最悪の夢を、あなたに(瀬田一稀 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 枯れ木の間を、風が吹き抜ける。
 足元で、かさかさと落ち葉がなった。赤と黄に染まった葉は美しいが、所詮命を亡くした、生の残骸に過ぎない。
 男はそれを踏みつけ、ウィンクルムを振り返った。
 しかし、茫洋とした黒い瞳は、捕えるべきものを捕えているようには思えない。
 紅を塗っているわけでもないだろうに妙に赤い唇が、ゆっくりと音を紡いだ。

「僕はね、大切なものを失ったんですよ」

 ――それは、なに。
 ウィンクルムは、聞くことはできなかった。
 彼らが立つのは、タブロスから離れた地区にある、長閑な……いや、長閑だった村だ。
 木々の間から見上げる空は青い。しかし、男の背後、つまりウィンクルムの目の前には、すっかり荒れた土地が見えていた。
 オーガとの争いによって、破壊された畑。
 せっかく山の中の土地を切り開いて、やっと収穫にたどり着いたはずだった場所。

「再起をかけていたんです。都会を追われて、ここの村の人に拾われて。やっとうまくやっていけるはずだったんです。それなのに……」

 男が唇を噛みしめる。
 ウィンクルムは知っている。
 彼の愛妻は、彼の目の前でオーガによって怪我を負い、今は入院中であると。
 命は助かったが、元の身体に戻るまでには長いリハビリが必要らしい。

「この村の人は優しい。畑はどうにかしてくれると言ってくれました。でも僕は助けてもらってばかりで……オーガなんて、この世界にいなければよかったのに。あなた達が、もっとはやくに来てくれればよかったのに」

 そこで男は、両手を胸のあたりまで持ち上げる。

「僕はね、ちょっとした催眠術が使えるんです。
 あなた達が悪いわけじゃないのはわかっている。
 でもどうしても、どうしても感情が追い付かない。
 ねえ、あなた達はオーガなんて見慣れているんでしょう?
 でも僕は、今回のことは最悪だった。
 目の前で妻が死んでしまうんじゃないかと思ったんです。だから――。

 道連れです。最悪の夢、見てもらえませんか」

 男が手を叩く。
 するとウィンクルムの一方が、声もないままに、その場に膝をついた。

解説

オーガを倒した帰りに、あなた達はひとりの男性と話をしています。
会話の内容は上記の通り。

男性が手を叩くと、ウィンクルムのうち、神人・精霊どちらか一方が倒れます。
その人が見る夢は、本人が「最悪だ」と思っている内容の悪夢です。
辛い過去かもしれませんし、想像したくない未来、あるいはなんらかの妄想かもしれません。

【重要】
男性は後に村人に連れられて病院に戻りますが、一言投げてあげてください。
この言葉と、ウィンクルムの行動で成功判定をします。
励ましが、必ずしも男性を救うとは限りません。
各々のウィンクルムらしい言葉をかけてあげてください。

なお、基本的にはウィンクルムごとの執筆になります。
ほかのメンバーと助け合いたい、苦しみを分かち合いたいなどで絡みたい方は、プランにその旨を記載願います。


ゲームマスターより

こんにちは、瀬田です。
傷をえぐってみました。

なおマスターページに瀬田の傾向が書いてありますので、よろしければご覧ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

紫月 彩夢(紫月 咲姫)

  咲姫が倒れた
目の前の人が何かをしたのは判ったけど
掴みかかる所で耐えたあたし偉い

これでも、あたしはウィンクルムだから
絵本みたいな白馬の王子に憧れるただのお兄ちゃん子だったけど、
ウィンクルムになっちゃったから
善良な人が犠牲にならないように努めてやるわよ
なんなら、そのままオーガに殺されてやるわよ
それで満足?
それで、あんたは、満足!?
くだらない八つ当たりしてる暇があったら奥さんの支えになる努力しなさいよ!

