小夜の御伽(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●眠れない夜
「……駄目だ、眠れない」
 小さく呟いて、貴方はタオルケットの中から抜け出した。動いた瞬間、昼間の傷がつきりと痛んだが、眠れないままぐるぐると今日の戦いのことを考え続けるよりは痛みに耐える方が随分とマシだ。貴方の足は、自然、建物の外へと向かう。
「酷い、な……」
 そろりと扉を開ければ、夜のしんとするような空気が身体を通った。それと同時に、貴方の双眸に村の惨状がとび込んでくる。オーガとの戦場となった小さな村(戦闘後、貴方たちが一夜を過ごすことになった村だ)の半分は壊滅状態。怪我人は出たが命を落とす者はいなかった……というのが不幸中の幸いと言える。村人たちは皆、それをウィンクルムたちのお陰だと言って有り難がった。実際、自分たちがいなければ、被害はもっともっと大きくなっていただろう。けれど、心からの「ありがとう」を数限りなく耳にしても、貴方の心は晴れなかった。慢心はなかったはずだ。作戦はよく練られたものだったし、仲間との連携もちゃんと取れていた。――ただ、敵の数があまりにも多すぎたのだ。事前情報と解離した圧倒的な数の軍勢を前に、ウィンクルムたちは皆勇猛果敢に戦った。その結果多くのものが守られて、けれど守り切れなかったものも確かにある。眼前の廃墟が、貴方にその事実を痛いほどに突き付けて止まない。
(くそっ……)
 唇を噛み、両の拳をぎゅうと握った貴方は、間もなく気付く。貴方のパートナーもまた、眠れぬ夜をやり過ごしに建物の外へと抜け出してきていたことに。

――眠れぬ夜のお供にと交わす言葉は、さて、どんな色を帯びているだろうか?

解説

●このエピソードについて
パートナーさんとの一夜の語らいがメインのエピソードとなります。
プロローグにあるような戦闘の末、村人たちの治療等を手伝ったり逆にこちらが手当てを受けていたりで、ウィンクルムの皆様は戦闘のあった小村で一晩を過ごすことになりました。
プロローグの心情・言動の部分は一例なので違う感慨を抱いたり少し違った行動を取ったりは勿論OKですが、神人さんも精霊さんも眠ることができず建物の外へ出て、そのままその建物付近にて、眠れない夜を2人きり語らいながら過ごす、という点は共通です。
ご参加くださったウィンクルムの皆様は全員、仮の避難所と定められた建物で家を失くした村人たちと寝床を同じくしていますが、ウィンクルム毎にバラバラの避難所に配置されたため、建物の外で話していても他の参加者様を見かけることはございません。
リザルトは各ペア毎の描写となりますこと、ご了承くださいませ。
また、神人さんと精霊さんのいずれか、あるいは両方が、日中の戦いで怪我を負っています。
どちらがどこに怪我を負っているのかをご指定くださいませ。
怪我の程度はなるべくご希望を反映いたしますが、既にきちんと手当て済みで、死に至ったり障害が残る可能性はないものという点は共通とさせていただきます。

●消費ジェールについて
タブロス帰還後の通院費として300ジェールお支払いいただきます。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
なお、白紙プランは描写が極端に薄くなりますので、どうかお気をつけて。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

お月様だけが見守っているパートナーとの静かな語らいの時間。
日中の戦闘を経て胸の内にくすぶる想いを吐露するもよし、空気を変えようと敢えて全然関係ない話をするのもよし、思い思いの時間を過ごしていただけますと幸いです。
眠れない夜とは言っていますが、パートナーと話しているうちに安心して眠ってしまった、等のプランもアリとなっております。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  住居の亡骸を前に少しぼんやりしていたらしい
今日のことだろうか過去のことだろうか
多分、どちらも
…わからない
彼らしくない物言いと感じるのは少しばかり出血した頭のせいか
すぐに言い捨てる口調に戻って安堵する
そう…なんだろうな
でももし俺が馬鹿をやったのなら
その通り報告すればいい
アンタが付き合う理由はないだろ?
突き放せずに疑問形になったのは、最後まで一緒なんて都合のいい夢を思い出したから
あの時もこんな顔をされていた気がする
睨まれているのに傷付けたような錯覚に
凭れかかって息をつく
…多分、
同じ目的で話していると思うんだが
アンタも俺も口が悪いんだな

