友達のつもりで楽しもう! 距離がいつもより近くて、手つきもちょっと乱暴に思える 男友達ってこういう距離感なのかな? でもちょっと恥ずかしい…じゃなくて、ちゃんと男になりきらないと 差し出された牛串に豪快にかぶりつき普段より大げさに笑う うん、うまい! ちゃんと男の子っぽく振舞えたかな? 女子高通いだから、普通の男友達ってどういうものかよく分からなかったんだけど そーちゃんが楽しめたならよかった 変わらない好意は嬉しいけど、なんだかちょっと複雑 中身は女なんだし、やっぱり女の子として見てもらいたいな… |
星宮・あきの(レオ・ユリシーズ)
某少女漫画の男装の麗人騎士様風に これでも元劇団員だからね、出来る限りの事はするよ あ、胸潰した方が良いか聞いておこう 何がとは言わないけどCあるし、巨……ってほどじゃないけど 神様も気にするタイプだと気になるだろうから うん? レオ君、何か言った? ……そう? 何でもないなら良いけど…… 付き合わせてごめんね ただでさえ厄介事に巻き込んでるのにさ(苦笑) ……レオ君? (気付かないふりして首を傾げる 知っているのだ本当は、レオが自分を『愛している』事も その『愛』が別の感情と混同された、『勘違い』である事も) 顔が赤いけど熱でもある? 冷たい飲み物買ってこようね あ、クレープ売ってるかなあ 苺カスタードあったら良いなあ |
●沈魚落雁
太陽が顔を出す前の時間帯である。世界は薄青い静謐で満ちていた。
しかし、日の出と共に年に一度の儀式が始まる神社だけは、別であった。
外から訪れたウィンクルムたちは、それぞれ社務所の個室に通され、ある者は真摯に、またある者は普段とは違う装いに胸を躍らせ、儀式の為の準備を始めていた。
準備とはつまり、男装だ。
「巫女さんたちに聞いてきたんだけど、やっぱり胸は潰しておいたほうがいいみたい。シルキアさんたちにも伝えて来るね」
まだ朝早いというのに、星宮・あきのは足取りも軽やかに他の面々の元へと向かう。いつもと同じであるはずのポニーテールも、今日はなんとなく凛々しく見える。
「……あきのさん、ノリノリだな」
あきのの背中を見送り、レオ・ユリシーズは溜息混じりにハンガーに掛けられていた衣裳を手に取った。煌びやかな勲章やブローチで飾られたそれは、異国情緒溢れる騎士団の礼装である。金糸がふんだんに使われた豪奢な衣裳も、元劇団員のあきのならば隙なく着こなせるのはレオも理解していた。理解はしていても、
「やっぱりいつものあきのさんのほうが綺麗だし可愛いのに……」
と、思わずにはいられない。
「うん? レオ君、何か言った?」
「うわあ!」
折良く戻ってきたあきのに後ろから覗き込まれ、飛び上がらんばかりに驚いたレオの手からハンガーが落ちる。なんでもない! と声を大にして否定すれば、あからさまな挙動不審具合に突っ込むこともなく、あきのは大人しく引き下がってくれた。
衣裳を拾うあきのの手指は、女性らしい小ささだ。おっとりとした内面が良く現れた可愛らしい容貌。けれどもあきのは、着替えを終えてしまえば与えられた役目を完璧にこなすのだろう。男装の麗人、という役目を。
「髪を下ろして緩く縦巻きにしようかな……それだと古典的過ぎちゃうかな」
鏡と向き合い万全の装いを模索していたあきのが、ふと壁際に立ったままのレオへと振り返る。
「レオ君」
凛々しく男装する姿もまた新鮮だが、やはりそれでも女性らしい元の姿のほうが、と己の爪先を睨みひとり葛藤していたレオは、弾かれたように顔を上げる。見ればあきのが上半身に身に纏っているのは最早下着だけではないか。数時間前まで空を覆っていた夜の闇に似た色の瞳を見開き、レオは瞬時に耳まで赤く染まった。
「あっ、ご、ごめん。私は廊下で待ってるから」
「えっ」
あきのが呼び止める暇もなく、レオはばたばたと部屋から出て行ってしまった。
「……サラシを巻くのを手伝ってもらおうと思ったんだけど……」
