【薫】世にも奇妙なハーブクッキー!?(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●安心安全の不思議なハーブ入りクッキー
「おはようございます。ふふふ、今日はいい天気ですねぇ」
 A.R.O.A.本部の受付で、その男はまた微笑んだ。白衣を纏った(顔だけは)麗しの美青年、ミツキ=ストレンジ。これが彼の何度目の来訪になるのかを考えようとして、受付の男はすぐに諦めた。ミツキは、ストレンジラボという情熱と技術を厄介な発明ばかりに注ぎまくっているヘンテコな研究所の代表だ。彼の顔を見てぐったりときた回数を数えるよりも、今回のトラブルの種の概要を把握する方が先決である。
「いい天気って、今日めちゃくちゃ曇ってて外真っ暗なんですけど……まあ、いいや。それで、今日はどのようなご用件でしょうか、ミツキ様」
「ふふ、ふふふふ! 今日は何と! こんな素敵なアイテムをお持ちしました!」
 ババーン! とミツキが受付カウンターに広げたるは、可愛くラッピングされたクッキーだった。丸いシルエットが愛らしいクッキーからちらちらと顔を出しているのは、
「……ハーブですかね、これは」
「ご名答です! いやぁ、流石ですね! ふふふ、うふふふふふ」
「ああ、やっぱり……ていうか今日、何だかおかしくないですか?」
「ふふふ、確かにこれは『お菓子』ですが『おかし』くはありませんよ! 我がストレンジラボの発明品は! 常に安心安全をモットーとし!」
「このクソ寒いのにダジャレですか!? それにおかしいのはクッキーじゃなくて貴方のテンションですっていやきっとこのクッキーもまた妙な品だろうとは思ってはいるんですけどねええええ!?」
 受付の男の全力のつっこみを受けてなお、ミツキはへらへらと笑っている。助けを求めてミツキの背後に立つ大男――ミツキの影のようにして常に彼と行動を共にしているストレンジラボの研究員(という名目のミツキの実験体)で名はシャトラという――へと眼差しを遣れば、無口な彼は細い息を一つ吐くと、非常に珍しいことにぽつぽつと唇を開いた。
「……ハーブには、人の気分を高揚させたり、逆に落ち付かせたりする効果がある」
「あ、はい。はい、そうですよね、何となく知ってます」
「このクッキーにはミツキが研究の末生み出した、その効果を増幅させたハーブが練り込まれている。本来なら、新しい研究の成果を最初に試すのは俺の役目だが……」
 今回は何日も不眠不休で研究に没頭していたために注意力散漫になっていたミツキが、普通のクッキーと取り違えてうっかり発明品を口にしてしまった、とのこと。更に悪いことに、それが『気分を高揚させる』方のクッキーだったために、ミツキはこの状態なのであるらしい。
「……効果はいつ切れるんですか?」
「わからない。恐らく数時間か……体質によってはもっと効果がもつことも考えられる」
「そうですか……」
「だが先ほど、ミツキがこの建物の前でウィンクルムたちにクッキーを配っていた。近いうちに、データはもっと正確なものになるはずだ。安心してほしい」
「…………えっ?」
 耳に届いた言葉のあまりにあまりな内容に受付の男は思わず間の抜けた声を漏らしたが、シャトラはもう、ミツキの代わりに喉を使うのを止めることにしたようでうんともすんとも応えなかった。

解説

●『効果増幅ハーブクッキー』について
効果を極限まで増幅させたハーブ入りのクッキー。1袋1枚入り。
食べるとテンションが急上昇のローズマリークッキーと、食べるととってもリラックスした状態になるカモミールクッキーの2種類がございます。
ラッピングのリボンが赤い方がローズマリー、青い方がカモミールです。
ローズマリーの場合は赤、カモミールの場合は青とプランにてご指定ください。
効果が続く時間は個人差がありますが、数時間~長くて一日ほど。
食べる時にそれぞれのハーブがふわりと香ってとっても美味しいです。力作。
ちなみに、ネーミングはミツキが朝からプロローグの状態ですので(仮)です。