咲姫、大丈夫なの?
…大丈夫なら、良い
見たくないの。もう、咲姫が死ぬとこなんて
あたしのも八つ当たりだったわね。ごめんなさい

深珠さん?
…心配しなくても、あんたに心配かけるような事しないわよ
過保護なんだから



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
 

最悪の夢?
どういうこ…ラルクさんっ!
咄嗟に支えたものの、起きる気配は無さそうです
とりあえず、一度横たえて様子を見ましょう
ラルクさんの頭は膝の上に
汗をかいているならハンカチで拭って、髪を撫でておきましょう
少しでも温もりが夢の中に伝わるように

貴方がかけた催眠術はこの後、解けますか?
解けるのでしたら、いいんです
それで…貴方の気は、晴れましたか?
…そうですか
神人だった私の姉は、私の腕の中で死にました
近くにいた姉のパートナーを私は力の限り罵りました
ですから私には、貴方の行為を咎めることは出来ません
ただ、一つだけ
どうか、奥様の手を握ってあげてください

気分はどうですか?
大丈夫…そう簡単には壊れませんから



シルキア・スー(クラウス)
 


悪夢
赤ん坊から育ててくれたお婆様が亡くなってどうしようもなく悲しく寂しく辛かった
一人は嫌
孤独が怖い
だから人の中に居場所を探して輪に入って
でも本当は一人
両親も見つからない
誰も相手にしてくれない
そんな悪夢

呼ぶ声
名を呼ぶ声が聞こえる様な
縋りたい思いで声の場所を探す
そういえば
自分にはずっと傍で穏やかに微笑む人がいた
その人の名前は

正気に戻れたら
クラウス!
名を呼んで
相手が解きかけた腕に縋る形になったかもしれない
その腕が離せないでいる事には気付かない
起こった事は把握
いつもの自分頑張って取り戻そうとする

男に掛ける言葉は見つからない
クラウスの言葉が心に響く
ただ今は辛い現実と傍に居てくれる彼の存在を心に刻むだけ


エセル・クレッセン(ラウル・ユーイスト)
 
催眠術にかかるのは精霊。

ラル?おい、大丈夫…ッ…、…ごめん…?
(手を振り払われて一瞬きょとんとして…)


対男性
あなたの催眠術、かかったらどうなるって?最悪の…?
ラルは何て言ったんだ…?

ああ、いや、…それは私が自分で聞くことだよな。

…間に合わなくて、ごめん。
奥さんにも、謝っておいてくれな。



エリー・アッシェン(モル・グルーミー)
  心情
困りましたね。
穏便に収めたいところですが、上辺の綺麗事は通じないでしょうね。
偽りのない本心で、私が男性に伝えられるのは……。

行動
……さすがにそこまで冷酷非情ではないですよ。
ですがオーガ討伐を第一とし、事件に巻き込まれた人の心に深く立ち入らないようにしているのは事実です。

男性へ
共感や手助けはウィンクルムでなくてもできます。
オーガを見慣れているからこそ、そのつど悲劇に深く感情移入していたら精神がもちません。戦い続けるため、私は冷徹な姿勢で任務に挑んでいます。
……でありながら、その任務を万全に遂行できなかった。期待に応えられなかった。
私の力が及ばず、負傷者を出してしまいました。申し訳ありません。


●シルキア・スーの悪夢

「ふぎゃああ、ふぎゃあああ……」
 赤ん坊が泣いている。
 周囲にあるのは暗闇のみで、自分が立っている場所すらわからない。
 その中で、赤ん坊の泣き声だけが聞こえているのだ。
 数歩、足を進め。
「どこにいるの……?」
 暗い視界に問うた、そのとき。
 シルキア・スーの両肩に、とん、と手が置かれた。
 なぜかその手を知っていると思った。これは、そう……。
「お婆、様……?」
 呟いた途端に、目頭がじんと熱くなる。
 だって、自分を育ててくれた彼女はもういない。亡くなってしまった。
 赤ん坊の泣き声が、唐突に止まる。
 聞こえるのは嗚咽と、呟き。
「一人は嫌……孤独は嫌……」
 襲い掛かるようにいくつも現れる手のひらを、弧を描いた唇を。シルキアは避ける。
 あの手は、本物じゃない。その笑顔だって、自分だけに向けられるものではない。
 誰も相手にしてくれない。両親はどこに行ってしまったの。
 生き別れたことなど、とうに知っているのに。
「一人は嫌……孤独は嫌……」
 でも、誰かを求めて……シルキアの唇が、動く。

