プロローグ
輪廻転生という言葉がある。
人は死ぬとあの世に行き、次の命へと転生するという仏教の考えだ。
幾星霜の月日を越え、この世界で愛し合うウィンクルム達は偶然の巡り会わせなのか。
いいや、神の振ったサイコロの出目で出会った偶然などではなく必然だ。
望まぬ死で別たれたとしても、望んだ死で別たれたとしても、
二人は繰り返される運命の中でもう一度出会い、恋をした。
――遥か遠い昔の記憶。
神人は、貴族という身分でありながら平民の精霊と結ばれようとしたため、魔女として仕立て上げられ殺される運命となった。
精霊は、国に訴えるが受け入れてもらえず。そして、果敢に実力行使に出るも数の力に圧倒されてしまい、既に起死回生の手段は失われていた。
神人を生涯護ると誓った精霊は、己の無力を呪い、絶望する。
そんな絶体絶命の折、神人がぽつりとつぶやいた。
――殺して、と。
* * *
「前世から愛し合っているなんて、ロマンチックだよね」
薄暗い個室で、一人の青年が絡みつくような声色で呟く。
「絶望的で最悪な夢を見たら、君達はどうなるのかな?」
張り付いたような笑顔で、青年が楽しそうに笑う。
一頻り笑った後、彼はロングコートからひとつ何かの結晶のようなものを取り出して、ふわりと空中に投げ捨てた。
放られた結晶は宙を舞い、瀬戸物が割れるような音を響かせて砕け散る。
「――君達の愛がどれほどのものなのか。僕に見せてよ」
青年は嬉しそうに笑って、あなたの瞼をそっと閉じた。
解説
●はじめに
・今回のお話は、自分達が死ぬ夢を見るというお話です。
・夢の世界なので、現実で死ぬことはありません。
・夢の世界では、神人も精霊も必ず死にます。
・この夢を見させているのは、プロローグに出てきた青年です。神人と精霊の愛がどれほどのものなのかを見てみたいようです。
・他のプレイヤーさんとの接触、及び冒頭に登場する青年との接触はありません。
・あまりにも生々しい夢に、喉が渇き、飲み物を買ったので、300jrいただきます。
●行動について
・あなた達は、国民や軍に追われて路地裏へと逃げ込んでいます。そこから、死の前の行動を下記から選択してください。
1.共に処刑を受けいれて死ぬ。
二人で固く手を繋ぐ、もしくは抱き合った状態のまま軍隊の前に姿を現し、死んでも離れないと決意して死にに行きます。その心意気に執行人が心を打たれ、愛を尊重しまとめて二人を殺します。
2.神人を殺して精霊も死ぬ
神人の意思を尊重して、精霊が神人を殺し、精霊も一緒に自決する。
3.神人が自決、精霊は敵を殺しにいきそのまま果てる。
神人を殺すことが出来ない精霊を見かねて、神人が精霊の武器を使って自決する。精霊は悲しみと憎しみを王にぶつけようと果敢に挑むも、軍に殺されてしまう。
・夢から覚めた後、前世を知った二人は、互いをさらに大切にすると誓い合います。夢から覚めた後の行動に選択肢はございません。
ゲームマスターより
はじめましての方ははじめまして、はじめまして出ない方は今回もよろしくお願いいたします、東雲柚葉です!
今回で公開させていただいたエピソードは三作目です。そして、初のEX!
さらにさらに、初めてGMさんの企画に参加させていただきます!
こーやGMさんが企画されていた、《贄》シリーズに参加させていただきました。
NPCが出てきていますが、今回のお話で直接干渉してくることはありません。
自分達が死ぬという絶望的な状況を味わった上で、神人と精霊はこれからの生活や人生をどう過ごしていくのか気になりますね。
余談となりますが、ヒヤシンスの花言葉は色々ありますが、今回イメージとして使わせていただいたのは、『悲しみを乗り越えた愛』です。
死という悲しみを乗り越えて、愛を深めていってくださると嬉しいですね。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
やはりというか ディエゴさんは私を殺すことを拒否しました …… では抗ってみましょうか? ナイフか何かあれば貸してもらえませんか ここで最期だとしても 一緒にいるなら、次も会えると思います。 その前に 私の髪を切ってディエゴさんにあげます それを大事に持っていてください それは私と貴方を引き合わせる鍵です。 ディエゴさん、後ろに軍が迫ってます! と振り向かせて彼をナイフで刺します …貴方の国や軍への忠誠心はわかっていました 汚名を被ったまま処刑されてしまうくらいなら 魔女に操られた不幸な人として死んでください。 (追手へ) 彼ですか? 洗脳が解けて邪魔になりそうだったので殺しました 生意気に私の自慢の髪を切り落としたんです。 |
リヴィエラ(ロジェ)
3番目の選択 リヴィエラ: ロジェ…このままでは、貴方も殺されてしまいます。 私の事は構いません、どうか貴方だけでも逃げてください。 (ロジェの銃を奪い取り、涙を流しながら腹部に当てる。ターンという銃声。 リヴィエラの腹部から大量の血が溢れる) はぁ、はぁ、ゴホッ… もし…もし、生まれ変わりがあるとした、ら…また、貴方の神、人、に… そうしたら、また…私を…お屋敷から、攫ってく、ださいますか…? 私を、貴方の、も、のに… わ、たし…精一杯…歌って、あな、たを…呼びますか、ら…、どうか泣か、な… (にこりと微笑み、血を口から流し、息絶える) (夢から覚めたら、涙を流しながらロジェと固く抱きしめ合う) |
