
薄暗い『鎮守の森』を、おぼろに光る球が移動していく。
「待て!」
光を追っているのは、ウィンクルムだ。
精霊が先行し、神人がその後ろをついて走っている。
「思ったより早いな……」
精霊が、光の球を見て呟く。
張り出した木の根や、暗がりに紛れた石に邪魔され、中々距離を詰めることができないのだ。
「先に行って、回り込んで!」
神人が言った。少し息が切れている。
「挟み撃ちにしましょう」
「それはいいが……大丈夫か?」
精霊は一瞬ためらった。全力で走れば追いつけるだろう。しかしその間、神人をこの森の中で孤立させるのは気が引けた。
「少しは信頼して。さあ、早く行かないと見失っちゃうよ!」
「……分かったよ」
さっさと倒せばいいだけだ。
そう決めて、精霊は森の中を全力で駆けた。
このウィンクルムはその時、敵の正体を「デミ・オーガ化した元妖怪」としか知らなかった。
そのせいで、敵の術中にはまってしまう。
「もう逃げられないぜ!」
光る球の正面に回り込んだ精霊は、相手に逃げる間も与えず得物を叩きつけた。
光る球は避けることもできず一撃をくらい、弾けるように閃光をまき散らして消滅する。
「く……いやな置き土産だ」
頭を振って目を闇に慣らす精霊。ともあれ、早く合流して森を出ようと足を早める。
血まみれの神人を発見したのは、それからすぐのことだった。
「そんな」
介抱すると、息も絶え絶えに神人が言いだす。
「なんで、なんで助けに来てくれなかったの……」
恨み言が、精霊の心を突きさす。
「いっつも、そう。肝心な時には貴方はいなくて……ごめん、ごめんね。勝手な言い分だって分かってる。でも、きっと助けに来てくれるって信じてたのに」
「ごめん、俺のせいだ。でも頼む、死なないでくれ!」
「ああ……あなたとなんか契約しなきゃよかっ――」
そこで彼女の声は途切れた。目からは光が消える。
精霊は自分の軽率さを呪った。それ以上に、彼女の最後の言葉がなによりも鋭く彼を突き刺した。
「俺は、そんな風に思われていたのか……」
その程度の信頼しか築けていなかったのか。
精霊の悲痛な声が森にこだまする。
死体になったはずの神人の目がそれを見て、微かに笑みを浮かべた。
――同じころ。本物の神人も、妖怪の扮した精霊に弾劾され、心を乱していた。
◆◆◆
あなたがパートナーと歩いていると、A.R.O.A.職員の声が響いた。
「気をつけろ! その近くにデミ・オーガ化した妖怪がいる! 光る球体の妖怪だ。何人かやられてしまった!」
あなたたちが警戒していると、森の中に光る球が遠ざかっていくのが見えた。
あれに違いない。
すぐさま動けるのは自分たちだけだ。
あなたたちは、鎮守の森の奥へと入っていった。
・エピソード概要
デミ・オーガ化した妖怪を追ったあなたたちは、冒頭のウィンクルムのように離れてしまった。
そこへ現れたのは妖怪が変装したパートナー。
このデミ・オーガは、元は変身して人をだますのが得意な妖怪だったのだ。
パートナーへの不安をあおったり、不信感を植え付けようとしてくる敵。はたして乱れる心を克服し、勝利につなげることができるのか。
・今回の特別仕様
『ヴァルハラ・ヒエラティック』に記された試練の効果が発動中となっています。
そのため、「普段感じていること、不安などを吐露しやすい状態」になりやすく、またそれによって仲違いしてしまう可能性が大きくなっています。
普段ならば、妖怪の変装やその言動がおかしいと気付けるかもしれませんが、今は少々難しくなってます。動揺しているせいで、違和感を抱いても偽物だと気付けないかも……!