 崩れ落ちたシルキアの身体を、クラウスは抱きしめた。
 手を伸ばすことに一瞬は躊躇したが、どうしたって放っておけるわけはない。
 眉間にしわを寄せているシルキアの顔を覗き込み、耳元で囁く。
「シルキア、シルキア。ここにいる。怖いことなど何もない」
 一人は嫌だと、孤独は嫌だと聞こえた。
 それは今、案ずることではないのだと伝えたかった。
 ぱたりと、クラウスの狼の尻尾が、音を立てる。
「そうだ、また縁側で、尾の手入れをしてくれないか? シルキアの手はたいそう心地がいい」
 そこで、一呼吸。
「だから、戻っておいで」
 クラウスは、彼女の体を抱く腕に、よりいっそうの力を込めた。
 俺の神人……。
「……シルキア」
 その瞬間。シルキアのまつげが震えた。
 春の息吹を思わせる緑の瞳がゆっくりと開き、桃色の唇が、柔らかな音を紡ぐ。
「……クラウス?」
 そのまま、彼女の手を離そうと思っていたのに。
「クラウス!」
 いつもよりも断然強い力で腕を引かれ、クラウスは息を飲んだ。
 しかしそれは、表情には出さない。腕を振り払いもしない。だって彼女は、孤独を恐れている。
 代わりに、優しい声で問う。
「ずいぶんと辛そうな顔をしていた。大丈夫か?」
「……うん。夢の中で、優しい声が聞こえたんだよ。ずっと私を呼んでくれてた」
 シルキアが微笑む。
 しかしその笑みはひどく儚げなものだった。そのくせ彼女は「ありがとう」と言ったのだ。
「呼んでくれて、嬉しかった」
 その言葉にうまく笑顔を見せることができたか、クラウスには自信がない。

 男は、二人を黙って見つめていた。
 シルキアはクラウスから身体を離し、彼に視線を向ける。
 だが、かける言葉が見つからなかった。
 純粋に励ますこともできなければ、非難することもできない。
 だって彼の奥さんは生きている。彼はショックを受けている。
 それはいつか、癒えるべきものではあるけれど。
 そんな男に、クラウスは厳しい顔を向けていた。
 シルキアは、もう腕の中にはいない。だが、自分は確かに彼女の手を掴み、呼び寄せることができた。
 それならばと、重々しく口を開く。
「大切と想う者に心を傾けていれば、何を恨む暇も無いのではないか。早く奥方の手を取ってやることだ」
 シルキアが倒れた直後、恐怖に胸が震えたのは事実。
 だからこそ、自分が彼を恨まないよう。そんな自戒を込めた言葉でもあった。
 男はゆるりと右手を持ち上げ、見入る。繋いだ手でも、想像しているのだろうか。
 そして、しばらく後。
「ええ、そうですね」
 小さな声が、聞こえた。

●ラウル・ユーイストの悪夢

 一言で言うならば、阿鼻叫喚。
 でもそんな言葉で、すべてが語れるはずはない。
 村の中心にある建物が崩れる音を聞いたのは、そのすぐ側でのことだった。
 もうもうと立ち上る砂埃。
 衝撃に、思わず地面に尻もちをつく。その耳に届くのは、オーガの咆哮と、人々の叫び声だ。
「助けて……誰か、誰か」
 大切な場所が壊れ、人が亡くなる姿を見ても、ラウル・ユーイストにはどうすることもできない。
 目の前で、倒れた壁の下から伸びた手が宙をかき、力なく落ちる。
 顔が見えず、相手がわからないことが、不幸なのか幸運なのか。
 とにかく逃げなければと、足に力を込めた。
 しかしラウルは、立ち上がることができなかった。
 先ほど地に落ちた手が、ラウルの足首を、がしりと掴んだからだ。
 蛇のように伸びた白い腕は、ラウルのふくらはぎを、太ももを這い上って行く。
 ――行ってしまうの。私たちを見捨てて。
 ――あなたの両親は、妹は、そちらにはいない。
 ――死んだ、死んだ、オーガに殺された。
 ラウルの全身に、痛みが走る。
 動けない、一歩も歩けない。誰か、誰か。
 これは夢。否、これは現実。遠い昔にあったこと。

