秋雨紅葉(柚烏 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 秋も大分深まった頃――ぴんと張り詰めた空気には身を切るような冷たさが宿り、季節はやがて冬に至るのだと教えてくれる。
 鮮やかに色づいた紅葉も、もうすぐ散る時を迎えていて。その密かな公園にそびえる木々たちは、ある時にはらはらと、まるで雨が降るように一斉に葉を落とすのだと言う。
 ――降り注ぐ紅葉の中、もしあなたがきらきらと輝く金色の葉を見つけたのなら。
 紅葉の雨の中、そっと大切なひとに囁いた言葉が、もしかしたら叶うのかもしれない。

 タブロス郊外にひっそりと建てられた、歴史ある公園の紅葉が見頃なのだと、こっそりと話を聞いたのは何時だったろう。其処はまるでちいさな森のように、四方を木々に囲まれていて――のんびりと遊歩道を歩きながら、鮮やかな紅葉に包まれるようにして自然を満喫することが出来る。
 何でもその公園は、引き裂かれた恋人たちが密かに逢瀬を楽しむ場所だったらしく、彼らは公園の木々に見守られるようにして、そっと愛を語り合ったとも伝えられている。
 ――彼らが、その後どうなったのかは分からない。ただ、毎年秋が深まる頃になると、うつくしく紅葉が色づいて――やがてある時を境に、一帯の葉が一斉にはらはらと散っていくのだと言う。
 それは恋人たちを守り、隠すようでいて。或いは、彼らを想ってはらはらと流す、喜びと悲しみの涙のようでもある。そんな落葉の様子を見た者たちの間で、やがてある噂が囁かれるようになった。
『落葉の瞬間、ひそかに大切なひとに向けて囁いた言葉を、木々が叶えてくれる』
『落葉の最中金に輝く葉を見付けられたら、ふたりはずっと幸せになれる』
 ――それは、本当にささやかなおまじないのようなもの。けれど、そろそろ落葉の時期を迎えるのは事実であり――折角だから、あのひとを誘って公園に遊びに行くのも良いかもしれない、と思う。
 そう、お弁当を作って、のんびり公園を散歩しながら、他愛のない話をするだけでも良い記念になる筈だ。

 ――そう思ったふたりは、どちらからともなく声を掛け合って。色づいた木々のアーチをくぐって、かつての恋人たちのように、秘密の逢瀬を楽しむことにしたのだった。

解説

●目的
紅葉が見頃の公園で、ふたりで素敵な休日を過ごす。

●紅葉の公園
郊外にある、木々に囲まれた自然公園です。現在は丁度落葉のシーズンを迎えています。引き裂かれた恋人たちが密かに会っていた場所だと言う言い伝えがあり、落葉になると、一帯の木々がまるで雨が降るように一斉に葉を落とすようです。
遊歩道を散歩したり、東屋でお弁当を食べたり。そうして最後に、ふたりで見事な落葉を眺めてください。

●言い伝え
『落葉の瞬間、ひそかに大切なひとに向けて囁いた言葉を、木々が叶えてくれる』
『落葉の最中金に輝く葉を見付けられたら、ふたりはずっと幸せになれる』
と言う噂があります。真偽のほどは定かではありませんが、思い出のひとつになるかもしれません。金の葉は、とってもロマンチックなひとときを過ごしたふたりなら見つけられる、とも言われています。

●参加費
交通費やお弁当などの諸経費で、お一人300ジェール消費します。

●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。すっかりご無沙汰しておりましたが、久しぶりにらぶらぶなでぇとを書きたい、と思いこっそり忍ぶことにいたしました。
 そろそろ秋も終わりかなあ、と言う時期ですが、紅葉の見納めにお二人で公園に出かけてみるのは如何でしょうか。しっとり、わいわいどちらも大歓迎ですが、やや雰囲気寄りで、ロマンチックなひとときを演出出来ればと思います。
 あなたは落葉に紛れて、どんな言葉を囁きますか? それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