妙とは何だ
あれはこれから変身する…予定だ
その時は頼んだぞ指導者



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  ラセルタさん此処に居たんだ。姿を見なかったから
包帯巻いた足の具合を尋ね
痛くない?今は話し相手位しか出来ないけれど

静寂が何だか不安で、つい先刻の戦いを口にする
俺に出来る事は何でもやったし
村の人達からの感謝はとても温かかったけれど
やっぱり悔しいな。もっとやれる事があった気がして

…実を言えば、俺はラセルタさんの方が心配だよ
大切なものを失う悲しみを、貴方は良く知っている
守る物が増えて辛く厳しい状況に追われても、立ち止まらない
隣に居たいのに、離れていく成長の差がもどかしいんだ

パートナー…恋人の事を知りたいと思うのは、おかしな事じゃないでしょう?
!(慌てて顔離し
…眠れるまでもう少し、話に付き合って(真っ赤


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  ※負傷部位:肩
攻撃を避けなかった為重傷
仕事道具の手は死守し無傷

見た目派手な重傷で気遣われた為横になってた
眠れねぇっつーか…イェルが凹んでてやばそうでな
抜け出したのを見て後を追う
背後で独り言を聞いた後
「反省会は終わったか?」
声を掛けたら隣へ
怪我の具合を聞かれ
「指は死守したからいい」
「俺に謝るなら自分を大事にしろ」
イェルの話を聞き終えてから話す
「俺達がよくやったとは言わねぇ
これから大変なのは事実だ
気休めは言わねぇ
が、てめぇが増えなかったのも事実だ
覚えておけ」
頭を撫でる
「言っておくが、自分の娘と思って頭撫でる程バカじゃねぇ
てめぇだからやってる
嫌いな奴にやる程お人好しでもねぇ」
寝ついても朝まで傍にいる


ローランド・ホデア(シーエ・エヴァンジェリン)
  シガリロをふかしていたらシーエがやってきた

んな残念そうな顔をするな
俺の葉巻に火を点けるのはてめえの義務じゃない

それにしても、初陣の割にはいい動きだったぞ、満足だ
てめえが俺をかばって腕怪我したこと以外はな

よかったな、成りたがってただろう。ウィンクルムに
…そうか
んなちっせー頃の約束覚えてたか(照)
(シーエは忘れてると思っているが、実はローランドも覚えている。大事な記憶)

これでてめえとは公私共に世話になることになるな
普段は秘書、プライベートは幼馴染で世話係、そしてウィンクルムの仕事の時まで俺の面倒を見るとは、てめえも物好きというか…
……いや?嬉しいぜ?『シーエ兄さん』(幼少時の呼び方)


終夜 望(シンヤ)
  ※胸から腹部にかけて致命傷ギリの酷い裂傷。村人を庇ったもの。

昼に受けた傷が疼いてたらシンヤを起こしちまった……っぽい。
疲れてるだろうに、申し訳ない事しちまったかな。でも微妙に痛いんだよな……うぐ。
勿論そんな事素直に口にしてもどうしようもない、からさ。それに自業自得だし。

『……大丈夫。俺は丈夫だし、こんくらい大丈夫、だから』

なんかシンヤが色々物言いたげな目なのが気になるけど……。
契約してる神人つっても、換えが効くんだから……俺の事なんかそんなに心配しなくてもいいのに。

(……もっと、もっと助けられたはずなんだ。村の人も、皆も。
 俺は何で、こんなに何時も無力なんだろう)