●『効果増幅ハーブクッキー』について2
ミツキがA.R.O.A.本部前にて各ウィンクルムに1~2枚配ったようです。
効果については、配った本人があの状態なので話したかもしれませんし話していないかもしれません。
手に入れた枚数と効果を知っているか否かは、プランにてわかるようにご指定をお願いいたします。
また、「本部前でパートナーを待っていたらミツキに話し掛けられた」等、ウィンクルムの片割れがひとりでいる時にクッキーをGETするのもOKです。

●ストレンジラボについて
すごいのはすごいのだけれどもよくわからない物を研究開発しているタブロス市内の小さな小さな研究所。
研究所の代表で(性格はともかく)優秀な研究者のミツキと、研究員という名の雑用係兼実験体のシャトラが2人で頑張っています。

●消費ジェール等について
本部での用事後、パートナーと出掛ける予定です。
お出掛け代として一律300ジェール頂きます。
なお、出掛ける場所は自由ですので、場所指定のほど必ずお願いいたします。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

ローズマリーもカモミールも、どちらもいい香りで大好きです!
というわけでこちら、『香り』に纏わる寿ゆかりGM主催の【薫】エピソードでございます。
ローズマリークッキーを食べて、テンションが上がりまくったり、いつもより情熱的に想いを紡いだり。
カモミールクッキーの効果で、素直にパートナーに接することができたり、思いっ切り甘えてみたり。
クッキーの使い方は基本的に自由ですので、いつもと違う2人の時間をお楽しみいただければ幸いです。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ひろの(ルシエロ=ザガン)

  青い。(一枚貰ったクッキーを見る
「……赤より、いいかなって」
たぶん、あれ。赤いの食べたからだと思うし。(ミツキの様子と説明を思い返す

おいしい。(広がる香りに、目を瞬く
「大丈夫。なんかすごく落ち着く」(右手を胸に当て
「うん」
「行こう?」(臆病さが取れ、自分からルシェの手を握る

クッキーのおかげかな。いつもより楽に息が出来る気がする。
梅の花って色々違うんだね。並んでるとよくわかる。(梅を眺め
「ルシェ、あのね」(ふとルシェを見上げ
「ルシェの目の色、結構好き」
色も好きだけど。「力強い感じが、ずっと見てたくなる」
言う気なかったのに。なんか言えた。(ぽろっと

顔赤い?(身を任す
「目以外も好きだよ?」(自覚無し


出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
 
リラックス効果ね…
まあ害はないみたいだし、もらっておこうかしら

本部を出てひとまず公園へ
ベンチに並んで座りクッキーを食べる
体の力が抜けてリラックス、レムにもたれかかる

駄目だった…?
ちらりと上目遣いで見て了承を得て話し出す
話って言うのはね…実は来月から新しく就職が決まったの
市内にあるバイクショップの店員
バイクの知識を買われて是非って採用してくれたの

…めでたくない(唇とがらせぎゅっと抱き着いて
だって、これからは仕事が忙しくてレムに会う時間が減るんだもの
寂しい
だから今日はずーっとこうしてて?
ふふ、ありがと
レムにくっついてると安心するの
さっきのクッキーなんかよりずっとリラックスできるような気がする


アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
 

ノリと勢いがすごくて話がよくわからなかったのですが…とりあえず、美味しそうなクッキーということは分かりました
ラルクさんは…でしょうね
それでは早速、頂きます

あら、なんだか…うふふ
A.R.O.Aで任務がないかを見に行く予定でしたけど…私、行きたい所が出来たんです
それは到着までの秘密です

ええ、その通りです
さあ行きましょう、是非行きましょう、甘味が私達を待っています
ほら、ラルクさんにも聞こえるでしょう?砂糖の歌声が、クリームの囁きが!
今こそ糖分と向き合う時です!大丈夫です、私がついていますから!

甘いもの一杯で幸せ…ですけ、ど
冷静になると、ラルクさんにすごく申し訳ないことしてしまいました…すみません


エリザベータ(時折絃二郎)
  赤1
待ってたらすげぇご機嫌な奴に押し付けられたんだけど…クッキー?