「ラル? おい、大丈夫か、ラル!」
 エセル・クレッセンは、地に倒れたラウルの身体を大きく揺さぶった。
 ラウルの呼吸は浅く、伸ばされた手は、なにかを掴もうとしているようだ。
 彼がどんな悪夢を見ているのか、エセルにはわからない。
 しかし求められているのであればと、その手に触れかけ――。ラウルの目が開いた、直後。
 ぱしん!
 手を、払われる。
「え、あ、ラル……起きて……ごめん」
 エセルは叩かれた手を持ち上げたまま、きょとんとした眼差しでラウルを見つめた。
 対するラウルは、はっとしたように目を見開き、顔を背けて拳を握る。
 それを自らの胸に押し付けたのは、わずかの間だっただろう。
「大丈夫……か?」
 エセルの言葉には答えず、ラウルは立ち上がった。
 そして、傍らの彼女をちらりと見下ろす。
 驚き黙ったままの彼女に、申し訳ないと思う。だが、平静な気持ちで話しかけることなど、とうていできそうになかった。
 鼓動が大きく響き、体中の血が沸騰したかのような感覚。
 どうしてあんなものを引っ張り出した。そんなことをしなくても、忘れてなどいなかったのに。
 ラウルは男のもとへとまっすぐに進んだ。左手で男の胸倉を掴み、先ほど解いた拳をもう一度つくって持ち上げる。
 ――が。
 その拳は、男の頬を打つことはなかった。肌の横ぎりぎりで、空気を切る。
 男を殴っても、意味はない。誰も戻らないのだ。
 ぐいと引き寄せた相手の顔。彼にだけ聞こえる声で囁く。
「……お前の経験、追体験させてくれてありがとう。お前の奥さんは生きていて、俺の家族は全員死んだってところが違っているが」
 それだけ言って、男から手を離した。

「ラル、おい!」
 背中を向けた相棒を、エセルは追いかける。
 途中、男に声をかけた。
「ラルはなんて言ったんだ」
 男がエセルを見下ろした。
 しかし彼が言葉を紡ぐよりも早く、エセルは首を横に振る。
「いや……それは私が、自分で聞くことだよな」
 最悪の夢。ラウルの場合の最悪とは、何だろう。
 気にはなるが、絶対に他人の口から知ってはいけないことだというのも、わかっていた。
 ラウルはこちらを見ることなく、どんどんと進んでいってしまう。
 彼に並ぼうとエセルは足を踏み出しかけ――男を振り返った。
「……間に合わなくて、ごめん。奥さんにも、謝っておいてくれな」
 そして、今度こそ走り出す。

●モル・グルーミーの悪夢

 もとから新しいとは言えないローブの裾が破れたのは、オーガの爪にひっかかれたためだ。
 その下の皮膚が濡れているのがわかる。まだ立っていられる。……違う、立っていることしか、できない。
 マントの羽には、赤いものがしみ込んでいた。
 きっと一歩足を踏み出せば、自分の体は地面に倒れ伏すことになるだろう。
 モル・グルーミーはそれでも、眼前を睨み付けた。
 憎きオーガはまだ、そこで動き、罪なき村人に攻撃を加えている。
 多くの実りをたたえた畑には、声なき人、人。
 パペットを呼び出す力は尽きた。どうする、どうすればいい。
 視界に、見知った人物が入りこんできたのは、そのときだった。
「神、人……」
 エリー・アッシェンだ。
 彼女は相棒であるモルにも、倒れている人にも、一瞥すらくれなかった。
 見つめるのは、オーガだけ。手に持った『デビルズ・デス・サイズ』が、ゆっくりと振り上げられる。
 やめろ、死ぬぞ、と。
 親しい間柄ではない。だが、口を開きかけた。
 しかし、モルは声を出すことはなかった。彼女の鎌が、いとも簡単にオーガを両断したからだ。
 一匹、二匹。敵が倒れる。
 畑を踏みつけ、足元で生きている人に見向きもせずに、エリーは戦う。
 その姿に、モルの中で、荒々しい感情が生まれた。
 知っている。これは嫌悪。これは怒り。誰に対して? 何に対して?
「……もっと早くに来てくれれば……オーガなど滅びれば良い」