クロス(ディオス)
【夢】 ☆3 「ディオ、御免な… 俺と出逢わなければこんな事にはならなかったのに…(俯く ディオ、ありがとう… 俺もディオと出逢えて嬉しいよ… でも、何で俺は貴族なんだろうな… 俺もディオと同じが良かったっ (目をパチクリ ディオは頭が良いな… そんな考えが出るなんて凄いよ… なぁディオ、俺を殺してくれ どうせ死ぬならお前に殺されたい 俺の最期の願いだ だが無理だと言うのであれば… 今此処で死ぬ 俺は弱い人間だ もし来世があるなら強くなりたい ディオありがと幸せにな(心臓刺す」 【起】 「ふふ、俺も驚いたよ(微笑 …俺はあの頃より強くなった、だから俺にも守らせてくれないか? ディオも大切な人なんだ、死なせたくない気持ちは同じだよ(ニコ」 |
☆リヴィエラ ロジェ ペア☆
繰り返される静謐な歌声
貴族と平民の愛は報われない。それを最初に耳にしたのはいつだったろうか。
どこで聞いたかもわからない差別の言葉に、大きな疑問を覚えていたことを、リヴィエラはふと思い出す。
世界は差別に溢れている。人の弱さから生まれ来る差別に、世の中は支配されている。
差別を受け入れれば世界は正解として受け入れるだろう。けれど、差別を受け入れずに愛を優先したとしたら、世界を敵に回すことになる。
「クソッ……!!!!」
激しく打ち鳴らされる大勢の人間の足音が、路地裏に大きく反響する。激しく鼓動する心臓と、カラカラの喉から、ロジェの悪態がこぼれて落ちた。
国王の定めた法令で、貴族と平民の愛は禁止されている。
けれど、リヴィエラとロジェは自分達を妨げる法令に従おうとはしなかった。その結果が、これだ。国全体を敵に回したなんて生易しいものではなかった。まるで、自分達の視界に映る――世界すべてを敵にまわしたかのような感覚に陥る。
ロジェの抵抗のかいもあってか、簡単に処刑されてしまうことはなく、ここまで逃げることが出来た。
しかし、既に体力は限界。疲労困憊の状態だ。このままでは、抵抗する力も残さずに嬲り殺されてしまうことだろう。
物陰から敵を睨むロジェを見据えて、リヴィエラは優しくぽつりとこぼす。
「ロジェ……このままでは、貴方も殺されてしまいます」
荒い呼吸を整えながら、リヴィエラが一拍置いて、
「私の事は構いません、どうか貴方だけでも逃げてください」
諦めた表情をしてか細く放たれた言葉は、ロジェの耳には強く響いた。物陰から敵を伺っていたロジェの瞳に激情が宿り、リヴィエラの言葉に真っ向から反発する。
「バカ! 何を言っているんだ、俺が囮になるから君だけでも逃げろ!」
声を荒立てて、噛み付くようにしてロジェが怒鳴る。
「何が貴方だけでも逃げて、だ! ふざけるなッ!」
激昂を隠さずにリヴィエラを見据えるロジェ。何があってもリヴィエラを殺させない、という強い信念がその相貌には宿っていた。
胸倉を掴みそうなほどに怒りを顕にしていたロジェだったが、これ以上騒げば見つかってしまうと考え、ふぅ、と深呼吸をする。
「言っていたじゃないか。俺と共に生きたいと。なら、ここを抜け出て二人でもう一度暮らそう。誰もいない、誰も俺達の邪魔をしない場所で」
この状況――世界を敵に回したとしても、ロジェはまだ自分を護り生きようとしている。諦めないで戦っている。
「ロジェは……強いですね」
力なくリヴィエラが笑う。今にも消えてしまいそうなその笑顔に、ロジェが何かを感じ取り、咄嗟に手を伸ばした。しかし、
「でも、だからこそ。私を置いて逃げてほしいんです」
言葉を聞いて、硬直する。
「……それは、どういう意味だ?」
「ロジェは強いから、私が居なくても他の人生を謳歌できます。……私は弱いから、ロジェが居ない世界では生きていけない。せっかく護ってくれても、すぐに後を追ってしまう」
だから、とつけたしてリヴィエラがぎこちない笑みで続ける。
「私を殺して、ロジェは生きてください」
「ふざけるなッッ!!!!!!」
路地裏に反響する怒声に、リヴィエラはびくり、と身体を打ち振るわせた。
ロジェが強くリヴィエラの肩を掴み、怒っているのにもかかわらずどこか泣き出してしまいそうな複雑な表情で叫ぶ。
「俺は、俺だって!!!! リヴィー、君が居ない世界で生きられるわけがないだろ!!!!俺は強くなんかない。君が居たから、だから気丈でいられる、力を出せる。生きていけるんだ!!!!」
俯いて、怒声をあげて。今度はぽつりと、ロジェがこぼす。
「……リヴィー。君が居ない世界に、意味なんてない」
リヴィエラに対する思慕と束縛に似た愛情を含ませた感情が、ロジェの相貌に映る。
「ありがとう、ロジェ」
弱弱しく笑っていたリヴィエラの表情から、少しだけ陰りが消えた。それを見てロジェは少しだけ安堵の気持ちを抱きながら、リヴィエラの頭にぽんと手を置く。
その安心が、ロジェの隙をつくる。リヴィエラはロジェの意識が敵に向いた隙をつき、ロジェの銃を奪い取った。
「リヴィー……!?」
銃が抜かれた感覚に、ロジェが目を剥きリヴィエラに視線を戻す。リヴィエラは目尻から透明な雫を頬に伝わせながら、悲しそうに微笑んでいた。
自分の腹部に銃を当て、引き金を引く――、
ターン、という銃声が路地裏に反響する。
こだまするようにして銃声が幾度か耳を打ち、ロジェの表情が驚愕に彩られていく。