鞘奈(ミラドアルド)

  時々あんたって本当に意味わかんない誘いしてくるわよね
ミラなら引く手数多なんじゃないの?
何もわざわざ私を誘わなくったって……
…嫌ってわけじゃないわよ

(ピクニックをしよう、か。子供時代以来ね)
一応弁当作ってきたけど、口に合うかしら
と言っても、サンドイッチとお茶だけだけど
妹…が、デートなんだからおいしそうに飾り付けしなきゃって言ったのよ
私の趣味じゃないから
デートでもないから!(ぷんすか
でも褒めてあげて、妹が喜ぶ(ぎりぎり

……もぐもぐ
さっきから地面に向かって何言ってるのよ
早く食べないと全部食べるわよ
もぐもぐ……

…綺麗ね
落ち葉が赤い絨毯みたい
…誘ってくれてありがとう

次は私がいいとこ探すわ



篠宮潤(ヒュリアス)
 
「ヒューリ、こっちこっち」
遊歩道
時々振り返り足早に進み
どこか必死

降りしきる紅葉の場見つけ目を輝かせその中心へ
見上げ感嘆
「凄い、よっ。ヒューリもここ、立ってみて」
「………、え」
たっぷりの間
「ごごごめっ!わ、忘れ…いやあのっ忘れてたワケじゃない、けど!」

(誘ったの嫌な顔しないで受けてくれたのも意外で…
こんな綺麗な景色、一緒に見れるのが嬉しくて…うう)
覚えてたらもうちょっとヒューリが感動出来るよう
サプライズ的に出来たのに…、としょぼん


珍しい笑い声にきょとん
「えっと…す、少しは、楽し、い…?」
ホッ
再び紅葉仰ぎ

「…もっと、笑ってくれればいい、な…できたら、いつも僕がいる時、に…」
紅葉に向けてポソリ



豊村 刹那(逆月)
  「綺麗に染まってるな」
本当に森の中みたいだ。(微笑
逆月もこういう場所の方が落ち着くだろうし。
楽しんでくれるといいな。

東屋でご飯。
茸の炊き込みご飯で作ったお握りと。
はんぺんと人参のお吸い物。(小型のスープ魔法瓶2つ
手を拭く為のお絞りを2つ用意。
「弁当も秋らしくして見たんだ」
(逆月の表情に一瞬固まる
し、心臓に悪い。
(目を泳がせ、誤魔化しにお握りを食べる

並んで紅葉を眺める。
隣にいるだけで嬉しいなんて、いつの間にこんなに好きになってたんだろう。
最初は、弟が増えた感じに思ってたのにな。

雨みたいに葉が落ちたら、だっけ。
「これは、すごいな」(落葉の見事さに息を飲む
何か聞こえたような。
「逆月、何か言ったか?」



出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  レムと並んでゆっくり歩く
バイクで感じる風は格別だけど、こうして歩いてる時の風もいいものね
ちょっと寒いけど…

東屋についたらお弁当を広げる
手に持って食べられるシンプルな物中心
保温ポットには温かいスープ
玉子焼きは甘くないのにしたんだけど、お口に合うかしら?

食べ終わったころに落葉が
見とれつつふと物悲しくなってくる
葉が落ちるように、何事にも終わりはくる
ウィンクルムの契約だって永遠とは限らない
気が付くと目から涙が

レムってば最近過保護じゃない…?
でもそれに甘えちゃうあたしはもっとずるいのかも
今だけ、落葉が隠してくれているこの時だけでも
もっとレムのぬくもりを感じていたい
羽織った外套を握りしめレムにもたれかかる



紫月 彩夢(神崎 深珠)
  先に言っておくけどあたし簡単なお弁当くらいなら作れるから
要するにあたしの手作りよ
見た目的には咲姫の方がしっくりくるけど
ささやかな女子力補正よ

