《贄》if(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 気がついたら真っ暗な空間の中に一人きりだった。
 夜なのだろうか。それにしても暗すぎる。空を仰いでもひたすらに真っ黒で、月の輝きも星の瞬きも無い。
 周囲に生えている木々だけははっきりと見える。高い針葉樹は赤い実を鈴生りに実らせ、耐え切れないように地面に落としている。
 不可思議な真っ暗な空間。木々と地面に散らばる赤い実だけが鮮明だ。
 今まで何をしていただろう。どうして此処にいるのだろう。そもそも此処はどこだろう。
 疑問は幾つも湧いて出てくるが、何もわからない。
 ふと、手に何かを持っている事に気付く。
 童話の中にでも出てきそうな、掌に収まる小さく可愛らしいガラスの小瓶。
 毒だ。
 これを飲めば間違いなく死ぬ。何故かそれだけははっきりと分かった。
 はっきりと分かった、次の瞬間。

 ―――どうして自分は生きているのだろう。

 湧き上がる純粋な問い。
 だってそうだろう? 自分は。
 ―――恨まれているのに。
 ―――捨てられたのに。
 ―――これから間違えるのに。
 ―――守れなかったのに。
 ―――失敗ばかりなのに。
 ―――生きている価値も希望も無いのに。
 ―――自分よりも生きるべき人がいたのに。
 ―――あの人に嫌われたのに。
 だから死ぬべきなのに、どうして生きているのだろう。
 ……通常ならば考えもしないことが、もしくは心の奥底でずっと隠していたことが、或いは未来への僅かな不安が、何故か胸を押しつぶさんばかりに膨れ上がる。
 体がカタカタと震える。死ぬべきだ。自分はこの毒を飲んで早く死ぬべきだ。いやだ。死にたくない。いいや、死ぬべきだ。違う、嫌だ。嫌なのに。
 どんなに冷静になろうとしても、考え直そうとしても、何故か思考は強制的に自らの命を絶つ方向にしか進まない。
 それでも、自分には、パートナーが。
 ウィンクルムとしてのパートナーの存在を思い出せば、急に、少し離れたところにそのパートナーが立っているのが見えた。こちらに向かって何か叫んでいる。
 何を言っているのか分からない。声が届かない距離ではないのに、何故か声が届かない。そしてこちらに近づく気配も無い。まるで透明な壁があって、それを壊そうとしているかのように、空中を叩いたり体当たりしたりしている。
 縋るようにそちらへ近づけば、少しずつ、何かに邪魔されたような、くぐもった声が聞こえ始める。
 何を言っているのだろう。きっとパートナーならば、この崩れそうな心を支えてくれるに違いない。そう思って更に近づいて、その叫びを聞き取ってしまう。

「早く、それを飲め!!」

 ああ、なんだ。
 パートナーにも、死ぬべきだと、そう思われていたのか。
 なんだ。
 それならもう、本当に、早く死ななければ。
 そうして小瓶の蓋を取り、中の毒を一息にあおる。
 毒は一瞬にして体の力を奪う。
 赤い実の散らばる真っ黒な地面に倒れれば、本当に透明な壁があったのか、ガラスが割れたような音が響いてすぐ、パートナーが駆け寄ってきた。
 あと数分で死んでしまう、自分のところへ。


 ここはフィヨルネイジャが見せる夢の中。
 あなた達は夢だと気付かないまま、片方は死を迎え、片方はそれを看取る事となる。

解説

●夢について
 神人か精霊、どちらかが何故か「死ななければ!」という強迫観念に襲われます。
 壁越しにいるパートナーは何故か「このままでは毒を飲んで死んでしまう」とわかっています。
 パートナーから死を促す言葉を言われたと思い込んで、毒を飲んでしまいます。
 毒を飲むのと同時に壁が壊れてパートナーは駆けつけることが出来ますが、数分で必ず死んでしまいます。
 この流れは絶対です。

●プランについて
・死ぬのが神人ならアクションプラン、精霊が死ぬならウィッシュプランに『○』を書いてください。
・どうして「死ななければ!」と思うのか、壁を前にして何をしていたのか、パートナーに何を言われた気がしたのか、毒を飲んだ後の別れはどんなものかを書いてください

●この夢見る前はフィヨルネイジャ観光をちゃんとやってたんだよちくしょう夢から覚めたらまた観光してやる!
・500Jrいただきます


ゲームマスターより

こーやGM主催の連動企画《贄》の一つです。

暗闇に乱立する木はイチイです。小さな赤い実は甘く、けれど種は毒を持っています。
フランス語でifというイチイ、その花言葉は『悲哀』そして『死』です。
どうぞ甘い毒の夢をお楽しみください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

クロス(オルクス)

  【夢】

「オルク、オルク!(強く壁を叩く
何でそんな絶望した様な目をしてるんだ!
俺の声が聞こえないのか?!
その瓶は毒だ!だから飲むんじゃねぇ!
(壁が無くなり駆け寄る