●似た者同士
(死人なし。これ以上贅沢を言うつもりもねえが……)
 それでも今は例え上等なベッドでも眠れそうにもないと、ブリンドは避難所の簡易な寝床で、無理矢理に閉じていた銀の双眸を薄く開いた。村人達を起こさないようゆっくりと身を起こし、建物の外へと、そろり、抜け出す。しんと冷たい空気を頬に感じながらふと視線を巡らせれば、
「……ん?」
 避難所の壁に凭れかかるようにして、眼差しを住居の亡骸へと向ける相棒の姿がそこにあった。ブリンドに気付く様子もなく、ハティはただぼんやりと瞳の燐光を夜闇に揺らしている。ブリンドは低く舌を打った。
(ったく、それでちっとは頭が冷えるんなら、それもいいが)
 けれど、とブリンドは思う。二度と戻らぬ、オーガに踏み躙られたハティの故郷のことを。廃墟と化した村の半分に、彼は何を思うだろう。
「チッ、仕方ねえ」
 ごく小さく呟いて、ブリンドは相棒の元へと静かに歩み寄ると声を降らせた。
「思い出したのか?」
 ハティが、緩く顔を上げる。ぽろり零れた言葉は、思わず口からとび出したもの。考えていたことが、つい口をついてしまった。仄か苦い表情を浮かべるブリンドのかんばせを見上げたまま、ハティは胸の内に首を傾げる。
(今日のことだろうか過去のことだろうか……多分、どちらも?)
 ブリンドの問いはあまりに端的で、ハティは逆にその真意を量りかねた。加えて、そこに強いて言うならば労わりとでもいうような色が滲んでいるような気がしたのは、今日の戦闘の結果として、少しばかり血を流した頭のせいだろうか。彼らしくない物言いだと思いながら、ハティは緩く首を振った。
「……わからない」
 それが、一番しっくりする答えだった。ブリンドに声を掛けられるまでの思考は、断片的で曖昧なもので。ただ、今彼の声を聞いて思うことは。
「なぁ、リン。もしも俺が……」
「要らねえこと考えるなよ」
 ハティが言葉を紡ぐよりも早く、その先を読んだように声を重ねたブリンドがハティの傍らへと腰を下ろした。その口調が常の言い捨てるようなものに戻っていたことに、ハティは密か安堵する。
「おめーが死んでどうにかなるようなら苦労しねえんだ。誰かが助かるなんてのは夢だ夢、悪夢だ」
「そう……なんだろうな」
 2人の脳裏に浮かぶのは、フィヨルネイジャで見た昏い夢。そこでハティが選択した『救うための死』を、ブリンドは悪夢だという。
(そうなったら俺だってタダじゃ済まねえ)
 そんなことを思うブリンドの傍らで、でも、とハティは小さく音を紡いだ。
「もし俺が馬鹿をやったのなら、その通り報告すればいい」
 アンタが付き合う理由はないだろ? と、続く言葉が問いの形になったのは、最後まで一緒だなんて都合のいい夢の断片が頭を過ぎったから。
「言われなくてもそーすらぁ」
 苦い物を吐き出すように返して自分を睨み付けるブリンドの表情に、ハティは痛みのようなものを見た気がした。だとしたら、傷付けたのは自分だ。
(……あの時も、こんな顔をされていた気がする)
 傍らの人に体重を預けて、息を吐く。ブリンドは、身動ぎもせずにその重みを受け入れた。触れた温もりが、身体に染みる。
「……多分、同じ目的で話していると思うんだが、アンタも俺も口が悪いんだな」
「……口が悪くてお互い気にしてんなら世話ねえなぁ」
 皮肉っぽく呟いて、ブリンドは目前の廃墟へと視線を遣った。
「取り戻すのに時間はかかるだろーが、指導者が居ればおめーの妙ちくりんな工作の腕もちったぁ役に立つかもなぁ……」
「妙とは何だ」
「アレが妙じゃなくてなんだってんだよ。鈍器かと思ったわ」
「あれはこれから変身する……予定だ」
 その時は頼んだぞ指導者、と言葉を続ければ、やるとは言ってねえけどなと声が返る。どんなに言葉を連ねても目を塞ぐことはできないが、今はただ、傍らの温もりが頼もしかった。