音の鳴る葉を、くしゃりと踏むのが、結構好き
乾いた葉が、飛ばされていくのを追いかけるのもね
…子供っぽいかしら
何も考えずに目の前だけを見られるのが、好きなのよ
没頭する趣味?
…そう言えば、無いかも。深珠さんは…お茶、か
そういうの、いいよね

落葉の瞬間に大切な人に、か…
それならあたしは、やっぱり、大切な家族の健やかな未来を―
…深珠さん?
手で口を塞がれて…これじゃ、何も言えないんだけど

居ない相手の事を願うのは狡い?
でも、深珠さんだって…
大切なのはあたしじゃないでしょ?


●君が望むかぎり
 肌を撫でる秋風の冷たさに、季節の終わりを感じながら。鮮やかな紅葉に彩られた公園へ、ふたりはそっと足を踏み入れた。
(ああ、空は青く、どこまでも高く遠い)
 かつて此処で、引き裂かれた恋人たちが忍んで会っていたのだと――或る者はその過去に想いを馳せ、また或る者はそのような噂を知ることも無く、和やかなひと時を過ごせれば良いと願う。
(そろそろ紅葉も見納め、だから……)
 雨のように散りゆく彼らの最期を、あのひととふたり、そっと目に焼き付けようか。はらはらと降るくれないの雨は、自分たちを守るように――慈しむように、優しい涙の如く心を潤してくれるだろうから。
「バイクで感じる風は格別だけど、こうして歩いてる時の風もいいものね」
 柔らかな陽光が降り注ぐ散策路を、出石 香奈は精霊のレムレース・エーヴィヒカイトと並んでゆっくりと歩く。そよぐ風は穏やかで、香奈の長い黒髪をそっと波打たせるくらいだ。顔にかかる髪をかき上げる彼女の仕草に、レムレースは少しの間見惚れ――怜悧な漆黒の瞳を微かに瞬きさせる。
(たまには香奈の背ではなく、横顔を見ながらというのもいいものだ)
「ちょっと寒いけど……」
 と、そう呟いて襟を掻き合わせる仕草をした香奈の肩へ、レムレースは己の外套を丁寧にかけた。
「風が冷たくなってきたな。女性が体を冷やしてはいけない」
「……ありがとう」
 愛、と言うものを無意識の内に求めていて――甘えたいと言う気持ちは心の中にあるけれど。それでも不意に与えられる優しさに香奈は戸惑い、それ以上に喜びが彼女の胸を満たす。
「それじゃあ、少し早いかもしれないけど……お弁当にする?」
 公園内の少し開けた場所、静かな池を臨む場所に建てられた東屋で、ふたりはお弁当を広げてゆっくり寛ぐことにした。香奈が準備してきたものは、手に持って食べられるシンプルなものが中心で――ふわふわの玉子焼きを箸で掴みつつ、彼女はそっと口元に微笑を浮かべる。
「玉子焼きは甘くないのにしたんだけど、お口に合うかしら?」
「俺も玉子焼きは甘くない方が好きだ」
 そう呟いて、レムレースは玉子焼きをぱくりと口にし、丁度良いと言うように頷いた。香奈への好意を自覚した所為だろうか、こんなちいさな共通点を見付けて嬉しくなったり――些細なことでレムレースの心は動いてしまう。
(……良い嫁になれるな)
 ――流石にその感想は直前で呑み込んで、彼は美味しいとだけ呟き感謝を述べた。
「ほら……見て」
 お弁当を食べ終わった頃、ふとふたりが見上げれば、周囲に立ち並ぶ木々が静かに葉を散らしている。はらり、はらりと――紅に色づいた葉は次々に降り注いでは、風に乗ってふたりの居る東屋まで漂ってきた。かさり、と乾いた音を立てて通り過ぎていく落ち葉、それはまるで、二度と戻れない時を象徴しているかのよう。
(そう……よね。葉が落ちるように、何事にも終わりはくる)
 今はこうしているけれど、自分たちウィンクルムの契約だって永遠とは限らない。そう思った香奈の瞳からは、知らず涙が零れ落ちていた。
「見事な落葉だな……、香奈?」
 其処で彼女を見遣ったレムレースの表情が、ぎょっとしたように固まる。何故、香奈は泣いているのだろうかと――指先で彼女の涙を拭うレムレースは、何となくその原因に思い当たった。根は寂しがりやの彼女のこと、儚く散りゆく紅葉に、自分たちの姿を重ね合わせたのだろう、と。
「辛い時は俺が傍にいる、香奈が望む限りいつでも。……だからもう泣くな」
「……っ、レムってば、最近過保護じゃない……?」
 真っ直ぐに自分の瞳を見つめてくるレムレースに、香奈は仄かに頬を赤らめて囁く。しかしそれに甘えてしまう自分は、もっとずるいのかもしれない。
(ああ、今だけ)
 ――今だけ、落葉が隠してくれているこの時だけでも、もっとレムレースのぬくもりを感じていたい。そう願った香奈は、羽織った外套を握りしめて彼にもたれかかる。
「香奈? ……寝たのか?」
 やがて穏やかな、規則正しい寝息が聞こえてきて――レムレースは彼女の肩を抱き寄せて、楽な体勢を取らせることにした。そのまま彼は、東屋の柵にもたれて舞い踊る落ち葉を眺める。
(落葉の瞬間、大切なひとに向けて囁いた言葉を、木々が叶えてくれる……だったか)
 言い伝えはあまり信じていないが、それでも静かに囁いてみようかとレムレースは思った。
「俺は香奈の望む限り傍にいる。だからずっと、俺を望んでいてほしい」
 その言葉を聞き届けたように、ひらりとふたりの間を金色に輝く葉が通り過ぎていった――そんな、気がした。