馬鹿!何故飲んだ!?
オルク俺を置いて逝くな!
約束したじゃん!
【全てのオーガを殲滅するその日まで、一緒に切磋琢磨して戦おう】って!
約束破んのか!?
なぁっオルクっ!
死ぬなっ死なないでよっ!!
俺を、私を置いて逝かないでっ!
もう目の前で大切な人が死ぬの、は…
オル、ク…?
い、や…
あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」

【目覚め後】
「……っ!
はぁっ…、はぁっ…
(息を整えたら隣でまだ起きてないオルクに肝を冷やすが優しく抱き着きながら声を抑えて泣き続ける」



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  様子がおかしいしまさか飲むつもりじゃ…!!そう考えてさぁっと血の気が引く感覚。l
必死に「飲んじゃだめ、クレちゃんしっかりして!!」と声をかけてみたけど、私を見てクレちゃんの様子がさらにおかしい。
慌ててクレちゃんに近づく
何で毒なんか飲んじゃうのっやだ、死んじゃやだ、やだよ…!!嫌うわけないじゃない、最初に見た時から、綺麗な目をした素敵なディアボロの精霊さんだなって思って…ウィンクルムとして長く過ごすうちに変人な事、優しい事、手先が器用な事、クレちゃんの事いっぱい、いっぱい知って嬉しかったのに…まだまだこれからだってもっと一緒に…クレちゃん…ねぇ起きてよクレちゃん…(抱きしめたまま涙が止まらない)



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  あの笑みは、何…?
精霊の異様な笑みに戦慄
姉が死んだ時のことがフラッシュバック
死ぬな、生きろ、後を追うことは許さない、と私に重い枷をかけて笑って逝った姉の顔と精霊の顔が重なる
何故そんなものを手にして笑うんですか…
お願い、やめて…置いていかないで…私を一人にしないで!
壁を叩きながら絶叫

赤い…
精霊が吐いた血を見てぽつり
ラルクさんの瞳と、イチイの実と同じ色
ああ、そうか
貴方はイチイの実だったんですね
甘い実なのに、種には毒がある
私を救う人ではなく壊す人、それが貴方という人
私の傷を縫った上で抉って塩まで塗ってくるなんて、本当に酷い人
分かってしまったのに涙が止まらない、胸が痛い
お願い…置いていかないで


ペディ・エラトマ(ガーバ・サジャーン)
 
父母も祖父も逝ってしまった
私は一人ね

何で生きてるのかしら、私
特技もないし誰かの役に立てるわけでもないし
神人としても力不足で無駄にガーバを危険にさらしているわ
本当に役立たずね
居なくなってしまえばいいのよね
「ガーバも私なんか助けなければ良かったのに」

ガーバの姿が見えて何故か一瞬ほっとしたけど
「役立たず!死んでしまえ」と聞こえてがっかりしたわ
「そうね、そのほうがいいわ」
ガーバなら生きろと言ってくれるかもなんて
「最後までつまらない事を考えてしまうのね」


さっきは死ねと言ったくせに
「何故私を助けようとするの?」
私も別れたくないわ
ガーバだけが縁のある存在だもの
毒を飲む前言って欲しかったわね
「ごめんなさい」


メイリ・ヴィヴィアーニ(チハヤ・クロニカ)
 
ちーくんもスイジュみたいに急に傍からいなくなのかな。
綺麗なお姉さんと話してるの見ると余計不安になる。
優しいから気を使って言い出せないだけで本当は私は邪魔?
だったら自由にしてあげる為にいなくなった方がいいんじゃ。

頭を撫でてもらったら少しはこの気持ち収まるのかな?
こんな悲観的なの私らしくないのに。
不安で一歩づつちー君の方に歩み寄るけど
「本当にうっとうしい。いなくなってくれればいいのに」って…。

割れる音の後ちー君が駆け寄ってきて抱き上げられた。
ごめんね。ちょっと不安に負けちゃった。
泣いちゃダメだよ、笑顔が一番。
次生まれるときは同い年位がいいなぁ。ちー君大好き…。
ちーくんの腕の中、あったかいね。