雨降りそうだな…
なぁなぁ、あたしんち来るか?
うちのが近いし天気が良くなるまで、な!

家はマンション、一人暮らし
白と青を基調として時季の花とぬいぐるみを飾ってる

げ、お茶請けがない…さっきのクッキーでいいか
温かい紅茶に添えて
居ねぇぞ、あたしだけ
(…なんか怒った?

え、え、無条件な訳ねぇだろ?
ゲンジのことも大丈夫だと思って…
…は?(硬直

(なんかいつも以上に変…って、近いっ!
ちょ、ちょっと…!
真っすぐ見つめられ、心を見透かされてるようで落ち着かない
(なに、この状況…

…っ!
(か、からかわれた…!?
でも、少し寂しそうに見えたのはなんでだろう…?


ルイーゼ・ラーシェリマ(オリヴァー・エリッド)
  青2枚
効果聞いた

知らない人から貰ったものは食べちゃだめって言われているけど…
とってもいい香りで美味しそうよね
食べてみたい…、よし、食べちゃえ!と誘惑に勝てずぱくりと

美味しい!
オリヴァーくんも食べてみたら?
とても美味しいわよ、それに効果も本当みたい
なんだかすごく落ち着いた気持ちになったもの
ふわふわ微笑む

オリヴァーくんはなんだかいつも通りね?
普段から落ち着いているって事かしら
いいなぁ、私もそうなりたいわ
あまり年相応には見えないって身内からは結構言われるの

そういって貰えると、嬉しいわ
こういうお互いの事を話し合うのって友達みたいよね
じゃあオリヴァーくんは私の友達第一号ね!
えへへ、友達…


●近づく温度
「あれが噂の。以前の性転換クッキーも製作者はアイツか」
 去っていく男の後ろ姿を見送って、ルシエロ=ザガンはどこか興味深げな声を漏らす。思い出されるのは、ひろのの『かつての』部屋での出来事だ。そんなルシエロの傍らで、ひろのは手の中のクッキーをじっと見つめていた。その指が、青色のリボンに緩く触れる。
「食べるのか?」
「……赤より、いいかなって」
 タンジャリンオレンジの視線をひろのへと注ぐルシエロ。短く零された問いに、ひろのはこくと頷くと、ぽつぽつと答えを紡いだ。
「たぶん、あれ。赤いの食べたからだと思うし」
「成る程。赤であれなら、確かに青い方がマシかも知れんな」
 2人して、思い返すのは先刻のミツキの様子と彼から受けたクッキーについての説明だ。ゆるり、リボンが解かれれば、ふわりと空気を揺らす快い香り。その芳醇な香に目を瞬かせた後で、ひろのはぱく、とクッキーを口にした。うん、おいしい。
「気分はどうだ」
 傍らから投げられた声に、ひろのは大丈夫だと応じた。右手を胸に当てたひろのの目元は、どこか常よりも柔らかい。
「なんかすごく落ち着く」
「なら良い。不調を感じたら言え」
 オマエは我慢し過ぎる、と付け足せば、ひろのは「うん」と頷きを返した。そうして、
「行こう?」
 と、ひろのはそれがごく自然なことのようにルシエロの手を取る。その行動からは、日頃の臆病さのようなものは感じられない。
(効果は即効性らしい)
 ひろのの手を握り返しながら、ルシエロはそう分析する。
(ヒロノから僅かに引かれている線を、今は感じない)
 繋いだ手の温もりは、どこまでも正直だ。ひろのの希望に合わせて、向かったのは植物園。見頃だという梅林は、ため息が零れるほどの美しさだった。
「梅の花って色々違うんだね。並んでるとよくわかる」
 いつもより楽に息が出来る気がするのはクッキーのお陰だろうかと思いながら、ひろのは焦げ茶の双眸に梅の花を映していたのだが、
「ルシェ、あのね」
 ふと思いついたように、その眼差しがルシエロのかんばせへと移る。「なんだ?」と応じて、ルシエロは自分を見上げるひろのと視線を合わせた。そして。
「ルシェの目の色、結構好き」
 ひろのの唇から零れ落ちたのは、ルシエロの予想外の言葉で。言葉の通り目の話をしているのだとわかってはいるが、それでも、ひろのからの『好き』にルシエロの心臓は跳ねる。
「色も好きだけど。力強い感じが、ずっと見てたくなる」
 どこか口説き文句にも似た言葉は、まだ続く。ルシエロの整ったかんばせには仄か朱が差し、彼は僅かその目を泳がせた。長すぎた『待て』のご褒美は存外に甘い。
(強制でも、非常時でもない。日常でのヒロノの言葉)
 耳に残る声が、心底から愛おしかった。だって、彼女が口にしたクッキーは、人が抱く気持ちを捻じ曲げるような性質のものではないのだ。
(……嬉しいものだな)
 得た喜びを胸に沁み込ませるルシエロを前に、ひろのは微かに首を右へと傾けた。胸の内にはあったけれど、音にするつもりはなかった想い。それが、何故だかぽろりと喉から溢れ出したから。けれど、その不可思議に深く浸るよりも早くに、
「ルシェ、顔赤い?」
 ひろのは、ルシエロの様子が常とは違っていることに気がついた。問いを零せば、ルシエロはふと微笑んで、ひろのの身体をそっと抱き寄せる。ひろのは抗うことも身を固くすることもなく、己の身体をルシエロに預けた。
「好きなのは目だけか?」
 触れる温もりの中で、耳元に囁きが落ちる。するりと唇を潤す、言葉は。
「目以外も好きだよ?」
 恐らく自覚はないのだろう。けれど、ルシエロの端正な顔立ちを彩る笑みは、その言葉を受けて確かに深まる。
(気が緩むと素直に物を言うらしい。……普段はどれだけ言葉を飲み込んでいるのやら)
 抱き締めた温度を心地良く身体に感じながら、ルシエロはそんな想いを自らの胸に過ぎらせて思案げに目を細めるのだった。

