プロローグ
――とある梅雨の日の、午後の出来事です。
パートナーと二人で外出していたあなたは、移動の途中、突然の通り雨に遭遇してしまいます。
しかし、今日の午前中は雲一つない快晴だったので、あなたもパートナーも、傘を持って来ていませんでした。
このままでは二人ともびしょ濡れになって、風邪を引いてしまうかもしれません。
とにかく、一度雨宿りできる場所を探すために、二人は降りしきる雨の中を駆けだしたのです。
やがて、息を切らして走る二人の視線の先に、『紫陽花の園』と記された案内看板が見えてきました――。
実は、ここは知る人ぞ知るデートスポットのひとつだったのです。
園内を散歩するのは勿論、併設されたコーヒーショップや東屋の中で一息つきながら、紫陽花の花が咲き乱れる美しい庭をゆったりと眺めることができるようになっています。
普段はカップルや家族連れなどでにぎわいを見せている場所なのですが、今日は生憎の雨の為、客足もまばらな様子。
静かで落ち着いた雰囲気も相まって、ここでなら、パートナーとじっくりお話ができるかもしれません。
――突然の雨というアクシデントに見舞われてしまいましたが、もともと今日はあなたにとって、パートナーと過ごす予定だった大切な一日。
この機会に、紫陽花の園でパートナーと、ゆっくりしたひと時を過ごして見るのはいかがでしょうか?
解説
〈補足〉
※紫陽花の園は、入場料として300ジェールいただきます。
パートナーと雨に濡れる紫陽花を眺めながら、自由に色々な話をするエピソードです。
出逢った頃の話、これからの話、改まってこの機に打ち明けたい事……内容は何でもOKです。
どんな雨宿りがしたいのか、ご自由に考えてみて下さいね。
○東屋
休憩用の東屋が園内のいたるところに設置されており、赤・紫・青・白……、様々な種類の紫陽花が広がる庭が鑑賞できます。東屋の中で、二人きりの時間を静かにお過ごしください。
○コーヒーショップ
窓辺の席に座り、紫陽花を眺めながらゆったりした時間を過ごしてみるのもいいかもしれません。ここでは150ジェールで紫陽花の花をモチーフにした、手作りケーキが食べられます。
甘いものが苦手な方は、100ジェールでコーヒーや紅茶を楽しむ事もできます。
落ち着いた雰囲気のお店でお喋りしていれば、雨宿りの時間も楽しくなるかもしれません。
○お土産屋
ショップでは、アクセサリー類は勿論、『紫陽花の押し花のしおり』や、クッキー、キャンディなどのお菓子も一通り揃います。
一番人気は、赤と青の紫陽花の花びらを、そのままとんぼ玉の中に閉じ込めた小さな『キーホルダー』。恋人同士、友達同士は勿論、大切な人へのお土産に、お揃いで購入していく人もいます。
※ここでは、350ジェールで大きめサイズの傘も購入できます。傘があれば、園内を自由に散策しながらお話出来るでしょう。
ゲームマスターより
こんにちは、夕季 麗野です。
男性用エピソードでは初めての執筆になりますが、皆様のデートが楽しく、思い出深いものになるように執筆させていただきたいと思っていますので、よろしくお願いしますm(__)m
以前、夕季が女性用エピソードで執筆した『薔薇園』に似たロマンチックな雰囲気のデートスポットですが、今回は薔薇ではなく紫陽花ですので、雨の音を聴きながら、季節感に溢れたデートが出来るのではないでしょうか……?
