プロローグ
大勢のひとびとで賑わう祭りの屋台を、ふたりは手を繋いで巡っていた。人混みに君が攫われて、見失ってしまわないように――もっともらしくそう言ってみたけれど、本当の所は手を離してしまうと、このまま永遠に離れ離れになってしまいそうな予感がしたからだ。
(……うん)
恥じらうように手を握り返す彼女は、まるで初めて出会った頃のように、初々しい様子で頬を赤らめている。もう片方の手に下げた、夜店で買った硝子の風鈴がちりんと揺れて――華やかな祭囃子と歓声が、其処で不意に遠ざかった。
(え――?)
――暗転。辺りの風景が現実味を失って、周囲のひとびとがまるで影絵のように自分の横を通り過ぎていく。そうしてふと、確りと繋いだ筈の手を見れば、今まで一緒に居た筈の彼女の姿が幻のように消えていた。
(はぐれた? ……嗚呼、どこに行ったんだ)
離れ離れになって、二度と会えない――先ほど感じた不安が、益々強くなっていく。大声で名前を叫びたい衝動に駆られながらも、早鐘のような鼓動を必死に抑え、彼は大切なパートナーを探して歩き始めた。
流れに逆らい、後戻りをすることは出来ない。ならば彼女を信じて、確りとした足取りで前に進むのみだ。
――ちりん。
と、その時。彼の耳を微かに、硝子の風鈴の音色が通り抜けていった。これは間違いない――先ほど夜店で買った、自分とお揃いの彼女の風鈴だ。
(この音色を辿っていけば、或いは)
――その先できっと、彼女と再会できる。そんな確信を抱いた彼は、パートナーの姿を強く思い浮かべながら歩みを再開した。
しかし何故だろう。こんな不思議な夜だからか、柄にも無く感傷に浸ってしまう。今の気持ちはまるで、彼女と出会って契約を交わしたての頃のような――互いの距離感が掴めずに、迷っていた頃のよう。
(ねえ、花降る丘で、一緒に花火を見ようね)
ふと脳裏を過ぎったのは、祭りへ行く前に彼女と交わした約束で。
――ああ、と彼は静かに頷く。花降る丘で、君と会おう。迷い路を越えて再び出会えたら、ふたりの絆が確かなものへ変わるだろうから。
解説
●全体の流れ
紅月ノ神社へと出掛けたウィンクルムの皆さんは、ふとした瞬間にパートナーさんと繋いでいた手を離してしまい、離れ離れになってしまいます。
しかし、不意に聞こえたのはお揃いで買った風鈴の音色。その音を頼りにしてふたりはそれぞれに、花火を見ると約束していた花降る丘へ向けて進んでいくことになりました。
●今回の状況
碑文の試練によって、普段感じている不安などを吐き出してしまいやすくなっています。今回は『手を離したら二度と会えなくなってしまうのでは』と言った感じの不安が襲い掛かります。また、ちょっぴり初々しい……と言うか、ふたりが出会ったばかりで距離感を掴めないようなもどかしさも、感じてしまうようです。
●ふたりが出会うために
それぞれが相手のことを強く思いながら、迷い路を抜けてください。今回の場合、出会った頃の思い出や、或いはどれくらい会いたいと思っているかなどの心情描写が中心になると思います。ふたりお揃いの風鈴についての設定(形状やどんな音を鳴らすかなど)もあれば、素敵な感じになりそうです。
※今回は出逢うまでの道のりがメインで、花降る丘に辿り着き合流した辺りでシーンが終わる予定です(花火を見たりするのは、あってもあっさりとした描写になります)
●参加費
屋台でお揃いの硝子の風鈴を買ったので、一組300ジェール消費します。
●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。
ゲームマスターより
柚烏と申します。今回は心情描写中心の、お祭りで離れ離れになったふたりが、互いを想う状況となります。碑文の試練でちょっぴりセンチメンタルになってしまっているので、出会った頃のような初々しい感じで是非、迷い路を堪能してみてください。
そんな心境なので、まだ出会ったばかりと言うウィンクルムさんにもお勧めです(ビギナーのエピソードとなっております)。
幻想的な雰囲気で盛り上げていけたら、と思います。それではよろしくお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