●友達を始めよう
「……なんというか、随分と明るい方でしたね」
 白衣の男が嵐のように去っていった後で、オリヴァー・エリッドはぽつりと呟いた。手の中には、口を挟む間もなく押し付けられた青いリボンが愛らしいクッキーの袋。やや呆気に取られている彼の傍らで、ルイーゼ・ラーシェリマは静かに葛藤する。
(知らない人から貰ったものは食べちゃだめって言われているけど……)
 受け取ったクッキーの袋を開けてみれば、漂うはふくよかな香り。甘いカモミールの香は、ルイーゼを誘って止まない。そして。
(とってもいい香りで美味しそうよね。食べてみたい……、よし、食べちゃえ!)
 少女らしい素直さで呆気なく誘惑に屈して、ルイーゼはクッキーをぱくり。その瞬間、空色の瞳がぱああと明るく輝いた。
「美味しい! オリヴァーくんも食べてみたら?」
「えっ、もう食べたんですか?」
「うん、とても美味しいわよ。それに効果も本当みたい」
 なんだかすごく落ち着いた気持ちになったもの、と邪気の欠片もないふわふわとした微笑みを向けられて、思案げに口元に手を宛がうオリヴァー。ルイーゼの言葉を受けた上でなお、正直まだミツキの説明を若干訝しんでいるオリヴァーだが、
(まあ、ルイーゼさんももう食べてしまっているし)
 と、思い切って自身の分のクッキーを口にした。ふわりと漂う香りが、彼の警戒を和らげる。オリヴァーがクッキーを食べるのをじぃと見守っていたルイーゼが、待ちかまえていたかのようにそわそわとして声を投げた。
「ねえ、どう? 美味しかったでしょう?」
「ああ、美味しいですね」
 期待に満ちた顔で答えを待つパートナーへと静かな微笑と共にそう返せば、ルイーゼのかんばせには笑顔の花がぱあと咲く。
「ね、美味しいわよね。えへへ、何だか嬉しい!」
「それは重畳です。では、行きましょうか」
 オリヴァーの言葉に、ルイーゼはこくと頷きを返した。タブロスに引っ越してきてからまだ日が浅いルイーゼ。今日は、本部での用事を終えた後オリヴァーに街を案内してもらう予定だったのだ。ステップを弾ませるルイーゼの隣を、オリヴァーは落ち着いた足取りで行く。その様子に、ルイーゼはふと小首を傾げた。
「オリヴァーくんはなんだかいつも通りね? 普段から落ち着いているって事かしら」
「いつも通り……そうでしょうか? 自分ではよくわかりませんが」
「少なくとも、私にはそう見えるわ。いいなぁ、私もそうなりたい」
 あまり年相応には見えないって身内からは結構言われるの、と、ルイーゼの唇からぽつぽつと音が漏れる。仄か顔を伏せたルイーゼの言葉を、オリヴァーは彼女の本音だと感じた。だから、零す声は殊更に柔らかく。
「焦らなくてもいいんじゃないでしょうか。ルイーゼさんらしさを大切にすればいいですよ」
「私らしさ?」
「はい。明るいその性格は、ルイーゼさんの長所かと」
 付け足された言葉にルイーゼは瞳を瞬かせて――すぐに、ふにゃりと破顔した。
「そういって貰えると、嬉しいわ。それに、こういうお互いの事を話し合うのって友達みたいよね」
 事情があって、これまで友達と呼べる存在を得たことのないルイーゼである。そんな彼女の「友達みたい」という物言いを、オリヴァーは胸の内に反芻する。
(正式にはウィンクルムだけど……似たようなものか)
 そんなふうに思って、「そうですね」とオリヴァーは肯定の言葉を返した。嬉しい同意に、ルイーゼの瞳は雨が去った後の晴れ空の如くどこまでも澄み渡る。
「じゃあ、オリヴァーくんは私の友達第一号ね!」
 瞳をきらきらと煌めかせるルイーゼの声は朗らかだ。自分の方が年上なのだからとパートナーとの接し方に迷走気味だったルイーゼだが、その宣言は曇りのない真っ直ぐさを帯びていて。いかにも嬉しげなルイーゼの様子に、オリヴァーは優しい苦笑を漏らす。
(えへへ、友達……)
 彼女にとっての『特別』を胸に抱き締めて、ルイーゼは益々頬を緩ませるのだった。