■どうか、笑顔を
 いない。
 誰もいない。木ばかりが立ち並び、自分以外に誰もいない。
 隣にいる筈の、自分の精霊『チハヤ・クロニカ』もいない。
『メイリ・ヴィヴィアーニ』にとって、いつも一緒にいた存在がいなくなるというのは初めての事ではなかった。
 双子の兄、スイジュは今、行方不明だ。
 双子の不思議な繋がりなのか、何となく、亡くなっているとは思わない。そんな気はしないから、そこまで心配はしていない。
 けれど、突然いなくなったのは間違いなくあった事で。
(ちーくんもスイジュみたいに急に傍からいなくなるのかな)
 メイリは此処にいないチハヤの事を考える。
 年の離れた精霊は、確かに自分と契約した精霊だけれど、だから離れる事なんてきっと無いのだろうけど、だけど、一つの不安がある。
 そう、本当はいつだって薄っすらと考えていたのだ。
 チハヤがいなくなるのでは、と。
 チハヤが綺麗な年上の女性と話しているの見たりすると、余計に不安は膨れ上がる。
 今、この不可思議な空間で、その不安は爆発的に大きくなってメイリを苦しめ出した。
(優しいから気を使って言い出せないだけで本当は私は邪魔?)
 適合したから。仕方ないから。もう契約してしまったから、嫌だけど一緒にいる。
 そんな風にチハヤが思っていたらどうしよう。
 いや、きっと思ってる。そう思ってるに違いない。
(だったら自由にしてあげる為にいなくなった方がいいんじゃ……)
 だけど、自由にするって、どうやって?
 そこまで考えた時に、自分が痛いほどに手を握り締めていたことに気付き、慌てて手を開く。
 すると、そこには小さな緑色のガラス瓶があった。
 ―――これを飲めばいいんだ。
 すとん、と、自由にする方法が見つかった。
 神人である自分がいなくなれば精霊は解放される。自由を手に入れられる。そう、この毒を飲んで、自分が死ねば。
『死ねば』?
 ぞくり、背筋に冷たいものが走って、メイリは首を激しく横に振る。
 違う。こんな考えはおかしい。
 だってちーくんはいなくならない。―――本当に?
 ちーくんは私を邪魔に思ってない。―――本当に?
 私は! 死にたくない! ―――……本当に?
 不安を煽るように、慰めるように、自分の思考が死へと優しく向かう。それでも、ギリギリの所で死への誘惑を拒絶する。
 葛藤を抱え込んだまま助けを求めるように周囲を見回すと、探し求めていた存在を見つけた。
 少し離れたところで空中を叩くそぶりをしているチハヤだ。
(頭を撫でてもらったら少しはこの気持ち収まるのかな?)
 こんな悲観的なの私らしくないのに。それなのに止まらない。
 だから、止めてほしい。大丈夫だよって、言ってほしい。
 不安を抱えながらチハヤのもとへと一歩ずつ近づいていく。
 顔がはっきりと見えてきた。
 何か言っている。
 何を言ってるのだろう。
 一体、何を。

「本当にうっとうしい。いなくなってくれればいいのに」

 そんな。
 本当に、そんな風に思われてただなんて。
 頭の中で言われた言葉だけがぐるぐる回る。
 手が無意識に瓶の蓋を開けて、そして……。


(メイは一体どこ行ったんだ?)
 チハヤは気がつけば見た事もない場所にいた。
 何処なのかわからないから辺りを捜索すれば、少し離れた場所にメイリらしい人物を見つけた。
 そちらに向かって歩き始めれば、目の前に何かがあって進めなかった。
 透明な壁のようだ。
「何だこれ! この壁邪魔なんだよ!」
 叫びながら壁を叩けば、神人がそれに気付いたかのようにこちらを向き、こちらへ歩きだしていた。
 チハヤは何度か叩けば割れると思ったが、結果は何も変わらず透明な壁は横たわり、ただ拳だけが痛くなった。
 と、気がつけば神人がすぐ近くまで来ていた。
 けれど、様子がおかしい。
 ようやくはっきりと顔が見えたと思えば、今にも倒れそうな、縋るような、そんな表情をしていて。
 絶対、何か変なこと考えてる!
「おい、やめろメイ!」
 チハヤは確信する。メイが毒を飲もうとしているのだと。このままでは、この世から旅立ってしまうと。
「お前がいなくなったら俺は泣くからな! 説教だからな!」
 矛盾染みた事を叫べば、メイリの表情が変わる。
(……なんでそんな傷ついた顔してるんだ?)
 さっきまでの不安そうな顔は消え、絶望に満ちた顔になっていた。
 そしてその絶望は、いとも容易くメイリに毒を飲むという選択を押し付けた。
 メイリが目の前で瓶の蓋を開ける。
「……やめろ」
 小さな緑色のガラス瓶を口元へと近づけ。
「やめろ! メイ! 頼むやめろ!!」
 目の前で、毒を、飲んだ。

 硬質なガラスが割れた音が響いた。
 チハヤは目の前にあった透明な壁が消えたのを知り、すぐに倒れてしまったメイリへと駆け寄った。
「メイ!」
 呼びかけながら抱き上げれば、メイリがぼんやりとした様子でチハヤを見て、そして小さく微笑んだ。
「もうすぐ死ぬのに何でそんな笑ってるんだよ」
「だって、不安が、消えちゃったから」
 今のチハヤの顔を見れば、誰もがさっきの言葉は嘘だとわかるだろう。
 チハヤは悲しみに顔を歪め、その緑の瞳から涙を零していた。
「ごめんね。ちょっと不安に負けちゃった」
「何を言って……負けるなよ、くそ……ッ」
 チハヤはメイリの顔をよく見るために、目をグイッとこすって涙を拭う。
「最近泣くことなんてなかったのに、何やってくれてんだ」
 違う、こんなことが言いたいんじゃない。もっと何かある筈だ。だってもう最後なのだ。なにか、もっと、もっと何かが。
「泣いちゃダメだよ、笑顔が一番」
 そんな焦るチハヤに気付いたのか、メイリは微笑んだままチハヤに言う。
 チハヤはグッと何か言いたくなるのをこらえ、無理矢理笑顔を作る。
「うまく笑えるわけないだろ……バーカ」
 それでも形になっていたのか、メイリは満足そうに目を細めた。
「次生まれるときは同い年位がいいなぁ。ちー君大好き……」
 メイリの声が小さくなる。やめてくれ、次の生の話だなんて。
「お前がお前であればどんなのでもいいよ」
 そう、だから今、この命を終わらせてほしくない。
 それなのに。
「ちーくんの腕の中、あったかいね」
 それが、最期の言葉。
 チハヤの腕の中、穏やかな表情でメイリは永久の眠りについた。
「……最後まで振り回してばっかだなお前……」
 呟いた声は、誰の耳にも届かない。