●揺れる心の向かう先
「ヒューリ、こっちこっち」
 木々のアーチが何処までも続く遊歩道を、篠宮潤は軽やかに駆ける。深い紫の髪を豊かに跳ねさせて、時々ヒュリアスの方を振り返りながら足早に進む姿は、どこか必死だ。
「落ち葉で転ばんようにな」
 そんな潤の姿を見て、余り感情を窺わせないヒュリアスの声音にも、苦笑めいた色が混じる。――と、潤は丁度秋雨のように降りしきる紅葉の木々を見つけ、瞳を輝かせながらその中心へと飛び込んでいった。わあ、とその口からは感嘆の吐息が零れ、彼女は木々の天井を見上げて思わず手を伸ばす。
「凄い、よっ。ヒューリもここ、立ってみて」
 そのいざなう声に誘われるまま、ヒュリアスは静かに潤の隣に立って。並んだふたりを見守るように、紅く色づいた葉が、ひらひらと舞うように次々と空から降って来た。
「確かに。見事な彩りだ。だが……ウルよ。感動というものを俺に教える、という約束に縛られることは無いのだぞ?」
「…………、え」
 淡々と告げるヒュリアスの言葉を耳にして、其処で潤の表情がはっと固まる。手を差し伸べたまま、彼女は微動だにせずに――やがてたっぷりの間を置いてから、潤は慌ててぶんぶんと手を振って、勢い良く早口でまくしたてた。
「ごごごめっ! わ、忘れ……いやあのっ忘れてたワケじゃない、けど!」
 ああ、言い訳を重ねようとすればするほどボロが出てしまう。確かに『感動』を知らないと言う彼に、自分が一緒に居て実感させてあげたいと、約束めいたものを交わしているのだが――そんなの関係無しに、潤はヒュリアスとこの景色を眺めてみたかったのだ。
(ああ、でも今回誘ったの嫌な顔しないで受けてくれたのも意外で……こんな綺麗な景色、一緒に見られるのが嬉しくて……うう)
 覚えていたら、もうちょっとヒュリアスが感動出来るようサプライズっぽくも出来たのに。そう思ってしょんぼりする潤の、ころころと変わる表情もまた、散りゆく紅葉と同じでかけがえのないものだとヒュリアスは思う。
「…………ふむ」
 そんな彼は、てっきり潤が以前交わした約束に義務感でも持ってしまったのだと思っていたが、そうではないのだとこの狼狽えぶりで察したらしい。
(成程、素だったのか)
 くく、と其処で、ヒュリアスの口から抑え気味の笑い声が微かに漏れる。その、彼にしては珍しい笑い声に潤はきょとんとし、恐る恐ると言った感じで尋ねてみた。
「えっと……す、少しは、楽し、い……?」
「ウルを見てれば飽きんよ」
 それは、とどのつまり楽しいと言うことで――ほっと胸を撫で下ろした潤は、再び紅葉を仰いでゆっくりと深呼吸をする。落葉の瞬間に囁く願いの噂は、彼女も何となく耳にしていた。だからと言う訳でもないけれど、恋人たちを見守って来た木々に、自分の呟きも聞いて欲しいと思ったから。
「……もっと、笑ってくれればいい、な……できたら、いつも僕がいる時、に……」
 ぽつりと零したその言の葉は、風に乗ってヒュリアスに届いて――彼は狼耳をぴくぴくと動かしながら、思わずと言った様子で吐息を零す。
「……それは俺の願いでもあるがな……」
 しかし直ぐに彼は、内緒で頼むと降り注ぐ落ち葉たちへ語りかけるように囁き、秋風で冷えた潤の手をそっと包み込んだ。
「あ、ヒューリ……」
 そんな寄り添うふたりの背後に、はらりと一枚――陽光の煌めきのような金色の葉が舞い降りていった。

