では坊ちゃま、勉強のお時間です(Motoki マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「ようこそいらっしゃいました」
「なりきりカフェ『Schloss des Traums』へ」

 古い城を改装したというカフェへ、あなた達は招き入れられる。
 グループごとの個室制であるこのカフェでは、その時々で、色々なシチュエーションが用意されている。
 注文したものが運ばれてくるまでの間、希望とあらば運ばれてきてからも、役柄になりきって楽しむ――そういう事であるらしかった。

 カフェのオーナーである神人とその精霊の青年は、笑顔で現在の催しを説明する。
「今回なりきって頂くシチュエーションは、家庭教師と生徒です。精霊が教師となり、神人が生徒となって頂きます」
「この城に合わせ、裕福な家の坊ちゃまと、その家庭教師ですね。衣装もご用意しておりますので、それぞれご自身に合ったものをお選び下さい」

「ですがここで1つ、ご注意頂く事がございます」

「裕福な家の坊ちゃまとその家庭教師ですから、服装だけではなく、所作、言葉遣い等、それに添ったものにして頂く必要がございます」
「普段上品な、とは言えない方は、特にご注意を」
 クスクスと、2人が笑う。

 ――さて。何の教科を教えましょうか?

 あなた達に問いかけて、青年達は微笑む。
「数学? 語学? それとも音楽?」
「変わった処では、恋愛学、などはいかがでしょう?」

 部屋には大きな1つの窓に、レースのカーテン。
 クロスのかかった丸テーブルに、2客の椅子。
 イーゼルには小振りの黒板が乗り、羽根ペンに、インク、必要な教科書、ノート、楽器、等々が備えられている。

「色々な壁紙とクロスの部屋がございます。床も全面絨毯の部屋や、石の床にラグが敷かれた部屋など、さまざまです」
「ぜひお気に入りの部屋を、見つけて下さい」


 ――ところで。
「どうして精霊が教師って決まってるんだ?」
 誰かの問いに、ポブルスの青年が、隣に立つ神人の青年をチラリと見て笑う。
「ボクの方が、こいつより賢かったからですよ」
 それに合わせた、という事らしい。

「それではぜひ、お楽しみ頂きますよう――」
 微笑んで、2人は同時に頭を下げた。

解説

●目的
精霊が家庭教師、神人が生徒になりきって、シチュエーションを楽しむ。


●リザルトノベル
時間帯は昼。外の天気は雨。衣装は着替え済み、それぞれの個室に入ってからの描写となります。
他の参加者と接触する事はありません。

1.教師と生徒になりきって、授業をする場面。
2.注文したケーキと飲み物を楽しむ場面。(なりきったままでも、普段の2人に戻っても、どちらでも構いません)
上記の2つの場面に分かれます。


●『Schloss des Traums』(シュロス デス トラウマ)
『夢の城』の意。
古城を改装したカフェ。部屋は多数。神人と精霊の2人の青年が営んでいます。

●部屋
城の2階にある部屋。広さは12帖ほど。
大きな1つの窓に、レースのカーテン。窓の外は庭園ですが、雨の為、景色はあまり見えません。
クロスのかかった丸テーブルに、2客の椅子。
イーゼルに乗った小振りの黒板。

以上が、どの部屋にも共通しているものです。

羽根ペン、インク、教科書、ノート、楽器、等々は、教える教科によって、必要なものが備えられています。

※部屋の壁紙やテーブルクロスの色、床の様子など、イメージがある場合はプランにお書き下さい。
 無ければこちらで決定します。


●服装
裕福な家の子息、その家庭教師、に合った衣装が多種用意されています。
レンタルされるか、もしくは、ご自身の服でシチュエーションに合ったものがある場合は、ご自身の服を着て頂いても構いません。

●メニュー
今回は、全員ケーキセットを注文して頂きます。
お好きなケーキ、飲み物をプランにお書き下さい。

●料金
部屋代・衣装代・ケーキセット代を合わせ、500Jrを戴きます。
(衣装をご自身で用意された場合でも、料金に変化はありません)