水琴のような澄んだ音のする切子風鈴 人ごみに押されて あっと思った時にはひとりに …シリウス…? 頼りなげな声で呟き 辺りを見渡す ちりん 聴こえた音の方を振り仰いで あの音の先に きっと そんな想いに縋って足早に歩き出す 脳裏をよぎるのは大好きな翡翠の双眸 強くてまっすぐで 時折柔らかな光を浮かべる瞳 それが時々 何かを耐えるように陰ることを知っている 何かを彼は教えてくれない わたしが頼りないから? それなら せめて側にいようと決めたのに 約束の場所に着く頃には息が切れて 必死に周りを見渡す シリウス…! やっと会えたことに涙が浮かぶ 思わずぎゅっと抱きつく 会えなかったらどうしようかと思った…! かけられた言葉に目をぱちくりした後 笑顔に |
アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
金魚鉢イメージの風鈴 もう、会えない…?まさか…でも… はぐれただけでこうも心細くなるなんて 弱い生き物にされていってるんだって実感して、嫌になります そういえば…手を繋いで歩いたのは、さっきが初めてですね 当然のように繋いでましたけど… 思えば、契約したばかりの頃はあまり触れられたくなかったんですよね トランスするのにキスが必要だったからその為に触れていたくらいでしたし 触れることと触れられること、今でも少ないけれど…触れたら心地良いと、思うようになってしまったんですね …手、今は風鈴を持つ左手と、空いた右手だけ 右手が空いてるのはいつものことなのに、なぜかすごく寂しい… 急ぎましょう また手を繋ぐために |
アオイ・リクア(キミヒデ・カーマ)
離ればなれになっても大丈夫と、根拠なくポジティブになるが、 次第に、もし会えなかったらという不安にかられる。 携帯電話を使い、どこにいるのか、連絡してみる。 無い場合、向日葵を点描した風鈴を片手に、 その音色を聞きながら、花降る丘を目指して歩く。 ふと歩みを止める。 もし、自分の精霊がカーマでなかったら? オーガやギルティは倒せたかもしれない。 思い出もそれなりに作れたかもしれない。 が、今の自分は、 カーマと契約したからこそ存在してると気づき、止めた足を進めた。 花降る丘でカーマの背中が見えた時、後ろから駆け寄って抱きつき、 もう会えないと思ったと泣き叫ぶ。 暫くすると泣き止み、花火まだ間に合うよね?とカーマに問う。 |
ハロルド(ヴェルサーチ・スミス)
ヴェルサーチさんって手綱…じゃなくて手を引っ張っていかないといつの間にかどっかにふらりと消えちゃう人なんですよね… 探し回って、そんなには遠く離れてなかったことに安心はしたんですが 当の本人はしゃがんで蹲ってるのに呆れちゃいました こっちは必死で探したって言うのに… 心なしか萎んでるふわふわした髪の毛がのっかってる頭にスパーンと一発かますために後ろから彼に近づきました…が、これは良かったのか悪かったのか 彼の心の底にある仄暗いものを聞いてしまったような気がして でも聞いたからには無かったことにはしたくない 頭ひっぱたく予定に変更はないですが …携帯番号教えます、誰かと話したくなったら私のところにかけてください |
鬼灯・千翡露(スマラグド)
小さい頃に、お父さんとお母さんは死んじゃった ふたりとお祭に行った記憶はない でも、私には姉さんがいた 義兄さんもいた、お父さんとお母さんの代わりだった 寂しくなかった その姉さんと、義兄さんも ……もういない 家に帰れば独りだった 寂しいって初めて思った だから、ラグ君が来てくれて嬉しかったんだ 会えないのは嫌だ 君がいないと寂しいよ 独りは苦しいよ 会いたいよ 他でもない君に ラグ君は年下だし 私がしっかりしないとって思ってたけど ああ、私は私で助けられてたんだなあ ごめんね、有難う ――! ラグ君、見つけた 良かったあ…… みぎゃっ 痛いなあ、でもあったかい ……あ、あれ、なんだろ、うわあ ごめんね、ごめんね (安堵にぼろぼろと泣き笑い) |
●手探りで目指す未来
ふたつの月が見守る中、賑やかな祭囃子がおいでと誘うように此方を手招く。風変わりな屋台がずらりと立ち並ぶ様は、ちいさな頃に夢中で覗いた万華鏡のよう。
――心浮き立つ祭の夜。隣のあの人の顔が、何故だかやけに眩しい。おずおずと手を握りしめてみたけれど、その繋がりは何処かあやうくて。