 呟いた声に、モルは目を開けた。
 見上げる空は青。体の痛みはなく、オーガの咆哮も聞こえない。何より。
「モルさん……?」
 エリーは、心配そうにモルを見つめていた。その瞳にほっと浮かんだ安堵に、モルは気付く。
 わかったのだ。これこそが、たった今、現実なのだと。
「モルさん、かなり辛そうでした。いったいどんな夢を……」
 聞きかけ、エリーは口をつぐむ。自分が聞いてはいけないものだと思ったのだろう。
 だが、所詮は夢。モルは彼女に、自らの『悪夢』について語った。
 エリーが肩を落とす。
「……さすがにそこまで冷酷非情ではないですよ」
 伏せた瞳をわずかに上げて。
「ですがオーガ討伐を第一とし、事件に巻き込まれた人の心に、深く立ち入らないようにしているのは事実です」

 いつまでも、ここにいることもできない。
 帰路に着く前、エリーは男の前に立った。
「共感や手助けは、ウィンクルムでなくてもできます。オーガを見慣れているからこそ、その都度悲劇に深く感情移入していたら、精神が持ちません。戦い続けるため、私は冷徹な姿勢で任務に挑んでいます」
 男が、きつい眼差しでエリーを見る。そんな理屈など不要だとでも、言いたそうな瞳であった。
 ただ、エリーの言葉はそこでは終わらない。
「……でありながら、その任務を万全に遂行できなかった。期待に応えられなかった」
 そして、ここで。エリーは頭を下げた。
「私の力が及ばず、負傷者を出してしまいました。申し訳ありません」
 男が目を瞬かせる。まさかこの流れで、謝られるとは思っていなかったのだろう。
 エリーの隣に立ち、モルは男に向かって口を開いた。
「……これだけのことが起きたのだ。感情のやり場に惑うのは当然だろう。だが、それは皆同じだ。それと、神人」
「……なんでしょう、モルさん」
 エリーが顔を上げる。
 夢の中では圧倒的な強さだった彼女も、現実では他の神人と変わらない。だからこそ、告げる。
「自分がいつでも人を救えると思うのは傲慢だ。現実はそんなに甘くはできてない」
 エリーも男も、黙ったまま、しばらくの時が過ぎる。
 そのまま別れとなるはずであったが、男は最後、エリーに言ったのだ。
「あなたに謝らせてしまって、すみませんでした」と。

●ラルク・ラエビガータの悪夢

 望遠鏡で覗いたかと思うほど小さく遠く、栗色の髪の女性と、金髪の男性が話している姿が見えた。
 そこだけにスポットライトが当たったような、闇の中である。
 声は聞こえない。だが、ラルク・ラエビガータにはそれが、自分とアイリス・ケリーであることがわかった。
 その瞬間、二人の姿は、本来のものと大差ない大きさとなる。
 それでもやはり、音声は届かない。しかし話している内容が良いものではないことを、ラルクは察した。
 『自分』の表情を見れば一目瞭然だ。
 視線を落とせば、手に握られている小刀が映る。ほら、やはり。あの『自分』は、ろくなことを考えていない。
 ――あの女の傷でも、抉ろうとしてるんだろうが……。
 それは、彼女を物理的に『壊す』ために?
 ……わからない。
 視界の先の『ラルク』が、小刀を持ち上げる。
 その前には、微笑んでいるアイリス。
 ラルクは思わず、大きな声を上げた。
「おい、アンタ何やってんだ!」
 アイリスが、一歩前進する。ラルクは思わず、駆けだそうとしていた。
「自分から刺されに来るような奴に、成り下がんじゃねえよ……! アンタは俺の玩具だろうが!」
 しかし走っても走っても、不思議と二人には届かない。
 その間に、笑顔のアイリスの胸元に『ラルク』の小刀が突き刺さる。
 彼女は笑ったまま、そして一声も発さないままに、その場に崩れ落ち……消えた。
 闇に一人立ち尽くす『ラルク』の顔は見えない。
「なんだこれ……もう何も、俺を楽しませるものはないってか……」