ゲームマスターより

皆様こんにちは、Motokiです。
どうぞよろしくお願い致します。

社会人になっても、ふと、授業を受けてみたくなる時あります。
どんな家庭教師さんと坊ちゃまが来て下さるのか、楽しみです。

それでは。
皆様の素敵なプラン、お待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  洋装をレンタル
苺のミルフィーユとチョコレートケーキ
紅茶をミルクで二揃え

普段と雰囲気の異なる彼に弾む鼓動
そっと掌で抑えて、微笑む
…本日は宜しくお願い致します。ラセルタ先生

静かな雨音は今やどこか遠く聞こえる
耳元で囁くのは低く柔らかな声音
緊張しながらも真剣に授業へ取り組む
(教える貴方が何だか楽しそうなのも、嬉しくて

きちんと出来た暁には
先生の好きなお店にご一緒させて頂けませんか
…貴方に対しては、もっと欲張りになってもいいのでしょう?(頬赤らめ
しっかりと握り締めたカトラリーでケーキを食す

先生の授業はとても楽しかったです
…俺は貴方に、たくさんのものを貰ってばかりだから
少しずつ、お返し出来るようになりたいな


信城いつき(レーゲン)
  ひらひらした服普段着ないから、慣れない
レーゲン眼鏡までつけるの!?
うん……ご褒美、かな(小声)

1:数学?XとかYとか、俺学校行ってないから分からないよ……
でもレーゲンが丁寧に教えてくれるから、真面目に頑張ろう
レーゲンや他のウィンクルムの立ち振る舞いを思い出し、背筋を伸ばして説明をうける

これがこうなるから……こういうこと?
できた!ちゃんと解けたっ…おっと、解けました!

2:(…ミルフィーユってどうすれば丁寧に食べられるのかな……)
レーゲンの真似をして切って食べる

言われて気がついた
俺、親や学校できちんと教わってないって事に負い目があったのかも
まだ将来何になるかは決められないけど、まず学校もいいかもね


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  じゃスーツを借りよう。実家がこういう感じのトコだから懐かしいっていうばそうだけど、勉強は苦手だったんだよな。

バトルシミュレーションを課題にするとは思わなかった!
敵がいるからどう動く、はすぐ思いつくけど「何故そう動くのです?」と理詰めっぽくラキアに言われると言葉に詰まる。
「な、何となく」とか視線漂わせて答えると許してくれないし。
敵の特性がこうだから、敵がこう動くので、それを阻止するためにはこう動くと効果的、と敵の動きを絡めて説明してくれるのは判りやすくて良いな。
ラキアってバトル中こんなこと考えているのか。成程。

ケーキはショコラケーキ。飲み物はダージリンをストレートで。
頭使ったからケーキウマいぜ。



アイオライト・セプテンバー(白露)
  あたしが勉強したいこと?
んーと『今時のぱんつの選び方』!
ダメ?
それじゃあ『おっぱいをおっきくする方法』!
えー礼儀作法なんてつまらないもんっ
折角パパとデートなのに、机に向かってお勉強なんてやだやだやだ(じたばた

(ころっ)やったーミルフィーユだーっ
苺は入ってる?
そんじゃあ、お洋服も苺っぽいお姫様のドレスがいい!
お嬢様らしく…んーと…おほほほ、パパ、ケーキを持ってらっしゃい、とか?
…うん、自分でもなんか違うとは思うの