■その存在は、自分にとって
 木々の中で一人佇めば、『ペディ・エラトマ』は自然と今の自分の状況と立場を確認した。
(父母も祖父も逝ってしまった)
 誰もいない暗闇。此処は知らない場所だけれど、ペディには何処か馴染みある場所だった。
(私は一人ね)
 此処は、ペディの心に似ていた。
 ―――何で生きてるのかしら、私。
 ペディは振り返る。
 生まれてから今までの事を。
(特技もないし誰かの役に立てるわけでもないし)
 ペディは振り返る。
 神人として顕現し、そうして『ガーバ・サジャーン』と契約してからの事を。
(神人としても力不足で無駄にガーバを危険にさらしているわ)
 ペディは振り返り、そして冷静に、諦めにも似た陰鬱さで自分という存在を判断する。
(本当に役立たずね)
 判断して、そして自分のとるべき道を考え始める。
(居なくなってしまえばいいのよね)
 それが、この奇妙な空間が作り出す決断とも知らずに。
「ガーバも私なんか助けなければ良かったのに」
 いや、もしかしたら普段からそんな想いがあったのかもしれない。なかったのかもしれない。それすらも今は分からない。
 今はもう、自分は死ぬべきなのだと、そう思っていた。
 いつの間にか持っていた緑のガラスの小瓶、この中に入っている毒で、死ぬべきなのだと。
 けれど、どこかで何かが引っかかる。
 ペディがゆるりと周囲を見渡せば、少し離れたところにガーバがいるのが見えた。
 姿が見えて何故か一瞬ほっとする。そして惹かれるようにガーバのもとへ近づく。
 ―――もしかしたら。
 ペディは一縷の望みを持って近づき、そして、聞いてしまう。

「役立たず! 死んでしまえ」

歩みが止まる。
 ひどくがっかりとして、けれど心のどこかで納得して、自嘲の笑みを漏らす。
「そうね、そのほうがいいわ」
 ぽつり、呟いて瓶の蓋を取る。
 ―――ガーバなら生きろと言ってくれるかも、なんて。
「最後までつまらない事を考えてしまうのね」
 そう、これで最後。最期。
 あなたの願いどおり、私は毒を飲んで死にましょう。


「やめろ! 飲むんじゃない!」
 気がつけば乱立する木しかない空間。周囲を探っていればペディが見え、そして見えない壁に邪魔をされた。
 この壁らしき邪魔は何なのか。
 考えている間にもペディが近づいてきた。近づいてきて、気付く。
 ペディが持っているものが、毒だと。
 そして、ペディがその毒を飲むつもりなのだと。
 だから叫んだ。制止の言葉を叫びながら、見えぬ壁を壊そうと叩く。何かもっと壊せそうなものはないかと見回しながら、けれど何もなくて拳で叩く。
 叩きながら、どうしてこんなにも必死で引き止めるのかと自問する。
 ―――兄達と違って優秀ではなかった。
 勉強より旅のが好きだった。
 家族は自分の個性を認め愛してくれたが、父や兄達と違い誰かの役に立ててるわけじゃない。
 許されてはいるが必要とされてはいない。
 だけど、ペディ。
 お前と適合し、契約をした。
 お前を守りオーガを倒す、その為に必要とされた、自分。
「お前は、俺が生きた証なんだ!」
 叫ぶ。
 けれどその叫びも虚しく、ペディはコトリと何かが抜け落ちたように諦めの表情になり、そして薄暗い微笑を浮かべ、毒を飲んだ。