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
せっかくだから雨に濡れている紫陽花をゆっくり見て回りたいからさ。 お土産屋で傘買って園内を巡ろう。ラキアが花見るの好きだし。 一緒に紫陽花見て回るぜ。 紫陽花って手毬みたいなのばっかりだと思っていたんだけどさ、 じっくりと見たら花の形が違うやつがあるんだなー。 あまり意識して見たこと無かったから気がつかなかった。 土の具合で色が変わるってのは知ってたけどさ。 額アジサイも趣があって良いよな。 雨に濡れてるとそんな気がする。 え、猫達が齧るとヤバいのか。 猫にヤバい植物って意外と多いよな。 猫飼うまで知らなかったけどさ。 ラキアには色々と教えて貰うこと沢山あるよな(笑顔。 お土産屋に戻ってキーホルダー買おう。ひとつずつ。 |
胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
最近は紫陽花と雨に縁がありますね せっかくですし見て回りませんか? (傘購入。EP7で痛めた利き手をかばい、左で開き) あ…。もうほとんど大丈夫なので! ご心配をおかけしてすみません そ、そういえばあの時、思い切りひっぱたいてしまって…! ジェフリーさんは何も悪くありません! あの男を殴ったのは俺が勝手にやったことだし 俺なんかより… (家族に向かって引き金をひいたこの手の方が、ずっと) (精霊の手を見つめたまま沈黙) !? おぼっおどろろ、な、なんできす(赤面混乱) はいっ?とら…。ふ、ふざけないでくださいっ ちょ、濡れちゃいますよ!? へ… (笑みにあてられたように立ち尽くし 紫陽花の向こうに遠ざかる背を呆然と見つめる) |
信城いつき(ミカ)
東屋 雨がやむまで一休みだね これ全部紫陽花?色も花の形もそれぞれ違うね 花言葉は何だっけ? 移り気?色の変化からだろうけど 紫陽花は綺麗に咲いてるだけなのにな……(少ししょぼん) アクセサリー!? ミカの提案に驚いたけど、協力できるなら頑張ろう 名前分からないけど、あの花とかは? ピンクの小さな花いっぱい集まってる感じのペンダントとか ……こんなのでいい? 男性向き?……うーんそのままだと可愛すぎるかな…… 男性ならシルバーとかなんだろうけど、銀色の紫陽花なんてないし…… プレートいいね、色は青とかなら男性でもよさそう 雨が落ち着くまで、デザインについて話し合う 俺、少しは協力できた?それなら嬉しいな |
アイオライト・セプテンバー(ヴァンデミエール)
じーじ、あたしね 側で紫陽花を見たいから、傘を買ってもいい? あたしは青い傘がいいな うん、これがいいっ らんらん♪ じーじとお花の傘だ♪嬉しいなっ♪ 傘の上で雨粒もパラパラ歌ってるよ♪ カエルさんもカタツムリさんもぴょんぴょんぴょん♪ 紫陽花っていろんな色があるね 形も似てるんだけど、ちょっとずつ違う じーじは花言葉も知ってるんだ、すごーい 『いっかだんらん』っていい言葉 えへへ、あたしとじーじとパパみたいだね 紫陽花みたいに、雨の日でもずっと仲良しだもんねっ パパにも紫陽花見せてあげたいな 一輪もらってったらダメかなあ うん、分かったよ あたしいい子だもん じゃあ、お話しできるよう、お花をもっときちんと見てかなきゃ |
シムレス(ロックリーン)
体調を崩しずっと家で療養の日々 不自由さに屋敷に居た頃を思い出すのが嫌で 今日は少し体調がいい、外へ出たい どこでもいい連れて行ってくれ 杖をつきゆっくりとした足取りで久しぶりの外 外の世界に出られた事に安堵 店で注文品を待つ間外の紫陽花に目を もうこんな季節 屋敷の庭にも咲いていたが眺める事もしなくなっていた こんなにも美しいものだったか… 弱った自分には咲き誇る花の力強さが羨ましくも思え 無様だな俺は 雨宿りか…成程 雨が上がればまた歩き出せるだろうか ゆっくり…か 彼の言わんとしている事はなんとなく伝わる 思うに任せ向う見ずに進んだツケが今なのだ 急がずとも世界は逃げないな ふふ ケーキを愛で食す 甘さに癒される 彼の存在に感謝 |