●染まる、交わる
「ラセルタさん、此処に居たんだ」
 避難所の外、眼差しを崩れ壊れた村の半分へと向けていたラセルタ=ブラドッツに声を掛けて、「姿を見なかったから」と羽瀬川 千代はほっとしたように付け足した。振り返ったラセルタが、口元に緩く弧を描く。
「もうじきお前も来る頃だと思っていた」
 手招きで呼び寄せられるままに、千代はラセルタの傍らに腰を下ろした。そうして、包帯を巻いたラセルタの足へと視線を移す。具合はどう? 痛くない? なんて尋ねようとしたのだけれど、
「怪我なら問題ない」
 と、ぴしゃり、先手を打たれてしまった。
「そんな顔をしていれば、言いたいことは嫌でも分かる」
 先読みに目を丸くした千代に少し笑って告げ、「尤も、痛いの飛んでいけ、でも構わんが」とラセルタは悪戯っぽく言葉を足す。その物言いに、千代もくすりと音を漏らした。
「えっと、今は話し相手位しか出来ないけれど……」
「充分だ。お前が隣にいる方がいい」
「……そっか。ありがとう」
 話し相手に、と言ったのにそれ以上の言葉が出てこなくて、闇の中に静寂が落ちる。夜の風に誘われて、廃墟が切なげに鳴いた。その音に、千代の眉が下がる。
「……俺に出来る事は何でもやったし村の人達からの感謝はとても温かかったけれど、やっぱり悔しいな。もっとやれる事があった気がして」
 満ちる静けさに不安をかき立てられて、千代の唇から零れたのは今日の戦いのことだった。建物の残骸へと視線を遣ったままで、ラセルタが応じる。
「依頼は達成した、何も問題は無いだろう……と、以前の俺様ならば言ったろうな」
「ラセルタさん?」
「直向きなお前の姿をこの傍らで眺める内に、手が届く大切なもの全てを守りたいと思えるようになった」
 だから。だからこそ。
「今回の結果は俺様も遺憾だ。失われた物は大きい」
 どこまでも真摯な声音を夜闇に響かせた後で、不意にラセルタはくつと喉を鳴らした。「俺様好みに染める心算が、何時の間にやら染められているとはな」と。その言葉の面映ゆさに、千代は火照る頬を隠すように僅か俯いた。その途端、ラセルタに確りと抱き竦められる。
「わっ、ら、ラセルタさん……?」
「……千代、お前は温かいな」
 千代の肩口に、ラセルタは顔を埋めた。温もりが、ラセルタの心を癒していく。
「千代。お前は俺様と共に在って、変わらずに生きろ。誰かの為に死ぬなど以ての外だぞ?」
 尊大な物言いの中に優しいものを感じ取って、千代は口元を柔らかくした。そうして、ラセルタの背に手を回し、慈しむようにその背に触れる。
「……実を言えば、俺はラセルタさんの方が心配だよ」
 ラセルタの肩が、虚を突かれたようにぴくりと跳ねた。
「大切なものを失う悲しみを、貴方は良く知っている。守る物が増えて辛く厳しい状況に追われても、立ち止まらない」
 隣に居たいのに離れていく成長の差がもどかしいのだと、静かな声で千代は紡ぐ。大切な人を抱く手を緩めて身体を少しだけ離し、吐息が触れるようなごく近い距離でラセルタは真っ直ぐに千代の双眸を見つめる。そうして、くっと口の端を上げた。
「まるで、その目で全て見透かしたようなことを言うな」
「そういうわけじゃないけど、でも、パートナー……恋人の事を知りたいと思うのは、おかしな事じゃないでしょう?」
 はにかむようにそんなことを言う千代がラセルタにはどこまでも愛おしい。心の赴くままにくいと顎を持ち上げれば、千代は目を見開き、慌ててラセルタから身を剥がした。その顔は、夜闇にも分かるほど赤く染まっている。
(全く、これ程までに己の想いを口にするのは千代だけだというのに)
 胸の内に唇を尖らせるラセルタ。千代が、まだ赤みの残る顔で強請るように音を零す。
「……ねえ、ラセルタさん。眠れるまでもう少し、話に付き合って?」
 小首を傾げる姿のいじらしさに、やはり今暫し、せがむ唇を塞いでしまおうか? なんて、少し意地の悪い想いをラセルタはその胸に過ぎらせた。