●護りたい、と彼は願う
 四方を木々に囲まれた中を、可愛らしい木組みの階段が秘密の抜け道のように伸びている。とん、とんとちいさな段差を上り下りする豊村 刹那の歩調に合わせるようにして、精霊の逆月も気配を感じさせぬ足取りで、ゆるりと進んでいった。
「綺麗に染まってるな」
 見渡す限りに広がる紅葉を瞳に映し、本当に森みたいだと刹那は微笑を浮かべる。きっと逆月も、自然溢れるこんな場所の方が落ち着くだろうと思いながら――楽しんでくれるといいな、と刹那はふたりで過ごす休日に期待を寄せた。
(何故だろうか……近頃は刹那を見るだけで、胸の内が温かくなる)
 流されるままに契約を交わし、ウィンクルムとしてパートナーとなったけれど。変わりゆく自身の心に微かに戸惑いを覚えながら、それでも此の温かさは心地好いと逆月は深紅の瞳をそっと細めた。
「さて、じゃあ東屋で休みながらご飯にするか」
 紅葉をゆったりと楽しめる東屋でふたりは寛ぎ、刹那は用意してきたお弁当の包みを開く。手渡されたおしぼりで手を拭きつつ、逆月の前に置かれたのは――茸の炊き込みご飯で作ったお握りだった。
「……それから、はんぺんと人参のお吸い物も」
 そう言って刹那は小型の魔法瓶をふたつ取り出し、カップに飲み物を注いでいく。ふわりと立ち上る湯気に、じんわりとした懐かしさを感じる香りが漂い、ふたりの間にゆったりとした親密な空気が満ちていった。
「弁当も秋らしくしてみたんだ」
「汁物の人参は、紅葉を模ったものか」
 両手でお吸い物を抱えた逆月は、其処に浮かぶ薄切りされた淡い色を認めてぽつりと呟く。それはまるで、水面に浮かぶ紅葉を連想させて――逆月は「そうか」と頷き、知らず口元を緩めていた。
(その心遣いが、嬉しい)
「……っ……!」
 普段は余り感情が表に出ないと言うのに、その時見せた逆月の表情は、刹那にとって不意討ち過ぎて。彼女は一瞬固まった後、とくとくと高鳴る胸を押さえて目を泳がせた。
(し、心臓に悪い……)
 誤魔化すようにお握りを食べることに集中しようとするものの、刹那の様子が何時もと違うことに逆月は直ぐに気付き、ゆっくりと瞬きをする。
(刹那は、また頬が赤い)
 ――それからふたりは並んで紅葉を眺め、色づいた葉に季節の終わりを感じて。それでも刹那の瞳には、隣で共に過ごす逆月の姿が焼き付いていた。
(隣にいるだけで嬉しいなんて、いつの間にこんなに好きになってたんだろう)
 最初は弟が増えた感じに思っていたのに、この想いが何と言われているものなのか、刹那にははっきりと自覚出来ている。
「……季節が二回り、したのだな」
 しみじみと呟く逆月の表情は、奇妙なほどに凪いでいた。かつて囚われていた村が滅んだ、その事実に目を伏せて――護るべきものを護れなかった、己の無力さを噛みしめる。
(そんな俺が、刹那を護るなど……)
 ぎゅっと拳を握りしめる、その時はらはらと雨のように紅葉が散っていった。その見事さに刹那は息を呑み、ただ「すごいな」と感嘆の声を漏らすのが精一杯だ。
「護りたい、と」
 ――けれど、無意識に。噂のことなど知らぬまま、逆月は口内でそっと呟いていた。何か聞こえたような気がして刹那は振り向いて尋ねるが、逆月は「いや」と緩く首を振って散りゆく紅葉を見守る。
(まだ告げられぬ)
 きらり、黄金の葉が其処に混じったように見えたのは、まぼろしかそれとも――。