・デミ・オーガ化妖怪について
本体は鏡の形状をした妖怪で、あまり強くありません。
パートナーに化けて不信感をあおったり、仲違いを起こそうとしてきます。強い愛によって身体が浄化してしまうため、仲違いとならず不安を克服した場合は浄化され消滅します。
・予定リザルト形式
各ウィンクルムごとに描写予定です。また先述の理由により、デミ・オーガ化妖怪との戦闘シーンはほぼありません(あっても一撃くらい)。
どう不安を克服するか、あるいは妖怪がどんなことを言ってくるかに文量を割いて戴ければ。
神人が精霊、どちらか一方の不安に注力する形を推奨いたします。
(例:精霊が偽物として酷いことを言うプラン。神人がそれを克服するプラン、等)
状況は「一人になったところに、もう一方の偽物が接触して来た場面」から始める予定です。
ご無沙汰しております。
こんにちは、叶エイジャと申します。
今回は、パートナーに変装して信頼関係を崩しにかかるデミ・オーガが敵となります。
不安を自分自身で克服するのか、
はたまた、不信感を抱きそうになったところでパートナーに助けられ、協力して克服するのか。
ウィンクルムによって、様々なアプローチがあるかと思います。
参加される皆様のプラン、お待ちしております!
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
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デミとはいえ何があるか分からないのでトランス 天藍っ!大丈夫ですか? 天藍が怪我を負って戻ってくる 怪我の具合を見ようとしたら天藍に振り払われ、思いも寄らない言葉に動揺 …どうして、そんなこと言うんですか? 確かに今日は天藍を先に行かせてしまった 高みの見物のつもりはなく、追いついていつものようにサポートをするつもりだった ただ、彼に追いつけない今の自分のようにいつか私自身が足手纏いになるのではないかと不安 自己満足…そうかもしれません それでも私は… ふと気付く 天藍の身に自分と同じトランスのオーラが纏っていない事に トランスが切れるなら私の周りのオーラも消えるはず…何故? 名を呼ばれ顔を上げ同じオーラを纏う彼の元へ |
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どうして……そんな事を言うのですか? 私にとって、翡翠さんは!大切な……大切な! 「一生懸命!考えなくても!依頼が!成功するなら! 皆さん(※同じウィンクルム達)と、対等になれるなら!」 「何も……っ!細かく言わないわよ!」 力一杯叫び、翡翠さんに回し蹴りを入れる。 頭ではわかっていました。 恋人に当たっても、物に当たっても 本当の答えは解決しないって。 気がついた時は、涙で前が見えませんでした。 手に触れた何かが木なのか、翡翠さんなのか、今の私にはわかりません。 それでも、今は強く抱き締める。 甲高くすすり泣きながら。 「翡翠さん……ごめんなさい……っ! ごめんなさいぃ……!」 私を思って、あなたは……言ってくれたのに。 |
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あ、ラル。妖怪は? ラル?何を…、それは、私は、動くのは苦手だけど…。 いつも助けて貰ってるけど…。 (精霊の様子を変だと思いつつも、言葉の刺に平静を乱されて) 痛いな。言ってくれる…。 …じゃあ、どうするんだ? (相手を睨みつつも、不安が勝ってくる) …そうなのか?私がいなければ、いなくなれば。 ラルは、皆は、…。 (本物の精霊が戻ってきて) あ、あれ?ラルが二人…? なんでラルが私を助けるんだ? 必要ないだろう?ラルも私がいなければ良かったって思ってるんだから。 私がいなければ、皆困らなかったのに…! (精霊の声と背中の感触にだんだん落ち着いてくる) (庇われた後ろでちょっぴり赤くなりつつ) う…、その、ごめん。 |
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○デミ・オーガ 瞳は赤紫に 精霊と出くわすなり抜刀し、切っ先を精霊へ向ける 本当はずっと、こうしたかった もっと早くこうするべきだったんです 私は貴方が憎い 憎くて憎くて、憎すぎて仕方がない この世の誰よりもあなたが憎い だから死んでください ええ、勿論 私が貴方を殺します ○アイリス そこの方、勝手なことを言わないでください エリアスさん、腑抜けたことをぬかしやがられる前にしゃんとしてください 貴方を憎いと思っていることは認めます けれどこの世で一番憎いのは、他でもない私自身です まったく…さて、「さん」でも「君」でもどっちでもいいです うちのラルクさん並みに性根の腐ったことをなさるこの方を、さっさと片付けましょう |
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偽 顔に大怪我 蹲り俯き …来ないで …心配してくれないんだね 当然だよね こんな弱い神人がパートナーだから 私が弱いから見捨てるのも簡単なんだね 嘘、じゃあなんで助けに来てくれなかったの? 信じてたのに 待ってたのに 嘘つき 嘘つき! あなたが助けに来てくれなかったせいで敵に襲われたんだよ?! あなたがいなかったせいで! こんな目に遭うならあなたと契約なんてするんじゃなかった! そう…薄情な人だったんだね …狡い人 後姿を見つけ ガルヴァンさんっ やっと合流できた… ガルヴァンさん…? もし俺が駆けつける前に敵に攻撃され負傷したら俺を怨むかと問われ …怨まないよ もしそうなったら自分の身を守れなかった私の責任だから ど、どうしたの?大丈夫? |
「ここにいたのか」
ガルヴァン・ヴァールンガルドは追っていた光る球体を見失った後、神人のアラノアの元へと戻ってきていた。
「……どうした?」
アラノアは蹲り俯いていた。ガルヴァンは眉をひそめる。
疲れたのか?