●契りの記憶
「……眠れません、ね」
 ともかく心身を休めようと無理矢理に閉じていた目を、シーエ・エヴァンジェリンは静かに開いた。眠りの底が遠いのは左腕の傷が疼くせいだが、敬愛して止まない神人を護って負った傷の痛みは、自分は彼の契約精霊になったのだとシーエに何度だって教えてくれる。
「……せっかくテネブラも見えるようになったのですし、月でも見ながら一服しましょうか」
 低く呟きするりと避難所を抜け出せば、夜空には2つの月。この光景を自らの双眸に映したいとどんなに願ったか分からないほどなのに、案外何の感慨も浮かばないとシーエは乾いた感想を抱く。と、その時。
「……若?」
 シーエは、バーガンディーの瞳にローランド・ホデアの姿を捉えて思わず小さく声を漏らした。視線は廃墟に遣ったままでシガリロから紫煙を燻らせるローランドへと、静かに歩み寄る。
(ああ、細葉巻に火が付いている)
 申し訳ないような想いを胸に過ぎらせれば、気配に気づいてこちらへと視線を移したローランドが、「んな残念そうな顔をするな」とごく薄く笑った。
「俺の葉巻に火を点けるのはてめえの義務じゃない」
「ですが、俺の仕事です」
 真面目な声でそう返せば、何が可笑しいのかローランドはくつと喉を鳴らす。そして、静かにシーエへと言葉を零した。
「それにしても、初陣の割にはいい動きだったぞ、満足だ」
「ありがとうございます、若」
「一点、てめえが俺をかばって腕怪我したこと以外はな」
 漆黒の眼差しが、じろりとシーエへと向けられる。火をつけた葉巻をふかして、シーエは軽く肩を竦めた。
「若が無傷であれば、目的は達成できていますので」
 返る声に、やれやれというふうにローランドが息を吐く。ゆらゆらと天へ上っていく、二筋の煙。
「しかし、よかったな。成りたがってただろう、ウィンクルムに」
「ええ。ずっと夢でしたからね、若をこうしてお守りすることが」
「……そうか」
「ああ、ですが、夢、というのは正確な表現ではないかもしれません。約束でした。貴方をお守りすることを幼い頃に約束しました」
 思い出を慈しむように音を紡いだシーエの傍らで、ローランドは紫煙をまた燻らせた。そうして、視線を虚空に向けたままでシーエの言葉に応じる。
「……んなちっせー頃の約束覚えてたか」
「若はお忘れかもしれませんが、俺は片時も忘れたことはありませんよ」
 シーエが薄く笑うのが、気配で分かった。視線を逸らしたままで、今が夜で良かったとローランドは密かに思う。常ならばこの男には隠し切れないだろう一抹の照れさえも、夜闇は覆い隠してくれる。シーエの語った約束は、敢えて口にはしないがローランドにとっても大事な記憶だ。
「しかしまあ、これでてめえとは公私共に世話になることになるな」
「はい、喜ばしいことです」
「ったく、普段は秘書、プライベートは幼馴染で世話係、そしてウィンクルムの仕事の時まで俺の面倒を見るとは、てめえも物好きというか……」
「おや、俺が契約精霊では不満ですか」
 仄か笑いを含んだ声が、どこまでも静かな世界に柔らかく響く。ローランドは眼差しだけをシーエへと投げると、つと口の端を上げた。
「……いや? 嬉しいぜ? 『シーエ兄さん』」
「っ……!」
 唐突に幼少の頃の呼び名で呼ばれて、目に見えて動揺するシーエ。その頬に紅が差しているだろうことは、深い闇の中でも想像に難くなかった。面白がっているように、ふ、と音を漏らすローランドへと、
「……その呼び名はよしましょう、若」
 と、シーエはぼそぼそと訴える。
「さて、どうだかな」
 2つの月を見上げて、ローランドはまた紫煙を空に昇らせた。揺れる煙を眼鏡の向こうの焔で追って、シーエは思う。
(でも、ご満足なら良かった。このまま覚えを良くしていけば、きっとあのチンピラから若を奪い取れる)
 忌々しく揺れるフェネックの尻尾を思い、シーエは底冷えのする瞳に、ローランドが見ているのと同じ月を映した。