●デート、或いは鍛錬の帰り道
 時々あんたって、本当に意味わかんない誘いしてくるわよね、とは鞘奈の言葉だ。それに対して、ミラドアルドはこう答えた――君ともっと仲良くなりたいから誘うんだよ、と。
「ミラなら引く手数多なんじゃないの? 何もわざわざ私を誘わなくったって……」
 金髪碧眼の見目麗しい、柔和な相貌は正に騎士と呼ぶに相応しく、実際常に礼儀正しいのがミラドアルドと言う精霊なのだ。しかし、そんなそっけない鞘奈に、彼は笑顔でこう言った。
「……他の誰かじゃなくて、鞘奈がいいんだ」
「その……嫌ってわけじゃないわよ」
 それでもこんな風にピクニックをするのは、子供時代以来のことで。ふかふかの落ち葉の上にシートを広げたミラドアルドの前に、鞘奈はずいとバスケットを差し出す。
「一応弁当作ってきたけど、口に合うかしら。……と言っても、サンドイッチとお茶だけだけど」
(鞘奈の手作りのお弁当……)
 そう意識すると、知らずミラドアルドの口元に笑みが浮かんだ。両手でそっとバスケットを受け取り、彼はぱかっとその蓋を開いて囁く。
「いや、中身は何でもいいよ。作ってきてくれてありがとう。……うん、とてもおいしそうだ」
 中に詰め込まれたサンドイッチは、シンプルだけれど種類も豊富で、色とりどりの具材が並んでいる様子は見た目にも鮮やかだった。
「妹……が、デートなんだからおいしそうに飾り付けしなきゃって言ったのよ。私の趣味じゃないから。デートでもないから!」
 ぷんすかと、何故か怒りながら念を押す鞘奈に、ミラドアルドは全てお見通しとばかりに爽やかに微笑む。ああ、彼女は口は悪いけれど、妹のことをとても大切に思っているから――妹を守りたいと願い、神人の力に目覚めたほどに。
「ふふ、わかってるよ。これはデートじゃなくて、鍛錬の帰り、だよね」
「そ、そう! でも褒めてあげて、妹が喜ぶ」
 鞘奈はそう返すのがぎりぎりで、妹がと言って本心を誤魔化しているのだろうけれど。相変わらずだなぁとミラドアルドは苦笑し、ふとふたりに降り注ぐ紅葉に視線を移した。
(そういえば落ち葉が落ちる瞬間に、願いを言うと叶うらしいけど)
 其処でささやかなおまじないを思い出し、彼は新緑の瞳をそっと伏せて、祈るように囁く。
「鞘奈が健康無事でありますように。彼女がもう少し、命を大事にしますように」
「……さっきから地面に向かって何言ってるのよ」
 もぐもぐとサンドイッチを食べる口を動かしながら、鞘奈は不思議な顔でミラドアルドを見つめていた。どうやら、彼の密かな願いごとははっきりと聞こえなかったようだが――早く食べないと全部食べるわよ、と言って急かす鞘奈へ、ミラドアルドは軽く頭を下げて食事に戻る。
「ああっと、ごめん。いただくよ。さすがに全部は食べられないんじゃないかな」
 うん、おいしい――そう言って素直に感謝の言葉を口にする彼の顔を、真っ直ぐに見つめるのが何だか気恥ずかしくて。鞘奈は降り積もる落ち葉を見つめながら、ややあってからぽつりと呟きを零した。
「……綺麗ね、落ち葉が赤い絨毯みたい。……誘ってくれてありがとう」
「どういたしまして。喜んでくれたなら、何より」
 次は私がいいとこ探すわ、と照れ隠しのように続けた鞘奈へ、ついミラドアルドは素直に返してしまったけれど。
「鞘奈からデートのお誘いか、それは楽しみだな」
 ――そんなんじゃないから、と不機嫌になる彼女の姿が容易に想像できたから、彼は急いで続きの言葉を付け足した。
「と、デートじゃなくて鍛錬の帰り道、楽しみにしてるよ」
 その時ふと、落葉の中に黄金の葉がちらりと見えたような気がしたから――ふたりの約束が叶うときも、そう遠くはないのかもしれない。