 壁が音を立てて割れる。崩れる。
 障害物が無くなったガーバは慌ててペディへと駆け寄る。
「何を考えているんだ!」
 倒れたペディのすぐ側に転がる瓶。それを拾って匂いを確認しようとするが、触れた途端に済んだ音を響かせ薄氷のように割れてしまった。
 それでも割れたところから揮発系の毒の匂いらしいものは立ち上らなかった。それならば吐かせようと動き出す。
(さっきは死ねと言ったくせに)
 そんなガーバの動きを、ペディは不思議そうに見ていた。
「何故私を助けようとするの?」
 今際の際のその質問に、ガーバはペディの体を起こしながら無意識に答える。
「君はいつの間にか大人になっていた」
 ガーバの記憶にあるペディは、今よりも幼い。
 初めて出会った時、ペディはオーガにより両親を失い傷つき逃げ惑っていた。
 今にも消えてしまいそうな、そんな少女だったのに。
 それが今ではどうだ。
 ウィンクルムとなり、様々な依頼を通じ、ガーバはペディが成長している事を実感していた。
 保護者感覚を脱し、パートナーとして見る事が出来る様になっていた。
「君をもっと知りたい。まだ別れたくないんだ」
 遠くなる意識の中、ペディは心が少しだけ温かくなってじわりと涙ぐむ。
 ―――私も別れたくない。
 両親は殺され、祖父も静かに命を終えた。
 今もう、ガーバだけだ。
 ガーバだけが、縁のある存在なのだ。
 しかし、もう遅い。
 毒は飲まれてしまった。ペディの死は確定した。
(毒を飲む前言って欲しかったわね)
 それでも死ぬ前にガーバの本音が見えたのは嬉しい。
 ペディは瞼が重くなっていくのを感じる。
 どこか満たされた部分を感じながら。それでも淋しさも感じながら。迫りくる死を受け入れていく。
 ガーバは諦められない。いや、諦めたくないのだ、絶対に。
 毒を吐かせる事をやめ、そっと横たわらせる。けれどそれは静かに眠らせる為ではなく、心肺蘇生を試みる為の準備。
「お願いだ……生きてくれ」
 その言葉を、願いを、叶える事が出来ない。
「ごめんなさい」
 ペディは謝る。様々な思いを込めて。
 謝りながら、ゆっくりと目を閉じた。
 とくり、とくり、心臓の音が小さくなり、消える。
 諦めきれないガーバは心肺蘇生を試みる。試み続ける。
 けれどその体は、次第に熱を失っていくのだ。



■貴方は赤く、甘い毒
 誰もいない木々の中『ラルク・ラエビガータ』はいつの間にか手に持っていた赤いガラスの小瓶をじっと見ていた。
 これが毒だという事は分かる。
 自分が異様なまでに、死ぬべきだ、と思っている事も分かる。
 けれど、それは何故だ?
 自分はもっと別の事も考えていたのではないか?
 何かが足りない気がする。自分には別の考え事もあった筈だ。
 不思議に思いながら顔を上げれば、離れた所で呆然と辺りを見ている女がいた。
『アイリス・ケリー』、自分の神人。
 ああ、そうだ。彼女だ。
 こんな簡単な答えに今更気づくなんて。
 ラルクは、ハッ、と短く吐き出すように笑う。
「自分の鈍さもここまで来れば笑える」
 ラルクは小瓶を片手にアイリスのいる方へと歩き出す。
 アイリスもラルクに気がついたようで、けれど何か見えない壁のようなものでもあるのか、空中に手を当て怪訝そうに首を捻っていた。
 二人の距離が近づいていく。
 アイリスがラルクをじっと見て、そして、口を開く。

「死んでください」

 ラルクはそれを微笑みながら聞いた。
 ―――ああ、やっぱり死ねってか。
(そりゃそうだろうな、俺はアンタから『姉』を取り除こうとした。アンタには許せないだろうな)
 アイリスの中で大きな割合を占めている存在。それが彼女の姉。
 もうずっと前から気付いてはいたのだ、アイリスを形成する美しい歪みに。
 けれど自分から無理に踏み込む事はせず、アイリスが自らその原因となる人物について零すようになって。
 徐々に、掻き出す様に、染み込ませる様に、上書きする様に、じわじわとその歪みを暴き、指摘し、自分の存在を食い込ませてきた。
 それは傷を治し歪みを直すようなものだったが、けれどアイリスにとって姉は大事な存在で、ラルクの行為はその姉を排除するものだった。
 許せる筈もないのだろう、とラルクは一人静かに納得し、一度微笑みを消す。
「いいぜ、お望み通りに死んでやる」
 そして、どこか晴れやかに笑いながらラルクは言う。
 アイリスの顔に不安と焦りが出てくる。
「だがな、『姉』の時よりも深い傷跡を残してやるよ。魂まで刻み込んでやる」
 なおしようもないほどの、大きな傷と歪みを。
「そうりゃ、俺はアンタにとっての最上位の存在になれるだろ?」
 出来れば普通に笑うアンタを見たかったが。
 そう思いながらも、ラルクはガラスの小瓶を殊更目立つように掲げる。
「甘き死に、乾杯」
 言って、喉の奥で笑い、アイリスに見せびらかすように毒を飲み乾した。


(あの笑みは、何……?)
 知らない場所で、目の前には不思議な不可視の壁があって、ひたすらに困惑していたところに、ラルクが近づいてくるのが見えて安心したのに。
 ラルクさん、と呼びかけた後、ラルクの微笑みにおかしなものが混ざったのを感じた。
 その後の、一旦微笑みを消してからの、晴れやかにすら見える異様な笑み。
 アイリスは戦慄した。
 見た事がある。その笑みを、自分は見た事がある。
 死ぬな、生きろ、後を追うことは許さない、とアイリスに重い枷をかけ、自身は笑って逝ってしまった姉。
 その姉の顔と精霊の顔が重なる。
 ラルクが何か言っている。聞こえない。けれど手に持っているものは分かる。毒だ。あれはラルクを殺す毒だ。
(何故そんなものを手にして笑うんですか……)
「お願い、やめて……置いていかないで……」
 アイリスはもがくように壁に触れ、弱々しく叩く。壁は崩れない。ラルクが何か言っている。わからない。
 いや、わかる。ラルクは死ぬつもりなのだ。
 壁を叩く。縋るよう、強く、強く。何度も。
「やめて……私を一人にしないで!」
 絶叫の中、ラルクは毒を飲んだ。