●『護る』ということ
「ぐ……」
 避難所に用意された簡易なベッドの上。終夜 望は、腹部の傷の抉るような痛みに知らず呻き声を漏らした。熱を帯び疼く酷い傷は、昼間の戦いで村人を庇った際に負ったものだ。パートナーのベッドに凭れて目を閉じていたシンヤだったが、覚めていながら悪夢にうなされているような望の声にそっと瞼を開いた。立ち上がり彼の顔を覗き込むと、見るに堪えないその様子に堪らず彼の名前を呼ぶ。
「望」
 零される声に、望は金の眼差しをぼんやりとシンヤへと向けた。そうして、無理矢理に少し笑う。
「シンヤ? 起こしちまったか?」
 問いに、シンヤは答えない。ただ、難しい顔をして望のことを見つめている。
(疲れてるだろうに、申し訳ない事しちまったかな。でも微妙に痛いんだよな……うぐ)
 意識すれば余計に寄せてくる痛みに顔を顰めながらも、望は決して「痛い」とは言わない。
(そんな事素直に口にしてもどうしようもない、からさ。それに、自業自得だし)
 等と、自虐的な思いを胸に沈める望。その表情から望の考えを幾らか読み取って、シンヤは密かに眉を寄せる。
(下手をすれば死にかねなかった。それほどの怪我だ)
 死の淵に触れかけるほどの負傷さえも恐れない望のことを、シンヤは相変わらず痛々しいと胸の内に評した。日中の戦いの結果として身体の所々に残る浅い傷よりも、心の方がじくりと痛い。
(……ここまで酷く負傷を受けたのが神人というのは、何とも言えん話だ)
 尤も、と僅か口元を歪めるシンヤ。
(俺が至らないせいでも、あるだろうが)
 望の契約精霊でありながら、彼にここまでの大怪我を負わせてしまった。罪悪感が胸を刺す。シンヤの表情の微妙な変化を読み取ったように、望が小さく声を零した。
「……大丈夫。俺は丈夫だし、こんくらい大丈夫、だから」
「強がるな。その傷で大丈夫もなにも、あったものではない」
 ぴしゃりと言い切って、今宵は寝ずの看病になるだろうかとシンヤは思いを巡らせる。けれど、次に望の口からとび出したのは、シンヤの全く予期していなかった言葉だった。
「なあ、シンヤ。少し、外の風に当たりたい。連れていってくれないか?」
「外? 望、その傷で動き回るのは……」
「だからシンヤに頼んでる。な、頼むよ」
 言って、望はシンヤに促すように避難所で夜を共にしている人々へと視線を移す。確かに、このままここで話していては彼らの一時の休息を邪魔してしまうかもしれない。それに。
(望のことだ、呻き声で俺以外の人間も起こしてしまうかもしれんのが気掛かりなのだろう)
 ならば、シンヤとしても望の気持ちを汲まないわけにはいかない、そういう気になった。
「……なるべく負担を掛けないように支える。それでも、その傷は痛むだろうが」
「大丈夫、ちゃんと我慢するから」
 そうして、2人は建物の外に出た。傷の痛みを堪えながら、「風、気持ちいいな」と望は何でもないようなことを言う。そんな望へと、シンヤは青の視線を投げた。言いたいことは幾らもあるけれど、敢えて想いを言葉にはせずに。
(なんかシンヤが色々物言いたげな目なのが気になるけど……)
 と、目聡くその眼差しの意味に気付いて、しかし望はその瞳を暗く曇らせた。
(契約してる神人つっても、換えがきくんだから……俺の事なんか、そんなに心配しなくてもいいのに)
 村の半分だった物の残骸に、望は自分の不甲斐なさを噛み締める。
(……もっと、もっと助けられたはずなんだ。村の人も、皆も。俺は何で、こんなに何時も無力なんだろう……)
 ギリと唇を噛む尋常でない望の様子に、シンヤは今度こそはっきりと眉根を寄せた。
(こんな精神状態の神人をも戦いに駆り出さなくてはならないのは……いや、考えるのは止めよう)
 望は、止めても他人のために我が身を差し出す男だと、シンヤは確かに知っている。なればこそ。
(最悪の結末を迎えてしまわぬよう、俺は契約した筈だから)
 静かな決意を、シンヤは改めてその胸中に沈めたのだった。