「ラルクさんっ!」
 倒れたラルクを、アイリスはとっさに支えた。
 しかしこのままの体勢でいることは厳しい。とりあえずと、地面の上にラルクの身体を横たえる。
 頭は、座った自分の膝の上に置いた。
「貴方がかけた催眠術は、この後解けますか?」
 ただ眠っているかのようなラルクの髪を撫ぜながら、アイリスが男に問う。
 男は一度、頷いた。それに、アイリスもまた。
「……解けるのでしたら、いいんです。それで……貴方の気は晴れましたか?」
 返事は、ない。
 アイリスは男から視線を逸らすと、膝の上のラルクを見つめた。ゆっくりと、口を開く。
「神人だった私の姉は、私の腕の中で死にました。近くにいた姉のパートナーを、私は力の限り罵りました」
 そこで再び、男を見やった。
「ですから私には、あなたの行為を咎めることは出来ません。ただ、一つだけ。どうか、奥様の手を握ってあげてください」
 アイリスの手が、ラルクの手の甲に触れる。
「……ラルクさんは、温かいですね」
 消えない体温が生んでくれる安堵を、アイリスは噛みしめていたのかもしれない。でも。
 ふっと小さく息を吐いて、少しだけラルクの髪を引っ張った。
「早く起きてください」
 その数秒後、ラルクは覚醒する。

 うっすらと開いた赤い瞳は、すぐに大きく見開かれた。
「アンタ……って、なんで俺こんな風になってるんだ?」
 瞬くラルクに、アイリスが笑顔を向ける。
「おはようございます、ラルクさん。気分はどうですか?」
「……最悪、だな。でも目が覚めたのはよかった。わけわかんねえ動物に感謝しねえとな」
「動物?」
 ラルクは「ああ」と返事をしながら、起き上った。
「赤い目した銀色の、あったけえ生き物。俺の髪に噛みついてきやがったんだ」
 ラルクはわずかばかり笑った後、すぐにその表情を引き締めた。
「なあ」
 手を伸ばし、アイリスの頬に触れる。
 夢の中で彼女は、この微笑みのまま、刃を受け入れた。だが、現実ではそうであってはいけない。
「アンタは、最期まで足掻けよ。……そうじゃなきゃ、つまらない」
 思いのほか、力のこもった声が出たことに、ラルク自身が驚く。しかしアイリスは、微笑んだまま。
「大丈夫……そう簡単には壊れませんから」
「……上等だ」
 ラルクは口角を上げた。この強さが、彼女の魅力の一つなのだと思った。
 だからこそ、壊し甲斐があるのだ。

●紫月 咲姫の悪夢

 白いウエディングドレスが、目に映える。
「彩夢ちゃん、綺麗ね」
 ドレスも彩夢ちゃんも、とても綺麗。
 紫月 咲姫は、ほうっと感嘆の息をついた。
 それなのに、紫月 彩夢は笑っていない。
「花嫁さんは、もっとにこにこしているものよ」
 そう言おうとして、咲姫は息を飲んだ。彩夢のドレスに、真紅の染みが広がっていったからだ。
 倒れた彩夢を、咲姫は呆然と見下ろした。
 ドレスの真紅はじゅうたんへと広がって、当たりは一面、紅の海。
 たゆたう体は、しかしピクリとも動かない。その傍らに立つ男性を、咲姫は見る。
 ――彼が、二人目の精霊が、彩夢を殺した。
 一番幸せなはずの瞬間に、彩夢を裏切った。
 ひどい、ひどい。
 紅の海に手を入れて、咲姫は彩夢の、冷たくなった体を抱きしめる。