●紫陽花の園で――シムレスとロックリーン――
「どこでもいい、連れて行ってくれ」
そう、ロックリーンに切り出したのは、シムレスの方からだった。
特に行き先は決めていなかったが、ただ外に出かけるだけでも、シムレスにとっては貴重な息抜きになる。
ロックリーンは、片手で杖をつきながら歩くシムレスが転んだり躓いたりしないように、目を光らせていた。
(外に出るのは、久しぶりだな……)
頬を撫でてゆく風が心地よく、シムレスに安堵を与えた。
長い療養生活で不自由な日々を過ごしてきた彼にとって、自分の足で大地を踏みしめる感覚は、やはり特別なものなのだ。
「あ……、雨――?」
だが、歩き出して数分後。
先ほどまで晴れていたのに、突然空から一滴一滴と、雫がこぼれ落ちてきた。
「シムさん、こっちへ」
ロックリーンは、なるべくシムレスが雨に濡れないように自分の体で庇いながら、目の前に見えてきた『紫陽花の園』の看板を目指し、ゆっくり前進していくのだった。
***
二人が紫陽花の園に入園しても、雨は一向に止む気配がなかった。
それどころか徐々に勢いを増し、衣服の上から叩きつけるように激しく降り注いでゆく。
このまま冷たい雨に打たれていたら、シムレスの体に障るかもしれない。
ロックリーンは、紫陽花の庭の中に佇む一軒のコーヒーショップへと、彼を誘導した。
「いらっしゃいませ。奥の席へどうぞ。――よろしければ、こちらのタオルもお使いください」
店内に入ると、全身濡れ鼠状態の二人を見たウェイターが、タオルを二枚、貸し出してくれた。
その後、庭園が良く見渡させる窓際のボックス席へ案内された二人は、ケーキと紅茶を二つずつ注文し、漸く落ち着いた時間を持つ事が出来たのである。
「……屋敷の庭にも咲いていたが、眺める事もしなくて――。紫陽花とは、こんなにも美しいものだったか……」
鮮やかな紫陽花の色が、シムレスの瞳の中にくっきり映し出される。
「咲き誇る花の力強さが、羨ましい。無様だな……、俺は」
懸命に咲く花の生命力に惹かれながらも、シムレスの横顔は、深い憂いを帯びていた。
そんな彼を見守るロックリーンの胸は、痛むばかりだ。
シムレスに伝えたい言葉が溢れ出てくるのを、どうしても止める事ができなかった。
「無様だなんて、とんでもない」
「え?」
「疲れたから、休んでいるだけ。僕等は飛ばしすぎてたから、休めって言われたんだよ、神様に。――この雨宿りみたいにね」
「……」
シムレスは、思いもよらなかったロックリーンの言葉に少々驚いたようだ。だが、それは紛れもなく、ロックリーンの心からのメッセージだ。
――そこには、ゆっくり歩いても、いいんじゃない? と言う、労りの気持ちが込められている。
「お待たせいたしました」
そこへ、ウェイターが手際よくケーキの乗った皿と、カップを二人のテーブルへ運んできた。
紅茶の温かい湯気とケーキの甘い香りが、シムレスの凍え切った芯に、浸み渡っていくようだった。
(ゆっくりか……。雨が上がれば、また歩き出せるだろうか……)
「急がずとも、世界は逃げないな――」
「そうだよ」
ロックリーンは、自分の想いがシムレスに届いた事が嬉しくて、頬を緩めて微笑む。
二人はこれからも、共にゆっくり、歩いていけばいいのだから。
「さ、ケーキ食べよう」
ロックリーンに促されたシムレスは、紫陽花の形をしたケーキに、控えめにフォークを入れた。
淡い紫色が愛らしいケーキだが、味は思ったよりも甘さが控えめで、食べやすい。
「ふふ……」
ケーキの軽やかな甘みに癒されて、シムレスの口からは自然と笑いが漏れた。
「美味しいね」
柔らかい笑顔を浮かべるロックリーンを見て、シムレスは改めて、彼の存在に感謝せずにはいられなかったのだった。
●紫陽花の園で――いつきとミカ――
降りしきる雨の中に佇む東屋は、ちょっとした隠れ家のようだ。