●傍らの温度
(……仰々しいことになったもんだな)
 肩の傷の鈍く痛むのを感じながら、カイン・モーントズィッヒェルはやれやれと息を吐いた。日中の戦闘で負った怪我は、重傷。見た目にも派手な怪我だったこともあり、村人達に気遣われたカインは避難所に横になるスペースを与えられていた。確かめるように仕事道具である手を握ってみれば、そこにあるのはいつもと違わぬ感覚。ならばいいと、カインは別の懸念材料へと眼差しを遣った。
(眠れねぇっつーこともないんだが……イェルの奴が凹んでやがる)
 視線の先には、避難所の壁に凭れて座り、すっかり俯いてしまっているイェルク・グリューンの姿。余程参っているようだと、その憔悴しきった姿にカインは思う。一方のイェルクは、カインの視線には気付かずにどろりと昏い自己嫌悪の塊に苛まれていた。
(自分が無傷なのはカインさんのお陰だ。あの人は攻撃を避けなかった……私を、庇って?)
 戦闘から時間が経ち、頭が冷えて初めてその可能性に思い当たったイェルクである。真偽のほどは定かではないが、カインの思惑を外に置いても、神人の犠牲のお陰で自身に被害がなかったという事実は厳然たるものだ。ならば。
(私には、もっと出来ることがあったはずだ。もっと、もっと、もっと……)
 湧き出る後悔には、際限がない。自分達が確かに救った、けれどある意味では救えなかった人達の寝息を耳に聞くのが苦しくて、イェルクは逃げるように建物の外に出た。しんと冷たい空気を吸い込んで、息を整える。村の半分の亡骸へとふらり歩みを進めその場にへたり込んで、イェルクは懺悔のように小さく声を漏らした。
「避難する人を考えてれば……オーガを倒すことしか頭になかった。私は……私は」
 震える音が、夜闇に吸い込まれて消える。そして――次いで闇の中に落ちた声は、イェルクのものではなかった。
「反省会は終わったか?」
 耳に慣れた声に、イェルクはハッとして振り返る。声の主はカインだった。イェルクのことを追ってきたのだ。驚き言葉を失うイェルクの隣へと、カインは当たり前のように並んで座った。しばらくして、やっと声を絞り出すイェルク。
「怪我は痛みますか?」
「指は死守したからいい」
 やはり、肩の傷は痛むのだ。それをきちんと読み取って、カインの肩を痛めていない方の手をイェルクは包むように握った。
「私がしっかりしていたらあなたは怪我してなかったですよね……ごめんなさい」
「俺に謝るなら自分を大事にしろ」
 ぶっきらぼうな言葉は、けれどどこまでもイェルクを思い遣ったもので。泣きそうになりながら、イェルクは自身の想いを紡いだ。あの戦いの中、自分にはもっとできることがあったはずだと思うこと。壊れ傾いだ人々の暮らしの礎『だった』物が、自分を責めて仕方がないこと。筋道立たないイェルクの話を、カインはただ静かに聞いた。
「……これからどうなるのでしょうか」
「どうだろうな。俺達がよくやったとは言わねぇ。これから大変なのは事実だ、気休めは言わねぇ」
 だが、とカインは言葉を続ける。
「てめぇが増えなかったのも事実だ。覚えておけ」
 その言葉の温かさに、
(こんな年齢で度々泣くなど……)
 と、イェルクは溢れそうになる涙を堪えて顔を伏せた。頭に温もりが触れる。カインの手だ。
「言っておくが、自分の娘と思って頭撫でる程バカじゃねぇ。てめぇだからやってる。嫌いな奴にやる程お人好しでもねぇ」
 頭を撫でる手も、零される言葉も嬉しくて。イェルクには、遂に自覚した想いがある。けれどまだ、1年しか経っていないのだ。彼女に申し訳ない、と思う。この人に愛されたい自分は醜い、とも思う。それでも、触れる温もりの心地良さがイェルクを眠りの底へと誘っていく。
(……ごめんなさい、今は少しだけ)
 やがて自分に身を預けて静かに寝息を立て始めたイェルクの様子に、カインは一つ息を吐いた。朝までこの体勢ってのもキツイな、なんて思いながら。