 咲姫を傷つけたのは、目の前の男。彼をこのままにしておくなんて、できるはずがない。
 彩夢は、きつく、きつく握った拳を振り上げる。――けれど。
 彼を、殴ることはしなかった。そう、あえてしなかったのだ。
 あんなぼうっとした男一人、どうにでもすることはできる。でも、と彩夢は大きく息を吸った。
「これでも、あたしはウィクルムなの」
 低い声。男の肩がびくりと揺れる。
 だが、そんなことは知らない。どうでもいいのだ、彩夢にとっては。
 だって自分はウィンクルムだから。
「ウィンクルムになっちゃったから! 善良な人が犠牲にならないように、努めてやるわよ。なんなら、そのままオーガに殺されてやるわよ」
 つかつかと近寄り、自分より長身の男を見上げる。
「それで満足?」
 弱気な男。誰にだって大切な人がいる、そんなことすら気付かない大まぬけ。
「それで、あんたは、満足!?」
 怯えた男が一歩、引いた。
「いや、あの……」
 しどろもどろの答えに、彩夢はもう、話しても無駄だということを悟った。
 吐き捨てる。
「くだらない八つ当たりしてる暇があったら、奥さんの支えになる努力しなさいよ!」

 あたりに響くほどの大音声がよかったのだろうか。咲姫のまぶたが、ゆっくりと持ちあがる。
「咲姫、大丈夫なの?」
 彩夢は駆け寄り、横たわる彼の横にしゃがみ込む。頬にあてられた手を、咲姫はとった。
「……夢でよかった。あら……彩夢」
 手の平に並んだ傷が、彼女の爪のものだと気付いたのだろう。それはつまり、それほど強く手を握ったということ。
 妹ならば、きっと彼を殴りつけようとしたに違いない。
「駄目よ、殴ったりしちゃ。私は大丈夫だから」
 指先でそっと、咲姫の手のひらを撫ぜる。
 彩夢は、咲姫から目を逸らした。
「……大丈夫なら、良い。……見たくないの。もう、咲姫が死ぬとこなんて」
 微笑んだ咲姫が、彩夢の頭を撫ぜる。心配かけてごめんね、と呟いて。
 しかし立ち去り際。
 男の耳元に、小声で告げる。
「奥さん、よかったね、生きてて。でも、今後も生きていられるとは限らないね」
 男の目が見開かれる。
「だってねぇ、夢とはいえねぇ、俺の大事な大事な大事な彩夢を殺されたんだもんねぇ。気が狂って、うっかり報復しちゃうかもしんないけど、仕方ないよねぇ?」
 ごくり。男の喉が鳴った。
 恐怖の眼差しが、咲姫を見る。
 咲姫は男から身を離し、あえて今までよりも大きな声で言った。
「……人の恨みなんて、買うもんじゃないわ。一度で、懲りなよ?」
 それに、彩夢も続く。
「あたしも八つ当たりだったわね。ごめんなさい」

 彼に背を向けて帰路につく途中、咲姫は彩夢に告げた。
「神崎さんには、ちゃんと気を付けなきゃ駄目だよ」
「深珠さん? ……心配しなくても、あんたに心配かけるようなことしないわよ」
 彩夢はたいして気にもしてない風だ。まったく過保護なんだから。そんな言葉まで添えられた。
 ただの過保護なら、良い。
 でも、大事な彩夢に何かあったら、誰でも許せない。
 咲姫はそれは言わずに。
「過保護でごめんね。だって彩夢ちゃん、かわいいんだもの」
 と笑ったのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:エリー・アッシェン
呼び名:神人
  名前:モル・グルーミー
呼び名:モルさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 11月04日
出発日 11月11日 00:00
予定納品日 11月21日