●甘い束縛、誘う本音
「リラックス効果ね……まあ害はないみたいだし、もらっておこうかしら」
 そう言って、出石 香奈が受け取ったのは青いリボンが飾るクッキーの袋。同行していたレムレース・エーヴィヒカイトはクッキーに何か不審なものを感じたのだが、
(香奈が気にしないならまあいいだろう)
 という結論を出して、特に口を出すことはしなかった。本部へと足を進める香奈が、ふとレムレースの方を振り返る。
「ねえ、レム。本部に寄るついでに……今日は話があるの」
「話?」
「そう。だから、少し時間をもらってもいい?」
 この後公園にでも、という香奈の言葉を、無下にする理由はレムレースにはない。頷きと共に諾の返事を返せば、香奈の表情が和らいだ。そうして2人は、本部での用事を終えて公園へと向かう。並んでベンチに座り、話を切り出す前にと香奈は何気なくクッキーを齧った。ふわり、カモミールが甘く香る。途端、ゆるりと心地良く身体の力が抜けて、香奈はその身を傍らの人へと預けた。レムレースの漆黒の瞳が、触れる温度に僅か見開かれる。
「レム? 駄目だった……?」
 ちらりと上目遣いに問われて、「問題ない」と応じるレムレース。驚きこそしたものの、それは決して不快な感情を伴うものではなかった。このままでいい、と促せば、香奈はその唇から声を零し始める。
「話って言うのはね……実は、来月から新しく就職が決まったの」
 その仕事というのは、タブロス市内にあるバイクショップの店員なのだと香奈は語った。
「バイクの知識を買われて是非って採用してくれたの」
「……そうか、それはおめでとう」
 紛れもない吉報というものだろう。レムレースは静かに祝辞の言葉を贈った。けれど、「今度お祝いを」というところまで音を紡いだところで、レムレースは香奈の様子が少しおかしいことに気づく。
「……ん? 香奈?」
「……めでたくない」
 拗ねたように唇を尖らせて、レムレースへとぎゅっと抱きつく香奈。人前で、香奈がこんなふうに堂々と甘えてくるのは初めてのことだった。
(どう反応すればいいんだ……?)
 ぎくしゃくとしながらも、どうにか不自然にならないように香奈の肩へと手を落ち着かせる。触れた温もりを愛おしむように口元を仄か綻ばせて、けれど香奈は、すぐにまた表情を曇らせた。
「だって、これからは仕事が忙しくてレムに会う時間が減るんだもの。……寂しい」
 だから今日はずーっとこうしてて? なんて小首を傾げられて、レムレースの唇から落ちたのは「ああ」なんて短い返事。今度こそふうわりと微笑んで、香奈はレムレースに猫のように甘えてみせる。
「ふふ、ありがと」
 男性への媚ではなく本音を話してくれたのだろうかと、そのことは確かに嬉しく思いつつも、レムレースはいつの間にか、思案の底にずぶりと沈み込んでいた。
(香奈はもともと自立した女性だ。就職を決めたのも、つらい過去から自分で立ち直ろうという気持ちの表れかもしれない)
 考えれば考えるほどに喜ばしいことであるはずなのだ。それなのに、レムレースの胸の内は穏やかに凪ぐことはなく、ざわりとさざめき立っている。この感情は、一体何だ?
「……あのね、レムにくっついてると安心するの」
 レムレースの複雑な心境には気づいていない様子で、香奈は柔らかく言葉を紡ぐ。
「さっきのクッキーなんかより、ずっとリラックスできるような気がする」
 香奈の声に惹かれるようにして、レムレースはちらと彼女の方へと視線を向けた。顔と顔が近づき――カモミールの残り香が淡くレムレースの鼻孔をくすぐった、その瞬間。
「……俺も寂しいな」
 小さく口をついたのは、そんな言葉。それは恐らくは、先ほど感じたもやもやへの答えとなり得るもので。そして、傍らの呟きに紫の双眸を瞬かせた香奈は、益々嬉しげに笑み崩れ、レムレースへと身を寄せたのだった。