だらんとリヴィエラの腕が力なく地面に落ち、ロジェの銃が無機質な音を立てて地面に零れ落ちた。
「はぁ、はぁ、ゴホッ……」
腹部が鮮血に彩られ、地面に血溜りを形成する。リヴィエラの色白い顎を唇からこぼれた赤い液体が伝う。
「おい……何をしてるんだよ……」
目の前で起こる惨状を認識できずに、ロジェが数秒硬直したままリヴィエラを茫然自失として見据える。頭が真っ白になり、視界から入った情報が現実のものだと脳が受けいれてくれない。
ようやく受け入れた脳が、リヴィエラの姿を正しく認識した。けれども、それでもなお理解が出来ない。なぜ、リヴィエラはこんなことを? という疑問が蟠る。
そして、どうすればいいのか答えがでないまま、ロジェはリヴィエラを抱きしめた。
掠れて途切れ途切れの呼吸音がロジェの耳を打つ。抱きしめたリヴィエラの身体が、異様に重たく感じて抱きしめる力を慌てて強めた。
リヴィエラが、血と共に絶え絶えの言葉を吐き出す。
「もし……もし、生まれ変わりがあるとした、ら……また、貴方の神、人、に……」
少しだけ身体を離して、ロジェがリヴィエラの顔を覗き込む。焦点のあっていない視線が辛うじてロジェを捉え、痛みを忘れているかのように楽しげに微笑む。
リヴィエラは、遠い記憶を思い起こすかのように虚空を見つめて微笑んでいる。
「そうしたら、また……私を……お屋敷から、攫ってく、ださいますか……?」
リヴィエラの見据える先には、自分を屋敷から攫ってくれたあの時のロジェの姿が鮮明に思い起こされているのだろう。生気が抜けていく表情に浮かぶ微笑が、余計にロジェの鼓動を加速させていく。最期が近づいている、そんな予感が沸々と沸き上がってくるのだ。
力なく垂れていたリヴィエラの腕が、弱弱しくロジェの頬に触れた。
「私を、貴方の、も、のに……」
もはや蚊の鳴くような声しか出せなくなっても、なお。リヴィエラは微笑みながらロジェの頬に優しく手を添える。
力が失われ、体温が失われていくリヴィエラの手に、ロジェの見開いた目から涙が一筋零れ落ちた。
にこり、とリヴィエラが微笑む。儚さと美しさを兼ね備えたその微笑に、ロジェの心に亀裂が走るかのような痛みが奔る。
「わ、たし……精一杯……歌って、あな、たを……呼びますか、ら、どうか泣か、な……」
そして。
その言葉を言い終わるよりも前に。
ロジェの頬から、リヴィエラの手がずるりと落ちる。
リヴィエラの腕が生気を感じさせない力の抜けた動作で地面に落下した。ロジェの顔に塗られたリヴィエラの血が、顎を伝って地面にぽたりと落ちる。
リヴィエラは、死んだ。
その現状を今度ははっきりと認識する。
しかし、どうしても理解できなかった。
「何で微笑ってるんだよ……」
幸せそうに笑うリヴィエラの死に顔が、理解できなかった。
もっとリヴィエラを笑わせたかった。もっと一緒に居たかった。もっと幸せにしてやりたかった。
蟠る感情が沸々と吐き気のように湧き上がり、呻き声として漏れる。
「ク、ククク……あははは……」
リヴィエラの微笑みを呆然と見つめて、湧き上がる笑い声を静かに吐き出す。
「あははははっはははは、ハハハハハハハハハッ!!!!!!」
血に塗れた両手を一瞥して、さらに大きく笑う。
「おれ、が……」
路地裏に響き渡る笑い声に、兵士が群がってきた。ロジェは光の失われた相貌で、力の抜けた身体を無理やり動かすようにして――、
「貴様らがリヴィエラを殺したんだ……」
剣を抜いてゆっくりと兵士に歩み寄る。暗い路地裏から現れた、獣のような相貌をしたロジェに兵士達が気後れし、半歩後ろに下がった。
そして、その隙を見逃すロジェではなかった。一瞬で兵士との距離をつめ、武装した防具の間を縫うように一閃。飛沫が飛び散り、路地裏の壁を塗料のように着色する。
「ひいっ」という悲鳴が次々と漏れ、その隙を突くようにして、ロジェは剣を突き入れる。引き抜いた反動のまま背後に回った兵士の顔面に柄を打ち込み、ふらついたところを一気に斬り込んだ。
斬りつけ、斬り捨て、打ち払い、剣を突き入れる。
湧き溢れる兵士の数に圧倒されつつも、ロジェはリヴィエラから離れることなく戦闘を続ける。
「ああぁああぁッ!!! 貴様ら全員殺してやる!!!!!!」
激情に身を任せながらロジェは斬りかかってくる兵士を斬り伏せる。
しかし、既に対処出来る人数ではなかった。兵士を斬りつけるほどに、斬りつけ返されるようになってしまう。だがそれでも、狂ったように斬った相手を斬り返し斬り殺す。
倒れた軍人の山が築かれ、辺りは死屍累々とした惨状へと激変。だが、ロジェはリヴィエラを汚すことがないように戦っていた。兵士達の血がそちらに飛ぶことはなく。兵士達がリヴィエラに近づけることはない。
剣一本でここまで戦ったのは流石と言えるだろう。けれども、兵士達も軍で戦ってきたプロだ。ロジェの戦闘の仕方を見て、戦い方を変えた。剣のような近接武器ではなく、遠距離武器の使用――銃の使用を決断。
ロジェが兵士の死体を盾代わりとして使おうとした刹那。
乾いた音が一斉に響き渡り、ロジェの身体が肩口、右足、腹部と後方に押されていく。身体を銃弾が貫通し、地面へと倒れ伏す。
怒りが収まらないといった様子で、まだ剣を掴もうとするロジェの腕に、鉛玉が打ちこまれ、剣がリヴィエラの元へと吹き飛ばされた。