雨宿りに便利なのは勿論だが、水のしぶきに濡れる紫陽花の花を遠目から眺められる、二人だけの世界――。
そんな感覚が、非現実感を与えているのかもしれない。
「雨が止むまで、一休みだね。ちょうど東屋が有って良かった」
信城いつきは、東屋の柱の脇に立って、視界一面に広がる紫陽花の絨毯を眺めていた。
彼の瞳の中に、無数の紫陽花が浮かび上がる様子は、青空に花畑が広がっているかのようだ。
「これ、全部紫陽花? 色も花の形も、それぞれ違うね」
実は、紫陽花の花は世界でも三千種を超える品種があるらしい。
流石にこの庭園にそこまでの種類はそろっていないが、一般的な『ホンアジサイ』や『ガクアジサイ』、カスミソウのように小さい花が集まっている『コアジサイ』など、鑑賞するのに飽きないほどの数と色で溢れ返っている。
「花言葉は、何だっけ?」
沢山の紫陽花に感動するいつきの姿を見つめながら、ミカはぽつりと呟いた。
「花言葉は、移り気だったな」
「移り気? 色の変化からだろうけど……。紫陽花は、綺麗に咲いてるだけなのにな……」
いつきは、ミカの「移り気」という言葉を聞いて、少ししょんぼりしてしまったようだ。明らかに、先ほどよりも表情が暗い。
「そんなにしょげるな」
分かりやすい反応のいつきに、ミカもほんの少し苦笑を漏らした。
「小さい花が集まった姿から、『家族団らん』の花言葉もある。結婚式のブーケにも使われるから、安心しろ。紫陽花の花を使ったアクセサリーもあるくらいだし……」
――アクセサリー。
そこまで説明したところで、ミカはふと、ある事を思い立った。
そして、自分の座っているベンチに来るようにと、いつきに手招きする。
「何?」
「いや。チビちゃんなら、どの花でどんなアクセサリー作る?」
「アクセサリー!?」
ミカは、自分のカバンの中から、筆記用具類を取り出した。ジュエリーデザイナーの卵である彼は、いつ如何なる時でも閃いたデザインを記せるように、メモ帳を携帯しているのだ。
「うーん……」
ミカに協力できるならと、眉間に皺を寄せて真剣に考え込んだいつきは、やがて――、
「そうだ! あれは? ピンクの小さな花が集まってる感じのペンダント!」
目に入った薄紅色のナデシコの花を指差して、ミカに提案する。
紫陽花の低木の脇に寄り添うように生えていたナデシコは、見た目も小さくて可憐な花だ。
その花弁の形や、淡い紅色のイメージからしても、女性向けのアクセサリーにはピッタリだろう。
「なるほど。今のは女性向きだとして。じゃあ、男性向けなら?」
ミカは会話をしながら、すらすらとペンを紙に走らせていく。
いつきは、そんな器用なミカの手つきを目で追いながら、半ば無意識に呟いた。
「そのままだと、可愛すぎるかな……。男性だと、シルバーとかなんだろうけど……。銀色の紫陽花なんて――」
「銀か。それなら、シルバーのプレートに、紫陽花のモチーフとか?」
何気ないいつきの言葉からどんどんアイディアを膨らませ、ミカの頭の中では既にいくつかのデザイン案が浮かびつつあった。メモを覗き込むいつきも、思わず目を輝かせる。
「プレートいいね。花の色は青とかなら、男性でもよさそう」
二人は、その後も雨音をBGMに、何度もお互いのアイディアを出し合っては、意見を交した。
話にすっかり夢中になっていたので、思いのほか時間が経ったことさえ、気づかなかったほどだった。
「協力してもらって、助かった」
いつきとの充実した雨宿りのおかげで、ミカはいくつものアクセサリー案を完成させることが出来たようだ。
「俺、少しは協力できた? それなら嬉しいな」
無邪気に微笑むいつきは、きっとまだ気づいていないだろう。
彼がミカの手から、「今日の思い出のアクセサリー」を贈られる日は、案外近いのかもしれない――。
●紫陽花の園で――アイオライトとヴァンデミエール――
「じーじ、あたしね。側で紫陽花を見たいから、傘を買ってもいい?」
「嬢は傘がほしいのかい? もちろん。僕は構わないよ」