参加者

会議室

  • [11]アイリス・ケリー

    2015/11/10-23:46 

    きっと、ラルクさんが倒れるイメージはこんな感じなのでしょうとスタンプぺたり。

    エリーさん、応援ありがとうございます。
    どうにかプラン完成いたしました。
    ですが…彩夢さんがどこまでソフトに出来たのか、とても気になります。

  • [10]アイリス・ケリー

    2015/11/10-23:44 

  • [9]紫月 彩夢

    2015/11/10-22:57 

    どうしよう、罵詈雑言しか出てこない
    凄く凄く凄くソフトにしたけど…もう一段階ソフトにしてくる…

    ラルクさんファイ、ト……?
    咲姫は、別に、そんな心配することないんじゃないかしら。
    ただのシスコンなだけだし

  • [8]エリー・アッシェン

    2015/11/10-22:39 

    おお……、ラルクさんが悪夢を見ることになったんですね。おいたわしや……。
    プラン提出ファイトです!

  • [7]アイリス・ケリー

    2015/11/10-21:32 

    お、いい言葉が浮かんだんなら良かったな。
    …うちは急遽、運が無い俺が倒れることになったらしい。
    慌ててプラン練り直し中だ。
    期限には必ず間に合わせるんで心配無用…だったらいいなっ!(そっと目をそらし)

  • [6]エリー・アッシェン

    2015/11/09-18:33 

    ふー、悩んだ末にプラン完成です!
    私にとってオーガを倒すのはどういうことか、ウィンクルムってどんな存在なのかとか……。これまでの任務経験を振り返りつつ、男性に言うべき言葉を考えてみました。

  • [5]アイリス・ケリー

    2015/11/09-13:42 

    ラルクとアイリスだ。
    紫月兄妹とエリーは久しぶりだな。
    エセルとラウル、シルキアとクラウス、モルはこれが初見か。
    向こうで一緒になることはないが、よろしく頼む。

    うちはアイリスがやられるみたいだ。
    何を言うかはなかなか悩むもんだな。
    励ませばいいって訳でもねぇし。
    一言ってのは、返事を期待しない質問でもいいんじゃねぇかと思いつつ。
    ……紫月兄妹んとこは、妹より兄貴のがどうでるか分からんくてこえぇよ(ぼそ)

  • [4]エセル・クレッセン

    2015/11/08-19:34 

    わたしは、エセル・クレッセン。パートナーはラウル・ユーイスト。
    どうぞ、よろしく。

    …なんだけど。…ラル?大丈夫…そうに、見えないな…。
    どうしよう。

  • [3]紫月 彩夢

    2015/11/08-00:26 

    紫月彩夢と、姉の咲姫。
    何だか咲姫が大変そう。
    なんて、軽い気持ちでいないと、色々と、拳が熱く語りたい衝動に陥りそうで。
    …その辺も含めて、どうにかしてくるわ。

  • [2]シルキア・スー

    2015/11/07-21:18 

    (クラウス)

    初めてお目にかかる。
    クラウスと申します。
    未熟者なれどよろしくお願い申し上げる。

    神人が術に堕ちた。
    早めに掃ってやらねば精神に重い傷を残しかねない。
    (落ち着きを装いつつもどこか苛立たしげに)

    私の場合、男へ呉れる言が先に立った事もあり
    プランは提出を済ませた。

    大切な者だ
    大事にならない事を祈る。

  • [1]エリー・アッシェン

    2015/11/07-17:24 

    エリー・アッシェンです。どうぞよろしくお願いします。
    うふぅ……。それにしても、初の戦闘依頼で悪夢にうなされるとは、モルさんも不運ですねぇ。

    戦闘なしで個別描写のアドですが、最後に男性にどんな言葉をかけようかで少し悩んでいます。
    男性に対して優しい言葉を本心からかけられるほど善良ではないし、精霊のために憤れるほど熱くもなれない性分です。(ドライな性格)
    私らしい言葉……。なんて声をかけましょうかね。


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