血を吐き出しながら地面に爪を立てて、ガリガリとひっかく。敵を殺せないイライラを地面にぶつけるようにして、爪が剥がれるのもおかまいなしにひっかき続ける。
「リヴィー……リヴィエラ……俺は……き、みと……」
ぼやける視界に、リヴィエラが捉えられない。身体から一気に力が抜ける。倦怠感を何十倍にもしたような疲労感が身体を襲う。
薄れ行く意識の中、ロジェの耳にリヴィエラの声が響き始めた。
「リヴィーの、歌が、聞こえる……」
美しい、安らぎを与えるような澄んだ歌声。その歌声に耳を傾けながら、ロジェはリヴィエラが居るだろう方向に手を伸ばす。
「俺も、君と一緒、に……」
ぱたり、と倒れた腕が地面に落ちロジェの命の灯火が掻き消えた。
等間隔で鳴り響く電子的な音声が、鼓膜を打つ。
「ここは……」
ぼやける視界と意識から覚醒してリヴィエラがロジェを見据える。
「ロジェ……?」
病室のような部屋に寝かされているという疑問を意にも介さず、互いの姿をじっと見つめる。
「リヴィー……?」
がばっ、とベッドから跳ね起きて、ロジェがリヴィエラに歩み寄る。
傷がないことを確認して、頬をつねって今、この瞬間が夢でないことを確認した。痛い、夢じゃない。さっきまでのが夢だったのだ。
どちらからともなく腕を広げて、固く固く抱きしめる。
離れないように、強く固く。
「何度でも君を攫うよ、リヴィー。だから、俺を歌で呼んでくれ」
一縷の揺らぎもなく、ロジェがリヴィエラを固く抱きしめながら言い放つ。
リヴィエラはロジェに負けじと強く抱きしめ返し、
「――はいっ!」
屈託のない美しい笑顔で微笑んだ。
☆クロス ディオス ペア☆
君を護って、君を愛して
「はぁ、はぁ……、此処まで来れば大丈夫だろう……」
先程まで街中に響き渡ってた夥しいほどの足音が、遠くに感じられる。おそらくは、追ってきていた一団は撒いたのだろう。
かなりのしつこさだったところを見ると、軍も本腰を入れてクロスとディオスの処刑を執行することを決めたのかもしれない。こうなると、捕まって言い逃れなど出来るはずもない。即、死刑だ。
一団を撒いたのは幸運といったところだろうが、一団を撒いただけで、二人の息はこれ以上にないほどに荒れ、身体の疲労も途轍もないものとなっていた。足が痙攣し、身体が震え、だらだらと汗が流れる。足が動かなくなるのも時間の問題だろう。
「ディオ、御免な……」
荒い息を吐きながら、ぽつりとクロスがつぶやいた。突然の謝罪に、ディオスが顔を見やると、
「俺と出逢わなければこんな事にはならなかったのに……」
自責の念に彩られた表情で、俯くクロスの姿があった。路地裏の薄暗い壁に寄りかかりながら、「御免な」と幾度も繰り返す。
「クロ、それは違う」
しかし、ディオスは俯くクロスの視線に入るようにかがみ込み、顔を見上げた。つられて視線を合わせたクロスの目に映ったのは、微塵も迷いがないようなディオスの相貌。
「例え出逢わなくてもいずれは出逢いこうなっていただろう」
ディオスは確信を持った、揺るぎのない口調で続ける。
「――俺はクロに出逢えて嬉しく思う」
迷いのない、これが答えだと理解させるかのような口調は、クロスの心にしっかりと染み渡る。この人に会えて良かった、この人と一緒に居れて良かったという感情が沸々と沸き起こった。
「ディオ、ありがとう……」
心からの感謝を述べ、クロスもまたディオスと同じ想いを吐露する。
「俺もディオと出逢えて嬉しいよ……」
クロスの言葉にディオスが歩み寄り、それに答えるようにしてクロスもディオスに歩み寄る。
「クロ……」
ディオスがクロスを両腕で優しく包み込み、クロスもディオスの背中に腕を回した。
人種も階級も歳をも超越する、愛という感情が二人を支配する。それはとても幸福なことで、素晴らしいことで。
そして、――時に残酷なほどに非情だ。
「でも、何で俺は貴族なんだろうな……」
ぽつり、とクロスがこぼす。
それは今まで思っていても口にはしてこなかったこと。
ずっと、胸中に押しとどめて噛み殺していた。
「俺もディオと同じが良かったっ」
けれど、もう我慢の限界だった。言っても仕方がないことだなんてわかっている。それでもやはり、言わずにはいられなかった。
言ってしまった、とクロスがもう一度自責の念に駆られて俯こうとしたとき、
「それは俺も思っている。……いや、ずっと思っていた」
ディオスがクロスの言葉に同意を示し、けれども、クロスのようにほの暗い感情をチラつかせることなく言う。クロスはディオスと視線を合わせ、彼の次の言葉を待った。
「だがもし同じだったら俺達は出逢えただろうか?」
「……同じだったら?」
目をパチクリと瞬かせ、真意を探るクロス。ディオスは「そうだ」と首肯し、
「俺は違うからこそ出逢えたのだと思う」
平民と貴族という、埋めようのない階級差。それはこの世の中にとって絶対的な差だ。人は何者かを差別して生きていくという、人間の驕りを体現したかのような制度。
それに逆らうものなど居なかった。たとえ愛を育んだとしても、自分達の命の惜しさに愛を捨ててきた。差別を唯一救える愛は、常に屈服されてきた。
けれど、ディオスはそれを知っていてなお、「違うからこそ出会えた」と言う。
差別的な世の中であったからこそ自分達は愛し合えた、と。
そこまで理解して、クロスは微かに口角を吊り上げて笑った。