「赤い……」
 壁が割れてすぐ駆け寄ったが、ラルクは既に口から血を吐いて倒れていた。
 その血を見て、アイリスはぽつりと呟いた。
 このくらい空間の中で鮮やかなのはただ一色。
 ラルクの瞳と、散らばるイチイの実と同じ、赤。
 ―――ああ、そうか。
 アイリスは妙に納得する。
「貴方はイチイの実だったんですね」
 甘い実なのに、種には毒がある。
 私を救う人ではなく壊す人、それが貴方という人。
 ……救ってなどくれない存在。
 声に出して告げれば、アイリスの目からすぅっと涙が流れた。
 倒れたラルクはその泣き顔を見ながら喉を震わせ笑う。
 アイリスが導き出した答えに、笑う。
「正解だ」
 掠れた声はアイリスの耳にはっきりと響いた。
「俺なんぞに気に入られたのがアンタの不幸だな。どうせ姉貴に「生きろ」とでも言われてるだろうからな」
 だから、この死を選んだ。
 アイリスの道は強制的に決められた。自分で死ぬことも出来ず、ラルクが抉った傷を抱えて生きるしかなくなった。
 その道へと、ラルクが押し込んだのだ。
「私の傷を縫った上で抉って塩まで塗ってくるなんて、本当に酷い人」
 そんな相手だと分かってしまったのに、涙が止まらない。胸が痛い。
 アイリスはしゃがみこんでラルクに縋りつく。
 ラルクは手を伸ばし涙を拭うこともせず、ただ縋りつくアイリスを満足気に見ている。
「お願い……置いていかないで」
 ラルクは答えない。
 答えないまま目を閉じ、アイリスを置き去りにして死出の道へと旅立った。
 鮮やかな赤と最後の笑顔を、絶望的なまでに刻み込んで。



■餞には、君の言葉を
 迫害された記憶が甦る。
 ―――不吉だ。
 ―――あの子供は不吉だ。
 ―――不吉だ。
 ―――何故あの子だけが。
 精霊の存在は知られていても、人口比率を考えれば精霊を見た事のある者ばかりではない。
『クレドリック』が幼い頃にいた場所も、そういった精霊に馴染みの薄い場所だった。
 そんな中で起きた悲劇。
 両親が死んでしまった時に生き残ったクレドリックへ浴びせられたのは、哀れみや慰めではなく、侮蔑と畏怖だった。
 ―――不吉だ。
 ―――本当にディアボロなのか。
 ―――不吉だ。
 ―――オーガの仲間じゃないのか。
 違う、と叫ぶだけの強さと確信が、幼い頃のクレドリックにはなかったし、いまだにはっきりと否と言えない自分がいる。
(何故こんなことを思い出しているのだ)
 過去に受けた声がこだまするかのように思い出される。
 クレドリックは責め立てられる心地を覚えながら、掌にある紫色のガラスの小瓶をみる。
 これは毒だ。そして、この毒を飲んで死ななければいけないような気がする。
 ―――不吉だ。
 違う。
 ―――オーガの仲間じゃないのか。
 違う。
 私は精霊で、適合する神人もいて、今はその神人とウィンクルムとして動いていて……!
 何度となく心の中で否定するが、否定し切れない。毒を飲まなければ、死ななければ、という思いばかりが強くなる。
 けれど、と同時に強く思う。
 昔のクレドリックはただ言われるがままだっただろう。けれど今は違うのだ。
(今の私にはロアがいる)
 クレドリックの神人である『ロア・ディヒラー』。彼女が今のクレドリックの支えとなっていた。
(ロアは何処だろうか)
 クレドリックは辺りを探る。
 月も星もない暗い中、木々が並び赤い実が実って散らばっている。そんな異様な空間の中でも、きっといる筈だと信じてクレドリックは探す。
 果たしてクレドリックの予想は正しく、ロアが困った様子で立ちすくんでいるのを見つけた。透明な壁のようなものに邪魔されているようで、前に進めずに困惑していた。
 ほっとする自分を自覚しつつ、クレドリックはロアのもとへと向かう。
 早くこの奇妙な場所からロアと共に脱出しなければ。
「ロア」
 呼びかければ、ロアがクレドリックを見る。
 いつもとは違う、恐れるような目で、クレドリックを見て。