(手を離したら、君と離れ離れになる)
見知らぬ路地裏に迷い込んだような、不思議な感覚に一瞬現実を忘れかけたその時、ふたりの手はいつの間にか離れていた。
(迷う、迷う)
祭りの中を、或いは大切なひととの距離感に。それでも微かに響く鈴の音を頼りに、ふたりは手探りで約束の場所――花降る丘を目指して、ゆっくりと進み始めたのだった。
(小さい頃に、お父さんとお母さんは死んじゃった)
繋いでいた手のぬくもりが、次第に失われていくのを感じながら、鬼灯・千翡露はぼんやりと昔のことを思い出す。ふたりとお祭りに行った記憶は無くて――その所為だろうか、辺りの喧騒は何処かよそよそしく、自分がひとりであることを否でも突きつけるのだ。
(でも、私には姉さんがいた。義兄さんもいた、お父さんとお母さんの代わりだった。寂しくなかった)
迷いを振り切るように、千翡露は風鈴を揺らして足早に歩く。けれど――その足取りは数歩と進まない内に弱々しくなり、遂には立ち止まってしまう。
(その姉さんと、義兄さんも……もういない)
いつも穏やかで、悠然とした雰囲気を漂わせる彼女の相貌が、其処で不意に曇った。濃い翡翠を思わせる瞳が不安に揺らいで、何かを探すように瞬きを繰り返す。
(家に帰れば独りだった。寂しいって初めて思った。だから)
――ラグ君。精霊のスマラグドが来てくれて、千翡露は嬉しかったのだ。
(会えないのは嫌だ。君がいないと寂しいよ)
つんと生意気そうに振舞うスマラグドの顔が、酷く懐かしい。さっきだって何だかんだいって手を繋いでくれたし、あぶなっかしいと小言を言いつつ、ちゃんと自分の足に合わせてくれて。
(独りは苦しいよ、会いたいよ……他でもない君に)
そして偶に見せる無邪気な仕草が、こう言うと彼は怒るだろうけれど――とても可愛い。年下と言うこともあって自分がしっかりしないと、と千翡露は思っていたのだが、ああと彼女は吐息を零し、人混みの中を懸命に歩き始める。
「私は私で助けられてたんだなあ……ごめんね、有難う」
――そして、少し離れた通りでは。スマラグドもまたぼんやりと、神人である千翡露のことに想いを巡らせていた。いつも口元に微笑みを湛えた、少し年上の彼女は最初、考えの読めない奴だと思っていたものだけど。
(今は何だか、そんな顔見てると、寂しい)
何だかその笑顔は、考えを読ませないようにする為の仮面のような気がして――離れて初めて気付くこともあるとは言うが、スマラグドは其処で、はっとしたように碧玉の瞳を見開いた。
(僕は――俺は。まだ、ちひろの事、何も知らない)
彼女がああ見えて、色々考えてる位はスマラグドにだって分かっている。それでも千翡露は、そんな風に思わせないくらいにいつも微笑んでいた。なのに今――その顔は、傍に無い。
(ちひろだって、辛い事も悲しい事もある筈。それを僕には、いいや、誰にも見せてくれないんだ)
――かつん、と石畳を叩く靴音を聞きながら、スマラグドはそっと顔を上げ、何処かに居る筈の片割れに届くよう強く願った。
(ねえ、見つけ出すから。そしたらもっと頼ってよ。俺はちひろより幼いかも知れないけど)
でも、俺は――声にならない叫びを震わせて、スマラグドはもう一度出会う為に人混みの中を駆け出す。その尖った耳にふと、ちりん――何処か切ない鈴の音が聞こえて来た。
「! ちひろ!」
「――! ラグ君、見つけた」
――屋台通りを抜けて、花降る丘へと辿り着く頃。迷い路を抜けたふたりは、無事に互いを見つけ――感極まったスマラグドは、抱きつくと言うよりは半ばタックルをかますようにして、寂しそうに佇む千翡露の元へと駆け寄った。
「良かったあ……ってみぎゃっ」
ぎゅうと強く抱きしめるスマラグドの力に、ちょっぴり痛いなあと彼女は思いつつも、そのあたたかさにほっとする。すると、緊張の糸が切れて安堵した所為だろうか――ぼろぼろと零れた涙が頬を伝い、千翡露は戸惑いながら慌てて目尻を拭った。
「……あ、あれ、なんだろ、うわあ」
ごめんね、ごめんねと必死に謝る姿にスマラグドはわざとらしく溜息を吐き、そっとハンカチを差し出して。それからちょっぴり背伸びをして、千翡露の頭をぽんぽんと撫でる。
「……もう、ほんとに。僕がいないと駄目なんだから」
ラグ君、と呟かれる声につんとそっぽを向きながらも、スマラグドの声は不思議と優しかった。