「ディオは頭が良いな……」
自分では、到底そんな考えには及ばなかった。差別に屈服して縮こまっていた。
「そんな考えが出るなんて凄いよ……」
「いや凄くはない……」
差別を乗り切ってでも、差別を打ち負かしてでも自分を愛すと言ってくれたディオスに対して、自分は同じ答えにまで辿り着けなかった。
クロスは、自分の弱さを心から実感し、無力を思い知る。
それに比べてディオスは強い。自分が居なくとも生きていけるだろう。
だったら――、とクロスは覚悟を決めてディオスに向き直り言い放つ。
「なぁディオ、俺を殺してくれ」
放たれた言葉に、ディオスは数秒間理解が出来ないで居た。
「――っ!? 何を言ってるんだ!?」
ようやく理解した言葉の意味は理解しつつも、真意がわからない。虚を突かれつつも、すぐに我に返ってクロスを落ち着かせようとする。
だが、その強さがまたクロスの心に止めをさしてしまった。
「どうせ死ぬならお前に殺されたい」
「そんなこと出来るわけないだろ!?」
肩を揺すってクロスを正気に戻そうとするディオスだが、クロスの相貌には光が灯らない。
「だが無理だと言うのであれば……」
クロスはディオスが帯刀している小刀を引き抜き、自分の腹に切っ先を向ける。
「ッ!! 止めてくれ!!!!」
クロスのしようとしていることを数瞬遅れて理解したディオスは、小刀の刃を掌で握ろうと手を伸ばす。
だが、
「今此処で死ぬ」
水っぽい音と共に、ディオスの掴もうとしていたものがクロスの身体の中に突き入れられた。
一筋の赤い液体が、クロスの口角から伝い落ちる。
「クロっ……!?」
だらりと力の抜けたクロスの身体を抱き支え、止血を試みる。だが、とめどなく流れる流血にどうしようもなく地面に流れ落ちていく。
的確に心臓を突き刺された一撃は、確実にクロスの命を刈り取った。
「俺は弱い人間だ」
生気のない瞳で、ディオスの方に視線を彷徨わせながら、懺悔するようにクロスが呟く。喋るたびに零れ落ちる血の塊が、長くはないことを物語っていた。
「……もし、……来世があるなら強くなりたい」
ディオスの両目から、涙が伝い地面にだらりと投げ出されているクロスの掌に落ちた。
「……ディオ、……ありがと。……幸せ、に……な」
徐々に瞳が閉じられ、聞き取れないほどの声量になりつつも、クロスが最期の言葉を言い終わる。
「クロぉぉぉおおお!」
悲哀に満ち溢れ、涙を流しながらも、クロスの表情には微笑みが浮かべられていた。
ディオスに向けられた、最期の微笑み。
触れれば砂となって消えてしまいそうな佇まいに、ディオスは目が熱くなるのを感じた。そして同時に、押さえ切れない感情が蟻走感のように全身を掻き立てる。
「……クロが死んだのはアンタ等のせいだ」
追っ手がディオスを囲い込み、武器を構え始める。何十、何百ともなく軍勢が終結し、路地裏に殺到する姿は、まるで餌に群がる蟻のようだ。
他人の不幸を吸う、蟻。こんなヤツ等の所為で、クロスは死んだのか。ディオスの心に激情が迸る。
「クロの仇、討たせて貰う!」
帯刀していた紅桜蒼月を引き抜き、軍と対峙する。
軍団長が指揮をとり、軍団を統括する。裏路地に大きく響き渡る声には幾重もの戦場を渡り歩いてきたかのような威圧感が秘められていた。だが、ディオスの憎悪から来る戦意も負けてはいなかった。軍団長の号令で一気に突き出された槍を一瞬で斬り、地面に落下させる。
突然のことに戸惑う軍人をもう一度横薙ぎに一閃し、斬り伏せた。
雪崩のように押し寄せる軍勢を果敢に斬り伏せ、ディオスは孤軍奮闘を続ける。
けれども、相手もプロだ。下級の軍人達こそディオスの力に恐怖し多少士気が削がれてはいるものの、軍団長はまるで戦意を削がれた様子はない。ディオスの立ち回りを観察し、徐々に隙を縫う攻撃を仕掛けるように仕向けてくる。
ディオスの身体に傷がひとつ、ふたつとつけられていき、ついに斬りかかったところを脇腹に一太刀入れられてしまう。右脇腹を一閃したその一撃に続くようにして、連撃がディオスを襲い、ふらふらと後方へ下がってしまう。
だが、このまま終わるわけにはいかない。
クロスを死に追いやったこいつらを、許してはいけない。たとえ神が軍人達を赦したとしても、俺は絶対に許さない。
雄たけびを上げ、軍に単身で突っ込むディオス。一人で何十人もの軍人を倒したのだから、普通ならば賞賛に値するような腕前だ。
けれども彼はもう賞賛されることはない。なぜならば彼はもう、この世界にとって異端として扱われてしまっているから。
ディオスは血に塗れた刀身を一振りし、血を払う。
既に満身創痍の彼は、普通ならば倒れていてもおかしくない。それでも立ち続け戦い続けるのはクロスを失った悲しみがそうさせているだけ。
軍団長がディオスのまわりに軍人達を配置し、一気に号令をかける。
逃げ場のない、一斉攻撃。
ずぶり、という厭な感覚がディオスの脳内に反響した。
無数の槍で貫かれ、地面に倒れ伏す。
身体の力が一気に失われ、剣を握ることもままならない。
ディオスは薄れ行く意識の中、徐々に鋭い剣幕を穏やかなものへと変えていき、視界が暗くなり始めた頃ふと笑みをこぼした。
「……コレで、やっとクロの、所へ、ぃけ、る……」
愛する者の仇討ちのために剣を抜いた男は、波乱万丈なその生涯を終えた。
まぶしい光が瞼に差し込み、真っ暗な視界に光がチラつく。