足をくじいたのだろうか。
なぜ、震えているんだ?
「アラノア」
「……来ないで」
冷たい言葉が返ってきた。足を止めた彼に神人は顔を上げる。
血が流れていた。
「ッ。その怪我は……!」
覆っている手の隙間から火傷のような跡が見える。
ガルヴァンは即座に戦闘態勢をとった。周囲を警戒する。
「手当はしたか? 何にやられた。それはどこに行った?」
「……心配してはくれないんだね」
傷ついたような声だった。
「そんなことはない。ただ――」
「当然だよね。こんな弱い神人がパートナーだから」
アラノアがしゃくりあげる。
「だからってさ、冷たすぎない!? 顔を怪我したんだよ? 痛くて、名前を呼んだのに……あいつは嗤って、私の顔を」
「それは……俺の責任である事は認めるが」
「責任? あはは、言うのは簡単だよね。でも弱い私のことなんて簡単に見捨てるんじゃないの?」
精霊は訝しげに神人を見た。言動に違和感を感じる。
しかしそれが何か、明確には分からなかった。
「契約の適応は操作できるものではない。恨むならそうさせた運命を恨め。俺にできるのは、お前の精霊としての務めを果たすだけだ」
「嘘、じゃあなんで助けに来てくれなかったの?」
信じてたのに。
待ってたのに!
嘘つき。
嘘つき!
森の中に、アラノアの言葉が何度も響き渡っては消えていく。
「あなたが助けに来てくれなかったせいで敵に襲われたんだよ?! あなたがいなかったせいで!」
弾劾を、葡萄色の髪のディアボロは仏頂面で受け止めた。その顔から、どう思っているかうかがい知ることは難しい。
「こんな目に遭うならあなたと契約なんてするんじゃなかった!」
「……俺は、事実を述べたまでだ」
鉄面皮のような仏頂面は揺らぐことがなかった。
「そしてその事実を述べた上で俺は言おう……すまなかった」
「……どうせ言葉だけでしょ?」
「お前を守ると誓ったというのに守れなかった。怨まれても仕方のない事だ。そしるなら気がすむまでそしれ」
そうしてガルヴァンはアラノアの隣に膝をついた。嫌がる神人の手を取り、顔を合わせる。
痛々しい大きな傷があった。
「その顔の傷は出来る限り何とかしよう。それでもどうにもならないのなら俺が責任を取る」
「う――」
「嘘ではない。決して見捨てはしない。お前は俺のパートナーだ」
神人の目を、真っ直ぐ見据える。
「それが俺という精霊と契約してしまったお前に対する、謝罪と誠意だ」
その時の精霊の表情に、神人が目を見開く。
やがて、その唇からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「そう……薄情な人だったんだね」
「アラノア?」
――狡い人――
その言葉を最後に、アラノアの姿がかき消えていく。
割れる音に精霊が足元を見ると、壊れた鏡が消滅していくところだった。
「あ、ガルヴァンさんっ」
呆然とする彼に、背後から声がかかった。
「良かったぁ。やっと合流できた」
振り返った先にいたのは……。
「アラノア……?」
「ガルヴァン、さん?」
突然顔に触れてきた精霊を、神人はびっくりした目で見つめていた。
「傷はないな」
「うん。別に怪我もしてないし……どうしたの?」
聞くが、彼女の問いに答えはなかった。
「もし、俺が駆けつける前に敵に攻撃されて……負傷したら俺を怨むか?」
「え?……怨まないよ」
アラノアは首を振った。
「もしそうなったら自分の身を守れなかった私の責任だからーーって、ど、どうしたの?大丈夫?」
突然肩に顔を埋めてきた精霊に、アラノアの声が調子外れなものに変わる。
その声を聞きながら、ガルヴァンは笑った。
思ったよりも、自分は堪えていたらしい。
「あ、でも顔だとちょっと落ち込むかも。ブルーになってたら許してね」
「ああ」
彼はうなずいた。
「もちろんだ」
●
「ねぇ、シエ」
見失ったデミ・オーガを探すため、再び合流して森の中を探索する。