ケーキなんて美味しくて楽しければそれでいいのに
こうかな…?
あ、出来たかも
ちゃんと出来ると、なんだか嬉しいね

難しかったけど、ちょっと面白かったよ
よーしもっとがんばってパパのお姫様になるぞー


●In order to spend the princess of tea time
「アイは私から教えて欲しいことはありますか?」
 そう尋ねた精霊の白露に、神人のアイオライト・セプテンバーは小首を傾げて不思議そうに聞き返す。
「あたしが勉強したいこと?」
 んーと、と視線を上げて考え、「あっ」と思いついたように声をあげた。
「今時のぱんつの選び方!」
「………………」
 ビミョーな空気が流れた事に、「ダメ?」と首を傾げ、アイオライトは次の提案をする。
「それじゃあ『おっぱいをおっきくする方法』!」
 元気よく宣言したアイオライトに、白露は静かに瞼を閉じた。
(聞いた私が、いけなかった……)
 しばらく考えてから、「分かりました」と目を見開く。
「『礼法』ですね。それなら少し覚えがあります」
 コクリと頷く白露に、「えーっ」と背を仰け反らせたアイオライトからは大きなブーイング。
「礼儀作法なんてつまらないもんっ」
 絶対、今時のぱんつの選び方や、おっぱいを大きくする方法の方が楽しいのに!
 そして『有効』に違いない――と、アイオライトは思うのだ。
「折角パパとデートなのに、机に向かってお勉強なんてやだやだやだ!」
 じたばたと駄々をこねる神人に、精霊はさらりと告げる。
「座学がイヤなら、実践で学習しましょうか」
 ピタリと動きを止めて窺うように見てくる青い瞳を見返して、微笑を浮かべた。
「2人分のミルフィーユと紅茶を注文しておきました」
 白露の言葉で、途端にアイオライトは両手を上げて大喜び。
 ゲンキンにころっと変わったアイオライトは、「苺は入ってる?」と確認した。

 そんな感じで決まった今回の『授業』に、アイオライトが選んだのは苺っぽいお姫様のドレス。
 薄いピンクのドレスに、螺旋を描くように幾重にも撒かれた赤と薄茶のヒラヒラレース。床までふわり届いたドレスを掴み持ち上げながら、絨毯の敷かれた部屋を横切り、アイオライトは白露が引いてくれた椅子へと座る。
 コンセプトはお姫様。
 お姫様らしく、お姫様らしく、お姫様らしく……。
 ――んーと。
「おほほほ、パパ、ケーキを持ってらっしゃい――とか?」
 手の甲を口もとへとあてながら高らかに言ったアイオライトに、白露の片眉が僅かに上がる。
「……うん、自分でもなんか違うとは思うの」
 おとなしく頷いた神人に、精霊も同意し頷いた。
 そしていつも通り「パパ」と呼んでしまった事も、この『なりきりカフェ』では残念な事だった。
 ケーキが運ばれてくれば、「やったーミルフィーユだーっ」とアイオライトが目を輝かせる。
「ほら、大声を出すとお姫様らしくありませんよ。――ではこれを、美しくいただく練習をします」
 紅茶を注いで言った白露に、アイオライトは「ケーキにナイフ?」と首を傾げている。
「フォークだけで食べると、ミルフィーユはパイ生地がボロボロと崩れてしまいますのでね、ナイフとフォークを使っていただきます。静かに倒してから、一口大に切って口に運びます」
 ナイフとフォークでそっと倒す白露の手もとを見ながら、アイオライトは少しだけ不満げだ。
(ケーキなんて美味しくて楽しければそれでいいのに……)
 そうも思うが、言われた通り、見様見真似でミルフィーユを倒した。
「パイくずはなるべく少なめに。パイを軽く抑えたままナイフを手前に引くと切りやすいですよ」
「うーんと、こう、かな……?」
 力の入れ方やナイフの引き方も詳しく教えてもらい、悪戦苦闘しながらやっと綺麗にミルフィーユを切る事に成功する。
「あ、出来たかも」
 口へと運べば、パイのサクッとした食感と、甘い味が口内に広がった。
「ちゃんと出来ると、なんだか嬉しいね」
 言って紅茶に手を伸ばせば、それにも礼儀作法があるようだ。
「紅茶を飲むときは、ソーサーごと持ってはいけません。おかわりは自分で注ぐとはしたないので、お店の人へ静かに合図を送ります」
 一瞬動きを止めてから、静かに紅茶をコクリと飲み込んだアイオライトへと、白露は優しく微笑を浮かべる。
「はい、良くできました。……お姫様らしくなりましたよ」
 にこにこと伝えられたパパの言葉に、『姫』は心から嬉しそうだ。
「難しかったけど、ちょっと面白かったよ。……よーしもっとがんばってパパのお姫様になるぞー」
 アイオライトが決意をこめて宣言し、早速教えの実践を。