●甘味の声が聞こえますか?
「ノリと勢いがすごくて話がよくわからなかったのですが……」
 男の姿を見送って、アイリス・ケリーはことりと小首を傾げる。彼の話は兎角要領を得なかったが、ただ一つ、はっきりとしていることがある。
「とりあえず、これが美味しそうなクッキーということは分かりました」
 大真面目な顔でアイリスは言い、そう言うと思ったとばかりにラルク・ラエビガータはやれやれと肩を竦める。アイリスの眼差しが、ラルクへと向けられた。
「ラルクさんは……」
「俺はいい。どうせ一枚だけだ、アンタが食え」
「……でしょうね」
 くす、と小さな微笑がアイリスの唇を潤す。そうして彼女は、
「それでは早速、頂きます」
 と、上品な所作でクッキーを口に運んだ。すっきりとした香りに頬を緩めるアイリスを横目に見遣り、カーマインの目を眇めるラルク。
(甘いモンが好きじゃないってのもあるが、嫌な予感がするんだよな……)
 アイリスにも止めておけと言いたいところだったが、彼女が甘い物を前にそれで止まるような女ではないということをラルクは知っている。彼の読み通りにアイリスは僅かの躊躇いもなくクッキーを食べ切って――その口元を、ふわりと緩めた。
(あら、なんだか……うふふ)
 弾む心のままに、アイリスは再びラルクの方へと視線を移す。元々今日は本部へと任務がないか見に行く予定だったのだが、
「ラルクさん。私、行きたい所が出来たんです」
 そんなふうに声を向けられて、ラルクは諾の返事をした。
「予定変更は構わねぇよ。んで、どこに行きたいんだ?」
「ふふ、それは到着までの秘密です」
 口元にいかにも秘め事っぽく指を当てるアイリス。ラルクの胸を、微かな違和が刺した。話した感じは常と変わらないのだが、どこか、何かがおかしい。その理由に思い至る前に、アイリスの先導で2人が辿り着いたその場所は。
「……なあ」
 乙女チックな外観の建物を見上げて、ラルクは掠れた声を漏らす。
「俺の気のせいじゃなければ、ここは所謂スイーツビュッフェとやらをやってる店だと思うんだが」
「ええ、その通りです」
 さあ行きましょう、是非行きましょう。アイリスは、熱に浮かされたようにラルクの背をぐいと押す。
「甘味が私達を待っています! ほら、ラルクさんにも聞こえるでしょう? 砂糖の歌声が、クリームの囁きが!」
「アンタ何言ってんだ!? 聞こえるわけねぇだろ!!」
 朗らかに囀るアイリスの、しかしラルクの背を押す手は力強い。自分には微塵も聞こえない甘味たちの声をキャッチしたアイリスへと、ラルクも声を上げて抵抗を試みるが、
「今こそ糖分と向き合う時です! 大丈夫です、私がついていますから!」
 彼の声は、アイリスの胸には届かなかった。世の中とは、かくも無情なものである。
「……ああっ、クソッ、分かった、分かったよ。行きゃいいんだろ」
 だからもう押すのはやめろと、ラルクは店の扉に手を掛ける。扉を開けた瞬間、いらっしゃいませの声よりも鮮明にラルクの脳を揺さぶったのは、店中に漂う甘い香りだったとか。
「さあ! 食べましょう、ラルクさん!」
 勢い込んでビュッフェに臨むアイリス。至極生き生きとしている彼女の背を少し遠い目をして見つめながら、ラルクは近くに並ぶ軽食と珈琲の存在に心から感謝した。そして、案内されたテーブルにて時間を過ごすこと暫し。
「ああ、甘いもの一杯で幸せ……ですけ、ど」
 言葉の通り幸せ顔でテーブルから溢れんばかりの甘味たちを堪能していたアイリスだったが、彼女は不意に冷静さを取り戻した。
「……何だかラルクさんにすごく申し訳ないことしてしまいました……すみません」
「ん? 我に返ったか?」
 珈琲を啜っていたラルク、アイリスが常の調子を取り戻したと見るや、「あんま気にすんな」と言葉を投げる。
「甘いモン尽くしは正直キツかったが、剥き出しのアンタを見れたからな。まあ、悪くない」
 ふっと口の端を吊り上げて、ラルクはまた珈琲を口に運ぶのだった。