そこで掛けられた声に七草・シエテ・イルゴは立ち止まり、振り返った。
「なに、翡翠さん?」
「この依頼終わったら、もう、終わりにしない?」
「何を?」
「だから、ウィンクルムの仕事も、俺達の関係も」
「――え?」
シエテの思考が止まった。
次に紡いだ言葉は、ぎこちない。
「どうして……そんな事を言うのですか?」
シエテにとって、翡翠・フェイツィはかけがえのない存在になっていた。
彼も、同じ気持ちだと思っていた。
だから、ちょっと性質の悪い冗談をされたのかと思った。
翡翠は、そんな彼女を小馬鹿にするように肩をすくめて見せた。
「前から悩んでいたじゃない? 他のウィンクルムと比べて、自分は思った結果が出せていない――って」
「そ――れ、は」
「その結果、自分が良かれと思ってやった事は全て自己満足。そうでしょ?」
「……」
うなずく。
今指摘されたのは、彼女の思い悩んでることや不安、そのものだったのだ。
でも――
それを一緒に受け止め、前に行こうとしてくれたのが、彼ではなかったのか。
なぜ、彼はそんなことを言うのか。
「俺、悟ったんだ」
「悟った?」
「一つの事で満足できなければ、他の事を始めても同じ事になると思うんだよね」
「た、たしかに……そういう考え方もあるかもしれませんが!」
シエテの声が強まった。
そうしないと、立っている足場が見えない何かに崩れていきそうだった。
「一生懸命……やって。途中が苦しくても、みなさんと成功を分かち合えるならっ、やる価値はあるんじゃないですか?」
その果てに、他のウィンクルムのように、自らの責務をこなせるのではないのか?
しかし翡翠は深くため息をついた。
「……考えた事ある? 自分がなんで、他のウィンクルムと対等に結果を出せないのか」
「――」
「そもそも、対等に結果を出すってのはほぼスタート地点、前提の話だ。そのスタート地点にすら立ててないってことは、もう最初から向いてないってことなんだよ」
「……ぁ」
冷たい言葉に、シエテは首を振って後ずさった。
「シエ、もう……降りようよ」
目に涙を浮かべて首を振る神人に、精霊は赤子をあやすように言った。
「どれだけ頑張っても、できる人はできるし、できない人はできない」
そして、隠し持っていたナイフを手に彼女へと近づいてくる。
「君もわかったろ。向いてる人は向いているし、向いていない人は……ごふっ……!」
「何も……っ! そんなに細かく言わなくても分かってるわよ!」
シエテが力一杯叫び、回し蹴りを入れた。
何かが砕ける鈍い音がした。
頭ではわかっていた。
恋人に当たっても、振り下ろすだけの拳ではなんの解決にもならないと。
「でも、それでも……!」
気づいた時は、涙で前が見えてなかった。
手に触れたのははたして木なのか、翡翠なのか。
なんでかボロボロだったが、それも今のシエテにはわからなかった。
「気は、済んだか?」
優しい声がした。
シエテは掴んでいたそれを離し、声の主をただ強く抱き締めた。
甲高くすすり泣きながら。
「翡翠さん……ごめんなさい……っ! 私を思って、あなたは……言ってくれたのに」
「あー、その言ったって奴は偽者で、滅びたみたいなんだが」
聞いてないなと、本物の翡翠は泣いているシエテを撫でた。
「ま、役得ってことでいいんだよな?」
そうして、強く抱きしめた。
「向き不向きなんてどうでもいい。泣くくらい手放したくないものなら、絶対に離すなよ」
真剣な声に、シエテは少し赤くなって、もう一度翡翠を強く抱き締めた。
●
「ああ、アイリスか」
手分けしてデミ・オーガを追って数分。
エリアスが目標を見失って1分ほどといったところだろうか。
再会した神人に、エリアスは周囲の警戒をしながら聞いた。
「どう、見つかった?」
「ええ」
神人――アイリス・ケリーはうなずくなり抜刀して、切っ先を精霊へと向けた。
「……!? 何を……」
「だから、見つけたんですよ」