そこまで付き合わせるのは悪いか、と。レオの真っ赤な顔を思い出し、あきのは肩を竦めてサラシを広げる。
「――ん、こんなもんかね? ククッ、アイツ絶対ビックリするだろうなぁ♪」
姿見の前でくるりと一回転し、クロスは満足げに口元を緩めた。
桜が至るところに散る紺色の着流しも、晴天の空を薄めたような水色の羽織も、クロスの髪と瞳の色を充分に引き立てている。上機嫌で勝手口へ行き、持参した底の高いブーツを履けば準備完了だ。
立派な木を見上げているディオスの後ろ姿を発見し、クロスはやや離れた場所から己の精霊へ声をかけた。
「ディーオ! 待たせちまって御免な?」
振り向いたディオスの両目がまん丸くなるのが面白く、クロスは歩み寄りながらここぞとばかりに男らしく前髪を掻き上げて見せる。
「く、ろ……っ!? 一瞬誰かと思ったぞ……!?」
「ふはっ、伊達に普段から男装してねぇよ」
それもそうか、と頷くディオスの首元で、白いストールがたなびく。クロスの男装は和装だと聞かされていたディオスもまた、彼女と並んだ時のバランスを考え黒い浴衣を着ていた。
「さて、そろそろ日の出だ。長い一日の始まりだな。散歩でもして時間を潰すか?」
「そうだな。お、ディオの浴衣も十字架柄かよ。俺の羽織とお揃いだな。ほら」
「……その、一応クロの男装に合わせてみたが、変なところはないだろうか?」
昇り始めた太陽がディオスの横顔を照らすのを、クロスは眩しそうに目を細めて見上げる。
「いや、男前だぜ。……俺の次に」
●喋喋喃喃
薄く色づいた唇から、堪え切れなかった小さな欠伸が零れてしまいそうになり、シルキア・スーはさり気なく手元で隠す。巫女による祝詞の最中、シルキアが睡魔に崩れぬよう自然を装いその身体を支えていたクラウスは、感心したように呟いた。
「欠伸ひとつにも気を付けているのだな」
まさか見られているとは思ってもみなかったシルキアは、若干の気まずさを咳払いで誤魔化した。
「片時も気は抜けぬからな。ほらまた」
また、とシルキアが表現したのは、一般人からの写真撮影の申し出だった。
緩やかな癖を持つ金色の髪は、サイド以外烏帽子の中に仕舞い込み、怜悧な男顔に近付く為に化粧を施したシルキアは、汚れひとつない白の狩衣姿で快く撮影を承諾する。承諾する声もいつもよりも低く、立ち振る舞いや表情のひとつに至るまで男性に擬態していた。シルキアのその一挙一動は舌を巻くレベルだ。いったいいつどこで練習したのか。
同じく和装であるクロスたちを交えて四人で写真に収まったあと、眼鏡を押し上げながらクラウスは素直にシルキアを称賛する。
「その毅然たる姿は実に美しく思う。所作が自然だ、男役の心得が出来ているのだな」
途端に、花が咲くようにシルキアの顔が明るくなった。
「! そうか、クラウスに言って貰えるなら心強い。なにせ身近に見本がいるからな」
「……」
「……」
「……俺か」
切れ長な形になるよう目尻を強調したシルキアの双眸が、『見本』が誰なのかを如実に表していた。
悪戯っぽく微笑むシルキアの隣で、やや気恥ずかしさを覚えたクラウスは額を押さえて低く唸る。
あどけない男子高校生、といった風情で屋台を見て回るのは、ブレザーの制服に身を包んだ八神 伊万里だった。女子校に通う伊万里は、自分がもし男の子だったら、と想像し、あまり気取らず等身大の少年を一日演じることにしていたのだ。
蒼龍・シンフェーアとも、契約を交わした神人と精霊の関係ではなく、今日だけは単なる男友達同士のように振る舞っていた。
「イマちゃん、牛串が売ってる。最後にあれ食べようか」
夕刻からの舞を見物する為か、出店周辺に屯す人影はやや少なくなってきた。それでも祭りという非日常にはしゃぐ者は多く、伊万里と地元の青年がぶつかりそうになったところへ、蒼龍が素早く腕を伸ばす。ブレザーの下の薄い肩を掴み、引き寄せる仕草はどことなく乱暴だ。
(やっぱり、距離がいつもより近くて、手つきもちょっと乱暴に思えるなあ……男友達ってこういう距離感なのかな?)