 白露へと送られたのは、ミルフィーユおかわりほしいなーっの静かな合図。


●Lesson of tactics and cozy moments
 折角だからとスーツを借りたセイリュー・グラシアは、その身なりに合ったきちんとした所作で、椅子へと座る。
「では若、勉強に入りましょうか」
 くす、と。そう呼ぼうと決めた呼び方に、ラキア・ジェイドバインが笑う。彼へと目を向けたセイリューが、何か言いたげに片眉を上げた。
「おや。こういった呼ばれ方やこのような場所には、慣れておいででは?」
 悪戯っぽく笑う『家庭教師』に、まあ、と視線を室内へと移す。
「実家がこういう感じのトコだから懐かしいっていえばそうだけど、勉強は苦手だったんだよな」
 セイリューの言葉に、「ええ。普通の勉強が苦手な事は承知しておりますよ」とラキアがテーブルの上へとチェス盤を置いた。
「先日の依頼の交戦を、盤上でシミュレートしましょうか」
「――って事は」
「はい。授業内容は、戦術です」
 相手の微笑みに、一瞬の間。
 きょとん、としてから、セイリューが額へとパチンと掌をあてる。
「バトルシミュレーションを課題にするとは思わなかった!」
「普通に勉強しても、退屈かと思いましたので。授業するなら実際に役立つ内容の方が良いでしょう」
 くすくすと笑って、セイリューが駒を配置し、盤上にて戦闘状況を再現した。
「こちらが敵。若がおられるのはこちらです。――さて。この場面、どう動きますか?」
 状況を把握した途端、セイリューには、すぐに己がどう動くかが浮かぶ。
 思いついたままに伝えれば、「何故そう動くのです?」と返された。
 理詰めのようにラキアに問われてゆけば、言葉は詰まり、そそそっと瞳が逃げ腰となる。
「な、何となく!」
 ビシッ、と人差し指を立てて言っても、ラキアは流されても、許してもくれない。
 例え『なりきり』であったとしても、授業は真剣だ。
「若は現場で反射的に判断してしまうので、何故そう動くのかを客観的に説明できるようになる方が、他の場面でも応用が効くようになります」
 つまり。状況によって何かを感じ、そこから導き出される『何か』がある筈なのだ。その何かに沿い、どう動くかを決めているのだ。
 ――無意識に。
 それを自覚する事が大事なのです、と言った。
「敵の特性がこうである時、敵はこう動きます。それを阻止する為にはこう動くのが効果的、という事になりますね」
 敵の動きとその理由を絡め、説明してくれる。
 とても判りやすくて良いな、とセイリューは頷きながら思う。
「敵オーガの特性に合わせて、行動傾向が判ります。それを封じるように動くのが基本です。――当てはまらない敵も、ごく一部でしょうが存在するでしょう。ですがそれらを見極める為にもまた、基本が非常に大切、となります」
 駒を動かし説明していたラキアの視線が、セイリューのそれとぶつかった。
「へぇ……」
 感心の声を洩らした『若』の口角が、緩やかに上がる。
(ラキアってバトル中こんなこと考えているのか。成程)
 今まで知らなかったパートナーの新たな一面を知るのは、とても新鮮で、何だか嬉しい事だ。
 そしてラキアがどう考えどう動きたいと思っているのかを把握出来るようになれば、これからの戦場で役に立つ。
「――じゃあ、こう封じて、こう倒す」
 調律剣シンフォニアで攻撃。
「チェックメイト」
 セイリューの抓んだナイトが斬りかかり、今の説明を理解したと証明するように、敵の『キング』を弾いて転がした。