「もう、何処にも行くなよ。ちひろ」
●この声が届くように
「なんてびっくり、この親密度で手が繋げるなんて!」
しょっぱなからメタ発言をぶちかますヴェルサーチ・スミスは、きゃあと大袈裟に驚いて大仰に空を仰ぐ。初期だったら、プランに書いても没になる可能性があったのに――と感動しているようだが、多分彼にしか分からない概念なのだろう。
「流石ビギナーズエピソード! 皆もHCを入れてレッツ参加!」
そんなこんなで見知らぬ誰かにカメラ目線で話しかける彼の姿は、幾ら可愛らしくても完全に周囲から浮いていた。――そんな訳で人々が恐々と遠巻きに見守る中、ようやくお喋りが落ち着いたヴェルサーチが辺りを見回すと、当然だが神人とはぐれていた。
「あらー?」
プレイヤー1、もといハロルドと彼女の名前を呼ぼうとするものの、其処でヴェルサーチは不意に自分ひとりが世界から取り残された感覚に陥る。
「……ここだと知ってる人が少ないから、私がいくらおちゃらけた所で突っ込んでくれる人いないんですよね……」
なんかつまんないなぁ、と呟き溜息ひとつ。先ほどまでの陽気な雰囲気はしゅんとしぼんで、ヴェルサーチは風鈴を持った片手をぷらぷらさせながら、ひとり通りを歩き始めた。
「退屈で死ぬってのは、あながち間違いじゃないんじゃないかな。誰も私の声や行動を受け止めてくれなければ、死んでるのとかわりないですし」
こうやって喋ってないと、段々考えも暗くなるってもんですよ――紡ぎ続ける言葉に答えを返してくれる者は居なくて、ヴェルサーチは喧騒の中で遂にはしゃがみこみ、自分を掻き抱くようにして蹲る。
(ヴェルサーチさんって手綱……じゃなくて、手を引っ張っていかないといつの間にか、どっかにふらりと消えちゃう人なんですよね……)
そんな中でハロルドは、はぐれてしまったヴェルサーチを探して屋台をあちこち見渡していた。あの性格と外見なら目立つし、直ぐに見つかるだろうと踏んでいたのだが――思いの外に探し回る時間がかかり、ようやく彼を見つけた時には少し息が上がってしまっていた。
(こっちは必死で探したって言うのに……)
そんなに遠く離れていなかったことに安堵しつつも、当のヴェルサーチが道端でしゃがみこんでいる姿を見たハロルドは、呑気ですねと呆れてしまう。
(とりあえずは、スパーンと一発かましてやるとして……)
ぐっと力を込めて彼の後ろから近づくが、心なしかふわふわした桃の髪は萎んでいるような気がして――その時不意に、ヴェルサーチの呟きがハロルドの耳へと届いてきた。
『誰も私の声や行動を受け止めてくれなければ、死んでるのとかわりない』
――その想いを聞いてしまうことになったのは、果たして良かったのか悪かったのか。普段は明るい彼の、心の底にある仄暗いものを聞いてしまったような気がしたハロルドは、何でもない風を装って再会しようとも考えたが――結局やめにした。
(聞いたからには、無かったことにはしたくない。……頭ひっぱたく予定に変更はないですが)
そんな訳ですぱーんと、小気味の良いチョップがヴェルサーチの後頭部に叩き込まれて。其処で我に返った彼は背後を振り向き、仁王立ちして自分を見下ろしているハロルドの姿を目にして、うわっと顔をしかめた。
「……聞いてたんですか。かぎかっこで括ればよかった」
「相変わらず何を言っているのか良く分からないのですが……携帯番号教えます。誰かと話したくなったら私のところにかけてください」
それでも平然と、懐から携帯を取り出すハロルドの――そのさりげない優しさに、ヴェルサーチはようやく普段の調子を取り戻したようだ。
「え。携帯の番号? いつでもかけて良いんです?」
「ひっきりなしにかけてこられても困りますが、まあ……友人ですし、ね」
●向日葵と蒲公英
――その内会えるでしょ、とキミヒデ・カーマは最初、ドライに割り切っていた。パートナーの神人――アオイ・リクアは珍しいものには直ぐ飛び込んでいくし、きっと祭りの賑わいにはしゃいでいるのだろう、と。
しかし、さっきまで手を握っていた筈の彼女が隣に居ないことに、カーマは次第に寂しさを覚えていって。人混みの中でも目立つ、派手な金髪を探して視線を巡らせるが――どういう訳だか中々見つけられなくて、カーマの心にふと疑問が沸いた。
(なぜ、根拠もないのに俺はアオイに会えると思っていたんだろう?)