●苛立ちの理由は
「待ってたらすげぇご機嫌な奴に押し付けられたんだけど……クッキー?」
 何だそれはと目だけで問えば、エリザベータはそう答えて首を傾けた。感情の乗らない瞳で中身までは覗けぬ赤いリボンの袋を見てエリザベータを見て、時折絃二郎は胸の内にため息を零す。
(不審者に押し付けられたというわけか。無防備というか……)
 そんな絃二郎の心中など知らずにエリザベータは鈍色の空を見上げて、
「雨降りそうだな……」
 なんて、青緑の瞳を細めて小さく呟いた。そして、ふと名案を思いついたとでもいうように、
「なぁなぁ、あたしんち来るか? うちのが近いし天気が良くなるまで、な!」
 と、屈託もなく絃二郎を誘う。「お前の家?」と絃二郎の唇から平坦な声が漏れた。
(一張羅が濡れると面倒だが……男を安易に上げるのも如何なものか)
 これもまた無防備な話だと思うも、刻一刻と空は暗さを増しているような気もする。故に、絃二郎が導き出した結論は。
「……問題ないなら」
「じゃあ、早速行こうぜ」
 エリザベータの先導で、2人は彼女の暮らすマンションへと急いだ。白と青を基調とした部屋の中には、季節の花とぬいぐるみが飾られている。
「部屋のセンスは悪くないが、ぬいぐるみが多すぎる」
「って、いいだろ別に」
 ぽんぽんと言葉を交わしながらも、滞りなく客人をもてなす準備を進めるエリザベータ。温かい紅茶に添える物をと思ったのだが、
(げ、お茶請けがない……さっきのクッキーでいいか)
 という次第で、紅茶の相棒は得体の知れないクッキーに。お待たせとテーブルに飲み物とお茶請けを並べれば、絃二郎の唇からぽつと音が漏れた。
「同居者はいないのか?」
「居ねぇぞ、あたしだけ」
 当たり前のようにそう応じられて、絃二郎、胸中に嘆息させられるのは何度目かと無表情の奥に思う。
(アレと不和になった理由が読めた……疎いのも罪だな)
 そんなことを思いながら、先ほどの品だとは気づかずにクッキーを口に運ぶ絃二郎。爽やかな香りに鼻孔をくすぐられたと思うや否や――形容し難い熱が、絃二郎の精神を高ぶらせた。苛立ちが、絃二郎の口を滑らかにする。
「ヘイル。お前は無防備過ぎだ、少し警戒しろ」
 いつもとはどこか違う声音に、何故だかわからないが相手は気分を害したようだと察するも、エリザベータにはその理由がわからない。
「え、え、無条件な訳ねぇだろ? ゲンジのことも大丈夫だと思って……」
「その前提が間違っているのに?」
「……は?」
「俺が何もしない、という前提だ」
 目を丸くして、ぴたりと固まるエリザベータ。頭の中では、
(なんかゲンジがいつも以上に変だ……)
 等と思っていたのだが、思考は絃二郎の意図したところまで至っていない。
(危機感もないようだ……今日は気分が良い、少しからかってやろう)
 自身も気づかぬうちにローズマリーが運ぶ熱に浮かされて、絃二郎はすくと立ち上がるとエリザベータの頬を己の両手で包んだ。そのまま相手の瞳を覗き込めば、近すぎるその距離にエリザベータは身動ぎをした。
「ちょ、ちょっと……!」
 小さく声を上げても、絃二郎はエリザベータのことを解放しようとしない。
(なに、この状況……)
 状況も状況だが、暗紫の瞳にこうも真っ直ぐに捉えられると、まるで心を芯まで見透かされているような心持ちになって落ち着かない。そんなエリザベータの様子に、
(……動揺はする、か)
 と胸の内にひとりごちて、絃二郎はようやっと彼女を解放した。
「動揺するなら少しは意識しろ。親子ほど離れていても相手は男だ」
「……っ!」
「それと、今度はドーナツを所望する」
 何事もなかったかのように椅子に座り直して、絃二郎は紅茶のカップを口に運ぶ。まだ幾らか呆然として、エリザベータは絃二郎が紅茶を喉に流すのを見守った。
(か、からかわれた……!?)
 ああ、でも。
(少し寂しそうに見えたのはなんでだろう……?)
 胸にわだかまる問いに答える者はなく、ただゆっくりと、時間だけが過ぎていく。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ひろの
呼び名:ヒロノ
  名前:ルシエロ=ザガン
呼び名:ルシェ