 ストレートのダージリンをコクリと飲んだセイリューは、そのさわやかな風味を堪能する。
 そうしてショコラケーキを口に運べば、ふわりとカカオが香った。
 きつ過ぎぬ程良い甘さが口内へと広がり、疲れが抜けていくようだ。
「頭使ったからケーキウマいぜ」
 脳が喜んでる、ともう一口。
 向かい合い、まるで色とりどりの宝石を散りばめたようなフルーツタルトを食すラキアもまた、その味に満足そうに頷いている。
 濃厚なコクと芳醇な香りのアッサムをミルクティにして飲みながら、セイリューの様子にクスリと笑った。
「お疲れ様でした」
 労うように言ったラキアの言葉に、互いの顔を見合わせ、笑い合う。

 確かに、疲れたけれど。
 これからもずっと、2人一緒に戦ってゆくのだから。

 真剣な授業も。居心地の良いこのひと時も。
 過酷に続いてゆく戦いには、とても大切な、時間である筈だから――。


●Difficult mathematics and the important choices
(ひらひらした服なんて、普段着ないから慣れない……)
 馴染みのない衣装が気になる信城いつきは、ふわふわの絨毯の上を歩きながら、やたらとレースの袖口を触る。
 椅子に座って袖から視線を上げると、思わず声をあげた。
「レーゲン眼鏡までつけるの!?」
 驚くいつきの前で、彼の『家庭教師』は「ええ」と微笑んでみせる。
「いつき様が喜ばれると思いまして」
 カチャリ。
 彼の細い指が伊達眼鏡の位置を直せば、キランとフチが光った。
「うん……ご褒美、かな」
 小声での呟きは、聞こえていたかもしれない。
 けれどもレーゲンは、何も言わずに眼鏡の奥にある青い瞳を細め、穏やかに微笑を浮かべただけだった。
 そうしてテーブルの上へと置かれた問題たちを見て、「数学?」といつきが首を傾げる。
(XとかYとか、俺学校行ってないから分からないよ……)
 ちんぷんかんぷんな数字と記号の羅列――に見えるソレに、膝の上に鎮座したいつきの手はピクリとも動かない。
「突然記号が出て戸惑われるかと思いますが……」
 神人の反応とその心境を見抜いた精霊が、いつきの傍らへと立った。
「大丈夫、私がちゃんと教えますから」
 言われて、顔を上げる。
 自分が知らず俯いてしまっていた事に、いつきはレーゲンを見上げながら目を見開いていた。
 椅子を移動したレーゲンが、いつきの隣に座る。
 チラリと顔を見ると、笑顔が返った。
「これは、方程式と呼ばれるものです。『方程式を解く』とは、記号の値を導き出してあげる事――つまりXやYを数字にしてあげる事なんです」
 ゆっくりと、いつきの反応も見ながら教えていく。
「左辺にあるX+5、これをXだけにしてあげたい。それにはこの+5が邪魔ですね。余分なこの5を消してあげるには、どうしてあげたら良いと思いますか?」
「…………5を、引いてやる?」
「はい、そうです。そして等式の性質には『両辺に同じ事をすれば成り立つ』というものがありますから、右辺にも同じ事をしてあげましょう」
 1つ1つ丁寧に教えてくれるレーゲンの姿に、いつきは問題に視線を戻す。
(真面目に頑張ろう……)
 ――いや、頑張りたい。
 レーゲンや、他のウィンクルム達。
 彼らの立ち振る舞いを思い出せば、自然と背筋が伸びた。