縋るように携帯電話を取り出して、彼女に連絡しようと試みるも、ディスプレイには虚しく『圏外』の文字。焦りを募らせながらも、自分の足で探すしかないとカーマが決めた時、片手で持っていた風鈴がちりん――と鳴った。
(蒲公英の絵……か)
綺麗に点描された愛らしい花をお供に、彼は約束していた花降る丘に向けて歩き出す。その途中でちらちらと、見知った後姿が過ぎったような気がして、カーマは咄嗟に声をかけていたのだが――。
「あ、アオ――……いや、違う……」
その振り向いた相手は別人で、彼はごめんと謝りながら別の場所に目を向ける。そうして何度もアオイらしき女性に声をかけたのだが、結局彼女を見つけ出すことは出来なかった。
(自分の神人すら探せないなんて、ウィンクルム失格だね……)
自責の余り爪を噛むカーマの心が、不安に塗り潰されていく。そうしていると更に、アオイの笑顔が脳裏から霞んでいく光景に戸惑って。何故こんなに彼女が気になるのかと、彼は思い通りにならない自分の心に、次第に焦りを募らせていった。
「あ……圏外かぁ」
――と、一方でアオイも、はぐれてしまったカーマと連絡を取ろうと携帯を手にしたが、無常な現実にはあと溜息を吐く。
(離れ離れになっても、大丈夫だって思ってたのに)
最初の内はポジティブに考えていたのに、今はどうして根拠もなくそう思えたのかが、分からなくなっていた。もし会えなかったら――そんな不安が首をもたげ、アオイは迷いを振り切るようにして歩き出す。
――ちりん、と鳴るのはカーマとお揃いで買った硝子の風鈴。アオイの持つそれには向日葵が点描されていて、夏らしい涼しげな音色をお供に、彼女は花降る丘を目指して人混みの中を進んでいった。
(でも……もし、自分の精霊がカーマでなかったら?)
其処でふと、アオイの歩みが止まる。こんなことを思ってしまうのも、彼が居ないからなのかもしれないけれど――もしそうだとしたら、オーガやギルティをもっと倒せただろうか。――思い出もそれなりに、作れただろうか。
(ううん、今の自分は、カーマと契約したからこそ存在してるんだ)
迷い路で出した結論は、すとんとアオイの胸に落ちて。立ち止まることを止めた彼女は、丘へ続く道を確りとした足取りで歩き始めた。
「アオイ。俺に抱きついてでもいいから、返事してよ――」
丘の先――必死に声を振り絞るカーマは、切なげな表情で神人の名を呼ぶ。その寂しげな背中を見つけた時、アオイは弾かれたように駆け出し、その背中に勢いよく抱きついていた。
「ゴンちゃん……! もう会えないと、思……っ」
「え、何してんの!? その呼び方は変えてって……あああ」
そのままアオイは泣きだして、カーマは不本意な呼び名に顔をしかめつつも、自分から離れない様子の神人にされるがままになっている。暫くぐすぐす言っていたアオイも、やがて泣き止み――花火、とぽつりとカーマに問いかけた。
「……花火、まだ間に合うよね?」
「うん。そんな事言う時間があるなら、今から観るよ」
――離れた手をもう一度固く握りしめて。カーマはアオイの手を引いて丘の上へと歩き出した。
●硝子の金魚鉢を満たすもの
(もう、会えない……? まさか……でも……)
祭りの中で不意に精霊とはぐれてしまったアイリス・ケリーは、呆然とした様子できょろきょろと、彼の姿を探して彷徨っていた。大勢の人たちで賑わう周囲の様子と、ひとりになった自分が余りにも遠すぎて――余計に心細さを覚えたアイリスは、無意識の内に右手の傷痕を押さえてしまう。
――こんな気持ちになるほどに、自分は弱かったのか。否、誰かに寄り添うことを教えてくれた精霊――ラルク・ラエビガータによって、自分はどんどん弱い生き物にされていっている。そう実感したアイリスは溜息を零し、思うようにならない自分の気持ちに嫌気が差した。