ふとディオスが目を覚ますと、そこは病室だった。
「……ここは……俺は確か……」
確かに自分は軍人の槍に貫かれて絶命したはずだった。しかし、身体のどこを確かめても出血はおろか傷一つない。
「そうだ、クロは!?」
ガバッ、と勢いよくベッドから飛び起きると、隣のベッドできょとんとしているクロスの姿があった。
クロスもディオス同様、自分の身に何が起こったのかを把握しあぐねていたようだ。
ただ、考えてみれば薄々気がつく。先程までの光景は、夢だったのだろう。けれど、ただの夢ではない。そう、それは――、
「まさか前世が一緒だとは……」
ディオスは頬を紅潮させながらも、クロスに呟く。クロスはディオスの呟きに、
「ふふ、俺も驚いたよ」
と微笑んで返して見せた。
先程までの光景が夢だろうと前世だったのだろうと、目の前にパートナーが存在していることを嬉しく思う。ただ近くに居るだけなのに、こんなにも愛おしく感じる。生きて、共に愛し合うというのはこれほどまでに嬉しいものなのだと実感する。
ディオスは苦々しい表情を浮かべ、拳を固く握ってクロスに向き直り、
「クロ、前世ではああなったが今世ではそうはさせない」
決意を強く固めるように。自分に言い聞かせるようにして、ディオスはクロスの瞳から視線を逸らすことなく続けた。
「クロの親父さん達の分迄俺がクロを守る、絶対に死なせはしない……!」
絶対に護るという固い意思。
ディオスの覚悟を受け取って、クロスはもう一度微笑んで見せた。だがそれは、自分の弱さを自覚した時とはまた別種類の笑み。
「……俺はあの頃より強くなった、だから俺にも守らせてくれないか?」
固く握られたディオスの拳を優しく掌で包み込んで、クロスがディオスに柔らかな、それでいて力強い笑みを投げかけた。
「ディオも大切な人なんだ、死なせたくない気持ちは同じだよ」
大切な人を護るという意志をお互いに強く決心しながら、二人は互いを強く抱きしめた。
これからは差別になんて屈しない、どんな障害も乗り越えていけるだろう。
今度こそ、愛する人を護りたい。その気持ちが二人をより強くした。
世界を欺く答えとなったとしても、世界を敵にまわすその日が来たとしても、
――二人ならば乗り越えていけるだろう。
☆ハロルド ディエゴ ペア☆
あなたのことを護るためならば
金属のぶつかりあう音と銃撃の音とが強く響き渡っていたのが、先程までのことのように思える。路地裏に身を潜めたハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロは、荒い息を押し殺して膨大な軍勢に舌を巻いていた。
未だ手に残る剣と剣がぶつかりあった感触と人を斬り捨てた感触。そして、銃を何度も打ち続けた感覚。二人はなおも神経を研ぎ澄ませ臨戦態勢のままでいる。
かなりの数を斬り伏せ、銃撃し、倒したと思う。それでも、敵の数が減ったように見えないのは国全域が二人の敵として団結しているということだろう。この場所が見つかるのも、時間の問題だ。
このままでは共倒れ。そう悟ったハロルドは、不意にディエゴに向かってとんでもないことを言い放つ。
「ディエゴさん。私を殺してください」
聞いて、呆然とするディエゴに向かって、ハロルドはまくし立てるように続けた。
「私を殺して死体をうまく活用すれば、うまく逃げることが出来るでしょう」
自分の死体を使ってでも逃げおおせてと言うハロルドだったが、ディエゴは肯定の様子を一切見せることなく「それは出来ない」と拒否した。
ディエゴは、自分を殺すことはないと薄々感じてはいたが、やはり殺さない選択肢をとるのか、とハロルドは胸中で呟きを漏らす。
ここで自分を殺してしまえば、自分がうまく逃げることの出来る選択肢が大きく広がるというのに……。
「俺にとって国や軍は誇りだ」
ディエゴはぽつりとそう漏らし、「だが」と前置きして次の言葉を紡ぐ。
「それらがお前を殺す要因になるならそんなもの捨ててやる」
誇りを捨ててでもハロルドを護りたいという旨が込められた言葉には、強い意志が宿っていた。鋼のような、まるで揺るがない意志。
「お前は殺さない、二人で抵抗するんだ」
たとえ逃げるのだとしても、二人で。一人で逃げるという選択肢などディエゴにはないのだろう。
「……では抗ってみましょうか?」
徐々に近づきつつある軍の足音が路地裏に強く反響し始めた。戦争でもするのかというような多さの軍隊が近づいてきているのがわかる。
「ああ、出来ることはすべてやりきろう」
路地裏から表道を観察しながらも、ディエゴがハロルドに返答する。
「そうですね。ナイフか何かあれば貸してもらえませんか」
ハロルドの言葉を聞いて、ディエゴが懐から手ごろなナイフを差し出した。差し出されたナイフを見つめながら、ハロルドは陰りを彩らせた表情で、
「ここで最期だとしても。一緒にいるなら、次も会えると思います」
まるでこれから死ににいくかのようなハロルドの言葉に、ディエゴが少しだけ眉をしかめる。戦闘態勢が出来ていないわけではないが、どうにも勝つ覚悟というよりは死を覚悟しているようにしか思えない。
怪訝そうにハロルドを観察するディエゴを横目に、ハロルドは自分の首筋に向かってナイフを近づけた。咄嗟に反応したディエゴがナイフを掴もうとしたとき、ハロルドの髪の束がはらりと地面に落ちた。