赤紫の瞳を暗く輝かせて、アイリスは嗤った。
「あなたを殺す絶好の機会を」
「っ!」
ぞっとする気配に瞬間、エリアスは無意識に後ずさった。
だが徐々に、表情に苦いものを浮かべていく。
「……なんで、なんて聞くまでもないか」
「ええ。本当はずっと、こうしたかった。もっと早くこうするべきだったんです」
アイリスの姉と契約していた精霊、それがエリアスだ。
そして、彼は神人を守りきれずに、アイリスの目前で死なせてしまった。
だから契約してからも、アイリスに憎まれてるかもしれないとは、ずっと思っていた。
「私は貴方が憎い」
あの日の因縁が今日、巡ってきただけだ。
「憎くて憎くて、憎すぎて仕方がない」
何も不思議ではない。
「この世の誰よりもあなたが憎い」
だって彼女は姉のことを――
「だから、死んでください」
その言葉にエリアスは、動揺する半面、納得もしてしまった。
それから、動揺したことに少しだけ笑ってしまった。
――俺は、何を期待してたんだ?
「何かおかしいですか?」
「いいや、おかしくないよ。俺は彼女を……君の姉さんを守れなかったんだからね」
エリアスはアイリスを、かつてのパートナーによく似た神人をまっすぐ見つめた。
「君が手を下すの?」
「ええ、勿論。私が貴方を殺します」
「……いいよ、君がそれを望むのなら」
ほんの少し、彼女の手が汚れるのが残念に思った。
彼女は俺の血で汚れて、笑うのだろうか。
想像したその光景だけが嫌で、目をつむる。
ため息が聞こえてきた。
「そこの方、勝手なことを言わないでください」
エリアスが声に驚いて、横手から現れた影を見る。
「な……アイリスが、二人?」
そこにいたのは、目前の少女と瓜二つの姿をした神人だ。
少々、いやかなり不機嫌そうだった。
「どっちが、本物なんだ……?」
「エリアスさん、腑抜けたことをぬかしやがられる前にしゃんとしてください」
そう言ったアイリスは、最初のアイリスを牽制するように剣を抜き、エリアスの隣に移動する。
「貴方を憎いと思っていることは認めます。けれどこの世で一番憎いのは、他でもない私自身です」
なんで言わせるのか――そんな赤い視線を受けて、エリアスは今度こそ動揺し、納得した。
少しだけ笑ってしまった。
「……何か、おかしいですか?」
「いや。そうか、そうだね」
――君は自身が嫌いなんだって、分かってたつもりだったのにな。
本当に情けない。
「それに……いくら森で暗いからって君の目を見間違うなんてね」
妖しく瞳の光るアイリスは、軽蔑した笑みを浮かべた。
「やはりご自分の命が大事ですか。そうやって姉と同様、私も殺すのですね」
「もう騙されないよ。偽者……さん? くん? どっちかな?」
「まったく……どっちでもいいです」
アイリスが剣を払う。刃は偽神人の放った刺突を弾き、夜の森に甲高い音が響く。
「うちのラルクさん並みに性根の腐ったことをなさるこの方を、さっさと片付けましょう」
「そうだね、さっさと始末しよう」
エリアスが地を蹴った。一気に間合いを詰める。相手の剣を叩き落とした。
「俺は、こういうやり口はとても嫌いなんだ……覚悟してもらうよ」
静かな怒りを込めた一撃が、偽者を両断する。
絶叫をあげた女は鏡のような姿になり、落ちて砕け散った。
●
「あ、ラル。妖怪は?」
先行した精霊が戻ってくるのを見て、エセル・クレッセンは足を止めた。ラウル・ユーイストは首を振る。
「逃げられた」
「そう、残念」
「残念?」
ラウルが鼻で笑った。その悪意のこもった仕草に、エセルが瞠目する。
「もっと、速く動けていれば簡単に倒せただろうな。お前が……」
「ラル?」
「お前が遅いせいだ。トロいんだよ」
「何を……」
言葉の棘に――自らのコンプレックスを批判され、エセルの顔が青ざめた。反射的に、口は反発しようと動く。
が、言葉にならなかった。
(それは、私は、動くのは苦手だけど……いつも助けて貰ってるけど!)