(そういえば……手を繋いで歩いたのは、さっきが初めてですね)
当然のようにラルクと手を繋いでいたのは、祭りの雰囲気に呑まれていた所為だろうか。しかし思えば、契約したばかりの頃は、余り触れられたくないと彼を避けていたような気がする。
(トランスをするのにキスが必要だったから、その為に触れていたくらいでしたし)
――これも任務だと割り切って。しかし心の奥では、姉の模倣をして生きている自分の本当の姿を、知られるのが怖かったのかもしれない。けれど、触れることと触れられること――それは今でも少ないけれど、その心地良さに気付かせてくれたのは、間違いなくラルクだ。
(……右手が空いてるのは、いつものことなのに)
金魚鉢をかたどった風鈴が、ちりんちりんと細く小さな音を奏でた。さっきまではふたつ並んで、お揃いの音色を響かせていたのに――片割れの金魚鉢が何故だか切ない。空いた右手に、触れるぬくもりが無いことが――すごく寂しい。
だからアイリスは顔を上げて、はぐれた精霊と再会する為に、光と音の洪水の中へ飛び込んでいった。
(急ぎましょう。また手を繋ぐために)
――そして、ちりんと。彼方ではよく似た鈴の音が、片割れを呼ぶように小さく鳴っていて。その風鈴の持ち主であるラルクは、気まぐれは起こすもんじゃないなと無造作に髪をかき上げていた。
(人が多いからって、慣れないことをするからこうなる。こりゃ、もう会えないか?)
さっきまでアイリスと繋いでいた手をまじまじと見つめ、其処でなに考えてんだと彼は、感傷的な自分の様子に顔をしかめる。
(これが噂の『碑文の試練』ってやつかね。クソ、妙な気分になる)
もう片方の手に握られたのは、彼女とお揃いの金魚鉢の風鈴。描かれた金魚の絵を改めて見たラルクは、金魚ねぇ――と呟き、その姿にアイリスを重ねてにやりと口角を上げた。
(あの女みてぇだな。脆そうに見えんのに、実際は図太い神経してやがる。そこが面白いんだよなぁ)
――叩いてもすぐに立ち上がる。それは割れそうになっている金魚鉢が、割れないように耐えているようにも見えた。こんなに遊びがいのある女だとは、契約した時には思いもしなかった――そう思って面白そうに笑うラルクの瞳には、何処か危うい光が見え隠れする。
(壊せるかどうかの賭け……。なぁ、お前は俺を楽しませてくれるんだろう?)
ならばこうしては居られない――急ぐとするかと呟いたラルクは悠然と、器用に人混みを避けて歩みを再開した。たまには金魚鉢を修繕して、ついでに餌もやらないと。迷い路の果てでアイリスと再会出来ると確信したラルクは、もう迷わない。
(まだまだ壊れてもらっちゃ困る。もっと遊ばせてもらわねぇとな)
●水琴の導、空に咲く花
まるで水琴のように涼やかで澄んだ音を立てて、握りしめた切子風鈴が揺れる。あ、と其処で不意に人混みに押されて、咄嗟に風鈴を庇ったその時――リチェルカーレのシリウスと繋いだ手が離れて、気付けば彼女はひとりになってしまっていた。
「……シリウス……?」
頼りなげな声が知らず零れて、青と碧の入り混じった瞳が不安そうに辺りを見回す。と、その時リチェルカーレの耳に届いたのは、ちりんと言うお揃いの風鈴の音色だった。
(あの音の先に、きっと)
聴こえた音の方を振り仰いで、ちいさくこくりと頷いて――彼女はその想いに縋りながら、足早に歩きだす。目まぐるしく移り変わる周囲の景色に惑わされないよう、リチェルカーレの脳裏に過ぎるのは、大好きなあの人の翡翠の双眸で。
(強くてまっすぐで、時折柔らかな光を浮かべる瞳)
――しかしそれが時々、何かを耐えるように陰ることを彼女は知っていた。何故だか今宵に思い出すのは、その辛そうなまなざしばかり。
(でも、何かを彼は教えてくれない。……わたしが頼りないから?)