絶句するディエゴに、ハロルドは掴み取っていた髪の束を差し出す。
「それを大事に持っていてください」
ハロルドの美しい髪は、ディエゴもひそかに好きだった。髪は女性の命と言う。ハロルドが自身の髪をこのように切るということは、相当の覚悟があるに違いない。
「それは私と貴方を引き合わせる鍵です」
引き合わせるというのは、戦場ではぐれた後に再開するということだろうか。それとも……。ディエゴは考えうる結末を察しながらも、戦意を失わぬように銃を強く握り締めた。
「……バカ、生き残るんだろう?」
ディエゴは絶句から立ち戻ってハロルドが手渡した髪の束を受け取った。しっかりと握っていないと手から滑り落ちてしまいそうなほどに、指通りのいい綺麗な髪だ。ディエゴはしばらくハロルドの髪の束を見つめてから、セミロングほどの長さとなったハロルドの髪を見やる。
再び戻した視線の先に映るハロルドの双眸には、何かを覚悟した固い意志が宿っていた。それを感じ取り、ディエゴもハロルドから目を逸らさずに見つめ返す。
「だが、お前の気持ちはよくわかった。……一生の宝物にする」
無言で首肯するハロルドを確認し、ディエゴの雰囲気が戦闘態勢へと切り替わる。
「ディエゴさん、後ろに軍が迫ってます!」
ハロルドの叫び声に反応し、ディエゴが表道へと視線を移す。軍隊がすぐ近くまで差し迫っている。数は数百……いや、千以上は居るかもしれない。
ディエゴは、ハロルドに危機を及ぼす相手には容赦しないつもりだった。だが、近づく軍の指揮をとっている人間は、ディエゴのよく知っている人間達。そう、友人だった。国はディエゴとハロルドが諦めて投降し処刑されるようにと手を回していたのだ。
あまりにも惨い仕打ち。友人達を手にかけるか、ここでハロルドと共に死ぬか。
そんな究極的な選択をディエゴに決めろと言うのだ。
銃の引き金に手をかけながら、ディエゴは今までの人生を走馬灯のように思い起こし、そして思案し続けた。友人達と讃えあった日々、共に厳しい軍事演習や戦争を潜り抜けてきた戦友達。様々な出来事があったが、今もこうして共に過ごしているエクレール。
記憶を映像のように思い起こし、結論をだす。
人の命の価値を差別したくはない。ないが――、
やはり自分はエクレールのことを愛している。
ディエゴはガチャリ、と引き金を引き『敵』へと視線を流した。
そして。
どさり、とディエゴが地面に倒れた。
身体から力が抜ける。辛うじて銃を手に持っているのが精一杯だった。
撃たれたのか? と思案するが、撃たれるとしても方向が違う。撃たれるとするならば、前方から発砲されるはずだ。
それに、自分は確実に安全圏を確保していた。撃たれるはずもない。
だとしたら、この背中から身体の中に進入している異物の正体は何なのか。
答えはひとつしかない。
この異物の大きさは明らかに――ディエゴがハロルドに渡したナイフだ。
「どうして……」
掠れる声を憎憎しく思いながら、ディエゴが自分を見下ろすハロルドに問いかける。
意識が遠ざかっていく。背中から差し込まれたナイフは、ディエゴの心臓へと到達しているほどに深々と突き刺さっていた。確実に絶命させるための、一撃だ。
「どうしてだ……エクレー……ル」
視界と意識が散漫となってく。自分の身体がまるで自分のものではないかのようだ。
ハロルドは地面に倒れるディエゴを見下ろして、
「……貴方の国や軍への忠誠心はわかっていました」
友人が居て、仲間が居て。誇りを持っていたことも、とハロルドは口にする。
「汚名を被ったまま処刑されてしまうくらいなら、魔女に操られた不幸な人として死んでください」
それで、すべて丸く収まりますから、とハロルドは顔を逸らしながら小さく付け足した。
ディエゴはハロルドの言葉を聞き、真意を悟った。それではエクレールは助からないだろう、と口にしようとしたが、血の味が広がるばかりで言葉が出ない。
身体の温度が下がっていき、傷だけが異様に熱く感じられる。
無表情を装い、ディエゴから顔を逸らすハロルドだったが、ディエゴの目には彼女の表情がしっかりと映っていた。視界がぼやけるなか、ハロルドの表情だけが鮮明に映る。
隠しているつもりなのだろうが、髪が短くなった所為で隠しきれていない。覚悟を決め、ディエゴを刺したのにも関わらず、ディエゴを失う恐怖に押し潰されそうな不安な表情が彩られている。気丈に振る舞い、魔女として生を終えようとしているが、やはり彼女もまた一人の人間であり、女性だ。
悔しそうに涙を堪えるハロルドの表情は、痛々しく、ディエゴの胸を深く貫いた。ナイフで刺された痛みよりもはるかに上の痛みだった。
横たわるディエゴの目尻から、涙が伝う。
冷え切っていく身体とは対照的に、傷の痛みと流した涙だけが熱く感じられた。
最期にエクレールに声をかけようと口を開くが、やはり出てくるのは血だけで声がでない。死を覚悟して表道へと歩いていく彼女に、何の言葉もかけることも出来ない。抱擁してあげることも、助太刀してあげることもできない。
悔しさと悲しみに襲われながら、ディエゴの視界が暗転していく。
――……次こそ俺が護る……彼女に会う為の鍵はここに……。
消えかけの意識を無理矢理留めさせながら、最期の力を振り絞ってハロルドの髪をポケットから取り出す。
それを見て、ディエゴはふと笑みをこぼした後、命の炎を散らした。