「怖い、化け物。消えて」

 ……ロア、ああ、ロア。
 やめてくれそんな目で見ないでくれ私はロアに嫌われたらそしたら!
 ―――死ぬしかない。
 紫色のガラスの小瓶の蓋が開いた。


 変なところだ。
 ロアは辺りを見ながら暗い空間をそっと歩く。
 赤い実が散らばる木々の中を進めば、コツリと壁にぶつかった。目には見えない透明な壁に。
 つるつるとした感触を楽しみながらもいぶかしめば、壁の向こう側からクレドリックが近づいてくるのが分かった。
 けれど、様子がおかしい。
 ロアが注意深くクレドリックを見ていると、その手に毒の小瓶が握られていることが何故か分かった。
(様子がおかしいしまさか飲むつもりじゃ…!!)
 そう考えて、さぁっと血の気が引く感覚を味わう。同時に、何としてでも止めなければ、と気を引き締める。
「クレちゃん」
 声は届いているのかいないのか。クレドリックは不器用に微笑みながらも「ロア」と呼んだようだった。
 ロアは少しほっとするが、手に収まった小瓶はまだそのままだ。
「飲んじゃだめ、クレちゃんしっかりして!!」
 鋭く言うが、そんなロアを見てクレドリックの表情が引き攣る。
 引き攣って、そのまま流れるような動作で毒を飲んだ。
「クレちゃん!!」

 大きなガラスが割れるような音が響くと、邪魔をしていた見えない壁がなくなった。
 ロアは慌てて倒れたクレドリックに近づく。まだ息はある。けれど常より速く、途切れがちだ。それがロアを恐ろしくさせる。
「何で毒なんか飲んじゃうのっやだ、死んじゃやだ、やだよ……!!」
 感じている恐怖をそのまま口にすれば、クレドリックは乱れていた呼吸を一度大きく深呼吸する事で戻し、静かにロアに告げた。
「……嫌われてはいなかったのだね」
 安堵しきったクレドリックの言葉に、ロアは無性に泣けてきて涙が出てきた。
「嫌うわけないじゃない、最初に見た時から、綺麗な目をした素敵なディアボロの精霊さんだなって思って……」
 精霊のディアボロを、初めて見た。
 好奇心と同時に、純粋に銀の瞳を綺麗だと思ったのだ。だからこそ見とれたのだ。
 ウィンクルムとして長く過ごすうちに変人な事、優しい事、手先が器用な事、様々な面を知っていった。
(クレちゃんの事いっぱい、いっぱい知って嬉しかったのに……)
 友達になったのに。もっと仲良くなれると思ったのに。
 それなのにどうして、こんな事に。
「まだまだこれからだってもっと一緒に……」
「それだけで十分救われた……」
 クレドリックは満足気に言って、ロアの紫の瞳を見つめる。
 この美しい瞳を二度と見れないのが残念だが、この美しい瞳が自分の為に濡れているのが嬉しい。
 ロアに会えて、よかった。
「君は私の……大切な……」
 声が途切れていく。ゆっくりとクレドリックの目が閉じられていく。もう二度と開かない。最期の言葉の続きも聞けない。
「クレちゃん」
 ロアの呼び掛けにも、何も反応しない。
「……ねぇ起きてよクレちゃん……!」
 ロアはクレドリックを抱きしめたまま涙が止めることが出来ない。
 その涙を拭ってくれる者はもういない。
 だからロアは泣き続ける。
 眠るように死んだクレドリックを抱きしめたまま、ずっとずっと泣き続ける。



■途切れる筈のなかった、約束
「ア、レ……? 何故オレは生きているんだ……? オレは生きてる価値なんか無いと言うのに……」
 気がついたら『オルクス』は林の中にいた。
 手の中には銀色のガラスの小瓶。
 この中には、毒が入っている。これを飲めば、死ねるのに。何故まだ生きているのか。
 ―――三人の兄達は優秀だと言うのにオレは出来損ない。
 オルクスの中で過去が圧し掛かる。負の感情ばかりが膨れ上がる。
 ―――親戚中忌み嫌われ不良になったオレのせいで恩師もオーガによって殺されて……あぁやはりオレは誰も守れない。
 それなのに、何故生きているのか。
 誰かがいた筈だ。自分を生に繋ぎ止める誰かだ。
 そう思い至り、その誰かを求めて視線を彷徨わせる。すると、少し離れたところで必死に空中を叩いている者がいた。
『クロス』だ。
 そうだ、自分にはクロスがいたのだ。
 今だってきっと、自分のところへ向かおうとして何かに邪魔をされているんだ。きっとそうだ。それなら自分が迎えに行こう。
 クーならきっと、この鬱々とした気分を晴らしてくれる。支えてくれる。
 オルクスは祈りにも近い思いでクロスへと近づいていく。
 けれどそこに待っていたのは、必死に空中を叩き必死の形相で、オルクスを切りつけることを吐き出すクロスだった。

「テメェなんか大嫌いだ、早く毒でも飲んで死ねよ!」

 呆然とする。
 想いが通じ合っていたと、幸せな時間を過ごせていたと、そう思っていたのは自分だけだったのか。
 あの笑顔は嘘だったのか。
 あのぬくもりは嘘だったのか。
 本当はクロスは、自分を嫌っていたのか。
「……はは、クーに嫌われそう言われたなら、オレは、死ぬしか無いじゃないか……」
 涙も出ない。
 乾いた笑顔を貼り付けて、オルクスは毒を一気に飲んだ。