 説明を聞き、疑問が出れば素直に質問していく。
「これがこうなるから……こういうこと?」
 頷いたレーゲンに、問題に意識を戻す。何度も頭を掻いて悩み、消しては書き直して……。最後まで、己で答えを導き出していった。
「できた! ちゃんと解けたっ……おっと、解けました!」
 喜ぶいつきに、家庭教師が解答を確認する。そうしてレーゲンは、己の事のように嬉しそうに微笑んだ。
「はい。よく出来ました」


 ケーキが運ばれてくれば、レーゲンは普段の様子へと戻っていた。
「慣れない事すると肩こるね」
 肩を竦めるようにして苦笑を浮かべたレーゲンに、同意して笑ったいつきは目の前のケーキに視線を落とす。
(……ミルフィーユってどうすれば丁寧に食べられるのかな……)
 首を傾げるいつきに、「そのケーキはね、倒して食べていいんだよ」とレーゲンもフォークとナイフを手に取った。
 精霊の真似をし切って食べる神人を見つめ、レーゲンは感じていた事を口にする。
「……いつき。もしかして『自分は色々な事知らなすぎる』と思ってない? 確かに両親が不在で学校も行ってないけど、今日みたいに説明すればちゃんといつきは理解できるし、普通に立振舞いもできるんだよ」

 わざと、一見難しそうな数学を選んだ。
 何も考えずに食せば、ボロボロに崩れるミルフィーユを選んだ。

(いつきは疑問に思う事を尋ねて、理解して、綺麗に食べられるようにしたいと、自分で考えたんだよ)
 そう思うレーゲンの前で、いつきが目を見開いていた。
 ――言われて、気がついた。
(俺、親や学校できちんと教わってないって事に負い目があったのかも)
 少年の反応に、レーゲンが愛しむように微笑を浮かべ頷く。
「これから先はゆっくり考えていいけど、もし今の自分に不安があるなら学校に行ってもいいんだよ」
 それは、只の選択肢。
 けれどもいつきの自信へと繋がっていくかもしれない、大切な選択肢だった。
「まだ将来何になるかは決められないけど、まず学校もいいかもね」
 そんな思いも、いつきには浮かんでくる。
「さて。固い話はここまでにして、今はケーキを楽しもうか」
 微笑み言ったレーゲンの言葉に、いつきも笑顔を返していた。


●Table manners and sweet time
 装いは自前ながらも、普段とは違うチェーン付き眼鏡をかけたラセルタ=ブラドッツの姿に、神人の羽瀬川 千代の鼓動は弾む。
 トクンットクンッと高鳴り続ける胸に掌をそっとあてて抑えると、微笑んだ。
「……本日は宜しくお願い致します。ラセルタ先生」
 レンタルしたのは、ラセルタの装いに合う、しかし彼よりも少しだけ明るめの洋装。
 慣れぬアスコットタイに無意識に触れていれば、僅かに乱れたそれを、そっとさり気なく直された。
「では本日は、礼法の授業――以前約束したテーブルマナーについてに致しましょう。千代様はお食事の時間が大好きですからね」
 クスリと口もとに手を遣り笑った『先生』に、千代は思わず見惚れてしまう。
 そうして彼の手が、濃赤のテーブルクロスの上へと皿やカラトリーを並べていくのを見つめた。
「何処へ行っても恥ずかしくないよう、私がとびきり優しくお教え致します」
「とびきり優しく、ですか?」
 そう改めて言われるとなんだか逆に怖いですね、と冗談を返し、ラセルタが引いてくれた椅子へと座る。
 そこは、2人だけの空間。
 カーテンの向こうから聞こえていた静かな雨音は、今ではどこか遠くの方で聞こえている。
 それは耳が捉えたいのが、別のものであるからかもしれない。
 チャリ、と小さく鳴った眼鏡のチェーンと、耳元で囁く、彼の低く柔らかな声音。
(まるで俺の耳が、少しも聞き逃さないようにとしているみたいだ……)