だがその言い分を認めたくはなかった。
「痛いな。言ってくれる……じゃあ、どうしろっていうんだ?」
精霊を睨みつつ言う。だが、言葉は震えていたし、エセル自身も彼の青い瞳を見ているうちに、不安が勝ってきた。
じっと見つめ合う。
精霊の様子は、やはり変だった。
「……どうして、お前が俺の神人なんだろうな?」
「……」
「動きのトロい子供じゃロクに依頼を受けることも出来ない」
「……っ」
「俺は軍隊にいた。優秀な神人と組めばたくさんの敵を倒せるし、活躍もできる。それがどうだ。バイトなんぞで時間が過ぎていく。腐っていく。非効率だろ? なんでお前となんだよ」
「そ、れは……」
エセルは何も言えずに精霊から目をそらしてしまった。
そうだったのか? それが本音だったのか?
私がいなければ。いなければ。
ラルは、皆は……。
「そうだ」
精霊が刃物を手に、近づいてくる。呪文のように言葉を繰り返しながら。
お前が神人でなければ。お前が、いなければ。
お前が――
「エセル!」
叫び声がして、黒い影が二人の間に割り込んできた。ラウルが剣を手に飛び退く。
「あ、あれ?」
神人が目を見開いた。
自分を庇ったのもまた、精霊――ラウルだったのだ。
「ラルが二人?」
「……闇で見づらいが、あまり似てないだろう」
冷静に指摘するラウルだったが、エセルは聞いていなかった。
「なんでラルが私を助けるんだ?」
不安定になった心から、一気に感情が押し流れてきていた。
「必要ないだろう? ラルも私がいなければ良かったって思ってるんだから。私がいなければ、皆困らなかったのに……!」
(皆……?)
普段、年の割にしっかりした神人の取り乱しように内心驚きつつも、ラウルは穏やかな口調で言った。
「落ち着け。大丈夫だ。俺には神人が必要だ」
「……え?」
「俺にはお前が必要だ」
心の乱れた彼女にはっきりと、ラウルは告げた。
「俺の、神人はお前だ、エセル」
「……ぁ」
精霊の声に、エセルはだんだんと落ち着いてくるのを感じた。
そこでようやく、庇われた体勢で彼の背にしがみついていることに気づいた。
(私、なんてことを……)
やや赤くなりつつ――幾分名残惜しそうに――エセルは離れる。
「う……その、ごめん」
「謝るのは、あいつの方だ」
精霊の目は厳しく、己の偽者を見据えていた。偽者はつまらなさそうに嘆息する。
「……お前は、 それでいいのか」
「これ以上何か吹き込む気なら、無駄だ」
「みたいだな。ここまでか」
不意に偽者の姿が消えた。割れる音とともに、地面に鏡の破片が散らばっていく。
「だがお前の心の闇、見させてもらったぜ?」
最後にそんな声が聞こえた。
●
「天藍?」
暗い森の奥へと、かのんは呼びかける。
返事はない。注意深く進みながら、かのんは精霊の姿を探した。
(念のためトランスしてるし、大丈夫だと思うけど……)
「う……ぐ」
声が聞こえた。天藍の声だった。
はっと振り向いた場所から、天藍がよろめいて現れる。
全身に負傷していた。
「天藍っ! 大丈夫ですか?」
硬直したのも一瞬、かのんは応急処置をするために駆け寄った。
――と。
「寄るな!」
「天、藍……?」
振り払われ、尻餅をつく形になった神人を精霊は見下ろした。
「ウィンクルムはパートナー、か……その実、人に戦わせて高みの見物とは、神人というのは良いご身分だな」
「え……」
今までになかった敵意ある態度、そして思いもよらない言葉にかのんは動揺した。
「……どうして、そんなこと言うんですか?」
(何かあったの、天藍?)