アイオライト・セプテンバーはヴァンデミエールと一緒に、紫陽花の園のお土産屋店内にいた。
雨の勢いは弱まってきたものの、やはり歩いて園内を散策するには傘が不可欠だろう。
「青い傘がいいな♪」
「ああ、これは綺麗な青だね。紫陽花の模様も可愛いし、それにしよう」
二人は、店内に並んでいる傘たての中から、やや大きめの青色の傘を選んだ。
アイオライトの小さな手では持ちにくそうなので、ヴァンデミエールが「貸してごらん」と言って、傘をレジまで運んでいった。
この傘がすっかり気に入ったアイオライトは、会計中もずっとニコニコ嬉しそうに笑っていたのだった。
***
「じーじとお花の傘だ♪」
庭園に出てからのアイオライトは、更に上機嫌になった。
雨音に合わせて歌う楽しそうなアイオライトの様子に、ヴァンデミエールもいつにも増して頬が緩む。
「傘も紫陽花も可愛いけど、嬢も負けないくらい可愛いよ」
「えへへ……、嬉しいな♪ あっ、じーじ、見て! 葉っぱの上で、カエルさんもかたつむりさんも、ぴょんぴょんしてるよ♪」
「嬢、あんまりはしゃぎ過ぎると、傘が届かないよ。おいで」
紫陽花やかたつむりに夢中のアイオライトが雨に濡れないように、ヴァンデミエールは、優しくアイオライトの肩を引き寄せる。
「……そういえば、紫陽花の花言葉に『一家団欒』と言うものもあるらしい。小さな花が寄り集まって、仲良くしてるみたいに見えるだろう?」
「わ、ホントだー」
紫陽花を観察していたアイオライトは、ヴァンデミエールの話を聞いて、目をぱちぱちさせながら感心していた。
「あたしとじーじと、パパみたいだね。紫陽花みたいに、ずっと仲良しだもん」
「確かに、白露にも見せてあげたいね」
実は、ヴァンデミエールは心のどこかで、アイオライトがこう言い出すのではないかと感じていたのである。
だから、先ほどお土産で、『紫陽花を一輪、分けてもらう事は出来るのか』を尋ねていたのだった。
しかし、施設の答えとしては、やはり園内の紫陽花を摘み取る事は出来ないとのこと……。
「嬢。花を持って帰れないとしても、その分、僕と嬢が努力して『どれだけ綺麗な紫陽花だったか』、一緒に教えてあげればいいだけのことさ」
「うん、分かったよ。あたし、いい子だもん」
「あと……これ、さっきお店の人に貰ったんだ」
ヴァンデミエールは、傘を持つ手と反対の手で上着のポケットを探ると、中から取り出したものを、そっとアイオライトの手の平に載せた。
「じーじ、これ……!」
それは、透明なフィルムに包まれた、紫陽花の形をしたキャンディだったのだ。
パステルカラーの飴細工は美しく、本物の紫陽花の様に可愛らしい形をしていた。
「紫陽花の花はあげられないけど、そのお詫びにって、お店の人がサービスしてくれたんだ」
「嬉しい……♪ じゃあ、このキャンディもパパに見せてあげようっと。それから、お話もできるよう、お花ももっときちんと見て行こう」
アイオライトは、ヴァンデミエールから受け取った贈り物を大切そうに握りしめ、心から嬉しそうに笑った。
もしかしたら、これが今日一番のアイオライトの笑顔かもしれないと、ヴァンデミエールは思った。
こうして二人は、仲良く身を寄せ合ったまま、雨の紫陽花の園をもう一回り、巡る事にしたのだった――。
●紫陽花の園で――二組の相合傘――
「俺としては、少し濡れながら園内見て回ってもいいんだけどね」
ラキア・ジェイドバインは、お土産屋に入っていくセイリュー・グラシアの背を追いかけながら、苦笑交じりに呟いた。
(まあ、セイリューが風邪を引いてもいけないし……)
「何か言ったか?」
「いや、二人で一つの傘に入って巡るってのは、確かにいいね」
セイリューとラキアが傘を買おうと売り場へ向かうと、そこでは長身の男性二人組みが、品物を選んでいる所だった。
「これ、大きさ的にも丁度良さそうですね」
「そうだね。色合いも悪くないし」
胡白眼と、ジェフリー・ブラックモアである。偶然にも二組のウィンクルムたちが、お土産屋に集まっていたのだ。