 

名前:ルイーゼ・ラーシェリマ
呼び名:ルイーゼさん
  名前:オリヴァー・エリッド
呼び名:オリヴァーくん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月01日
出発日 03月08日 00:00
予定納品日 03月18日

参加者

会議室

  • [5]エリザベータ

    2016/03/07-00:26 

    うぃーっす、エリザベータと時折絃二郎だぜ。
    前に会った人はかなり久しぶりかも?ルイーゼ達と香奈達もよろしくなー
    ハーブクッキーねぇ…よく解んねぇけど、体に悪くはないんだよな?
    …だ、大丈夫だよな?

  • こんばんは、私はルイーゼ。
    パートナーのオリヴァーくんともどもよろしくね。
    とってもいい香りのするクッキーみたいね。
    効果はともかくとして、どんな味なのかすごーく気になるわ…。

  • [3]アイリス・ケリー

    2016/03/06-21:07 

    アイリス・ケリーと、パートナーのラルクと申します。
    ルイーゼさん、オリヴァーさんは初めまして。
    他の皆さんはお久しぶりです。
    安心安全という言葉の意味を深く考えさせられる、不思議なクッキーですね。
    現地でお会いすることはありませんが、よろしくお願い致します。

  • [2]ひろの

    2016/03/05-10:35 

  • [1]出石 香奈

    2016/03/04-20:51 


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