ハロルドはディエゴの死体に視線を送ることなく、表道へと躍り出た。
眼前に広がるのは数千というほどの軍。どうやら、隠れていたのは既にばれていたようだ。
ディエゴの友人の一人だったと思われる男が一歩前に出て、ハロルドに問う。
「……あの男はどうした」
甲冑を被っているので表情までははっきりと窺い知れないが、複雑な心境を内に秘めているのだろう。
「彼ですか?」
ハロルドは、それを理解したうえで返答する。
「洗脳が解けて邪魔になりそうだったので殺しました」
聞いて、軍の間にどよめきが沸き起こる。お前は本当に悪魔のような女だ、魔女だ、と面罵する声も飛び交ってくる。
その通り。私は悪魔のような女だ。心の中でハロルドは答えた。
愛する人を手にかけた魔女は殺されるべきなのだ。
「けれど、彼は面白い方でしたよ」
短くなった髪を片手で払いながら、ぽつりと無表情にハロルドが呟く。
「生意気に私の自慢の髪を切り落としたんです」
虚ろな表情に、自虐的な笑みを彩りながら、ハロルドは剣を収めて軍の拘束を受け入れた。
私はこれでようやくディエゴさんのところに行ける。
一秒でも早くあなたを殺した世界から解き放たれたい。そんな思いを胸中に蟠らせながら、ハロルドは拘束される身体から力を抜いた。
ぎし、と何かが軋む音がした。
黒く塗りつぶされていた視界が今度は真っ白なものとなり、顔を顰める。
辺りを見渡すと、そこは病室のようだった。自分はベッドに寝かされていたようだ。
なぜこんなところに? という疑問に思考を巡らせようとしたが、すぐにそんな疑問は霧散した。
「……エクレール?」
ベッドに横たわるディエゴを見下ろすようにして、ハロルドが立ち尽くしていた。
ディエゴが死んだ時とまったく同じような構図だ。
「……ディエゴさん。ごめんなさい」
ハロルドは最期に軍と対峙したときとはまるで異なり、申し訳なさを滲ませた表情で謝罪する。
感情を覗かせたハロルドに、ディエゴはふと笑みをこぼした。
「いいさ、俺はただエクレールが居れば」
重い身体を起こして、ディエゴがハロルドの頭に手を伸ばす。
すると、するりと掌から何かが零れ落ちた。
それは、ハロルドが切った髪の毛をリボンで止めたもの。二人は少しだけ驚きを見せながらも、すぐに相好を崩す。
ディエゴは心の中で、今度は自分がハロルドを護るのだと、決意する。あんな風に歪んだ彼女の顔は、もう見たくない。
だから、次こそは俺が護る。
絶対に――。
そう心の中で覚悟を決め、ディエゴはハロルドの髪をそっと撫でる。
二人を引き合わせる鍵は、しっかりとその掌の中に存在していた。
**病院 別室**
「とても素晴らしかったよ!」
青年は何かを映し出すディスプレイを見ながら、狂喜乱舞するかのようにして笑みを絶やさずに頷き続ける。
様々な薬品や結晶のような何かが用意された薄暗い部屋の中で響く彼の笑い声は、ひどく楽しげでこの部屋とは不釣合いだ。
「僕の想像の上を行く愛の結末だった……。悲しみを乗り越えた先にある、さらに深い愛。……素晴らしいよ。ウィンクルムの愛は本当に素晴らしい」
張り付いた笑みを絶やすことなく、病室のモニターを見続ける。
「臆病風に吹かれて、やめなくて本当によかったよ。これで心置きなく、ウィンクルム達の愛を見続けることが出来る……」
「今度はどんな愛が見られるのかな、楽しみ、うん楽しみだ」
響き渡る彼の笑い声だけが、薄暗い病室に延々と響き渡った。
「愛してるよ、ウィンクルムさん」
青年はカツカツと足音を鳴らしながら、気配を消すようにして病院を後にした。
依頼結果:成功
MVP:
名前:クロス 呼び名:クロ |
名前:ディオス 呼び名:ディオ |
エピソード情報 |
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マスター | 東雲柚葉 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月14日 |
出発日 | 08月20日 00:00 |
予定納品日 | 08月30日 |
参加者
会議室
-
2015/08/19-00:04
クロス:
改めて宜しくな♪
ディオス:
あぁ宜しく頼む
それと俺のことはディオスと呼び捨てで呼んでくれて構わない
苗字は慣れてなくてな… -
2015/08/18-13:22
ハロルド:
お久しぶりです(ぺこり)
ディエゴ:
久しぶり
それとにアルジリーアは初めましてだな、よろしく。 -
2015/08/18-08:32
リヴィエラ:
まぁっ! クー姉様、ハル様も宜しくお願い致します(ニコリと微笑んでお辞儀)
ロジェ:
ディエゴ兄さんは久しぶり、ディオスさん…で、良いでしょうか?(多少緊張しながら)
初めまして、ロージェック…ロジェといいます。宜しくお願いします。 -
2015/08/18-00:33
クロス:
二人共久しぶり、宜しくな!
ディオス:
お初にお目にかかる、俺はクロの新たなパートナー、ディオス・チェリル・アルジリーアと申す
どうか宜しく頼む、ハロルド殿・クィンテロ殿・リヴィエラ殿・ロジェ殿 -
2015/08/17-09:57
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2015/08/17-09:51