「偶然ですね。お二人も、雨宿りですか?」
ラキアが白眼たちに気づいて声をかけると、四人は雨が引き寄せた不思議な縁に驚きつつ、挨拶や軽い雑談を交し合った。
「お話できて、楽しかったです。それじゃあ、ラキア。オレたちも傘を選ぼうぜ」
「ああ、そうだね。お二人とも、また」
セイリューとラキアはこれから買い物だが、白眼たちは既に傘を選んでいたため、先に店を出て庭園へ向かうようだ。
このめぐり合わせのお陰で、四人は楽しいひとときを持てた。
アクシデントは厄介なものだが、時に思いがけない計らいを、ウィンクルムたちにもたらすのかもしれない。
●紫陽花の園で――セイリューとラキア――
「へぇー……。紫陽花って、手毬みたいなのばっかりだと思ってた。花の形が違うやつがあるんだな」
紫陽花をじっと観察していたセイリューは、花の形や種類などの細かい違いに、今初めて気づいたらしい。
好奇心を露にするセイリューの様子を見守りながら、ラキアがそっと、彼の手から傘を抜き取った。
「傘、持ってあげるよ」
「……ありがとな」
「こっちのは、ガクアジサイだよね。どっちも結構見かけるのに、セイリューってば、気がついていなかったんだ?」
「う、うん。あまり意識して見た事なかったからな」
額紫陽花は、中心部の丸い部分を守るように、その周囲にのみ花を咲かせる紫陽花だ。
手毬のように丸い形をしている一般的な「紫陽花」に見慣れていれば、確かに珍しく映るかもしれない。
「ふふ……」
「――っ」
至近距離からラキアと目が合ったセイリューは、少し鼓動を走らせながら、慌てて紫陽花のほうへ視線を逸らした。
ラキアは、そんなセイリューの仕草を内心微笑ましく思いながら、丁寧な口調で語り始める。
「紫陽花は綺麗だけど……。でも、実は猫にとって有害な植物なんだよ。食べちゃうと死んじゃう事もあるから、気をつけなくちゃ」
「えっ、そうなのか?」
この事実には、セイリューも驚いて目を丸くしている。
猫を二人で飼い始めてからというもの、セイリューは自分で勉強したり、知識を得ようと努力してきた。
しかし、知らない事はまだまだ山ほどあるようだ。
「特に、蕾が危ない。うちの庭にも紫陽花あるから、セイリューも猫たちを外に出すときは、気をつけてね?」
「猫にヤバい植物って、意外と多いよな。気をつけるよ」
二人にとって猫たちは家族同然で、かけがえのない存在だ。
決して傷つく事のないようにしなければ。
セイリューは改めてそう誓いつつ、ラキアの博識ぶりに感心した。
「ラキアには、色々と教えてもらう事、沢山あるよな」
「……そうかな。それは、お互い様だと思うよ」
ラキアは、セイリューの純粋な笑顔を受け止めながら、彼と共に在れるこの傘の空間を、愛おしく感じた。
「ね、セイリュー。キーホルダー、買って帰りたいな?」
――紫陽花の園で販売している『とんぼ玉のキーホルダー』は、恋人たちに人気が高いペアアイテムだ。
ラキアは先程のお土産屋でキーホルダーを一目見た時から、記念に購入したいと考えていたのである。
「オレも、そう言おうと思ったんだ。キーホルダー買おう。ひとつずつ」
セイリューもまた、ラキアと同じ気持ちだった。
傘の下で微笑み合う二人の姿を、咲き乱れる紫陽花と雨音が、優しく祝福していた。
今日のひとときの想い出は、二人の間に小さな紫陽花の結晶となって、ずっと残り続けるに違いない。
●紫陽花の園で――白眼とジェフリー――
「手、へいき? たまにかばっているよね」
「あ……」
ジェフリーは、利き手とは反対の左手で傘を持つ白眼の様子が、気になって仕方なかった。
「もう、ほとんど大丈夫ですので! ご心配おかけしてすみません。――そ、そういえばあの時、思い切りひっぱたいて!」
白眼としては、パートナーを気に病ませないよう、上手く誤魔化すつもりだったのだろうが、それを見抜けぬようなジェフリーではない。
「謝るのは、俺の方だよ。あんな幻影に惑わされて、パートナーの君に迷惑をかけたんだから」