プラグマの力で、かのんは敵の特殊攻撃を受けた可能性を疑う。
ただその一方、彼の言葉に自省もあった。
確かに今日は、天藍を先に行かせてしまった。
「……でもそれは、高みの見物のつもりはなくて……追いついていつものようにサポートをするつもりだったんです」
ただ、いつか自分自身が足手纏いになるのではないかという不安があった。
今回のように。
「サポート?」
だが、精霊の反応は辛辣だった。
「言い訳すんなよ。ただの自己満足じゃねえか。思うだけなら誰にでもできるだろうさ」
今までにない乱暴な口調で嘲笑されて、突き飛ばされる。
かのんは唇をきつく閉ざしながら、その仕打ちに耐える。心が痛かった。
でも何かが、おかしい。
「自己満足……そうかもしれません。それでも私は……」
そこで気付いた。
天藍の身が、自分と同じトランスのオーラを纏っていない事に。
トランスが切れるなら、同時にかのんの纏うオーラも消えるはず。
(それが……何故?)
「見失ったな」
闇に閉ざされた森の奥地から、天藍は戻ってきていた。
(トランスの切れない範囲なら先行できると思ったが……判断を間違えたか?)
このまま探索しても良いが、トランスが切れる恐れもあるし、何よりかのんを一人にしておくことは心配だった。
「多少のことなら大丈夫だとは思うが」
彼女は強い。それは決して物理的な強さではないが、心惹かれるくらいの輝きを持っている。
だからこその信頼だ。
そろそろ合流するはず、というところまで来て、かのんを見つけた。
自分がもう一人いた。かのんを蹴ろうと――
「かのん!!」
騙されるな、俺はここに居る!
大声を上げて走ると同時、かのんもまた何かに気づいたようだった。攻撃を避け、名を呼んだ彼を見つける。
花のような笑顔が咲いた。安堵の表情だ。
「天藍、良かった。無事ですね」
同じオーラをまとう彼の隣で、ほっとした様子のかのん。彼女を背後に庇い、天藍はもう一人の自分と対峙した。
「覚悟しろよ」
かのんの服についた土や泥を見て、天藍の言葉に炎が灯った。
偽者が駆ける。手には双剣。天藍も駆けた。四つの白刃が交錯する。
やがて割れた鏡が地面に落ちた。
「大丈夫か?」
かのんの元に天藍が駆け寄る。
「怪我はないか?」
「天藍……」
かのんが一瞬、目を伏せた。
「私、今日みたいにあなたに追いつけないことがあったら――」
「その時は、追いつくまで待つ」
天藍が即答した。
「でなきゃ、今みたいにすぐ戻ってくる……頼りにしてる」
彼の笑みに、かのんも再び微笑み返した。
名前:アイリス・ケリー 呼び名:アイリス、君 |
名前:エリアス 呼び名:エリアスさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 叶エイジャ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 日常 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 08月18日 |
出発日 | 08月24日 00:00 |
予定納品日 | 09月03日 |
2016/08/23-21:06
アラノアとガルヴァン・ヴァールンガルドです。
よろしくお願いします。
肉体的に傷付かなくても精神的に結構抉ってくる感じの試練が多くなりそうですねこの先…(汗
2016/08/22-21:44
エセル・クレッセンとラウル・ユーイスト。
どうぞ、よろしく。
うん、結構キツい試練だよなあ…。
2016/08/22-21:10
アイリス・ケリーとエリアスです。
お会いしたことがある方ばかりですね。
非常に嫌な状況ですが…良い転機となることを祈ります。
それでは、よろしくお願いいたします。
2016/08/22-20:59
お久しぶりですね、七草シエテです。
今後、この碑文(ヴァルハラ・ヒエラティック)に翻弄されていくのでしょうか。
理性でどこまで抑えられるかも心配ですね。
心の強さが試される依頼ですが、どうか成功する事を願ってます。
2016/08/22-19:44
2016/08/22-19:44
こんにちは、かのんとパートナーの天藍です
ヴァルハラ・ヒエラティックの試練って、何だか厄介ですよね
……余計なこと言わないように気を付けないと……