●自分を見て、と彼は願う
「先に言っておくけど、あたし簡単なお弁当くらいなら作れるから。要するにあたしの手作りよ」
 そう言いながら紫月 彩夢が取り出したお弁当を見つめて、神崎 深珠は「ふむ」と頷くように青の瞳を細めた。
「そんなデリカシーの無いことを言うと思われたか。まぁ、言うが」
 彼女には正直に述べた上で、先入観を修正して貰いたいと言うのが深珠の願いだ。その方が理解も深まるから――とのことだが、彩夢はと言えば、こんな時でももうひとりのパートナーである兄のことを考えているようだ。「見た目的には咲姫の方がしっくりくるけど、ささやかな女子力補正よ」
 何故だろう、深珠の胸がずきりと鈍い痛みを発する。それでもふたりでお弁当を食べたあと、紅葉を眺めながら歩くのは楽しい時間だった。
(並んで歩くものだと思ったら、彩夢が結構ふらふらしてる。子供っぽい……と思わんでもないが)
 そう思った深珠がふと尋ねてみれば、ある意味彼女らしい答えが返ってくる。
「音の鳴る葉を、くしゃりと踏むのが、結構好き。乾いた葉が、飛ばされていくのを追いかけるのもね」
 何も考えずに目の前だけを見られるのが、好き――そう言った彩夢は、子供っぽいかしらと首を傾げた。けれど理由を聞いた深珠は納得して、彼女をからかうこともせずにぽつりと呟きを零す。
「没頭できる趣味とかは、ないのか。俺は……美味い飲み物を淹れる事、だろうか」
「……そう言えば、無いかも。深珠さんは……お茶、か。そういうの、いいよね」
 とりとめのない話を続けながら、何時しかふたりは紅葉の雨が降り注ぐ木々の下に辿り着いていた。はらはらと涙のように散っていく葉を眺め、彩夢は思い出したようにおまじないについて語る。
「落葉の瞬間に大切な人に、か……。それならあたしは、やっぱり、大切な家族の健やかな未来をー……深珠さん?」
 けれどふと、其処まで呟いた彩夢の口を、深珠の手が静かに塞いだ。真っ直ぐな彩夢の目が、落葉の向こうに誰を見て、何を追っているのか――彼女の『大切』を深珠は知っていて、そして事実その通りだったから、彼は押し殺した声で囁く。
「……言わせるものか。今此処に居ない相手の事ばかり見ているなんて、狡いだろ」
 でも、と其処で彩夢の瞳が揺らいだ。そんな言葉をかける深珠は、まるで今此処に居る自分のことを見ろと告げるかのようだったが――彼女は何とか、微かに震える声で違うと呟いた。
「でも、深珠さんだって……大切なのはあたしじゃないでしょ?」
(あたしじゃないでしょ、か)
 それはまるで、大切に思うことすらさせない予防線のようだと深珠は思う。けれど彼は彩夢の拒絶を振り払い、彼女を真っ直ぐに見つめて告げた。
「否、突き放されるのは寂しいと……正直に言わせて貰う」
 深珠の手が彩夢の手と触れ合い、其処に想いをこめるようにして――紡がれた言葉は、普段の冷静な彼とは思えぬほどに、切実な響きを伴っていた。
「彩夢が思うほど、俺は大人じゃないんだ」