「ジェフリーさん……」
あの時、ジェフリーが惑わされたのは、自分がかつて愛した妻と子供の幻影だった。
例えそれがマボロシと分かっていても、どうして心を揺さぶられずにいられるだろうか。
白眼にも、ジェフリーの痛みや深い苦しみは伝わってきていた。
それこそ、自分の拳の痛みなんて、どこかへ忘れてしまうほどに――。
「ジェフリーさんは、何も悪くありません! あの男を殴ったのは、俺が勝手にやったことだし」
「でも、俺を思ってのことだろう?」
「……」
ジェフリーは、労わるような……慈しむような手つきで、白眼の傷ついた右手を、そっと取った。
「……痛かったよね」
「そんな。俺なんかより……」
余りに優しい手の感触に、白眼は戸惑いを隠せなかった。
(家族に向かって引き金をひいた……この手の方が――)
ジェフリーになんと言葉をかければ良いか分からなくて、白眼の心の声は、次第に小さくしぼんでいってしまった。
不用意な事を口走ってしまえば、ジェフリーを悪戯に傷つけるかもしれない。
だから、口を閉ざしてジェフリーの手を見つめているしか、出来なかったのだ。
「……っ」
その時。
押し黙った白眼の左頬に、冷たくてやわらかいものが一瞬、触れた感触があった。
「驚いた?」
「……おぼっ!?」
白眼が、ジェフリーにキスされた事を悟ったのは、頬をジェフリーの長い睫と吐息が、掠めて行ったときだった。
「おどろろろ、……なっ、なんできす!?」
「暗い雰囲気になっちゃったから、気付けに。あとハイトランスの予行練習」
そして、目の前でおどけたような笑みを浮かべるジェフリーを見た白眼は、ますます急激な羞恥に襲われてしまう。
「とら……。ふ、ふざけないでくださいっ」
「ワッ。フーくんが怒ったぁ」
すると、耳まで真っ赤にして憤る白眼を置き去りに、ジェフリーは傘の中から抜け出して、一人紫陽花の小道を駆け出したではないか。
「ちょ、濡れちゃいますよ!?」
白眼が気が付くと、彼はもう随分先に立っていた。慌てて追いかけようとしたものの――振り返ったジェフリーの微笑みに中てられた白眼は、動く事が出来なかった。
「からかいはしたけど、ふざけてないよ。もっと君と仲良くなりたいって思ってる。力を高められるくらい、深く」
「――へっ?」
ジェフリーは、再び白眼に背を向けた。
それ以上、振り返ることもなかった。
――いや、振り返って、もう一度白眼の無垢な表情を見たら、自身の苛立ちと膨らみ始めた思考の渦に、呑み込まれてしまう気がしたのだ。
(もっと疑えよ、……じゃないと……)
白眼は、次第に足を速めて遠ざかっていくジェフリーの背中を茫然と見つめたまま、暫くその場に立ち尽くしていた。
ただ、降りしきる雨音だけが二人の間に響き、それを紫陽花が静かに受け止めている――。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
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---|---|
マスター | 夕季 麗野 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 3 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月15日 |
出発日 | 06月20日 00:00 |
予定納品日 | 06月30日 |
参加者
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
- 信城いつき(ミカ)
- アイオライト・セプテンバー(ヴァンデミエール)
- シムレス(ロックリーン)
会議室
-
2016/06/19-23:45
ロックリーン:
よろしくお願いします。 -
2016/06/19-02:02
-
2016/06/18-20:39
-
2016/06/18-15:18
-
2016/06/18-00:17