 透明な壁がある。それがどうしようもなく邪魔だった。
「オルク、オルク!」
 遠目にもオルクスの様子がおかしい事は分かっていた。だからこそクロスは二人を遮る壁を強く叩き続けた。
「オルク! 何でそんな絶望した様な目をしてるんだ! 俺の声が聞こえないのか?!」
 声が届いたのか、オルクスはクロスの方へとやってくる。
 けれどやはり様子がおかしい。
 普段の力強さも頼もしさもなりを潜め、今にも倒れそうな様子でフラフラと歩いている。
 クロスはその手に握られているガラス瓶の存在に気付き、ぞっとする。
 あれは、毒だ。オルクスを殺す毒だ。
 そして今のオルクスは、その毒を飲んでしまいそうな雰囲気だ。
「オルク!」
 両手で壁を叩き付ける。
 オルクスが顔を上げクロスを見る。縋るように、赤い瞳が揺れる。
 ―――ああ、駄目だ。このままだと死んでしまう。
 喪失の恐怖を感じたクロスは叫ぶ。
「その瓶は毒だ! だから飲むんじゃねぇ!」
 けれどその叫びは一体どう響いたのか。
 オルクスは目を微かに見開き、その後暗い眼差しで小さく笑った。
 笑って、一気に毒を飲んだ。
「オルク?!」
 クロスの悲鳴混じりの叫びと、壁が割れる大きな音は、同時だった。

 あぁ……、死ぬって、こう言う、感じなのか……
 薄れていく意識を何処か他人事のように思いながら、オルクスは世界が閉じていくのを味わっていた。
 そこへ、力強い声が飛んできた。
「馬鹿! 何故飲んだ!?」
「く、ぅ……?」
 聞きなれた声は涙で湿っていて、オルクスはそれが気になって無理矢理重いまぶたを持ち上げた。
 そこには、ボロボロと泣いているクロスがいた。
「な、んで……あぁ死に際の夢幻か……」
「違う! 夢幻なんかじゃない! オルク俺を置いて逝くな! 約束したじゃん! 【全てのオーガを殲滅するその日まで、一緒に切磋琢磨して戦おう】って! 約束破んのか!? なぁっオルクっ!」
「約束、か……」
 交わした時には絶対に守るのだと思っていた。けれど、今となってはあまりにも遠い約束で守れない約束だ。なにせ、もうすぐ自分の命は終わるのだから。
「守れなくて御免な……」
 オルクスは申し訳無さそうに、切なそうに微笑む。それだけしか出来ない。もう体に力が入らない。
「くぅ、キミに逢えて、良かった……」
 嫌だ。クロスは反射的に思った。
 嫌だ、聞きたくない、これは最期の言葉だ、別れの言葉だ、オルクスとクロスの関係を終わらせる言葉だ。
「死ぬなっ死なないでよっ!! 俺を……ッ私を置いて逝かないでっ!!」
 半狂乱で叫ぶ。けれどそれすらもオルクスはただ静かに悲しそうに見つめるのみだ。
「もう目の前で大切な人が死ぬの、は……」
 クロスはオルクスにしがみ付く。しがみ付いて懇願する。
 それを、申し訳なく思うのと同時に、オルクスは嬉しかった。向けられている真っ直ぐな気持ちが、どうしようもなく嬉しかった。
 だから自分も、この気持ちをせめて贈らなければと、最後の力を振り絞る。
「キミが、例ぇ、オレの事、が、嫌い、だとしても」
 クロスへの、最期の告白。
「オレは、キミを、愛して……る」
 穏やかな笑みを浮かべて、そうしてオルクスは静かに目を伏せ呼吸を止めた。
「オル、ク……?」
 答えはない。もう永遠に、何も答えない。
「い、や……あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
 それは悲哀というには激しすぎる慟哭。
 聞く者は、発している自身のみ。



■フィヨルネイジャの夢の果て
「……っ!」
 クロスは飛び起きた。
 飛び起きて、乱れる呼吸をおさめて自覚する。
 全て、夢だったのだと。
 呼吸を息を整えてから隣を見れば、横たわるオルクスがいた。
 先ほどまでの生々しい夢を思い出し、どくりと心臓がはねる。
「……オルク?」
 震える手で頬に触れれば、生きているからこその温かさがあった。
 安堵するのと同時に涙が溢れそうになる。
 それを誤魔化すようにまだ眠るオルクスを優しく抱きしめ、けれど結局はこらえることが出来ず、声を抑えて静かに泣き続けた。
 この温もりが確かに現実なのだと、噛み締めながら。

 全ては夢。
 けれど現実の片鱗。
 夢の果ての現実は、この先、どう紡がれていくのか。



依頼結果:大成功
MVP
名前:アイリス・ケリー
呼び名:アイリス、アンタ
  名前:ラルク・ラエビガータ
呼び名:ラルクさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月08日
出発日 08月15日 00:00
予定納品日 08月25日

参加者

会議室


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