 ――はらはらと、紅葉に紛れるようにして金の葉が落ちてくる。それは、引き裂かれた恋人たちを見守り続けた木々が零した、祝福の涙だったのかもしれない。
 きっと、彼らは葉を散らす最期の時まで願い続けるだろう。大切なひとへ囁いた言葉が叶い――そしてふたりが、ずっと幸せでありますように、と。



依頼結果:成功
MVP
名前:出石 香奈
呼び名:香奈
  名前:レムレース・エーヴィヒカイト
呼び名:レム

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月29日
出発日 11月04日 00:00
予定納品日 11月14日

参加者

会議室

  • [7]紫月 彩夢

    2015/11/03-00:14 

    うっかり、挨拶が遅くなったわ。
    紫月彩夢と、深珠おにーさん。
    紅葉の落葉は、桜の散るのと何となく似てる気がするのに、肌寒さのせいかしら、物悲しさが勝るのは。
    …まぁ、あたし達にはそんなに、深刻に関係もない気がするんだけどね。
    お互い、素敵な時間をすごせますよう。どうぞ宜しく。

  • [6]鞘奈

    2015/11/02-23:57 

    挨拶が遅れてごめんなさい。
    私は鞘奈、それとミラよ。

    初めまして、どうぞよろしく。

  • [5]豊村 刹那

    2015/11/02-22:39 

    豊村刹那だ。よろしくな。
    こっちは逆月。

    自然公園か。のんびりするのに良さそうだな。

  • [4]出石 香奈

    2015/11/02-14:55 

  • [3]出石 香奈

    2015/11/02-14:54 

    出石香奈と、パートナーのレムよ。
    初めましての人も久しぶりの人もよろしくね。

    たまには紅葉を見ながらゆっくり歩くのも悪くないわね…♪
    お弁当、どんなの作っていこうかしら。

  • [2]篠宮潤

    2015/11/02-11:35 

  • [1]篠宮潤

    2015/11/02-11:35 

    こ、こんにち、は。
    篠宮潤(しのみや うる)、と、パートナーはヒュリアス、だよ。
    みんな、お久しぶり、だ。また会えて、嬉しい…よっ。
    鞘奈さ、ん、と、ミラドアルドさん、は、初めまして、だね。どうぞよろしく、だ。

    紅葉って、見れるよう、で、結構すぐに時期、過ぎちゃう…んだよ、ね。
    やっとゆっくり見れそう、な日に、素敵な公園ある、って聞いて、うん…楽しみ、だ…♪


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