それならせめて、傍にいようと決めたのに。ああ、自分はそれさえも出来ないのかと、リチェルカーレは彼に会いたい一心で、懸命に約束の場所へと駆け出していた。
(……あいつまで、いなくなったらどうすればいい)
そして一方で、シリウスもまた消えたリチェルカーレを探しながら、ふと過ぎった不安に眩暈にも似た感覚を覚えていた所だった。幼い頃に大切な人たちを亡くして、その上彼女とまで離れ離れになってしまったら――。
――ちりん。何処からか聞こえて来る鈴の音は、自分の持つ風鈴が鳴らしたものでは無い。
(お揃いね?)
その時、祭りの屋台で買った風鈴を翳して、嬉しそうに笑ったリチェルカーレの顔が――シリウスの脳裏に、鮮やかに蘇った。
(……音の先に、いるのか?)
知らず呼吸は乱れ始め、彼は期待と不安に揺れる己の心を宥めながら歩き出す。その道程では何故だか、出会ったばかりの彼女の姿を思い出して――神人だと言われて戸惑いを隠せなかった、今よりも頑なだった自分に懐かしさを覚えた。
(見るからに戦いとは無縁の、あどけない少女。危なっかしくて目が離せなくて、自分が護らなければと強く思った)
一歩、また一歩。迷い路を確かな足取りで進んで行くシリウスの姿は、まるで彼女との距離が徐々に近づいていく様子をなぞっているようだ。
(だけどいつからか……花のような笑顔と向けられる想いに、救われているのは自分だと気づいた)
――ちりん、と間近で聞こえる鈴の音は、幻なんかじゃない。音はふたつ――その主は、其々に切子風鈴をお守りのように持った、シリウスとリチェルカーレ。
(やっと、会えた……)
約束の場所に辿り着いたリチェルカーレは、息が切れて辛そうにしながらも必死で辺りを見回していて。そんな泣きそうな顔をした彼女に、シリウスはそっと手を伸ばして優しく引き寄せた。
「シリウス……!」
離れ離れになっていたのは、ほんの短い時間だったけれど――永遠にも似た感覚を覚えていたリチェルカーレは、その瞳に涙を浮かべてぎゅっと彼に抱きつく。
「会えなかったら、どうしようかと思った……!」
「……子どもじゃないんだから、迷子になんてなるなよ」
軽口を叩いてシリウスは彼女を慰めたが、自分の声が震えていたことに気付かれたかもしれない。しかしリチェルカーレは、その言葉に目をぱちくりした後で笑顔を見せて――シリウスもまた、向けられた笑顔に無機質な表情を緩ませた。
「あ、花火……!」
シリウスに抱きしめられたリチェルカーレは、頭上に広がる大輪の花を見て感嘆の吐息を零す。
鈴の音響く、迷い路で――思い出すのは大切なあのひとのこと。迷い迷って辿り着いた約束の場所で彼らを出迎えてくれたのは、刹那の輝きで夜空を彩る鮮やかな花火たちだった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:鬼灯・千翡露 呼び名:ちひろ |
名前:スマラグド 呼び名:ラグ君 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 柚烏 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月24日 |
出発日 | 09月01日 00:00 |
予定納品日 | 09月11日 |
参加者
会議室
-
2016/08/31-23:24
-
2016/08/31-22:28
神人のアオイ・リクアでーす。精霊はぁー、ごっ……キミヒデ・カーマ、だよ?
いきなりはぐれたんだもん、びっくりしちゃったぁ。
花火が終わるまでに合流しないと。
花降る丘でお互い会えますようにっ。 -
2016/08/31-21:35
鬼灯千翡露と、相棒のラグ君です。宜しくね。
何とかして合流しなくっちゃね。
皆、無事にまた巡り会う事が出来ますように。 -
2016/08/31-20:36
リチェルカーレです。パートナーはシリウス。
人がこんなに沢山…はぐれたら探すのたいへんそうです。
どうぞ皆さん、楽しいひとときを。 -
2016/08/29-17:39
アイリス・ケリーとラルクです。
風鈴の音に導かれて花降る丘へ、ですか。確かにどこか幻想的ですね。
現地でお会いすることはないでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。