既に何度も脳裏を過った疑問が、再び伊万里を不思議な気持ちにさせる。性別が違うと、ここまで接し方も変わるのか、と。伊万里が黙りこくると、鼻先がぶつかりそうな距離で、蒼龍は首を傾げた。
「どうしたの? 疲れた?」
「あ、ううん! 大丈夫」
「そう? 牛串買って来るから、イマちゃんはここで待っててね」
「うん、わかった。ありがと。じゃなくて、サンキューな」
通行の邪魔にならぬよう、砂利道から外れた端のほうで蒼龍を待つ間、伊万里は小さく唇を尖らせネクタイを弄る。
(こうまで普段と接し方が違うと、なんだか複雑。距離が近いのも乱暴なのも嫌じゃないけど、男装してても中身は女なんだし、やっぱり女の子として見てもらいたいな……そーちゃんとは男友達のつもりで過ごすから、って言い出したのも私なんですけど)
はあ、と溜息。が、ふたつ。
「ん?」
「あれ?」
伊万里が振り向いた先にいたのは、こちらもまた深刻そうな顔をしたレオだった。
「あきのさんは?」
「蒼龍さんは?」
ふたりの声が綺麗に重なり、一拍の間のあと、控えめな笑い声がふたつ、あがる。
伊万里が指差すほうでは蒼龍が牛串の屋台に並び、レオが示したほうにはあきのがクレープの屋台に並んでいた。
数分後。
「なるほど、男らしく振る舞うあきのさんも充分素敵ですが、それでも普段の姿のほうが好きだから微妙な心境だ、と。でもそんなの、我儘の内には入りませんよ。だってあきのさんは女の子なんですから、そう思うのは当然です」
「私も、伊万里さんのその気持ちは我儘なんかじゃないと思うよ。蒼龍さんに直接聞いてみたらどうかな? いつもより近い距離なのにドキドキもしないのか、って。……ん、あきのさん、クレープ買えたみたいだから、もう行きますね。祭り、楽しんで」
人当たりのいい微笑みを浮かべたレオが人ごみに消えるのと入れ替わりに、湯気の立つ牛串を手にした蒼龍が足早に戻って来る。
「お待たせ。さっきレオくんと一緒だった? 何を話してたんだい?」
ほとんど自然に、伊万里の肩に蒼龍の右腕が回される。もう今日何度目かもわからぬ至近距離。
伊万里にだけ垣間見せる執着心は、男装をしている今でも健在のようだ。そのことに伊万里は安堵を覚える。
「そーちゃんのこと」
「僕の話? ふうん……はい。イマちゃんが大好きな肉だよ」
「え?!」
存外すんなりと引き下がった蒼龍だったが、ずい、と買ったばかりの牛串を伊万里の口元へ差し出す。様々な屋台の食べ物をふたりで食べたりしたものの、流石に蒼龍から食べさせてもらうようなことはまだしていない。おろおろと蒼龍を見上げても、見慣れた黒曜石の瞳で見詰め返されるだけだ。
「男友達なんだから、これくらい普通普通!」
逡巡。
そして伊万里は豪快に、それこそ食べざかりの男子高校生のように肉を頬張った。
「うん、美味い!」
好物の肉を嚥下して笑い、今度は伊万里も躊躇せずにまた顔を寄せて齧りつく。にこにことその様子を見守っていた蒼龍が、不意に伊万里の耳へ囁き声を吹き込んだ。
「それは良かった。……でも、こうしてると同性カップルに間違えられて女の子に騒がれちゃうかもね」
「!」
「僕は、イマちゃんが男でも女でも好きな気持ちに変わりはないから、気にしないよ」
自分たちに注目している者はいないかと慌てて周囲を見渡す伊万里に、どこまでも優しい声色で紡がれた言葉が届く。
――いつもよりも近い距離。
「今日は新鮮で楽しかったな。男同士で騒ぐのって、僕あんまりしてなかったから」
この距離を恥ずかしいと感じているのは、伊万里だけなのだろうか。
「……普通の男友達ってどういうものかよくわからなかったんだけど、そーちゃんが楽しめたなら良かった。でもなんだかちょっと複雑。こんなに近付いても、そーちゃんはドキドキしてないんだよね。中身は女なんだし、やっぱり女の子として見てもらいたいな……」
我儘ではないとレオに後押しされて、伊万里はとうとう本音を漏らした。とてもじゃないが、蒼龍の顔を見られるような精神状態ではなかった。今すぐに隠れる為の穴を掘り出したいぐらいだ。
「男友達なんだから、これくらい普通だって、僕今日何回も言っただろう? あれはね、男友達って関係に託けて、いつもは出来ないこういうことをしたかったからなんだ。僕はイマちゃんがもし本当に男でも友達のまま終わるつもりはないからね。言ったでしょ? 男でも女でも好きな気持ちに変わりはないって」