依頼結果:成功
MVP
名前:カイン・モーントズィッヒェル
呼び名:カイン
  名前:イェルク・グリューン
呼び名:イェル

 

名前:ローランド・ホデア
呼び名:若/ローランド
  名前:シーエ・エヴァンジェリン
呼び名:シーエ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月25日
出発日 09月01日 00:00
予定納品日 09月11日

参加者

会議室

  • [7]羽瀬川 千代

    2015/08/31-22:39 

  • [6]羽瀬川 千代

    2015/08/31-22:39 

    最終日のご挨拶となってしまいました。
    羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです、皆様お疲れさまでした。
    思うところは多々ありますが、良い夜を過ごされますように。

  • カインだ。
    パートナーはイェルク・グリューンだ。

    千代とラセルタ以外はカヤコアラ以来だな。
    あの時は世話になった。
    ローランドはフィヨルネイジャで同じ夢を見たことあるが、シーエとははじめましてか。
    ハティとブリンド、望とシンヤは完全はじめましてか。

    よろしくって言うのも変だが、よろしく。
    あと、戦闘は終了してるみてぇだから、どういう形でもお疲れさん。

  • [4]終夜 望

    2015/08/30-11:07 

    うー、なんやらかんやらあったろうけどお疲れ様だぜ。
    ……ローランドは久しぶり、かな。
    挨拶すら出来ない状況なのがちょっと残念だぜー。

    そいじゃま、お互い……えーっと、よろしくな?で、いいのかな……。

  • [3]ハティ

    2015/08/30-01:59 

  • [2]ハティ

    2015/08/30-01:58 

    ブリンド:
    おつかれおつかれ。ブリンドだ。こっちはハティ。ローランドんとこのシーエとは初めましてだな。つーかもしかしてラセルタ以外とは今回一緒すんのが初めてか?またよっしくな。

  • [1]ローランド・ホデア

    2015/08/28-00:11 

    お初にお目にかかります。私はシーエ・エヴァンジェリン。
    此度、若と契約することができまして、契約精霊となりました。以後宜しくしていただければ重畳。
    私にとっては初陣……でしたが、うまく行って良かったです。皆様も良い夜を。
    (腕を庇っているようだ)


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