 初めて、教わること。
 普段の食事とは違う、マナーの数々。

 緊張しながらも、千代は真剣に授業へと取り組む。
 そしてその傍らで、ラセルタが懇切丁寧にレクチャーを行っていた。
 出された料理によって異なるカラトリーの種類、その置かれている場所。音を立てぬよう皿の上で引くナイフの操り方。
(教える貴方は、何だか楽しそう……)
 それすらも、なんだか嬉しくて。こっそりと千代は小さく肩を揺らす。
 取り零さぬようにとでもいうように、1つ1つをゆっくりとマスターしていった。
 ラセルタが、突然屈めていた上体を起こす。
 フイッと扉の方へと視線を向けると、顔を千代へと戻し、緩やかに微笑んでみせた。
「いい香りですね。おやつの時間になったようです」
 もうそんな時間? と顔を上げれば、鼻を擽る甘い香り。「そのようですね」と千代が、『先生』へと微笑み返した。


 苺のミルフィーユとチョコレートケーキ、二揃えのミルク紅茶が、テーブルへと並べられる。
「丁度良い、それでは実践と参りましょう」
 家庭教師の言葉に身なりを整え背筋を伸ばし、千代はラセルタへと笑みを湛えた。
「きちんと出来た暁には、先生の好きなお店にご一緒させて頂けませんか」
 その台詞に、おや、とチラリ笑ったラセルタへと、千代は頬を染めながら付け足す。
「……貴方に対しては、もっと欲張りになってもいいのでしょう?」
 千代専属の家庭教師は、「勿論ですとも」と言うように頷いてみせる。
「上手く扱えたなら……その時は甘やかして差し上げなくては」
 彼の言葉に、正直な頬は更なる熱を持ってしまうけれど。
 千代はしっかりとナイフとフォークを握り、ケーキを食していった。

「先生の授業はとても楽しかったです。
 ゆるく瞳を細めて微笑み、千代がラセルタを見つめる。
「……俺は貴方に、たくさんのものを貰ってばかりだ。少しずつ、お返し出来るようになりたいな」
 その言葉には、ラセルタは僅かにだけ不満げな色を水色の瞳へと映した。言葉を選ぶように少しの間を置いて、口を開く。
「前にも、自分は貰ってばかりだと仰っていましたが……。他人に対し無償の愛を捧ぐ――それが当たり前の貴方は、気付いていないだけ。清く美しい想いを、幸福を、私は過分に頂戴しておりますよ。だからこそ……私も」
 そこで、言葉を止めて。
 攫われるように千代の手が握られた。
「否、俺様はそれ以上の物を、お前に与えたい」
 いつもの様子に戻った、千代を射貫くように見たラセルタの視線が伏せられる。千代の手の甲へと、キスが落とされた。

 いつになっても、千代が照れるのは変わらない。
 ラセルタの恋人は 頬を染めて、最初の頃のように緊張する。
 これからもずっと、そうであるだろう。

 例え、甘いケーキを食べ終わっても。
 2人の甘い時間は、ずっと続いているようだった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター Motoki
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月15日
出発日 06月21日 00:00
予定納品日 07月01日

参加者

会議室

  • ギリギリギリギリ!(ずざーーっ
    アイオライト・セプテンバーですーーケーキ食べに来ましたーーー!

    …え、お勉強?

  • [3]信城いつき

    2016/06/20-00:21 

    わーっ!ぎりぎりだけど信城いつきとレーゲン参加するねっ!

    レーゲン:
    いつき様、そのような振る舞いは少々場にふさわしくないのでは?

    いつき:
    あ。えーと……
    直前の参加となりましたが、信城いつきとレーゲンの2名参加させていただきます。
    なにとぞ皆さんには楽しい時間を過ごされますよう、お祈り申し上げます
    (段々訳分かんなくなってきた……と、とにかくよろしくね!)

  • [1]羽瀬川 千代

    2016/06/18-00:16 


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