伊万里の肩を抱く蒼龍の力加減は、いつもの――伊万里が女として生活している時と同じものになっていた。伊万里は伏せていた瞼をそっと上げる。
「その格好、良く似合ってる。イマちゃん」
どこからか笛の音が聞こえる中、祭りの喧騒にも紛れずに、蒼龍の声は確かに伊万里に聞こえた。いつものように。
「牛串、もっと食べる?」
「……食べる。じゃなくて、食う」
予定していた時刻ぴったりに始まった、地元の子供ら数人による稚児舞を、シルキアとクラウスは特等席から見物出来た。
大昔、この町を洪水から守ってくれたとされる神への感謝の意味があるらしいそれを、最後まで興味深く見学し、ふたりは連れ立って歩いていた。気付けば屋台も出ておらぬ閑散とした一帯にまで足を伸ばしてしまっていたが、熱に浮かされたように舞を脳内で反芻しているシルキアは何も言わない。
「こう、だったか」
それどころか、覚えている内に、とシルキアはその場で先程見ただけの動きを真似し始める。子供たちが持っていたサカキも、舞を彩っていた音楽もない中、ひとり朗々たる所作で。
五分程度の舞を三度繰り返すそれの、半分ほどまで完璧に模してから、シルキアは前方に伸ばしていた右腕を下ろした。一度見ただけの動きを思い出しながら踊ることに相当な集中力を傾けていたせいで、ちらほらと見物人が集まり出していたことに今し方気付き、シルキアは面映ゆい心持ちでそっと濃紫色の袴を握る。
そんなシルキアの耳に届いたのは、それまで彼女の舞に見惚れていたクラウスからの短い拍手だった。
「シルキア、続けてくれるか?」
クラウスのその言葉と、期待の眼差しでこちらを見ているギャラリーたちに背中を押され、もう一度右腕を掲げる。
手拍子をするのさえ躊躇うような荘厳な空気を醸して、シルキアは踊った。静かに、気高く、力強く。
不意に、和楽器特有の柔らかく高い音が響いた。
遠くの樹木へ視線を固定していたシルキアが些か驚いて音の出所を見遣る。
クラウスだった。
音階を外すことなく横笛を吹きながら、クラウスはひとつ頷く。たったそれだけで、シルキアはもう何も言わず、何も疑わずに舞へと没頭する。
舞の動作が大きくなると笛の音色も迫力を増し、反対にシルキアが繊細に動くと音色も慎ましやかなものへと変化した。舞が演奏を際立たせ、演奏もまた舞を華やかにする。
長い滞在時間中の退屈凌ぎに、と密かに笛を持参していたクラウスが奏でるのは、先程の稚児舞で聞いた旋律にも似ていたが、端々にアレンジが加えてあり、それもまた観客を増やす要因となった。
事前の打ち合わせも練習もなく、ふたりの呼吸がぴったりと合わさった舞は、やがて横笛の余韻を残して厳かに終わる。シルキアの後ろで少しずつ沈んでいた夕陽も、最後まで見届けたかのようなタイミングで山の向こうへと消えた。
知らぬ間に倍近くまで増えていた観客たちから盛大な拍手を受け、男に扮しているシルキアはここでも気を抜かずに堂々と一礼した。
日の入りを迎え、提灯や行燈の明かりが目立ち始める境内を、出店の連なりを目指しクラウスとシルキアは歩く。
「……笛の趣味あったんだ。狩衣に横笛なんて最強!」
興奮が冷めやらぬのか、今日初めて素の口調ではしゃぐシルキアの様子に、クラウスは右の口角を上げ笑みで応えた。
「お前の舞の心得もな。思いがけずお互い初披露となった……いずれまた」
「うん! ……神様喜んでくれたかな」
一番星が、寄り添うふたりを見下ろしている。
●福徳円満
「苺カスタードのクレープ、美味しかったな。もうひとつ食べちゃおうかな」
悩みに悩んだ末、結局いつものポニーテールに落ち着いたあきのは、今日一日完璧にレオをエスコートしてくれていた。元劇団員の実力を侮るなかれ、である。
伊万里に「我儘ではない」と否定されたのには救われたが、あきの本人がこうして男装姿を楽しんでいる以上、結局のところレオはそれで満足してしまうのだ。あきのが楽しいならいい。あきのが幸せならいい。
「疲れたでしょ。付き合わせてごめんね、ただでさえ厄介事に巻き込んでるのにさ」
めっきり口数の減ったレオを気遣ってか、あきのは申し訳なさそうに謝る。翳りのあるか弱い微笑が貼り付けられたあきのの顔を見て、レオは瞬時に背筋を伸ばした。
「厄介事だなんてそんな! あきのさんは悪くないよ。寧ろ、私が縋り付いたようなもので……」
あきのは先を急かそうともせず、一生懸命に言葉を探すレオの横顔を静かに見詰める。
「それでもあきのさん、文句も言わずに健気に頑張って。私は、そんなあきのさんのことが、」
そこまで言ってから、ぼん、とレオの頬も耳も朝の騒動と同じく赤色に染まった。屋台で売られているりんご飴よりも赤い。
(わああああ! 好きだ、なんてやっぱり言えない……)
レオは、自分はあきのを愛していると信じて疑わない。しかし一度も好意を伝えていないのは、恥ずかしいから――という理由だけでもなかった。レオ本人でもコントロール出来ない奥深いところで、好意にストップを掛けている感情がずっと息を潜めている。本当にこれは恋なのか? 早まっていいのか? と。
きょとん、と首を傾げるあきのが何も知らないことがせめてもの救いだ、とレオは自らを励ます。
「レオ君? 顔が赤いけど熱でもある? 冷たい飲み物買ってこようね。お手をどうぞ、王子様」
(……もう、あきのさん格好良いなあ。こんな格好してる所為で三割増しで格好良く見える。でも、あきのさんは女性で、気丈に振る舞ってるけど繊細で……私の大切な人。だから今日も明日も、私が隣で守らないと)
更に頬を染めつつも決意を新たにするレオは、知らない。
あきのが「全て」を知った上で、気付かないふりをしていることを。
それでもふたりは、笑い合って歩いて行く。
「さぁて、此処からは祭りを楽しもうぜ!」
「そうだな、まだ時間もあるし小腹も空いたしな……何か買ってこよう」
威勢のいい誘いに同意したディオスを、しかしクロス本人が軽く手を上げて押し留める。
「あぁ、いいよ、俺が買って来る。ちょっと待ってろよ?」
断る理由もなく、それなら、とディオスは素直にクロスを見送った。
祝詞も舞も見学し、終始楽しそうにしていたクロスを横から見守るディオスもまた、一日愉快に過ごせた。もっと言うならば、クロスの男装姿が見られるのを昨夜から楽しみにしていたのだ。
(やはりクロは何を着ても似合う。それにナンパされる心配もなかったからな……良い一日だった)
「あの~、おひとりですか?」
浴衣を着た女性数人に声をかけられ、ひとりクロスの姿を思い出し満足げに頬を緩めていたディオスは、はたと我に返った。
まさか自分が逆ナンされるとは思ってもいなかった上に、感服してしまうほど女性陣たちが粘り強い。困惑げに眉間に皺を刻み、なんとかやり過ごそうとしていたディオスの耳が、待ち焦がれていた神人の声を拾った。
「お嬢さんたち、コイツに何か用?」
クロスの登場にほっとする暇もなく、ぐい、と肩を引き寄せられる。もちろん、ディオスの肩に腕を回すのはクロスである。狼狽するあまり目を白黒させるしかないディオスとは反対に、ここぞとばかりにクロスは声をひそめ艶然とした笑みを薄く浮かべる。
「わりぃな、ディオは俺のなんだ。可憐なお嬢さんたちなら、もっとイイ男が見付かるさ。だからまた今度、な」
クロスの放つ中性的で艶然とした雰囲気に呑まれたか、女性たちは黄色い悲鳴をあげて謝罪と共に騒がしく去って行った。
「ディオ、大丈夫か?」
抱き寄せられたまま、ディオスは頷く。見ればクロスは器用にもフランクフルトやらわたあめやらを片手で持っている。女性陣を惑わした際のクロスには妖しい色気があったというのに。そのギャップが愉快で堪らず、ディオスはそっと表情筋を緩めた。
「大丈夫だ。さっきのクロ格好良かったぞ、有難う、な……」
僅かに身を屈め、ディオスは心からのキスをクロスへと贈る。唇同士を重ねるだけのキスに、万感の想いを込めて。クロスが履くブーツのお陰か、いつもよりも身長差がないことを、ディオスは今更実感した。
「どういたしまして。ま、俺が俺のモンを守るのは当然だけどな! あっ」
クロスが胸を張った拍子に、その細い指からとうとうわたあめが逃げ出す。落ちるのが先か、ディオスが受け止めるのが先か。
依頼結果:成功
MVP:
名前:八神 伊万里 呼び名:イマちゃん |
名前:蒼龍・シンフェーア 呼び名:蒼龍さん、そーちゃん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | ナオキ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月26日 |
出発日 | 10月04日 00:00 |
予定納品日 | 10月14日 |